キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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02:《敵》

 俺はアルベリヒを連れて、83層のフィールドへ赴いた。

 

 ここは最前線ではあるものの、街の近くの狩場ならば敵モンスターも適度なものが多いし、万が一死にそうになっても街に即座に駆け込めば何とかなるから、訓練や試験をするにはもってこいだ。

 

 街を移動し、フィールドに出た時も、俺はアルベリヒがどれだけの実力を持った人なのか、ずっと気になって仕方が無かった。

 

 アルベリヒの使っている武器は俺の持っている《ダークリパルサー》とほとんど同じ性能を持っていて、防具は武具店で買ったとはいえ、俺の使っているそれよりも高性能なものだ。

 

 しかも武器に至っては、高難度なダンジョンへ挑んで強い敵と戦い、時に掻い潜って手に入れたものであるという事、即ちアルベリヒの実力の証という事になる。

 

 これだけの装備を手に入れて来れるアルベリヒは、どれほどのものなのか――それを楽しみにしながら、俺はアルベリヒと共にフィールドへ赴いたのだった。

 

 しかし街の近くを練り歩いても、一向に敵の気配を察知する事も出来なければ、姿を確認する事も出来ない。まるで22層や80層のフィールドを歩いているかのように、敵に出会う事もなく、ただ暖かい風を浴びながら歩いているだけだ。

 

 周りを見渡しても、広がっているのは獣が一匹もいない、穏やかな風が吹く草原地帯。そんな中を歩き続けていると、そのうちアルベリヒが眉を寄せながら不満そうに言った。

 

「うぅんと……モンスターはどこですかね……」

 

 ここまで練り歩けば1匹くらいいてもおかしくないはずなのに、まるで敵の気配がない。

 

 これまでボスと戦えなかった腹いせに攻略組の皆が狩りまくっちまったのか。そんな事を考えながら、俺はアルベリヒに答える。

 

「駄目だな、まるで敵の気配がない。皆が自棄(ヤケ)になって狩りまくったのか」

 

「密猟ですか」

 

「いやいや、モンスターに密猟はありませんよ。それでもここまで敵がいないというものおかしな話です。まるで22層や80層みたいだ」

 

「22層と80層は敵のいない層ですけれど……もしかしてここもそうなんですか」

 

 いや、普通に考えてそれはないだろう。終盤の83層ともなれば、敵が出て来まくるのがRPGのデフォルトのはずだ。こんなに敵がいないなんて、やはりおかしい。

 

「そんなはずは……そんな事なんてありえないはずなんですが」

 

「しかしまぁ困りましたね。これじゃあ僕の試験、出来ないじゃないですか」

 

 今回83層に来たのは、アルベリヒの実力をテストするためだ。しかし肝心な敵がいないのであれば、この83層に来た意味はないし、これ以上いても時間が無駄になるだけだ。確か82層には沢山モンスターがいたはずだから、そこへ行けばいいかもしれない。

 

「こうなったら82層に行きましょう。そこでなら戦闘は出来ます」

 

「そうなのですね。ならば早く82層へ降りるとしましょう」

 

 アルベリヒを連れて街の方へ振り返ったその時に、背後から大きな音と声が聞こえてきた。その声色は酷く聞き覚えのある女性のものだった。

 

「キリト君、キリト君――ッ!!」

 

 振り返ってみれば、そこにあったのは血盟騎士団、ディアベルを除いた聖竜連合を含めた30人の姿。そしてその先頭には俺の代わりに攻略を行っていてくれたアスナがいた。

 

 その周りにいるのはいつも俺を助けてくれるが、同時に俺が守ってやらなければならない仲間達。しかしその全ての顔が、まるで恐ろしいものを見た後のように蒼褪めていた。

 

「アスナ、それにみんなも」

 

「アスナ……?」

 

 アスナ達はすぐさま俺達の元へと辿り着き、酷く息を切らして両手を膝に付けた。まるで迷宮区からここまで走りっぱなしで来たような様子だ。

 

「どうしたんだよそんなに慌てて」

 

 アスナはすぐに顔を上げた。

 

「早く、早く逃げてッ! なんだか、なんだかよくわからないモンスターが、ボスモンスターよりも遥かに大きなモンスターが!」

 

 アスナの隣にいた団員の一人が叫ぶように言う。

 

「いいえ副団長、あれはモンスターじゃないです、完全無欠の化け物です!!」

 

