六日目 甲
六日目。
このカウントも一週間という期限が切れた今となってはあまり関係がなくなっている。まあ、どのみち明日には色々と片付くだろうからわたしにとっては初めから意味などなかったのかもしれない。
「――さてと、まずはこいつからかな」
翌朝、低い空の下。私は小屋に飛倉を置いていったまま、昨日の場所に来ていた。墓石のあった場所だ。
昼間の太陽が石碑に刻まれた文字をはっきりとさせていた。
「あまり気乗りはしないけど…、ま、仕方ない」
ここまで担いできた鍬一度地面に下ろして、しっかりと握り直す。大きく振りかぶると、墓の足元付近に振り下ろす。握っていた柄を持ち上げると、土が盛り上がり、より深く掘ることができるようになった。そんなことを何度か繰り返す。
墓泥棒なんてやることになるなんて……、まともだった頃は考えもしなかっただろうな。
しかし、しなくていけないことである。鬼が出るか蛇が出るか。どちらにしても掘ってみなければ出てくることすらできないのだから。
数分後、明らかに今までとは違う感触のものにぶつかった。正直言ってかなり気持ち悪い。触るのもためらうようなやわらかさだと分かるような、そんな感触だった。
生唾を飲み込みながらその何かに被さった土をどけていく。
私が掘り当てたところはどうやら眠っていた人の太もものあたりだったようだ。しかし向きがどうにもおかしい、内股で埋められたにしても無理があるほどだ。
念のため、もう少し広めにとって掘り起こす。すると全部で4本の足、つまりふたり分の死体が見つかった。
やや訝しみながらも足だけでなく上半身の上の土も掘り起こしていく。一人は幼い女の子。そしてもう一人、少し渋みのある男性の亡骸だった。
そして、その傍らには腐敗が進みもう死体ですらなくなったなにか。
腐ってしまったそれもここに埋められていることを考えるとおそらくご遺体。残った骨の大きさからして子供ではないだろう。
「………これはどういうこと?」
問題は男の亡骸の方だ。これは見覚えがある。数日前にあったばかり。特別印象深い何かがあったわけではないが、初めて会った時の表情は今も覚えている。おかげで、どのような顔つきかも覚えていた。
―でも、どうして?これは偶然…じゃないね。みとりが仕向けたには本当に意味があったってことだから。それにしても……。
「まったく同じ顔……?」
「わー、いけないことしてるねえ、おねえちゃん?」
「っ!」
呆然と立ちすくむ私に声をかけたのはみとりだった。こんなところにいるのは私ぐらいのものだと思っていたから、思わず声を上げて驚いてしまった。
その様子がすこし意外だったのかみとりは首をかしげながら、おそるおそる話しかけてきた。
「そんなに驚かなくたっていいじゃない。それとも周りを気にしなくなるぐらい集中してたのかな?」
「・・・・・・何の用?」
「そりゃこっちの台詞だよ、おねえちゃん。おねえちゃんこそ私になにか用があるんじゃないの?」
別にみとりが悪いわけじゃないのだが、なぜだかおちょくられたような気がしてぶっきらぼうに答える。しかし、みとりはそんなことにまったく気にかけず相変わらず同じ調子だった。
……まあ、用があるというか、気になることは確かにある。確かめておきたいことで、見取りがいるならちょうどいいか。
「・・・答えてもらうことがある」
「なに?」
「あんたはいつからあの村ことを知っている?」
「始めから。人々が集まり始め、村長って呼ばれる人が現れ始めてからずーっと」
心音が聞こえた気がする。いつも以上に心臓が早くなっているのが自分でもわかった。なぜそうなったのかは、たぶん、自分でわかろうとはしてなかった。
「――じゃあ、この埋まっていた二人の死体は誰だ?」
「それは女の子の方と?」
「いや、腐っている方と」
「ああ、それらは村でおやっさんって呼ばれていた人と呪いとやらに初めに殺された人だよ」
それでも、点と点はまた線となっていた。
⇔
「……余計なことはあまりしないで欲しいだもんな。するなじゃないしな」
飛倉は今、村の中にいた。
すでに時刻は昼。妹紅が小屋を出て行ってからしばらくして出立して、ここに来ていた。
もちろん、何の目的もなしに来たわけではない。こんな来ただけで奇異な目で見られるような場所に、気兼ねなく散歩に来られるほど俺の神経は図太くない。
昔の記憶を頼りに、村の中を歩く。間違えるとは思っていないもの、もしものこともある。慎重に目的地に近づいていった。
「おやっさんの家はここ……だよな」
「……きたか」
「うわっ!?」
「なにか、話すことがあるんじゃないのか?」
「え、ええ」
「……なら立ち話もなんだ。なかに入りなさい」
「…わかりました。」
