銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(新版)   作:甘蜜柑

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第103話:厳しい自由、優しい干渉 802年9月17日~9月25日 第一辺境総軍臨時司令部~第二艦隊臨時司令部~臨時官舎

 古代の軍事学者は「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず」と述べた。敵を理解していない指揮官には、臨機応変の対処ができないだろう。自軍を理解していない指揮官には、兵を適切に動かすことができないだろう。だからこそ、両方を知る必要がある。

 

 俺はイゼルローン総軍の文書を集めた。一人では処理しきれない量なので、幕僚が手分けしてまとめる。デスクの上にはレポートが山のように積み上げられた。

 

 最初に目についたのは拘束時間の異常な短さだ、残業が極端に少ない。司令官や幕僚ですら定時で帰る。休日に勉強会を開くことはないし、隊員を広報活動に動員することもないので、休日出勤もなかった。それに加えて、有休申請が異常に通りやすかった。

 

 部隊運営は徹底的に効率化されていた。文書は簡略を極める。会議やミーティングの回数は他の部隊の半分以下だ。隊員を細かく管理しようとせず、個人の自己管理に委ねた。時間外の研修や勉強会を一切実施せず、自学自習に任せた。

 

 広報活動は極めて不活発だ。公式サイトはテンプレ通りの内容で、通知と活動報告以外は更新されていない。記念行事の規模を著しく縮小した。基地の一般開放は「隊員の負担が大きい」との理由で年一回に留め、平日午後に実施することとした。訓練の一般公開は可能な限り避けた。地域住民からイベントへの協力を求められても断った。

 

「仕事が極端に少ないのか」

 

 イゼルローン総軍が残業禁止を徹底できた理由が、俺にも理解できた。普通の軍人が必要最低限だと考える仕事も、イゼルローン総軍は大胆に省いてしまう。これほど仕事が少なければ、定時で終わらせることも不可能ではない。

 

「しかし、これほど少ない仕事量で部隊が回るのかな」

 

 俺は新しい疑問を覚えた。組織を動かすには相応の手間が必要だ。この仕事量で組織を維持できるとは思えない。

 

 文書に記されたデータを信じるならば、イゼルローン総軍の運営は健全そのものだ。常識では考えられないことだった。

 

「自分の目で確かめよう」

 

 俺は現場に足を運んだ。データは大事だが、それがすべてではない。同じ数字でも意味合いは違う。無理して出した成果なのか、余裕をもって出した成果なのかは、この目で見ないとわからないのだ。

 

 完璧を期するため、様々な種類の基地を視察先に選んだ。群基地・戦隊基地・機動部隊基地・分艦隊基地・艦隊基地をすべて回った。艦種が違えば乗員の生活も変わるので、全艦種の基地に出向いた。陸戦隊や地上軍についても、全階層・全兵種の基地を回った。

 

 俺が現場に姿を現すと、イゼルローン総軍隊員は仰天した。本来の司令官であるヤン・ウェンリー元帥は、直率する第一三艦隊の基地にもほとんど顔を出さない人物だ。政治家や軍幹部が視察に来ても、小さな基地を訪ねることはない。それなのに他の部隊の上級大将がやってきたのだ。

 

 五感をフルに使って情報を吸収した。自分の足で現場を歩く。自分の目で現場を見る。自らの耳で兵士の声を聴く。自分の肌で空気を感じる。自分の舌で兵食を味わう。自分の手でゴミ箱を開ける。自分の尻を便器に下ろす。一人では回り切れないので、幕僚と手分けして視察を行う。

 

 一週間かけて視察を終えた。俺は幕僚と一緒に情報をまとめる。デスクの上にはレポートが山のように積み上げられた。

 

 食事の質は普通だが、量は平均より多い。栄養バランスにはあまり配慮していなかった。一食あたりの予算は平均より安い。満腹感を重視しているようだ。

 

 兵舎の環境は良いとも悪いともいえなかった。最低限の清潔さは保たれているが、目立たない部分は汚れている。トイレはきれいでもないし、汚くもない。トイレットペーパーや石鹸などの補充は、やや遅れ気味だと感じた。給湯器からはちゃんとお湯が出る。照明や空調の故障は少ない。建物や設備は新しいが、手入れが行き届いていなかった。

 

 規律は驚くほど緩い。制服を着崩したり、派手なアクセサリーをつけたり、おしゃれな髪型をしたりする隊員が目立つ。飲酒・ギャンブル・女遊びについても、うるさく言われることはない。国家や軍隊を軽んじる発言をしても、大目に見てもらえる。ただし、パワハラ・セクハラ・民間人とのトラブルは厳しく罰せられた。

 

 戦力は同盟軍の看板部隊にふさわしい充実ぶりだ。トリグラフ級大型戦艦、レダ級巡航艦などの最新兵器が大量に配備された。高名な勇士が多数在籍している。予算には不自由していない。弾薬や物資は潤沢である。

