キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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08:ムネーモシュネーⅠ

 火山の火口から生える赤熱した迷宮区。そのボス部屋を見つけ出した後に、俺達は76層の街へ戻ってきた。何故76層なのかというと、76層は攻略組が必要とするアイテムが揃う商店街のある街であり、攻略組が多く集まる前線街となっているからだ。

 

 確かに各層ごとに街も店屋もあるけれど、どれも品ぞろえがいいとは言えず、結局皆品揃えのいいこの街にやってくるうえに、この街の店は上層が解放されるたびに品揃えがどんどん豪華になっていくようになっている。そういう攻略組の者達が立ち寄りやすい街であるから、攻略会議はほとんどここで行われるのだ。実際今も、沢山の攻略組プレイヤーがそこら中にいる。

 

「さてと……早速みんなを集めて攻略会議をしたいところだけど……もう夜になってたんだな」

 

「夢中で攻略してましたから、気が付きませんでしたね」

 

 あまりに攻略が進んだから、まだ昼過ぎ程度だろうと思っていたのに、街にやって来た時には、日は落ちて空は黒く染まり、月が出ていた。スムーズに進んだように見えて、かなりの時間がかかっていたようだ。

 

「仕方ない。攻略会議はまた明日にしようか。俺はこのまま帰るけれど、アルベリヒはどうする」

 

「僕も自分の家に戻って休むとします。いやいや、今日はありがとうございました、団長。すごく勉強になりました」

 

「俺もお前の役に立ったみたいでよかったよ。さぁ、明日は多分ボス戦だ、お互いゆっくり休むとしよう」

 

 アルベリヒは返事をして、「お疲れ様でした」と律儀に頭を下げた後にパーティを解散、街中、その人混みの中へ向かっていった。その姿を見送った後に、小さくなったリランが肩に飛び乗ってきた。

 

《今日はそこそこ面白い事が沢山あったな》

 

 今日はアルベリヒの実力に驚かされる一日だった。マーテルと戦えたうえに、かなり強い装備を身に着けている事から、かなりの実力者だとは思っていたけれど、あそこまで上手に戦えるのは予想外だった。あんな人が血盟騎士団に、攻略組に加わってくれたのだ、今後の攻略は、より迅速で安全性の高いものとなって行くだろう。

 

 実際、実力者が1人加わるだけで、攻略がとても安定したなんていう話はかなり多い。

 

「あぁ。あんな実力者が攻略組に加わってくれてたんだ。次のボス戦がどんなものになるか、楽しみだよ。ひょっとしたら、お前の肩の力を抜いて戦えるかもな」

 

《……そう思いたいところだが、そうもいかないのが現実だろうに》

 

「確かに。さてと、シノンもユイも待ってるみたいだし、俺達も帰るとしようぜ。でも、ここにしか売ってない料理もあるから、それをお土産に買ってから帰ろう」

 

 リランが頷いたのを確認して、俺は街の中へと歩き出した。本人いわくアスナに教えてもらったそうだが、シノンのところに料理を持って行くと、その料理を食材にして新たなる料理に作り直してくれる。それがまた美味いから、こう言って時間や金に余裕がある時は、惣菜みたいなのを買っていくのだ。

 

「さてと、今日は何にしようかな」

 

 シノンがどんな料理に作り直してくれるのか、楽しみにしながら、夕飯時の油で食べ物を揚げたり、炒めたり、焼いている音、そしてそこから放たれるいい匂いに包み込まれた街の中へ入り込むと、早速腹が空いてきたような気がした。

 

 弁当というか、そういうものは持って行っていなかったし、摂取したものと言えば防暑飲料だけだったから、さも当然のように空腹になっていた。それはリランも同じだったらしく、俺の肩に乗りながら不機嫌そうな顔をした。

 

《ぐぅ、腹が減ったぞ。というか、今日は昼何も食べてないな》

 

「あぁ。攻略に夢中になりすぎて忘れてたな。……この匂いは腹を突いてくるな……」

 

《買うならば鳥肉を使ったものがいいな》

 

「うーん鳥肉か。ならローストチキンでも買って行って……」

 

 そう言いかけたその時、街の奥の方、転移門の周辺から声が聞こえてきた。

 

「や、やめなさいよっ!!」

 

 聞き覚えはないけれど、女性の声色。そして何かを拒んでいるような言葉だった。その声はリランも聞きとっていたらしく、俺と同じように声のした方向に顔を向けていた。

 

《今の声は……》

 

