銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(新版)   作:甘蜜柑

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残酷な表現があります。ご注意ください。


第109話:強者の敵と弱者の味方 802年11月5日~11月6日 イゼルローン要塞

 部下からの突き上げが激しさを増している。第四艦隊司令官ジャスパー大将と第一三艦隊司令官代理デッシュ大将は、俺の弱腰を批判し、攻勢に転じるよう要求した。要塞艦隊司令官アッテンボロー大将は理路整然と積極論を説き、若手や中堅の支持を集め、集団で突き上げてきた。第六艦隊司令官ムライ大将、第一一艦隊司令官ホーランド大将、第二艦隊司令官代理アップルトン中将らも控えめな言い方で方針転換を求めた。

 

「戦わなければ、士気を維持できない」

 

 それが艦隊司令官たちの言い分であった。実際、士気は著しく低下している。安全圏から砲撃を繰り返すだけの戦いは、将兵の意欲を著しく削いだ。ミスやトラブルは増加の一途をたどった。

 

 彼らに一理あることは認める。消極策は士気に悪影響を及ぼす。兵を指揮する者にとっては見過ごせない事態だ。俺が同じ立場なら、やはり積極論を唱えただろう。士気の低下を止めなければ、消極策への支持は得られない。

 

 俺は士気の維持に取り組んだ。食事会を開き、兵士の声に耳を傾けた。各種手当の臨時増額、食事の量と質の向上、甘味無制限食べ放題、酒と煙草の支給量増加、基地売店の商品値下げ、焼きたてパンの提供などを実行に移した。作戦終了後のボーナス支給と特別休暇付与を約束した。飴を与えるだけでなく、規律違反を厳しく取り締まった。

 

 できることはすべてやったが、将兵の不満を解消するには至らなかった。彼らが求めているのはやりがいある任務だった。金や物や娯楽を与えても、根本的な解決にはならない。

 

 同盟軍が劣勢ならば、立てこもるだけでもやりがいを感じただろう。しかし、今の同盟軍は優勢だった。オペレーション・モンブランは、同盟軍の弱体化を明らかにする一方で、帝国軍がそれ以上に弱くなったという事実も明らかにした。ヤン・ウェンリーの下で戦った者は、あまりに勝ちすぎたがゆえに、勝利を「戦えば得られるもの」と思い込んだ。その他の者も「同盟軍は強く、帝国軍は弱い」という先入観を持っている。弱敵相手に立てこもるなど、やりがいのかけらもない任務なのである。

 

 結局のところ、人間は成功体験に縛られる。帝都を攻略してから四年しか経っていない。勝利の記憶が薄れるには短すぎる時間だった。

 

「次はトラブル処理だ」

 

 俺は士気対策の書類を片付け、トラブル処理にとりかかった。指揮官にとってトラブル処理は重要な仕事である。うまく処理すれば部下は満足し、処理できなければ部下は不満を抱く。軍隊は人間の集まりなので、トラブルを完全になくすことはできない。だから、指揮官はトラブル処理の能力を試され続けることになる。

 

 ハラボフ大佐が持ってきた書類は、第一九五巡航戦隊のパワハラ事件に関するものだった。あまりに悪質で、パワハラと呼びうる域を超えていた。故意の殺人以外の何ものでもない。事態を重く見た俺は、戦隊司令バレンスエラ准将の指揮権を停止し、「懲戒免職が妥当」という意見書を国防委員会に送った。だが、人事部がクレームを付けたため、差し戻されたのである。

 

「処分を軽くできる要素なんて、一つもないぞ」

 

 俺は愚痴をこぼしながら書類を見た。初犯であったとしても、厳罰は免れないだろう。まして、バレンスエラ准将には、両手の指で数え切れないほどの前科があるのだ。

 

 人事部は人材不足の現状を訴え、「過失にこだわらず、人材を活用してほしい」と述べた。クーデターと粛軍の影響で、多くの人材が失われた。バレンスエラ准将のような優れた人材は、現在の軍にとって貴重である。だから、今回の件は大目に見てほしいという。

 

 世間一般の常識に照らせば、人事部の主張は支離滅裂である。民間企業が「彼は組織に必要な人材だ」と言って、殺人犯を擁護したら、頭がおかしいと思われるだろう。役所でもそれは変わらない。しかし、軍では一定の説得力をもって受け止められる。

 

 同盟軍は極端な実力主義をとっている。トラブルメーカーでも武勲を立てれば出世できた。変人でも能力があれば重用された。だからこそ、ヤン・ウェンリーやワルター・フォン・シェーンコップのような人物が、若くして高位を得たのである。このような風潮は、悪党にとっても都合が良かった。有能であれば、悪事が発覚しても「使える人材だから」という理由で見逃された。

 

