銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(新版)   作:甘蜜柑

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第117話:救国軍事会議 803年10月19日~11月30日 第一辺境総軍司令部~司令官官舎

 八〇三年一〇月一九日午前六時、救国軍事会議が銀河帝国の全権を掌握した。帝国全土に戒厳令が施行され、行政・司法・治安のすべてが軍の管理下に置かれるという。

 

「救国軍事会議……?」

 

 俺は目をぱちぱちとまばたきさせた。救国軍事会議といえば、前の世界の同盟でクーデターを起こした組織ではないか。

 

 テレビに全神経を集中した。どれほど見詰めても、テロップは変わらない。どれほど耳を澄ませても、アナウンサーが「救国軍事会議」と言ったように聞こえる。頬をつねったら痛みを感じたので、夢でもないようだ。

 

 オフィスに到着すると、国防委員会から「救国軍事会議名簿」が送られてきた。同盟フェザーン駐在弁務官事務所が入手したものだという。

 

「救国軍事会議議長、ラインハルト・フォン・ローエングラム大元帥……!?」

 

 俺は自分の目を疑った。あのラインハルトが救国軍事会議の議長をやっているのだ。前の世界の人間なら仰天せずにはいられない。

 

 ラインハルトは救国軍事会議議長、帝国摂政、帝国宰相、帝国軍最高司令官、枢密院議長を兼任していた。貴族、軍隊、官僚の頂点を一人の人間が独占するなど前代未聞だ。「大宰相」ノイエ・シュタウフェン公、「準皇帝」エックハルト伯、「人形遣い」クラルボルツ侯、「不倒翁」カッセル公、「皇帝製造者」ヴィレンシュタイン公、「皇帝代行」オトフリート皇太子(後のオトフリート三世)ですら、これほど大きな権力を握ったことはない。

 

 副議長は、国務尚書ブラッケ上級大将、国家計画委員会議長シルヴァーベルヒ上級大将、帝国軍副最高司令官メルカッツ元帥の三名である。

 

「ブラッケ上級大将? シルヴァーベルヒ上級大将? 国家計画委員会議長?」

 

 俺の頭の中でクエスチョンマークが乱れ飛んだ。ブラッケとシルヴァーベルヒは諸侯でもあり、私兵隊の規模に比例した階級を持っている。だが、上級大将になれるほどの大諸侯ではない。国家計画委員会という組織も初めて聞いた。

 

 常任議員は、財務尚書リヒター上級大将、内務尚書オスマイヤー上級大将、宮内尚書マリーンドルフ上級大将、司法尚書ブルックドルフ上級大将、内閣書記官長マインホフ上級大将、帝国防衛委員会議長ファインハルス上級大将、近衛兵総監オーベルシュタイン上級大将、宇宙艦隊総参謀長メックリンガー上級大将、宇宙艦隊副司令長官ロイエンタール上級大将の九名である。

 

「えっ? えっ?」

 

 戸惑いはますます大きくなった。上級大将の階級を与えられる文官は、内務尚書と帝国防衛委員長と帝国警察総局長官の三名だけである。他の文官が上級大将になっているのはどういうことか。国務官僚のファインハルス子爵が、情報機関トップを務めているのも不思議だ。

 

 議員は三三名である。科学尚書グルック上級大将、典礼尚書インゴルシュタット上級大将、名誉職の元帥二名、国務省・軍務省・内務省・財務省の第一次官、帝国警察総局長官、統帥本部第一次長、地上総軍副司令官、兵站総監たる軍務次官、情報総監たる軍務次官、宇宙艦隊副司令長官、ガイエスブルク要塞司令官、上級大将たる艦隊司令官四名、憲兵総監たる軍務次官、人事総監たる軍務次官、技術総監たる軍務次官、帝国検事総長、装甲擲弾兵団司令官、猟兵団司令官、首都防衛司令官、ビフレスト要塞司令官、レンテンベルク要塞司令官、大将たる艦隊司令官八名の順に、名前が並んでいる。

 

 書記には、宰相府官房長・大元帥府事務局長・最高司令官首席副官を兼ねるフェルナー大将が就任した。

 

「完全に軍事政権だな」

 