「いやいやお前、モンスターって化け物って意味だから。というか、なんだよそれ」

 

 アスナが背後を見ると、同じように皆が背後に目を配る。

 

「撒いたのかな……とにかく、とんでもないものが、いきなりボス部屋に現れて、そのままボスを食べちゃったそうなのよ」

 

 ボス部屋に乱入者が現れてボスを捕食してしまったなんて話は前代未聞、前例のない事柄だ。そんなのがいきなりアスナの口から飛び出してきたものだから、俺は驚き、再度アスナに問いかける。

 

「なんだよそれ。なんだよとんでもない化け物って。一体何を見て来たんだ」

 

「と、とにかくフィールドから早く街へ……って、そちらの方は」

 

 アスナはようやくアルベリヒの存在に気付いて、その方へ顔を向けた。そういえばアルベリヒの事を最初に伝えてきたのはアスナだったけれど、どうやら俺の指示を受けて入れ違いになったのか、アルベリヒがどんな人なのか、知らなかったらしい。

 

 アルベリヒの事を聞くまで、俺は攻略に向かっていたから、戦闘もしくは散策中の俺を邪魔しないために、あえてゴドフリー辺りが俺ではなくアスナに連絡をし、そのままアスナが俺にメッセージを送るという回りくどい事をしたんだろう。

 

 もしくは血盟騎士団の有名人であるアスナにメッセージを受け取ってほしくて、俺ではなくアスナに送ったのか。血盟騎士団はたまにこういう回りくどい変な方法を取るから、首を傾げたくなる。

 

「あぁそうそう、こっちはアルベリヒさん。ゴドフリーの言ってた血盟騎士団入団希望者。それで、こっちの人が血盟騎士団副団長のアスナだ」

 

 俺はアルベリヒの方へ顔を向けて、またまた驚いてしまった。アルベリヒの顔はまるでひどく驚いてしまうようなものを見たかのような、瞠目の表情を浮かべていたのだ。

 

「ってあれ、アルベリヒさん、どうしたんです」

 

 俺の言葉にアルベリヒはハッとし、小さく口を動かした。

 

「え、えと、この人が血盟騎士団の副団長様であられる方ですか」

 

「そうですよ。俺の部下のアスナです」

 

 アルベリヒはアスナを直視した。見られっぱなしのアスナが首を傾げる。

 

「えっと、どうかしましたか」

 

「あ、あぁいえ、とても美しい方だと思いまして」

 

 その一言にアスナはきょとんとする。

 

 確かにアスナが人気である理由の一つには、アスナが普通の人と比べて綺麗さと可愛さを併せ持った顔立ちや身体つきをしている事がある。

 

 これだけでも十分なのに、そこにまるで母親のような包容力のある優しい性格も加わっているものだから、アスナは血盟騎士団だけではなく、その他のギルドの者達からも人気者になっている。

 

 まぁ性格の方を助長したのは間違いなくユピテルだけど……どうやらアルベリヒも、アスナの綺麗さに見惚れてしまったクチらしい。

 

「そ、そうですか……」

 

 アスナがきょとんとしたまま数秒動きを止めた直後、突然地面が大きく揺れて、アスナ達の背後の方から轟音が響き渡って来たのを聞きとって驚いた。

 

 まるで途方もなく巨大な生き物が地面を踏んだような、これまで感じ取った事のないくらいの衝撃と轟音だ。

 

「な、なんだ!?」

 

 俺が言った瞬間、一同は振り向いて、そのまま顔を真っ青にした。その中にはアスナも含まれている。

 

「き、き、来たぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 団員達の叫びを聞きとって、俺は団員達の遥か後方に目を向けたが――そこにあった、団員達を震え上がらせる存在を見つけ出し、戦慄すると同時に瞠目した。

 

 団員達が震えながら逃げてきた存在。フィールドを滅茶苦茶に破壊しながら轟音と共にここへ向かって来ようとしてきているそれは、巨大な竜のそれの形によく似ていた。

 

 発光する赤い色の複雑な模様が常に浮かび上がっている、闇のように真っ黒に染まっている四肢を持ち、背中に該当する部分からは赤く光る大きな棘が2対生え、尻尾に該当する部分は蜘蛛や蟻といった蟲の腹のように大きく膨れ上がっている。

 