 

 総軍全体に自由闊達な気風があった。休みが多く、おしゃれや遊びを好きなだけ楽しめるので、ストレスが少ない。個性に寛容な者が多く、他の部隊が持て余した豪傑や硬骨漢を受け入れた。出過ぎた発言をしても許されるため、隊員は活発に意見を述べた。上層部は良いアイディアを熱心に取り入れた。

 

「こういう方法もあるんだなあ」

 

 俺はしきりに感心した。自由にさせることでストレスを減らし、意欲を高める。意見を聞き入れることで自覚を持たせ、創意工夫を促す。個人主義的な組織運営の極致といえる。

 

「良識派が主導権を握ってた頃は、どの部隊もこんな感じでした。イゼルローン総軍ほどうまくやった部隊はありませんでしたが」

 

 チュン・ウー・チェン副参謀長が説明を付け加える。彼は基本的にポジティブなことを言う。

 

「なるほど」

「欠点もありますよ」

 

 ワイドボーン参謀長が口を挟んできた。参謀としての彼は、基本的にネガティブなことしか言わない。

 

「できる人とできない人の格差だね」

「その通りです。どの部隊も少数のトップグループに依存しています」

 

 ヤン嫌いのワイドボーン参謀長だが、欠点を指摘する時は冷静そのものだ。データは有能な者と無能な者の格差を示している。

 

 イゼルローン総軍の「自由」は「厳しさ」でもあった。意欲のある者はどんどん伸びるが、意欲のない者は伸び悩む。個性が強い者は活躍できるが、個性が弱い者は埋もれる。自制心に乏しい者は放埓に流れる。自由は優れた者の成長を促すが、劣る者の成長を阻害した。

 

 能力格差と自由な気風が相乗作用を起こし、無能者に厳しい風潮が生まれた。部下は無能な上官を遠慮なく批判する。上官は有能な部下だけを手元に置き、無能な部下を遠ざけた。有能な者が主導権を握ったことで、部隊運営は著しく効率化されたが、隊員の一体感は失われた。

 

 ヤン・ウェンリー一二星将ですら一枚岩ではない。本物の実力を持つ名将と、ヤン・ウェンリーに従ったおかげで実力以上の名声を得た凡将の間には、深い溝がある。

 

「うちとは正反対だ」

 

 俺は砂糖とクリームでドロドロになったコーヒーを飲むと、別のファイルを開いた。端末画面にイゼルローン総軍と第一辺境総軍を比較した資料が現れる。

 

 第一辺境総軍の環境は、イゼルローン総軍よりずっと良好だ。おいしくて栄養バランスのとれた食事を腹いっぱい食べられる。清潔で快適な兵舎に住むことができる。教育体制が充実している。専門家が健康管理をサポートする。悩みがあったら相談に乗ってくれる。トラブルがあったら、迅速に解決してくれる。再就職を全面的にバックアップしてもらえる。

 

 第一辺境総軍は落ちこぼれを見捨てない。細かい指導と充実した研修のおかげで、やる気のない者にもそれなりの勉強を積ませた。一定の型にはめることで、無能者にも最低限の力を身に着けさせた。

 

「我が総軍は能力格差が少ないですが、トップグループの力量は今一つです」

 

 ワイドボーン参謀長は第一辺境総軍の欠点を指摘する。落ちこぼれは少ないが、飛び抜けた人材も少ない。

 

 第一辺境総軍の「優しさ」は「干渉」の裏返しだ。自立心の強い人は、面倒見の良さを「お節介だ」と感じるだろう。個性が強い人は、細かい指導を「押し付けだ」と感じるだろう。干渉は劣る者の成長を促すが、優れた者の成長を阻害する。

 

「ここまで正反対だと、清々しさすら覚えるね」

 

 俺が苦笑を浮かべると、チュン・ウー・チェン副参謀長がのんびりした口調で言った。

 

「イゼルローン総軍と第一辺境総軍の共通点は二つあります。一つは訓練の厳しさ、もう一つはパワハラ・セクハラ・民間人とのトラブルに対する厳しさです」

「分かり合う余地はあるかな」

 

 俺は幕僚たちの顔を見回した。

 

「無理でしょう。体質が違いすぎます」

 

 ワイドボーン参謀長は率直な言葉で否定した。

 

「不可能ではないと思いますが、すぐに分かり合うのは困難でしょう」

 

 チュン・ウー・チェン副参謀長は困ったような微笑みを浮かべる。遠回しな表現だが、言っていることはワイドボーン参謀長と変わらない。

 

「イゼルローンはこちらに興味がないみたいだしね。視察に来てもいいといったのに、一人も来ない」

 

 俺はため息をついた。二つの総軍が歩み寄る光景が想像できない。糖分がほしい。甘味で心を癒したい。そう思った時、目の前が暗くなった。

 

