キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

92 / 563
04:全てを破壊する白黒 ―《敵》との戦い―

 俺はずっと、怪獣映画のような戦いはSAOでは出来ないと思っていた。

 

 基本時にSAOは身体を動かし、剣や槍などと言った武器を使ってモンスターに立ち向かうRPGであり、モンスターの背中に乗って更に巨大なモンスターに立ち向かったり、戦ったりする事はない形式だ。モンスターに乗って戦うのでは、身体を動かしてプレイするというSAOの宣伝文句を嘘にしてしまうし、そんなものならばフルダイブでやる必要がそもそもない。

 

 そしてこのSAOに出現する敵モンスターも、せいぜい大きくて15mほどのものしか出現しないようになっている。モンスターがあまりに巨大になりすぎれば、プレイヤーの攻撃はほとんど通じなくなり、最終的にはマップに置かれた兵器などを駆使して戦う事になる。

 

 それに、相手があまりに大きいと、相手が動くだけでプレイヤーにダメージが入るようになってしまい、プレイヤーが圧倒的に不利な、バランスを欠いた状況になってしまう。

 

 こういった状況はネットゲームとして有名な狩猟アクションゲームならばよくある話だけれど、このゲームはデスゲームであるから、そんな完全なスタンドアローン形式のゲームのような事があってはならないようになっている。そんなものがあってしまったら、それはただの理不尽になってしまうからだ。

 

 しかし俺は今、SAOの常識を覆してしまうような状態で敵と戦っていた。場所は80層、山岳地帯。現実世界の山脈を思わせる、緑が萌えている山々――その1つに匹敵するほど巨大で、全てを呑み込むブラックホールのような黒い身体から8本もの足を生やす、様々なモンスターと女体が混ざり合った姿の異形の《敵》。

 

 俺は相棒である聖剣狼竜《リラン》の背中に跨り、その敵と戦っていた。

 

「やっぱりでかいな。山が動いているみたいだぜ」

 

 その正体は、この世界のプレイヤー達を癒す目的で作られた超高機能AI、《メンタルヘルスヒーリングプログラム》の1号機であるマーテルが暴走を引き起こしてしまった姿。

 

 マーテルは度重なるエラーの蓄積により破損状態に陥っており、俺達で言う死を迎えそうになっていたが、彼女は運よく死から遠ざけられていたのだった。

 

 開発者イリスによれば彼女の中には自己修復能力というものが存在しており、自らが破損してしまった際にはその機能を利用して、自分自身を直す事が出来るのだ。

 

 この機能が破損して死を迎えつつあったマーテルを救って、この世界に再度具現できるように仕向けてくれたのだった。しかし、彼女は()()()()()()で世界に具現する事は出来なかった。

 

 エラーの蓄積によって変質してしまったのか、マーテルの持つ自己修復能力は、何かを吸収する事によって自らを直す能力に変わり果て、それを利用したマーテルは比較的高い処理能力を持つボスモンスターやフィールドモンスター達を片っ端から吸収し、自らを直すための素材へと変えていった。

 

 その結果、少女の姿をしており、本来プレイヤーを癒す役割を持っていたマーテルは、様々なモンスターの特徴を併せ持つ黒い巨体から女体を生やす《異形の裸婦》と化してしまったのだった。

 

「マーテルがあんなものになってしまうなんて……」

 

 しかもマーテルの暴挙は留まるところを知らなかった。マーテルは本来モンスターは入ってくる事の出来ない圏内を破壊して入り込んで、逃げ惑うNPC達を捕食するなどという前代未聞の行動を起こしたのだ。

 

 もはやNPCならば何でも捕食し、自分の中へと入れ込もうとする怪獣マーテル――その捕食対象の中に、MHHPから生まれた存在であるMHCPであり、俺の娘であるユイ、その妹機であるストレア、俺の相棒であるリランも含まれていないはずが無かった。

 

 マーテルは83層の街にいるNPCを喰い尽くした後に、ユイ、ストレア、リランを狙って喰いに来るという結論をイリスが弾き出した。

 

 ユイとストレアはMHCPという、他のAIとは比べ物にならないくらいの高性能AIであり、リランもまたそれに匹敵するほどの高性能AIだ。そんな3人を高性能なAIを吸収したがっているマーテルが狙わないわけがなかった。

 

 これまで上がって来た77層から83層にはボスが存在していなかった。これがマーテルの仕業であるという事を踏まえて考えると、マーテルは層を移動する能力を持っており、より高性能なAIを求めて移動しているという事が導き出された。

 

 その事から、AI達を喰い尽くしたマーテルが俺達の元へ、ユイとストレア、そしてリランを喰いに来るというのがわかり、俺達はパニックになりかけた。

 

