不死鳥の紅い髪飾り   作:何某

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四日目 乙

 雨が強くなってきた。先ほどまで聞こえなかった雨の音が耳鳴りのように絶え間なく頭の奥で響く。

 

 

「何言ってるの、あんた」

 

 

 驚く程冷めた声だった。自分でも一体どこからこんな声が出ているのかわからなかった。

 けれど飛倉は気にしていないのか気づいていないのか、そのまま話し続ける。

 

 

「お前みたいな幼いのに旅なんかしてる奴にそんな人がいるのかなって思ってさ」

「だから、それを訊いてどうなるのっていうの」

「…?いや、話のタネというかなんというか」

 

 

 口が止まらない、舌が勝手に動いていく。

 この時にはもう例のことを訊こうなどという考えは全くなかった。真っ白になった頭と自立するそれ以外が外からの干渉に対してただただ反射的に反応してるような状態だった。

 飛倉はようやく私の様子がおかしい事に気がついたようだ。でも私から口をつぐむ気は全くなかった。

 

 

「そんな気持ちで無責任に人の内情を荒らそうとしないでよ。頭おかしいんじゃない?」

「そこまで言われる筋合いはないと思うんだが…。それにそこまでたいした話じゃないだろ」

 

 

 なんて大人げないんだろう。自分の仄暗いところをつつかれて癇癪を起こすなんて子供みたいなものじゃないか。

 分かっていてもさらに饒舌になっていく。まるで別物のようになった舌先から出てくるドス黒いものを私は止められなかった。

 

 

「下世話な先入観で探りを入れて、返す言葉がたいしたことないね…。何様のつもりなの?」

「おいおい、下世話ってなんだよ。訊いただけだろ?」

「それが下世話って言ってるんだ。私の大切な人がどうなっているかなんて大方予想できた上で訊いてるんじゃないの?」

「…そうだとしたらなんだっていうんだ」

「じゃあ逆に訊くけれど。あなたにとっての大切な人って誰なの。その人はあなたの近くにいるの?会えるの?」

「…」

「ほら、訊かれても答えられなくなる。あんたが言う通りのたいしたことない話じゃないからなにも言えなくなる」

 

 

 今の私はなんて嫌なやつなんだ。これでは飛倉のことを言えた義理ではない。

 それでもやはりお互い様なのだろう。お互いに、言わなくても分かることをあえて相手から聞き出そうとしているのだ。相手の口から聞きたがっている。

 どうしてそうしてるのかは、よく分からない。

 

 

「せっかくだから当ててあげようか。あんたが私を勝手に判断したのと同じように、あんたにそういう人がいるのか。そしているとしたらそれは誰なのか」

「分かる訳ないだろ。話したことないんだから」

「いいや、分かる。私も飛倉にそんな話したことなかったのにわかったよね?それと同じ」

「…まさか」

「疑ってるの?じゃあ言ってあげるよ」

「例えば、妹とかさ」

 

 

 一瞬の浮遊感と共に強い衝撃が背中に伝わる。それから後を追うようにして頭が床に叩きつけられる。

 縛り付ける襟元、大きく変わる視界、床を叩く音。

 飛倉に押し倒された私は何の抵抗もしなかった。身体の後ろのほうから冷たさを感じる。しかし、叩きつけられた背中や後頭部はそれに勝って熱くなっていた。

 飛倉は床に私を押し付けたまま、ゆがんだ表情で問う。

 

 

「村長たちか?」

「いいや、違う」

「妹と会ったのか」

「さあてね、どうだろう」

「答えろよ。場合によってはこのまま絞め殺す」

「出来るわけないだろ、意気地なし」

「する時はする。必要なら」

「本当に必要なことなの?これが?」

「必要だ」

「誰にとって?」

「…誰にとって?」

「私を締めているのは妹のためじゃない、自分にとってでしょ」

「…」

「自身の私意に他人を使うな」

 