 顔を上げると、ハラボフ大佐が威圧感たっぷりの無表情で俺を見下ろしていた。その右手にはマフィンを乗せた皿がある。

 

「あ、ありがとう……」

 

 迫力に押された俺はマフィンを受け取り、口の中に放り込んだ。ワイドボーン参謀長、イレーシュ人事部長らの視線が妙に温かい。チュン・ウー・チェン副参謀長は、出来立てのパンを見る時のような目つきをする。

 

 ミーティングが終わり、幕僚たちが退室した。俺、ハラボフ大佐、次席副官ディッケル大尉だけがこの部屋に残った。三名とも自分の仕事を黙々とこなす。

 

 俺は頭の中から前の世界の記憶を引っ張り出した。戦記に記されたヤン・ウェンリー像をレポートと照らし合わせる。

 

 ヤン・ウェンリーは束縛を好まない。部下を職場に縛り付けたくないから、残業をなくした。部下を規則で縛りたくないから、行儀の悪さを大目に見た。

 

 ヤン・ウェンリーは自由意思を尊重する。人間は自由に生きるべきだと考える。人間は自由に選択するべきだと考える。国家や指導者のためではなく、自分自身のために戦ってほしいと願う。

 

 ヤン・ウェンリーは効率主義者だ。可能な限り手間とコストを省いた。苦労して完全勝利するより、楽に判定勝ちする方を選んだ。精神主義や家族主義を切り捨てた。市民や政治家を満足させるためのサービスを削った。凡人が大事にするものは、天才の目から見ると無駄でしかない。

 

 ヤン・ウェンリーは他人にどう見られるかを気にしない。それゆえに軍隊らしさを演出するための装飾を削った。軍人らしい身なり、細々とした規則、市民受けするパフォーマンスなど不要だ。市民や政治家の心証を良くする暇があったら、部下を休ませる。

 

 ヤン・ウェンリーは他人の生き方に干渉しない。努力したいなら努力すればいい。怠けたいなら怠ければいい。働き者だろうが、怠け者だろうが、手持ちの駒は有効に使う。

 

 レポートと戦記の記述はおおむね一致している。おそらく、ヤン・ウェンリーの実像は、戦記とそれほどかけ離れていない。

 

 そして、もう一つ気づいたことがあった。ヤン・ウェンリーは本当に俺と正反対なのだ。正反対ゆえに親しくできる場合もあれば、正反対ゆえに相容れない場合もある。この場合は相容れない正反対だった。

 

 エリヤ・フィリップスは束縛も必要だと思っている。部下に間違いを犯してほしくないから、規則で縛り付けた。それは独善ともいえる。

 

 エリヤ・フィリップスは秩序を尊重する。人間は秩序を守るべきだと考える。秩序を整えることが個人を幸せにすると考える。秩序のために戦ってほしいと願う。それは権威主義ともいえる。

 

 エリヤ・フィリップスはコストを惜しまない。必要な成果を得るためなら、いくらでもコストをかける。予算を惜しみなく使う。人を惜しみなく使う。時間をたっぷりかける。それは非効率ともいえる。

 

 エリヤ・フィリップスは他人にどう見られるかを気にする。軍人らしい身なりを整えさせた。細々とした規則を守らせた。市民受けするパフォーマンスに力を入れた。それは迎合ともいえる。

 

 エリヤ・フィリップスはお節介だ。他人を幸せにするために頑張る。他人が不幸にならないために頑張る。他人を努力させるために頑張る。他人を怠けさせないために頑張る。それは押し付けともいえる。

 

 結局のところ、第一辺境総軍とイゼルローン総軍の違いは、俺とヤン・ウェンリーの違いであった。司令官は自分で方針を選び、自分で幕僚を選び、自分の基準で規則を運用する。部隊には司令官の個性が如実に現れるのだ。

 

 

 

 平時の軍隊にとって最大の仕事は訓練と教育である。イゼルローン回廊にいる間も第一辺境総軍は兵の育成に取り組んだ。

 

 今月上旬、第一辺境総軍はイゼルローン総軍とともに統合演習を行った。その結果、多くの課題が浮き彫りになった。貴重な経験を改善につなげるべく、議論と研究を重ねている。

 

 九月二四日、第一辺境総軍臨時司令部の一室で、幕僚と一緒に統合演習の動画を視聴した。軍艦数万隻が艦首を進む。単座式戦闘艇「スパルタニアン」数万機が縦横無尽に飛び回る。陸戦隊数十万人が要塞外壁を固める。素人の目には一糸乱れぬ動きに見えるだろうが、プロから見れば乱雑の極みであった。

 

「合格点といえるのは第一一艦隊だけです。第二艦隊は練度のわりに動きが悪い。第五五独立分艦隊と第五七独立分艦隊は練度が不足しています」

 

 欠点を指摘する時、ワイドボーン参謀長は銀河で最も鋭い参謀になる。人の失敗を無神経にえぐる性格は、指揮官向きではないが、作戦参謀には向いていた。

 

