「...やはりこちらからでは無理かもな」
「でもそれだとあいつの思う壺なんじゃ?」
「そうなんだが、それしか方法は無さそうだ」
「...君がそう言うなら...しかし...」
「無理にとは言わない。危険なのは間違えようのない事実だ」
「いやいや、ここで降りると思うかい?」
「...降りるとは思ってないが、俺の意見に強制力はない」
「本当に君は愛想のない人だね」
「おまえに言われたくはない」
「どっちにしろそれしかなさそうだね!」
「乗ったよ!相棒!」
「...ああ、感謝する。」
〜〜〜
〜〜
聞きなれた電子音が部屋の中にこだまするのは、寝る前の私が明日の自分へ残した保険という名のメッセージだ。
寝ぼけ眼でその音を感じ取ると、朝7時という時間にまだ覚醒していない身体で若干の憤りなどを感じながら音の発生源たるものに向かって手を伸ばした。
今日は土曜日。私にとっては重要な日となるかもしれない約束がある日付である。
重い身体をなんとか操って起き上がった私は少し早すぎたかなと感じつつも、いつも通り眼鏡を手に取った。そして、ゆるやかな部屋着に身を包んだその身体でゆっくりと窓に向かい、かかった綺麗なカーテンを静かに開けた。
詩乃「雨...か」
ワンルームの窓の外の世界では降り始めたばかりであろう水の粒たちが空から申し訳なさそうに落ちてきていた。
窓に当たるたび弾けるそれらの水滴を見ていると、どことなく哀れで儚さを感じざるを得ない。
その辺りで私はここ2日間での出来事などが今の今まで忘れていたかの様に舞い戻ってきて思わずため息をついた。
詩乃(なにやってるんだろ...私)
先程まで自分がいたベッドに戻り腰掛けつつ、ここ2日間を振り返った。
詩乃(なんであんな事、聞いちゃったかな...)
その記憶は2日前の酒場からの帰路の途中でのこと。仲の良い友達である彼は、いつもなにかと手助けしてくれて親身になって考えてくれるいい奴だった。
そんな彼に対して信頼や尊敬という好意的な気持ちはもちろん今までもあったのだが、あの日抱いた感情はそのどちらとも違った。しかし、それが好意に分類される感情だということは得てして間違いないことだった。
さらに次の日、彼とはもちろん大学で会うのだが、どこか気まずかった私は、彼に声をかけられてもほとんど話すことが出来なかった。その割りには、その日に人間関係論の講義がなかったことに対して、少し落胆している自分もいたのだ。その様子はまるで恋煩いのようである。
詩乃(ほんとに恋したの...?...私が...?...ありえない...)
しかし、彼女の中に笑顔の彼の顔が浮かぶと、自分では制御しきれない感情の波が押し寄せてきて思考を鈍らせた。
詩乃「なんなのよ...もうっ」
そういってベッドに顔をうずめた彼女は、はっきりしない自分の気持ちを整理するため、まずは自分がしっかり起きなくては、とシャワールームに向かった。
詩乃「なんであんなやつ...」
詩乃(でも...うれしかったのは事実だし...)
詩乃「...だけど」
着ていた部屋着を綺麗にたたみ、オレンジ色の暖かい照明のお風呂場に入った彼女は、数分後には程よい泡の世界にいた。そこで自分の思考を紐解いていく。しかし、その先にあった気持ちはやはり2つの気持ちだった。
詩乃(まず今私の中にある一番の気持ちはヘカートを取り返したいってこと。これだけは譲れない)
詩乃(それが私の一番大事な気持ち)
詩乃(実際、彼へ好意を感じたのは、ヘカートを取り返すことにすごく協力してくれたから...)
詩乃(それが嬉しかった...)
心地よく温かいシャワーとシャンプーの程よい香りが彼女を眠気から解放するとともにその白い肌に当たって弾けていく。
詩乃(そう、ヘカートよ。だからべつに彼でなくてもヘカートの事で協力してくれる人には、いつも以上に好意的な感情を抱いていた気がする...)