 が、そこでイリスが、「ユイとストレアとリランだったならば、リランを優先的に狙うだろう、街の被害を防ぐにはリランをどこかへ動かすしかない」と提案した。

 

 

 83層はマーテルの襲撃によってズタズタにされ、甚大な被害を受ける事になった。

 

 あんな悲劇を繰り返すわけにはいかないと考えていた俺はイリスの言葉を受けて、比較的敵もプレイヤーもいない80層のフィールドの山岳地帯へ向かう事にした。

 

 あそこならばプレイヤーもほとんどいないし、街からも遠いから戦っても被害は小さく済ます事が出来る。それを皆に話したところ、当然と言わんばかりに皆は俺を制止してきた。

 

 しかし既にマーテルの接近を感知していたのか、リランが皆に注意を促したところで俺はいても立ってもいられなくなり、皆に考えを全て話した。

 

「あれだけの大きさを持つ規格外の存在に立ち向かうには、規格外の力を持つリランと、それを相棒としている俺だけだ」と。

 

 だが皆はそれを呑み込んではくれず、俺が戦うなら攻略組全員駆り出して戦うと言い張り、俺は驚かされる事になった。もし攻略組全員駆り出して、マーテルの攻撃に巻き込まれれば、全滅する事になる。攻略組が全員死ねば、この城を攻略する者はいなくなり、このデスゲームを終わらせる事は不可能になる。

 

 そんな事をマーテルの戦いで起こすつもりなのかと反論すると、マーテルが倒せなければいずれにせよ自分達は終わる。そんな戦いを俺一人にやらせるわけにはいかないと言って聞かなかった。

 

 しかしその時俺の中には怒りが無く、寧ろ嬉しさのようなものがあった。あんな敵を見てしまったからには、皆逃げだすに違いない、戦う時は俺とリランの2人だけになると思っていたのだが、皆はそれを完全に裏切り、自分達も戦うと言ってきた。

 

 あんな敵に挑むのは、もはや自殺意外の何ものでもないはずなのに、立ち向かっていくという皆の選択。それがシノンやアスナ、クラインだけだったならまだしも、そこに集まっている全員が言い出すものだから、俺はもう反論が出来なくなった。いや、もしかしたらその時既に、反論したくないと思っていたのかもしれない。

 

 結果普段から無茶をしまくっている俺は、皮肉にも皆の無茶を呑み込み、ユイとストレア、ユピテルをイリスと共に第1層に逃げさせ、出来るだけ攻略組全員に声掛けをし、大部隊を組んで80層に赴いた。

 

 そして俺達が大急ぎ山岳地帯へ向かったその数分後に、イリスの読みが当たり、《異形の裸婦》と化したマーテルが迷宮区の塔を這って80層へ到来。俺達の持てる力を全てぶつける戦いが、始まったのだった。

 

《まさか攻略組全員で戦う事になるとはな……全くどうかしておる》

 

 いつもとは違い、俺と共にリランの背中に跨っているシノンが少し笑いながら言う。

 

「同感だわ。でもそれはあなた達だってそうでしょう。あなた達だって、最初は2人で戦おうとしてたじゃない」

 

「確かに、俺達は最初そうするつもりだったけれど、みんなが言っても聞かないから、結局こうしたんだけどな」

 

 シノンが凛とした声で俺に言う。その声はびゅうびゅうと風が吹き付けてくる耳に、しっかりと届いてきた。

 

「もうあなた達だけに頼ろうなんてしないから。私達も、私もしっかり戦うからね」

 

 この戦いは明らかに無茶だ。マーテルはボスを喰い過ぎたためにあの姿になっており、《HPバー》は15本、数値化されたHPは1億以上という途方もない能力を持ち合わせていて、並みのプレイヤーでは全く歯が立たないだろう。

 

 それでも皆は、俺を1人だけで行かせないために、全ての攻略組をこの山岳地帯に集めて、マーテルの討伐作戦を決行してくれた。

 

 あんなものに挑むのは相当な勇気が無きゃできない事――皆はなけなしの勇気を振り絞ってここまでやって来たのだ。

 

 そんな彼らを簡単に死なせるわけにはいかない。マーテルの攻撃から彼らを守り、1人も犠牲者を出す事なく、この戦いを無事に終わらせる。

 

 そして願わくば……暴走したマーテルを何とかして元の姿に戻してやるんだ。

 

「全員、戦闘開始!!!」

 

 一気に息を吸って腹の中に溜め、咆哮するように叫んだ次の瞬間、地上に展開していた無数の攻略組が猛々しい声を上げながら突撃を開始した。

 

