キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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09:集いて

「えっとキリト、この人は一体」

 

 俺達はストレアという少女を連れて、皆の元へやって来た。というよりも、俺が一番最初に22層の家に帰り、そこに皆を呼んだから、正確には皆が俺の元へやって来たという事なのだが。

 

 皆というのはシノン、ユイ、リズベット、シリカ、リーファ、ユウキ、アスナ、フィリア、ユピテル、クライン、ディアベルのメンバーであり、普段俺達の中にはいないクラインとディアベルが入っている理由は、このストレアがかなりの実力者であり、今後攻略に加わるかもしれない人であるという可能性を感じて、2人にも教えておいた方が良いと思ったからだ。

 

「みんなに紹介しておく。この人の名前はストレア」

 

「よろしくねー」

 

 ソファに腰を掛けながら、笑顔で挙手するストレア。皆からすれば見知らぬ女性そのものである姿に、アスナが目を半開きにする。

 

「えっと、どういう事。キリト君とはどういう関係なの」

 

「さっき街角で出会った。何だか、俺の事を付けていたみたいなんだ」

 

 シノンが腕組みをする。

 

「キリトを付ける? でも、キリトって確か、この中で一番強い索敵スキルを持っていたわよね」

 

「そうだよ。ストレアはそんな俺の索敵スキルを掻い潜って、俺の事を付けていたんだよ。これだけでも、かなりの実力者であるって事がわかるだろ」

 

 シリカが驚いたような、戸惑っているような表情を浮かべる。

 

「じゃ、じゃあどうやって気付いたんですか。やっぱり、リランさんの力を」

 

「ちょっと悔しいけどその通りだ。ストレアの存在に最初に気付いたのはリランだった。リランは竜だから、俺よりも高い索敵スキルを持っている。

 ストレアは、リランくらいのスキルの持ち主じゃないと気付けないくらいの高い隠蔽スキルを持っている。多分、この中で一番高いと思う」

 

 皆が驚いたように「おぉ」という声を出すと、ストレアが文句を抱えているような顔をした。

 

「えっと、誰が誰なの。アタシだけ自己紹介させるなんてずるいよ」

 

 そういえば、皆を集めたのはいいけれど、ストレアの自己紹介するのを忘れていた。

 

 思い出して、俺とリランから始まり、皆がストレアに自己紹介をした。その中で、一番ストレアが興味を示したのは、俺の妻であるシノン、娘であるユイ、アスナ、その息子のユピテルだった。

 

「すっごーい! キリトの奥さんにキリトの娘さん、アスナの息子さんなんて!」

 

 まぁ、シノンはこのゲームの中での俺の妻だし、ユイは確かに俺達の娘であるけれど養子みたいなものだし、アスナとユピテルの関係も同じようなものだ。

 

「まぁそういう事だ。それでストレア、君はかなりの実力者だと聞くが、武器は何を使ってるんだ」

 

「アタシの使っている武器? アタシの武器は両手剣だね」

 

 様々な武器を扱う者達が集まっているけれど、両手剣使いはストレアだけだった。他の皆は片手剣や刀などを使っており、その中でも多いのは短剣だ。

 

「両手剣……」

 

 ストレアは俺に向き直った。

 

「それでキリト、色んな事を教えてくれたお礼に、アタシの事を教えたいんだけど。それこそ、キリトを付けていた理由とか」

 

「なんだって。それはなんだ」

 

 ストレアの顔に微笑みが浮かんだ。

 

「アタシね、キリトに協力したいんだ。キリトと一緒に戦っていきたくて、キリトを付けてたの」

 

 俺を含めた皆の顔に、きょとんとしたような表情を浮かべた。

 

「俺と一緒に戦いたいから? 他のギルドはどうした。君はギルドに所属しているんじゃないのか」

 

 ストレアは首を横に振った。

 

「アタシ、ずっと1人だったんだ。何せ、何も覚えてないから、どこに行ったらいいのかわからなくて」

 