おやっさんの家はよく言えば質素、悪く言えば納屋といっても差し支えなさそうなほどのものだった。今までほかの村人のことを気にしたことはなかっただけに意外だった。
ゆっくりと移動し座るように促されるのが焦れったくて、こちらから切り出した。
「知ってたんですか?俺がおやっさんに話があるってこと」
「……いいや、なんとなく、そう思っただけだ」
「じゃあ、俺がこれから聞くこともわかりますか?」
「ああ……。答えはいいえ。お前の妹の行方は知らん。ただ……」
「ただ?」
「どうなったかは知っている」
「どうなったかって……?」
反射的に訊き直す。その時の俺の頭の中は真っ白になっていた。まっすぐな相手の瞳、震えそうになるものの、それが真剣そのものであることは間違えようもなかった。
だから、聞き逃すわけにはいかない。きっと今からいう言葉は確かな真実だから。
おやっさんは疲れた声音で、呟いた。
「それはわかっていて訊いているのか?それとも分かってしまわぬように考えないようにしていただけか?」
「……何が言いたいのかわからないです」
「――死んだよ」
「……え?」
⇔
みとりは相変わらずニコニコしたまま、いつもとまったく同じ調子で答える。それは言っていることと真逆なほどすれ違っていて、恐怖すら覚えるほど不気味だった。
「・・・なら答えろ。どうしてその死体が残っている?呪いの死体は蟲に食い尽くされたんじゃなかったのか?」
「いいや食い尽くされてなんかいないさ。そもそも最初からそんなものはいやしない」
「・・・なら質問を続けさせてもらう。この女は誰だ?」
「飛倉の妹だよ」
「……、なら次で最後」
線が集まり、形を為す。それはできることなら考えたくないようなもので、あまりに救われない人がいる予想図になりつつあった。
その形と異なる答えになることを祈りつつ、みとりに訊ねる。
「あの村に、鬼がいるのか?」
「さあ?本人に聞いてみるといいよ」
「……そ。なら、もう聞くべきことはないよ」
私から言うことはもうなにもない。これ以上みとりから知らなくてはならないことはなくなった。
背中を向けて、ここまで来た山道の入口に立つ。
――だから、これはわたしのわがままだ。
「……ねえ」
「なに?もう訊くことはないんじゃないの?」
「ああ、だからこれは訊くべきことじゃなくて、訊きたいことだよ」
「言葉遊びだねえ……、まあいいよ。なに?」
「このこと・・・、妹のことを飛倉は知っているの?」
「まさか。知らないから、今、あなたのところを尋ねた、村のおじさんのところに行っているんだからね」
一瞬で頭に血が上った。その他人事のように語るみとりに対して沸き立つ理不尽な怒りを、私は抑えることができなかった。
「お前・・・・・・っ!」
「振り返る必要はないよ。わたしのことなんか気にしちゃいけない。それよりもやるべきことがあるでしょ?余計なことは覚えなくていい」
殴りかかろうと振り返ろうとした。しかし、私の全身はなにかに貼り付けられたかのように、それ以上後ろへと動くことはなかった。
理由は分からないが、動かないことには変わらない。口惜しいが、私が間違ってなければ今は急がなければならなかった。
「おぼえてなよ、クソ河童!」
みとりは後で絶対殴り倒す。そう心に決めて、山を駆け下りた。
「・・・大丈夫、村についたらわたしのことは思い出さないから」
⇔
「お前の妹は、とうの昔に死んでいるよ。俺が知っていることはそれだけだ」
「なんで…、どうして!?」
「さて、な。詳しいところはお前も関わりのある人が知っているよ」
ぐるぐると、頭の中でおやっさんの言葉がこだまする。右往左往する単語を、とにかく一度飲み込んで、話し続ける。
大丈夫。俺はまだ大丈夫。
「……村長ですか?」
「……ああ」
「……そうですか」
「村長なら儀式場で下見をしている。行きたいなら行けば良い。俺は止めない。ただし、行くなら生きて帰れると思うなよ」
そのときの声はどこか憐れむようで、同時に憧れているかのような声音だった。それがどうしてわかったのかは、なんとなく理解していたけれど、それをはっきりとさせてしまうと、これから頑張れなくなるほど苦しくなるのは目に見えていた。
おやっさんは立ち上がり、外に出ていこうとする俺の背中に語りかけてきた。
「信じたいものだけを知る。そのように有れることは幸せなことだ。だが、そこに価値などない。故に信じたくないものを知る。本当の価値はそこにあるのかもしれない。しかし、それが幸せなこととは限らない。
よく考えろ。お前の選べる道はもう少ない」
「……それでも、俺は知りたいんです。今ある答えを」
わかってはいたんだ。ずーっと。見て見ぬふりをしてたって、わかっちゃいたんだ。
さて、もうそろそろたたむ準備です。色々と意図して隠したところと力量不足で説明しきれていないところとありますが、頑張らせてもらいます。