不死鳥の紅い髪飾り   作:何某

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五日目 乙

 旧自宅を出ると村の中はどんよりとした空気で包まれていた。村長の家まで移動している間、それがまだ頭上に残っている昨日の厚い雲のせいなのか、それとも俺の心情によるものなのか、なんとなく考えてみたもののよく分からなかった。

 

 

「村長、俺です。飛倉です」

「…どうした?時間にはまだ早いと思うがのう?」

「少し話したいことがあるんです」

「ふうむ…、どれ、入ってこい」

「ありがとうございます」

 

 

 前よりも重くなった扉を開ける。

 村長の家の中は外よりもさらに暗かった。囲炉裏に火も灯さず、間取りの関係で丁度山を背にしている村長の家ではわずかな光も差し込みづらい。まるで宵闇のような暗さだった。

 目を凝らしながら村長の居場所を探すと急に暗闇の向こうから声がかかってきた。

 

 

「そこに座りなさい」

「…はい」

 

 

 かかった声に身を縮めながらそそくさと言われた場所に座り込む。注視してみると、声の先にはあぐらをかいた村長らしき人物がいた。表情は暗さのせいでよく見えなかった。

 

 

「さて。話とはなんじゃ?」

「…この前話した乱入者の話は覚えてますか?」

「ああ、覚えとるよ。そいつがどうかしたのか?」

「そいつからの伝言です。村長にいくつか聞きたいことがあると」

「ほう…。それで、そいつはなんと?順に言うてみい」

 

 

 手首に巻かれた布切れを跡が付きそうなほど強く握り、声が震えないように下腹部に力を入れた。

 向こうからは足を組み直したのか姿勢を正したのか、布の擦れる音と床の軋む音がした。

 

 

「まず、この村で流れている呪いへの対処法…、掛かりにくくなる方法が流れ始めた時期とその対処法が流れ始めた大元についてだそうです」

「呪いへの対処法…?ああ、村の若いのがやっている奴か」

「そうです、あれが一体いつぐらいに流れ始めて、一体なにが根拠でああいった対処法が生まれたのかってことです」

「そんなこと儂だって知るわけがなかろうよ。噂ってそんなもんじゃろ」

「ということはその噂は村長自ら言ったものではないということではないし、認知していたものでもないということですか?」

「まあな、認知というのなら村の連中が知っている程度のことは知っておるがのう」

「…なら次です。村長がその立場についたのはどういった経緯でですか?」

「お主がそれを儂に聞くか…」

「けれど、ある程度具体的な返答がないと困ります」

「それはお主がその女を追い出すのに困るということか?」

「…ええ、まあ」

「ならこう答えとこうかのう、儂もそこらへんのことはよく分からん」

「忘れた…という意味ですか?」

「違う。儂が村長になるまでに村人が色々していたようじゃがの。そこらへんの詳しいところを儂は知らんから村人たちが儂を村長として選ぶまでの経緯を知らんってことじゃ」

「…ありがとうございます」

「礼はいらん。まあ、その女にはこう言っておけば大丈夫じゃろ。素直に受け取れば村の人々が勝手に儂を村長だとしたってことになるからの」

「分かりました、では次です。村長が昔呪いで死んだっていう人の体がその後どうなったか

「ああ、知っとるよ」

「………」

「なんじゃその顔は。そんなに意外か」

「いえ」

「まあいい。で、その死体の最後か蟲たちに一欠片も残さず喰らい尽くされていたのう。骨まで噛み切っておったよ」

「残さず、ですか」

「おう、おかげで埋めてやることもできなかったしの」

「まあ、全て食われたとするなら埋めることもできませんしね」

「そういうことじゃ。…これで質問は全部か?」

「ええ」

「そうか。ならいい。しかし、こちらからも少し聞きたいことができた」

「…なんです?」

「そう身構えんでいい。ただ、いい加減な物も含めて色々と答えさせたんだ。ちっとばっかこちらからも質問したいと思ってのう」

 

 

 背筋に薄ら寒いものが走る。窓から覗いた月明かりがゆっくりと村長の顔を照らしだした。 

 

 

