キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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08:降ってきた少女

 突如として、空から女の子が降ってきて、抱き止めた。その瞬間、俺は思わず昔にあった「親方ー! 空から女の子がー!」なんていう台詞が登場するアニメ映画を思い出した。そんな事はどうでもよくて、俺とリランは少し焦りつつ女の子を見つめていた。

 

 

「この子、一体何なんだ……?」

 

《空から少女が降って来るとは、よくある話ではあるが……どうも様子が違うらしいな》

 

 

 空から女の子が降って来るなんてゲームではベタベタな事だが、どうも違和感がある。いや、そもそもこの女の子がNPCだったならばただのイベントの発生だと考えるだろうけれど、この女の子はどうもそうじゃないらしい。NPCにカーソルを合わせれば、NPC○○と言ったように表示されるのだが、この娘にカーソルを合わせてもNPCの文字は表示されない。――この娘はNPCではなく、プレイヤーだ。

 

 ひとまず、意識があるかどうか確認するために女の子の身体を揺する。

 

 

「お、おい君。大丈夫なのか」

 

 

 女の子は答えを返さない。ぐったりとしたまま、俺の身体に寄りかかっているだけだ。かなり深い気絶に入り込んでしまっているらしい。

 

 

「駄目だ、意識がない」

 

《ひとまずはどこかへ運んだ方がいいだろう。いつまでもここにいるわけにはいくまい》

 

 

 俺は女の子を所謂お姫様抱っこの状態からおんぶの状態に変えると、そのまま立ち上がった。女の子の身体はそこそこの重さがあったが、一度使った大剣系武器と比べた時には、もしかしたら大剣系武器の方が重く感じるかもしれない。

 

 

「そうしよう。けど、どこへ運ぼうか」

 

《宿屋にはこの世界の住民しかおらぬ。先程のエギルの店に運べばいいのではないか。あそこはエギルの住所だ》

 

「なるほど、この子を寝かせられるベッドはありそうだな。エギルにはちょっと迷惑かもしれないけれど、背に腹は代えられない。行くぞリラン」

 

 

 俺とリランは女の子を背負ったまま地図を確認し、エギルの店がある方角を特定した後に入り組んだ迷路の中へと戻り、そしてエギルの店の前に辿り着いた。もっと時間がかかるんじゃないかと思っていたが、僅か5分ほどで着く事が出来て驚いた。どうやらエギルの店は広場から比較的近い場所にあったらしい。

 

 戸を開けてカランコロンという音を聞きながら、再び店に入ると、エギルが驚いた様子で視線を向けてきた。

 

 

「お、おいおいキリト、どうしたんだよ」

 

「エギル、空から女の子が降ってきた」

 

 

 エギルの目が丸くなった。いや、点になったと言った方が正しいか。

 とにかくエギルは事情が理解できないような顔をして、俺に再度問うた。

 

 

「えっと、その昔あったアニメ映画みたいな展開はどういう事だ。空から女の子が降って来たって事は、NPC関連のイベントか?」

 

「いや、そうじゃないんだよ。この娘を見てくれ」

 

 

 そう言って俺は降って来た女の子をおんぶからお姫様抱っこに持ち替えて、エギルに見せた。カーソルがNPCじゃない事に気付いたのか、エギルはまた驚いたように言う。

 

 

「この娘……NPCじゃなくてプレイヤーじゃねえか!」

 

「そうなんだよ。街を歩いていたらいきなり空から降って来たんだ」

 

「空から女の子が降るってのはアニメとかゲームじゃベタベタな展開手法だけどよ、NPCじゃないならどういう事なんだ? 転移結晶とかを使って転送されても、上空に飛ばされる事なんかないぞ」

 

「そうなんだよ。そのありえない事に巻き込まれたせいなのか、この娘はずっと気絶したままなんだ。このまま放っておけないから、お前のところで寝かせてくれ」

 

 

 エギルが腕組みをする。

 

 

「おいおい、俺のベッドを使わせるってか? 宿屋でいいだろう?」

 

《宿屋にはお前達のような《プレイヤー》はおらぬ。この者はプレイヤーであるから、プレイヤーが面倒を見てやるべきだ》

 

「他の連中はどうなんだよ」

 

《ディアベルならば今葬儀の真っ最中でそれどころではない。勿論周りの連中もだ。他の者達に当たろうにも迷惑がるものばかりに違いない。頼れるのがお前だけなのだ》

 

