不死鳥の紅い髪飾り   作:何某

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参日目 丙

「頼まれたものを持ってきました」

「ん、そこに置いておいてもらってもいい?」

「分かりました」

 

 

背後のお茶を直接には受け取らず、私が座る長椅子の上を指差してそのまま団子を愉しむ。

妹紅が先程話しかけた時とは打って変わって丁寧な口調だ。きっと茶屋のお兄さんの中でもお客と接するときにはなにかしらの線引きがあるのかもしれない。

その証拠に、続くお兄さんの口調は気兼ねしていないものだった。

 

 

「お嬢ちゃんもずいぶんとおかしなもの頼むよな。こんな時期に煎れたてのお茶を頼む客なんて普通いないぞ」

「いいじゃん、私がなにを頼んだって。その店で絶対に出せないものでもないんだからさ」

「それもそうなんだけどなあ」

 

 

妹紅は店員の苦笑に取り合わず、のんびりと遠くの方を見ながら、新たに頼んだお茶啜る。冷茶ではない。むしろ、湯呑み越しでも温かみを感じる程の熱いお茶だ。外はもう春と夏の境にある頃、ましてや今日のような快晴ともなれば、、そのようなものを飲むのは奇行とすら言えるだろう。

だが、妹紅にとってはこんな環境で飲み切った後に感じる一抹の清涼感が好きだった。

 

 

「・・・昔は村の連中も、よくウチに寄ってはそんな風にくつろいでくれたもんだったがなあ。昼ごろの農作業の合間とか、夕方の終わった後の帰り道とかにさ」

「へえ、ってことはそれなりに繁盛してたんだ」

「ああ。少なくとも今みたいに明日の飯を心配するような状況じゃなかった」

「・・・なんならもう一皿頼もうか?」

「よしてくれ。同情で食ってもらった団子なんて美味くないだろうし、同情で払ってもらった代金なんて受け取れねえよ」

「そっか・・・」

 

 

持っていた湯呑みを置いて、串に残った最後の一玉を頬張る。

甘い。お茶の渋さが口に残っていたせいか先程よりもさらに甘く感じた。

 

 

「最近はどんな感じなの?」

「もちろん客足がぱったりと途絶えた訳じゃないさ。あんたみたいな流れ者がふらっとウチに寄って行くこともあるし、前ほどじゃないにしろ、村のやつらも稀に来る。でもなあ・・・」

「どうかしたの?」

「・・・どうせあんたはしばらくしたらここを離れるんだろう?良かったら愚痴というか、とにかくちょっと聞いてくれないか?」

 

 

今、二人は向かい合って会話をしているわけじゃないからお兄さんの顔は見えない。店先の椅子に座っている妹紅に対して斜め後ろ辺りにお兄さんがいるからだ。それでも、斜め後ろのあたりから聞こえる声はこの続きがあまり明るくないものであることを如実に主張していた。

自らの汚さを自覚しながら、振り向かずに妹紅は先を促す。

 

 

「私なんかでよければ、いいよ」

「勘違いしないでくれ、なんかじゃない。あんたみたいな流れ者だから話すんだよ。

―――この近くの村の連中はな、いい奴らだったんだよ。俺が店の味ばっかり追い求めて、自分の事すら覚束ない若造だった頃からここを尋ねてくれては面倒見てくれたんだ。俺の親父もそんな村の近くだからここに店を作ったんだってよく言ってた」

「でも、いつからだったかなあ。こんな俺でもどうにかおやじから認められて、この店を任されて、そして俺の親父もおっかさんも大往生して。…しばらくしてから急に村の連中の客足が減った。ぱったりと全く来なくなったんだ。

もしかしたら今年は不作だったのかとか色々と考えた。結論から言えば、そう思い始めてから少なくとも1年以上は村の人は誰も来なかったよ。村の事情もよく分からないまま、ぽつりぽつりと不定期に来る旅人の代金でどうにか過ごす日々。まるで落ちてくる天からの甘露でどうにか食いつなぐような日々だった」

「今、考えれば気になるならいっそのこと実際に村に行けば良かったんだろうけどな。当時の俺はとてもじゃないがそんな考えが出ないくらいに必死で、不安だった。とにかく苦しかった。村の人がどうして来なくなったのか聞きに行けなかったのは、村に行っている間にもしもお客が店に訪れていて、そこで店を閉じていたせいで近いうちに死ぬことになるかもしれないなんていう妄想がどうしても拭えなかったからなんだ」

