不死鳥の紅い髪飾り   作:何某

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或る旅の一幕


「さてと、次はどこに行こうかな・・・」

 

 

ある林の中の一軒家。そこの玄関の前には少女がいた。

少し低めの身長に伸びきった髪の毛、やや野生味が多いその様態でも服はそこまで汚れていないのは豊かな自然がもたらす河川のおかげだろうか。

朱に染まった雪袴の上にはお札のような模様が白で浮き上がっており、袴の腰の辺りからは赤いサスペンダーが伸びていた。上に着込まれたシャツは髪と同じシンプルな白色のそれである。

全体的にどこか異国情緒すら感じさせるその雰囲気はその人離れした見た目からというだけでなく、彼女が少女の枠に収まることはなく、人の道からすら外れた所にいるからに違いない。

 

不老不死。

かつて数多くの王、帝、皇帝が渇望した存在。

老いることはなく、そこに死はなく、永遠に停滞した存在。

そんな夢想の体現者も一般人のように振る舞い、生きていくともなると利よりも損のほうが多いのが常だった。

 

 

「・・・いつも通り、東に向けて行くのが一番かな」

 

 

故郷から飛び出した宛てのない旅だ。どこに行ったって別に構わないのだが同時に言えばどこに行けば良いのか良くわからないとも言える。

だから、せめて太陽が昇る方へと進むことにしていた。

厚い雲に覆われていたり、深い森の中にいる訳でもないのなら太陽は必ず見える。どれだけ時間が流れても日は昇る。

故にそれに向かって進めば方角はまず間違えないで済む。理由なんてそんな程度のものだった。

 

旅支度はもう済ませてある。あとはここを離れて進むだけだ。

背後の約半年程間借りしていた草庵を眺め、やがて振り切るようにして歩き出す。

 

(いずれは別れなきゃいけないんだ。なら傷は浅い内の方が良い)

 

そう言い聞かせて、林の間に伸びた街道を進む。

数ヶ月の間通っていた道とは真逆の方向へと。

 

 

 

今私が歩いているこの街道を反対方向に進み十分程すると、ある村が見えてくる。

冬の終わりが見え始めた頃、雪化粧をした件の村に私は初めて訪れた。いつもの通り村長の家を尋ね、この村でしばらくの間逗留させてくてないかと頼み込んだ。仕事ならなんでもする、と。

 

そこまで言う理由はたいてい話を聞いてくれる村自体がかなり少なく希少だからだ。多くはこの前の訪れた時点で締め出されるか、家を尋ねた時に凶器を向けられるか。そもそも話なんて聞いてはくれない。

 

近付いただけで石を投げられたことも少なくなかった。

それほどまでに私の外見というのは浮世離れした、世間の人々には受け入れがたいものだった。

そのため私に向けられるのはほとんどが憎悪や畏怖、嫌悪・・・。挙げ始めれば切りがないがどれも心地良いものではなかった。

特にこの白い髮は世間の人々の恐怖を掻き立てた。

この赤い目のせいで化け物と罵られたこともあった。

でも私もそれらをあえて否定しようとは思わなかった。

 

村長は頭を下げ続ける私をおそらく一瞥し、しばらくの間無言を貫いた。そしてため息をついてからぼやくように許可をしてくれた。好きにしなさい、と。

事情を深く聞かずにいてくれたのは色々と察したからなのだろう。その中にはきっと間違いや勘違いも含まれているだろうけど、わざわざ口に出す必要はないしもちろん出すつもりもなかった。

それからは大変だった。丁度田植えに備える時期で、どこそこの家が終われば次はまた別の家といった具合に色々な準備や内職を手伝わされた。どこも優しく、温かく受け入れてくれた。

そんな対応をしてくれたのは村自体が比較的豊かなのも理由の一つになると思う。心のゆとりがあると言ってもいいかもしれない。私のような人相手でもどの家も最後には『ありがとう』という感謝とそれなりの量の食べ物をくれた。

今まででも滅多にないほどの村だった。居心地の良さとしては間違いなく十指に入る。

 

だけど居着くことは許されない。いや違う、私が耐えられない。

いつもそうだ。それはこの村だけに限った話ではない。

今までもそうだったし、これからもそれはたぶん変わらない。

だって、いつかはみんな死んでしまうから。

みんなの思いとは裏腹に冷たくなってしまうから。

私だけ一人なんだと、もう取り残されてしまったんだと、今更だとしてもそう気付いてしまうことが嫌だから。

逃げるようにして旅をし続けることしかできなかった。

 

 

       ●

 

 

「ずいぶん暑くなってきたな・・・」

 

 

草庵を出て数日。

分かれ道であえて山方向を選んだ私は峠を越えて、山の頂を越えて、丁度下山しているところだった。

夕日の暑さは恨めしいが反面頬を撫でる風はいつもより心地良い。

そこはすでに街道でもなんでもない獣道だったがそんなこともものともせずスイスイと下りていく。

そういった悪路にはもう慣れてしまっていた。

 