 バレンスエラ准将は文句なしに有能であった。士官学校卒業後、一二年間で二〇〇回を超える戦闘に参加し、そのすべてで武勲をあげた。誰よりも勇敢に戦い、誰よりも勤勉に働いたので、部下から絶大な信頼を寄せられた。日頃から「部下を生かすことが指揮官の義務」と言い、それを実行してきた。弱い人間を徹底的にいじめ抜く癖さえなければ、本物の名将になり得ただろう。人事部が擁護するのも無理はないと思える。

 

「どうしようか」

 

 俺は幕僚たちの顔を見回した。処分を軽くするかどうかを問うたわけではない。結論は最初から決まっている。

 

 有能なら何をやっても許されるという風潮が、同盟軍を犯罪者の天国にした。八世紀前半の名将エルゼ・オストヴァルトは、判明しているだけで一二人の部下を自殺に追い込んだが、元帥・統合作戦本部長にまで上り詰めた。ドミトリー・マレニッチは有能だとの評判を得るために降伏者を殺し、戦功を水増しした。マンフレット・フェーネンダールやスタウ・タッツィーは、問題ある人物だったにもかかわらず、数々の戦功を評価されて昇進し、虐殺を起こすに至った。

 

 悪習は廃さなければならない。バレンスエラ准将の軍人生命を断ち切ることで、有能でも許されないことがあると示そう。そして、パワハラ軍人や犯罪常習者が出世する余地をなくすのだ。

 

「政治的には悪手ですね」

 

 チュン・ウー・チェン副参謀長がまずいパンを論評するような口調で言った。

 

「わかっている」

「わかっていてもおやりになるでしょう?」

「まあね」

 

 俺はいたずらっぽく笑った。今後は人事部の協力を得にくくなるだろう。最大派閥寛容派の不興を買うことも間違いない。それでも譲れないものはある。凡人のための軍隊には、パワハラを許容する余地などないのだ。

 

「それでこそあなたです」

 

 チュン・ウー・チェン副参謀長は満足そうに頷いた。その眼差しは焼きたてのパンのように暖かい。

 

「良識派と連携できませんかね。パワハラ絡みなら、ビュコック元帥やヤン元帥も喜んで協力なさると思いますが」

 

 そう提案したのは、メッサースミス作戦副部長である。

 

「やめておこう。良識派と組んだら、支持者が離反しかねない。反パワハラより反良識派を優先する人が多いからね」

「かしこまりました」

「厳格派と旧ロボス派を引っ張り込めば、寛容派に対抗できる。今はそれで十分だ」

 

 俺は未練を断ち切るように言った。ヤン元帥やビュコック元帥と共闘したくないと言えば嘘になる。前の世界を生きた同盟人にとって、魔術師や老元帥は特別な存在なのだ。

 

「次の議題に移ろう。S四一五五のファイルを開いてほしい」

 

 俺が指示を出すと、全員の端末画面に一枚の文書が映し出された。イゼルローン要塞に残留する民間人四九九名の強制避難を求める文書だった。

 

 帝国軍が現れた時、イゼルローン要塞に居住する民間人はティアマト星系に避難した。しかし、ごく少数の者が避難を拒んだ。ティアマト星系は右翼の牙城である。トリューニヒト政権に目をつけられた者が避難した場合、星系政府や右翼団体から迫害を受けかねない。

 

 俺は残留者のリストを眺めた。トリューニヒト議長の政敵、ラグナロック戦犯とその家族、元解放区民主化機構(LDSO)幹部、再建会議の支持者、反トリューニヒト派の知識人、反体制活動家などの名前が並んでいる。

 

「有名人だらけだな」

「ボースマの"嫁”もいますよ」

 

 ワイドボーン参謀長が興味深げにリストを見る。

 

「ボースマ平和財団理事長、カスパー・ボースマ。一九歳か」

 

 俺は軽く目を伏せた。殺人企業経営者ミセル・ボースマを殺害したことについては、一切後悔していない。兵を死なせるぐらいなら、抵抗する相手を殺す方がましだ。しかし、遺族の心中を思うと、正当性を声高に主張できなくなる。

 

 ボースマは同性愛者であるにもかかわらず、熱烈な帝国びいきであった。帝国に出店することを夢見ていた。帝国人の生活を向上させたいと願い、巨額の資金をフェザーン経由で帝国に投資した。ラグナロック戦役が始まると、戦争国債を大量に購入する一方で、全解放区に店舗を置いた。終戦後は同盟と帝国の平和的経済統合を目指し、反戦政党や平和団体に巨額の寄付を行った。

 

 カスパー少年が“夫”の遺志を受け継いでいることは間違いない。名門リスナー家の嫡子でありながら、留学先のフェザーンでボースマと出会って恋に落ち、そのまま同盟に亡命した人物である。彼自身が「同盟人と帝国人はわかり合える」というボースマ主義の象徴なのだ。

 

「好きにさせたらいいんじゃないか」

 

 俺はさりげなさを装って笑った。カスパー少年と俺は相容れない存在である。それでも、右翼に引き渡そうとは思わない。

 

