キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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アスナとユピテル、及び普通な攻略回。


07:灼熱の地

        □□□

 

 

 アスナはユウキとユピテルを連れて、自宅へと戻ってきた。その途中で、ユウキがユピテルに普段通り様々な事を話していたが、アスナは全くと言っていいほど、ユピテルと話す気にはなれなかった。その様子を、ユウキもユピテルも不思議そうに眺めているだけで、アスナに話しかける事もほとんどなかった。

 

 そしていつもどおり夜を迎えて夕食を摂り、後かたず毛をして風呂に入った後に、3人は寝室へ行って眠る事にしたのだが、ユウキはマーテルとの戦いを経た疲れを感じたのか、薄着になってベッドに寝転がるなり、すぐさま深い眠りの中へと沈み込んでいってしまった。アスナも同じように疲れていたので、さっさと眠ってしまおうとして、ユピテルと共にベッドへ入り込んだのだが、明りを消した時に、小さな声でユピテルが話しかけてきた。

 

「かあさん、どうしたの」

 

「なにが?」

 

「かあさん、イリスのところから帰ってくるまで何も言わなかったし、ずっと暗い顔をしてた。なにか、あったの。どうか、した?」

 

 そう問われて、アスナは自らの息子となった小さな子の身体を抱き締めた。あの時自分達の手によって撃破されたマーテルはこの子の姉であり、唯一無二の家族だった。

 

 マーテルと戦っている時、マーテルを無事に元に戻してユピテルの下へ連れ帰ったらならば、どんなにいい思いをさせられるかと思っていたのに、マーテルは、ユピテルの唯一の家族は死んでしまった。

 

 その時のやるせなさ、悔しさ、悲しさがいっぺんに押し寄せてきて胸の中からあふれ、胸、首、喉を経て目元に達したその時、大粒の涙になって出て来た。

 

「ごめんなさいユピテル……わたし……貴方のお姉さんを……唯一の家族を……守れなかった……貴方の唯一の家族を、死なせてしまった……」

 

 アスナの胸の中で、ユピテルは小さく声を出した。アスナは続ける。

 

「わたし、マーテルが貴方の家族って聞いて、何とかマーテルを元に戻して、貴方のところへ連れて帰ろうって思ってた。そうすれば、きっと貴方が、もっと幸せになれるんじゃないかって思って……」

 

 止めようとしても涙を止める事は出来ず、アスナはただユピテルの身体を強く抱きしめている事しか出来なかった。この世界に生きるユピテルからすれば、痛みを感じているのだろうけれど、それを止める事は今のアスナには不可能だった。――が、アスナは背中に暖かい感触を感じて、泣き声を止めた。

 

「かあさん、泣かないで」

 

 その言葉にきょとんとして、アスナは胸元のユピテルに顔を向ける。ユピテルはアスナの胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で言った。

 

「ぼく、マーテルの事はよく覚えてないんだ。だからなんだか悲しくないんだ。

 それにね、ぼくの家族はいなくなったわけじゃないよ。だって、かあさんがいるもん」

 

「わたしがいるから……?」

 

「うん。それに、かあさんだけじゃない。ユウキ姉ちゃんも、キリト兄ちゃんもシノン姉ちゃん、ユイ姉ちゃんもいる。みんな、いる。だから、全然平気だよ。全然、寂しくない」

 

 その時初めて、アスナは背中の温もりの正体がユピテルの手だという事に気付いた。ユピテルは微笑みが混ざったような声色で、更に続けた。

 

「かあさん、泣かないで。ぼくはマーテルが死んじゃった事よりも、かあさんが死んじゃう事の方が怖かったんだ。だからぼくは大丈夫だし、かあさんがちゃんと帰って来てくれたのが、すごく嬉しいんだ」

 

 ユピテルはきっとMHHPとしての本能に基づいて、傷付いたプレイヤーである自分を何とかしようとしているのだろうか。それとも、母である自分への思いに基づいてこういう事を言っているのだろうか。アスナの中でそんな考えが一瞬浮かんだが、一瞬にして消えた。