(肉を食べたいと思ってこっちに来てみたけど、予想以上にいい感じの猪だったな。昨日のやつ。久しぶりに美味しかったし、ここらへんはいい土地なのかも、たぶん)

 

木の合間を縫ってゆっくりと下りていく。

すでに山頂から麓の辺りに小さな村があるのを見つけていた。方角はおおよそ分かっている。あの距離からしてこのままゆっくり進んだら野宿しても明日の昼には着くだろう。

無造作に生えた雑草を時折掻き分けながら進んだ。

 

 

 

しばらくして辺りに西日が射しはじめた頃、私の背丈程の草を掻き分けていたところ大きな平原に出た。

そこには一面にユリの花が咲いていた。

夕焼けのおかげで燃えるように赤くなったその丘陵地には足を踏み入れるのにもためらうような、どこか異界のような雰囲気が漂っている。

しかし山頂から麓を見下ろした時にこのような場所は見えなかった。

 

 

「こんなところあったかな・・・?まあ明日の朝に太陽を見ればなんとかなるか・・・」

 

 

予想外の展開ではあるがせっかく目印になりそうな場所を見つけたのだ。見通しも良いし、今日はこの近くで野宿にするかな、なんて思いながら平原の縁を歩いている時に気がついた。

真っ赤な花園の中央、付近の色彩とは対称的に真っ白な白装束を着た人がいる。

それは主に神聖な行事において使われるもので禊や祈祷などの儀式で人がよく身につける服装である。

だがここには滝なんてないし、ましてや神社なんてものもない。この場所は実はなにかの聖域で特有の祈祷かなにかを行っているのだろうか・・・。なんとなくその様子を眺めていると、その人のやや左奥のあたりにそれは見えた。

人のような形をしているものの全身は赤く、また大きさも人の2倍以上はありそうだ。腕も太股も胴体もまるで大樹の幹のみたいで筋肉質なのが見て取れる。口元から収まりきらずに飛び出した八重歯は鋭利に尖っており、なまめかしくあるいはおぞましく夕日の光を受けていた。

そして、頭部に生えている特徴的なものは紛れも無く角。

 

 

「・・・嘘でしょ」

 

 

それは鬼以外の何物でもなかった。

鬼というのは妖怪の中でもかなりの上位、というより頂点に近いところに位置するほどの実力を持つ有名すぎる妖怪だ。一人の鬼だけで軽く数個の村が壊滅するとも言われている。

しかしその数としては多くない。もちろん少なくもないのだがその強さ故に目の敵にされやすく、標的にされることも多いのでいくら強いといえど増えづらい種でもある。

そして一番肝心なのはあまり個で突出することがない。理由は分からないが多くは群れて行動しているからだ。

そんな鬼がこんなところになぜか一人でいて、それに遭遇するなんて悪い冗談でしかない。神様がいるとしたら恨み言の一つでも言ってやりたくなるくらいだ。静かにこの場を離れるのが一番だろう。

しかし、そうしたら中央の人物はどうなるだろうか。

間違いなくあの人は喰われる。人は死ぬ。

私のように生き返ることはない。

 

 

「・・・はあ。今日はなんて運が悪い日だよ!」

 

 

疲れた身体に鞭を打ち、荷物をほうり出して中央へと突っ込む。すでに鬼はその人に指を伸ばしている。間に合うか微妙なところだ。だが間に合わなければ、人が死ぬ。

花を踏み荒らしながら全力で近付く。

幸いあちらはまだ気がついていない。相当腹が減っていたのか鬼も目の前の人に釘付けだった。

残り十数メートル。

旅の中でもこういった妖怪と対峙する場面というのは少なからずあった。流石に鬼を相手取ったことはないが、こういうときの肝要なところは同じはずだ。

右手を軽く広げ、人の頭ほどの大きさの火球を練り上げる。

妖術、魔術、呪術、幻術・・・。言い方はなんでも良い。無駄に長く生きながらえていたせいか、陰陽師が操るものほど上等なものではないものの、似かよったことは出来るようになっていた。

護身術としてはとても重用する代物である。どうして出来るかはわからないし、使うたびにもう普通の人じゃないことをひしひしと感じるので好きにはなれないがこういうときは本当にありがたい。

ついに鬼の伸ばした手が広がり、座っていたその人を覆い隠す。周りのようすなど全く見ていないのが、その開ききった瞳と小刻みに震える指先から丸分かりだった。

 

(今しかないっ!)

