あと、投稿ペースをやや落とします。月2~4ぐらいのペースに変えますのでご了承を<(_ _)>
壱日目
日もとっぷり暮れ、足元すら危うくなるほど月が隠れて暗い夜。
おそらく村の人達ならとっくに床についてるような頃合だが、たどり着いた山小屋にはまだぼんやりとした淡い光が点っていた。
「まだ起きてたのか」
「まあね。おかえり…、随分遅かったね?」
「ああ、まあ色々と聴かれてな」
「ふーん…」
「なんだよ?」
「………少し聞きたいことがあるんだ」
「へえ…」
どうでもよさげに、また投げやり気味に装って答える。
今朝俺がいた位置に膝を立てたままそいつは座っていた。
床も敷かずにわざわざこんな時間まで起きて待っていたのにはそれなりの理由があると踏んでいたのだがどうやら当たりだったらしい。
俺も今朝に倣ってちょうど彼女がいたところに腰を下ろして、切り出す。
「聞くだけなら聞く」
「減らず口を…、一つ目。なんであんたは私をあの時連れていなかった?」
「なんだ、数える必要があるくらい何個もあるのか?俺はさっさと寝たいんだが」
「いいから答えなよ」
「へいへい。………必要ないと思ったからだ。次」
「それだけなの?」
「他にないからな。信じるかどうかは、どう受け取るかはお前に任せるが俺は何度聞かれてもそうとしか答えない」
「………二つ目。ここまで時間がかかったっていうここを出た後の内容については話せる?」
「要点だけでいいなら。一字一句詳細になんて言うならごめんだが」
「もちろん要点で構わないよ」
「村に行って、俺がここにいる間での経緯、お前の態度、今後の俺の行動。そんなもんを村長に話してた」
「本当にそれだけ?」
「まあな。そもそも俺がまだ生きてること自体がおかしいわけだし、村長もどう扱うかまだ決められないんだろ」
「そっか、じゃあこれで最後。あんたはこれからどうすんの?」
「………そういえばまだあの返答をしてなかったよな」
「うん」
「お前の提案は普通に考えればかなり魅力的だと思う。分かりやすくて、なにより安易な道だ。それを選べば俺は助かる。簡単な話だ」
「そうだね」
「―――でも、今の答えは否だ。単純に、信用できない」
「………理由付きでどうも。じゃあ私がここにいる理由はもうないね」
彼の返答を聞くとそれだけ言い残して、私はその場から立ち上がった。
思うところがないといえば嘘にはなるが、それは自分にとって都合のいい道具を偶然落として無くしてしまったような、そんな程度のものだ。会って、話して、たかだが数時間だけの男相手自体にそれ以上の感慨など抱きようもない。妹紅のような定住地を持たない放浪者ならなおさらだった。
もう日が落ちてからだいぶ過ぎており、正直言えば今すぐに出るのは避けたい。しかし、一度断られた以上ここで一晩過ごすのは危険が伴うので先を急ぎたいとも思っていた。なぜなら先の儀式を邪魔した私に対してその村の人たちがいい感情を持っているとは考えづらいからだ。
ともするれば、もしも先程まで話していたこの男が実は村の連中とすでに結託しているとすると、最悪の場合、今この瞬間も私を殺す機会をうかがっていてもおかしくないとも考えることすらできてしまう。
もちろんそれだって最悪の想定だし、実際はそんなことはないのかもしれない。けれども、ここに私を引き止めるものがない以上、極力避けられる火の粉なら避けていきたいと思うのが人情というものだろう。死ななくても痛いもんは痛いのだ。
そんなわけで今晩だけは危険を承知で寝ずに移動することすら考えながら土間でわらじを履き直していた時だ。
そんな私の様子を見た彼は珍しく焦った声色で言った。
「待ってくれ!そう早まるな。今は信用できないとはいったがこれからとなれば話は別だろ」
「これからって、どういう意味?」
「1週間だけでいい。ここに居着いて欲しい」
「………ここで一週間仮住まいすることとその信用とやらと何の関係があるの」
「その間にその提案を受けるだけの信用できる人間かどうかを俺が判断したいから。…どうだ?」
「どうだって言われてもねー…、判断って簡単に言うけどさ。具体的に何をするつもり?どうやって判断するっていうの」
「何もしない。ただ俺とここで共同生活をしてもらう」
しばしの沈黙。
背中越しに彼を凝視する。
言葉が頭に入ってこなくて、すぐに返答することができなかった。というか、頭が真っ白。いや、髪色とかの話じゃなくて思考回路とかそこら辺が。
「…あんた自分で何言ってるかわかってる?」
「馬鹿らしいと笑うか?だが、たかだか1週間程度の時間で相手を見極めようとするとなればただ居着いてもらうだけじゃ難しい。毎日猫の皮を被られたら困るからな。けどそういうのを一週間の間四六時中し続けるとなると話は別だ。いつでも、ともなるとかなり辛いからな。そう考えれば一週間もお前という人を判断するには十分な時間になる」
「いや、そういうことじゃなくて…」
「もちろん食べ物等に関しては各自で協力して行うことになるし、生活上必要になる仕事がどちらかに偏るようなことはしない。村からの干渉もほぼ無しだ」
「だめだ、こいつ………。
じゃあさ、もしも私が1週間でも猫を被れるような奴だったらどうすんの?」
「それはそれ。たらればの話なんぞしたところでキリがないし仮にそうだとしてもそこも含めて見たいから問題はない。その上でどうするか決めるしな」
「…私がこれを断ることは考えないの」
「もちろん考えたさ、実際そうしてもらっても構わねない。ただ、あの提案をわざわざお前の方からするってことはお前にそれによる何かしらの利があるんじゃないのか?
