キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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05:黒晶の洞窟で

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 キリトはフィリア、リランと共に75層のダンジョンへと向かった。フィリアが指定した場所とは、キリト達攻略組が通って行った場所からすれば完全に脇道、攻略そのものとはほとんど関係のない寄り道のダンジョンであり、攻略組からすれば全く無意味な場所だった。

 

 きっと攻略組の誰もが、この場所に目もくれず、上層を目指して進んで行ったのだろう。

 

 しかしキリトはこれまでの経験から、こういった場所には攻略組の目から逃れた宝箱や、レアアイテムなどが眠っている事を理解しているため、自分の求めているものもあるかもしれないという希望を抱いていた。

 

 そして同時に、隣を歩くフィリアの足取りが軽い事から、フィリアがこういうところに潜るのが大好きであり、それ故に、自らを宝物探索者と呼ぶ事がわかった。

 

「お宝、お宝~!」

 

 スキップが混じっているような歩調のフィリアに、腕組みしながらキリトは声をかける。

 

「君はお宝が好きなのか」

 

「そうだよ。お宝を見つけるのも好きだし、探して旅をするのも好きなんだ」

 

「なるほど、どこぞのアドベンチャー映画の主人公みたいだな」

 

 フィリアがどこか驚いたような顔をする。

 

「あ、わかった? わたし、現実にいた時からそういうのが大好きでさ、そういう事が本当に出来ないかどうか、ずっと探してたんだ。そしたら、丁度良くこのゲームと出会って……宝物探索者になったんだ」

 

 このゲームはプレイヤーを閉じ込めて、命を奪う事もある悪魔のゲームであるが、RPGの本質などは失っていない。宝を探して旅をする事も出来れば、死の危険を覚悟してモンスターと戦う事も出来るし、そういうのを避けて、22層のような場所で平穏に暮らす事だって出来る。

 

 その中でキリトは、ドラゴンを仲間にして、その背に乗って空を飛ぶという事が出来るという、他のプレイヤー達がうらやむ事を成し遂げていた。

 

「なるほどね、君も俺達と同じクチって事か」

 

「キリト達と同じ?」

 

 フィリアは、この世界に()()()()()のだ。この世界に眠る宝を探して、心を弾ませながら旅をする。ゲームをやっているというよりも、この世界をもう一つの現実と理解して、生活をしている――自分達と同じ人間である事を、キリトは胸の中で思っていた。

 

「君はこの世界に生きているんだな。ダンジョンの中に潜って、宝を探したりするのは、この世界に生きているプレイヤーだからこそ出来る事なんだよ。君は、他のプレイヤー達とは違うんだ」

 

 フィリアは頭のてっぺん辺りを掻いた。

 

「何だかよくわからないけれど、確かに、わたしはこの世界はもう一つの現実世界だって思ってるよ。キリトもそうなの」

 

「俺の場合は、去年のクリスマスの時までは、この世界はただのゲームでしかないって思ってたよ。でも、リランと出会ったその時からは、この世界ももう一つの現実世界なんだって思えるようになったんだ。リランはこの世界で生きる、純粋な命だからな」

 

 リランが頷く。

 

《そうだ。我にとっても、キリトがそういうふうに思ってくれたのは嬉しい事だったのだ。もしキリトが我をぞんざいに扱うような奴だったのであれば、こうしてこの層まで一緒に来る事もなかっただろうからな》

 

 フィリアが少し驚いたような顔をして、リランの方へと顔を向ける。リランという純粋な心を持つ竜と、初めて出会ったプレイヤーが大体する反応だ。

 

「な、なるほどね。リランにとっても、キリトはとても大事な人なんだね」

 

《左様だ。我はキリトの《使い魔》であり、キリトは《ビーストテイマー》だ。ここまでよい主人を大事に思わない《使い魔》はそうそういるまい》

 

 フィリアは「そ、そっか」と言ってから、キリトに近付き、その耳元に囁くように言った。

 

「キリト、リランって何なの」

 

「何って、俺の《使い魔》だけど」

 

