不死鳥の紅い髪飾り   作:何某

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夢を見た。

その時、私は幼く背も小さい非力な童女だった。

屋敷の廊下の奥にいる両手を広げた父親の元に向かって無邪気に駆け寄っている。

そこには私を優しく受け入れてくれる暖かさがあるとなんとなく思ったから。

何枚もの障子が並ぶ廊下を通って、私がお父様の腹の辺りに抱き着く。

思ったとおり、少し固くて両腕に余るくらいの体があった。

でも、お父様は私を抱きしめてくれなかった。

その頼もしい両腕も気付けば肩からだらんと力無く下げている。

それに、なぜかとても冷たい。

どうしたのだろうと思って。呼びかけながらゆっくりとお父様の顔へと首を動かした。

 

そこにあったのは血塗れになり、所々皮膚が焼け爛れながらもなお恍惚の表情を浮かべる男の顔があった。

 

思わず息がつまったようなか細い悲鳴を上げる。

その男の目に生気は映っていない。既に目は光を失い、暗い輝きを得ている。

今までその童女が見たことのないような姿の父がそこにいた。

その瞳に宿っていたのは、巣くっていたのは狂気だけだった。

私は慌てて目の前の肉体を突き放そうとした。

でも、お父様は私に突き飛ばされるその前に私を抱きしめて放さなかった。抵抗するも所詮は子供の力だ。大の大人に敵うはずもない。

その冷たく、全身が爛れ始めた身体は次第に紅くどろどろとしたなにかになって私の身体に絡み付いてきた。

周りも気づけば屋敷の中ではない。ただ真っ暗で自らの足場すらわからなくなるような不気味な空間になっていた。

そしてそうなっても、お父様は半ば寄り掛かるようにして私を抱きしめ続けていた。

お父様が私を抱きしめている間、私の視線は瞬きをするたびに高くなったけれど、父さんはずっと私にしがみついてきた。もう子供じゃないのにそれは振り切れなかった。必死にもがくけれど抜け出すことができなかった。

すると、お父様のさらに奥の方からなにやら声が聞こえるようになった。

クスクスと。

クスクスと。

嘲笑うかのような声が聞こえた。

お父様の腕の中でもがく間、ほんの一瞬だけその声の主を見る。

もう私にはない、濡れたように黒く長い髮を持つ美しい女性が見えた。

クスクスと。

クスクスと。

見世物芸を愉しむが如く。

溺れる魚を嘲笑うが如く。

俯きながら笑う女の姿が。

 

 

       ●

 

 

「・・・っ」

目を開けるとそこにはいつもの剥き出しの地面ではなく、湿った畳。視界の上端には加工された木枠が見えた。

どうやら囲炉裏の傍で座ったまま眠り込んでしまったようだ。

頭が痛い。焦点もいまいち定まらない。

眠気覚ましに頭を数回振り、顔を上に上げる。まだややぼんやりとした眼で周りを見回してみた。

右の方を見てみると昨日来た時と同じように布団が積み上げられていた。それ以外は何もなく閑散としている。

目の前のあたりも変わらない。空の囲炉裏に水瓶、あるのはそれくらいのものだ。

左はというと、そこにあったのは台所だけのはずだった。

今日いたのはそれに加え、白い割烹着を着ながら何かを切る男だった。

 

(………疲れてるのかな。)

 

ご丁寧にトントンっという幻聴まで聞こえてくる。

昨日は鬼なんていうとんでもないものとも会ったわけだし、体は大丈夫でも意外に心はまだ疲れているのかもしれない。

じゃなきゃ男の幻覚と幻聴なんてするわけがない、…?

少し引っかかって、もう一度その細い背中を見てみる。そちらはこちらが起きていることにはまだ気がついていないのか振り向く様子はない。

ただその背中にはごく最近見覚えがある。

…昨日のあのユリ畑でだ。

ってことはなんてことはない、あの人は昨日鬼から逃げてる間担いだのは目の前のその人なのだろう。暗がりだったし急いでいたからよく顔は見てなかったが、丘の中央で座り込んでいたあの背中姿と今の背中姿はよく似ている。

そんな風にじーっと見ていたら流石に気がついたのかその人が振り向いてきた。

次に出てくる反応はだいたい読めていた。だから少し俯き気味にしていた私にその人は乱暴に話しかけてきた。

 

 