 俺は議員の名前をまじまじと眺めた。各省尚書と警察総局長官は上級大将、軍務省を除く各省の第一次官と検事総長は大将の階級を有している。その他のメンバーは軍人だ。

 

 何よりも重大なのは、前の世界の名将が台頭したという事実だ。近衛兵総監パウル・フォン・オーベルシュタイン、宇宙艦隊総参謀長エルネスト・メックリンガー、宇宙艦隊副司令長官オスカー・フォン・ロイエンタール、ガイエスブルク要塞司令官ヘルムート・フォン・レンネンカンプ、タンネンベルク猟騎兵艦隊司令官ウォルフガング・ミッターマイヤー、黒色槍騎兵艦隊司令官フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト、白色槍騎兵艦隊司令官アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト、憲兵総監カール・ロベルト・シュタインメッツ、ビフレスト要塞司令官ウルリッヒ・ケスラー、デュッペル竜騎兵艦隊司令官エルンスト・フォン・アイゼナッハ、ポツダム竜騎兵艦隊司令官アウグスト・ザムエル・ワーレン、ゾーア竜騎兵艦隊司令官コルネリアス・ルッツ、ケーニヒグレーツ胸甲騎兵艦隊司令官ナイトハルト・ミュラー、ロイテン竜騎兵艦隊司令官カール・グスタフ・ケンプといった名前を見るだけで、戦慄を覚える。

 

 名将の下で活躍した者も、救国軍事会議に名を連ねた。統帥本部第一次長フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー、地上総軍副司令官コンラート・フォン・モルト、宇宙艦隊副司令長官ハンス・エドアルド・フォン・ベルゲングリューン、ライヒェンバッハ猟騎兵艦隊司令官ホルスト・フォン・ジンツァー、帝都防衛司令官オスカー・フォン・ブレンターノ、レンテンベルク要塞司令官ペーター・グリューネマン、ロイテン竜騎兵艦隊司令官ヴェルナー・フォン・アイヘンドルフ、マズーリ猟騎兵艦隊司令官ロルフ・オットー・ブラウヒッチ、最高司令官首席副官アントン・フェルナーらは、警戒に値する人物だ。

 

 戦記には登場しないが、前の世界で重きをなした軍人もいる。猟兵団司令官ハンス・フォン・ギーゼキングは、銀河ニンジャ四天王の一人で、ローエングラム朝帝国軍特殊部隊の創設者でもあった。技術総監アルトリート・ブレンナイスは、七九八年から八四五年まで技術総監を務めて、「終身技術総監」と言われた。軍務省第一次官イグナーツ・フォン・ハウプト、情報総監ノルベルト・フォン・キーファーらは、名前しか覚えていないが、ローエングラム朝の元帥だった。

 

 前の世界ではラインハルトに仕えなかった人材の名前もあった。副最高司令官ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ、大本営幕僚総監クルト・フォン・シュターデンらは、ラインハルトの宿敵だった。首席軍事参議官ユリウス・フォン・クラーゼンは、敵対しなかったが味方もしなかった。兵站総監シュテファン・フォン・プレスブルク、人事総監ルパート・フォン・ハーゼンバイン、装甲擲弾兵団司令官アロイス・ノヴォトニーらは、戦記にもニュースにも登場しなかった人物である。

 

 文官出身議員も前の世界で聞き慣れた名前ばかりだった。インゴルシュタット典礼尚書以外の閣僚は、ローエングラム朝で閣僚を務めた人物である。その他の人物も、麻薬中毒だった俺が名前を覚えているぐらいなので、ローエングラム朝の重臣だろう。記憶にない名前もたぶん大物だ。

 

「やばいぞ、これは。本当にやばい。やばすぎる」

 

 俺の乏しい語彙力では、「やばい」としか言えなかった。これは帝国のオールスターチームである。前の世界のラインハルト軍より強いかもしれない。

 

「やばいですね」

 

 そう言ったのは次席副官クリストフ・ディッケル大尉だった。

 

「君にもわかるか」

「ええ。帝国軍はおしまいですね」 

「帝国軍がおしまいだって?」

 

 意味がわからなかったので、相手の言葉をそのまま繰り返した。

 

