不死鳥の紅い髪飾り   作:何某

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弐日目 乙

1,2年前のこと。

その日も今日みたいな、夏が顔を覗かせてる少し暑い春の終わり頃だった。

ちょうどその日はその時期にしては珍しくよく晴れた日でね。とても気持ちのいい朝だった。日頃は湿っぽかったり、薄暗かったりすることが多かったから、せっかくだと思って近くの沢の岩の上で日向ぼっこしていたんだ。ちょうどこの辺りの岩だった。

それでさ、私は川の音を聞きながら深く寝入るわけでもなくウトウトとしていたわけ。

そんなことを昼過ぎぐらいまでしていたかなあ。

腹の虫も騒ぎ始めたし、もうそろそろ動き出そうかなー、なんて考えて寝返りを打って腕を枕にしたら、打った方と反対側、つまり私の背中の方に何かいる気配がしたんだ。

いまいち目が覚めていなかった私は最初、その子がタヌキかキツネかはたまたウサギか。まあ少なくとも人以外の何かが近づいてきたぐらいにしか思っていなかったんだね。そもそもここらは人がそう簡単に来れるような場所でもなかったから。

なんにしてもそのときは放っておけばその内そいつはどっか行くだろうと思って、放置したんだ。獣がいつまでも何の理由もなしに巣以外で居座ることはそうはない。もちろん、お腹は少し空いていたけれど、さほど焦るほどのもんでもなかった。だからその後ろのやつが消えてから動き出せばいいやと思って次は浅いながらもそのままの姿勢でそれなりに寝始めたのさ。

でも驚いたのはここからで、その後ろの何かっていうのは日も傾いて、空が赤らんでくるぐらいまでいたんだよ。

そりゃ、意識がはっきりし始めて日が傾きだしたことに気がついた時にはさすがに驚いたさ。そんな時間まで背中越しに伝わる気配はずーっと感じられたんだから。自分の感覚を疑ってたくらいだよ。実は勘違いだったんじゃないかなーって。

んで、こうなるといったい何者がいるのか気になる。

いるかいないかはとりあえず後回しにして、もしもいるとしたらその気配の主がどうしてずっと私に張り付いているのか、そしてどうして何もしてこないのか。まあ、大体振り返ってしまえばそれで終わる話なんだけど、どうせ退屈だったからね。あれこれ推察、もとい妄想を広げようとしていたんだ。

そこでかな。ようやくその気配の主が動き出したのは。

確か・・・・・・、そう。「あなたは誰?」だ。

そんな風に私に訊ねてきた。

こちらからかけることはあっても声をかけられるなんてことはないだろうと思っていたからびっくりしたよ。それで、

「相手に訊く前にまず自分から名乗るべきじゃないの?」

って背中を向けたまま返したのさ。

獣じゃないとなるともしかしたら危ないやつかもしれない。探りを少し入れようとしたわけ。素直に答えて動揺したことを悟られるのも嫌だったからね。

そしたらその子はなんて言ったと思う?

「…名前なんてないよ。だから好きなように呼んで」

なんて答えたんだ。

まあ言われてみてばこんな時間までこんな山奥でじーっとしているようなやつだから、私もそいつにもきっと答えられないのも何かしらの事情があると思ったんだ。ごく普通の名乗りをされてもそれはそれで信じられなかっただろうし。

だから切り口を変えてみた。

「ならどこから来た?」

ってね。

声をかけられた時から流浪の身の上だろうと踏んでいたけど、それにしては如何せん声が幼い。近くに他のやつがいるのかとも思ったけどそういうわけでもなさそうだったからさ。

まあ、どこか遠くの場所とか、異国の地だとか。少なくとも具体的な場所は出てこないと思っての質問だったんだ。

「どこからも来てないよ。私はずっとここにいる」

「ずっと?この近くに住んでるってこと?」

「そう。それで、ここで命を落とすんだ」

またも不発。聴きたかった流れ者なのかどうかっていうのは分かったんだけど、元々どこから流れてきたのかっていうのを訊きたかったわけだからこの返答は私の中ではちょっとスレた答えっだたわけ。しかも予想外。

んで、ここまで二回ともどうせ予想した答えと違ったから、どうせそうなるんだったらむしろド直球に予想のついてないところに行ってみようと思ってさ。ワクワクしながら素直に一番疑問に思ったことを訊いたんだ。

「ふうん。じゃああんたは何がしたかったの?」

「え?」

「だからさあ。半日の間ずーっと私を見て何がしたかったの?今更とぼけたりしないで?」

「…さあ?何がしたかったんだろうね」

「はあ!?」

その返答に驚いて、思わず後ろ振り向いて。その今まで話していた相手がちっさな黒髪の女の子だってさらに驚いてさ。

もう勘弁して欲しかったよ。

近くに住む小さな子がわざわざこんな山奥で河童観察だよ?