「揉め事かもしれない。行ってみるか」

 

《血盟騎士団の団長とその相棒の竜が現れれば、事態は収まるだろう。行くぞキリト》

 

 俺は頷き、ひとまず惣菜を買うのを後にして人混みの中を縫いつつ、走った。今リランが言ったとおり、揉め事などの現場に、アインクラッド最強のプレイヤーであり血盟騎士団のボスである俺が現れると急速に収束するので、大きくなる前に止める事が出来る。それに、今の声が血盟騎士団のメンバーによるものではないという保証もないので、確認しないというわけにはいかない。

 

 そんな事を考えながら少しだけ暗くなった街中を走り続け、建物の林の中を抜けていくと、いよいよ声の聞こえてきた揉め事の現場に辿り着いた。そこは転移門の近くだったのだが、周囲にはあまり人が確認できない、少し薄気味の悪い場所だった。

 

 その中で、5人くらいの男達が1人の女性に絡んでいるといういかにもな光景が繰り広げられており、それを一目見ただけで、声を上げていたのがあの女性であるという事が察せた。しかも、その女性が来ている鎧は赤と白を基調としたもの、すなわち血盟騎士団のものだったのだが、同時に、周りの男達は白と金色で構成されたローブと鎧が合体したような装備を身に纏っているのが確認できたので、血盟騎士団の者達ではない事がわかった。ローブを深くかぶっていて顔を確認する事が出来ない。

 

「あいつ、血盟騎士団の……!」

 

 やはり確認にやって来てよかったと思ったその時に、男のうちの1人が女性の腕を力強く掴んだ。

 

「いいから来いよ。俺達と遊ぼうぜ」

 

「いや、何をするの! 離しなさいよッ!!」

 

 女性の元へ向かおうとしたその時に、俺は思わず目を見開いた。

 このゲームでは性的暴行などの被害を防ぐために倫理コードが設けられており、それがONになっている状態で、男性なら女性を、女性なら男性の身体などを押したり、触りすぎたり、無理矢理動かそうとしたりするとハラスメント警告が出現し、不快感が走るのだが、それでもなお続けると第1層にある黒鉄宮の牢獄の中にぶち込まれるようになっている。

 

 普通ならば、あんなふうに女性が嫌がっているのにもかかわらず触り続けていれば、ハラスメント警告が出てくるはずなのに、そんなものは確認できない。

 そして女性は、男達に無理矢理連れていかれようとしている。

 

《どうなっておる……何故ハラスメント警告というものが出てないのだ?》

 

「俺が聞きたいくらいだよ。でも、こいつは間違いなく放っておいたら駄目なものだ。いくぞ」

 

 俺は石畳を蹴り上げて走り出し、咄嗟に《インセインルーラー》を抜いた。そのまま女性に集る男達のところへ突進して、男達が気付いた瞬間に、女性の腕を掴んでいる男の首元目掛けて片手剣ソードスキルを放った。

 

「どおぉらッ!!」

 

「ぐわぁぁぁッ!!」

 

 女性を掴んでいた男は俺のソードスキルを首元に受けて悲鳴を上げながら吹っ飛び、その過程で女性の腕を離し、やがて石畳の上を転がった。あまりに突然の事に唖然としていた女性が、同じく悲鳴を上げるように言う。

 

「だ、団長!」

 

 そのまま姿勢を戻して顔を上げると、周りの男達は驚いたような声を上げた。奇妙な事に、全員がフードを深く被っているうえに仮面を付けていたため、顔を確認する事が出来なかった。

 

「こ、こいつは血盟騎士団の……!」

 

 俺は咄嗟に《ダークリパルサー》も抜いて、ソードスキルの発動準備に取り掛かる。

 

「うちのギルド団員に何をしてくれるんだ。明らかに嫌がってたじゃないか」

 

「くそ、まさか貴様のような奴が現れるとは……!」

 

 男達が白い色の片手剣を構えると、いよいよ俺も範囲攻撃スキル《エンド・リボルバー》の発動体勢を作り上げる。言っても聞かない連中はこれで一発吹っ飛ばしてやるしかない。ここは圏内だから相手にダメージを与える事はないし、カーソルがオレンジ色になる事もないので何も気にすることなくぶっ放せる。

 

「まだやるのか。これ以上の暴行は俺達血盟騎士団への宣戦布告と解釈するぞ」

 

 脅しを利かせた声で言ってやると、吹っ飛ばされていた男が起き上がって、目の前にいる4人の男達のところへ走り、その先頭に立ち塞がって俺を睨んだ。

 