 

 そんな事はどうだっていい。ユピテルはきっと、家族が死んで辛いのを我慢して、自分の事を元気付けようとしてくれている。その事実だけは、変わらないのだから。

 

「ありがとう……ありがとうユピテル……貴方が、わたしの子でよかった……」

 

「ぼくも、かあさんがかあさんでよかった。大好きだよ、かあさん」

 

「えぇ……わたしも、大好きよ、ユピテル」

 

 様々な人に慕われたり、憧れられたりしたが、誰にも愛される事のなかった自分を、唯一純粋な気持ちで愛してくれる子供、ユピテル。その身体を抱き締めて銀色の髪に顔を埋めると、一気に眠気が押し寄せてきて、アスナは隣で眠っているユウキのように、深い眠りの中へと落ちていった。その心には、曇りはなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

           ◇◇◇

 

 

 マーテルとの戦いの翌日 アインクラッド第84層

 

 俺はリランとアルベリヒと共に、最前線である84層のフィールドに赴いていた。

 83層はマーテルが食い荒らしたおかげで敵がおらず、まるで廃墟エリアのように不気味になっていたけれど、84層のフィールドに赴いてみれば、そこには敵の姿がちゃんとあって、俺は奇妙な安堵を抱いた。今まで、「敵のいないエリアは攻略が捗っていいな」と思っていたのに、今は全くの逆で、「敵がちゃんといていいな」になっている。こんな事を攻略の最中に思うのは初めてだった。

 

 そして84層はというと、火山エリアのような場所だった。街から北のところに大きな活火山が見えて、街の近くのフィールドは現実の火山の周りのように、無数の火山弾が降り注いだ後のように黒焦げになった場所で、ダンジョンはその火山の中という事になっている。

 

 しかも驚くべき事に、街からこの火山を眺めたその時には、火山の火口から迷宮区の塔が突き出て85層に繋がっているのが確認できた。この広大な火山洞窟はフィールド、ダンジョン、迷宮区が一つに固まった場所だったのだ。そして火山だから当たり前なのだが、すさまじく暑いダンジョンで、入った数秒で汗だらけになってばてた。

 

「目が痛くなりますね。どこもかしこも赤と黒」

 

 アルベリヒが目元を押さえながら言う。このダンジョンは山の中だから薄暗いのだが、その暗闇を打ち払っているのは照明ではなく、流れる溶岩なのだ。溶岩の色は基本赤色なものだから、目がちかちかしてくる。

 

「そうだな。この赤さは見続けているのが辛いものがある。せめて白飛びした溶岩とかがあればいいんだけど……」

 

《それだけではないぞ。この暑さは、身に堪える……》

 

 リランの方へ顔を向けてみれば、本当に狼か犬のように口を半開きにして舌を垂らしていたし、髪の毛のような鬣は汗で他の毛や甲殻にへばり付いていた。いつもの猛々しさと美しさを感じさせるリランの姿は、そこにない。

 

 だけど、この暑さはかなり危険なものだ。暑さでばてているうちにモンスターに攻撃をされれば、瞬く間にHPを減らされて、最終的には殺されてしまうだろう。そういった事を避けるには、暑さを凌ぐためのアイテムを使う他ない。

 

「仕方ない。もっと早くやっておくべきだったかもだけど」

 

 俺はアイテムストレージから小さな小瓶を2つ召喚して、そのうち1つをリランに差し出した。こういった灼熱地帯に来た時に、暑さを身体の内側から無効化するアイテムで、リランにも効果のある代物だ。これが無いと砂漠地帯や火山地帯の攻略は難しいし、暑さで頭をやられて危険になるから、これは必需品なのだ。

 

「ほら、冷たい飲み物だ。これを飲めば何とかなるぞ」

 

《感謝するぞ》

 