「三〇代や四〇代の若手ばかりです。ベテランがほとんどいません」

「ああ、そういうことか」

 

 俺はようやく理解した。ディッケル大尉は年齢構成を問題にしているのだ。

 

「まともな閣僚はブラッケ侯とリヒター伯だけです。政府が回りませんよ」

「シルヴァーベルヒ男爵がいるじゃないか」

「まだ三〇代でしょう? 実績もない。ローエングラム公のブレーンという以外、起用する理由がありません。贔屓人事ですよ」

「マリーンドルフ伯はどうだ? 結構な年配だぞ」

「前職は枢密顧問官ですが、それ以前の官歴がありません。実務経験は皆無ですね。コネで起用されたと思われます」

「彼はローエングラム公と親しいのか?」

「娘がヴェストパーレ男爵夫人の秘書を務めています」

 

 ディッケル大尉は立て板に水を流すように答えた。

 

「詳しいなあ」

「仕事のうちです」

 

 そう言って、ディッケル大尉は照れるような表情になった。優秀だが根は純朴な青年である。

 

「頑張ってるよね、ディッケル君は」

 

 首席副官ユリエ・ハラボフ大佐は、優しいお姉さんと言った感じの笑顔を浮かべた。

 

「きょ、恐縮です」

 

 ディッケル大尉は平均よりやや小さな体を縮こまらせた。

 

「恐縮しなくてもいいのに。本当に頑張ってるんだから」

 

 ハラボフ大佐は白い歯を見せて笑い、ディッケル大尉の肩をぽんぽんと叩く。俺以外の人間に対してはひじょうに気さくだった。

 

 軽い寂しさを覚えつつ、救国軍事会議の名簿を読み返した。前の世界の記憶を隅に追いやり、この世界で知り得ることのみを参照する。確かにディッケル大尉が言う通りだ。この人選はいかれている。

 

 ラインハルトが若すぎるために目立たないが、政府首脳陣は異常なまでに若い。帝国の常識で考えれば、閣僚は五〇代から七〇代、次官は四〇代から六〇代といったところだ。しかし、現在の閣僚の半数は、三〇代から四〇代である。次官やその他の高官のうち、五〇歳以上の者は三人しかいなかった。畑違いの人物が起用されるケースも見られた。

 

 軍部首脳の若さはクレイジーな域に達している。半数以上が三〇代の若手だ。ベルゲングリューン上級大将(四五歳)、ケスラー大将(四三歳)、オーベルシュタイン上級大将(四二歳)らが、ベテランに見えてしまう。ジンツァー上級大将、ミュラー大将、ハーゼンバイン大将らは、三〇代前半だ。ブレンナイス技術大将に至っては、妹やコレット少将と同い年であった。しかも、艦隊指揮官あがりがやたらと多い。

 

「うちの国もたいがいだけど、帝国はもっとひどいねえ」

 

 イレーシュ・マーリア人事部長が名簿を一目見て、呆れ顔になった。

 

「ローエングラム公が好きなようにやったらこうなる、と」

 

 サンジャイ・ラオ作戦部長は失望と皮肉が半々と言った感じだ。

 

「私がキルヒアイスなら全力で止めるよ」

「足を引っ張ったように見えましたが、彼なりの忠義だったんですね」

 

 二人の参謀がため息まじりに語り合う。前の世界を知らない人が見れば、この人事は異常そのものだった。

 

 もしかしたら、前の世界でも最初は異常な人事だと思われたかもしれない。指揮経験のないキルヒアイスを艦隊司令官に抜擢した。一介の参謀だったオーベルシュタインに戦略立案を委ねた。戦隊司令に艦隊を与え、群司令や大型艦艦長に分艦隊を与えた。同盟戦派や貴族連合軍がラインハルトを甘く見るのも無理はなかった。

 

「帝国はおしまいだな」

 

 マルコム・ワイドボーン参謀長がぶっきらぼうに言うと、他の参謀たちもうなずいた。その顔には理論と経験に基づく確信がこもっていた。

 