 皆の攻撃がマーテルの大きな足に当たった瞬間に、マーテルの女体は悲鳴のような声を上げた。マーテルに攻撃がちゃんと聞いている事が自体、俺にとっては意外だったが、すぐさま俺は気をしっかりと持って、リランの上から指示をする。

 

 あれだけの身体を持つマーテルの事だ、攻撃が効いたこと自体奇跡だろうし、今ので間違いなくマーテルは俺達攻略組を敵だと認識した。あれだけの巨体から繰り出される攻撃の威力など、ここまで集まった精鋭を一瞬で絶命させる事くらい容易いだろう。

 

 どれだけ耐えられるかわからないが、防御系特殊効果(バフ)を利用して少しでも耐えきれるようにし、回復スキルを使っての回復も必須になるだろう。

 

「各自、特殊効果を付けるのを忘れるな! HPを減らされたら、回復アイテムもしくは回復スキルを使って、常にHPが全快の状態を意識するんだ!」

 

 俺の指示は風に負けず皆の元へ届き、皆は一斉に特殊効果を使用して防御力、攻撃力上昇状態になる。

 

 本当は一定時間無敵状態になれるスキルを展開して総攻撃を仕掛けるのが一番良いんだけど、それを取得できるまでスキルを上げているプレイヤーは俺を含めて1人もいない。マーテルの攻撃は、やはりスキルを重ねた上での防御で耐えるしかないのだ。

 

「リラン、この中でお前が一番威力の高い攻撃を放つ事が出来る。あとはわかるな」

 

《あの異形が攻撃を繰り出しそうになったら攻撃を仕掛けやめさせる、だな》

 

「そうだ。いくらあいつでも、お前の攻撃を気にせずにいる事は出来ないだろう。いざとなったら俺達の事は無視して、思い切り接近して剣撃を仕掛けろ」

 

 リランは一瞬俺達の方へ顔を向けかけたが、すぐさま目の前に向け直した。きっと俺達の身を案じたんだろうけれど、いざとなったら俺もシノンを抱えて飛び降りるつもりでいる。

 

 そんな事は億が一にもないとは思ってはいるけれど――次の瞬間にリランはその大きな口を開いて火球を連続で発射、地を這うマーテルの上半身を爆撃する。

 

 リランの攻撃は非常に強力ではあるけれど、フレンドリーファイアが発生しないようにはなっていない。攻撃を仕掛ける時になったら、皆に声をかけて退避させなければ。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ―――ッ!!!」

 

 皆の雄叫びが耳へ届き、マーテルの方へ顔を向けてみれば、攻略組が集まってマーテルの足に攻撃を仕掛けているのが見えた。皆が斬り付ける度に、血のように黒い光が発生しているのが確認でき、俺は背筋が少し寒くなった。

 

 マーテルはあまりに多数のAIを捕食しすぎており、傷付いた時に出る赤い光すらも、異形の色に変色しているのだ。

 

 しかし、マーテルは先程悲鳴を上げていたのに、今は攻撃されても全く動じていない。HPの方に目を配ってみれば、1本目すらも全く減っていない。まるで完全に攻撃が無効化されているようにも見える。

 

「効いてないのか……!?」

 

「あれだけ大きな身体をしてるんだから、そんな簡単にHPは減らないって思ってたけど、ここまで力をぶつけても動じられてないと、少し怖くなってくるわね……」

 

 俺達攻略組はボス戦をいくつか飛ばしたとはいえ、レベリングは一切怠らずに進み続けたから、ほぼ全員がレベル100以上になっている。

 

 レベル100を越えた者の攻撃は、どんなボスでも喰らえば動じざるを得ない威力になっているはずなのに、あの《異形の裸婦》は一切動じなくなっている。先程は攻撃が効いていたのに、何故なのか――。

 

「ぐわああああああッ」

 

 雄叫びが悲鳴に変わったのを受け、俺はハッと我に返り、もう一度顔を向けた。マーテルはその巨木すらも超える足で地面を踏みつけて、山の斜面諸共集まっていた攻略組の者達を吹き飛ばしていた。そこに索敵スキルを展開してみれば、攻撃を受けた者達のHPが瞬く間に赤色になったのが確認できた。

 

 ただならない攻撃力を持っているのだろうなとは思っていたけれど、100レベル越えの攻略組の者達すらも一撃であの有様にしてしまうとは、流石の俺も予想外だった。

 

 俺と同じ光景を見ていたシノンが顔を少し青くする。

 

「そんな、一撃であんなにされるの!?」

 

「あの時……《スカルリーパー》の時よりもひどいかもしれない。あの時よりも皆は遥かに強くなったけれど、一撃耐えるだけで精一杯なんて……」

 