 

 エギルは渋々眉を寄せた。

 

 

「出来ないわけじゃないが……というか、面倒はお前が見ろよキリト。まさかこの娘を放っておいてどこかへ行くつもりはないだろう」

 

 

 確かにこの娘がどうしてここにやって来たのかは気になるし、そもそも何であんな事になったのかなど、わからない事だらけだ。だから情報を聞き出したり、この娘自身が何者であるかを理解するまでこの娘の傍を離れたくないけれど、俺は見ての通り、リランを連れていて、尚且つこのリランの力はアインクラッド全体にまで広がっている事だろう。

 

 今のところ、ディアベルに協力している関係ではあるけれど、そのうちディアベル達と肩を並べるギルド、《血盟騎士団》が動き出してくる頃合いに違いない。

 

 《血盟騎士団》は、ディアベル達《聖竜連合》と同じギルドで、SAOの中で最強と言われているくらいの実力のあるギルドだ。数は50人程度で、《聖竜連合》よりかは少ない方だが、団員の一人一人が一騎当千と言わんばかりの実力者ぞろいで、更に団長である 《ヒースクリフ》はこのアインクラッドで最も強いのではないかと言われるくらいの猛者だ。

 

 そしてその《血盟騎士団》の傾向は、強い者、実力のある者を団員として迎えるというものだ。

 

 もし俺とリランの情報が《血盟騎士団》に流れ込んだなら、《血盟騎士団》の者達は俺をスカウトしに来るだろう。とくに副団長は攻略の鬼と呼ばれるくらいに攻略を急いでいる人物であり、強きもの、この城を攻略を短くする要素を含むようなものは、真っ先にスカウトするらしい。

 

 リランはまさしくそれに当てはまっているだろう。

 

 

「いや、もしかしたら駆り出されるかもしれない。リランと、それを操る俺を求めてくる奴らが、現れる」

 

「《血盟騎士団》か。確かに彼らならば真っ先にお前を求めるだろうな。まさか、滅茶苦茶強いボスをたった5人の犠牲で倒してしまうなんて、あいつらは考えてもみなかっただろうからな。ましてや《血盟騎士団》は攻略を急ぐ集団……軍みたいなならず者の集まりじゃないけれど、リランとそれを操るお前の力を見れば貪欲に欲しがるだろう。喉から手どころか身体を出す勢いでな」

 

「その通りだと思う。だけど、俺はリランをただの攻略のための要素にはしたくない。リランはこうやって俺と一緒に戦って、俺の事を、色んな奴の事を考えて理解してくれる仲間だ。それをただのモンスター狩り、ボス狩りの道具にしようとはしてもらいたくない」

 

 

 俺は抱えている女の子に目を向ける。

 

 

「それに、俺はこの娘が何なのか、どうやってここに来たのかが知りたい。それまでには、血盟騎士団とかその辺りの連中には見つからないようにしないとな」

 

 

 エギルがくるりと店の二回の方へ身体を向ける。

 

 

「まぁいいさ。早く来いキリト。ひとまずその娘を寝かせてやろうぜ」

 

「あ、あぁそうだった。いこうリラン」

 

 

 そう言って、リランに指示を出して歩き出したその時、俺の耳元にエギルでもリランのものでもない小さな声が聞こえてきた。声の下方向は目の前の下部、抱きかかえている女の子からだった。何だか視線を感じて目を下に向けてみたところ、女の子の黒色の瞳と俺の黒色の瞳が合った。

 

 

「あ……」

 

 

 思わず声を漏らした瞬間、女の子はいきなり驚いたような表情を浮かべて、更に怒ったような表情に変えていきなり俺に殴りかかった。その瞬間に犯罪防止コードが働いて、俺と女の子の手の間に紫色の壁が出現、女の子の攻撃を防いでくれたが、女の子は俺の腕から飛び降りて、数歩後ろに下がり、身構えた。

 

 その顔や姿勢から明確な敵意を感じ取るのは容易かった。

 

 

「お、おいおい……」

 

 

 この様子を俺達の前から見ていたであろうエギルが俺の隣に並び、女の子に声をかける。

 

 

「た、確かに初対面の小僧にお姫様抱っこなんかされていたら混乱する事はわかる。だが落ち着いてくれひとまず!」

 

