不死鳥の紅い髪飾り   作:何某

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参日目 乙

「おにいちゃーん、いつまでこれやってればいいの?」

「あー、もうそろそろいいか・・・」

「腰が・・・、腰が抜ける・・・」

「これだけでそんなことになるわけないだろ」

「んなこと言われたって、慣れてないし。というか初めてだし・・・」

「分かった分かった、じゃあこれで終いな」

 

 

そう言って水中に埋まる石をひっぺがし、それを地面の上に置く。水に濡れて薄黒くなった丸っこい石の表面に所々、固まる目的のやつらがいた。

それをつまむようにして取った後、すぐに今日持ってきたびくとは別の小さな籠にまた放り込む。

川の中をバシャバシャと音を立てながらみとりはこちらに寄ってくるとその小さな籠の中を覗き込んだ。

 

 

「うわあ、気色悪っ。こんなの使うなんて」

「そう言うなよ。俺だってできれば触りたくないし、使いたくない」

「あれ?おにいちゃんって釣りとかよくするんじゃないの?」

「することにはするし、確かにこういった餌集めだってそれなりに慣れてはいるけど、慣れていたって集めたその餌を使いたいかどうかとは別なんだよ」

「ふーん、まあこれを見て喜ぶ変態さんじゃなかっただけ良しとするよ」

「そりゃどーも」

 

 

びくの中には真っ黒く細長いやつらがもぞもぞとうごめいている。数としては10数匹程度。大物を釣る餌としては最高とは言えないもののそれなりの良品と言える種のやつらだった。

予定にはなかったが、源流でみとりの話を聞きながら釣りをしていたら小振りな魚ばかり食いついたせいか昼前に釣り餌が底をついてしまった。まだ、帰るにはあまりに早く、時間はまだまだ余っていたので釣り餌を探しに一旦下流の方へと下りていったのだ。

 

 

「どうする?戻る?」

「戻る。下流に行っても仕方ないからな。これ以上餌はいらないし源流の方に行く」

「はーい」

 

 

捲くり上げた裾を戻し釣り餌の詰まった籠を腰に下げて、揃えて置いた草履を履き直す。

川の水で膝下の辺りまで濡れている。このまま草履を履くのは正直嫌だがみとりの手前、贅沢は行ってられない。今日も暑いから乾くのは速いだろうし、ここは我慢だ。

出来るだけ土踏まずにある気持ち悪さを顔に出さないようにしながら川沿いを登り始める。

トテトテッと後ろから追いついてきたみとりは軽く周囲を見渡して俺に話しかけてきた。

 

 

「お兄ちゃんはさ、大切な人っている?」

「なんだよ、藪から棒に」

「いやさ、あの子の話と関係あるんだけど」

「…いない」

「そっか。その子が楽しそうなときの話はもうしたから次は悲しそうにしてたときの話をするね」

「楽しそうにしてた時の話はたったあれだけで終わりなのか?」

「まさか。もっといっぱいあるよ。むしろあんまりにも多すぎるから、話しきれないんだ。楽しい時だけ話して他は聞いたことがないんじゃお兄ちゃんも思い出しづらいだろうしね。それとも、ひょっとしてもう誰だか分かってる?」

「…いや」

「だよね、だから次はその子のもう少し違う側面を話そうと思ったんだ」

「着くまでどうせ暇だ。聴くだけなら聴いてやるよ」

「ほんと、素直じゃないね」

「うるさい」

 

 

二人は山を登っていく。ゆっくりと、確実に。

 

 

       ●

 

 

「はあー・・・、やっぱりうまくいかないか」

 

 

上を見上げながら溜め込んだもの吐き出していく。

雲の流れが速く、空が高い。こうして椅子に座っているだけのだけの私ではどれほど手を伸ばしても届かないような、そんな錯覚すら覚える程だ。

私は今、間借りしている小屋と村を挟んで反対側の辺りにあるひなびた茶屋にいる。

そして、できればこうして空を眺めながらしばらくは何も考えたくないというのが本音だった。

 

 

「けっこう、嫌なもんだなー・・・」

 

 

ここ数十年、自分から他人に声をかけるということをしていなかったせいか村での聞き込みの結果は散々だった。

もちろんそれはなにも聞き出せなかったということもそうだが、今回はそれ以上に妹紅自身の方がかなり堪えたというのがある。

頭の中で考えたことと、実際にそれを体験することはまるで違ったというだけだ。

何か腫れ物を触るような目、誰かに追立られているような仕草、どこか怯えと嘲笑の混じった声色。

一つ一つの挙動がそんな自分を拒むものに見えてきて、それだけで感じる腹の辺りが糸で締め上げられるような苦しさを久々に味わっていた。

こうした村がよそ者にたいして融和的でないのはよくあることだ。その反応は妹紅自身に原因があるというよりも来る人全てに取られるものだ。

頭では分かってる。でも、体はそういう理屈っぽさだけで出来ちゃいない。

どうしても昔の形になぞらえてしまう。声が震えそうになる。

そして必死にそれを抑えようとして、余計にぎこちなくなって、気味悪がられる。避けられる。

そんなことを繰り返していたら村を出てここまで来てしまった。

 

 

「ほんと、嫌になる…」

 

 

こんなことの繰り返しならいっそ死んでしまおうか。ぜーんぶ終わらせて、自分の中でなかったことにしてしまおうか。ポッと出のそんな思考も今となってはくだらない冗談でしかない。それができれば苦労はしない。

もしも私が死ねるなら、とうの昔に地獄に堕ちてる。

 

 

「ご注文の品です」

「どうも」

 

 