それがどんな利なのか俺には想像つかないが、一週間先延ばしされた程度で消える利なのか?」
「利というか、親切心だったというか、うー………、あー………」
妹紅は顔を前に戻して下を向き、顔を隠した。
先方がそこまでわかった上でこの会話をしているとは妹紅自身思っていなかった。もっと浅い理由で動いていると考えていたがそれはとんでもない間違いだったようだ。
彼は想像よりも人の話を聞いてる上に抜けてるところもあるがそれなりに頭が回るらしい。そしてそれらはこの場合においてはこの上なく面倒だった。自分からした提案だが今はそれほど乗り気ではないのも拍車をかけていた。
(でも仕方ないかあ………)
乱暴に髪をかきあげながら私は決断した。
「ああ、もうめんどくさいやつに捕まった…。善意とは言え、なんだってこんなかわいくないやつを助けたんだ私は………」
「ご愁傷様。知ってるか?世の中には後悔先に立たずっていうことわざがあるんだ」
「そりゃよい勉強になりましたぁー…」
「身にしみるだろうな。まあ、了承ってことでいいのか?」
「もうそれでいいよ…」
草鞋を脱ぎ、回収しておいた荷物を玄関脇に下ろしていると彼はすでに布団を敷き始めていた。
自分のは敷き終えたのか反対側の方にもうひとつ分の布団を敷いている。
「わかった。けど、今日はもう遅いから寝よう。お前もいいよな?」
「そこまでやってるのに一々許可取らなくていいよ…。それに私はお前じゃない、妹紅っていう名前がある」
「モコウ、ね…」
「あんたは?」
「飛倉」
「ヒソウ、おやすみ」
「おやすみ…」
しばらく耳を澄ませ、飛倉の寝息が聞こえて初めて人心地着く。
(おかしなことになったなあ…)
もうどうにかなるものじゃないし、成り行きに任せるのが良いだろう。
横になって改めて壁の方を眺める。
囲炉裏の火が消えた室内はとても静かで黒い。
部屋の明かりが消えて、夜が部屋を埋め尽くしている。
久しぶりの布団は前と変わらない、少し冷めた感触だった。
●
翌朝。
飛倉を叩き起して連れ出した妹紅は一昨日入った山とは逆方向…、つまり東側の山を登っていた。
雲は広がっているものの風は湿ってなく、また雲自体もそれほど低くない。おそらく今後一、二時間程度なら山とはいえまず雨の心配はしなくていいだろう。
小屋を出てからすぐの間は飛倉がどこに行くんだとか、何をしに行くんだとか色々と聞いてきたが、無視し続けていたら黙って付いてくるようになった。
木を避け、ガサガサと草をかき分けながら一昨日見つけた目的地を目指す。
(昨日見た感じだとここらへんだと思うんだけどなあ…)
旅の中で培った方向感覚と記憶力を頼りに歩くこと数時間。目算だともうそろそろ着いてもおかしくないのだが、それの影も見えず少々焦り始めていた。
時間を惜しむ必要はないのだから、特段焦る必要はないはずなのだが、なぜか彼女は首筋に流れる汗とは違った意味を持つ背中に流れるそれを止められなかった。
袖口で額を拭い、何かを押し殺すように山を登っていく。
すると目的のそれは唐突に、また簡素に現れた。
「…着いたよ」
「ここぉ…、かぁ…」
だらしなく肩で息する彼を横目に目の前に広がる竹林を眺める。周囲から浮き上がるように出来た竹林には青々と茂った葉が遥か頭上にあり、私たちがいる高さからでは所狭しと伸びる青竹だけが見えた。
山頂で見つけた時もまたこれを目にすることがあるとは思わなかったが、まさか入ることにまでなるとは思っはなかった。
まあ、どちらにしてもここらには少し金銭面に余裕があった貴族がいたというだけのことなのだろう。
その影は今となってはどこにも残っていないようだが。
(藪蚊が面倒だな…、まあ刺されたら焼けばいいか…)
ややげんなりしつつも、どうにか気持ちを立て直し背後に視線を向けてみる。
