不死鳥の紅い髪飾り   作:何某

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月の影にて笑う翳
四日目 甲


 頭上に光。周囲に焔。そして地を這う命。

 そうか、ここは地獄だ。

 直感的に悟った。でも頭で理解はしなかった。

 脳髄に直接叩きつける血の匂い。蒸発した生命は最後のひと仕事を言わんばかりに私にたった一つの真実を訴え続ける。

 周囲の物言わぬ人形と同様、目の前で倒れている人は既に肉塊でしかないということを。

 それの腹半ばまで凹んだ大穴には焼け尽きた臓物らしきものが見えた。だが先程までひくついていたその焦げた臓物も今となってはピクリとも動こうとしない。

 もちろん、大きく見開いたままの瞳も、わずかに開いたままの唇も、固く握られたままの拳も。

 どこも二度と動かない。今、この瞬間から二度と。

 目の前のは肉親は動かない。

 これが肉塊であるという。見えるのはそれだけ。

 どうしてこうなってしまったのか?

 どうしてもこうなったのだろうか?

 聞いても肉親はもう答えてくれない。なにも教えてくれない。

 食事の作法も、歌の読み方も、けまりのやり方も。

 もらってばかりいた私はまだなにもしてあげていない。

 ごめんなさい。

 後悔ばかり湧き出る。振り返る過去が次々と思い出になる。

 私を置いてけぼりにしたままさらに建物が崩れた。

 そして林の向こう、木々に紛れて見える二つの背中。

 お父さんが必死に守った背中。

 お父さんを犠牲にしてのうのうと生き残っている背中。

 確かに私はお父さんになにもしてあげられなかった。

 お父さんがいなくなるまで、そんなこと考えたこともなかったから。

 でも、今は違う。何か、何か返さなきゃって思ってる。

 もう笑ってくれないお父さんだから、私が返せるものなんて限られているけれど、未練を持ったまま死んだお父さんにだから返せることだってある。

 お父さんを殺したあいつを私が殺すこと。

 きっと、そうすればお父さんの未練は晴れてくれるはず。

 きっと、そうすればお父さんは報われてくれるはず。

 そうすれば命をかけても、省みてくれなかったあいつだってお父さんのことをを見てくれるだろうから。

 お父さんのことを知ってくれるだろうから。

 でもお父さんの命を奪い去ったあいつにお父さんのことを知らせることはお父さんに対する恩返しになるのだろうか。

 …それは本当にこの死体のためにしていることなのだろうか?

 

 

       ●

 

 

 うすぼんやりとした視界の向こうには無数の瞳が横一列にバラバラに並んであった。

 皆一様に私の方を見ている。視線を反らす事なく、瞬き一つなく、じーっと、見ている。

 落ち着いてもう一度目を閉じて、またゆっくりとまぶたを上げた。

 焦点があっていなかったらしい。

 次はよりはっきりと、明瞭に見えた。

 …屋根の梁にある木目がそのように見えただけだった。

 

 

「・・・」

 

 

 とりあえず上半身だけ起こして、すぐに動く気になれずまた止まる。

 普段は寝起きが良い方だと自覚しているのだが、この小屋で寝るときはどうにもそういうわけではないらしい。

 足を伸ばし、上半身を前に起こしたまましばらく静止した。

 霞がかった頭が重い。何も考えたくない。

 昨日は散々だった。目的は完璧に果たせたとは言い難いし、無駄に重い話を聞いてしまった。おかげで昨夜はほぼ無言である。

 とはいえ、昨日は昨日で今日は今日である。今朝からどういうことかやたらと塞ぎ込みがちなのはあまり良くない。

 気分転換にと思い、床から出て一応静かに立ち上がる。

 それから日の光でも浴びようと部屋の玄関へと歩き、立て付けの悪い戸を引き開けた。

 暑苦しい湿気とともに草木に叩きつける雨の音が私を出迎えてくれた。

 

 

「・・・えー」

 

 