「独立分艦隊はこんなものでしょう。ゼロから立ち上げた部隊です。マリノ提督とビューフォート提督はよくやってると思いますよ」

 

 チュン・ウー・チェン副参謀長が二つの独立分艦隊を擁護した。長所を探す時、彼の本領が発揮される。

 

「問題は第二艦隊か……」

 

 俺は憂鬱な気分になった。第二艦隊は練度が十分なのに動きが悪い。独立分艦隊よりずっと深刻だ。

 

「第二艦隊の練度は低くありません。それだけに中級指揮官の力不足が目立ちます」

 

 ワイドボーン参謀長の目が鋭く光る。

 

「俺の責任だ。中級指揮官を選んだのは俺だからね」

「その問題については第二艦隊で話し合ってください」

「わかった」

「今は現状に適した運用法を考えましょう。総軍の本分は運用です」

 

 ワイドボーン参謀長の発言の後、幕僚たちは議論を始めた。第一一艦隊以外の部隊は弱いという前提を踏まえた上で、どのように運用していくのかを考える。

 

 議論の結果、運用上の最大の弱点は俺の指揮能力だという結論に達した。幕僚が俺の下手くそな指揮を批判するのはいつものことだ。

 

「決断が遅すぎます。慎重も度が過ぎると鈍重です」

 

 ワイドボーン参謀長は咎めるように俺を見た。

 

「すまん」

「相手を警戒するのは結構ですけどね。決断が遅れると、味方が動けないんですよ」

「本当にすまん」

「我々幕僚はあくまで補佐役です。作戦を立てることはできる。助言することはできる。しかし、司令官の代わりに決断することはできない。あなたが決断しない限り、我が軍は動けないのです」

「わかった」

 

 一分の隙も無い正論だったので、俺には頷くことしかできなかった。

 

「パエッタ提督に前線指揮を任せた方がいいんじゃないでしょうか」

 

 ラオ作戦部長が俺と副司令官パエッタ大将を交互に見る。

 

「フィリップス提督の本領は後方支援にあります。後ろから支えた方が力を発揮できるはずです」

「私も作戦部長と同意見です」

 

 ワイドボーン参謀長はラオ作戦部長の提案を支持したが、パエッタ副司令官が異論を述べた。

 

「フィリップス提督は前線に立つべきだと思うがね」

「指揮能力はあなたの方がずっと上でしょう」

「エリヤ・フィリップスのネームバリューは絶大だ。勇者の中の勇者が前線にいる。それだけで士気が上がる」

「士気だけでは戦争はできません」

「勢いが計算を凌駕することは珍しくない。一〇か月前、市民軍はボーナムで戦った。敵の練度と武器は優秀だった。敵の作戦は的確だった。だが、市民軍は心を一つにして戦った。寄せ集めの集団が、フィリップス提督のために戦ったのだ。私もその一人だよ」

「…………」

「フィリップス提督には心を湧かせる力がある。ボーナムで戦った者ならわかるはずだ」

 

 パエッタ副司令官は幕僚たちの顔を見回す。二人に一人はボーナムで戦った人間だ。

 

「別の手もありますよ」

 

 チュン・ウー・チェン副参謀長は、新作のパンを売り出す時のような口ぶりだ。

 

「どんな手だ?」

「パエッタ提督が主力を統率し、フィリップス提督が予備戦力を統率するのです」

「ここぞという時にフィリップス提督が突撃するのだな」

「その通りです。我が軍が劣勢に陥った時は最後の守りになります」

「フィリップス提督が背後に控えていれば、兵も安心して戦える」

 

 パエッタ副司令官が頷き、幕僚たちは議論を始めた。幕僚たちは活発に意見を交わす。俺はマフィンを食べながら耳を傾ける。

 

 話し合いがひと段落した後、イゼルローン総軍の動画が上映された。他の部隊と比較することで第一辺境総軍の相対的な位置を確認するのだ。

 

 ヤン元帥は第四艦隊・第六艦隊・第一三艦隊の混成艦隊を率いた。国防委員会がヤン・ウェンリー一二星将を全員参加させるために臨時編成した艦隊だ。ヤン直率部隊、デッシュ分艦隊、フェーガン分艦隊は第一三艦隊隊員、ジャスパー分艦隊は第四艦隊隊員、ムライ分艦隊は第六艦隊隊員で構成されている。

 

 アッテンボロー大将率いる要塞艦隊は、ゼロから編成された艦隊だ。コアとなる集団を持たないので練度は低い。

 

「混成艦隊も要塞艦隊も練度不足ですが、動きは悪くありません」

 

 ワイドボーン参謀長が微妙な表情を浮かべる。

 

「指揮官が部隊をしっかり掌握しているね。さすがはヤン元帥とアッテンボロー提督だ」

「まったくです」

 

