不死鳥の紅い髪飾り   作:何某

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五日目 丙

私があの小屋に着いたとき、既に太陽は傾き始めて、西を向けば日差しが目に入るほどになっていた。

 玄関から小屋の中を覗いてみる。中では部屋を射す西日明るく照らす部分と、光が一切ない影の部分が上下で綺麗に出来上がっていた。

 しかし、そこに飛倉の姿はない。どうやらまだここには帰ってきていないようだ。

 

(いない、いないかあ………)

 

 玄関を閉めて、小屋の軒先でしばし考え込む。

 ここに来るまでの移動中、見取りに言われたあの言葉をどう受け取るかずっと悩んでいた。あの村の真実というのが、どれのことを言っているのか分からなかった。真実と聞いて心当たりが全くないのではなく、あり過ぎてどれに対するものなのか判然としないのだ。

 だからこれからそのみとりの言う小路の先に行くべきか否か決めかねていた。知ることでこれからの行動に支障が出るなら知らない方がいい。しかし知らないことでこれからの計画に行うべき修正をしないままにしてしまうというのも問題になる。

 

(どうしようかなあ)

 

 とはいえ、今のところ自分の中にある心当たり―――あの村の真実に当たりそうな事柄というのは実のところその全てが予想、おそらくそうであろうという確信めいた想像でしかない。そのみとりの言う真実がどれに当たるにしろ、確証となる何かがあるならば確かめておきたいと思っているのも事実だった。

 そこでこの小屋に帰ってきた時に、もしも飛倉がいたならば見に行くのは諦めよう、と思っていた。そしてまず間違いなくそうなるだろうと予想していた。元々行く予定のない場所だ。深く考えずにきっかけさえ作れればそれでいいと思っていたのだ。

 しかし、実際にはいなかった。そのため改めて考え込んでしまった。

 

(やって後悔か、それともやらずに後悔、か………)

 

 最終的にはこの二択に絞られる。そして現時点ではどちらがいいかなど分かりようもない。

 …きっと少し前の私ならこうなれば迷わずやらずに後悔を選んだことだろう。だって私がこうして死なない体になったのは、父の敵を討とうとあの女にありとあらゆることをやり尽くした結果であり、そうして生まれた後悔に潰れそうになっているのだから。やらないで後悔するほうがまだ良いと考えたことだろう。

 でも今なら少しだけ考えることが出来る。もしもあのまま幼い貴族の小娘として生き続けて、ゆるやかに死を迎えていたならどうなっていたのだろうかと

 きっとそれでも私は後悔したのだ。父の仇討すらできない臆病者として自分を罵り続けたに違いない。あの女にたぶらかされ、相手にされることもなく無残に散っていった男の息女として、同情と憐憫の眼差しを受けながら。刻々と迫る命の制約に怯えながら必死に自身騙す還元を呟き続けたと思う。

 それに比べればまだ今の後悔のほうが自分に見合っているような気がするのだ。惰性で生きているようでも追いかけるものがいて、辛くとも走ることが出来るならこちらのほうがよかったんじゃないかって。

 あの時、山で薬を盗まなければあの女を探して各地を旅したこともないし、今まで、一度でも目を背けてしまったならこうしてもがき苦しむことも出来なかった。

 

(やって後悔でも、存外、悪いことばかりじゃない)

 

 やってもやらなくても後悔するのなら、やって後悔を私は選びたい。自然とその結論に行き着いた。

 そうと決まれば膳は急げとも言う。早速家の周りをぐるりと歩き回り、そのような道がないか探してみた。すると小屋の山側の林の中に獣道のような細い土の道があった。

 小屋裏の小道とやら一体どの程度の距離なのか分からないが、この様子だとそう長くもないだろう。遅くとも日が変わる前には帰ってこられるか。

 夜道を進む覚悟をしてから視界を遮る生い茂った雑草をかき分け始めた。

 

 

        ●

 

 

「……どこにあるって言うんだ、みとりのやつ」

 

 

 額の汗を拭いながら思わずそう愚痴った。

 意気込んで進み始めたまではと良かったが、そこからが問題だったのだ。

 なにせこの小道、急だし細いし暗いしでどにかく進みづらい。一日中歩き回った後にするには少々、いやかなりきつかった。

 その上、太陽が隠れてからそれなりに過ぎたというのに一向にその真実とやらが見つからない。それは精神的にもかなりきついものがあり、肉体的疲労にも拍車を掛けていた。そして邪な考えが頭をよぎる。

 

(ひょっとして見過ごしたのかな………)

 

 ゾッとする想像だ。ここまで歩いて、結果は収穫なしなど考えたくもない。しかし、みとりの言葉を疑うわけではないが、飛倉のこともある。その先に有りもしないものを探し続けるあまり、夜遅くになり過ぎて、聞いてきた尊重の話を聞きそびれてしまっては本末転倒もいいところだ。

 

(どこかで切り上げるべきか)

 

どうしようか迷っていたが、そう踏ん切りをつける。最悪、明日の朝探し直すことになっても構わない。飛倉の話を聞かなければ明日行う予定の下ごしらえは出来ないが、みとりの言う真実探しはその準備の合間にねじ込めばばいいだけどの話だ。

 

(じゃあ、どれくらいしたら引き返そうかな…)

 

 次にそう考えた時だった。その先に少し開けた場所があるのか、くさむらの向こうから月明かりが漏れ出ているのが見えた。

 木々の間隔が変わっているのか、それとも鬱陶しいこの雑草たちがなくなっているのか分からないが、目安にするにはちょうど良さそうだ。

 

(あそこまで言ったら引き返そう)

 