 ゆっくりと戸を閉めた。ガタゴトと大きな音を立てていたが特に気にしなかった。

 履いた草履を脱いで、諦めて部屋へと引き返す。

 こうして、耳を澄ませてみると、部屋の中からでも屋根を叩く雨の音は聞こえた。

 

 

「・・・はあ」

 

 

 切り替えようとした途端にこれである。

 雨の日は気が重い。別に理由がある訳ではないが、とにかく気が重くなる。今日は特にそれが顕著だった。

 部屋の中で気づけたことにどうして戸を開けるまで気付けなかったんだろうか。普段なら気にしないようなことまで嫌になる。

 さっきよりもさらに鬱鬱とした気分のまま、さてどうしようかなと部屋の中を歩いて、床の方へ戻る。

 ピチャ。

 

 

「ん?」

 

 

 足の土踏まずの辺りに冷たい嫌な感触がある。

 床の上に液状の何かがあったようだ。首をかしげて何か思い出そうとするも、心当たりはない。

 そして首筋から冷たい何かが伝っていった。

 

 

「~~~ッ!」

 

 

 身体を強張らせて、周囲を窺う。

 とはいえ今日は雨。晴天の時とは違い、小屋の中は暗く、部屋の四隅などはよく見えない。

 すると、足裏の液体も急に薄気味悪いものに思えてきた。

 ポタッ。

 今度は頭頂部の辺りに冷たいなにかが来た。

 上からだ。ちょうど真上の所。

 外の雨の音が自然と大きくなったように聞こえた。

 恐る恐る目をそちらへと向ける。

 見上げたそこには雨が染みて黒くなった屋根が見えた。

 

 

       ●

 

 

「と、いうことで。屋根の修理をするから」

「・・・はあ?」

 

 

 妹紅に蹴られた横っ腹をさすりながら素っ頓狂な声を上げる。

 というかいまいち事態も把握し切れていなかった。

 なにやらドタバタと音がすると思えば、思いっきり腹を蹴り上げ起こされ、布団を片付けろと言われて仕方なくそのとおりにしたら、こうして宣告されてるのだから分かる訳もない。

 それにまだ顔すら洗ってないのだ。苛立ちもする。

 

 

「ということで屋根の修理ってなんだよ。するにしてもこんな朝っぱらにする必要あるか?あと、直すにしても外に出たほうが良いだろ」

「いつまでも寝ぼけていないで周りを見てみなよ」

「ああ?・・・あー」 

「分かってくれた?」

 

 

 言われて、今まで気にしなかった部屋の中を見る。

 壁際や土間の淵、棚の上に至るまで点々と布が敷かれており、その布も若干濡れているようだ。

 一応それらの上の方を見ると予想通り、一定の間隔で雨が落ちてきており、明らかに雨漏りをしていた。

 そしてどうして出れないのか、は外まで行って確認する必要もない。立っている妹紅の背後にはちょうど窓があり、そこからでも充分大雨が降っているのが分かったからだ。

 

 

「こういうわけで外に出れないわけ」

「まあ、それは分かったけど」

「それはってなに、まだ何かあるの?」

「…いや、ない」

「それならさっさと始めよう」

 

 

 なにやら昨日から妹紅は機嫌が悪かった。少なくとも俺の目から見たらそう見える。だからその理由を訊こうとしたのだが、こういう時にそれを訊ねるのは愚の骨頂だ。

 藪をつついて蛇が出てこられても困るし、それに巻き込まれて自分まで蛇を出すことになりそうだからだ。

 

 

       ●    

 

 

 最後の灰を乗せてまたふるいを叩く。

 サラサラと流れていく灰に対して、いつ混じったのかよくわからない小石やこの前食べた魚の焦げた背びれなどがふるいに残っていく。

 囲炉裏にあった灰は思った以上に多く、手入れをするのに時間がかかった。

 後ろの方を見上げると、飛倉がいろんなものを組み上げて足場にしながら四苦八苦しているようだった。

 雨はまだ降っている。この様子だと今日一日の間は止みそうになかった。

 