 帝国は滅亡の瀬戸際にある。高圧的すぎる暴動鎮圧令が人心の離反を加速させた。給与遅配に腹を立てた警官が暴動に加わり、兵士や民衆と一緒に暴れまわった。オーディンでは兵士の脱走が相次ぎ、宇宙艦隊と地上総軍の兵舎は空っぽになった。討伐軍を組織するどころか、帝都を守る兵力すら確保できない。フェザーン人傭兵が最も信頼できる軍事力という有様だ。

 

 こんな状況でラインハルトはベテランをごっそり切り捨てた。滅亡に向かって直進しているようにしか見えない。

 

「キルヒアイス元帥の名前がありませんね。ポストも全部他人に取られています」

 

 そう指摘したのは、エドモンド・メッサースミス作戦副部長である。

 

「消されたと思わざるを得ませんな」

 

 ハンス・ベッカー情報部長は沈痛な面持ちで答えた。その顔には「消されたと思いたくない」と書いてあった。

 

「生きていると思うけどね。キルヒアイス元帥府の古参が参加しているし」

 

 俺はキルヒアイス派諸将の名前を指さした。ベルゲングリューン提督やビューロー提督が、上官を殺した人間に味方するとは思えない。

 

 ハラボフ大佐が机の上に書類を置いたので、俺たちは結論の出ようのない会話を打ちきった。やるべき仕事は山ほどある。司令部の日常業務だけでも膨大な量だ。部下がトラブルを起こしたり、政府や与党が自分の都合を押し付けてきたり、右翼と左翼が勝手なことを言ったりするので、予定外の仕事がどんどん増えていく。海外の政変にかまける余裕などないのだ。

 

「帰ったらあの人の意見を聞こう」

 

 マティアス・フォン・ファルストロング伯爵の高貴な顔を思い浮かべつつ、俺は書類に手を伸ばした。その瞬間、端末から緊急連絡のブザーが鳴り、壮年の女性軍人が通信画面に現れた。

 

「こちら、国防委員会です。銀河帝国皇帝が緊急勅令を発するとの情報が入りました。全銀河に向けて放送するそうです。R回線を繋ぎますので、ご覧になってください」

「わかった」

 

 俺が了承すると、メインスクリーンに荘厳な帝国国歌が流れ出し、帝国語の力強いアナウンスが響いた。

 

「全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の守護者、最も高貴な血筋の継承者、大神オーディンの最高司祭、神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝エルウィン=ヨーゼフ陛下のお出ましである!」

 

 黄色いマントと元帥服を身にまとった少年が現れた。目鼻立ちはくっきりしていて、肌は抜けるように白く、焦げ茶色の髪はさらさらで、優美な雰囲気が漂っている。眼差しは優しすぎて儚さすら感じられた。体はガラス細工のように華奢で、触ったら折れてしまいそうだ。前の世界で見せた凶暴さの片鱗も見られない。

 

「はぁ……」

 

 オフィスのあちこちからため息が聞こえた。熱っぽい視線を画面に向ける者もいる。右翼思想を持つバウン作戦副部長ですら、「見た目はいいですよね、見た目は」と不機嫌そうに言った。

 

 俺は少年皇帝をまじまじと見つめた。顔の作りは前の世界とほとんど同じなのに、ものすごい美少年に見える。表情や立ち居振る舞いのおかげだろう。前の世界の彼がこのような人物だったら、俺も騎士症候群に感染したかもしれない。人間は教育次第で良くも悪くもなる。

 

 エルウィン=ヨーゼフ二世は頬を軽く紅潮させ、緊張した面持ちで詔勅を読み上げた。政策の誤りを認め、奸臣を用いたことを懺悔し、「責任はすべて朕一人にある」と述べた。

 

「己を罪する詔か」

 

 オフィスは驚きに包まれた。神聖不可侵の皇帝が自己批判を行うのは、一三二年ぶりのことである。一二歳の少年皇帝が自ら決断したわけではない。「己を罪する詔」は、玉座の背後にいる人物の決意表明であった。

 

 マリーンドルフ宮内尚書が記者会見を開き、「勅令第六五七号は偽勅である」と述べた。無差別虐殺を示唆する詔勅は、奸臣が勝手に作ったものであって、皇帝のご意思ではないというのだ。

 

