不死鳥の紅い髪飾り   作:何某

7 / 18
参日目 甲

風が吹く。

一面に広がる花弁は揺れて、重なり合い、擦れあって。どこか淋しげな和音で周囲を埋め尽くす。

ここは花畑。

何物にも染まらない白があった場所。

何者にも染まれない白があった場所。

 

 

       ●

 

 

「………ふう」

 

 

それなりに苦労して山肌を登り、がさりと音を立てながら掻き分けた草むらの先にはいつぞやの広場があった。

だが、そこは初めて見た時と違い、所々に桃色が混じったのも見えるがそこは何かが抜け落ちたかのように真っ白だ。

 

 

「なんだか印象違うなあ…」

 

 

今は昼前であり、あの時のような夕日による紅みは当然の如くない。そんなことは百も承知だったのだが、こうして実際に広がる景色を眺めてみると、感じるものは別物だった。

直接広場に入り、花を踏み分けるのを避けるため広場の外側を回るようにして沿って歩く。

この円形の花畑にはその円をちょうど真っ二つにするような道が一本あり、その道の中央にまた花のない地面の楕円がある。本来ならその道の端に着くように山を登っていける道を通っていくのだろうが、生憎、私はこの広場までの道順を教えてもらってなどいない。そのため到着しても広場の入口以外に出てきてしまうのは仕方ないと言えば仕方なく、こうして迂回することになってしまったのは当たり前と言えば当たり前だった。

 

 

「これは…、多分、山由利草かな…?」

 

 

入口まで移動している間、足元の花を流し見てそのように判断する。

その葉の竹の笹のような感じと花の先が黄色っぽくなっていないところ見るとおそらくそうだろう。都の方の山でもしばしば見られた花だ。全体的に白っぽく、所々に桜色が混じる花。

けれどもこれは咲くまでにかなり時間のかかる花だ。自生した山由利草がこれほど見事に群生しているのは見たこともない。

ついでに言うと、ここまで真っ白な山由利草というのもほとんどない。私も見かけたのは一度だけで、かなり希なはずだ。

 

 

「それとも都の方は桜色が強いのが多くてて、こっちの東では白の方が強いのが多いってこと…?」

 

 

花のことも歌の勉強とともにしていたが、もう遠い昔のことだ。どうにも曖昧で判然としない。

昔のことなどそんなことばっかりだ。

 

 

「・・・・・・・・・、どうでもいいからか」

 

 

数分後、広場の入口にたどり着き、中へと入って飛倉の座っていた広場の中央まで歩いていく。

道は一本、花たちはまるで避けるかのようにそこだけ自生せず、地面がむき出しになっていた。

そしてこの道自体はあまり広くない。二人横に並んで歩けば、間違いなくどちらかは花畑に足を突っ込むことになるだろう。

私が歩いてきた方と反対側の道もちょうど同じぐらいの幅だ。踏みならされている道が中央の楕円から広場の外に向けて伸びており、その両側に山由利草が元気に咲いている。

 

 

「ん~…」

 

 

花畑の中央に着いて、ため息にも見た吐息を一つ。そして周囲を見渡す。

思わず立ち眩みすらしそうなほど甘い香りが漂っている。この広場に近づいた時から漂ってはいたが、実際、こうして囲まれてみると余りにも強い香りに頭がくらくらするような感覚に襲われている。おかげでこの前の焼けた匂いなど毛ほども感じられない。

美しいものには棘があるとはよく言われる言葉だが、この香りもきっと見る人の心を奪う美しさに入るのだろう。

なら、美しいものに心を奪われたものはその先にあるどんな棘に触れるのだろうか―――。

 

 

「にしても臭うなあ…」

 

 

・・・風流もへったくれもない。

 

 

       ●

 

 

「…やあ、やっぱり来たね。流石にこんなに早くに来るとは思わなかったけど」

「暇だったから立ち寄ってみただけだ」

「そんな理由だけでこんな山奥まで来るなんてずいぶんと数寄者だねー」

「帰ってもいいか?」

「そんなつもりも無いくせに」

 

 