 もう一度ストレアに驚き、俺はかつてのシノンとユイ、現在のリランとユピテルを思い出した。しかも、それを思い出したのは俺だけではなく、シノンとアスナもそうだったらしく、2人は俺に声をかけてきた。

 

「キリト、この人今……!」

 

「何も覚えてないって言ったよね?」

 

「あぁ。間違いなく言った」

 

《こいつ、我と同じか》

 

 俺は再びストレアに向き直る。

 

「君は、記憶喪失なのか」

 

「そうだよ。道具の使い方とか、戦い方とか、ここが何なのかとか、そういうのを除いて全部忘れてるの。自分がどこにいて、自分がどういう事をしてたのか……」

 

 俺はふと顎に手を添えた。またかと言いたくなるが、ストレアもかつてのシノンとユイと同じ、記憶喪失者だ。

 

 しかもストレアはどこか、SAOのものらしからぬ姿をしており、どちらかといえば、リーファとユウキに近い。そしてリーファとユウキがプレイしていたゲームは……。

 

「まさか君は、ALOから拉致されてきたのか?」

 

「ALO?」

 

 俺と同じ事をリーファも思っていたらしく、俺に続くように言った。

 

「《アルヴヘイム・オンライン》っていうゲームだよ。もしかしてストレアさん、そこから捕まって来たんじゃ!?」

 

「えっと、何の事かなぁ……その辺りの事、全然わからない」

 

 これまで、SAOの外部からここへ連れて来られたのはシノン、イリス、ユウキ、リーファの4人。

 

 このうち、シノンを除いた3人は記憶をしっかり持った状態でここへやってきたけれど、シノンだけは最初のうち記憶喪失に陥っていた。もしかしたら、ストレアはシノンと同じパターンの人なのかもしれない。

 

 そしてそういう事柄に詳しくて、俺達に助言をくれる人が、この中のイリス。もしかしたら、イリスならば何かしらの掴んでくれるかもしれない――今更そんな事を思って、俺はこの場にイリスを呼ばなかった事を軽く後悔した。

 

「な、なんなんだ。つまり、どういう事なんだ」

 

 この中で、リーファとユウキ、シノンがどうやってここへやってきたのかをよく理解していない、クラインとディアベルが戸惑ったような顔をすると、シノンが説明を始めた。

 

 説明が終わると、ディアベルがもう一度驚いたような顔をした。

 

「シノンさん、リーファさん、ユウキさんは外部から来た人だったのか!?」

 

「そうよ。私はメディキュボイドから、リーファとユウキはALOっていうゲームから来た人なの。もしかしたら、ストレアもそうなのかもしれないわ」

 

 シノンはそのまま俺に顔を向ける。

 

「ねぇキリト」

 

 シノンの黒色の瞳と目を合せて、俺は頷いた。もはや、シノンが何を考えているのかわかっているような気がした。

 

「あぁ。一度ストレアをイリスさんに診せた方が良さそうだな。何かしら掴んでくれるかもしれないし」

 

 しかしその直後、ストレアが穏やかな声で言った。

 

「でもアタシ、そういう事気にしてないよ。記憶が無くても別にいいんだ。キリトや皆と居られれば、それでいいんだ」

 

 俺は思わずストレアを注視した。普通ならば自分の失った記憶を気にしてしまって、とても戦いどころじゃなくなるはずなのに、ストレアは驚くほどポジティブに振る舞っている。

 

 こんなプレイヤーに出会ったのは初めてかもしれない。

 

「だけどなストレア――」

 

「あぁそうそう。アタシのレベルだけど、もう107だよ。これなら、キリトの隣で戦っても大丈夫だよね」

 

 いきなりストレアの口から飛び出した言葉に、俺達は魂消てしまった。

 

 レベル107と言えば、108レベルである俺とリランから1つしか下回らない、この中で俺とリランの次に高い数値だ。

 