「なんで偽勅にするんだ? 撤回の勅令を出せばいいじゃないか」

 

 俺が疑問を呈すると、帝国出身のベッカー情報部長が答えた。

 

「勅令で撤回できるものは、別の勅令で復活させることもできます。勅令第六五七号が生き返る可能性を残してしまうわけです」

「なるほど。虐殺の意思がないというメッセージなのか」

「ええ。キールマンゼクらを処刑する口実にもなります。詔勅を作ったのは彼らですからね。冤罪というわけでもない」

 

 ベッカー情報部長は険しい表情でスクリーンを見詰めた。事態の推移を一ミリたりとも見逃すまいとするかのようだ。

 

 一〇時四〇分、キールマンゼク前第二副首相、ラング前副首相、ケディッツ前内務尚書、ランゲンボルン前財務尚書、シュトックハウゼン前軍務省第二次官、カールスバート前査閲総監ら一二名が、詔勅を偽造した罪で公開処刑された。ギロチンの刃が罪人の命を断ち切る。近衛兵が切り落とされた首を高々と掲げ、「正義は執行された!」と叫んだ。その様子は帝国全土だけでなく、フェザーンや同盟でも放送された。

 

 正午一二時〇〇分、ラインハルトはテレビ演説を行い、兵士給与削減と平民増税の撤回、腐敗高官を裁く特別軍事法廷の設置、免税特権の完全廃止、貴族に対する課税の強化、軍人や警官や教師への未払い賃金全額支給などを宣言した。暴徒の要求を完全に受け入れたのだ。

 

 帝国政府はフェザーン金融庁から一〇兆マルクの融資を受けた。この金は暴動鎮圧活動の経費、配給物資の調達、軍人給与や公務員給与の支払いなどにあてられる。

 

 画面が切り替わり、新無憂宮東苑の勝利広場が映し出された。ダンボール箱やポリタンクや布袋が所狭しと積み上げられている。

 

 オレンジ色の髪を持つ屈強な青年将校が、ダンボール箱のふたを力づくで引きちぎり、箱を大きく持ち上げてからひっくり返した。雪崩れ落ちたリンゴを馬鹿でかいフルーツバスケットが受け止める。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

 釈放されたばかりのフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将は、両腕を伸ばし、山盛りのリンゴを持ち上げた。

 

 身長二メートルを超える巨漢が、小麦袋を何個も両脇に抱え込んだ。その横には大量の小麦袋が無造作に積まれている。

 

「良民諸君! 兵士諸君! 小麦が取り放題だぞ!」

 

 カール・グスタフ・ケンプ大将は白い歯を見せて笑った。爽やかで温かみがあり、理想の軍人といった感じだ。

 

 カメラはめまぐるしく視点を繰り替え、毛布の山を抱えて運ぶワーレン大将、缶詰がぎっしり詰まった箱を両肩で担ぐキスリング准将、巨大な酒樽を背負うザルムホーファー大佐などを映した。屈強な男たちが持ちきれないほどの物資を抱える映像に、「これは君たちの物だ」というテロップが重ねられた。

 

 物資を満載したトラックが次々と発進していった。「トラックは君たちの家に向かっている」というテロップが浮かび上がる。

 

 ラインハルトが画面に再び現れた。美しい顔に浮かんだ笑みは、力強い父性と優しい母性に満ちている。切れ長の目から放たれた光は、春の日差しのように柔らかい。

 

「これより物資の配給を開始する。好きなだけ取るがいい」

 

 そう言って、ラインハルトはトラックの荷台に飛び乗った。陽光に照らされた金髪がまばゆい輝きを放つ。白いマントが翼のように広がる。翼を持った獅子が天高く飛び上がったのだ。彼を止められる者はどこにもいない。

 

 一四時頃、帝都が秩序を取り戻した。一発の銃弾も放たれなかった。一本のビームも放たれなかった。殺された者は一人もいなかった。逮捕された者は一人もいなかった。ラインハルトとその配下の諸将が姿を現すだけで、暴徒は恭順を誓った。

 

 物資を満載した輸送機が次々と空港から飛び立った。その様子は「飛行機は君たちの町に向かっている」というテロップとともに放映された。

 