詩乃(よく考えたら、確かに真剣な時はちょっとは見直すけど、わざわざ付き合いたいとかは思わないし)
詩乃(だから...この気持ちはおそらく勘違い、
その途中で真剣な表情で庇ってくれた彼の表情を思い出す。
詩乃(...というか好意自体は本物だったかもしれないけど、この気持ちはヘカートあってのものってことね)
程よく泡立った石鹸の香りがこの空間をより綺麗に際立たせているが、その泡もシャワーから出る水と一緒にゆっくり流れ落ちていった。
詩乃(...いろいろあったから心が弱ってたのね)
同時にスッキリしたとも取れる安堵の表情を浮かべた彼女の吐息が漏れる。
そして彼女はなぜその気持ちをいつもの自分の様に素直に受け入れられなかったのか思案した。
詩乃(私は彼への好意的な自分の気持ちを否定している)
詩乃(となると、やっぱりあの子のことね)
一人の後輩の女の子の姿が思い浮かぶ。
詩乃(だいたい彼から相談まで受けてるのによく考えたら笑いものね)
詩乃(彼からしたら、どういうことだよ!?って感じかしら?)
思わずその時の顔が、いとも簡単に想像できてしまい、妙におかしく感じて笑みが漏れる。
詩乃(あー、なんかこっちだけ悩まされたのムカつくし、仕返ししてあげようかしら?)
詩乃(優しすぎるのよ、あのバカ)
いつも通り笑う彼女の表情にもはや悩みなどなかった。
詩乃(いずれにしてもちゃんと整理出来てよかった。あんな気持ちだったら取り戻せるものも取り戻せないとこだったわ)
納得いったという表情でシャワーを切った彼女は自分が言う最重要事項について思い浮かべた。
詩乃(それにしても...あのスナイパー...何者なの?)
詩乃(でも、それも今日で...)
ある意味迷走したともいえる彼女の気持ちは、自分のやるべきことを確認するということにおいてこれ以上ない効果を及ぼした。
彼女にとっていよいよ明かされる自分の銃へつながる重要な情報を得る為に、今日の約束の14時を心から待つことにした。
降り出した雨が止み太陽が顔を覗かせ始める今、ベットの上にある彼女の携帯電話が小刻みに震え、新着メッセージありと表示されていた。
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AM10:00、某所ショッピングモールにて
直葉「いきなりごめんなさい詩乃さん。わざわざ付き合ってもらっちゃって」
そう申し訳なさそうにも嫌味なく話す彼女は、私をこの場所に連れてきた張本人である。
私達がなぜここにいるのかは説明もする必要もないが、メッセージの送り主である彼女はいつかのお弁当の件について悩んでいる様子だった。
詩乃「別に大丈夫よ、昼頃からはあっちで約束があるけどそれまでは暇だったし」
整理したとはいえ、今朝まで悩み通していた事柄の主要人物であるところの彼女とこんなに早くに会うのは、いささか問題なのではと私自身多いに感じている。
しかし、逆にその彼女と会うことによってショック療法的にさらに気持ちを固めることができるならと思い、私は彼女からのメッセージに答えたのだった。
無論、可愛い後輩の頼みを単純に断りきれなかったという理由も少なからずあった。
直葉「いやぁ〜、本当は自分でいろいろ決めてたんですけど、なかなかしっくり来なくて」
詩乃「それで私に選んでもらおうってわけね」
直葉「べ、別に全部任せようってわけじゃないんですっ!」
直葉「ただ...料理は好きなんですけど、家族以外に食べてもらったことないから心配で...」
直葉「それにせっかくなら美味しいもの食べて欲しいじゃないですか?」
若干顔を赤らめて話す彼女の姿に、なんでこの子に恋人がいないんだろうという感情が芽生えた。食材売り場に向かう途中、このモール内にいるカップルの男たちに対してそんな子と付き合ってる場合じゃないわよと伝えたくなる程、今の彼女は可愛らしい女の子だった。
直葉「わぁ~初めてきたけど広いですね~」
詩乃「ここはこの辺りだと一番大きい所みたいね」
直葉「ねぇねぇ詩乃さん!何がいいかな?」
詩乃「彼ならなに作っても飛んで喜びそうなものだけど」
直葉「あはっ、確かにそうですけど」
詩乃「いっその事、それとか使ってみたら?」
直葉「ハバネロですか?すごく辛そう...」
詩乃「いつも眠そうにしてるから丁度いいかも」
直葉「でも、さすがにかわいそうですよ」
詩乃「チャラチャラしてる人にはそれくらいで十分よ」