 リランが顔を降ろしてきたところで俺は瓶の蓋を開けて、中身をリランの口の中へと流し込んでやった。小瓶の中は瞬く間に空になり、中身を全て飲み干したリランはさぞ満足そうな溜息を吐いた。

 

《むぉぉ、生き返ったぞ》

 

 まるで初老の女性が運動をした後に飲み物を飲み干した時のような声色に思わず笑いそうになるが、リランはそんなに老けた存在ではないので、流石にそれで笑うのは駄目だと思い直し、俺は何とか笑いを呑み込んだ。

 

 そしてもう一つの方の小瓶の飲み口を開いて、口内へ傾けてみれば、中からキンキンに冷え切った特殊な飲み物が喉へ、腹の中へ落ちて行き、スポーツドリンクのようなさわやかな香りが鼻と口の中に広がった。そしてアイテムとしての飲み物の効果が現れ、今の今まで感じていた暑さが急に消え去った。

 

「アルベリヒも使った方が良いよ。こういうところはアイテム無しで切り抜けるのは難しいから」

 

「あぁ、それなら大丈夫ですよ団長」

 

 俺はきょとんとしてアルベリヒの方へ顔を向けた。ものすごく暑いところにいるというのに、アルベリヒは汗の1滴すらかかずに、平然としていたのだ。まるで、もう既にこの防暑飲料を使ったかのように。

 

「あれ、いつの間にアイテムを使った」

 

「いいえ、使ってませんよ。どうやらこの装備には暑さと寒さを極限まで抑える効果が備わっていたみたいなんです」

 

 この世界の防具には、様々な効果が付与されている事があり、アルベリヒの言うように暑さや寒さが平気になったり、防御力が異様なまでに上昇したりしてプレイヤーを助けてくれるのだが、だいたいそういう装備は非常に手に入りにくかったり、店で売っていても値段が非常に高い事が多い。アルベリヒの装備は非常に高かったと聞いているから、多分その値段の分の効果が付与されているのだろう。

 

「それは便利だな。俺の戦闘服は防御力が高いんだけど、こういう時に限って融通が利かないんだ」

 

「まぁそんなものですよ。それにしても団長」

 

 アルベリヒは突然改まって、俺に声をかけてきた。

 

「どうして僕を入団させてくれたんです。入団試験、まだやってなかったですよね」

 

 先日から入団希望者として俺の元へやって来ていたアルベリヒだが、今日から晴れて血盟騎士団へ入団させる事を俺は決めて、共にダンジョンにやって来ていた。

 

 アルベリヒは装備は勿論の事、レベルも十分だったが、如何せん実力がわからなくて、当初は入団させられるかどうか未知数だったけれど、先日のマーテルとの戦いで死なずに済んだ事、途中で離脱する事になったとはいえ、アスナを守って戦ってくれた事から、入団しても大丈夫であるという判断に足り、入団を認めたのだ。

 

 他の皆に尋ねてみても、ちゃんと戦えているから問題はないだろうという意見が多く、反対する意見は皆無だった。ひょっとしたら皆と揉めるんじゃないかと思っていたけれど、揉め事も何もなく済んだので、スムーズにアルベリヒを迎える事が出来、俺は安心したのだった。

 

 そしてパーティを組んでフィールドに出てみたところで、アルベリヒはアスナ程とは言えないけれど、見事な細剣使いの腕前を見せてくれて、俺とリランを驚かせてくれたと同時に、安心感を与えてくれた。

 

「アルベリヒは十分に戦えるし、何よりアスナを守ってくれた。それに今だっておれにちゃんとついて来れてるじゃないか。だからだよ」

 

「なるほど、僕の実力が団長に認めてもらえるくらいのものだったから、というわけですか」

 

「そういう事だ。まぁ実際戦ってくれてるしね。さてと……このままガンガン進んで行くけれど、ついて来れるよな?」

 