本当に帰ってやろうか。

岩の上に座るみとりに対して胸中でそんな言葉を呟く。

今朝はいつもよりも遅めに起きた。そして、俺が起きたその時にはもう妹紅は起きて支度を終えており、まさに出かける寸前だった。寝起きでぼんやりした頭のまま聞いていたから会話の内容はよく覚えてないが、散歩に行くみたいなことを言っていた気がする。確か、夜には帰ると言っていたから、それまで俺は手持ち無沙汰だった。

昨日の肉がまだ残っているから食料に関しても大丈夫。一日中寝ていてもいいだろうが、それでは体がなまるしそんなのはもう嫌だ。だから俺は昨日訪れた沢に今日も足を運ぶことにしたのだ。

昨日、俺は雑魚で妹紅がイノシシを獲ってきたというのが正直言ってかなり悔しかった。そのため今日は見返すためにもこの川で特に大きそうな魚を釣ろうと思ってきたのだ。

 

 

「っていうのは建前で本当は私に会いに来たんでしょ?素直じゃないなー」

「…お前は誰の何に反応したんだ?」

「わかってるくせに。だから素直じゃないって言うんだよ」

 

 

まあ、もしかしたらみとりがいるかもしれないと少しでも思ったのは間違いではないのだが。それを口にするのは嫌だった。うんざりしつつも道具を広げ、岩の上に自分の居場所を陣取る。それから、軽く腕を振って竿がしなる。

ひゅっという音を共にその動きを追うかのように弧を描いた浮きは水の流れに乗り川のせせらぎに混じっていった。川底に引っかかっていないことを確かめた後、浮きが岩下に行ってしまわぬように糸を引き、浮きの微調整を繰り返す。

 

 

「ねえ、昨日の続きをしてもいい?」

「勝手にしろよ。それで俺が思い出すとは限らないけどな」

「ん、そう。じゃあ始めるね」

 

 

…本当に身勝手でひねくれたやつだ。

 

 

       ●

 

 

下見と確認を終え、来た時とは別の獣道を通る。

妹紅は鬱陶しい虫や草木とまた格闘しながら前へと進んでいた。しかし、鬱陶しいと思いつつも考えていることは別のことだった。

 

(結局のとこ、あいつは何がしたいんだろうな)

 

あいつとはもちろん飛倉のことである。

信用を試すだとか言ってたけど何もしてこないしなにかしようとする様子もない。本当にただ同じ屋根の下で寝て、必要最低限の会話と 接触を繰り返すだけで4日目。

率直に言って、訳がわからない。そもそも一連の始まり方からして訳がわからないというのもあるが。

だがそれに対してどこか冷めた目で見ている自分がいた。

 

(まあ、そんなことはどうでもいいか)

 

私の偽らざる本音。

飛倉の事情など正直知ったこっちゃない。どうでもいい。

言い方は悪いが、今回の行動など私の自己満足。私がこうして動いているのはそんな思いが始まりだからなんだろう。

あの日、あの時に動けなかった自分を、誰かと決別するためだけに利用しているといってもいい。

ひどい話かも知れない。私は飛倉という人を救いたいと思いながら飛倉という人自身を全く見ていないのだ。もちろんそれを当の本人は知らない。だが私には今更自分を止めることもできないし非難することもできなかった。時間が私の何かを蝕んでいく。やらなければ、もしもこのままならただ汚れ続けて腐っていく。この救命活動などそれを予感したための禊でしかないのだ。救いたいのは飛倉じゃない。妹紅自身。

私はもう違うんだと叫ぶ盾が欲しいだけ。

 

(そうだ…、このままじゃダメなんだ。何が何でも飛倉を救えなきゃ…)

 

言い聞かせるように。刷り込むように反芻する。

何度も、何度も、何度も。

 

 

       ●

 

 

「そうだねえ、じゃあとりあえずその子が楽しそうにしていた時の話からしようかな」

「なんで楽しそうにしていた時からなんだ?」

「だってほら、今日も晴れてるじゃん?珍しくさ」

「まあ…、確かに」

 

 

見上げる空は終わり知らずの青天井。雲すらも見えず気持ちのいい夏といった感じだった。

そんな日は滅多にない。とはいえ大抵午後には曇りか雨かそんなところだろうが。

 

 