「他の連中はどうします?」

「こっちにいた方が安全だろう」

「シリトーだけ避難させるってのはどうです? ティアマトに行ったら大歓迎でしょうよ」

 

 ワイドボーン参謀長は冗談めかした口調で言ったが、目は笑っていない。三年前に軍人一〇〇〇万人の首を切ったシリトー元国防委員長は、主戦派の敵だ。

 

「やめておこう」

 

 俺が笑って流すと、ワイドボーン参謀長は何も言わずに引き下がった。理屈ではわかっているのだ。

 

「グレシャムお婆ちゃんとローズお爺ちゃんには、痛い目見てほしいねえ」

 

 イレーシュ人事部長がぽつりと呟いた。グレシャム元最高評議会副議長は、ラグナロックを始めた張本人の一人でありながら、最後まで非を認めなかった。ローズ元遠征軍衛生部長は、休養時間を削減したり、麻薬を「疲れの取れる薬」として処方したりするなどして、多くの将兵を過労死させた。ラグナロックで苦労した者ならば、この二人を恨まずにはいられないだろう。

 

「気持ちはわかるけど、民間人を危険に晒すわけにはいかない」

 

 俺は建前論で押し通した。守るべき対象を選別しないというのが原則である。好きな人を守り、嫌いな人を守らないなんてことは許されない。

 

 イレーシュ人事部長はそのことを理解していたので、反論しなかった。理解していても一言言いたくなるのが感情である。そして、一言言うだけで済ませるのが理性である。

 

「他はいいとして、アウグスト二世は許せませんな」

 

 ベッカー情報部長がある名前をあげると、幕僚たちは同意の声をあげた。俺も同意しそうになった。

 

 アウグスト二世とは、アンリ・プセント退役少将である。息子のアリオ・プセントが「アウグスト三世」と呼ばれているので、その父はアウグスト二世になるわけだ。帝国人らしい皮肉のきいた言い回しである。

 

「彼は息子を弁護しているだけだ。悪いことはしていない」

 

 俺は引きつりそうになる表情を全力で和らげつつ、ベッカー情報部長をたしなめた。手のひらには爪が深く食い込んでいる。

 

「あれは弁護なんてもんじゃありません。関係ない人間を片っ端から讒訴してるんですよ?」

「彼は弁護してるつもりなんだ。息子が全部悪いんだ」

「まともな人間なら、あんな与太話は真に受けないでしょうに」

「どんな子でも親から見ればかわいい子なんだ」

「糞の塊をかわいいと思える親なんているんですかね? 私ならさっさと捨てたくなりますが」

「彼は普通の親より愛情が強いんだ。だから、糞の塊でも愛せるんだよ」

「アウグスト二世には愛人が五人いて、ほとんど家に帰らなかったそうですよ。アウグスト三世とは月に二度しか顔を合わせなかったとか」

「父性愛に目覚めたんだろ。息子が犯罪者になったから反省したんだ。きっとそうだ。そうに違いない」

 

 我ながら無茶苦茶だと思いつつ、俺は抗弁を続けた。アウグスト二世、いやアンリ・プセント退役少将に好感を抱く理由はない。被害者や遺族や社会を愚弄し続ける姿を見ていると、ふざけるなと言いたくなる。それでも擁護しなければならないのが、辛いところである。

 

 プセント退役少将がアリオ・プセント元中佐の父親でなければ、ここまで不快感を覚えることもなかっただろう。「アウグスト三世」の異名の通り、プセント元中佐の残虐性は、史上最大の暴君アウグスト二世に匹敵する。そして、卑劣ぶりはアウグスト二世を遥かに凌ぐ。前の世界で最も卑劣な行為といえば、リッテンハイム侯爵の味方殺しであろう。だが、その程度の卑劣行為は、プセント元中佐にとっては寝起きの準備運動にすらならない。

 

 ヴィンターシェンケ事件は犠牲者の数よりも、異常な残虐性をもって知られる。同胞が同胞を殴り、同胞が同胞を犯し、同胞が同胞を殺し、同胞が同胞の肉を食らうというのは比喩ではない。単なる説明である。同盟軍がヴィンターシェンケを奪還した時、腕・足・指・目・鼻・耳・足・性器がすべて残っている者は、生存者の一割に満たなかった。生殖能力を奪われなかった女性の九割が妊娠していた。その責任の半分はスタウ・タッツィー、半分はアリオ・プセントに属する。

 

 帝国を心から憎悪していたとしても、プセント元中佐の悪業を許容することはできないだろう。生理的に不可能だ。ヴィンターシェンケ伯爵は軟弱な少年であったが、犬にされるいわれはない。ヴィンターシェンケ家の一族は怠惰であったが、極限の苦痛を与えつつ死なせない拷問を加えられるいわれはない。ヴィンターシェンケ家の三重臣は無能であったが、リョウチ三万回の刑に処せられるいわれはない。ヴィンターシェンケの住民は無知であったが、家族殺しや共食いを強制されるいわれはない。これほどの残虐さを許容できる者がいるとしたら、そいつは人間ではないと断言できる。