 俺とリランの次にレベルが高いのは、シノンとユウキとアスナの105レベル、クラインとディアベルの104レベルだったというのに、いきなりこの5人を通り越して俺とリランに追いついてきた。

 

「ひゃ、107レベル!? って事はお前、俺とリランの次にレベルが高いって事になるぞ!?」

 

「うん。だからキリト達と一緒に戦っても全然大丈夫だよね」

 

 107レベルもあれば、俺と並んで戦う事は十二分に可能だ。いきなり俺と出会った人が誰よりもレベルが高くて、しかも俺と一緒に戦う事を望んでいるという事実に、俺と一緒に戦う事を既に決めたリズベットやシリカ、フィリアががっくりと肩を落としていた。

 

「た、確かに全然大丈夫だけれど……」

 

「じゃあ決まりだね! これからはアタシもキリトの隣に並んで戦う!」

 

 ディアベルがぎこちなく頷く。

 

「107レベル……それだけのレベルを持っている両手剣使いならば、かなり貢献してくれそうだな。でも、記憶を失う前は、何をしてたんだろうか」

 

 ストレアが攻略組に加わるのは問題ないけれど、記憶が無いのは問題だ。やはり戦いに駆り出す前に、ストレアの事はイリスに知らせておく、もしくは自身に話させた方が良いかもしれない。

 

「それについては詳しい人がいるから……まずはその人のところに行ってみる事にするよ。とにかく、俺達の仲間にこれからストレアが加わるけれど、それでいいな」

 

 皆は特に嫌な顔をせず、俺の言葉に頷いてくれた。やはりストレアが107レベルなんて言う実力者である事、破天荒な事をするけれど嫌な人ではないというのが物言ったようだ。

 

「よし、決まりだ。これからよろしくな、ストレア」

 

 ストレアは皆を見回した後に、俺の方へ向き直って、笑顔になった。その笑みは、まるで太陽か何かのように暖かいものだった。

 

「任せておいてよ!」

 

 ストレアの自信満々な返事の直後、アスナがストレアに近付いて声をかける。

 

「でもねストレアさん、わたし達、貴方の症状に詳しい人を知ってるの。これから帰る前に、ちょっとその人のところに一緒に行ってくれないかな」

 

「え、別にいいけれど、どんな人? キリトの友達?」

 

 イリスは……友達と言えるのだろうか。俺達の相談に乗ってくれて、俺達に助言をくれる人ではあるけれど……どちらかといえば友達というよりも協力者という感じだ。あまり行動を共にしないから、攻略の仲間とも言い難いが、やはり仲間と言える存在かもしれない。

 

「友達ではないけれど、俺の協力者なんだ。その人はお前みたいな記憶喪失とかの症状に詳しくて、解決方法を知っていたりするんだ。だからお前の事を見れば、きっとお前の記憶が失われた理由がわかるかもしれないんだよ」

 

「そっかぁ。じゃあ連れて行ってよ。アタシ、その人に会ってみたい」

 

 ストレアの顔には好奇心に満ちた表情が浮かんでいた。やはりと言うべきなのか、ストレアは未知の人に会える事を楽しみに感じるらしい。

 

「わかった。連れて行ってやる。これから俺達は別行動を取るけれど、お前達はどうするんだ」

 

 俺の言葉には、ディアベルが最初に答えた。

 

「俺はこれからギルドに戻って次のボス戦の攻略会議をするよ。残念だけど、キリト達と一緒にはいけないな」

 

 次にリズベットが答える。

 

「あたしはこれから武器の手入れとかしたいわね。明日からは攻略組なわけだし」

 

「あたしもリズさんのところに行って、武器の手入れをしてもらいたいです」

 

 リズベットに引き続きシリカが答えると、リーファとユウキが続いた。

 

「あたしはキリトくんに付いてくよ。この後は特に用事もないし」

 

「ボクはアスナに付いていくつもりだけど……アスナはどうするの」

 

