「あらゆる人間は個ではなく、集団であることを望む、であるからして...」
澄み渡った空気の新鮮な丘の上にある建物の中で、私はなんとなく聞いていた講義のさなか、居眠りをかましている隣の学生になんの感情も感じることなく自分の手元にあるノートに淡々と要点を書き写していた。
講義室はそこまで立派なものというわけでなく、しかし高校の教室に比べればかなり精錬された学習施設といった感じだった。
約100人ほどの座席が半円状に並べられ、階段のように一つ前の席よりも段が高くなっており、前の人の頭が邪魔になることもなく教授の姿とホワイトボードを見ることができる。
講義内容は人間関係論。
私が所属している心理学科の専門科の一つだ。
大学に進学しようと決めたのも、全てあの事件がきっかけとなった。自分の心の問題を抱えて生きていく覚悟と言えば聞こえがいいかもしれないが、内心自分の意思とは関係なく動く身体の事についてもはっきりと理解出来ていないと本当に克服出来たとは言えないと思ったから、と言う安直な考えと言えばそうである。
つまるところ、自分の病状に興味が湧いたのだ。
その為の勉強をする為、私はこの大学に通っている。
他にも様々な学部・学科があるのだけれど私にあった学部はここしかない。
さらに言うなればこの講義室はこの大学でも小さな教室の一つだ。様々な学部が存在する大学と言うことでそれなりな面積を誇っているが、心理学科の生徒数はそこまでいないと言うこともあって今回の講義も半分くらいの席が空席となっている。
しかし私としてはこのどこか広々としていて心地よく何より静かで勉強しやすいこの講義室でのこの講義の雰囲気が気に入っている。
私としては最高の時間と言いたいところだけど...
教授がこちらに向かって歩いてくる。
当然と言えば当然だが、こちらからなんの隔たりもなく教授が見えるなら、それは逆も然りで教授からは全生徒の行動が全て見えているはずである。
「...橋川、あとで研究室に来なさい」
ガバッと私の隣の生徒が覚醒する。
橋川「...えっ!!」
橋川「あっ、どうも...」
罰の悪そうにも眠そうにも見えるその顔を教授の冷ややかな眼差しから背けるようにこちらに向けた。
「さて、今日の講義は終了だ」
階段からホワイトボードに戻りつつそういった教授の声とともに待ってましたと終業を告げるベルがスピーカーから溢れ出す。
橋川「詩乃ちゃん!なんで起こしてくれないの?」
詩乃「なんで私が起こさないといけないのよ?」
橋川「だって隣の席じゃんかぁ」
詩乃「あなたが毎回私の隣に座るだけ。席順が決まってるわけじゃないし」
そう言いながら鞄に講義で使ったノートなどの荷物をいれていく。
橋川「同じサークルにも入ってんだから別にいいじゃんか〜」
詩乃「はいはい、どちらにしても居眠りをするあなたがわるいんじゃない?」
橋川「ほいつはそうだけど〜」
あくびしながら話す茶髪の彼に心底呆れながら荷物をしまい終えた私は立ち上がりながら言った。
詩乃「じゃあ、私は直葉ちゃんたちとお昼たべる約束してるからあなたとはこれで」
すると飛びつくように寝ぼけ顔だった顔を笑顔にかえてこちらを見てくる。
橋川「えっまじ!?なんでそれを早く言わないのさ!」
詩乃「...どうして?」
橋川「俺も行くからに決まってんじゃんか!」
詩乃「...あなたは教授に呼ばれてたんじゃなかった?」
橋川「あっ......」
絶望感に溢れる顔を披露してくれた彼に軽く同情しつつ、そんな彼を尻目に私は大学にあるテラスへと向かっていった。
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晴れ晴れとした気持ちのいい天候の中、光を浴びた木々たちがまるで安らぎの寝音を立てるように優しく揺れ、心地よい風のカーテンを程よくたなびかせこちらへふわりと流れてくる。
そんな緑の風景と風を感じつつ、所々に木製の丸いテーブルや可愛らしいイスがいいバランスで置かれている中庭のテラスで、待ち合わせの人たちを探す。
詩乃(...にしても、ほんといい天気ね)
探している間にふと上を見上げると遥か上空からの光たちは、このまま夢の世界まで連れていかんと私を含むここから見える全てに優しく降り注いでいる。
思わず目を閉じ大きく伸びをして、ゆっくりと出来るだけたくさんの空気を吸い込んだ。
新鮮な空気が体の中に浸透していくような感覚があり、それははき出すのをためらうくらい心地の良い気分と若干の眠気を引き出されることになったが、それですら気持ちよく感じるくらい今日の気候は最高のものだった。
「あっ!詩乃さんこっちです!」
後ろから目的の人物の声が聞こえ、吸い込んでいた空気をフゥーと吐き出すと声がした方向を向き目的のテーブルまで歩みを進めた。
詩乃「こんにちわ、直葉ちゃん。待たせちゃってごめんね」
直葉「いえいえっ!とんでもない!あたしもさっき来たところなんでっ、」
私はふと彼女の座っている席をみた。
詩乃(...その席はこのテラスで一番人気の席のはずだけど)
詩乃(周りの人数から見るに30分ってとこね...)