 嫌々ながらといった感じで、ワイドボーン参謀長が頷いた。本音では認めたくないのだろう。だが、理に適うものを否定することなどできない。彼は理論を重んじる人間なのだ。

 

「艦隊単位ならどうだろう? 混成艦隊は各正規艦隊から選りすぐった兵の寄せ集めだ。艦隊ごとの練度を知るにはいい指標になる」

「練度にばらつきがみられます。第一三艦隊が最優秀、第六艦隊はやや劣ります。第四艦隊は明らかに劣っています」

「第一三艦隊は旧第一三艦隊のベテランを多く抱えている。練度が高くなるのは当然だね」

「第四艦隊と第六艦隊の差は、育成能力の差だと思われます」

「教頭先生の異名は伊達じゃないってことか」

 

 俺はムライ大将の神経質そうな顔を思い浮かべた。育成がうまいのは当然だろう。旧第一三艦隊の練度管理を一手に引き受けた提督なのだ。

 

「要塞艦隊の練度は、第四艦隊とほぼ同等です」

「コアがいないことを考慮すると、要塞艦隊の成長率は凄いな。第一一艦隊にも劣らない成長だ」

 

 俺はアッテンボロー大将の力量を素直に称賛した。「喧嘩の準備に関する限りは骨惜しみしない男」と評される提督は、兵を育てるための努力を惜しまない。

 

「その通りです」

 

 ワイドボーン参謀長は複雑な表情を見せる。要塞艦隊の練度を評価するなら、大嫌いなアッテンボロー大将の手腕も評価せざるを得ない。

 

「シェーンコップ大将の要塞軍集団はどうだ?」

「練度は今一つですが、統率が取れています」

「艦隊と同じだね」

 

 俺は頷くと、他の幕僚たちに意見を聞いた。ワイドボーン参謀長の意見と大きな違いは見られなかった。

 

 イゼルローン総軍は精鋭ではない。ヤン元帥の下で転戦したベテランの半数は、同盟軍再編の時に引き抜かれた。残りの半数は、旧第一三艦隊系の三個艦隊に分散配備された。代わりにやってきたのは新兵と再招集された予備役だ。練度の伸びは早いが、精鋭になるには時間がかかるだろう。

 

 ヤン元帥、アッテンボロー大将、シェーンコップ大将らの指揮により、練度の低い部隊が実力以上の動きを見せる。優秀なトップグループが落ちこぼれを引っ張る図式が、ここでも見られた。

 

 前の世界のヤン艦隊は、敗残兵と新兵の寄せ集めだった。そんな部隊がヤン・ウェンリーの手腕によって最強部隊となった。同盟軍が壊滅した前の世界と比べると、この世界のヤン艦隊は恵まれている。それでも、寄せ集めという本質は変わらない。

 

「勝てると思うか?」

 

 俺はもう一度幕僚たちの意見を聞いた。首を縦に振る者はいない。兵士の質はほぼ互角だ。中級指揮官の質にも大きな差はない。パエッタ大将やホーランド大将がいれば、一二星将にも対抗できるだろう。しかし、ヤン・ウェンリーに勝つことは不可能だ。

 

 議論が終わると、チュン・ウー・チェン副参謀長がポケットから潰れたパンを取り出し、参加者に手渡した。

 

「そろそろ腹ごしらえをしましょうか」

 

 この提案に異議を唱える者はいなかった。ハラボフ大佐とディッケル大尉が新しいコーヒーや茶を用意し、みんなで一服して解散した。

 

 三〇分後、俺は第二艦隊臨時司令部に入った。同行者はパエッタ副司令官、チュン・ウー・チェン副参謀長、首席副官ハラボフ大佐、護衛兵四名である。

 

 臨時司令部の一室に第二艦隊幕僚が集まり、統合演習の動画を視聴した。この場においては、俺は第二艦隊司令官、チュン・ウー・チェン副参謀長は第二艦隊参謀長、ハラボフ大佐は第二艦隊司令部副官となる。パエッタ副司令官は第二艦隊幕僚ではないが、元第二艦隊司令官としての意見を述べるために出席した。

 

 第一辺境総軍のミーティングで指摘された通り、第二艦隊の動きは良くなかった。幕僚たちは険しい表情で画面を見つめる。

 

「まともなのは陸戦隊と第三六機動部隊だけですね。A分艦隊は整然としているけど消極的。B分艦隊は素早いけど気力に欠ける。C分艦隊は巧妙だけど動きが鈍い。D分艦隊は積極的だけど粗雑すぎる。第九一機動部隊は足並みが揃っていない。全然だめです」

 

 第二艦隊副参謀長イブリン・ドールトン少将が容赦なく欠点を指摘した。参謀としての彼女は、ワイドボーン大将と同じタイプである。

 

「練度は決して低くないんだ」

「それだけに中級指揮官の力不足が目立ちます」

「五人とも無能ではないんだけどなあ」

 