 そこからまた黒い脚が生えており、首筋に該当する部分からは紅く光る模様が浮かび上がる黒いマントのような器官が生え、頭に該当する部分からは、肌がまるで陶器のような白色に染まっている、絹糸のような金色の長い髪の毛を持つ、あられもない姿をした巨大な女性の上半身が生えているという、完全なる異形だった。

 

 合計8本の足を持ち、まるで様々な生物の特徴などをいっぺんに集めて滅茶苦茶にかき混ぜたような、混沌に満ちた姿をした全長30mもの巨体を持つ怪物。

 

 まるで陸を行くシロナガスクジラのような巨体の裸婦……いや、人間と竜、蟲が混ざり合ったそれはその大きな8本の足を動かして、地響きを起こしながらかなりの速度でこちらへ向かって来ていた。

 

 恐らくあいつ自身はかなり遅く動いているのだろうけれど、あいつがあまりに巨大な身体をしているせいで、少し動くだけでかなりの距離を進む事が出来ているのだ。

 

「な、なんだあれ……」

 

 ボス部屋にすら収まりきらなそうな、あまりの巨体。あんなボスが存在しているというのだろうか。いや、そもそも皆が言うからにはあれがボスを喰らってここまでやって来たという話らしいけれど、そんな事が出来る存在がいるというのだろうか。

 

「な、なんなんだあの化け物!?」

 

 アルベリヒの言葉に思わず頷く。あれはもう完全無欠の化け物だ。だが全くと言っていいほど正体が掴めず、あの姿を見ていると、頭の中が痺れてくる。

 

 まるでSAOの規格から抜け出しているかのような、混沌そのものと言える存在、様々なプログラムや3DCGを滅茶苦茶に混ぜ込んだカオス。

 

 その《異形の裸婦》に俺は索敵スキルを展開する。そして、出てきた結果に再度瞠目する運びになった。

 

 あの《異形の裸婦》の正体はボスモンスター。75層の《スカルリーパー》の3倍である15本という途方もない《HPバー》を持ち、レベルは未知数。

 

 そして俺が最も驚く事になったその名前は、《The()_Haos(ハオス)_Mater(マーテル)》。

 

「《ハオス・マーテル》……!?」

 

 俺の口にした名前に、アスナは驚いたように反応を示す。

 

「ハオス……マーテル!? マーテルって……!!」

 

 次の瞬間《異形の裸婦》は一気に速度を上げて走り始めた。地響きが大きく連続するようになり、耳には常に轟音が響く。

 

 あれだけの巨体だ、もし踏み潰されたり、撥ねられたりするような事があれば、俺達プレイヤーは一溜りもない。しかしいくらあいつでも、街中に逃げられれば入って来れないはずだ。

 

「全員走れ! 街の中に逃げ込めッ!!」

 

「に、逃げるんですかぁ!?」

 

「逃げるんだよ!! ほら、早く!!」

 

 俺の指示は全ての者達の耳に届き、血盟騎士団と聖竜連合の者達は一斉に街へと走り出した。その先頭を俺、アスナ、アルベリヒが走り、一気に街と自分達の距離を詰めるが、その間にもあの《異形の裸婦》は轟音を立てながら俺達へと近付いてきていた。

 

 追いつかれまい、追いつかれてたまるものか、そう心の中で何度も叫びながら走り続けると、やがて俺達は1分にも立たない時間で街の前へと辿り着き、その門の中へと飛び込んだ。

 

 そのまま走り続けて街の中央まで行ったところで、俺達はようやく速度を緩め、そのうち完全に止まった。振り返ってみれば、逃げてきた者達はほとんどその場に座り込んでおり、やっとの思いで息を整えていた。

 

 その様子を、最初から街にいたNPCとプレイヤー達が不思議そうな目で見つめている。

 

 俺の隣で走り続けていた1人であるアルベリヒが小さく呟く。

 

「ここまでやってくれば、大丈夫でしょうか」

 

「あぁ。モンスターと言えど、《圏内》に入る事は出来ない。ここにいれば、ひとまずは安全だ」

 

 直後にアスナがひどく混乱したような顔をして、俺に声をかけてくる。

 

「ねぇキリト君……あれが、これまでボスがいなかった原因なの」

 

 その言葉にハッとして、俺はあの《異形の裸婦》の姿を思い出した。あの《異形の裸婦》の身体はまるで様々な生物が合体したようなキメラのような構成になっており、色も様々な色を混ぜ合わせると出来上がる黒色になっていた。