詩乃「そう?席取りありがとう」
直葉「いえいえ、これも後輩の役目ですから〜」
詩乃「あなたほんと出来た子ね、」
直葉「えっ?そんなことないですよっ...お、お兄ちゃん遅いですね」
咄嗟に若干赤くなった頬を隠すように目を逸らしながら話を変えたその姿から彼女の良いオーラがふわりと流れて消えていく。
詩乃(...どっかの誰かさんが惚れるわけね...)
直葉「......詩乃さん?」
詩乃「あっ、ごめんごめん、えーと、なんだっけ」
直葉「お兄ちゃん遅いですねって」
詩乃「そうね」
詩乃「あいつのことだからどうせまた研究室で、今いいところだから、とかやってるんじゃない?」
直葉「なるほど...」
詩乃「そういう人でしょ?あなたのお兄さん?」
直葉「うぐっ、なにも言えないです...」
詩乃「あんな研究バカはほっといて先に始めちゃいましょ」
直葉「...でも」
持参したお弁当をテーブルの上へ置いた私は促す様に彼女の行動を待つ。そこに...
「き〜〜り〜〜が〜〜や〜〜!!!」
直葉「えっ!?」
驚いた彼女とともに声のする方向をみてみると中庭に面している建物の3階の部屋の窓から満面の笑みでこちらに手を振っている何者かの姿を確認することが出来た。
詩乃(...バカね)
直葉「あ、あれって橋川センパイ?」
詩乃「...そのようね」
向けられた笑みとは裏腹に恥ずかしさの極みがここにはあった。周りからの視線や話し声が先程までの心地の良い雰囲気を一気に払拭していった。
直葉「...っ!あの人ってなんでいつもあんななんですか!?」
詩乃「さぁ?なんでかしらね?」
直葉「詩乃さんっ!なんとかしてくださいっ」
詩乃「私にはなんもできないかな、」
直葉「撃って!誰かあの人を撃って!!」
詩乃「...200mくらいね」
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新「はいはいどうもこんにちわ!」
直葉「...っ...こんにちわセンパイ」
どういうわけか教授の拘束能力もこの男に対してはあまり意味がなかった、というか無理やり抜けてきたのだろうか、よくわからないのだけれど私は考えるのをやめた。
その男は私たちの座っていたテーブルの4つあるうちの1つのイスをクルッと回し、背もたれに抱きつく形でイスに座った。
新「いやいや、詩乃ちゃんが桐ヶ谷とご飯食べるっていったからおれも一緒にいいかなって思って」
直葉「別にいいですけどね...」
新「じゃあ遠慮なくご一緒させてもらおうかな!」
サンドイッチ、焼きそばパン、フライドチキン、コーラをテーブルの上に置いて行く。
詩乃「そんなものばっか食べてるといつか身体壊すわよ」
直葉「そうですよ!もっとちゃんとバランスを考えて食事しないとダメって講義でやりましたよ」
そういう彼女の顔は、まさしく子供を叱る母親の様な厳しさと哀愁が漂っていた。しかし、男はあまり気にしていない様子で続ける。
新「そういえば桐ヶ谷はスポーツ健康化学科っだったっけ?」
直葉「そうですよ、だからセンパイはもっと健康に気を使うべきです」
新「まぁ桐ヶ谷が言うならそうなんだろうな」
真面目に話す彼女を横目に持ってきたコーラを飲み、爽快感を味わう彼に彼女はこちらへ注目を向けようと続けた。