「そうじゃなくて、リランはNPCとかなの。なんというか、今まで出会って来たNPC達とかなり違うっていうか、《使い魔》とか《ビーストテイマー》とかを理解してたりとか……それに街から出たら大きくなったりとか……」

 

 やはり、これまで相手にして来たプレイヤー達と同じ反応だ。リランを仲間にしてからは、これまで仲間にしてきた者達からは必ずと言っていいほどリランに関する疑問をぶつけられたし、そもそも自分自身も、この疑問を胸の中に抱え続けている。なので、この疑問に関する答えを、出してやる事は出来ないが、この手の質問をされる事にはすっかり慣れていた。

 

「リランはよくわからないんだよ。一応NPCのはずなんだけど、色んな事を随分と理解していたりするし、心を持って考える事も出来るし、他のモンスターとは全く違う仕様を持ってる。正直なところ、俺も全くリランの事を理解してないんだ」

 

「そうなんだ……もしかしたらアインクラッド1の謎じゃない、リランって」

 

「そうかもしれない」

 

 リランが仲間になったのは50層の時。それから半年以上が経過し、攻略層も76層まで来たが、未だにリランの謎は解けていない。その途中で、ユイ達《MHCP》やユピテルとマーテルの2人、《MHHP》を作り出したアーガスの元スタッフ、イリスに出会ったが、そのイリスでさえもリランが何者であるかを解き明かしてくれなかった。しかもリランはこのアインクラッドの事を、《ソードアート・オンライン》を理解しているかのように振る舞う時もあるし、他のNPCとは全く違う思考をしている。

 

 リラン自身の望みである『記憶を取り戻す』というのを成し遂げるべく、キリトは様々なクエストをこなしたり、情報屋の元に駆けつけたり、その中で最も親しいアルゴとも交流を図っているが、リランが何者であるかを突き止める事が出来そうなクエストなどは発見できていない。今のところ、90層くらいにまで行けばリランに関するクエストが発生するのではないかと思っているが、あくまで予測であり、事実ではないし、ひょっとしたら100層まで行っても、リランに関するクエストは起こらないかもしれない。

 

「俺自身も、リランの事は何とかしてやりたいって思ってるんだけど……やっぱりわからないや。こればっかりは攻略を進めない限りはどうにもならないだろう」

 

「そっか」

 

《何を話しているのだ、お前達》

 

 いきなりリランに話しかけられて、キリトとフィリアは振り返ったところでひどく驚いた。振り返った先に、リランの大きな顔があったのだ。

 

「り、リラン」

 

《何やら小声で話をしていたようだが……何か良からぬ事を企んでいるのであるまいな》

 

「いやいやいや、そんな事しないよ。それより、リランは《黒晶鉄》の在り処とかわからないのか。いつもの索敵スキルみたいにさ」

 

 主人に尋ねられた狼竜は顔を上げて、周りを見回す。

 

《わからぬ。我とてそこまで便利なスキルを持っているわけではないからな。寧ろそういうのはフィリアの方がよく知っているのではないのか》

 

「そうだな。フィリア、さっきの君の話によれば、この奥で間違いないんだよな」

 

 フィリアは頷いて、洞窟型のダンジョンの奥に視線を送る。

 

「わたしがこの前来た時には、この奥に採掘ポイントがあったわ。多分今でも採れると思う」

 

 キリトはフィリアと同じように視線をダンジョンの奥へと向ける。このダンジョンは、いやそもそもこの層は75層、あの骸鎌百足がいた層であり、最前線の一歩手前だ。キリトとリランのレベルは105となっていて、そこら辺の敵と戦ったとしても苦戦はしないが、問題はフィリアの方だ。

 

 まだ教えてもらっていないけれど、フィリアのレベルは恐らく100よりも低い数値になっており、更に防御力をがちがちに固めているようにも見えないため、75層のモンスターと戦ったら苦戦を強いられるかもしれないし、下手したら殺される可能性さえもある。自分達よりもフィリアの身に何か良からぬ事が起こる前に、ダンジョンを脱してしまいたいと、キリトは考えていた。

 

「なるほど、じゃあさっさと行って、さっさと戻ろうか。ここは75層、何が起きてもおかしくないからな」

 