「お前はこちら側か。それともあちら側か?」

「俺はこちらでもあちらでもないですよ。ただの生贄。それ以上でもそれ以下でもないんです」

「ふん、最低限それが分かっているなら十分じゃ。今日はもうはよ帰れ」

 

 

 ぎしりと床が軋む。村長はこちらに背を向け、これ以上話す気がない。これ以上食い下がるのは無意味なように思えた。

 しかし、俺にはまだ聞くことがある。引き下がるにはまだ早いのだ。ここで、はいそうですかと出て行くわけには行かなかった。無様に震える体を押さえつけるように、もう一度右手首を握り締める。

 

 

「すいませんまだ帰るわけにはいかないんです」

「なんじゃ、まだ言い忘れていたことがあったのか」

「いえ、もう一つだけ。これは妹紅―――じゃなくてその女からの伝言じゃないのですが、俺が村長に聞きたいんです」

「言うだけ言うてみぃ」

「妹は、今どうしているのでしょうか」

「…儂がそれを知る訳なかろうよ」

「しかし、どこに行ったぐらいは――」

「小僧、これ以上粘るようならこの場で殺すぞ?」

 

 

 入るときには見えなかったその表情は憤怒の表情だった。苦悶に満ちた怒りの表情。それは誰の目から見てもそれ以上踏み込むべきではないということが明らかだった。

 村長は平坦な声のまま、淡々と告げた。

 

 

「話は以上じゃ。ここから出て行け」

 

 

       ●

 

 

「さーって、帰るかね」

 

 

 道の傍らで背伸びをしてから周りを見渡す。遠くの方に見えた集落とその背後に青阿蘇とした田が見えた。そして、そこらには今まで確認してきた小さな人影が点在している。

 確かめた結果は全員白。私が見てきた村人達は皆一様に村のしきたりとも言える約束事を守っている。それは予想通りと言えば予想通りにの結果だった。

 なので今日やる予定だったものはもう終わり。まだ太陽も高く、飛倉が帰ってくるまでまだまだ時間はありそうだが、この布を巻いた頭でいつまでも外には出たくない。目的もないなら何もせずこのまままっすぐ帰ったほうが無難といったところだろう。

 

 

「こんにちはおねえさん。ずいぶんといい天気だね?」

「ん?いや、そうは思わないけど…ってあんた、誰?」

「ひどいなあ、ほんの数日前のことなのに覚えてないの?実は見た目に反しておばあちゃん?」

「え、ええ…?」

 

 

 んー?いくらなんでも初対面にここまで馴れ馴れしい態度は取れないだろうから確かに顔見知りではありそうだ。

 しかしどうにも思い出せない。まったく顔に見覚えがなく、はっきりとした心当たりもない。強いて言うなら声だけが引っかかる。

 ほんの数日前…、ほんの数日前…?

 

 

「…、出会い頭に水ぶっかけてきた子?」

「だーいせいーふぁい、いふぁいふぁい」

「どの面下げて私の前に来てんの? ええ?」

 

 

 目の前の女の子の頬をつまみ、縦横無尽にいじくり回す。当然、前に濡れ鼠にされた仕返しとしてである。

 もうそんなことを忘れてしまう程度には怒りも収まっていたが、だからといってあの時の無念が晴れたかと言えばそれとこれとは話が別。ぶん殴ったりはしないがこれぐらいはしておかないと納得できなかった。

 

 

「まひゃおひょてるひょ? ひゃんひぇんひひぇひょ!(まだ怒っているの? 勘弁してよ!)」

「知るか。少しぐらい報いを受けろこの野郎」

「ふぁふぁひはひゃろうひゃんかひゃなひー!(私は野郎なんかじゃないー!)」

「何言ってるか分からないけどズレてること言ってるってのだけは分かるな」

 

 

 その間ももちろん横に引っ張ったり、掴んだままグルグル回したりと色々と弄んだ。

 にしても柔らかいな。このまま連れ帰ってずーっとこうして弄っていようかな。それはダメか。いくら暇だとは言え。

 思わぬ人物と出会ったが、それでもこの後やることはさして変わらないのだ。あったからといってじゃあ楽しくお話でもしましょうか、という関係でもないし。それよりもこの仕返しをどこかで切り上げて、もう家にいたほうが何もなくて済む。