「よう、拉致監禁魔。お目覚めの気分はいかがですかい?」

「………な、はあ!?」

「だから、他人のことを勝手に担いで寝かした次の日のお目覚めはどうなんだって聞いてんだよくそったれが。それに他人の土手っ腹を思いっ切りぶん殴って気絶させといて最初の会話でその反応ってなんなの?頭大丈夫か?お前」

「いや、何の話、というかあんたこそなんなんだよ!起きて早々に!」

「そりゃこっちのセリフだよ!殴られ気絶され次起きたら見えるのは天井と眠りこける実行犯とふたりっきりだぞ!?お前こそ何がしたかったんだ!」

「何ってそりゃ…、人助けというか人命救助というか…」

「おいおいお前の中での人助けには見知らぬ他人を殴ることまで入ってるのかよ。第一、そういうのをありがた迷惑って言うんだ!誰が助けてくれなんて言ったよ!」

「そんな言い草はないだろ!?実際あんたは殺されかけてたんだ、そんなの見たら真っ当な人ならどうにかしたいって思うに決まってるじゃないか!」

「んだと………っ」

「なんだよ、なんか文句でもあるのか!?」

「あ~………、もうはいはい。わかりました。わかりましたよコンチクショウめ。こうなったら一から説明するからそこで待ってろ」

「………待つって何を?というか説明って?」

「ごちゃごちゃ言うなうるさいな。いいから朝飯ができるまで座ってろ」

 

 

そう言いながら彼はさっきよりも乱雑に料理し始めた。

これが飛倉という失礼で身勝手な男との最初の会話だった。

 

 

       ●

 

 

数十分後、一汁三菜の手の込んだ朝餉は膳に並べられ、それの前には囲炉裏を間に挟み、向かい合うようにした二人が座っていた。

 

 

「いただきます」

 

 

彼はその儀式的な文句だけを言うと、こちらを見ることもなく無言のまますぐにものを口へと運び始める。

朝の対応といい、含みのあるあの言い方といい、まだ納得いかないことは多々あるが、それはあちらとて同じことで、そして今はそれをあちらも同じように我慢しているのだろうから話しかけるのは難しかった。

それに不承不承ながらも私の腹の虫は早く目の前のご飯に食らいつけと急かし続けている。

 

 

「………いただきます」

 

 

手を合わせ、自分にだけ聞こえるような小さな声で言った。

―こうして食べ始めたわけだけど、まあそんな食べるだけの間も時間はしっかりあるわけで。この上なく気まずい思いをしながらも食べ続けるしかないわけで。

嫌な空気のまま互いに箸と口だけを動かす時間をしばらくの間過ごし、黙々と箸を進めていると、唐突にかちゃんという音が前の方から聞こえてきた。

もう食べ終わったのか…。そんなことを思いながら山菜の塩漬けに箸をつける。

 

 

「とりあえず話さなきゃならないことから話してく。回りくどい話になるし聞きたいことが所々出てくるかもしれないが、それはお前が飯を食い終わって、俺が話し終わってからまとめて答える。だからまず食べながらでもいいから黙って聞いてくれ」

 

 

目の前の彼が急に喋り始めたので少しびっくりしたが、特に異存はなかったので私は黙って頷いた。

それを聞いて腑に落ちるならそれでいいと思ったからだ。

 

 

「昔、俺の村ではある病に倒れた人達がいてな。そいつらはどいつも体中に白い斑点ができて、訳のわからないことを言いながら死んでいった。死ぬ数日前までは本当に元気で、亡くなったのは唐突だったそうだ。

当時の村ではそれを呪いだ禍だなんだと言ってたらしいが、死人が出た以上何にしてもまず仏さんを埋める必要がある。力のある若い連中が村はずれの墓地にそれを運んでいた時だった。

全身の斑点からミミズみたいな白い虫が湧き出してきたんだ。

頬、首、胸、腕、腹、腰、腿、膝…。そいつらの体の至るところにあった白斑から皮膚を食い破った幼虫が蠢きながら死体に這っていた。

運んでいた奴らは大慌てでそいつらを地面に寝かせてから急いで村長を呼んで、その状況を見てもらったらしい。とはいえそんなものを単なる農民である村長が見たところでできることなんて何にもなかった」

 

 

情緒もなにもなく、ただ淡々と彼は話し続けていた。私としても気になるのでしっかり聞いていたが

 

(仮にも私はまだ食事中なのになんて話をするんだコイツは…)

 

と、腹の底はかなり穏やかではなかった。しかし、口を挟むなと念を押しされてるし、騒いだところでもう遅い。あまり深く想像しないようにしつつ、イラつくのを抑え込むようにして朝食を食べ続けた。