 

 ヴィンターシェンケでは同盟人も犠牲になっている。権力掌握の障害になる者は殺された。屈服しない者は殺された。命令に逆らった者は殺された。反対意見を述べた者は殺された。住民に情けをかけた者は殺された。理由がなくても殺された。総司令部の査察団は一人残らず殺された。鎮圧部隊がやってくると、タッツィーとプセントは時間稼ぎのために、部下を次々と自爆させた。

 

 プセント元中佐は残虐非道で、逮捕された後の言動も最低だった。こんな腐った人間が現実にいるのかと驚いたものだ。思い出すだけで胸がむかついてくる。この男の父親が憂国騎士団に殴られたら、胸がすっとするだろう。だが、感情に従うべき場面ではない。

 

「善人でも悪人でも関係ない。民間人を危険に晒すことはできない」

 

 俺は迷いを振り払うように言い切った。反対意見は出なかった。部下たちも理性では理解していた。

 

「それにしても、ヤンやアッテンボローは偉い男だね。屑だろうが敵だろうが保護するんだから」

 

 イレーシュ人事部長は半分呆れ、半分感心するように言った。ヤン元帥やアッテンボロー大将らにとって、グレシャム元副議長やローズ元衛生部長は理念的に許容できない人物だ。プセント退役少将に至っては、「ヤン・ウェンリーこそがヴィンターシェンケ事件の黒幕だ」と吹聴する人物である。そんな人物でも受け入れた。

 

「彼らは弱者の味方だから」

 

 俺が笑いながら答えると、ワイドボーン参謀長が首を横に振った。

 

「違います。あいつらは強者の敵です」

「何が違うんだ?」

「あいつらは強者に迫害された人間なら誰でも守ります。ですが、強者に追従する人間には例外なく冷淡です。それが弱者だとしても」

「そうかな」

「強者に敵対したいのであって、弱者を守りたいわけじゃないんですよ」

「…………」

 

 俺はワイドボーン参謀長に反論できなかった。強者の味方でなければ、弱者の味方だと素朴に信じていた。しかし、ヤン元帥やアッテンボロー大将が、強者に追従するタイプの弱者に冷たいのは事実である。自立心のない人間に対しても冷たい。強者の敵であって、弱者の味方ではないのだろうか……?

 

「避難の件は拒否ということでよろしいですね?」

 

 チュン・ウー・チェン副参謀長が俺の迷いを察したかのように、声をかけた。

 

「もちろんだ」

「では、次の仕事に移りましょう」

 

 その他のトラブルも厄介なものばかりだった。艦隊レベルでも処理できないものが持ち込まれてくるのだから、厄介なのは当然である。地球教徒とイエルバ教徒と十字教徒は、三つ巴の喧嘩を続けている。地球教徒同士でも、進歩派と伝統派が衝突を繰り返す有様だ。サイオキシン汚染は深刻化している。ポプラン少将は無差別にナンパし、他人の彼女を平気で寝取り、喧嘩騒ぎに率先して首を突っ込むので、トラブルが絶えない。殺人事件や強姦事件も起きる。

 

 毎日がこんな感じである。糖分がいくらあっても足りない。おかげでマフィンを食べる量が倍増した。

 

「疲れた……」

 

 トラブル処理を終えた後、俺は仮眠室に転がり込んだ。タンクベッド睡眠では精神的な疲労は回復しない。可能な限り、自然睡眠を確保する必要がある。首席副官ハラボフ大佐に「敵襲以外は起こすな」との指示を与え、扉を閉じる。ダーシャの写真を枕の下に入れ、ベッドにもぐり込んだ途端、眠りの国へと旅立った。

 

 けたたましい音とともに眠りの国から追い出された。端末のランプが赤く点滅している。俺は慌てて飛び起き、受信ボタンを押した。

 

「ハラボフ大佐、何があった!?」

「アッテンボロー大将が面会を求めております」

「それだけか……?」

「はい」

「敵襲以外は起こすなと言っただろう」

「ご指示通りにいたしました」

 

 ハラボフ大佐の表情は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えない。

 

「わかった……」

 

 俺は目をこすりながら仮眠室を出た。ハラボフ大佐の判断はいつも正確だ。彼女が起きるべきだと言うのなら、それが正しいのだろう。

 

 ドアの前にはハラボフ大佐と護衛兵一〇名が並んでいた。ハラボフ大佐はピンク色のキックボードを二つ抱えている。

 

「これをお使いください」

「ありがとう」

 

 俺はキックボードを受け取った。ピンク色でふわふわしたデザインだった。しかも、ハラボフ大佐とお揃いである。なぜ、ここで羞恥心を試されなければいけないのだろうか? モスグリーンのキックボードを抱える護衛兵たちが羨ましい。