「それでも、わたしはこの層を旅するの、慣れてるんだけどなぁ……」

 

 キリトはフィリアの方に顔を向けた。今までそう言っていたプレイヤー達は、とても些細な理由であっさりと死んでいった。このゲームは常に何が起きてもおかしくないような状況であり、自らも、リランも、そしてフィリアも例外に含まれていない。

 

 予測できないような事態に巻き込まれて、ゲームに殺されていったプレイヤー達を見てきたキリトは、既にフィリアが死亡する状況を頭の中で描く事が出来るようになっていた。そして同時に、それを回避できる手段も、イメージできていた。

 

「このゲームに慣れなんてものは通用しない。それは君だってわかってるだろ。絶対に気を抜いたらダメだ」

 

 キリトが立ち止まると、フィリアとリランもまた立ち止まった。そのうちのフィリアは首を傾げながらキリトの方へ向き直り、声をかけようとしたが、その険しい表情を目の当たりにして、口を閉ざしてしまった。しかし、フィリアが声をかけようとした事は伝わったようで、キリトは口を開いた。

 

「この先、何が起きても不思議じゃない。何かあった時のために、転移結晶を用意しておくんだ」

 

 フィリアはアイテムウインドウを呼び出して、中身を確認し始めた。そして、2回ほど指でソートさせたところで、転移結晶を見つけた。しかもこれまで自力でダンジョンに潜り、そのまま徒歩で戻ってくると言うのを繰り返していたためか、その個数は5つに昇っていた。

 

「転移結晶なら5個くらいあるけれど……」

 

「ならそれをいつでも起動できるようにしておくんだ。ここは75層……一応恐ろしく強いボスのいたところだ。あれくらいに強いのが潜んでいてもおかしくはない。用心して進むぞ」

 

 いつもならば、「ダンジョン潜りに何をそんなに本気になってるのよ」と、軽口を飛ばしている頃だろう。しかし、今回ばかりはキリトの指示に素直に従おうと考えて、フィリアは頷いた。

 

「わかったわ。……用心して、進もう」

 

 フィリアが小声で答えると、キリトは表情をどこか穏やかにした。

 

「ならいいんだ。さぁ、さっさと進んで、さっさと手に入れて、さっさと帰ろうか」

 

 キリトはそう言って歩き始めたが、フィリアはその隣ではなく、少し後方に並ぶように歩き始めたが、その最中はずっとキリトの背中を見つめていた。

 キリトが転移結晶の仕様を進めて来た時の表情は、これ以上ないくらいに切実なものだった。それこそ、これまで何人もの仲間を目の前で失いつつも、折れる事無くここまで登り続けてきた戦士の顔というべきなのだろうか。

 

 これまで、あんな顔をする人と出会った事はなかったし、あんな顔をしてダンジョンに潜る事もなかった。今までダンジョンに潜る時は、現実世界にいた時、憧れていた探検家達のような体験が出来る事を夢見て、命の事なんかあまり考えず、ダンジョンの奥深くに眠る宝を見つけ出す事だけを純粋に考えていた。

 

 勿論その時に、ダンジョンのトラップなどに引っかかった事もあったが、自前の短剣で立ち塞がる壁やトラップ、モンスターを全て切り倒し、宝を手に入れてきた。だからこそ、フィリアはダンジョンに潜ってどんなに目に遭ったとしても、生き延びられる自信があったのだ。

 

 そして、自分と同じくトレジャーハンターを名乗る仲間も、あんなに険しい顔をしてダンジョンに潜ったりする事もなかった。――目の前にいるキリトただ一人を除いて。

 

「ねぇキリト」

 

「なんだ」

 

「キリトはなんで、そんな顔をするの。なんでそんなに、怖い顔をして進んでいるの」

 

「俺、そんなに怖い顔をしていたか」

 

「うん」

 

 キリトは振り向かずに、どこか戸惑ったような声色の声を出した。

 

「――理由としては、ここがすごく危険な場所だってわかっているからかな。こういうエクストラ的なダンジョンは、強い敵が潜んでいたり、どうにもならなくなるようなトラップが仕掛けられていたりして、プレイヤーが命を落としやすい場所なんだよ」