しかも訳もなく、名乗りもしない。訳がわからなかったよ。

でもね、その子にすっごい興味がわいたのもその時だった。

こんなちっさな子がなんであんな答え方ばっかするんだろうってね。

けど、そんな私なんて気にしないままその子は既に次の行動に出てたんだ。

「今日は帰るね、また今度」

「え、ちょ…」

こうなった間抜けな私は口をだらしなく開けてポカーンってするしかなかったよ。

 

 

 

 

 

―――そんなんだったかなあ…その娘との一番最初。それからはなんとなくここに寄るとその子も大抵前と同じ様にここにいるんだよね。だから少しちょっかいをかけたり、話したり、遊んだりしながらそれなりの間を過ごしたんだ」

「なるほど、じゃあ俺に行方を訪ねたのは近ごろその子の姿が見えないから探してたってのか」

「まあ、そうと言えばそうなんだけど。…実を言えばその子のこと最近まで忘れていたんだよねえ」

「…は?」

「いやー、私の周りでいろいろあってゴタゴタしていてさー。それですっかり失念してたんだー」

「失念してたってお前」

「ああ、でも思い出したからいいじゃん?人違いで思い出すっていうのもちょっと変だけど」

「………まあいいや。なんだかよく知らんがとにかくそれを思い出して聞いてきたわけだな?」

「そ。んで、ここまで聞いてお兄ちゃんはなにか思い出した?」

「喉元の辺りまで出てきているんだが口まで持ち上がってこない」

「お、ってことはなにかしら引っかかるものはあるんだ」

「そういうことだな」

「いいね、じゃあ、もう少し続けてもいい?」

「頷きたいところだけど時間が少し、な」

 

 

太陽は陰りを見せているが、僅かに覗く日の切れ端の位置を鑑みるにもうそろそろ申入りなのが分かった。

山から下りることも考えるともうそろそろ切り上げておかないと家に着く頃にはとっぷり日が暮れていることになる。

今日のところはみとりの話を聴くのをやめた方が無難だろう。

みとりもそんな俺の事情を察したのか特に食い下がることなく引いた。

 

 

「そっか。じゃあまた今度だね。その時はほかの話も出来るようにその子のこと、色々と思い出しておくよ」

「おいおい、俺がまたここに来るなんて一言も言ってないぞ」

「いいや、くるさ。お兄ちゃんはね」

「どうしてだ?」

「勘だよ」

 

 

そういうとにっこり笑って川原の茂みに紛れていった。

みとりの消えていった方を少しの間だけ見やり、その後に釣具一式を適当にまとめながらぼやいた。

 

 

「ほんと、妖怪らしくないな…」

 

 

       ●

 

 

ガタガタと引き戸が砂利を噛む音を聞きながら、中へと入る。

時間は逢魔ヶ刻。半球となった太陽とは対照的に月は空高く上がろうとますます登っていた。

幸いなことに山の沢での見立て通り、どうにか陽が落ち切る前に帰ることができたことにひとまず安堵する。

 

 

「ただいま」

「おかえり」

 

 

妹紅は先に帰ってきていたようだ。

腰につけていた魚籠を土間に下ろし、履物を脱いで家の中に上がる。そこでいつもの無遠慮な声がかかった。

 

 

「あんたは今日何してたの?」

「あんたじゃなくて飛倉だ。何のために名前を教えたと思ってんだよ」

「めんどくさいやつだな…飛倉は何してたんだ?てっきり一日中家にいるもんだと思ってたのに」

「片方だけに仕事が偏るようなことはしたくなかったんでな。一応魚を釣りに行ってた」

「ふーん、成果は?」

「雑魚ばっかだな。そう大物は釣れない」

 

 

ため息混じりにそう答えた。

魚籠の中で跳ねる魚は小ぶりでお世辞にも大物とは言えない。

みとりと話しながらもそれなりに釣ってはいたが数がいても大きさがどうにも心もとなかった。

こいつらだけで夕餉を済ますとなると流石に物寂しさを感じてしまうだろう。

 

 

「別にそれでもいいよ。私の方で勝手にぼたん鍋を作っちゃってたから魚はクシにでも刺して焼けばちょうどいい」

「ぼたん鍋だって?お前イノシシが獲れたのか?」

「お前じゃなくて妹紅」

「…妹紅は、その、イノシシが獲れたのか?冗談だろ?」

「別に冗談でもなんでもない。実際獲れたからこうして仕込みを終わらして煮込もうとしてるんじゃない」

「いや、でも…」

「もうグダグダうっさいな。納得できないって言うんならこれ、分けてあげないけど?」

 

 

ちょうど仕込みを終えた鍋を吊るす妹紅に凄まれる。

もちろんこちらからそれに返す言葉などない。なにせこっちは雑魚数匹のみであちらはイノシシ一頭、しかも鍋の様子を見るとどうやら山菜まで採ってきていたようだ。

正直、食いたい。とーっても食べたい。

だが、ここで素直にそれを認めるというのも癪だ。何が癇に障るかは知らないが、多分男としての矜持が許さなかった。

 

 