「お前達、ここは退くぞ。血盟騎士団のボスが相手では分が悪すぎる」

 

 周りの男達は小声を漏らしつつ頷いて、武器を仕舞い込んだ。そして、リーダー格の男が俺に叫ぶように言った。

 

「貴様、実力者だらけのギルドの団長だからって威張るなよ。いずれは我ら《ムネーモシュネー》がこの世界を掌握するのだ! 勿論貴様ら血盟騎士団もだ!」

 

 《ムネーモシュネー》。そんな謎めいた言葉となんだかわけのわからない台詞を口にした直後に、暴漢達はそそくさと俺達の下を去っていった。先程の悲鳴も暴漢達の声も消えて、その場に静寂が取り戻されると、俺は両手の剣を背中の鞘に仕舞い込んで、襲われていた女性に振り返った。

 

 女性は赤茶色いショートヘアが特徴的な、俺と同じくらいの――女性というよりも少女だった。

 

「だ、団長……」

 

「大丈夫だったか。あんな連中に襲われるなんて、災難だったな」

 

「はい……あいつら、いきなり現れて、いきなり襲いかかって来て……でも、団長のおかげで助かりました。多分知っておられないと思いますが、私はココアと言います」

 

「ココアか。攻略に出て来たところが無いから、サポート側か?」

 

「はい。76層は様々なアイテムを揃えられる場所なので、今後に使うアイテムなどを揃えていたのですが、そしたらあのような連中に絡まれまして……」

 

 俺は今一度、あの男達の姿などを思い出した。奴らの着ている装備は、まるで《笑う棺桶》の連中のような顔を隠すもので、色が《笑う棺桶》のそれとは逆だった。しかし、今まで見た事のない連中である事には変わりはないし、奴らの言っていた《ムネーモシュネー》という言葉も初めて聞いた。

 

(ムネーモシュネー……)

 

 奴らの口にした言葉、《ムネーモシュネー》。一体何を意味する言葉なのか、今まで散々インターネットで情報や言葉を得てきた俺でも分からない。多分シノン辺りが知っていそうだから、帰ったら聞いてみるとしよう。

 

「しかしまぁ、なんなんだあいつらは。俺もあんな連中は知らない」

 

「私も同じくです。一体、何なのでしょうか。見たところ全員グリーンプレイヤーでしたから、レッドやオレンジのギルドだとは思えないのですが」

 

 ココアの言葉に、俺は顎に手を添えて下を向く。確かに今のプレイヤー達は全員グリーンのカーソルだったから、人を殺しているわけでもないと思われるけれど、たとえ人殺しを行い、オレンジ色にカーソルが変わったとしても、カルマ回復クエストをこなせばグリーンに戻る事が出来る。

 

 あんな凶悪な事を平然とやるような連中ならば、ひょっとしたらオレンジだったけれどグリーンに戻っている可能性がある。まぁ、かつてのアインクラッド解放軍の暴漢達のように、不埒な事をしている純粋グリーンプレイヤーという可能性もあるけれど。

 

 それでも、《ムネーモシュネー》という言葉と世界を掌握するという妙な台詞が引っ掛かって仕方が無い。あいつらは、「我ら《ムネーモシュネー》」と言っていたから、《ムネーモシュネー》というのがあいつらのギルドチームの名前なのだろうか。

 

そしてリーダーがこのココアを強引に連れていこうとしたその時、ハラスメント警告に阻まれている様子が皆無だった。普通のプレイヤーならばあんな事が起きるわけがないし、ハラスメント警告は最近もちゃんと確認されているから、バグって発動しなくなっているという可能性も薄い。

 

 どちらにせよどれも定かではないから、何だかもやもやする。まるで焼き魚を食べた時に喉に小骨が引っ掛かった時のようだ。

 

「いずれにせよ、あいつらには気を付けておいた方がいいし、血盟騎士団の中で情報を共有した方が良さそうだ。……また《笑う棺桶》みたいなのが出て来たのかもしれないし」

 

「ら、《笑う棺桶》!? またあんな恐ろしい人達が出て来たんですか!?」

 

 慌て始めるココアに、俺は思わず両掌を向けて、軽く振る。

 

「おいおいおい、大丈夫だ。あくまで推測だし、あいつらがそんな実力者とは思えない。

 それにボスのPoHも、残党の1人残らずあの時死んでしまったんだ。亡霊となって出てくるわけもないからさ、もう《笑う棺桶》は生まれないよ」

 