「勿論です。寧ろ団長の傍で戦えてとても光栄です。戦い方を、学習させてもらいますね」

 

「よし。ちゃんと付いて来いよ」

 

 そう言って歩き出すと、アルベリヒとリランは俺の隣に並んでしっかりと歩き出した。しかしすぐさま、リランが《声》を送ってきた。

 

《中々気さくな男ではないか》

 

「あぁ。それに実力が伴っているから、ほんと良い人だよ」

 

《しかしあの腕前、早々身に着けられるものではないはずだ。一体何をやったのやら》

 

「そういえば気になるな……自主トレーニングしても限界があるっていうのに……」

 

 俺は気になった事を胸の中に落とすと、アルベリヒに尋ねた。

 

「アルベリヒ、お前は随分強いけれど、その強さはどこで身に着けたんだ。自主トレで何とかしたのか」

 

 アルベリヒはふふんと笑った。

 

「実はこのゲームが始まった時から、僕に様々な事を教えてくれた人がいたんです。この剣術も、この世界で生きていく術も、全てその人に教えてもらったものでして、現にその人のおかげで今こうして生きているようなものです」

 

 このゲームは最初、ベータテスターを募集してテストを行う形式をとっていた。恐らくアルベリヒの言う、《生きる術を教えてくれた人》というのは、やり込み派のベータテスターの事だろう。このゲームがデスゲームとなり、ほとんどのプレイヤーが混乱に包まれた時に、そんな良心的で親切なプレイヤーに出会う事が出来るなんて、アルベリヒは余程運がよかったらしい。

 

「なるほど、その人ってベータテスターなのかな」

 

「きっとそうでしょう。それもかなりのやり込み派だったはずです。あの手際の良さと知識量には本当に驚かされました。まるで動画サイトのゲーム特殊プレイで有名になっている人みたいに」

 

 いるな、そういうゲームの仕様とかAIの挙動まで把握して特殊プレイに徹する人。

 俺も現実世界にいた時は動画サイトでそういう人の動画を見て瞠目したし、時にそのネタプレイに大笑いしたものだ。――そういうのに憧れて、そういう人の真似をしようとした事があったけれど、動画サイトではその人の真似は、出来ただけで称賛の声が上がるくらい難しいとされており、実際にやってみても全然うまくいかなくて挫折していた。

 

 そんな人がこのゲームでもいたんだな……迂闊だった。

 

「出来ればその人も引き込みたいところだけど……どこにいるのかわかるか」

 

「いいえ、僕に一通り様々な事を教えた後に、急に姿を消してしまったんです。今頃どこで何をしているのか……」

 

「メッセージとかアドレス交換とかやってなかったのか」

 

「そういう事はしてくれない人だったんですよ。でも、出来ればその人にお礼を言いたいところですし、血盟騎士団に入団して戦ってもらいたいところです」

 

 その時、リランが何かに気付いたような顔をして、俺の頭に《声》を送ってきた。

 

《もしやそれは、イリスなのではないか》

 

「イリスさん?」

 

 確かにイリスの実力は折り紙付きだし、そもそも開発者だから知識も豊富どころじゃない。しかしイリスはこのゲームが開始されてから1年後に、シノンと共にメディキュボイドを使ってここに来たのだから、それはありえないだろう。

 

「おいおい違うだろ。イリスさんが来たのはシノンと同じ日だ。アルベリヒはこのゲームが始まった当初からいるんだぞ。どう考えても時間も日にちも合わない」

 

《そうであったな……一瞬イリスを思い出したのだが、思い出しただけだったようだ》

 

「イリス? そんな名前の方、血盟騎士団にいましたっけ」

 

 そういえばアルベリヒはマーテルに襲われた時にイリスと会っているけれど、互いに名前を知らないままだった。イリスは俺達の最高の協力者ともいえる人だから、紹介しておいた方が良いだろう。

 