 

「ああ、つまらんつまらん! こんなつまらん戦いははじめてだ!」

 

 廊下の向こう側から、要塞空戦隊司令官代理オリビエ・ポプラン少将の声が聞こえた。この人も積極論者である。大声で不平を言いまくるので、アッテンボロー大将やジャスパー大将と並ぶ頭痛の種であった。

 

「早く行こう」

 

 俺はピンク色のキックボードに乗り、全速力で駆け出した。ハラボフ大佐がぴったり横に並んで走り、モスグリーン色のキックボードに乗った護衛兵が周囲を固めた。ポプラン少将の横を突っ切り、あっという間に司令官室に到着した。

 

「会いたくないなあ……」

 

 ぼやきながらも面会の準備を整えた。各艦隊はイゼルローン要塞とティアマトを往復しているため、その司令官が俺と顔を合わせる機会は少ない。だが、アッテンボロー大将は軍港の管理責任者なので、要塞艦隊がティアマトにいる時も要塞に留まった。その立場を最大限に活用し、毎日会いに来る。

 

 アッテンボロー大将が司令官室に現れた。三人の姉に囲まれて育ったせいか、繊細で優しげな容貌を持ち、点々と広がるそばかすが素朴な印象を付け加える。しかし、緑色の瞳に宿る光はふてぶてしく、腕白小僧のようだ。すらりとした長身には不敵なたたずまいがある。まさしく英雄の器であるが、俺にとってはストレスの種でしかない。

 

「お昼寝中だったそうですな。お休みのところ、申し訳ありませんでした」

 

 アッテンボロー大将はうやうやしく敬礼した。目に値踏みするような光が宿る。言葉には隠しきれないとげがあった。

 

「そうでもないさ」

 

 俺は朗らかな笑顔を作り、悪意に気づいていないように振る舞った。挑発に乗る必要はない。少しでも苛立ちを見せたら、相手の思う壺だ。

 

「せっかく来たんだ。コーヒーでも飲みながら、のんびり話そうじゃないか」

「遠慮いたします。時間がありませんので」

 

 アッテンボロー大将はコーヒーに目もくれず、本題に入った。

 

「我が軍は危機に直面しています。士気の低下はとどまるところを知りません。規律は緩みきっています。敵は我が軍の乱れに付け込もうとするでしょう。そうなる前に軍を建て直さなければなりません」

「現状を深刻に受け止めている。あらゆる手を尽くすつもりだ」

「ならば、最善の手段をとるべきです。攻勢を仕掛けましょう」

「あえて攻勢に出る必要はない」

 

 議論はいつもと同じ展開をたどった。アッテンボロー大将は理路整然と積極論を説き、鋭い言葉で消極論の矛盾を突き、現実的な攻撃案を示した。俺の反論はことごとく粉砕された。

 

 会見が終わり、アッテンボロー大将は出ていった。机の上には、手付かずのコーヒーとマフィンが残されていた。彼はこちらが用意した飲食物には絶対に手を付けない。

 

「…………」

 

 俺は椅子の背もたれに体重を預けた。息切れがひどい。手と背中が汗で濡れている。体がひどく重く感じる。

 

「無礼な人ですね」

 

 次席副官クリストフ・ディッケル大尉が苦々しげに顔をしかめた。心から不快に思っているというより、不快さをあえて出そうと努力したように見えた。

 

「いや、彼は間違っていない。俺も同じことをやった。だから、わかる」

「どういうことです?」

「六年前、俺はエル・ファシルで戦った。上官はヤン・ウェンリー提督だった。部下はヤン提督の消極策に不満を持っていた。俺は部下の不満をそらすために、ヤン提督を批判した。何度もヤン提督のもとに通信を入れて、積極策に転換しろと言った」

 

 まぶたを閉じて昔のことを思い出す。あの時、俺はあえて敬愛するヤン・ウェンリーと一線を引いた。組織には敵が必要だ。そして、その敵は他陣営にいるとは限らない。ヤン・ウェンリーを敵とすることで、エル・ファシル防衛部隊は結束を固めた。

 

「後悔はしていない。ヤン提督には迷惑をかけたと思う。それでも、当時は必要なことだった。ああしなければ、部下が納得しなかった」

「アッテンボロー提督も同じだとおっしゃるのですか?」

「要塞艦隊には九〇万人の隊員がいる。彼らを納得させるために俺を批判する。それは“あり”な選択だ」

「上官はサンドバッグじゃないでしょう」

「責任者は叩かれるためにいる。すべて仕事のうちだ」

 

 俺は自分に言い聞かせるように言った。共通の敵を持った時、人間は最も強い絆で結ばれる。同僚や部下と話す時、上官の無能さは格好の話題になる。実のところ、上官は敵役としては敵軍よりも優秀なのだ。敵役を引き受け、批判を浴びる。それは上に立つ者が果たすべき仕事である。

