「なんだと!?てめぇ!!」
「...ひどく低脳で大きな声を出すことしか出来ないゴミクズと言ったんだが?」
目の前にいる近接戦闘タイプの2人の男たちによって繰り広げられている光景に、私は平静を装うも若干の緊張を隠しきれなかった。しかし、それを悟られまいと気をしっかり持ち、その場の状況をただただ見守った。
〜2時間ほど前〜
新「...なっ!?へカートをドロップ!?」
マーケットに向かって走っている私は、横を勝手に走っている先ほど偶然にも同じ道にいたであろう彼にそう言われた。
彼の横を立ち止まることなく通り過ぎたはずだが、彼は走って私の後を追いかけてきたのだった。
新「誰にやられたんだ!?」
シノン「...ごめん、今は説明してる余裕ない。」
マーケットに向かう途中、彼は今の状況を知るため私にいくつか聞きたいことがあったようだが、私の心中を察したのかしつこく聞いてくることはなかった。本来ならば、とても気の利いたありがたいことなのだが、それを感じ取ることが出来ないほど、私は必死だった。
ネオンの灯りがまるで残像を残したように私たちの横を流線となって流れていき、大通りを走り抜けた私達は、やっとの思いでマーケットにたどり着いた。
新「なるほど!オークションか!」
シノン「ええ、クレジット目当てならドロップ品はほとんどの場合ここに集まるはず」
シノン「...なんだけど...」
どこに向かって走っていたのか気がついた彼は合点がいった素振りで私の横を歩いていた。同時に私は何かがおかしいような違和感を感じている自分に気がついたが、それがなんなのか今の自分では気が付くことができなかった。
マーケットの中は往々にしてひと気が多いが、今回もそれと同じく活気に満ち溢れていた。スキル解除によりプレイヤーが独自の流通経路を持つ武器屋を営むこともあり、そちらに売却する場合もあるが、余程の知り合いでもない限り、大抵はこのオークションにドロップ品などが流れてくる。
新「でも、へカートなんてこの世界にそう何丁もある銃じゃないだろ?」
彼女が店内にある端末を操作している中、彼は最新の銃やナイフの映像が流れている大画面モニタを見ながら質問した。様々な魅力的な映像をみて少し心が踊ったが、状況を思い出し自分を律した。
シノン「ええ、そうよ...でもだからこそ最近の出品があればそれが私のへカート」
システム的にドロップした時点でオークションにかけることも可能であり、あの黒服がすぐに出品している可能性も充分にあった。
シノン「そもそもこのゲームで
シノン「...っ!!」
端末を操作していた彼女の手が止まる。
新「どうした!?見つかったか!?」
シノン「...いや、違うけど」
新「なんだってんだ!?」
横から覗き込んだ彼らの目に映っていたのは「PGM へカート Ⅱ」の現在の価格だった。
新「...に、2500万クレジット!?」
新「これって現実のお金で25万って事?」
日本では、このゲーム内の通貨100クレジットが現実の通貨1円相当で交換ができるシステムとなっている為、途方もない価格に仰天する彼を尻目に彼女は操作を続ける。
シノン「出品日はかなり前のようね...少なくともこの時はまだ私が使ってるはずだから別の銃と言うことね」
新「でもさ、シノンのへカートが売りに出されたらこんな値段になるってことだろ...?」
シノン「...そうね、色々いじってあるし、もしかしたらそれ以上かも」
新「これは直接取り返した方が良さそうだな...」
大学生である彼らにとって25万と言う数字はとてもじゃないが手が出せない位置の値段であった。
新「ところで誰にやられたんだ?」
店を後にして色鮮やかなの照明の世界が再び目の前へと広がると、大通りということもあり、通り過ぎる車両の音が私達を迎え入れてくれたが、その音にかき消されずとも大きすぎない声色で彼が私に尋ねた。
シノン「見たことないサングラスの黒服。私と同じ
新「えっ?」
シノン「なに?まさか知ってるの!?」
新「いや、そうじゃなくて...キルログは見た?」
シノン「...っ!!」
彼女が感じていた違和感の正体がやっと判明した。
なぜ今まで気がつかなかったのだろうか。プレイヤーは自分が倒したプレイヤー、または倒されたプレイヤーの名前をログで確認することができる。今回も同様、彼女はスナイパーに撃ち抜かれこの街へ転送されてきた。そのプレイヤーの名前が表示されて然るべきである。
確かにドロップが発覚してから一目散にここまで来てしまった為、冷静に考える暇がなかったといえばなかった。とはいえという疑問に抱きつつ、彼女はもう一度ログを確認する為、促されるかのようにメニューを操作し、あまり見たくない「You dropped PGM Hécate Ⅱ」の表示のすぐ上を見た。
しかしそこには違和感の真の姿があった。
シノン「...そんなことってっ...」
そこには自分を倒したはずのプレイヤーの名前どころか、「You dead」の文字すらなかったのである。
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シノン「...どういうことよ...これ...?」
シノン(...私はキルされて...いない?)
シノン(いや、そんなはずはない!確かに転送されてきたしそれに...)
ログの表示上の見たくない現実を目の隅で確認する。
シノン(...オークションにも出ていないし...)
シノン(...これだと取り返そうにも...相手が誰なのかも...わからない...じゃない...)
シノン(私のへカートは...もう...)
一度は持ち直し冷静になりかけていた彼女だったが、目の当たりにした事実を前に、とうとう目が潤みかける。
シノン(また...私は...自分の弱さに勝てないの...?)
シノン(やっぱり私は...弱い......)