 アスナは俺の方に向き直った。

 

「わたしもキリト君に付いていくわ。こういうのはイリス先生が詳しいから、イリス先生の見解を聞きたいの。でも、ユピテルはイリス先生が苦手だから、ユウキは先に帰って、ユピテルを見ててほしいんだけど、いいかしら」

 

 アスナの頼みに、ユウキは頷く。

 

「わかったよ。先に帰って2人で留守番してるね」

 

 直後、シノンが口を開く。

 

「私はあなたに付いていく。これでも、イリス先生と一番付き合いが長いからね」

 

「わたしも付いていきます」

 

 シノンに続いてユイも言った。これでイリスの元へ向かうのは俺とリラン、シノン、アスナ、ユイ、リーファの4人になった。しかしその直後に、フィリアとクラインが首を傾げた。

 

「ねぇキリト、そのイリス先生っていうのは誰なの。キリトの知り合い?」

 

「俺も同じ事思ってたよ。イリス先生ってのは、何なんだ」

 

 どうやらこの2人はここに来るまでイリスの事を知らなかったらしい。まぁフィリアは専らダンジョンの情報とかを優先して摂取していただろうし、クラインの方も戦闘やスキルのデータとかを集めていただろうから、イリスの事は視界に入らなかったのだろう。

 

「そういえば、フィリアとクラインはイリスさんの事知らなかったな。いいよ、2人にも紹介してやる……ってあれ、そう言えばディアベルもイリスさんの事知らないよな」

 

 ディアベルは首を横に振った。

 

「いや、俺はイリスさんの事を知っているよ。時々第1層に戻る時もあったから、その時に知ったんだ」

 

「そうなのか」

 

 クラインが少しにやけながら俺に近付いてきた。

 

「もしかしてそのイリスって人は女性なのか。なぁなぁ、どんな人なんだ」

 

 俺は咄嗟にイリスの容姿を想像した。イリスは腰に届くくらいの長い黒髪をしていて、白衣のようなコートを纏い、赤いカチューシャを付けて、赤茶色の瞳をした胸の大きな女性。

 

 こんな事を言うのもなんだが、俺の目から見ても美人と言える。きっとクラインが見たらさぞかし興奮してしまうだろ――。

 

(待てよ?)

 

 俺はストレアの方に目を向けて、頭の中のイリスの姿と照らし合わせた。そういえば、ストレアは瞳の色と胸の大きさがイリスのそれによく似ている。

 

 これは偶然なのだろうか。まぁ、今考えても答えを出す事は出来ないから、今はとにかく、ストレアをイリスに会わせよう。

 

「イリスさんの事は会えばわかる。とにかく、今はイリスさんの元へ向かうとしよう」

 

 

 

           ◇◇◇

 

 

 

 俺はリランとシノン、ストレア、ユイ、アスナ、フィリア、クラインを連れて第1層の始まりの街へと赴いた。すでにご飯時を廻っているためか、あちこちで客を呼ぶ声が聞こえて、そこら中の屋台からは食材を焼いたり、油で揚げたり炒めたりする音が聞こえてくる上に、いい匂いまでしてきたものだから、腹が減ってきた。

 

「うっわぁ、いい匂いする。お腹空いてくるね」

 

 フィリアのつぶやきに頷く。今日は昼を抜いているから、胃の腑の中には何も入っていない。それもあってか、そこいらからしてくるいい匂いは効果覿面だった。

 

「ご飯時……ねぇキリト君、もしかして今イリス先生のところに行ったら」

 

 アスナの考えている事が俺はわかったような気がした。これまでイリスのところにアスナとシノンを連れていった時は、大体2人が子供達に振る舞う料理を作らされた。恐らく、今日もイリスが料理を頼んでくるだろう。

 

「イリスさんの事だから頼んでくるかもな。ちょっと時間ずらしてから行くかな」

 