「あぁ、イリスさんっていうのは血盟騎士団にいるわけじゃないけれど、俺達の仲間の1人だ。ほら、あのデカいのに襲われて脱出した時に、俺のところに来た黒い髪の女の人さ。わかる?」

 

 アルベリヒは軽く天井を眺めた後に、物事を思い出したような顔をした。

 

「あぁーあ、あの方ですか。あの人、団長のすぐ近くに行ったものですから、てっきり血盟騎士団の人なんじゃないかって思ってたんですけれど、違ったんですね」

 

「そうだ。イリスさんは俺達の協力者だから、一応名前だけでも知っておいた方がいいぞ。まぁ、第1層にいるから、会いに行くのは簡単だけどな」

 

「第1層ですか……あそこって何かありましたっけ」

 

「子供達がいる教会があるんだ。あそこでイリスさんは教会の経営者をやってる。アルベリヒみたいに気さくな人だから、話せば色んな事がわかって楽しいぞ」

 

「そうなんですか。今度訪れてみたいと思います」

 

「ただし、イリスさんはかなり強い人な上に、子供達に手を出される事を何よりも嫌ってる。この前なんかアインクラッド解放軍の暴漢達をコテンパンに叩きのめして見せたからな。子供達に何かあったら間違いなくイリスさんの剣にのめされるから、注意しておけよ」

 

 アルベリヒが少し驚いたような顔をする。

 

「そんなに強い方なのですか、その人は。それなら血盟騎士団に引き込んでもよいのでは?」

 

 確かに俺も、イリスが戦ってくれたらなと思った事は沢山あるけれど、子供達はイリスに懐いているし、イリスがいない時に教会に何かあると、残されたサーシャ達では太刀打ちできない場合が多い。だからこそ、あの教会には絶えずイリスが必要なのだ。

 

 まぁ、最近は高い戦闘能力を持ったストレアが用心棒みたいになったから、大丈夫だろうけれど、そのストレアも俺達の攻略に加わりたいと言い出す時があるから、やはり教会にはイリスがいなければ駄目だ。――なのにイリスは時々突然いなくなるから困る。

 

「残念だけどそうもいかないんだよ。イリスさんが教会を離れてしまうと、いざとなった時対処できなくなるんだ。そういう時のために、イリスさんは教会を守らなきゃいけないんだ。だから、誘っても断られるだけなんだ」

 

「複雑な事情があるものですね」

 

「そういう事。さて、進むぞ」

 

 そう言って、俺達は再度歩みを進めた。溶岩の熱が籠り、赤く照らされている洞窟の中に棲む、如何にも火山に生息していそうなモンスター達を3人の力で蹴散らしながら突き進み、やがて火山と一体化した迷宮区――同じく溶岩に侵入されて赤く染まっている――に入り込んでしばらくしたところで、フィールドボスのような大型のモンスターが立ち塞がってきたが、俺達が攻撃を仕掛ける前に、リランが仕留めてしまった。

 

 その獣らしい力強い攻撃を目の当たりにしたアルベリヒが、俺に声をかけた。

 

「それにしても、団長のこの竜……リランは強いですね」

 

「あぁ。俺達の希望の一つであり、俺の頼れる相棒だからな。そしてこの世界に生きる命だから、リランは強いんだ。それにリランはそこら辺のモンスターと違う点がある」

 

「それってなんですか」

 

 ここまで来るのに、リランはアルベリヒを驚かせないために、一度もアルベリヒにチャンネルを合せないで喋ってきた。アルベリヒからすれば、俺が言葉が通じないはずのリランに話しかけているみたいで、シュールな光景だっただろう。だが、そろそろ種明かしをしなければならない。

 

「リラン、アルベリヒにチャンネルを合わせろ」

 

「えっ?」

 

《ようやくか。アルベリヒ、我の声が聞こえるか》

 

 アルベリヒは、リランに話しかけられた時のプレイヤーの反応をした。そう、急に聞こえてきた謎の声に戸惑い、周囲を見回すという動作。そして、アルベリヒは戸惑いながら言う。