「…またしばらくして、久しぶりに来た村人は顔なじみだった。村のやつらの中でも特によく来ていた人でさ、他の人達の仕事も代って出来るくらい力持ちでいい人だった。店先にその人がひょっこりと現れたときはなんだか救われたような気がして、俺は馬鹿みたいにはしゃいでその人の胸に飛び込んで抱き着いちゃったよ」

「そしたらさ、その人、痩せこけてた」

「抱きついた時、分かった。昔のあの頼もしい体なんてどこにもないって」

「その時、嫌な予感は当たってたんだなって思った。だけど、口にして確認しないままにはしておけなかった。だから『どうしたんだ、こんなになって。もしかして今年は凶作だったのか?』って。今までずっと溜め込んでいたことを聞いた」

「でも、その人はただ首を小さく横に振るだけでなにも言わなかった。代わりにお金だけだしたんだ。ぴったり六文銭。それで『この金で食えるだけの団子持ってきてくれ』とだけ言ってきた」

「もちろんそんな金で食える量なんて高が知れてるさ。でも、俺は代金なんて無視して茶屋として、そいつにありったけの団子を食わしてやった。また昔のそいつになってくれることを願ってな」

 

「それからそいつは死んだ」

 

「………」

「それを聞いたのはだいぶ後だよ。店に訪れた別の人から聞いた。何気なく様子を訊ねただけだったから聞いたときは呆然とした。さらに詳しい話を聞けたのはそこからまた後の話さ。初めてその人が死んだと聞いてから数ヶ月後、ようやくだ」

「そいつの死んだ経緯を聞いた。それでも納得できないことばかりだった。さっきの髪の長さのこともそうだ。村の連中曰く髪の短い人の方が都合がいいってさ」

「都合がいい?」

「そうだな…、お前さんは神様ってもんを信じるか?」

「…いや」

「そうかい。でも、ここの神様とやらは見えなくても近くにいて、何も答えないけどあの村の連中を色んな形で理不尽に縛り付けてるんだ。人身御供っていう凶器で脅しながらな。髪の長さもその一つだ。髪が短ければ斑紋は出にくいとか、強靭な男、大食らいの男は例の病にかかりにくいとかさ…。さっきの都合がいいっていうのはそういう通説が内々にあって、それを守ることは村人たちが生き続けるのに必要不可欠になってしまってるってことだ。

もちろん不可欠って言ったって、絶対じゃない。そもそもそんな通説だって単なる与太話かも知れない。でも、誰だって出来ることなら死にたくはないんだ。だからどれだけ苦しくなろうと自分の首を絞めて生きられるっていうならいくらでも締め付ける。それの真偽はさておき、な。

…商売柄な、俺だって神様は信じる。それでも俺が知ってる神様ってもんは人をただ痛めつけたり、食い物にするものじゃないって思うんだ。だからそんな人を弄ぶ何かを俺は神様だなんて呼びたくないし、村の人を捧げたところで何かが変わるわけがないとも思った」

「でもな、もしこの地に神様なんていなくて、人を捧げたところで何も変わらなかったとしても、俺には変えようがないんだよ。俺がそう思っていて、納得できなかったとしても」

「当たり前だろ?俺も村の人たちもそんなこと確かめようがないし、もしもやめたことが原因でまた被害が出たら悔やみようがない。

だから俺が一方的に止めることを奨めたってあの村の人たちはやめられないんだ。もうどうしようもなく仕方のないことだから」

「結局、俺はあの気のいい人たちが毎年死んでいくのを見ていても、止めることなんて出来ない。そして去年、今年もまた死んでく」

「考えても見てくれ、自分を慕ってくれた男の子の死にゆく様を、自分の半分の齢の女の子が死んでいった様を。そして村の人ではない俺はそれを人づてにしか確かめられないっていう現状を」

「…今となっては死にそうだったあの頃の方が楽だった気すらするんだ。こんな苦しみもなく自分のことだけに必死になれたと思うから。こんなどうしようもない辛さには気づかないで済んだと思うから」

 

 