 もう半ば引き返すことを決めかかっているような考え方だが、そてで間違ってはいない。欲しかったのはきっかけであって、判断材料じゃない。そして、そのように目的地を定めるとなんだか体が軽くなったような気がした。

 人の体とは不思議なもので、どこに行くのかよく分からないままだとろくに働かないくせに、目の前に目標をぶら下げておくだけで急に力が湧いてくるのだから始末に負えない。

 

(そもそも今の私を人と言っていいわけがないか…)

 

 やや自嘲しながら、最後のひと踏ん張りと言わんばかりに山肌をグイグイと登っていく。そして、暗闇が最も薄くなったその時、ようやく本来の目的地に着いた。

 

 

「………。なにこれ?」

 

 

 開口一番、私の口からこぼれた言葉は落胆とも取れる驚きだった。

 雑草をかき分けたその先、月明かりに照らされながら目の前に鎮座していたのは何とも無骨な石碑。

 そしてその周りには下草もなく、また木々も中央の医師を避けるように丸く立っていた。

 

(これは明らかに人の手が入っているね………)

 

 ならばこれがみとりの見せたかったものだというのだろうか。これがみとりの言うあの村の真実だというのか。

 

 

「いやいやいや、わけわかんない…。本当に」

 

 

 他に何か何かと軽く周囲を見渡したがやはり目がつくようなものはこの石碑だけ。ということは、これがみとりの言っていたもののはずだ。 

 だが見れば見るほどみとりの言葉の意味がわからなくなった。こんな石の塊が村の真実だち言われたところで首を傾げる他ない。

 謎が解明されるどころか、謎が深まる真実なんて御免こうむる。邪魔なだけで今は知らなくても良い。

 もしかしたらこの先にも道があり、これは見せたいものではないんじゃないかとも思って、念のため周りを歩いて探ってみたがそのようなものは見つからなかった。

 やはりあるのは石碑だけで、石碑は石碑だ。月を背にし、真っ黒い影を伸ばすだけ。どう見てもそこに何かがあるようには見えない。

 次にペタペタと石の周りを触ってみた。すると石碑にわずかな凹凸、刻みがあることに気がついた。

 

(お………?)

 

 何かの手がかりかと思い、手を土で汚しながら必死でその刻みをなぞり上げていく。すると、そこに刻まれている点と線の正体が分かった。

 

 

「亡き者、達?、ここに眠る。…て、これお墓なの?」

 

 

 なるほど、ここは誰か知らないが死んだ人たちが眠る集団墓地らしい。…だからなんだというのか。

 

(結局、徒労かあ………)

 

 がっくりと肩を落とす。どうやらみとりに担がれたようだ、よくよく考えてみればあれほど信用が置けないやつの言葉をどうして疑わずして信じようと思ったのか。

 そう考えるとふつふつと騙されたことに対する怒りが湧いてきた。もっと言うべきことはあったし、もっと頬を弄り倒せば良かった。

 しかし、ここでいくら気落ちし、あれやこれやと罵倒の言葉や仕返しの方法を考えたところで仕方ない。

 ため息一つ付いてから、気持ちを切り替えて来た道を引き返していった。

 

 

       ●

 

 

 がさりと草花をかき分けた先にはユラユラと光が揺れ漏れるいつもの小屋が見えた。

 

(当たり前だけど、飛倉はもう帰ってるのか)

 

 青い月が空高く登っている。この時間にいなければむしろ何かあったと疑われるのは間違いない。それは飛倉だけでなく私とて同じことだ。

 

(まあ、訊かれたら素直に話せばいいことかな。別段隠すようなことでもないし)

 

 体についた土埃を払い落として、中へと入る。部屋のすぐ右手にはあぐらをかきながら眠そうにあくびをしている飛倉がいた。

 

 

「おかえり。…ずいぶんと遅かったみたいだな」

「まあ、色々とあってね。そんなことよりも話は訊いてこれた?」

「ああ。思った以上にポンポンと訊き出せたよ」

「へえ、意外だな。むしろ何も教えてくれないかもしれないとすら思ってたんだけど」

「それだけ舐めきってるってことだろうな…」

 

 

 それから飛倉はところどころかい摘みながら、村長から聞いた話を説明してくれた。

 飛倉の話を聞いた感想としては予想通りが半分、予想外がもう半分と言ったところか。収穫としては上々だが、驚いたことも多かった。

 

 

「ふうん。村長は村のしきたりについていつから始まったかは知らない。けれどそれがあるってこと自体は知ってたのか」

「みたいだな。特に気にしているようではなかったが」

「で、ご遺体に関してはなにも知らない、と」

「ああ」

「でも飛倉が初めに私に話してくれた内容だと確かその後も犠牲者は出ていたんだよな?」

「……ああ」

「じゃあさ、ご遺体はほとんど川辺に捨てることもなく埋めることもなく放置ってことだったのか?」

「俺も詳しいところは知らないがそうなるんじゃないか? 言い方は悪いが、放っておいても死体は処理されるんだし」

「ふうん…」

 

 

 となると、先程のあれはなんだったのだろう。おそらくみとりの言葉通りならあの村のものだと思うのだが違うのだろうか。

 元々違う意図で訊いた問いだが、今となって違った意味で新しい情報をくれた。気にはなるところだが、それは明日に後回しというところか。

 なんにしても流石に今日は疲れた。もう横になって休みたい。

 

 

「それじゃあ、明日だけど、飛倉はなにもしないで」

「何もしないって、ずっとここにいろってことか?」

「そう。こっちは色々と下準備をしておくから、あまり余計なことはしないで欲しい」

「………わかった」

 

 

 問題は明日だ。出来れば気取られないまま用意を済ませたい。でも、今の私ならできそうな気がしていた。

 

 

 

 

 

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