直葉「詩乃さんって見かけによらずSですね...」
ひと通り食材をカゴの中に入れた私達はなかなかにショッピングを楽しんでいた。
そこで私は思っていた疑問をぶつけてみた。
詩乃「そういえば、あなた彼のこと最初は君付けで呼んでたわよね?」
直葉「えっ!?知ってたんですか!?」
予想外の質問に彼女は驚いた様子を見せたが、私もまた予想外の大きな反応を見せた彼女に驚いた。
詩乃「...ええ...ここ最近ずっと橋川センパイって呼んでるから...なんかあったのかなって」
直葉「えーと、大したことじゃないんですけど...」
モジモジしている彼女に私は柔らかく聞いてみた。
直葉「あの...お兄ちゃんに言われたんです」
詩乃「キリトに?」
直葉「はい...」
直葉「スグ、彼氏ができたのか?って...」
思わず私は笑ってしまった。
詩乃「ふふ...彼らしいわ」
直葉「なんか偶然センパイと話してた時に通りかかったらしいんですけど、そう言われたら変に意識しちゃって」
直葉「そこからは今の呼び方になっちゃって話し方もついでに敬語に...」
詩乃「そう...呼び方が変わって彼はなんとも言ってなかったの?」
直葉「特には...でもセンパイも私のこと苗字で呼ぶようになりました」
詩乃「...彼らしいわ」
容易に想像できる両者の反応に私は笑いを通り越して呆れた。
詩乃「それで、あなたはどっちの呼び方がいいの?」
直葉「えぇっ?...私はっ、」
直葉「...どっちでもいいですよ...」
またも感じられる彼女のふわりとしたオーラに私までもが目の前の赤面した女の子に惹かれかけた。
詩乃「あなたって...ほんと」
直葉「えっ、なんですか?」
詩乃「...いいえ、なんでもないわ。食材はこのあたりでいいかしら?」
直葉「そうですね、あっでも詩乃さん!お礼になにか欲しい物とかないですか?一緒に買いますよ!」
詩乃「だ、大丈夫よ...」
直葉「いえいえっ!なんかお姉ちゃんができたみたいであたしもすごく嬉しかったですし」
詩乃「...もうやめて...」
こうして気持ちが固まるどころか変な気持ちにさせられた私は、ある意味欲しかった最高の気分転換の機会を彼女から貰い受ける形で買い物を終えた。
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シノン「少し早かったかしら...」
先ほどまでのきれいな空気感のショッピングモールとは違い、埃っぽい汚れたテイストの空気が漂うこの街で私は目的の店へと向かう途中だった。
モールからの帰り道でこれからのことを後押ししてくれた彼女に感謝しつつ私は歩き出した。
しかし、ヘカートが奪われてからというものの、代わり映えしないこの街ですらまるで初めて来た町に思えるほどの不安と虚無感にとらわれていた。
でも、それもヘカートを取り戻すまでのこと。これから向かう武器屋でそれに繋がる情報を手にすることができるという確信からか、私の心の中はその気持ちよりもやる気や使命感に満ち溢れていた。
ふと、店への道中、見覚えのある白い髪の人物を見かけた。
シノン(あれは確か、あの酒場のバイトの子?)
総督府からちょうど出てきたばかりのその男に視線を向けているとこちらに気がついたのか軽く会釈をしながら近づいてきた。
ラッツ「あ~この間のお姉さんですね、あのときは撃ってしまってすみません」
シノン「いいわよ別に...気にしてないわ」
シノン「あなた、まさか申し込みしてきたの?」
ラッツ「はい、そうなんですよ~」
そういう彼は近いうちに開催される、おそらく今までで一番注目されているであろう大会にエントリーしてきたばかりの様であった。
ラッツ「お姉さんは出ないんですか~?」
シノン「シノンでいいわ。私は多分出ないわよ」
ラッツ「そうなんですか~」
ラッツ「シノンさん強そうなのにもったいないですね~」
そういう白髪の男に私は、先日銃を弾き飛ばされたことを思い出し悪気のない彼に対しての嫌悪感、というより自分の情けなさを嫌というほど感じた。
シノン「...そんなことないわよ」
ラッツ「あれ~?」
シノン「ごめんなさい、このあと用があるからこれでね」
ラッツ「あ~はい~。また店にも来てくださいね~」
シノン「...」
なんの罪もない彼へ苛立ちを覚えてしまった自分自身に本当に嫌気が差した私は、これ以上無関係な彼へ迷惑をかけないために早めに話を切り上げ、その場を立ち去った。
シノン(なんで私...これも全部っ!)