短く事務的な問答。お客と商人の関係なんてそれだけで十分だろうが。

…だめだな。どうにも考え方が下へ下へと向かってる。冷めてるとか、そういうことじゃなくてなんというか前向きじゃない。

頭をブルブルと左右に振り一度後ろ向きな思考を追い出す。

手元の方を見る。頼んだものはお団子だ。何も載っていない普通と言えば普通のもの。

ただ、想像していた団子とはやや違った。団子といえば真っ白な団子が5つ刺さったものを予想していたのだが、この地域ではそうではないらしい。渡されたお皿の上には3本の串が山のようになっており、つるっとした丸い表面の団子は飴色に染まっている。団子自体は5つではなく3つ程で串に刺さっている。数少なくなった分大きさは増しており、損した気分にはあまりならなかった。

兎にも角にも食べてみないことには始まらない。食べ物として出されているのだから食べられないということはないだろうし、食べなかったらバチが当たる。

空を見上げながら片手で持った団子を1つずつのんびりと食べ始める。見た目に反して思ったより不味くない。飲み込んだあとには独特の風味が広がる。でもそれは嫌なものではなく、私も嫌いじゃない。しかし、それが一体何が元になっているかが分からなかった。

 

 

「ねえ、おじさん」

「俺はまだおじさんっていうほどの歳じゃない」

「それじゃ、おにいさん。この団子には何を使ってるの?」

「変なものは使ってないさ。クルミを練りこんでる」

「へえ、クルミを…」

 

 

さらにもう一つ口に含んで咀嚼する。クルミだと言われるとなんとなくそんな気がした。

団子一つ一つが大きい分かなりの食べごたえがある。ひと皿で足りないようならもう一枚頼もうかなとも考えていたが、その必要はなさそうだ。

 

 

「あんたはここらの村の人じゃないだろ」

「…?どうして分かるんだ」

「あいつらは女でもこの時間帯にこんなところには来ないからさ。それに髪が長すぎる」

「髪が長いのがどうして理由になるの?」

「そりゃそこの村で髪の長い女はいないからだ。髪は伸ばさず短く切りそろえる。これが鉄則らしくてな」

「…今は髪を下ろしてないんだけど」

「その布で隠してるつもりなのか?頭に布なんて巻いてる時点ですでに自分で短くないって言ってるようなもんじゃないか」

 

(いや、これは髪の長さを隠してるんじゃないんだけど…、まあいいか)

 

布を巻っぱなしにしといて良かった。なにも自分から勘違いを解いて変な目で見られることもない。

それにこの店主。なにやら色々と知ってそうなのに気兼ねしないで済みそうでもある。これを逃す手はなかった。

妹紅は団子をまた1つ口に含んでから、むき身になった串を皿に置いた。一方、頭の中では何を聞き出すべきかを慎重に吟味していた。

 

 

       ●

 

 

じっとりとした汗が背中を伝う。

川辺は涼しい反面湿気も高く、汗がいつも以上に気持ち悪い。

右手にいる小さいのはそんなことにも構わず相変わらず話し続けていた。

 

 

「悲しそうな時はわかりやすかったかなあ、悲しそうというか、申し訳なさそうというか。楽しそうに話してる中で時々居心地悪そうにしながら、ごめんなさいって言うんだ。相変わらず支離滅裂で途切れ途切れだったから何に対して言ってたのかはわからないけど、苦しそうだった。

その頃にはもうだいぶ慣れてきてたしね。素直に私はその子に聞いてみた。とはいえ、流石にそのまま訊くのは難しそうだったから普段何をしているのとか、そういったことも織り交ぜて尋ねたんだ。私がその子のことについて色々と知ったのはその時が初めてになるかな。でも、結局謝る相手に対しては答えてくれなかった。

実を言うとね、その子はひーくんに対して謝ってるんじゃないかな思ったんだ。そりゃ何度も何度も出てきた名前で聞いてる限りそれぐらいしか思い当たる人物がいなかったから。それでも訊いたのは不安だったからなんだ。なんとなくそれは違うような気がしてたから」

「答えてくれなかったのはお前の訊き方が悪かったんじゃないのか?」

「そういうことではない…と思うよ。多分」

 

 

みとりは俯き足元の小石を蹴りながら答える。もしかしたら聞き出せなかったことを今でも悔やんでいるのかもしれない。だが、それを確かめる勇気は俺にはなかった。

ちょうどその時、元の場所まで戻ってこれた。今朝釣りをしていた場所だ。みとりは川岸の岩から岩へと飛び乗っていき、また朝と同じような位置に座る。

やはりそこらへんは妖怪ということなのだろうか。もちろんそう大きな岩ではないから人でもできない芸当ではないだろうが、みとりの容姿と同じくらいの年齢の事どもができるかと言われたら間違いなく否だった。

みとりはやや消沈した様子で俺を手招く。

 

 

「じゃ、また釣りを始めますか」

「いや、その前にすることがある」

「ん?わざわざ下流で餌を獲ってきたのにまだやることがあるの?」

「腹が空いては戦はできぬってな。まずは飯からだ」

 

 

取り出したのはおにぎりだ。何の変哲のない普通のおにぎり。味付けも何もなく俵型になったおにぎりだ。しかし、朝から何も食べていないともなると、それはとてつもない魅力を放っていた。

みとりはおにぎりを持つ俺を見て半目になる。ひどくつまらなそうだった。

…先ほどのこともある。量は少なくなるが、仕方ない。

 

 

「一応、お前の分もあるけど、どうする」

「さっすがお兄ちゃん!!!もちろん食べるっ!」

「はいはい」

 

 

年相応といえば年相応だし、不相応と言えばそんな感じもする。でも、こんな気遣い方でも喜んでくれるのは正直ありがたかった。

 

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