「私は別に料理を作る事に抵抗はないけれど……」

 

 リーファが腹を押さえながら、周囲を見回す。

 

「それでも、この匂いと音はお腹に来るよ。ねぇキリトくん、早く終わらせてご飯にしようよ」

 

「同感だ。俺も結構腹が減ってるからな。さっさと行って、さっさと飯にしよう」

 

 俺はそう言って、皆の足を速めさせて、そそくさと街の中を歩かせた。なるべく料理を見ないように歩き続けて、露天商や街行く者達の間を通り抜け続けたところ、いつの間にか教会の前に辿り着いていた。

 

「ここって教会じゃないのかよ。イリスさんってのは修道女か何かなのか」

 

 クラインの問いかけにアスナが答える。

 

「ここは一見教会に見えるけれど、中にはこのゲームに閉じ込められた子供達が大勢保護されてるの。イリス先生はそこのリーダーなのよ」

 

「あぁそっか。確かにSAOって子供達から見てもすごく面白そうなゲームだったもんな。子供達も俺達みたいに閉じ込められちまったって事か」

 

 クラインとアスナが会話を広げていると、教会の戸が開いて、中から人が姿を現してきた。赤色の髪の毛に、頬の上部にそばかすが若干ある、緑の目の女性、サーシャだった。その姿にストレアが一番最初に反応を示した。

 

「あれ、あの人がイリス?」

 

「違う。あの人はサーシャさんだ」

 

 声を出しながら手を振ると、サーシャは「あっ!」と声を返して、俺達の元へ走ってきた。

 

「キリトさん、それに皆さんも……!」

 

「どうしたんですかサーシャさん」

 

 その時、俺はこの前の出来事を思い出した。ヒースクリフと戦った後に、教会にやってきたらサーシャが出てきて、イリスがいないかと尋ねてきた。

 

 その時、イリスはS級食材を見つけるために3日ほど教会を不在にしているという話だった。あの時はその後すぐにイリスが戻って来たけれど、もしかしてこのパターンは、また同じ事が起きたのだろうか。

 

「もしかしてサーシャさん、またイリスさんはいないんですか」

 

 サーシャはしょんぼりした様子で頷いた。

 

「はい。今日、ここにいる子供達に調理実習という形で楽しませながら料理を作らせたいとイリス先生が立案して、そのための食材を探しに行くって言って、また教会を空けているんです。もう2日ほど経ちますが、未だに戻って来ていません」

 

《またS級食材を探しに行ったというのか》

 

「恐らく……子供達の料理スキルはそんなに高くないから、そんなレアな食材を使うともったいないと思ったんですが、イリス先生は聞いてくれなくて、そのままフィールドに出かけていってしまったんです。またもや、連絡不可、追跡不可になってまして」

 

 保母達のリーダーであり、子供達の頼れる先生であるイリスが、そんなに教会を空けていいものなのだろうか。これじゃあまるで職務放棄だ。そう思ったのか、アスナが困ったような表情を浮かべる。

 

「子供達にいいものを食べさせたいって気持ちはわかりますけれど、何もそこまでする必要は……」

 

 イリスの専属患者だったシノンが困り果てたような表情を浮かべて腕組みをする。

 

「イリス先生はかなりフリーダムな人だったから、突拍子もない行動に出てもおかしくないわ。それでも肝心な時にいない事が、最近多いような気がする」

 

 確かに最近イリスの行動は妙に感じる。S級食材を見つけるためとか言って、3日も教会を空けたりしてサーシャ達を困らせて、そして今日、また同じような事を繰り返している。

 

 子供が可愛いと思うのは同意できるけど、そこまで彼女が子供達にこだわる理由とは何なのだろう。

 

「ところでサーシャさん。子供達には何を作らせるつもりなんですか」

 

「あぁ。漫画やアニメでおなじみのビーフストロガノフさ」

 