 

「でもわたし、そういう場面に結構出くわしてきたけど、いつも生き延びて来たよ」

 

「そりゃすごい。でもな、これから必ずそうとは限らない。ひょっとしたら、君はこのダンジョンで、どうにもならない目に遭ってしまうかもしれない。俺は、そんなふうになってもらいたくない」

 

 フィリアはきょとんとして、キリトの背中を見つめ直した。

 

「キリトは、わたしの心配をしているの」

 

「当たり前だ。今日出会ったばかりとはいえ、君とパーティを組んだ時点で、君は俺の大事な仲間だ。仲間の身を心配するのは、当然の事だろう」

 

 キリトの声色が力強いものに変わった。

 

「いざとなった時は、俺とリランの力で君を守る。俺は、ここまで生き延びて来れた君を、死なせたくないんだ」

 

 キリトの言葉を受けて、フィリアは胸の中で大きな音が鳴ったような気を感じた。いや、不思議な熱さが弾けたような気がしたと言うべきだろうか。

 ここまでフィリアは生き延びて来たけれど、その中で仲間と行動した時はかなり少なかった。いつも、映画や小説に登場する探検家達のように、一人でダンジョンに潜って、様々なレアアイテムを独占してきた。だからこそ、自分に「死なせたくない」と言ってくるプレイヤーの存在など、皆無だった。

 

「キリトは……これから見つかるお宝と、仲間だったら、どっちが大事なの」

 

「勿論後者だ。今回は素材を取りに来てるけど、そんなものは二の次。一緒に戦ってくれる仲間の命の方が、俺はよっぽど大事だと思うよ」

 

 フィリアはまたきょとんとしてしまった。素材を取りに来たのだから、その素材が大事なはずなのに、キリトは仲間の命の方が大事だと言い張る。もし、素材がその時にしか手に入らないものだったとしても、キリトは仲間の命を選ぶのだろうか――そう思った時、頭の中に初老の女性の声色をした《声》が響いてきた。

 

《キリトはあの通り、素材よりも人命を優先する。今も、自分の武器の色を変える素材よりも、お前の命の方に目を向けておる》

 

「わたしの命の方が、キリトは大事なの。わたし、まだキリトと出会って1日も経ってないのに?」

 

《あいつの目に映る命は、全て平等だ。まだ1日しか経っていないお前も、すでに半年以上一緒に戦っている我も、あいつの目には平等な命として映っている。

 そのせいか、厄介事を招く事も多いのだがな》

 

 しかし、フィリアの中には妙な納得が起きていた。キリトはこの世界の物を手に入れたりする事よりも、この世界に生きるプレイヤーの命を優先して守る事を考えている。そしてこの75層を突破し76層に辿り着けるほどの実力も兼ね揃えている。そのおかげなのだろう、彼が血盟騎士団のボスに選ばれたのは。

 

「何だかわかった気がする」

 

《何がだ》

 

「キリトが血盟騎士団のボスになった理由」

 

《そうか。それはきっと、誰もが思っている事だろう》

 

 後ろにいる狼竜に目を向けてみると、その顔はどこか穏やかなものになっていた。その顔を目にして、この狼竜もまた、自分と同じ事を考えている事を、フィリアは悟った。

 そしてそのまま、目の前にいる血盟騎士団の長に視線を向けてみれば、その背中から不思議な頼もしさを感じ取れるようになっていた。

 

「ん? あれって……」

 

 直後、頼もしき背中のキリトが立ち止った。何事かと思って隣に並び、前方を確認してみたところ、そこにあったのは見覚えのある、黒光りする結晶の鉱脈だった。しかも、いつの間にか細い洞窟上の通路から、かなりの大きさを持つ広間に出ていた。日の当たらない場所にあるせいなのか、外気はかなり冷たい。

 

 そしてそこの壁も天井も、日の光が当たっているわけでもないのに美しく光り輝いている、黒色の結晶で埋め尽くされていた。――間違いなく、この前見つけた、《黒晶鉄》の鉱脈だった。

 

「これが、《黒晶鉄》の在り処!?」

 