「だから晴れてる時に暗くなるような話はわざわざする必要ないでしょ?」

「わかるような、わからないような…」

「それでいいんだよ。理屈なんて重っ苦しいだけさ」

「…というか、それだと俺は悲しそうにしてた時の話が聞けないんじゃないか」

「どうして?」

「流石に雨の日は来ないって言えるぞ?」

「お兄ちゃんはせっかちだねー、別に楽しそうにしてた時の話が終わったらしっかりそういう時の話もしてあげるって」

 

 

いたずらっぽく笑うみとりの姿はとても幼い。河童というからにはきっと俺よりもずっと長生きなんだろうが、そんなことも疑わしく思える。

同時に幼く見える分余計に馬鹿にされた気がした。

 

 

「………いいから早く話せよ」

「そう拗ねないでよー。話すからさ。

初めて会ってから2週間ぐらい後の話かなー。ポツリポツリとその子が唐突に話し始めたんだ。

それまでっていうのがはじめの時からそうだったけど、大体一方的に私からその子になにかしているばっかりで、その子から何かするっていうのがほとんどなかった。だから私は自然と黙ってその子の話に耳を傾けたんだ。

言ってることは支離滅裂であんまり一貫性がないことが多かった。それになんというか独り言?っぽかったよ。それも隠してたけど耐え切れなくて話すような感じだね。

でも、そんな雰囲気なのに楽しそうなんだ、その子。別に笑ってるわけでもなく特段声が上ずっているようにも聞こえなかったけど、確かに楽しそうだったんだよ。

不思議だよね、愚痴みたいな言い方なのに嬉しそうに話すなんて。

それでさ、たまーにだけど言いたことがわかるというか、まあ途切れ途切れだけどなんとなく何が言いたいか察せるような内容を話す時があったんだ。

中身は家の中での事とか、道端でのこととか、そんなこと。

どれも多分他愛のないことだよ。言葉の端を拾って補った私の勝手な予想だから実際は違うのかもしれないけど、聴いてる限りはそうだった。

でね、必ずそういった話の時にはひーくんっていう言葉が出るんだ。何かをするときも、されるときも大体その単語が混じってた。大切な人なんだろうなってすぐにわかったよ。

………お?」

 

 

みとりの話を聴きながら、しなった竿を引く。

それなりに強い引き。雑魚というほど小さくはなさそうだ。

魚の間合いに合わせて、泳がせながら自分の足元の方へと誘導していく。そして、狙ったあたりに来たところでわずかに間を置いて一気に釣り上げた。

 

 

「ん~、なかなかの大きさだね。昨日のよりは間違いなく大きいじゃん」

「ま、そうだな…」

 

 

そう答えながら釣り上げた魚を捕まえ、軽く見た後に結局川へと投げ捨てるように放流する。

千載一遇の好機を手にした魚は勢いよく水中を泳ぎ出し、瞬く間にその魚影を川底へと沈めていってしまった。

 

 

「なんで釣ったのにわざわざ逃がしたの?」

「あの大きさじゃ意味がないんだ。もっと大きくないと」

「それでもあれだけの大きさなら干物にでもすればよかったじゃん。今食べたり使わなかったりしても後での備えになるでしょ?」

「それもそうだけどな…」

 

 

確かに昨日のよりは大きいだろうが、あれじゃ意味がない。欲しいのは魚でも妹紅のイノシシをも凌げるようなやつだ。

それに後にとっておいたところで俺にとってはなんの意味もない。

 

 

       ●

 

 

「さーて、どこから行こうかなー…」

 

 

頭に布を巻いて、所々に立ち並ぶ小屋を見る。

どこにでもありそうな和やかな風景だ。とてもじゃないがあんな慣習のある村には見えない。いや、むしろそうだからなのかもしれないが。

時間帯が時間帯だからか道端にいる人たちはどれも女子供ばかりで男手は老人しかいない。ここにいない男たちは農作業なりなんなりをきっとしているのだろう。

 

 

「とりあえず手当たり次第、話を聞いていくのが一番かな」

 

 

もちろん相手がよそ者相手に話を聞いてくれるのかっていうのはある。訪ねて答えてくれるかも怪しいし、この髪色や瞳はいい印象を与えない。だから髪は布で隠してきたわけだ。正直、暑苦しくて今すぐにでも解いてしまいたいがそうも言ってられない。必要なことだ。

 

 

「まあ、やるだけやってみるか」

 

 

気合を入れ直して飛倉のいた村へと踏み込んでいった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。