 そう考えると、今こうしてこの怨敵に時間を割いているのがひどく馬鹿らしくなってきた。

 頬から手を離し引っ込めると、女の子は痛そうに頬をさすりながら抗議してきた。

 

 

「まったく、頬がずっと赤いままになったらどうしてくれるのさ」

「いいじゃないか、ご利益ありそうで」

「私は神様じゃないっての。私は河童様! 妖怪だよ!」

「へえー、よーかいですか、そーですかー」

「信じてない!?」

 

 

 相当辛かったのか、両手を地面について頭を上げた土下座みたいなことをしているが、私の知ったことではない。その奇抜な衣装に髪色さえ除けばこの子だってそこらの子供とそこまで差異があるようには感じられなかった故の率直な感想だからだ。文句があるならその容姿と自身の行動を振り返るべきだと思う。

 

 

「それで。あんたの名前は?」

「へ? 名前?」

「そうそう。こうやって会うのも二度目だし、名前ぐらいは聞いておこうかなと」

「ああ、そういうこと。私はみとりだよ。あんたは?」

「えーっと、妹紅だよ」

「モコウね、なんだか聞いたことあるようなないような名前だね」

「そういうこと言われたこと、あんまりないけどね」

 

 

 苦笑いを浮かべながら首筋を掻く。

 なんだか掴みどころがない子だなあ。初対面の人に水をぶっかけてくる時点でまともじゃないのはお察しなんだけどさ。

 

 

「にしてもよく私に話しかけようなんて思ったね。あんなことしたんだから恨まれてるのぐらい分かりそうなもんだけど」

「もちろん分かってはいたけどさー、ちょっと話したかったからね。一応謝りたかったし」

「あ、悪気はあったんだ。あれ」

「そりゃそうだよおねえさん。どうせ避けられると思って挨拶がわりにしてみたらまったく避けないんだもん。びっくりしちゃったし、後味悪かったし」

「普通、唐突にあんなことをされて反応できるほうがおかしいでしょ。どんだけ普段から警戒してるの? って話になる」

「…言われてみると確かにそうだね」

「をい」

 

 

 無自覚だったらしい。天然なのかそれとも分かっている上で嘘をついているのか。私も世間から離れてだいぶ過ぎている分、どちらかといえば世間ズレしている方だと思っていたが、みとりには勝てそうがなかった。

 

 

「警戒心のなさで言えば、さっきまでほっぺたを弄られるのを律儀にやられたままだったあんたも大概だけどね」

「それはさっきも言った通り、この前おねえさんに悪いことしたなーと思ったからさ。抵抗するのはなんか、筋違いでしょ」

「ふーん、まあ、その話はもういいよ。私だってもうそこまで怒っちゃいないし」

「そっか。ならよかった」

「それだけなら、私はもう行くよ」

「あれ? 今からどこか行くところでもあるの?」

「むしろどこもないから寝床に帰っておこうかなってところ」

「あー、ならね。せっかくだし少しだけ面白い情報を教えてあげるよ」

「面白い情報?」

「そうそう、とーっても楽しげでおもしろおかしい情報だよ」

 

 

 みとりが急にクスクスと俯きながら笑い始めた。その姿はどこかあの女の笑い方を思い出させた。

 嫌な予感がした私はみとりから出来るだけすぐに離れたくなった。けれど会話の途中で急に切り上げて逃げ出すのもできなかった。

 

 

「なんだか知らないけど。興味がないから別にいらないよ」

「まあまあ、そう言わずに。この先の小屋裏にある小道を辿って行ってごらん? そこの下におねえさんが今一番欲しいものがあるから」

「いや、だから、今はそんなのを気にしている暇も興味もないんだって」

「本当かな? おねえさんだって知りたいんじゃないの?」

「なにが?」

「あの村の真実だよ」

「え?」

 

 

 なぜみとりの口からその言葉が出るのか。そしてなぜこの時にそれを言うのか。問いただしたいことは数多にあった。

 けれども振り返ったその先に肝心のみとりの姿はなかった。

 

 

 




先週が短かったので、ちょっと早めに。
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