 突然背後から声が聞こえてきて、俺達は驚きながら振り返った。そこにいたのは、腰に届くくらいの長くてつやつやした美しい黒髪を持ち、赤いカチューシャを付け、白衣に似た白いコートを身に纏い、腰に刀のような長剣を携えた、赤茶色の瞳の女性だった。

 

 そう、俺達が探していたイリスだ。

 

「イリスさん!」

 

「イリス先生!」

 

 イリスはふふんと笑って、掌を立てた。やぁという意味の意思表示だ。

 

「またもや、君達を困らせてしまったようだね。失敬失敬」

 

 サーシャがイリスの目の前に歩み寄る。

 

「イリス先生、どこに行ってたんですか。子供達も心配してましたよ」

 

「いやはや、この前と同じさ。せっかくだからいい食材を使いたいと思って、食材を探し回っていたら2日も経ってしまった。だがサーシャ。予定通りなら、今晩調理実習が出来るだろう」

 

「で、出来ますけれど……」

 

「なら問題ない。そっちの人達は問題あるようだけど……ん?」

 

 イリスは不思議そうな顔をして、フィリアを眺めた。

 

「君達とはお初だね。私はイリス。この教会の経営者だ」

 

 フィリアは少しきょとんとした後に、軽く頭を下げた。

 

「あ、わたしはフィリアです。宝物探索者(トレジャーハンター)やってます」

 

「ほぅほぅ。宝物探索者(トレジャーハンター)とは、まるで冒険映画の主人公みたいじゃないか。よろしく頼むよ」

 

 俺はクラインの方に顔を向けた。クラインもイリスとは初対面だから、自己紹介をすべきなのだが……クラインはイリスを眺めたまま、口を半開きにして静止(フリーズ)していた。

 

「おいクライン。お前も挨拶しろよ。どうした、ラグってるのか」

 

 直後、クラインはいきなりイリスの目の前に出て、頭を下げた。

 

「お、お、俺はクラインです、職業は会社員で、趣味はげげげげ」

 

 クラインが、自分の趣味を話そうとしたその時、

 

「いーやっ!!」

 

「あいえええ――ッ!!」

 

 突然イリスが剣を抜き、突き技を放った。イリスの渾身の一撃を受けたクラインの身体は軽々と後方へ吹っ飛び、教会前の石の絨毯を転がって、止まった。

 

 その時にイリスの仕掛けた侵入者警報装置に引っかかったのか、イリスの懐の中から鈴のような音が聞こえた。

 

「イリス先生!?」

 

 シノンが慌てた様子で声をかけると、イリスはハッとしたようになった。

 

「あれ、元《軍》の暴漢達に見えちゃったけど、違ったみたいだね」

 

 イリスは剣を戻し、クラインを眺めた。

 

「えっと、クライン君か。私はさっきも言った通りイリスだ」

 

 クラインはうつ伏せになりながら、弱弱しく手を上げた。

 

「よ、よろしくお願いしまぁぁす……」

 

 イリスは俺達の元へ顔を戻した。

 

「さてと、聞かせたとおり、私はちょっとフィールドに出て、私に会った途端「AIEEE!!Oh My Buddha The Iris――!!」とか言ったモンスターをぶちのめして、S級食材を手に入れてきた限りだが、君達はどんな用事で来たんだい」

 

 この人の中ではモンスターがやたら喋るのは当たり前なので、大して気にならなかった。多分ユーモアのつもりだろう。

 

「あぁはい。ちょっとイリスさんに診てもらいたい人が居まして」

 

 そう言うと、俺の隣でストレアが声を出した。

 

「この人がイリス?」

 

「そうだ。この人ですイリスさん。名前は――」

 

 俺が言う前に、イリスは口を開いた。

 

「……ストレア」

 

 俺達はほぼ一斉にイリスの方へ顔を向けた。その顔には、ユピテルを見つけた時のような、ひどく驚いたような表情が浮かんでいた。

 

「ストレア、じゃないか……!」

 

 


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