 

 ハラボフ大佐が何も言わずにトレイを置いた。焼きたてのマフィン二個、砂糖とクリームでどろどろになったコーヒーが香ばしい匂いを放っている。

 

「ありがとう」

 

 俺は礼を言い、糖分の補充に取り掛かった。マフィンを噛み砕き、コーヒーを飲み干す。体と心に糖分が染み渡る。それでも体は重いままだ。

 

「疲れが取れないな。仮眠したばかりなのに」

「悪夢でも見ていらしたんじゃないですか」

 

 ハラボフ大佐は冷ややかに言った。

 

「夢なんか見てないぞ」

 

 俺は笑顔でごまかしたが、内心では心を読まれたのかと焦った。実を言うと、ジャスパー大将、アッテンボロー大将、ポプラン少将の三人に追い回される夢を見たのだ。間違ってダーシャのそっくりさんの写真を入れたのが、まずかったのだろうか。

 

 八日後に援軍が到着する。あと八日も耐えなければならないのだ。明日はジャスパー大将とデッシュ大将がやってくる。想像するだけで憂鬱な気分になった。

 

「もう一度仮眠しよう。寝れる時に寝ておかないと」

 

 今の俺にとって、睡眠が唯一のオアシスである。一日四度の食事はすべて提督や兵士との会食になっている。トレーニング時間を一日一時間しか確保できず、一度に使える時間は一〇分から二〇分なので、ストレッチ以外のことはできない。仕事から解放されるのは睡眠中だけだ。

 

 けたたましい音とともに眠りの国から追い出された。端末のランプが赤く点滅している。俺は慌てて飛び起き、受信ボタンを押した。

 

「ハラボフ大佐、何があった!?」

「ガイエスブルク要塞が動き出しました」

「なんだって!?」

「今すぐ中央司令室にお越しください」

「わかった!」

 

 俺は端末を切り、服装を整え、ベレー帽をかぶり、仮眠室を飛び出した。首席副官からピンク色のキックボードをひったくるように受け取り、廊下を疾走する。

 

 中央司令室は緊張に包まれていた。空いている席は一つもない。将官がひっきりなしに指示を与える。オペレーターは休むことなく手を動かす、幕僚たちは各所と連絡を取り、情報を集約し、状況把握に務める。

 

 ガイエスブルク要塞は一二個の通常航行用エンジンを稼働させ、イゼルローン要塞に接近している。二万隻を超える艦隊が要塞の周囲を固める。壮観としか言いようのない光景であった。

 

「ルイス・ハンマーではないな」

 

 スクリーンを見た瞬間、俺はそう判断した。要塞特攻戦術「ルイス・ハンマー」を使う場合、要塞の周囲から味方を遠ざける。そうしなければ、要塞の爆発に巻き込まれてしまう。しかし、帝国軍はガイエスブルク要塞の周囲に密着している。早めに離脱したら、同盟軍にエンジンを破壊されかねない。衝突寸前に離脱しても、この距離では逃げ切れないだろう。

 

「キルヒアイス元帥がルイス・ハンマーを使うような低能なら、楽に戦えるんですがね」

 

 要塞軍集団司令官シェーンコップ大将は憮然とした口調で言った。三週間前、キルヒアイス元帥の要塞強襲作戦に対処したのは彼だった。

 

 キルヒアイス無能説を主張してきたオイラー大将が何か言いかけたが、シェーンコップ大将と視線が合うと、慌てて口を閉じた。元帝国軍の名将もシェーンコップ大将には敵わない。

 

「あれは使い勝手の悪い戦術ですからな。素人さんの間ではやたらと人気ですが」

 

 第二艦隊司令官代理アップルトン中将は、腕を組みながらスクリーンを見た。ルイス・ハンマーの準備作業に携わった経験があるので、その限界を熟知しているのだ。

 

 ルイス・ハンマーの弱点は通常航行用のエンジンである。移動中にエンジンを一つでも破壊されると、バランスを崩し、スピン回転を始めるのだ。前の世界ではヤン・ウェンリーがひと目で見抜いたが、この世界では帝国軍が試行錯誤の末に発見した。エンジンに護衛部隊を付けたら、ローコストという最大の利点が失われる。こうして、ルイス・ハンマーは廃れた。

 

「艦隊を出動させよう。敵の狙いはわからない。だが、これは大きなチャンスだ」

 

 俺は第二艦隊と第一一艦隊を出動させ、パエッタ大将に作戦指揮を任せた。信用できる手駒がイゼルローンにいたのは幸いだった。

 

 敵はレンネンカンプ艦隊、ミュラー艦隊、アイヘンドルフ艦隊、トゥルナイゼン独立分艦隊という陣容である。総司令官キルヒアイス元帥は旗艦バルバロッサに乗り、最前線で指揮をとる。キルヒアイス軍のベストメンバーと言っていい陣容だ。