 俺はため息をつき、パエッタ大将に同意を求める視線を送った。この場にいるメンバーの中で、旧第二艦隊出身者の有能さを知っているのは彼だけだ。

 

「ケンボイ、モンターニョ、デュドネイの三人は、優秀な“機動部隊司令官”でした」

 

 パエッタ大将は“機動部隊司令官”の部分を強調する。

 

「ガイヤールは優秀な“戦艦乗り”でした。彼女が旗艦の艦長でなければ、レグニツァで負けた時に私は死んでいたでしょう」

 

 パエッタ大将は“戦艦乗り”の部分を強調する。

 

「残念ながら、彼らは器量以上の地位に就いてしまったようです。地位と器量が釣り合う間は昇進を続ける。地位が器量を上回った時、職責を果たせなくなる。私自身がそうでした。一個艦隊を率いる器量はありましたが、複数の艦隊を率いる器量はありませんでした」

「君は自分にも他人にも辛口だな」

「他の者が甘いだけでしょう」

 

 パエッタ大将は面白くもなさそうに言うと、砂糖がたっぷり入ったウーロン茶をすすった。自分にも他人にも辛いのに、味覚は甘党だ。

 

「俺は甘口だけど、バルトハウザー提督は本当に優秀な戦隊司令だったと思うよ」

 

 俺はバルトハウザー中将を擁護した。派閥バランスを重視したとはいえ、可能な限り有能な人物を選んだつもりだった。

 

「見る目がありませんでしたね」

 

 ドールトン少将が身もふたもないことを言う。男を見る目がない人には言われたくないが、正論なので反論できない。

 

 第二艦隊の中級指揮官は俺が選んだ人物である。旧第二艦隊で最も優秀な人材は、同盟軍再編の時に引き抜かれた。エル・ファシルやラグナロックで俺を支えた「フィリップス一六旗将」の多くは、新設部隊の幹部となった。そのため、「より優秀な人材」ではなく、「よりましな人材」を選んだ。

 

 A分艦隊司令官のジョゼフ・ケンボイ中将は、管理能力に長けた提督だ。しかし、切れ者過ぎて部下を委縮させるところがあった。

 

 B分艦隊司令官のハイメ・モンターニョ中将は、献身的な戦いぶりで知られる提督だ。しかし、他人にも献身を求めるため、部下を疲れさせてしまう。

 

 C分艦隊司令官のガブリエル・デュドネイ中将は、用兵を知り尽くしている提督だ。七九〇年代半ばには、同期のヤン元帥やワイドボーン大将と並び称された。しかし、考えすぎて積極的に動けない。

 

 D分艦隊司令官のアレクサンデル・バルトハウザー中将は、フィリップス一六旗将の一人で、忠勇無比の帝国人提督だ。しかし、目の前の仕事に集中しすぎるため、全体を見ることができない。

 

 第九一機動部隊司令官のウジェニー・ガイヤール少将は、行動力に定評がある提督だ。しかし、せっかちで粘り強さに欠ける。。

 

 五人とも決して無能ではない。ケンボイ中将、モンターニョ中将、デュドネイ中将らは、階級インフレが起きる前に将官となった人物だ。バルトハウザー中将は前の世界でも名将だった。並みの軍人よりはずっと有能なはずだ。しかし、中将になった途端、欠点が長所を打ち消した。パエッタ大将の言葉を借りるならば、地位が器量を上回ったのだろう。

 

「俺が甘かったんだ。彼らは悪くない」

「堅くなったパンを嘆いても仕方がありません。湯気に当てれば良いのです」

 

 チュン・ウー・チェン中将はいつも前向きだ。パンのまずさを嘆くよりは、まずいパンをおいしく食べる方法を考える。

 

「参謀長の言うとおりだ。湯気を当てれば、堅いパンは柔らかくなる。砂糖とクリームをたっぷり入れれば、苦いコーヒーは甘くなる。一二星将の半数は平凡な提督だけど、ヤン提督が采配を振るえば、一流提督並みの活躍ができる。工夫を凝らせば、二流の人材も力を発揮するんだ」

 

 俺は柔らかいパンを口に入れ、砂糖とクリームでドロドロになったコーヒーをのどに流し込む。同じ素材でもほんの少しの工夫で味が変わる。

 

「悪い人事だったとは思いませんがね」

 

 第二艦隊副司令官アップルトン中将がおもむろに口を開いた。

 

「そもそも、ろくな人材がいないのです。消去法で選ばざるを得ない。そんな人事が成功した試しはありません」

「私がフィリップス提督の立場でも、このメンバーを選ぶでしょうな。強いて言うなら、デュドネイの代わりにダルビーを入れます。大して変わらんでしょうが」

 

 パエッタ大将が気難しい表情で応じ、アップルトン中将が頷いた。

 

「ベストとはいえませんが、ベターな人事だと思います。才能あるコレットを獲得できた。コクランが予想外の成功を収めた。この二点だけでも、望外の幸運というべきでしょう」