 

 そしてアスナは最初にあれがボスを捕食していると言っていた。しかしこれはどうやらアスナが見たわけではなく、ここにいる者達のいくつかが見たものらしい。

 

「そうだ……おい、この中にこの層のボス部屋に行っていた奴はいるか」

 

 団長である俺の声が周囲に少しだけ響くと、それまで座り込んでいた者達のいくつかが立ち上がり、俺の元へやって来た。皆、蒼褪めた顔をした男達だった。

 

「お、俺達です。俺達、ボス部屋に入ってました」

 

「そうか。お前達、ここまで逃げてくる最中に何を見たんだ。ボス部屋でどんな目に遭ったんだ」

 

 次の瞬間男達の顔は更に蒼褪めたが、それでも説明をしてくれた。

 

 男達が異変を感じたのは、フィールドに出た時からだった。

 

 83層まで来たのだから、強いモンスターがわんさかと居るに違いないと思っていたのに、実際に行ってみればそこには安全圏と言えるくらいにモンスター達がおらず、広々としている穏やかな草原だったらしい。

 

 しかし男達は先に進めばモンスターが出てくると思って、洞窟や少し暗い場所などにも行ってみたそうだが、やはりそこにもモンスターの姿はなかったらしい。そればかりか、洞窟などは不自然なまでに破壊されており、どこもかしこも穴だらけだったという。

 

 そして、男達は迷宮区まで進んだそうだが、そこでも敵の姿は一切なく、様々なところが崩壊している廃墟のような有様の、異様な静寂に包み込まれた迷宮が広がっているだけだったらしい。

 

 その中を不気味がりながら進み続けて、最終的に辿り着いたのはこれまでと同じボス部屋だったが、ボス部屋の扉は既に開いており、転移結晶を装備して警戒しながら中に入り込んでみたところ、あの《異形の裸婦》と、捕食されているボスの姿があったらしい。

 

 自分達が倒さなければならないはずのボスモンスターが、更なるボスモンスターに捕食されているという異様な光景に戦慄した男達は、即座に転移結晶を使って逃げようとしたそうだが、何故かその時転移結晶は使う事が出来ず、男達は混乱した。

 

 その声を聞いて《異形の裸婦》は男達の存在に気付き、ボスを完全に喰らったところで狙いを男達に変え、そのまま走り出した。――男達は大声を上げながら壊れた迷宮区を脱し、道中でアスナ達と合流、そのまま俺達のいるフィールドまで逃げて来たらしい。

 

「そんな事が……あったっていうのか」

 

「はい。道中走りながら、ゴドフリーさんに連絡をしたのですが……」

 

「器用な事をするなおい。でも、俺のところには連絡が来てないぞ」

 

 直後、アスナが言う。

 

「実は、キリト君は今重要な任務中だから、連絡はゴドフリーかわたしにって……攻略に出る前に皆に送っておいたのよ……」

 

 そういえば俺は今日、入団試験という血盟騎士団にとっては大きな事柄を担当する事になっていた。アスナはそれを知ってたから、皆に連絡をして俺にメッセージを送らないようにしていたのだろう。

 

「そうだったのか。でも、皆が無事でよかったよ。当然アスナも」

 

「うん……だけどキリト君、あの大きなのって……」

 

 俺はアスナに向き直り、あの《異形の裸婦》の……その名前を思い出した。あの《異形の裸婦》に出現していた名前は《The_Haos_Mater》。《渾沌のマーテル》。

 

 マーテルと言えば、俺達にとってかなり馴染み深い名前であり……イリスの開発した最初のMHHPの名前であり、今はアスナのところにいるユピテルの、姉の名前だ。

 

「あぁ……《渾沌のマーテル》……間違いなくあいつの名前はマーテルだった」

 

「マーテルって確か、イリス先生の作った、ユピテルのお姉さんじゃ……」

 

「そうだ。でもなんであいつがマーテルなんて名前を持ってるのか、いやそもそも、あいつが何者なのか、全然わからない。あんなもの、この2年間生きてきた中で初めて目の当たりにするよ」

 

「わたしだって、あんなのは初めて見る……怖かったね……」

 

 少し蒼褪めた顔をしているアスナ。その心の中に残る恐怖がどれだけ大きくて深いものであるかは、想像するに容易い。

 