 (いっそのこと直聞いてみるのが一番かなあ)

 

 あの茶屋の店員さんの話は暗いものだったものの他にも色々と気になるところがあった。聞いてみるとはそれらと合わせて確認したいことがいくつかできたということ。

 例えば通説とやらの話だ。村の中にある不可侵の約束事でもいいだろう。

 白斑は店員さん曰く大食らいの人ほど出にくいという。だとするならどうして死ぬ前に最後に店に訪れた男は驚く程痩せこけていたというのだろうか。

 元々体格が良かった男がさらに食べればより太ることこそあれど痩せることはまずない。なのに聞いた話に因るとその逆だったというのは少し引っかかる。

 恐怖心が原因だろうか?だとするならそれが原因で体格が変わるほど体重を落としたとなると相当前から白斑が出ていたことになる。なら、白斑が出てからそう長い期間捧げられずに待たされることがあるのか?という疑問が湧く。

 あるいはその約束事が村の中で広まるのと儀式が行われるようになった時に多少の時間差があったということも考えられる。つまり、まだ約束事が約束事として村人の間に浸透していなかったという場合だ。

 しかし、そうだとすると、それはそれでおかしいのだ。もし白斑が出ないで済む方法があるとするならば飛倉の話の中で出てきた女がそれを教えない理由がないはずだから。

 そのような外見でいることは村を危険にさらす方法にほかならないのだ。確かに供物は極力降りかかって欲しくないものではあるが、村全体として避けていいものではないはず。万が一にも白斑が出ない年があればそれだけでまた人がいたずらに死ぬことになるわけだから、今の村で広がっている通説を行うことは危険であり、その女がその逆をするように勧めないということはないだろう。

 詰まるところ、もしも、本当に女がそれを告げていたとしたら時間差はないはずだし、それでも時間差があったとすればそこに何かしらの理由があるはずだ。

 そして、飛倉自身に聞きたいこともあった。

 その村の約束事に則って生活すれば太ることはあっても痩せることはない。働き手である男ならなおさらだろう。これは今となっては間違いないはずだ。

 しかし飛倉は軽かった。女の私でも持ち上げられるとなると相当だ。そのこともどう考えてもすっきりしない。

 色々と混線していて、判然としない。しかし放っておくのも問題だろう。儀式だけを止めても意味がないのだ。根っこを握りつぶさなければならないんだから。

 そう思いながらも結局切り出せずに黙々と昼食の用意をし始めることにした。

 

 

       ●

 

 

「昼って、これ?」

「んー?普段は作らないから上手くはないと思うけど、そんなに不味そうに見える?」

「いや、普通に美味そうだけど。そういうことじゃなくてさ」

「ああ、なんでこれなのかってこと?そんな文句あるならこの惨状どうにかしてから言ってよ」

 

 

 握られたおむすびに対して偉そうに文句を垂れる飛倉に言う。

 屋根の修理と部屋の整理で今小屋の中はかなり散らかっている。空が晴れているか、せめて曇っているぐらいなら外に道具やらなんやらを置いたままにできたんだろうが、そもそも雨が降っていなければ今日こんなことはしなかっただろうから、どのみちこうなったのだろう。

 

 

「まあ、仕方ないと思って諦めるか」

「そうだね」

 

 

 ぼんやりと昼ごはんを食べながら部屋の外を眺める

 午後は何をしようか。

 窓から見える雨は相変わらず朝と変わらない景色と音を部屋へと呼び込んでいる。

 飛倉は続けて修理をするだろう。そうなってくるとまた話を切り出すのが難しくなる。だから、昨日の気になったことを訊く機会とすれば今が一番なはずだ。

 だが今日という日は私をとことん憂鬱にするつもりらしい。

 私が口を開こうとしたとき、覆いかぶさるように言葉を重ねた飛倉はこう切り出した。

 

 

「お前に大切な人っているか?」

 

 

 




予約投稿の設定ミスのようです。一日遅れて申し訳ございません。
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