 

 それだけ言うと飛倉を突き飛ばし、立ち上がってから埃を払った。

 私の言葉に飛倉は答えなかった。突き飛ばされてからも何も言わなかった。

 妹紅もまた、それ以上何も言えなかった。

 

 

       ●

 

 

 雨が降っている。

 低い空に黒い雲。気が滅入りそうなほどうるさい雨の音は今日一日中続きそうだった。

 小走りで藁葺き屋根の軒下へと駆け込み、被っていた蓑がさを脱ぐ。表面についていた水滴を軽く振るい落としてから村一番の立派な扉を強めに叩く。

 

 

「村長、今、大丈夫ですか」

「かまわんよ、入れ」

 

 

 片手で扉を開け、近くの鉤に雨具を掛けてから扉をしっかりと閉め切った。

 明かり一つない家の中は外の明るさと相まって少々暗い。しかし、部屋の隅々が見えないほど耄碌はしてなかった。

 村長は台所に立っていた。冷茶を淹れているのか、急須に茶葉を入れ、水を注いでいるところだった。

 

 

「村長」

「さて、どうしたものか・・・」

「・・・私が言いたいことは分かっているようですね」

「そりゃ分かる。この時期にわざわざ儂の元に来る理由なんて限られてるし、今日は雨だ。畑の事が除かれるとなれば一つしかなかろうよ」

「そうか・・・、なら今からでも遅くはない。もうこんなことはやめるべきだ」

「・・・じゃあお前が飛倉の変わりに死んでみるか?」

 

 

 背を向けたまま、村長が真っすぐに問い掛けてくる。予想できた訊き方だ。俺だって、村長の考えている事なら大体分かるから、そんな訊き方をするのは分かっていた。

 それでも即答できなかった。分かるからこそ、この土壇場でも返せなかった。

 また自分の小ささに嫌になった。

 

 

「儂はそれだけが嫌だ。だからこうしている。何度もそれを言ったはずだ。違うか?」

「・・・私もそのように聞いて、同じ意味で受け取った」

「ならどうしてそれを無為にするようなこと言う?どうして手放す必要がある。あとはようやく作った居場所を受け入れるだけじゃないか。急いて崩す理由などどこにもない」

「しかし」

「では、享受するだけでは卑怯だと思うか?けれど、お前に他に道があったのか?その答えもなく止めようと言うのか。それこそ卑怯じゃないのか?」

 

 

 その言葉諭すようであり、同時に叱責するようであった。

 お盆と急須、それに湯呑を持ってくると、湯呑に冷茶を注いでいく。

 お茶が陶器を叩く音から次第に液面を叩く音に変わり、また元の雨の音だけに戻る。

 頭に冷茶の入った湯呑を手渡し、自分の分も注ぎ終えた村長は音を立てながらお茶を一口啜り、また話し始めた。

 

 

「お前が飛倉も含めた村の連中から頭やおやっさんなどと呼ばれ慕われているのは知っている。だから心苦しさも儂よりも感じるのだろう。それでも仕方ない。儂たちが選べるものではなかったのだ」

「お前だってもう限界なことは知っているだろう」

「………」

「…どのみちもう少しだ。もう少しの辛抱だ、分かってくれ」

「…辛抱したらどうなる?」

 

 

 液面が震えるほど手渡された湯呑を強く握る。村長はそんな頭の様子を見ながら半ばにまで減った湯呑を急須の脇に静かに置いた。

 村長は伏し目がちになりながら話を続ける。

 

 

「なにがだ?」

「我慢し、偽り、生き残った最後に何が残る?誇りを忘れ、こうして座することに一体何の意味がある?」

「そんなことさえわからない俺たちに生にしがみつく理由などないんじゃないか?」

「…例え分からなくなろうとも儂はお前に生きて欲しいと、そう願った。だからこうしている」

「それ以上もそれ以下もない。本当にたったそれだけなんだよ」

 