 一五時一〇分、輸送機がハールバルズ空港上空を埋め尽くした。その中の一機から帝国宇宙軍の正装を身にまとった男性が飛び降りた。パラシュートは付けていない。

 

「なんだ、あれは?」

 

 俺も部下たちも首を傾げた。なぜパラシュートなしで飛び降りるのか? こんな映像をなぜ放映するのか? わけがわからない。

 

 男性は部下らしき兵士が広げた無重力トランポリンに飛び込んだ。体が数メートルほど跳ね上げられる。くるくるとバク転しながら宙を舞い、両足をきれいに揃えて着地した。狂暴な目が遠巻きに見る暴徒たちを睨みつける。

 

「俺はフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトだ!!」

 

 ビッテンフェルト上級大将の咆哮が滑走路に轟いた。見えない力が暴徒の武器を弾き飛ばす。ライフル数万丁と棍棒数万本が地面に転がった。

 

「ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳!」

「ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳!」

「ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳!」

「ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳!」

「ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳!」

「ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳!」

「ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳!」

「ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳!」

「ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳!」

「ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳! ビッテンフェルト提督万歳!」

 

 暴徒数万人が一斉に跪き、狂ったようにビッテンフェルト上級大将を称えた。

 

「馬鹿者っ!! ローエングラム公万歳だろうがっ!!」

 

 ビッテンフェルト上級大将は暴徒たちを叱り、「手本を見せてやる!」と言った。

 

「ローエングラム公万歳!! ローエングラム公万歳!! ローエングラム公万歳!!」

 

 それは歓声といえる代物ではなかった。まさしく猛獣の雄叫びであった。

 

「ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳!」

「ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳!」

「ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳!」

「ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳!」

「ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳!」

「ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳!」

「ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳!」

「ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳!」

「ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳!」

「ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳! ローエングラム公万歳!」

 

 暴徒たちはローエングラム公の名を称え、ビッテンフェルト上級大将は満足そうに大笑した。ハールバルズの暴動は収まった。

 

 画面が切り替わり、各地に降り立った将帥たちの姿が映し出された。ロイエンタール提督が姿を現すと、暴徒は何も言わずに平伏した。ミッターマイヤー提督が姿を現すと、暴徒は武器を捨てて歓声をあげた。その他の将帥が説諭すると、暴徒は恭順を誓った。首星オーディンの暴動は日付が変わる前に収まった。

 

「嘘だろう……」

 

 俺は呆気に取られた。数億人の暴徒が半日で消え失せた。消えたはずの中央軍が数時間で復活した。前の世界でラインハルトが成し遂げた偉業を知る俺ですら、首星の暴動がこんなに早く収まるとは予想できなかった。

 

 ファルストロング伯爵に通信を入れたところ、「今の段階でははっきりとは言えないが」と前置きした上で、二つの可能性を述べた。

 

「まず、フェザーンが噛んでいる可能性じゃ。一〇兆マルクは右から左に動かせる額ではない。ローエングラムとフェザーンは水面下で繋がっていた、とみるべきであろう」

「言われてみると怪しいですね。物資を集めるのが早すぎますし」

 

 俺自身の経験を踏まえると、あれだけの物資を数時間で集めることは難しい。官庁や軍隊から備蓄をかき集めるにせよ、民間企業から調達するにせよ、時間と手続きが必要になる。フェザーンのバックアップでもなければ不可能だ。

 

「次は、ローエングラムが『三月維新』を下敷きにしている可能性じゃな」

「晴眼帝の逆クーデターですね」

「うむ。三月維新と全く同じ手順を踏んでおるのだ」

「なるほど」

 

 戦史以外の帝国史に疎い俺には、相槌を打つ以外のことはできない。三月維新については、晴眼帝マクシミリアン=ヨーゼフ二世が「国家維新評議会」を設立したこと、皇弟ヘルベルト大公が公開処刑されたこと、抵抗勢力が一掃されたことしか知らなかった。

 

「意図的にやっているのであろうな。先例を忠実になぞることで、自分の行動を正当化する。陳腐な手じゃが効き目は大きい」

「三月維新をなぞっているとすると、次はどんな手を打つとお考えでしょうか?」

「維新軍じゃな」

 