 

手元で漂う火球を鬼の眉間目掛けて投げつける。

弾かれるように勢いよく飛び出した燃え盛る火の球はその形を維持したまま鬼の額のやや下の辺りへと吸い込まれていった。

強烈な爆裂音と同時に、太く底冷えするような声の悲鳴が響き渡る。

その唐突な不意打ちと直撃した場所のおかげか鬼はたまらず大きくのけ反り、その巨大な両手で眉間を覆っていた。

中央の人物はそんな急な状況変化についていけないのか口を開け、間抜けにポカンとしている。目の前の鬼に気がついてすぐに逃げ出すような様子はない。

そのことに内心舌打ちしながら、もがく鬼を横目にその白装束の人を担ぎあげた。

 

 

「ちょっと失礼するよっ!」

「は、ちょっ、なぁあ!?」

 

 

声質に反してやたらと身体が軽い。

どうしてか気になるところだが軽い方が今は好都合だ。そのまま脇目も降らずその男(女?)を抱き上げて森へと逃げ込んだ。

 

 

       ●

 

 

暗く欝陶しい暑さがわずかに残る林を滑り降りていく。

ここ数日の間雨が降っていなかったのもありがたい。土に足を取られることなく彼女は軽快に山肌を駆け降りていた。

 

(大分走ったけど、もうそろそろ大丈夫かな・・・)

 

とは思うもののあんな巨体、私達を追って近付いてくれば嫌でも分かりそうなものではある。それに仮にやつが近付いてきても森の中を探しているその隙にこっそりと暗闇に乗じて逃げれば良いだけだ。

もちろん、すでに向こうがこちらを見失っていればの話だが。

担いでいた人を一旦降ろし、耳を澄ませる。

あらゆる音が聞こえる。やや甲高い虫の音から、自分の息遣い、風が木葉を揺する音も聞こえた。

だがそこにあの肝の冷えるような声や木々を薙ぎ倒す破壊音はなかった。

とりあえず、一息つける状況にはなったと思っていいだろう。

 

(・・・で、だ。これからどうするかなあ・・・)

 

横たわるその人をチラ見した後、こめかみの辺りを軽く掻きながら、内心頭を抱えた。

鬼との遭遇から頭を抱えてばかりな気がする。これからもそうなりそうな気がしてならないのは気のせいだとできれば信じたかった。

名前も知らないその人は今私の近くで気絶している。

鬼から逃げ出し森に駆け込んですぐ、この目の前の男は暴れ始め、危うく二人ともども斜面を転がり落ちそうになったため、勢いでつい一発殴って黙らせてしまった。

そして背負って逃げて今に至るというわけである。

 

(いや、だってさ、しかたないじゃん?あの状況で戻らさせたりしたらこの人絶対死ぬし、そしたら私だって寝覚が悪いし・・・)

 

なんていろいろ理由付けしてみるものの初対面の、それも顔を合わせたのは僅か数秒足らずの相手のみぞおちをどついて気絶させたというのは流石にやり過ぎな気もする。

かといって暴れる男を押さえ付けながら運べるほどの力もないので仕方ないといえばそれまでなのかもしれない・・・。

気絶したまま横になる男の前で、しゃがみ込んでうーと唸ってみても結局堂々巡りでどうしようもなかった。

10分ほどその場でうずくまった後出した結論。

 

(・・・寝るところを探そう。うん、そしたらまた考えよう)

 

困った時の現実逃避である。

 

 

       ●

 

 

また男を背負って数分後。

狩りのためのものか、はたまた旅人のためのものか。私にはわからないが、山中の細い道のようなところの脇にこじまりとした小屋が見えた。

元々一度見たあの村を目指そうとしていたがその前にあるならこちらのほうが良い。身体は疲れ切っており既に限界に近かったのもある。

中から光はなく、また人の気配もなかった。引き戸を開けると中は真っ暗で目が慣れていなければ何も見えないだろう。

私の場合、火元には事欠かないが火を燃やし続ける木や枯れ葉に関してはいつも自分で探しに行くしかなかった。扉のすぐ近くに積み上げられた布団を敷いて、その上に彼を横たわらせる。やっと背中の重みが無くなったところで次に瓷のなかの水を見てみると腐ってはなさそうだった。特に異臭もなく、触ってみても特段嫌な感触はない。水を探しに行く必要がないことを確認して、その小屋のすぐ近くにある適当な枝を木から拝借して取ってくる。

一番良いのは薪があることだが、パッと見で見つからなかったのでいつも通りこれで代用した。

囲炉裏で枝の山を組み上げてから中から発火させる。

パチパチと木が弾ける音を聞きながら、鍋に水を注いで釣り下げておく。

喉はカラカラでなにか飲みたかった。ここに酒のような類はないようだし、水を飲むしかない。

冷たいままで飲めないのは悔しいが、安全のために一度沸かしてから飲むことにした。

膝を立てながら静かに待つ。

暗い室内を囲炉裏の火がゆらゆらと淡く照らす。

時折、燃え尽きた枝が落ち、その模様を変え、そしてまた元のように不安定に、曖昧に揺れる。

なんだかんだいって疲れていたんだと思う。

木が燃え尽きる頃には私は沈むように眠りへと落ちていた。

 

 

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