 流石にこれだけの規模は予想外だったのか、悲鳴のような声をキリトがあげると、リランがそれに続く。

 

《まさかここまで大きなものだとは、流石の我も想像していなかったぞ》

 

 フィリアはキリトとリランの目の前に躍り出て、驚く2人に身体を向けた。

 

「ここが、この前にわたしが見つけたお宝の在り処! わたし以外にここを見つけたのは、キリトとリランだけだよ!」

 

《ふむ、これだけの規模、採り放題だな。強化のための素材を満たすどころか、売る分も確保できそうだな》

 

 確かに、《黒晶鉄》は一応希少素材であり、売ればかなりの額になるように設定されている。これだけの数があれば、売った時の値段は家が1件買えるくらいにまでいくだろう。

 

「それじゃあ……沢山持って行こうか!」

 

「よし来た!」

 

 キリトとフィリアは採掘用の道具であるピッケルを召喚して手に持ち、壁や床に貼り付いている結晶を削り始めた。ピッケルを打ち付ける度に、かんっという心地の良い音が鳴り、広い空間の中に木霊する。それがかなり気持ちよく感じられて、フィリアは夢中になってピッケルを振るい続けた。見る見るうちに、結晶達はアイテム化していったのだが、最初の辺りでフィリアは首を傾げていた。いくら叩いてアイテム化させても、キリトの求めている《黒晶鉄》ではなく、《黒晶鉄片》にしかならないのだ。

 

「あれ、おかしいな」

 

 もしかして削り方や掘り方が悪いのだろうか――そう考えたフィリアはなるべく出来る破片が大きくなるようにピッケルで叩き、大きな破片を落とした。しかし、そこで出来たアイテムも、《黒晶鉄》ではなく《黒晶鉄片》だった。多少の疲れが来るまで、ピッケルを振るうのを何度も繰り返したが、やはり《黒晶鉄》が出来上がる事はなかった。

 

「駄目、キリト。キリトの求めてるもの、出来上がらないよ」

 

 試しにキリトの方へ目を向けてみたところ、キリトも地面に無数の《黒晶鉄片》を置き、それをじっと眺めていた。その顔はどこか困っているかのようなものになっている。

 

「俺の方も同じだ。どこを掘りまくっても《黒晶鉄片》が出来上がる。もしかしたら《黒晶鉄片》に何らかの工程を加える事で、《黒晶鉄》になるようになってるのかな」

 

 いや、もしかしたらこの天井や壁に発生している《黒晶鉄》の結晶は、全て《黒晶鉄片》になるようになっているのかもしれない。ここにあるものの中で、一際大きなものを見つけ出し、それを切り出す事が出来れば、《黒晶鉄》が手に入るようになっているかもしれない――そう考えたフィリアは周りを見回した。

 

 光に当てられているわけでもないのに輝く結晶が広がる周囲を見回して、隅々まで探したその時に、部屋の片隅付近に、現実世界で見た石英を巨大化させたような、大きな黒い結晶の姿が確認できた。

 

「あ、あれだわ。きっとあれで、《黒晶鉄》が出来上がるはず」

 

 そう言って、フィリアはピッケル片手に、大きな《黒晶鉄》の塊に近付いた。咄嗟にリランが首を向けて、《声》を出す。

 

《おい、待つのだフィリア。ここは我とキリトと共に》

 

 リランの言葉を無視して、フィリアは《黒晶鉄》の塊の傍に辿り着いたが、そこで目を見開く事になった。《黒晶鉄》の塊は1つだけではなく、全体的に、地面に描かれた巨大な丸の中に収まっているような感じで、10ほど自生していたのだ。そしてどれも、まるで黒髪か何かのように美しく輝いている。

 

 これだけの大きさであれば、確実にキリトの求める《黒晶鉄》は出来上がるだろう。今ならばこれにピッケルを振るって、《黒晶鉄》を生み出す瞬間も想像できる。

 

「よぉし……これに一発加えれば……!」

 

 間違いなく《黒晶鉄》が手に入るはずだ――いや、手に入れ!