 

「あれ、今なんか声が聞こえたような……というか、頭の中に響いてきたような……」

 

「それがリランの《声》だよ。リランは心を持っていて、喋る事も出来るんだ。こうして俺達の頭に直接声を送る事によってね」

 

 アルベリヒは驚いたような顔をする。普通のプレイヤーはここで驚きの声を上げるのだが、アルベリヒは意外にも声を上げなかった。

 

「えぇっ。リランは喋る事が出来るんですか。というか、今のがリランの《声》ですか!?」

 

《そうだとも。今まで話しかけなくて悪かったな》

 

「な、なんという事だ……まさか僕達と意思疎通が出来る存在だったなんて」

 

 アルベリヒは俺の方に顔を向けて、小さく口を動かす。

 

「えっと、リランはどういうAIを積んで動いているのですか。ただのNPCとは全く違うものですよね」

 

「そうだけど、俺自身もこいつがどういう存在なのかわかってない。何で喋る事が出来たりするのか、今のところ血盟騎士団一番の謎だな」

 

「そうですか。でも、こんな存在がいたなんて思ってもみませんでした。デスゲームとはいえ、アインクラッドは広いものです」

 

「本当にな。ただ、あまりリランを怒らせるような事は言わない方が身のためだぞ。リランはちゃんと心を持っている、俺達とほとんど同じ存在だ。怒らせたら頭から噛み付かれてしまうだろうから」

 

 アルベリヒはリランの方へ顔を向けて、少し目を見開いた。多分、リランが襲い掛かって来た時の光景を想像してしまったのだろう。

 

「そ、そうですね。先程のフィールドボスみたいにはなりたくないです」

 

「そういう事だ。……ん?」

 

 俺は前方に顔を向けて、気が付いた。溶岩によって赤熱している周囲、その中に一つだけ、全く赤く染まっていない大きな扉があった。扉は奇妙な模様をその身に刻んでいる、青黒い色の重そうな石で構成されているものだったが、俺はその扉に見覚えがあった。

 

「これは、ボス部屋の扉……!」

 

「なんと、もうボス部屋に辿り着いたのですか」

 

 今までフィールドもダンジョンも、アルベリヒとリランと一緒になって敵を蹴散らしながら進んできたからほとんど気が付かなかったけれど、俺達は既に迷宮区の最上階に到着しており、ボス戦の寸前まで来ていたらしい。

 

「一気に進んできたからわからなかったな……でもこの扉は間違いなくボス部屋のそれだ」

 

 リランが頷いて、喉をぐるぐると鳴らした。――強い敵の気配を感じている時、リランが起こす行動だ。

 

《間違いないぞキリト。この奥にいるのは強敵、この層のボスだ》

 

「ついにここまで来たというわけですか……どうします、団長」

 

 俺達が最前線を攻略している今、シノンやアスナと言った強者達にはボス情報を手に入れてもらっている。彼女達は迅速に行動して情報を集めてくれているから、今頃ボスの情報の全てが揃った頃だろう。そしてボスは少人数で勝てるようなものではないから、このまま突入しても瞬く間にやられてしまうだけだ。

 

「とりあえず回廊結晶を使ってこの場を記憶、転移結晶を使って街へ戻ろう。他の皆に声をかけて、攻略会議をするんだ。ボスは俺達だけで倒せる相手じゃない。勿論リランの力を使ったとしてもだ」

 

「確かに僕達がいくら強いからって、ボスに単独で挑んで勝てるなんて事はなさそうですね。今のところは撤退しておきましょうか」

 

「そうだ。ボスの情報も集まった頃だろうから、帰ったらすぐに攻略会議が出来そうだ」

 

 俺はそう言ってアイテムストレージから水色の結晶を取り出し、この場を記憶させた。それを懐に仕舞いこんで、今度は青色の結晶を取り出して転移の言葉を唱えて、青い光に包まれた。


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