 

 

「あまりの出来事に村の人々は皆何度も今後どうするかについて話し合った。けれど結論は一度として出なかった。

当然だ。妖怪だとか獣だとかまだわかりやすく形のある脅威が襲って来るならいい。対処の仕方があるにしろ無いにしろ怖がるべきなのはそれだけでいいからな。

だが、この時はまず何に恐れて何に対処すべきか全くわからなかったから村人たちはこれからどうするべきか頭を抱えた。

その間も犠牲者は絶え間なく出続けた。

そんな折だ。村にある女が立ち寄った。

自分のことを祈祷師だと言う彼女に、追い詰められていた村長は藁にもすがる思いでそのことを相談、というか愚痴ったそうだ。外から来た人間ならなにかしら打開策を思いついてくれるかもしれないって考えてな。とはいえ返答なんてさほど期待していなかったが、意外なことにそいつは心当たりがあると言った」

 

 

話に耳を傾けたまま両手を合わせ、膳の上の食器を一つに重ねてから足を崩してまた黙る。

彼はそれを一瞥するもそのまま構わずに続けた。

 

 

「そいつは例の死体を見るなりこれは大地の呪いだと村長に告げた。土地を奉る寄り代たるものがこの近辺には存在せず、また祭事も執り行われなかったことによる神の怒りだと。

だがそんなことを言われたところで村に神に仕えるような人などいなかったし、そのようなための建物なんてものもない。気づいた時にはもうそこは袋小路でどうしようもなかったわけだ。

だからといってそのままというわけにも行かない。

そこで事情を知った彼女は村長にある提案をした」

「『もう起きたものは仕方がない。そんなことよりもこれからのために今為すべきことを為すべきだ。

この怒りを静めるにはこの地に対するあなた達の敬意を示さなければならない。だが今から土地の恵みを奉納したところで事を収めるには役不足だろう。故に怒りの矛先たる人を納めていくべきだ』

…ここまで言えば流石に分かるか?早い話、俺はその供物になる人でそれの儀式のためにあそこにいたわけだ。

まあどこかのだれかさんがそれの儀式を邪魔してくれたわけだが」

「…話はそこで終わり?」

「ああ、聞きたいことがあればどうぞ」

「なぜあんたが供物なの?」

「死んでいった人達は白い斑点が出ていたと言ったよな。それと同じものが毎年村の誰かの体に浮き上がってる。そして浮き上がったそいつがその年の供物だ。んで俺がそれってわけ」

「供物ってのはどうしても捧げなきゃならないの?」

「捧げなければ選ばれたやつの一番身近な人が呪いにかかって死ぬだけだ。死ぬべきだったそいつを差し置いてな」

「浮き上がった人はどうなるの?」

「最後には死んだ奴らと同じ末路を追うだろうよ」

「………」

「もう終わりか?ならさっさと失せろ。こちとらまだ忙しいんだ」

 

 

さて、一通り話を聞いた。事情もわかって、納得はできないが理解はした。もう十分だろう。

朝から怒られた理由も一応分かったし、昨日の一連のことは急だったから仕方ないにしても、今は事情を知っていてもうそうではない。これ以上首を突っ込む理由などもうなくなっていた。

だから、早く。腰を上げろ。背を向けろ。ここを出て、また日に向かって歩けばいいじゃないか。

いつもと同じように、また逃げ出せばいいじゃないか。

生きるのに必死な死んだ人間から。

 

 

「…そうね。死に急いでる阿呆にのんびりする暇なんてない。ましてやそんなのに構うような暇人はきっと今のような世の中ではとてもじゃないが生きてはいないだろうね」

 

 

じゃあもしもここでまた逃げたなら、私の旅はどこまで行けば終わるのだろう。一度逃げたら人は次も逃げる。だとすれば私はいつになったら旅の終わりを迎えられるのだろう

どこまで逃げれば私は許されるのだろう?

いつまで怯えれば私は許されるのだろう?

私はいつまであの日の屍を背負い続ければ許されるのだろう?

―そんなことは考えたくもなかった。

だから私は選ぶ。

 

 

「でも私は死なないで済む人を放っておけるほど悪人でもないんだ」

 

 

贖罪の機会すら与えられなかった日々に垂れてきた蜘蛛の糸を。

逃げてるだけじゃ、私はあいつらと何も変わらないのだから。

 

 

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