 

 雨は変わらぬ調子を続けている。

 黒い雲に低い空。

 陰鬱な気分にさせるそれらは相変わらず村の上空を覆っていた。

 

 

        ●

 

 

 窓から見える外の景色はあまり変わらず、より暗くなった部屋と、少しだけ屋根を叩く音だけが今朝よりも大きくなっていた。

 そして、なんだかんだありつつも一応飛倉もやることはやっているということのなのだろう。一度直したところは雨足の強くなった今においても水滴一つ垂れて来ていなかった。

 一方、妹紅の方は床掃除と囲炉裏の灰掃除、埃をかぶっていた雨具の手入れなど一通り終え、すでに夕飯の支度をしていた。

 昔…、というべきか。まだ私が小さかった頃の掃除と言えば私にとって眺めるものであり、自分で行うものではなかった。こうして自分の手でしてみると存外、時間のかかるものなんだなと再認識する。

 そして、また思い出す記憶の隅に父の影が映る。

 今はもういない。もう届かない父親の背中。

 そこで唐突に飛倉から声が掛かった。

 

 

「おい」

「…なに?」

「溢れるぞ、それ」

「え?…あ」

 

 

 夕飯用に炊いていた米の釜からは蓋から染み出した水が竈の表面を伝い、大きな音を立てながら蒸発していた。

 慌てて火の手を弱め、少しずつ水が引いていくのを見て安心する。

 そんな私の様子を見たためか、飛倉は作業を続けたまま話し続けた。

 

 

「…悪かったよ、あんなこと訊いて」

「あんなことって?」

「昼のこと」

「…別に。私だって悪いことをした。お互い様だよ」

「そうか、でも謝りたかったんだ」

 

 

 また静かになる。しかし、向こうに謝られてこちらが何も言わないというのもなんだかおかしな気がする。だからお互い背中を向けたまま私も話し始めた。

 

 

「とおーい昔にさ。あんたの予想通り、大切な人を亡くしたんだ。その時の私は今よりもっと幼くて、ちっさくて、何にもできなかったけど…。今とは違って、何かを出来るだけの、しようとするだけの力を持ってたんだ、無力なんかじゃなかった。

 でも、その人がいなくなって、ぽっかりと空いた私の中のその人の居場所は見たくもないほど真っ黒になってしまってて。

 追い詰められた私はその居場所に溜まった黒くて澱んだその濁りのはけ口を全てたった一人の他人に向けたんだ。そうなるまでの経緯で、その大切な人が私の中であまりに大きすぎたとか、その人が死んだ責任の全てが自分にあるわけじゃないとか色々理由を言えると思うけど…

―――結局のところ、その時の私はそれを自分の中で抑えこんだり、自分だけに向けて、納得させられるほど大人じゃなかったんだ。

 だから私はそいつを殺そうとした。そいつを苦しませることで自分にとって都合の悪いところをごまかそうとしたんだ。

 子供じみたいじっぱりだよ。どうにもならない現実にいじけてひっこみがつかなくなった。

 でもこれは間違ってたんだろうね。私はその時、進んだ道の先を考えなかったんだ。下を向きながら数歩先のことしか考えていなかったんだ。そして、ある時、顔を上げてその道の先に向き合ってみたよ。

 なんにもなかった。覗き込んだ未来はとても虚しくて透明で空っぽだった。そして私には終わりもなかった。

 そしたらさ、自然と自分が今どうしてるか、自分が今どこにいるかもわからなくなって、しまいには何がしたいかすらわからなくなったんだ。

 その時だよ。ようやく気がついたのは。

 終わりを無くしたら、始まりなんて簡単になくしてしまうんだって。

 この世の中の出口がなくなって、そしたら入口すらなくなったんだ。

 ようやくだよ。ここまできてようやく。

 後戻りできない、飛び越えた一線の先でようやく気づいたんだ。気づいてしまったんだ。

 私は、ただもう帰れないところまで逃げ出しちゃったんだって。

 だから、その一線の向こう側にいるみんなを指をくわえて見てるしかなかった。そして見るほどに自分との違いをまざまざと見せつけられた。そうして行く宛もなく彷徨った」

 