 あれだけ大きな異形に追いかけられれば、誰だってトラウマになるだろうし、俺もあれに追いかけられたら間違いなくトラウマを刻み込まれそうだが……どうしてMHHPの名前を、あのボスモンスターは冠しているのだろうか。

 

 考え込もうとした次の瞬間に、転移門の方から大きな声が聞こえてきた。

 

「キリトッ!!」

 

《キリトッ!!》

 

「団長!!」

 

 アスナの時とは違う声色が3つ、そのうち1つは頭の中に直接響いてきたものだったし、どれも聞き慣れたものだった。振り返ってみれば、そこにあったのは本部で待機するよう言ってきたシノン、リラン、ゴドフリーの3人の姿であり、3人とも顔が真っ青になっていた。

 

「シノン、リラン、ゴドフリー、どうしたんだ。本部で待ってろって……」

 

 シノンがリランを抱えたまま、俺の元へ駆け寄ってきた。

 

「キリト、あなた、大丈夫だった!?」

 

「大丈夫だったって?」

 

《何か危険な目に遭わなかったのか》

 

 俺はハッとする。彼女達が言っているのは、恐らくあの《異形の裸婦》の事だろう。

 

「危険な目には確かに遭ったな。だけどこの通り、みんなで逃げて来たから大丈夫だ。

 もしかしてそのために?」

 

 そう言うと、アスナがシノンの傍まで駆け寄った。

 

「シノのん、リラン」

 

《アスナ、お前も大丈夫だったか。アスナの傍からの連絡だったから、ぞっとしたぞ》

 

「うん。わたし達も命からがら逃げて来たってところ。というか、ちゃんと連絡が伝わったみたいね」

 

 アスナがどこか安堵したような表情をした直後、ゴドフリーが俺に声をかけてきた。

 

「団長、一体何があったのですか。連絡を見た限りでは、悍ましい《敵》が現れたみたいな話だったのですが」

 

「あぁ。正直実物を見てもらいたいところだけど、アレに近付くのはあまりに危険だから、話すよ。

 それにシノン、後でイリスさんに連絡をしてもらいたい――」

 

 あの悍ましき姿の《異形の裸婦》の話をしようとしたその時、俺達の身体は下から突き上げられるように軽く浮かび上がり、すぐに落ちた。一体何事かと思って周囲を確認しようとしたその刹那に、今度は巨大な建物が崩れたような崩落音が聞こえてきた。

 

 これまでSAOで暮らしてきた中で、1度も聞いた事のない音と、感じた事のない衝撃波。一体如何なる事柄によって引き起こされたものなのかと、全員でその音の方角に顔を向けてみたところで、完全に言葉を失った。

 

 俺達の住む街が何故安全と言われるのか。

 

 それは、街ではHPが減らないように設定されており、モンスターなども入って来れないように出来ているからで、そうでなければ俺達プレイヤーは休む事すらも出来ず、苦しまされるだけだからだ。

 

 いくらこのゲームがデスゲームであるとはいえ、むやみにゲームに殺される事は避けなければならないし、そんな理不尽があってはならない。

 

 そういう事を踏まえて、プレイヤーが絶対に安全で暮らせる、《安全圏》というものが設けられているのだ。

 

 そしてその証が、街を囲む壁のようなものだ。第1層から第83層のここまで、どの街にも簡易的な壁が設けられており、それの外側がフィールド、それの内側が《圏内》という設定になっている。

 

 この壁を潜る事が出来るのは基本的にはプレイヤーのみで、モンスターが潜ったりする事は出来ないし、破壊不能オブジェクトになっているため、破壊する事も出来ない。

 

 モンスターに狙われずに、気軽に過ごす事の出来る場所である《圏内》を示す壁――それは皆にとって、ある種の希望のようなものだった。

 

 

 しかし、今、俺達の目の前に広がっているのは無残に破壊された83層の街の壁と、その瓦礫の上に乗り上がっている、ここに来てあまり時間の経っていない人達に話そうとしていた、《異形の裸婦》の姿だった。

 

「え……?」

 

 しかも俺の隣で、リランがフィールドにいる時の、本来の姿を取り戻していた。

 

「モンスターが……《圏内》に……来た……?」

 




圏内、破壊される。そして現れた、MHHPと同じ名を持つ者。






――


Q.街に壁なんてあったっけ?

A.ホロウフラグメントでは、街とフィールドは城壁によって分かれていた。今作はそれを採用。

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