すべては銃を奪っていったあの男の所為と感じ、早々と店へと足を進めた彼女は、いよいよ約束の時間が近づいてきたことから一刻も早く敵の正体を明らかにするために、無意識に走りだしたのであった。
リズ「あ~らシノン!早かったじゃない!」
勢いよく扉を開けた私を元気よく迎え入れてくれたのは、桃色ショートヘアがよく似合ったこの武器屋の店主だった。
シノン「はぁはぁ、リズ...彼は来てるの?」
リズ「ちょっとあんた、まさか走ってきたの!?」
驚きと呆れがうまい具合に入り混じった表情で彼女が聞いた。
シノン「はぁ、彼は...はぁ」
リズ「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよっ、」
いきなりの来客者に心配した彼女はコップに注がれた水を渡してくれた。
リズ「あんたね...まだ30分も前よ、さすがのあいつもまだ来てないわ」
シノン「...ごめん、まだそんな時間だった?」
約束の時間を忘れたわけではないが、どうやら早く着きすぎてしまったようだった。
リズ「...まぁ、今回の状況だったらその気持ちもわからなくもないわ」
こちらの気持ちを察してくれた彼女に、ありがとうと感謝しつつ私は息を整えながら近くにあった椅子に座った。
リズ「落ち着いた?」
シノン「ええ...」
リズ「昔からそういうとこ変わってないわね。」
シノン「余計なお世話よ...」
リズ「ふふふ...そういうとこもよ」
ニコッと笑う彼女のその笑顔に私は包容力という名の安心感で満たされた。
店内には、かなりの種類の銃器が綺麗に並べられ、そのどれもがマーケットで売られているものと比べて明らかに高性能で安価だということは誰が見ても明らかである。しかし、その多くが売約済みや入荷未定の札がかけられている状態だった。
シノン「相変わらず店は繁盛してるみたいね」
リズ「うんうん!おかげさまでね!」
リズ「あのシノン様が御用達の店とあっちゃ、その辺の男たちは寄ってたかってうちの店に買いに来るわよ」
リズ「それに店主がこんなに可愛いあたしだったらなおさらね!」
シノン「...はいはい、」
ちょっとぉ!、とツッコミを入れる彼女に冗談よ、と軽く返した私はこの店にもう一人客がいたことに気がついた。
シノン「あれ?シリカちゃん?」
シリカ「...ひどいですよシノンさん...」
うるうると瞳を揺らしている背の小さな可愛らしい女の子の姿がそこにはあった。
シノン「この前はごめんなさい、あの時は悪気があったわけじゃ...」
シリカ「ちがいます~!いまですよいまっ!ぜったいわたしのコト気がついてなかったですよね!?」
シノン「...ごめん...」
シリカ「も~!ひどいですよ~」
確かに気が付かなかった私は気まずい雰囲気を変えるため話題を変えた。
シノン「えっと...シリカちゃんはどうしてここに?」
シリカ「私は無人
シノン「そ、そうなんだ~...」
シリカ「
シノン「ふ、ふ~ん...」
シノン(リズ...助けて)
リズ(え~、無理よ)
そうこうしている間に店内にあるテレビにGGOの最新情報が流れてきた。
「はいッ!どうも!花澤で~す」
「今回は更新されたBoB Tmcの最新情報を特別放送でお送りしたいと思いま~す!」
リズ「あっ!みてみて2人共!新しい情報みたい」
シリカ「ホントですねっ」
シノン「...」
いつもの様に放送されているその映像は私にとって興味のないものだった。
シリカ「どんなことが発表されるのでしょうかぁ?」
リズ「さぁね、私も知らない情報かも!」
シリカ「そういえばシノンさんは
シノン「そうね、もともと私にはほかにやるべきことがあるし」
リズ「まぁ仕方ないわね...でもこの大会の情報は店をやってる人間としては目が離せないわ〜」
シリカ「わたしもですっ!」
心を踊らせる彼女たちを尻目に私はつまらなさそうに画面を眺めていた。
「本日の発表するのは大会の優勝ペアが得ることのできる優勝賞品ッ!こちらです!!!」
シノン・リズ・シリカ「「「!!!!!」」」
そこには紛れも無く写った私の顔写真とPMG ヘカート Ⅱの実物が、他プレイヤーの写真や武器などと一緒に画面上に写っていた。
リズ「なっ...!ちょっと...!これって!?」
言葉を失った私のことなど知る由もなく映像は続く。
「今回の優勝賞品はッ!なんとこの世界のトッププレイヤーたちから奪ったレア武器ですッ!!!」
シノン「そんな...っ!...うそよ...!」
目の前の状況を理解出来ない私はただ呆然と立ち尽くし、画面内の自分の銃を見ていることしか出来なかった。
ゴリ「派手にやってるみたいだな...!」
シノン・リズ「!!」
そこにはニヤリと笑った体躯のいい男が開いた店の入り口に寄りかかりながら立っていた。
ゴリ「