「そう、ですよね」

 

 ココアは急に改まって、俺に頭を下げた。

 

「えっと、団長。本当にありがとうございました。団長が来て下さらなかったら、今頃どうなっていた事か……」

 

「いやいや、俺もたまたま君を見つけられてよかった。俺はこれから用があるから行かなきゃなんだけど、1人で大丈夫か」

 

「はい。私はもう用事が済んでいるので、帰るだけですし、ここは転移門の近くですから、すぐに帰れます」

 

「わかったよ。でも今後何かあるかもしれないから、用心して帰れよ」

 

 ココアは「はい」と頷いて笑み、転移門の方へと帰っていった。その足取りはどこか安心したようなものだったけれど、俺の胸の中は霧が立ち込めているように、モヤモヤしっぱなしだった。

 

「さてと……《ムネーモシュネー》……何の事なんだ」

 

《《ムネーモシュネー》……何かの単語だと思うが、それが奴らの名と考えて間違いないだろう》

 

「そうだろうな。もしかして、あの時《笑う棺桶》は殲滅しきれてなかったのか」

 

《だが奴らは《笑う棺桶》のように凶悪な連中には見えなかったぞ。強いて言えば、第1層を占拠していた元《軍》の暴漢達に近い》

 

 俺は肩に乗っているリランに少し驚いた。リランも、あいつらがかつての《軍》の連中に似ていると思っていたとは、流石に予測できなかった。

 

「お前もそう思うのか」

 

《そう思う。だが、あいつらの事は放置できんな。一応、今後の奴らの動きには注意すべきだ》

 

「わかってるよ」

 

 ひとまず騒ぎは済んだから、さっさと帰らなければ。そう思った俺は商店街の方へ戻り、リランの指定した鶏肉料理のある出店によってそこで料理を買い、アイテムストレージにそれを入れてから転移門へ再度向かい、22層へ飛んだ。

 

 

 

 

 

        ◇◇◇

 

 

「《ムネモシュネ》って何か、ですって?」

 

 シノンが首を傾げながら呟く。

 今、いつもどおり22層の家で、シノン、ユイ、リランと共に食事を摂っているのだが、俺はそこで奴らの事を話す気になり、シノンに早速報告をしたのだった。

 俺はシノンのアレンジした美味しい鳥肉料理を口に運びつつ、更に教えた。

 

「正確には《ムネーモシュネー》だ。伸ばしが足りない」

 

「いや、どっちにしても同じ意味だけど……《ムネーモシュネー》ね。いきなりそんな事を聞いてきて、どうしたのよ」

 

「攻略から帰って来た時に、血盟騎士団の仲間を襲っている連中がいたんだ。そいつらは、自分達を《ムネーモシュネー》って呼んで、いずれ世界を掌握するとか、なんかわけのわからない事を言ってたんだ」

 

 シノンがバケットを口に運んで、呑み込んでから言う。

 

「この世界を掌握するですって? そんな事をほざく奴が居たの」

 

「あぁ。俺も全然わけがわからなかったよ。それでシノン、この《ムネーモシュネー》ってどういう意味なんだ。ちょっとわからなくて」

 

 次の瞬間に俺の問いかけに答えたのは、シノンではなく、意外にもユイだった。

 

「《ムネーモシュネー》は、ギリシャ神話に登場する、記憶を神格化させた存在です。記憶の女神ムネモシュネですね」

 

「記憶の女神だって?」

 

 ユイがスープを呑み始めたところで、シノンが頷く。

 

「そうね。ギリシャ神話に出てくる記憶の女神の名前がムネモシュネっていうの。確かゼウスの不倫相手で、色んな神様を生んだ女神だったはず」

 

「ふ、不倫相手って……神様って不倫するのか」

 

 その内容を知っているのであろうシノンが、少し苦笑いをする。

 

「如何せんギリシャ神話の神々は人間臭いのばっかりだからね。というかギリシャ神話の最大の特徴が、出てくる神様が総じて人間臭いってところだし。でも、《ムネーモシュネー》っていう名前を冠する連中なんて……」

 

 ユイが少し眉を寄せて、俺の方へ顔を向ける。

 

「その人達は、パパ達の仲間の人に襲い掛かってたんですよね?」

 

「あぁ。あいつらは仲間が1人だけだった事を良い事に、5人くらいで襲い掛かってたんだ。白と金色の、戦闘服と鎧が混ざったような装備をして、フードを深く被ってる上に、仮面をつけてて顔がわからなかった」