 フィリアは胸の中に願いを募らせて、思い切りピッケルを《黒晶鉄》の結晶に打ち付けた。かーんっという心地よい硬い音が周囲に木霊し、結晶達に吸われるように消えた。しかしどうした事か、いつまで経っても結晶は《黒晶鉄》に変わらない。もしかして何かしらの条件があったのだろうかと思った次の瞬間、身体が大きく揺れ始め、地鳴りが耳に届くようになった。いや、揺れているのは自分の身体だけではなく、この辺りの地面一帯全部だ。

 

「じ、地震!?」

 

 思わずフィリアが叫んだ瞬間、足元の地面が突然隆起し、フィリアの身体は大きく突き上げられて宙を舞い、勢いよく落ちた。有りもしない痛みを感じながら、何事かと顔を上げたその次の瞬間、フィリアは凍り付いた。

 

 現実世界にいた時に見た映画の中に出て来た、ティラノサウルスなどといった2本足で歩く獰猛な恐竜に酷似した姿を持つ、背中から先程の結晶を生やした、全長10m以上あるであろう巨大なトカゲ型のモンスターだった。その威圧感を放つ容姿を目の当たりにして、フィリアはすぐさまこの結晶恐竜がボスモンスターである事を悟る。

 

「も、モンスター……!」

 

 恐らく、ここを守る主だったのだろう。背中を踏み荒らされた挙句、背中に生える自慢の結晶を叩かれて怒っているのか、結晶恐竜は目を血走らせながら、フィリアを睨みつけていた。そこから離れたところで、キリトは焦りながら剣を抜いた。

 

「あいつ、ここに潜伏してたのか!? 俺の索敵スキルに引っかからなかったぞ!」

 

《我の索敵スキルもだ。おのれ!》

 

 キリトは咄嗟に走り出して、フィリアへ向かった。あの距離では、すぐさまフィリアに攻撃が加えられてしまうし、あの結晶恐竜自身かなり攻撃力が高そうな見た目をしている。あの結晶恐竜の一撃を喰らってしまったら、フィリアは持たないかもしれない。

 

「フィリア、離れろ!」

 

 キリトの声が届こうとした次の瞬間、結晶恐竜は突然口を開く。その刹那ともいえる時間で、結晶恐竜の口内から細い鞭のような舌を伸ばして、フィリアの足に絡みつかせた。そして3秒にも満たない時間でフィリアを宙に浮かせてしまった。

 

 キリトはフィリアを捕まえた舌を切り裂こうとしたが、結晶恐竜がぐんぐんとフィリアを振り回してきたところで、すぐさま攻撃を止める。このまま剣を振り回して攻撃すれば、フィリアを誤って攻撃してしまう可能性があるからだ。腹立たしい事に、結晶恐竜はその舌でフィリアを捕まえていて、それを振り回していれば攻撃されない事を理解しているらしい。

 

「くそっ、人質を取ったつもりか!?」

 

「キリト、いやぁ、助けてっ!」

 

 逆さまに宙吊りにされて、悲鳴を上げるフィリア。すぐさま助けてやりたいとキリトは剣を構えるが、誤って自分の剣技を喰らわせてしまえば、自分よりもレベルの低いフィリアは耐えられない。ならばリランのブレスで結晶恐竜を吹き飛ばすのはどうだと思ったが、それでは爆発にフィリアが呑み込まれてひとたまりもない。完全な、八方ふさがりだ。

 

「この野郎……ッ!!」

 

 ぎりりと歯を食い縛って、余裕そうにフィリアを振り回す結晶恐竜を睨みつけたその時に、突然結晶恐竜は舌を引き始めた。

 見る見るうちに、結晶恐竜の口とフィリアの距離が縮まっていく。その光景を目の当たりにして、キリトはフィリアが人質ではなく、餌である事を理解して、顔を蒼褪めさせる。

 

「ふぃ、フィリア!!」

 

「や、やだ、キリト、うわっ、いやああ、きゃああああああああッ!!!」

 

 次の瞬間、結晶恐竜は一気に舌を引き込んでばっくりとフィリアを口の中へと放り込み、そのままごくりと呑み込んだ。

 

「ふぃ、フィリア――――ッ!!」

 

 


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