 

 パエッタ大将、ホーランド大将、アップルトン中将の三人が、正面の敵に対抗できるとは思わない。前の世界ではラインハルトとその配下に敗れた。この世界では過去の人という評価が一般的である。前の世界の名将だったキルヒアイス元帥、レンネンカンプ上級大将、ミュラー大将らと比べると、明らかに見劣りがする。それでも、彼らを使うしかない。

 

「俯角四〇度、二時方向に集中砲撃を加えろ! 他のポイントは無視しても構わない!」

 

 同盟軍二万隻が一斉にビームを放った。そのほとんどは中和磁場に阻止された。一回でけりをつける必要はない。何十回も撃ち続ければ、負荷に耐えきれなくなった中和磁場は消え去り、ビームがエンジンを貫くだろう。一つでもエンジンを吹き飛ばせば、こちらのものだ。

 

 帝国軍は守りを固めつつ前進を続けた。同盟軍が狙点を変えると、すぐに兵力を移動し、ピンポイントで守りを厚くする。

 

「砲撃だけでは届きません。接近戦を仕掛けましょう」

 

 ワイドボーン参謀長がスクリーンを指さした。砲撃が中和磁場に弾き返される光景が映し出されている。

 

「だめだ」

 

 俺は間髪入れずに却下した。

 

「これ以上砲撃を続けても無意味です。閣下ならお分かりでしょう」

「敵は要塞に貼り付いている。接近したら、ガイエスハーケンの射程範囲に入ってしまう」

「並行追撃に持ち込めば、ガイエスハーケンを無力化できます」

「罠かもしれないぞ。エンジン破壊という餌をちらつかせ、我が軍を誘い出して一網打尽にする。そういう罠だ。キルヒアイス元帥は策略に長けている。警戒するに越したことはない」

「乱戦に持ち込み、罠自体を無力化するという手もあります」

「そこまでする必要があるのか? リスクが大きすぎるんじゃないか?」

 

 俺はワイドボーン参謀長の進言を片っ端から否定した。進言の一つ一つは戦理に適っている。凡将相手なら有効だろう。だが、相手は前の世界の名将である。接近戦は避けるべきだ。大事な部下を失うことになったら、悔やんでも悔やみきれない。

 

「この程度のリスクは大きいとはいえません」

 

 ワイドボーン参謀長はあくまで食い下がる。理屈にあっていると思ったら、絶対に引き下がらないのが彼の流儀である。

 

「副参謀長、君はどう思う?」

 

 らちがあかないと思った俺は、チュン・ウー・チェン副参謀長に話を振った。彼なら反対してくれるに違いない。

 

「参謀長の意見に同意します」

 

 最も信頼する参謀の返答は、期待を裏切るものだった。

 

「リスクが大きいとは思わないか?」

「接近戦では質の高い方が有利です。弱体化したとはいえ、我が軍は質的優位を保っています」

「敵には優秀な提督が揃っている。慎重に慎重を重ねるべきだ」

「ホーランド提督なら勝てます」

 

 チュン・ウー・チェン副参謀長は意外なことを言った。

 

「本気で言ってるのか? 相手はキルヒアイス元帥だぞ? レンネンカンプ提督とミュラー提督もいるんだ。ホーランド提督では厳しいだろう」

「我々はヴァナヘイムやヴァルハラで、レンネンカンプ提督と戦いました。結果は覚えておいでですか?」

「四回勝って二回引き分けた」

「我々を指揮したのはどなたでしたか?」

「ホーランド提督だ」

「レンネンカンプ提督は帝国宇宙艦隊の最強の一角です。それでも、ホーランド提督には勝てませんでした。キルヒアイス元帥やミュラー提督は有能ですが、レンネンカンプ提督には及びません。この戦場においては、ホーランド提督が最も実績のある提督なのです」

「…………」

 

 俺は言葉に詰まった。反論できる材料がなかった。この世界の人間が知りうる情報だけで判断するなら、チュン・ウー・チェン副参謀長の言葉は正しい。

 

 ラオ作戦部長、メッサースミス副参謀長らも接近戦に踏み切るよう進言した。砲撃戦の継続を支持する幕僚は一人もいない。

 

 オイラー大将は口を固く閉ざしている。接近戦を進言すれば、媚びるべき相手と意見が対立してしまう。砲撃戦を進言すれば、キルヒアイス元帥やミュラー大将を警戒していると受け取られかねない。政治的計算と個人的感情が彼を沈黙させた。

 

 賛同者が一人もいないにもかかわらず、俺は砲撃戦を続けさせた。その根拠となったのは、自分以外の誰も参照し得ない情報である。

 