案の定。膝に手をつき息を整える飛倉の姿があった。農村の民としては随分とひ弱な体力だ。
だからといって休憩を取るような甘さは見せず、座り込もうとする飛倉の背中を一度蹴っ飛ばして竹林の中に入っていった。
●
ずんずんと中に入っていく妹紅を引き止めようと肩に手をかけた。しかし妹紅はそれを素早く振りほどきまた歩き出す。
先程とは違ってだいぶ落ち着いて、目的地にも着いたようなので飛倉は改めて妹紅に尋ねた。
「なあ、ここで何をしようって言うんだ?ここは虫ばっかいて果実も野草も何もないところだぞ」
「えー…っと、タケノコっていう食材探し」
「タケノコ?」
「あの小屋にはもうほとんど何にもなかったから、まずは食料からでしょ。タケノコは土からわずかに頭だけ出してる茶色いやつを選ぶんだ。あんまり出過ぎてる奴は欲張って取らないほうがいいよ」
「まあ確かに食いもんをどうにかしなきゃいけないのはわかったが、出過ぎてるのがダメっていうのはどうしてだ?作物なんてだいたいでかいやつか、色の濃い奴は美味いと思うんだが」
「腐っているのを除けばその通りといえばその通りなんだけど、タケノコに限ってはそれはちょっと違う。まあ、実際に食ってみるのが一番手っ取り早いんだけど、でかいやつは口にした瞬間、こう、吐き出したくなるような痺れる味が広がるんだ」
「へえ、そう言われるとむしろ食べてみたくなるな」
「勝手にしなよ。ただし、採った以上は責任もって丸々一本食べてもらうからね」
「もし俺が食べきれなかったら?」
「無理やり押し込む」
「…さいで」
女の笑顔ほど怖いものはない。経験則でそれを知っていた飛倉は黙って頷くことにした。
人の入っていないこの林では獣もあまりいないのか土は柔らかくふかふかしている。そのタケノコとやらを見つけられれば掘るのはあまり手間にならなそうだ。
歩き回ること数十分。ようやく見つけたそれはつるりとした緑の幹の木の根元にほんのわずかに頭を出す茶色の突起だった。
「なあ、これぐらいがいいのかー?」
「………」
「おーい、もこー。…聴いてるのか?」
「…ん。なに?」
「なに?じゃなくてさあ。だから、これくらいならどうなのって聞いてんだよ」
「あー、まあそれくらいなら大丈夫かなー」
「ホントかよ。まあいいけどさ………」
膝を地面につけて、半円を描くようにして両手で土を掘る。
様子がおかしかったので掘りながらチラチラと妹紅のほうを見るが、妹紅自身がそれに気づく様子はない。
辺りのタケノコを探しているのかとも思ったが、そんなこともなくボーッと宙を見ているだけだ。
どこを見てるわけでもなく、どこを見ていないわけでもない。
ただ声をかけるのも躊躇うような他人を拒む雰囲気が漂ってた。
(でもなあ…、そこからでもどうにか聞けるようにしないとなあ…)
飛倉の目的は儀式の成功。ひいては妹紅の儀式妨害の阻止、あるいはその可能性を潰すことだ。
だからまず妹紅がどうして儀式を止めたのか、それを聞き出す必要があった。もちろんあの「人として当たり前~」なんていう偽善めいた言葉は信じちゃいない。
もっと別なところに理由があるだろう。
(…そもそも聞き出すのを諦めたところで俺には何も関係がないのにねえ)
俺一人で死ぬか、二人で死ぬか。それだけだ。
村長にはもしも間に合わず一週間過ぎてしまったら、というときの条件だったが、そんなの無視していまえばいいのだ。
いっそ妹紅を巻き込んでしまうと割り切ってしまえばこんなことで頭を悩ませる必要はないってこと。
―――だが、もしも二人で死んだとしたらあちら側に行った時に何を言われるか分かったもんじゃない。
死ぬなら一人で死ね。
きっとあいつもそう言うだろうから。
「ホント、理不尽…」