「そうだね……」

 

 俺は困った顔をした。この世界では、コレット少将は「フィリップス提督が自ら引っ張った期待の若手」、コクラン中将は「消去法で選ばれた人物」だと思われている。本当は逆なのだが。

 

 実を言うと、シェリル・コレット少将を自分の下で使う気はなかった。彼女はあまりに俺を信じすぎている。他の提督の下で修業させないとまずいと思った。しかし、トリューニヒト議長が英雄同士を共演させたいと望んだため、俺の下に配属された。幕僚として使う予定だったが、ちょうどいい人材がいなかったので、機動部隊司令官のポストを与えた。要するに消去法の人事だった。

 

 オーブリー・コクラン中将は才能を見込んで登用した。この世界ではあまり評価されていない。七月危機で活躍したのにも関わらず、フィリップス一六旗将には数えられなかった。だが、前の世界では銀河統一後における名将だった。艦隊陸戦隊司令官にはこの人しかいないと思っていた。新しい形態の戦いでは、治安維持と後方支援が陸戦隊の役目になるからだ。

 

「コレット提督とコクラン提督を取ったことは大きい。でも、ベターで満足する気はない。ベストが望めなくても、ベストにより近いベターを目指したい。一歩一歩、理想に近づいていこう」

 

 幕僚たちは議論を始めた。力不足の駒をいかに使いこなすか? 駒をいかに成長させるか? ベテランも若手も真剣に語り合う。

 

 議論がひと段落すると、チュン・ウー・チェン副参謀長がポケットから潰れたパンを取り出し、参加者に手渡した。

 

「そろそろ腹ごしらえをしましょうか」

 

 この提案に異議を唱える者はいなかった。アップルトン中将やジェニングス中将も潰れたパンに馴染んでいる。ハラボフ大佐が新しいコーヒーや茶を用意し、みんなで一服してから解散した。

 

 

 

 ミーティングの翌日の二五日、第二艦隊臨時司令部で幹部会議が開かれた。俺、アップルトン中将、チュン・ウー・チェン中将、ジェニングス中将、ドールトン中将、ハラボフ大佐の六名が着席した。空いた席に分艦隊司令官四名、陸戦隊司令官一名、独立機動部隊司令官二名の立体画像が現れる。

 

 昨日の議論の結果を踏まえた上で、問題点について話し合った。しかし、中級指揮官たちの反応は鈍い。ケンボイ中将とモンターニョ中将は、自分のやり方にこだわった。デュドネイ中将はできない理由を言い訳した。バルトハウザー中将は黙っている。ガイヤール少将は勢いよく返事をするが、話を理解しているとは思えない。まともな反応をしたのは、コクラン中将とコレット少将の二人だけだった。

 

 会議が終わった後、俺はアップルトン中将ら五名とともに軽い食事をとった。反省会のついでに腹を満たすのだ。

 

「あの人たち、変わる気がないですよね」

 

 ドールトン少将は大きな胸を抱え込むように腕を組み、憂鬱そうな顔をする。

 

「変われる人間なんて滅多にいないさ」

 

 アップルトン中将が諭すように言う。チュン・ウー・チェン中将とジェニングス中将が、無言で首を振った。年配者は人間が簡単に変われないことを知っている。

 

「それでは困るんですけどね」

「変えないままで伸ばすしかあるまい」

「あのスタイルで成長するとは思えませんけど」

 

 ドールトン少将の懸念はもっともだった。知識や経験が増えても、それを生かそうとする姿勢がなければ成長しない。彼女の恋愛遍歴を見ればわかることだ。

 

「少しは伸びるさ。平凡な新人が平凡なベテランになる程度だがね」

 

 アップルトン中将はあっさりした口調で言って、アップルティーに口をつけた。

 

「司令官閣下はいかが思われます?」

 

 納得いかないといった感じのドールトン少将が問いかけると、俺は一ポンドステーキバーガーを口から離した。

 

「変わってほしいとは思うけど、みんなが変われるとは思わない。変われない者でもやっていける方法を考えよう」

「つまり、我々が苦労するということですな」

 

 アップルトン中将が皮肉っぽく微笑した。

 

「変われる者だけで部隊を組んでも、別の苦労が待っているよ。有能な部下は扱いづらいからね」

「それは言えています」

「どう転んでも苦労するんだ。だったら、自分らしい苦労をしようじゃないか」

 

 俺が微笑むと、ハラボフ大佐以外の全員がつられるように笑った。アップルトン中将とジェニングス中将は、降格後に予備役編入となったことがある。ドールトン少将は男の甘言に乗って犯罪に加担しかけたため、「後方参謀として不適格」の烙印を押され、航法に回された。笑っていないハラボフ大佐も一時は予備役だった。苦労に慣れ切った面子である。

 

 食事が終わり、俺たちは食堂を後にした。荷物を抱えた兵士が廊下を行きかう。床に箱が積み上げてられている。第二艦隊臨時司令部は移転作業の真っ最中だった。

 