 

 女の子は「うぅ」と喉を軽く鳴らした後に交戦体勢を解除した。でも、顔は相変わらず怒ったままだ。よほど俺に抱かれていたのが嫌だったらしい。多分俺の声は聞いてもらえないだろうと思った直後に、エギルが女の子に再度声をかけた。

 

 

「俺の名はエギルだ。それで、こっちの黒ずくめがキリトだ。とりあえず、何であんな高所から降って来たのか、教えてくれないか」

 

 

 エギルがやんわりと話しかけても女の子は怒ったまま、口を閉ざしている。更にエギルが事情を話し始めた。

 

 

「あんたがこいつに抱かれていた理由は、高所から落ちてきたあんたを地面に衝突させまいと受け止めた結果なんだ。だから悪気なんて更々ないんだよ」

 

 

 女の子は一瞬きょとんとしたような表情を浮かべて、もう一度怒っているような顔をして、俺に声をかけてきた。

 

 

「……それって本当なの。私を助けようとしてくれたって」

 

 

 俺は頷いて見せた。流石に悪気があってお姫様抱っこをしていたつもりはない。そんな事を考えてあんな事をしていたならば、リランが俺の顔を丸焼きにしてるか、尻に噛み付いているかのどちらかだ。

 

 

「そんなつもりはないよ。でもよかったよ、目が覚めて」

 

 

 女の子は喉をもう一回鳴らして、目を半開きにする。

 

 

「そうなの」

 

「そうだよ。それで、君は何であんな事になってたんだ?」

 

 

 女の子の表情が困っているようなものに変わり、更に片手で頭を抱える。

 

 

「……あれ……そういえば私なんで……?」

 

 

 俺とエギルで目を点にする。そして、俺の頭の中でリランと初めて出会った時の光景がフラッシュバックした。あの時、リランも確かこんな事を言っていて、記憶喪失である事を告げてきた。まさか、この娘も?

 

 

「ねぇ、私が空から落ちて来たって本当なの? 全然信じられないんだけど……」

 

 

 女の子が再びジト目になる。

 

 

「それに、あんた格好からして怪しいんだけど。何よ、その全身黒ずくめ。何かアニメのコスプレかしら」

 

「コスプレじゃないよ。これはだな……」

 

 

 直後、女の子は驚いたような顔をした。目線の先を確認してみれば、そこにあったのは俺の背中の鞘に収まっているついさっき手に入れた剣、エリュシデータだった。

 

 

「それ、剣じゃないの。そんなものを持ち歩いてたら通報されるわよ、銃刀法違反で」

 

「じゅ、銃刀法違反? 標準装備だけでGMに通報されてたら攻略できなくなるよ。というかここにそんな法律なんか……」

 

「GM? 攻略? あんた何を言ってるの?」

 

 

 思わず首を傾げた。

 

 何だか話が噛み合ってない。それにこの娘の反応も妙だ。剣を見て銃刀法違反、GMや攻略という言葉に混乱したりなど、SAOプレイヤーにしては妙なリアクションを取り続けている。まるで、SAOプレイヤーじゃないみたいだ。

 

 

「そういえば、ここはどこなの?」

 

 

 女の子の問いかけにエギルが答える。

 

 

「ここは第50層アルゲードの街の、俺の店屋の中だよ」

 

「50層……アルゲード? そんな地名なんかあるの」

 

 

 やはり、話が全然噛み合ってない。俺達の話が、まるで通じていないようだ。そして、リランの時にすごくよく似ている。この娘は、記憶喪失なのかもしれない。

 

 

「なぁ君。さっきから君の様子が俺の記憶喪失の仲間によく似ているんだけど、まさかここに来た前後の事とか、覚えてないのかな」

 

 

 女の子は何かを考え込んでいるような表情を浮かべて、軽く下を向いた後に顔を上げ、首を横に振った。

 

 

「わからない……なんだか、よくわからない……」

 

 

 やっぱりだ。この娘は、リランと同じ記憶喪失だ。

 

 

「記憶が、無いのか?」

 

 

 女の子が頷いた。

 

 

「ここに来た理由だとか経緯だとか、そういうものが一切思い出せないのよ。その前の事だって何も思い出せない。頭の中が濃霧に襲われたみたい」

 

 