 

 飛倉は何も答えない。作業をしながら聴き続けるだけで相槌一つもよこさない。当然だろう、急にこんな話をされたら私だって怪訝な目をしながら黙り込む。それを分かっていながら、私は構わず続けた。

 

 

「でも、さ。ずーっとそんなことを繰り返していたらやっぱりこう思っちゃうんだよ。『もしも、あの時に…』なんてさ。戻れないことを繰り返し見せつけられれば、見せ付けられるほど馬鹿げていると知りつつも余計に強くなっていくんだ。

 そんな時に、本当にやり直せそうだったらどうするよ?

 いや、もちろん全く同じ状況に出会って、全部1から始められるわけじゃないよ。でも、似た状況に出会ったら重ねちゃうじゃないか。

 そのやり直したい、大切な人が死んでしまった光景とさ。

そんな状況で、もしも大切な人と似たような人がいたらさ。

 何が何でも助けようって思うじゃないか。

 まるで助けたら、あの時生まれた後悔はなくなるかもしれないって、やり直せるのかもしれないって、そう思ってしまうじゃないか。

 もちろんそれで過去が変わるわけじゃない。

 それでも、助けることで、私が私を許せるなら、そうすることを辞める理由なんてどこにもないじゃない。

それが卑怯な逃げ方だとしてもさ…」

 

 

 言うだけ言い切った。言葉にするのは難しかったし、肝心なところは言えなかったけれど、これで良かった気がした。

 答えなど特に気にせず、そのまま夕飯の準備を続けようと思ったけれど、飛倉の中で話はまだ終わっていないようだった。

 

 

「正直、お前の言ってることはよく分からん。大切なところは当然のごとくぼかしてるし、俺に対して配慮して話してるようにも聞こえないから」

「…まあね」

「だけど、お前は今も生きていて、お前にはまだ出来る事が残ってる。これだけは変わらないはずだろ」

「うん」

「だったら好きにすればいいじゃないか。むしろ好きにしなくちゃいけない。出来ることをして、生きなきゃいけない。 お前がその、みんな?とやらを指をくわえて見てることしかできないように、その故人も同じように出来ることがあるお前を眺める事しかできないんだ。だったら、その故人のことを考えるなら、何もしないでいるより、まず何かをしてみるべきだろ。難しいことは終わった後考えることにして。辛いことだって仕舞っておいたままだって構わないんだから。どちらにしてもそれを決めることだって出来ることで、決めるのはお前自身じゃないのか?」

 

 

 好き勝手言ってくれるものだ。あんな大きな独り言からよくもまあ偉そうに色々言ってくれる。

 でも、引っかかるものはあった。お父さんには出来ないことも私には出来る。なら、飛倉が言うようになにかをしようとすることは間違っていないというのか?お父さんが私にして欲しかったこと、それはなんだっただろう?あいつを殺すことだっただろうか?それは出来ることには違いないが、私にして欲しかったことであっただろうか?

 所詮は事情のよく知らない飛倉の言葉だ。真に受けるのも的外れだろう。

 私はそれを聞いて引っかかるものがあったとしても、気にする必要なんてないんだと、そう思うことにした。

 そして飛倉は呟くように足場の上から言った。

 

 

「でも、まあ…。そういうことならさ、信用はできるな」

「…どういうこと?」

「お前から言い出したことだろ」

「…?」

「察しが悪いな、前の提案、俺を助けるとかいう話を聴き入れるってことだよ」

 

 

 雨は降る。今朝より少し強い雨。

 そして雨はいつでも、私のことなどお構いなしに、憂鬱な気分にさせてくる。

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