 

 シノンがスープ皿をテーブルに置いて顔をしかめる。

 

「何よ、その如何にも怪しい集団」

 

 その時、料理を喰っているリランが、俺達の頭に《声》を飛ばしてきた。

 

《いや、実際怪しいじゃすまない集団だったぞ。あいつら、女性プレイヤーに襲い掛かってたのに、ハラスメント警告が出されなかったのだ。ハラスメント警告は第三者にも見えるようになっているはずだが、我々の目には確認されなかった》

 

 その話に食いついたのはユイだった。ユイはこのゲームのシステムの一つで、この世界の仕組みの事を熟知している存在。俺の口から出て来た言葉が信じられないのがすぐにわかった。

 

「それはおかしいです。普通、男性プレイヤーが女性プレイヤーを襲ったりすれば、倫理コードが双方オフでない限り、被害者の方にハラスメント警告が出現して加害者を黒鉄宮の牢獄に飛ばす事が出来ますし、どのみちに最終的には加害者が黒鉄宮の牢獄の中に飛ばされてしまいます。その女性プレイヤーは、倫理コードをオフにしていたのでしょうか」

 

 俺はその時襲われていた女性ココアの事を思い出した。ココアを見た限りでは、そんなふうにしているようには見えなかったし、第一倫理コードの存在もわからなそうだった。きっと俺がココアの事を押したり、無理矢理動かそうとしてみれば、ココアの方にハラスメント警告がちゃんと出ただろう。なのにあの時、ココアはハラスメント警告を操作するためのウインドウを確認している様子はなかった。

 

「それはないと思う。あの時のプレイヤーは、間違いなく倫理コードをオンにしていたはずだ。それも、両方とも。なのに、《ムネーモシュネー》の連中はハラスメント警告を出されてなかったんだよ。……もしかしてその辺りの機能がバグり始めているのか?」

 

 シノンが眉を寄せながら下を向く。

 

「確かに、マーテルがあんな事をした後だし、あの時茅場も消えてしまった。このゲームに、この世界に異変が起きている事だけは間違いないって、イリス先生は言ってたし……」

 

「そうだけど……もしかして最近ハラスメント警告機能が死んだのか? 何か確認する方法があれば……」

 

 その時、俺はふと思い出した。そういえば、シノンはどうなのだろう。俺は結構な頻度で、尚且つ不快感を与えない程度にシノンの身体に触れたりしているが、その時もハラスメント警告が出ているはずだ。

 

「そういえばシノン、俺に触れられた時とかのハラスメント警告はどうしてるんだ? 多分、出てるよな」

 

「えぇ出てるわよ。私の場合はその都度キャンセルボタン連続して押しまくってる。でも、明らかに()()()()()じゃなくても出てくる時があるから、正直キリトの時のみ完全オフに出来ないかって思う時もあるわ」

 

 やはりハラスメント警告は夫婦関係であっても発動するようになっているらしい。しかし、それを受けながらもシノンが俺を黒鉄宮に飛ばさないようにしてくれていたのは、素直に嬉しかった。

 

「そうだったのか。じゃあ、最近も確認できてたんだよな」

 

「そうよ。でも、あなたの話に出てくる《ムネーモシュネー》の連中、明らかにおかしいわ。もしかしてごく最近になってハラスメント警告が出なくなったのかも」

 

 プレイヤーである以上は、このSAOに元来もうけられているシステムに逆らったりする事は基本的に不可能で、プレイヤーがSAOのシステムを超越や無視をするのは、あり得ない。本来ならば発動するものが発動しなかったりしたなら、問題はSAOにあると考えるのが妥当だ。

 

「一体どうしたっていうんだ。やっぱりこの世界は……」

 

 その時、ユイが何かを思い付いたような顔をして、俺に声をかけてきた。

 

「あ、そうですパパ。()()を簡単に確認する方法ならありますよ」

 

「え?」

 

 

「ハラスメント警告を出したいなら、倫理コードをオンにしたまま、ママのお胸を触ってください。それなら一発でハラスメント警告を出す事が出来ますよ」

 

 

 

「ぶっ!?」

 

「ぷぁっ!?」

 

《えくっ!?》

 




新たなる脅威(?)の登場と天然爆撃型二足歩行戦車ユイ。





今回の解説

Q.ココアって誰? オリキャラ?

A.ホロウフラグメントで登場したモブの1人。他のモブとは違って情報屋の方で推されている人物。今作では血盟騎士団のサポート側に就いている。

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