 この世界の人はこの世界のことしか知らない。ウィレム・ホーランドが第三次ティアマト会戦で喫した敗北を知らないし、ジークフリード・キルヒアイスがキフォイザーで収めた大勝利を知らないし、ナイトハルト・ミュラーがバーミリオンで見せた活躍も知らない。だが、俺は二つの世界を知っている。ウィレム・ホーランドが大敗する可能性、ジークフリード・キルヒアイスが大勝する可能性、ナイトハルト・ミュラーが鉄壁になる可能性を知っている。そうなる可能性が存在する以上、計算に入れないわけにはいかない。

 

 結局、エンジンを破壊することはできなかった。部下たちが指摘した通り、砲撃は効き目がなかった。ガイエスブルク要塞はD線の手前で停止し、ガイエスハーケンの砲口をイゼルローン要塞に向けた。

 

 二つの要塞の距離は七光秒(二一〇万キロメートル)まで縮まった。ガイエスハーケンはイゼルローン要塞にぎりぎり届かない。トゥールハンマーはガイエスブルク要塞にぎりぎり届かない。同盟軍が艦隊を展開させたら、ぎりぎりでガイエスハーケンの射程範囲に入る。帝国軍が艦隊を展開させたら、ぎりぎりでトゥールハンマーの射程範囲に入る。微妙な距離であった。

 

 しかし、艦隊を出さないという選択肢はない。イゼルローンとガイエスブルクの外壁は、初日の砲撃戦で穴だらけになった。艦隊を繰り出し、中和磁場の壁を張り巡らさなければ、敵艦のビーム砲が傷ついた外壁を貫くだろう。

 

「戦うしかないのか……」

 

 俺は崩れ落ちるように椅子に腰を落とした。最悪の事態が起きた。これまでの努力がすべて無駄になった。ジークフリード・フォン・キルヒアイスと真っ向から戦うことになったのだ。オペレーション・モンブランの時は、D線の内側に逃げ込めば終わった。だが、今後はそうではない。

 

 戦っている間に日付が変わり、長い一日が終わった。援軍が到着するまで一週間。どうやって凌げばいいのだろうか? 考えれば考えるほど気分が落ち込んでくる。

 

 俺は端末を開き、メールチェックを始めた。デスクワークに逃げ込むことで、現実を忘れようとしたのである。

 

 メールボックスの中もまた現実だった。政財界の要人は「子供を後方に配置換えしてくれ」「あの件を穏便に処理してくれ」などと個人的な頼みを持ち込んでくる。軍需企業は「我が社の兵器をもっと使ってください」「頼りになる人を紹介してください」などと商売絡みの話をする。

 

「勝手なことばかり言うなあ……」

 

 うんざりしたが、無視するわけにはいかない。政治家は予算を配分する権限を持っている。財界人や官僚は政治家の意思決定に影響を及ぼせる。軍需企業は部下の再就職の受け皿になる。第九次イゼルローン攻防戦の開戦以降、彼らへの借りは膨らむ一方だ。彼らは善意で協力しているわけではない。借りを返さなければ見放される。

 

「後回しにしよう」

 

 返答する元気がなかったので、エリヤ・フィリップス公式ブログを開いた。励ましのコメントを見て、元気を貰おうと考えた。しかし、疲れている時は嫌なものほど目に入る。「僕の考えた必勝の戦略です。採用してください」「なぜあの戦法を使わないのか。あなたは勝ちたくないのか」といった類のコメントにうんざりさせられた。

 

「仮眠しよう……」

 

 俺はよたよたと立ち上がり、オイラー大将に指揮権を委ねると、出口に向かって歩いた。距離がやたらと長く感じる。疲れが溜まっているのだろうか。

 

 ハラボフ大佐に扉を開けてもらった瞬間、体がふらついた。バランスを崩し、柔らかいものにぶつかり、そのまま床に尻をついた。

 

「あれ……!?」

「失礼いたします」

 

 ハラボフ大佐がしゃがみ、覚悟を決めたような顔で自分の額を俺の額とくっつける。

 

「何をするんだ?」

「熱を測ります」

「そうか……」

 

 俺は「体温計を使えばいいのに」と思ったが、何も言わなかった。口を開くのすら億劫だった。

 

 部下がぞろぞろと集まってくる。チュン・ウー・チェン副参謀長が、俺の手に潰れたパンを握らせた。イレーシュ人事部長が心配そうに俺の顔を覗き込む。ワイドボーン参謀長、ラオ作戦部長、ベッカー情報部長らは何やら話している。帰投したばかりのパエッタ大将、ホーランド大将、アップルトン中将、コレット少将らも駆けつけてきた。シェーンコップ大将は少し離れた場所にいるようだが、表情はわからない。

 

「あんたのせいよ!」

 

 妹の叫び声が耳に飛び込んできた。誰かの胸ぐらを掴んでいるようだが、確認はしなかった。その程度の動作すら億劫に感じる。

 

 何も考えたくなかった。何も考えられなかった。ハラボフ大佐と額をくっつけたまま、騒然とする周囲を他人事のようにぼんやり眺めていた。


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