 これは、マーテルが攻撃しそうになったらリランに攻撃を仕掛けさせ、やはり攻撃を何とか止めさせるしかない。

 

 彼らは回復の手段を持ってはいるけれど、それは無限にあるわけじゃないし、時間が経てばアイテムが尽きて回復が間に合わなくなってくる可能性だって大きい。回復スキルだって再使用できるようにあるまでラグがあるし、その間に攻撃を受けないという保証も皆無だ。

 

「リラン、マーテルが身体を動かしたらすぐに攻撃を仕掛けろ、いいな!?」

 

《……何人(なんびと)か鏡を()りて魔ならざる者ある。魔を照すにあらず、(つく)(なり)

 

 俺への返事ではなく、まるで何かの文章のような言葉を紡ぎ出すリラン。時折、リランはこのような言動に出る事があるのだが、大体の意味を俺は理解する事が出来ない。

 

 教えた覚えもないから、どこかで覚えて来たのか、それとも最初から覚えていた事なのか。気にはなるが、今はそれを考えている場合ではない。

 

「おいリラン、どうした!?」

 

《即ち鏡は瞥見(べっけん)()きものなり、熟視(じゅくし)()きものにあらず》

 

 次の瞬間リランは突然大口を開けて火球を発射、マーテルの身体に直撃させて大爆発を引き起こさせる。俺の話が聞こえていないわけではなく、単に答えを返さなかっただけだとわかったけれど、それでもこいつの脳内と俺の脳内がくっ付いているわけではないから、そこまで理解する事は出来ない。

 

「リラン、攻撃するなら答えくらい返せっての!」

 

《む……すまぬ》

 

 ようやく帰ってきたリランの《声》だが、どうも俺は喉に引っかかっているような感覚を感じざるを得なかった。

 

 今リランはマーテルを見つめて妙な言葉を呟いたが、全く意味が解らなかったし、マーテルを見て何を感じたのかも教えてくれそうにない。

 

 しかし、ここで考え込むと間違いなくリランの背中から落ちてしまいそうだから、俺は考えるのをやめて、今はマーテルを倒す事に集中する事にした。

 

「それにしても、何でさっきはダメージが入ったみたいなのに、急に入らなくなったんだ」

 

 マーテルは先程攻撃を受けて悲鳴を上げたけれど、今は攻撃されても何とも内容に身体を動かしている。まるで、さっきまでは油断していたけれど、攻撃された事により戦闘体勢に入ったかのような……いや、もしくは身体の中にウイルスが入った時は病気になるけれど、次の時には抗体が出来ているから病気にならないみたいな――。

 

「まさか!?」

 

 あいつは攻撃された事により、防衛手段として、攻撃への抗体を迅速に作り上げたのはないだろうか。抗体のような機能を瞬時に作り上げて全身に広げた事により、俺達の攻撃を無効化されているのではないのだろうか。

 

「なに、どうしたのキリト」

 

「拙いな。俺の考えが正しいなら、あいつは攻撃への抗体を作ったんだ」

 

「攻撃への抗体……?」

 

「あぁ。いわば防衛機能みたいなものだ」

 

 あいつはマーテルの学習能力と自己進化能力が暴走した結果生まれたようなもの。攻撃された事によりそれを学習し、対応手段を瞬時に作り上げたとしてもおかしくはない。

 

 俺の推測を聞いたシノンが少し驚いたような声を上げる。

 

「そんな、もう攻撃が通用しないとでもいうの?」

 

「そう思いたくないんだけど……もう、そうとしか考えられないんだよ」

 

「じゃあどうすればいいのよ。攻撃を無効化されるんじゃ、こっちが一方的にやられるわ!」

 

 シノンの言っている事は真実だった。実際今攻略組の皆が力を合わせて、がむしゃらにマーテルの身体へ攻撃を仕掛けているけれど、マーテルが攻撃への抗体を作って全身に広げたせいで、そのHPは微動だにしてない。

 

 普通ならばこんな事をする敵なんかバランスブレイカーになりえるため、絶対に出現しないけれど、マーテルそのものがイレギュラーな存在だから、そんな常識は通用しない。

 

 そう、俺達が2年もの時間をかけて培ってきたSAOの常識が一切合財通用しないのが、このマーテルなのだ。俺達は立ち向かっているのは、もはやモンスターではなく不条理や理不尽そのものだ。

 

「くそっ……やっぱり俺達の手でマーテルを倒すのは無理なのか……!?」

 

 俺は歯を食い縛りながら、リランに指示を下して、マーテルに爆撃を仕掛けさせ、それと同時にシノンが弓の弦を引き、マーテルに向けて矢を放った。

 




全てを破壊する白黒(はっこく)

追い詰められた攻略組に訪れる展開とは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。