そこでお兄さんの言葉は切れた。

なにを言うわけでもなく、ただお茶を啜る。私に何か言えるわけがなかった。時間が経って入れたお茶は少し冷めている。それは先程よりも苦い。そのままにしておいた湯呑の底に溜まっていたお茶は、上辺よりも更に苦かった。加えて言えば、ほんの少し前まで舌先に感じていた甘味がかえって苦味を後押ししているようだ。

 

 

       ●

 

 

「お前は好きにしたらいい。好きに生きれるようになるまでは兄ちゃんがしっかり守ってやるから」

「好きに生きるってどういうこと?」

「やりたいことをやりたいようにやるってことだ」

「でもなんでも好きにやっていいわけじゃないよね?いつでも好きな時にやりたいようにやれるとも限らないし」

「だから、そういう困ったときに俺が助けてやるし、守ってやるってことだ。いつでもな」

「そっか、じゃあ、お兄ちゃん。この病気治して?」

「分かった。じゃあ、お医者様のところに行こう」

「お兄ちゃんが治してよ」

「…それは無理だ」

「困ったら助けてくれるって言ったじゃん」

「助けるさ、ただその代わりをしてもらうんだ」

「そう言ってお兄ちゃんだって消えていなくなるんだ」

「いなくならないよ」

「でも、いないじゃない」

「私の隣にいるのはお兄ちゃんじゃない、知らない人なんだよ?」

 

 

       ●

 

 

「ねえ、起きてるの?」

「・・・・・・・・・ッ」

 

 

肩を叩かれ、跳ね起きる。

首筋が固い。座ったままおかしな態勢でまどろんでいたせいか、寝違えてはいないが、無理に首を動かすとおかしくしそうだった。

筋張った筋肉をほぐそうと、慎重に首へ手を持っていく。気持ち悪く、生温かい感覚がした。

 

 

「全く。思い出すために話を聞きたいって言い出したのはお兄ちゃんの方なのに聴いてる間に寝るっていうのはどういうことなのさ」

「悪い」

「・・・なんか具合でも悪いの?汗、尋常じゃないよ?」

「大丈夫だ、今日はちょっと暑いから、いつもより汗を掻いてるだけだろうから」

「そういうならそれでもいいけどさ・・・」

 

 

濡れた片手で持っていたせいか、今にも抜け落ちてしまいそうな竿をもう一度しっかりと握り直す。全身がずっしりと重かった。背中の汗と水掻きの間の汗も気持ち悪い。これから雨の降りそうな、不安を煽るような少し湿った風も嫌に生暖かくて余計に気分が悪かった。

川に浮かぶうきを見て、念のためもう一度餌を確認したところやはり既に無くなっていた。川の流れで餌が外れてしまったのか、それとも知らぬ間に食われたのかはもう分からない。

分かっているのは今日も大物は釣れなかったということだけだ。

 

 

「どうするの、もうそろそろ帰らなきゃいけない時間だと思うんだけど」

「そうだな・・・、今日はもう帰るよ」

「分かった。私も今日のところは切り上げるとするよ。でも、まだ思い出せないの?」

「悪い」

「なんだかさっきから謝ってばかりだね、お兄ちゃん。別に私が焦る様なことじゃないからいいんだけどさあ。でも、お兄ちゃんもしっかりしてよ?」

「・・・おう、じゃあな」

「またね」

 

 

木々の隙間から注いでいた木漏れ日は気付けば消え、遠くの方で朱色と橙色の影を伸ばしている。

急いでも夜道は避けられなさそうだ。ある程度の危険は覚悟しておいたほうがいいだろう。

暗がりが広がる足元を特に気にしながら、川沿いを歩いていった。

 

 

       ●

 

 

その日の夜は静かだった。

帰ってきたただ時、既に妹紅はいたが、俺に何か言うわけでもなく、囲炉裏の側で座ったまま近くの窓の外を見ていた。

話しかけようかとも思ったが、話しかけたところで今は会話が続くとも思えなかった。

夕食もそこそこに済ませ、それぞれ別々の床に入る。

どちらも話さないし、どちらもあまり動かない。

不思議といえば不思議な状態だった。

だが、二人共とてもじゃないが口を開くような気分ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お陰様でまだ8話という少ない話数にも関わらず、通算UAが1000を突破したようです。ありがとうございます。
これからもそれなりのペースでのっそりと更新していくのでよろしくお願いします。
(※ちなみに突破したからと言ってこれからなにかする予定は今のところないです。あしからず)
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