「…いらない。誰がお前みたいながさつな女の作った不味そうな鍋が食えるか。そこら辺の野良犬にでも食わせたほうが安全だ」

「あっそう。そういう言い方をするんだ。じゃあそこで指でもくわえながら見てればいいんじゃない?ああ、一応その腰の辺り吊り下がっていたやつには代わりになるものがあったんだっけ。私はそんなあんたのちっさくて随分とみすぼらしいものなんてまっぴらだけど」

「悪い、俺が悪かったから食べさせてくれ」

 

 

やっぱり無理。というかなんだか男としての大事な何かをガリガリと削られた気がした。

そんな俺の様子を見て満足したのか、妹紅は少し嬉しそうな声だった。

 

 

「仕方ないなー、少しだけならあげるよ。だから代わりにその魚たちこっちに寄越して。煮てる間に仕込むから」

「頼む」

 

 

魚籠ごと妹紅に手渡し、俺は家の定位置に座り込む。

妹紅は魚の腸を掻き出し、軽く洗って串を刺すという作業を淡々と繰り返していた。

そうしてしばらくすると鍋からいい匂いも漂い始め、いよいよ食べられるとなった途端、空腹を感じ始めた。なにせ本当に狩ってくるとは思っていなかったのだ。自分の釣り分を数えた時から今日はたいして食べられないと思っていたし、その分我慢するつもりだったが、こうも餌をちらつかされるとそんな覚悟もあっという間に霧散する。

 

 

「暇なら刺すの手伝って。反対側は私がやるから」

「おう」

 

 

妹紅はすでに処理を終えた魚たちを囲炉裏に焼こうとしていた。俺も時々跳ねる火花に気をつけながらパチパチと燃える火の周りを囲むように串を刺していく。

その間に彼女は取り皿と箸を二人分用意していた。

あちらはすでに箸を持ち、後は俺待ちとなっている。俺も急いで箸を手に取った。

 

 

「「いただきます」」

 

 

いそいそと二人は鍋からつつき始めた。

 

 

       ●

 

 

「にしても美味いな。これ」

「これって、鍋のこと?」

「そうそう、というか焼き魚なんて今更美味いとか思う訳無いだろ。小さいし」

「そうかもしれないけど、鍋だって別に具材入れて煮込むだけじゃん。別に美味いも不味いもないでしょ」

「そうか?でも俺が作ったって多分こうはならないし。意外に料理うまいんだな」

「………」

「ん?どうした?」

「…別に」

 

 

飛倉の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったせいか少し面食らった。実際魚は臓物だけとっただけで何もしていないが、鍋の方は下ごしらえも丁寧にしてたし、採ってきた山菜も極力肉に合うものを選んできていた。

しかしそれらは全部自分のためにしたことだ。なのに、飛倉の言葉でちょっと嬉しかった自分にも驚いた。

 

(そう言えば誰かに料理を褒められたことってなかった…)

 

そもそも、誰かに料理を振る舞うこともなかった。

料理は振舞われる立場の方が多かったし、逆に作るような機会もある前に自分もその家から立ち去るからだ。

一人だけの時間の方が圧倒的に多い。誰かといると一緒にいた時間の分だけそれだけで辛くなる。

そんなことを思うと瞬く間にさっきの感情は消えて少し暗い気持ちになった。

 

 

「そういえば、なんでこの時期に鍋なんだ?」

「なんでって、そもそも肉の扱い方なんて煮るか焼くか炙るぐらいしかないし。今回はたまたま煮るだったていうだけでしょ」

「いや、そうじゃなくてだな。なにもこの季節にこんな中から温まるような方法を取らなくても良かったじゃないかと思ってな」

「要するに何が言いたいの」

「暑い」

 

 

胸元を服でパタパタと扇ぎながら飛倉がそう答える。

確かに時期的に考えれば素直に焼いておくのが無難だ。なにも体の芯からあったまるような鍋にする必要はない。というか避けるべきだろう。

だが今日はちょっといつもとは勝手が違っていた。

 

 

「…今日の昼前ぐらいにさ、ちょっとしたことでずぶ濡れにされたから」

 

 

みとりに濡らされた服も家に着いた時にはとっくに乾いていたのだが、肌寒さが体から抜けず、何か温かいものが食べたかったのだ。

だが飛倉はそんな私の事情よりも、そのきっかけの方に楽しそうに食いついてきた。

 

 

「なんだ、ちょっとしたことって?」

「情けないことだから気にしないで」

「別に笑ったりしないから。言ってみろよ」

「嫌だ。誰だって自分の恥なんて晒したくない」

「でも、恥だなんて思ってるのは自分だけで実際大したことなかったりするだろ?とりあえず話してみろよ」

「しつこいな、嫌なものは嫌だって言ってるじゃん!」

「そんなに嫌なのかー…、だからこそ是が非でも知りたいなー…」

「ぶっ殺すぞ!?」

 

 

声を荒げる私を飛倉はクスクスと笑う。

やっぱりコイツは嫌いだ。間違いなく。

 

 




例大祭って怖いですね。(訳:投稿するのも忘れて行ってしまいました、すいませんorz
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