「来週からイゼルローン要塞なんですよね」

 

 ドールトン少将がぽつりと呟いた。イゼルローン総軍との軋轢を軽減するため、第二艦隊はイゼルローン要塞に移転することになった。

 

「揉め事にならなければいいんだが」

 

 アップルトン中将が心配するのは無理もないことだ。イゼルローン要塞には、アッテンボロー大将、シェーンコップ大将、ポプラン少将らのような曲者が集まっている。

 

「コレット提督が心配です。あの子、フィリップス提督の悪口だけは絶対に許さないから」

「想像するだけで胃が痛みそうだ」

「ヤン元帥の養子と鉢合わせしたら、大変なことになりますよ」

「ああ、あのガキか。我々がやってきた二日後に、要塞艦隊へ転属したんだったな」

「コレット提督が許すとは思えないんですよね。『フィリップス提督の下につきたくない』といったも同然ですから」

 

 ドールトン少将とアップルトン中将は、トラブルを懸念している。ジェニングス中将は「それはそれで構わん」と独り言を言った。ハラボフ大佐は何か言いたそうな目をする。

 

「何も起きないよ。コレット提督には、『イゼルローン総軍と仲良くしろ』と命じたからね」

 

 俺はきっぱり言い切った。コレット少将が俺の命令に逆らうことは絶対にない。銀河一のフィリップス信者と銀河一のヤン信者の対決は起きないだろう。

 

 二時間の残業を終えて官舎に戻り、司令官日記の執筆に取り掛かった。今回の題名は「エリヤ・フィリップスのイゼルローン総軍紀行 第三回」という。イゼルローン総軍について知りたいという読者の要望に応えるための企画だ。

 

 前回掲載分のコメント欄には、「ヤン元帥の偉大さがわかりました!」「ヤン元帥は本当の名将ですね!」といったコメントが並んでいた。読者が喜んでくれたことが嬉しい。そして、自分がヤン元帥を潰す陰謀に加担していることを改めて自覚し、胸が痛くなった。何事もなければ、同盟軍は天才提督と個性的な部隊を失ってしまう。

 

「何とかして残せないかな」

 

 俺の心の中で、イゼルローン総軍を惜しむ気持ちが生まれつつあった。査問会を阻止できる立場ではない。それでも、できることはあるはずだ。ヤン元帥が作った部隊を残したい。ヤン元帥が育てた個性を残したい。対極にいるがゆえに、自分が作れない物が尊いと思う。

 

 通信端末から同盟国歌が流れ、スクリーンに「P1028」という文字が浮かぶ。ネグロポンティ国防委員長からの通信だ。俺は慌てて受信ボタンを押した。

 

「C8234であります」

「P1028だ。報告を頼む」

 

 ネグロポンティ国防委員長は符牒を使って話す。決して傍受できない暗号通信を使い、部屋には盗聴防止用の遮音力場を張り巡らしているが、それでも油断はしない。

 

「かしこまりました」

 

 俺も符牒を使い、イゼルローン総軍の様子について報告した。

 

「パーティーの件に感づいたものはいないようだな」

「手がかりがありませんから」

「私の策が的中したのだ」

 

 ネグロポンティ国防委員長の丸々とした顔に、満面の笑みが浮かんだ。

 

「知っている情報を漏らすことはできる。だがな、知らない情報を漏らすことはできんのだよ」

「おっしゃる通りです」

「誰にも情報を教えるな。信用できる相手にも打ち明けるな。人間は意外なところで繋がっているものだ。漏洩を防ぐ唯一の手段は、情報を与えないことだからな」

「肝に銘じます」

 

 俺は納得したような顔で頷いたが、内心では不審を覚えていた。知らない情報を漏らすことはできない。ならば、トリューニヒト議長はなぜ査問会の存在を俺に伝えたのだろうか?

 

 査問会の情報は徹底的に隠された。全銀河で査問会の存在を知る者は一七名しかいない。俺と警備担当のベイ少将以外は大物中の大物だ。閣僚や与党幹部ですら知らされていない。誰かが怪しんで徹底的に調査したとしても、情報を手に入れることは不可能だろう。

 

 ここまで秘密保持に気を使っているなら、俺には知らせないほうがいいはずだ。後になって気づいたことだが、この任務は査問会について知らなくても遂行できる。査問会関連の任務に携わる人の大多数は、裏の事情を知らない。イゼルローン総軍の監視だって、裏を知らなくてもできる任務だ。情報漏れを防ぎたいなら、俺には査問会の存在を隠すべきだった。

 

「どうした? 気になることがあるのか?」

「いえ、ありません」

 

 俺は嘘をついた。疑問をぶつけても、満足できる答えは返ってこないだろう。トリューニヒト議長は誰にも答えを教えないはずだ。根拠はないけれども、そう思った。


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