 やはりリランと同じだ、この娘は。同じような状態のリランは、この娘の事が分かるのだろうか。

 そう思って周囲を見回してみたところ、リランの姿はなかった。

 

 

「あれ、リラン?」

 

 

 小さな声でリランを呼ぶと、背中がもぞもぞする感じが来た。何事かと思って少し慌てると、リランの《声》が聞こえてきた。

 

 

《我ならばコートの下のお前の背中にいる。この者の前に出たら混乱しそうだから、隠れさせてもらうぞ》

 

 

 この背中の温かさは、リランだ。そしてリランの言う通り、この娘の前にリランを出したら、混乱を深めるだけに違いない。

 

 

「わかった。頃合いになるまで隠れててくれ」

 

《そうさせてもらう。それとだ、この者がお前達と同じプレイヤーであるというのだけは確かだぞ。そして、お前達が置かれている状況を彼女が理解できていないようならば、彼女を一人にさせるのは危険だ。生死にかかわるぞ》

 

 

 やはり、リランもそういう事がわかるらしい。こんなSAOプレイヤーなのかそうじゃないのかわからないような言動を取っている女の子をフィールドに投げ出したら、間違いなくモンスター達にやられてアウトだ。

 

 俺はもう一度小声でわかったと言い、女の子に顔を戻した。

 

 

「なぁ、いきなりこんな事を申し出て悪いんだけど、君は俺としばらく一緒に居てくれないか。君に現在状況の説明をしたい」

 

 

 女の子は怒ったような表情で俺の事を睨んでいたが、やがて表情を少しだけ柔らかくした。というよりも、無表情に近い。

 

 

「……どういう事なのか、話して」

 

「わかった。ひとまず、君の名前を教えてくれないかな。俺は、さっきも言った通り、キリトだよ。もしかして、名前も憶えてないとか?」

 

 

 女の子は渋々口を動かした。

 

 

「名前は憶えてるわ。私の名前は、朝田(あさだ)詩乃(しの)

 

 

 朝田詩乃……朝田?

 

 

「ちょっと待った。それは現実世界の名前(リアルネーム)じゃないか? それを名乗るのはマナー違反だよ」

 

 

 詩乃は首を傾げる。

 

 

「リアルネーム?」

 

 

 その時に、俺は気付いた。どうやら、詩乃はこの時点でわからないらしい。

 

 

「キャラクターネームを教えてほしいんだ。右手を振ると、ステータス画面が出てくるから、そこで確認できるよ」

 

「右手を振る……それで……え、なにこれ」

 

 

 詩乃は右手を振り、出てきたステータスウインドウを見て驚いた。

 やっぱり詩乃はSAOプレイヤーではないんだ。プレイヤーなら、こんな反応なんかしない。

 そして詩乃はウインドウに目を向けて、やがて小さく呟いた。

 

 

「『シノン』……それが私の名前みたい」

 

「なるほど、シノンか。よろしくな」

 

 

 詩乃改めシノンは小さく頷いた。

 

 

「よろしく」

 

「それでシノン、今からこの世界の状況を説明するけれど――」

 

 

 言いかけたその時、エギルが何かに気付いたように俺達に声をかけた。

 

 

「あ、すまないキリト! もうすぐ開店時間なんだ。だから説明は他のところでやってくれないか」

 

「え、そうだったのか。何で早く言わないんだよ」

 

「お前達が突拍子もなく現れるからだよ。とにかくここは借り出せない。追い出すようで悪いが、出て行ってくれ」

 

「そうかいそうかい。わかったよ」

 

 

 俺はシノンの方へ顔を向けた。とりあえず、シノンとリランを別なところへ案内しなければ。広場を探して歩いている時に、雰囲気が良さそうな喫茶店を見つけた。そこへ案内して、この世界の事とかを話そう。というか、まだリランの事も紹介してないから、そこでリランの事もひっくるめた世界の事を話そうと思うが、やっぱりビックリしそうだよな……。

 

 

「何をしてるのよキリト。エギルが迷惑がってるから、早く出て行きましょう」

 

 

 シノンの声で我に返り、俺は頷いた。

 

 

「あ、あぁそうだな。それじゃあエギル、一応この場を貸してくれてありがとうな。繁盛する事を期待してるぜ」

 

 

 そう言って、俺はリランをコートの中に隠したまま、シノンを連れてアルゲードの街へ出た。

 

 


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