一輪の花から花びらが落ちる様に、一枚一枚何かが剥がれ落ちていくのを心で感じながら、暗く灯りのない思考の渦へと彼女は落ちて行こうとしていた。
その時、
バイクのスロットルを思い切り回したかの様な爆音が、目の前のバギーから聞こえて彼女は驚いて目を丸くした。
新「シノン、乗れよ」
シノン「......えっ?でも...」
新「いいからっ!」
バギーに跨りながら手を差し出した彼は、そういって私の手を引き、ほとんど無理やりバギーに乗せるともう一度エンジンを吹かした。
新「しっかりつかまってろよっ!」
バギーは前輪を若干浮かせながら思い切り発進し、夜の街をかなりのスピードで疾走する。
先程まで感傷に浸っていた彼女だがあまりの状況変化に頭がついていけずに、ただただスピードと風を爽快に感じ、振り落とされない様にしっかりとつかまっていることしか出来なかった。
シノン「ちょっと!?どういうつもり!?」
彼の行動が理解出来ずに尋ねた。
新「それはお前だろ!!」
シノン「...っ!!」
新「...俺をシカトするくらい必死に探した自分の銃を諦めようとしただろ」
シノン「それは...」
新「俺はマーケットで新しいナイフに惹かれた」
新「でもシノンは店の中でそんなの見向きもしないで自分の銃だけを見てた」
シノン「......」
新「かっこいいじゃねえか!!」
シノン「...えっ?」
新「自分の使ってた武器を絶対取り返すって気持ち自体めっちゃかっこいいじゃん!」
新「すげーいいと思うぜ!その気持ち!」
一瞬不意を付かれすぎて困惑したが、あまりに的外れな彼の言葉に私は思わず笑ってしまった。
シノン「あははっ、あなたって、本当バカね!」
スピードがメーターギリギリの最高速間近になり風の音を体中で感じながら私はすっきりした気持ちでそう言い放った。
新「えー!?なんだって!?」
シノン「ふふっ、なんでもないわ!」
シノン(悩んでた自分がバカみたい)
まるで、あなたといると調子が狂うわと言いたげな彼女の表情は先程までの彼女とはまるで別人の様に自信に満ち溢れていた。これからやるべきことを晴れ晴れと示してくれた彼に感謝しつつ自分の決意を今ここに明確なものとした。
シノン「ぜったい取り返すんだからっ!!」
新(...元気...出たみたいだな)
騒然と風を切る2人はまるで世界で一番輝くネオン管の様に光の流線を作り駆け抜けていった。
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新「ここか...着いたぞ」
シノン「変な場所ね...」
バギーから降りながらそう言葉を交わす私達がいるのは、情報量と人の出入りが一番多い噂される西のフィールド上にある酒場「
西部劇にも出てきそうな荒れ果てた荒野に佇む木材で作られたこの店では、街にいる情報屋では到底知り得ない情報などが数多く行き交うこともあり、今回のスナイパーの情報を得るにはこれ以上ない場所であった。
もちろんフィールド上ということもあって戦闘することも可能になっている為、プレイヤー同士が非常に緊迫した空気を放っていることでも有名。まさにその店の目の前である。
新「初めて来たけど、いかにもって感じの店だな」
シノン「そうね...こんなフィールドの真ん中にあるなんて」
街を出てからここに来る途中で私はやっと冷静さを取り戻すことができた。色々思考する中で今回の件についての最大の目標は「PGM へカートⅡ」の奪還。それを可能にするにあたって一番欲しい情報は、私を撃って奪っていったあのサングラスの黒服の情報だった。
キルログを残さずに私を倒した謎の男の正体を知るべく噂に聞いた店までやって来たというわけだ。
新「ここならそいつの情報があってもなんらおかしくなさそうだ」
シノン「...何がどうなってるのか、はっきりさせないと」
新「キルログにのらない狙撃か?」
新「けどさ、実質シノンを撃ち取るほどの凄腕スナイパーならかなり有名なはずなんだけどな」
シノン「でも、本当にあんな奴見たことなかったわよ」
新「あの武器屋の子ならなんかしら知ってたかもな」
シノン「リズの店が留守だったし仕方ないでしょ」
普段、なにか情報が必要になった時は友人であるリズベットの店を利用するのだが、メッセージを飛ばして彼女の店まで出向いたが留守だった。流石に今の時間を考えるとゲームにインしていなくてもなんら問題はない時間ではある。
シノン「そういえば...あなたもう1時を回ったけど、時間大丈夫なの?」
シノン「送ってもらっておいてなんだけど...」
新「はっ、ここまで付き合わせておいて何を今更言ってんだよ」
シノン「ここまで送ってくれただけでも充分よ...」
新「おいおい、何言ってんだよ」
新「だいたいシノンは今メインアームがサブ武器だし、そんなんで狙われたら、たまったもんじゃないだろ?」
新「シノンが困ってたら放っておけないしな」
シノン「...」
シノン「...そう...ありがと...」
新「えっ?...まぁ」
その瞬間、破裂音と共に店のドアが吹き飛びショットガンで撃たれたであろうプレイヤーが目の前に転がってきて飛散していった。
新「...どうやら...とんでもねぇ場所に来ちまったみたいだなっ」
シノン「...そのようね」
隣にいる男は鼻先を押さえつつ軽やかに笑った。その緊張感と少しの高揚感が直に伝わった私は、自分の中の微妙な感情を取り払い気を引き締め直すため、一度息をついてから、彼とともにまるで獲物を飲み込もうとしている化物の口のように大きく空いた穴をくぐり抜け、薄暗い店の中に入っていった。
続く。