直葉「詩乃さんを見習ってくださいよ、彩りまで最高のお弁当じゃないですか」
詩乃「まぁ私だってたまにコンビニで済ますからあまり変わらないわ」
直葉「いえ!全然違います!コンビニばっかで済ましてるとあんな目立つとこからいきなり叫ぶような、よくわかんない人になるんですよ!」
新「おいおい!どういうことだ、桐ヶ谷!」
直葉「センパイは早くその焼きそばパンでも食べて、むせてればいいんですよ」
新「な、なんだと〜!コンビニパンなめんなよ〜!」
直葉「パンは舐めてませんよ!美味しいですし!」
新「ちょ、お前そっちの方が問題だろ!」
2人の会話が少し熱くなって来たところで私は諭す様に言った。
詩乃「はいはい、その辺にしとかないと2人ともよくわかんない人よ」
新・直葉「......っ」
私の発言後もどこか悔しそうな表情の2人は、お互いの熱が冷めやらぬ状況にどこか不満な様子だった。その熱くなった状況の矛先を変えるため私は話題を変えて2人に向かって話しかける。
詩乃「そんなにコンビニばっかはよくないって言うのなら...直葉ちゃん、今度こいつに作ってきてあげたら?...お弁当」
直葉「...っ!ちょっと!なにいってるんですか?」
驚いた彼女の横で、新がこちらに目配せしてくるのを見るにこれはいい助け舟を出すことに成功したのだと私は感じた。
新(ナイスだ!詩乃ちゃん!)
詩乃(全く...あなたたちいつも言い合いみたいなのしてるから)
詩乃(好きならもっとハッキリしなさいよ)
新(いやぁ、いざってなると恥ずかしくて...ほんと詩乃ちゃんに相談してよかったぜ!)
おそらく目配せの中にこのようなやりとりがあったのだろう。
あとはうまくやりなさいよ、と私は緩く微笑み、心の中で彼の背中を押してあげた。すると...
新「...ふふっ、自分では大きな口を叩いておいて実はお弁当もろくに作れなかったりするんだろう?」
詩乃(...こいつ)
直葉「んーっ!?今のは聞き捨てならないですよ!センパイ!」
ストローでジュースを飲みながらムッとした顔の彼女はその不満の矛先を彼に向けた。
新「だったらとびきり美味しくてバランスが取れたやつを作ってきてくれ」
直葉「いいですよ!わかりました!!来週は覚えといてくださいね!!!」
詩乃(...やれやれ)
このあと講義のために直葉ちゃんは別館にいき、私たちは一足先にサークルの部室の方に向かった。
詩乃「そういえば教授に呼び出されてなかった?」
新「ああ、あれ?大したことじゃなかったよ」
頭の後ろで腕を組みながら横を歩く彼は余裕の表情で答えた。
新「教授、GGO始めたって」
詩乃「...あの人ほんとにゲーム好きになったわね」
新「怒られるかと思って覚悟してたんだけどさ、いきなりステ振りがどうとかの話になって」
詩乃「こんなサークルの顧問なんてしてたら、仕方ないのかもね」
新「まぁ向こうで殺さないように注意しとかないと下手したら単位が飛ぶ」
詩乃「んふふ、それは気をつけないとね」
2人で談笑しながら渡り廊下を歩いたり、途中で無理矢理奢ってくれたミルクティーの甘さを感じたりしながら、私たちの共通点であるところのゲームサークルの部室がある建物の中に入っていくのであった。
次はGGO内の話です。