 ファルストロング伯爵の正しさはすぐに証明された。ラインハルトが記者会見を開き、「治安維持のための任務部隊を編成した」と発表したのである。

 

 ウェブ辞書の「維新軍」の項には、「マクシミリアン=ヨーゼフ二世が設置した統合任務部隊」と記されている。表向きの任務は治安維持であったが、その矛先は抵抗勢力に向けられた。蓄積された腐敗を一掃するには、強大な武力が必要だった。

 

 救国軍事会議は統合任務部隊「救国軍」を各地に派遣した。救国軍司令官の威名と清廉さは、暴徒を信頼させるに十分だった。救国軍隊員が数日前まで暴動に参加していたという事実は、暴徒を安心させるに十分だった。暴動の波は急速に引いていった。民衆や兵士が救国軍に加担したため、保守派や地方勢力は呆気なく制圧された。

 

 救国軍のもう一つの任務は、腐敗の取り締まりである。憲兵隊とともに捜査を行い、銀行預金九兆マルクを凍結し、一七兆マルク相当の債券や株式を差し押さえた。その他に膨大な現金、不動産、自動車、貴金属、美術品などを押収した。腐敗高官として拘束された数万名の大半が、保守派であった。

 

 故クラウス・フォン・リヒテンラーデの部下たちは、帝国の官僚としてはごく標準的な倫理観を所有していた。収賄や公金横領を当然の権利だと考え、それをためらいなく行使した。ブラウンシュヴァイク派の遺産を懐に入れるのも、素直な少年皇帝から下賜金や免税特許状を引き出すのも、正当な権利の行使であった。不正とは度を超えたものだけを指すのだ。

 

 開明派や民衆の倫理観は、故クラウスの部下と異なるものだった。収賄や公金横領は規模に関わらず犯罪だと考えた。一ディナールだろうが一億ディナールだろうが、不正に変わりはない。

 

 特別軍事法廷の第一次裁判では、五七六名が死刑、一四五二名が終身刑、三一八〇名が懲役刑、二五四九名が財産没収の判決を受けた。無罪となった者は一人もいなかった。開明派や民衆の倫理観に寄り添う判決だった。

 

 一一月二五日、ワイツ前副首相、ブリューエル前科学尚書、ブレムケ前皇宮事務総長、カーレフェルト前地上軍副司令官、メッセンカンプ前帝国軍技術総監、ランゲブリュック・エムスラント前星域総督、ドレプガウ・前ヴァーダーン星域総督ら二五名が、汚職の罪で公開処刑された。民衆が歓声を上げる中、ギロチンの刃が二五個の首を切り落とした。その様子は帝国全土で生中継され、フェザーン経由で同盟に伝えられた。

 

 故クラウス・フォン・リヒテンラーデは勝ち逃げしたかに思われたが、追及を逃れることはできなかった。収賄や横領や職権乱用など五九の罪で有罪判決を受けた。死後に追贈された称号はすべて剥奪された。後継者のハインリヒに巨額の罰金が科せられ、全財産を差し出しても足りないほどの借金が残った。皇帝とクラウスの孫テレーゼの婚約は破棄された。遺体はフリードリヒ四世廟から運び出され、遺族のもとに戻された。キールマンゼクらが作らせたクラウスの銅像二万体、クラウス語録二〇億冊、クラウス著作集八億冊は、すべて廃棄処分となった。

 

 一一月三〇日、救国軍事会議が暴動終結を宣言した。暴徒は感情的にも経済的にも満足し、帝国に再び忠誠を誓った。

 

「何が起きたんだ?」

 

 俺は最初から最後まで経過を注視してきたが、それでも理解できなかった。強烈な嵐が吹き荒れて、何もかも吹き飛ばしていったような気分だ。

 

 ファルストロング伯爵に通信を入れると、「わしを質問箱だと思っているのか」と嫌味を言われた。しかし、その目は笑っていた。

 

「まあ、愚民を導いてやるのも貴族の義務だ。ありがたく思うのだな」

「ただただ感謝いたしております」

「感謝はいずれ形で示してもらうとしよう」

 

 頭を下げる俺を鼻で笑うと、ファルストロング伯爵は質問に答えてくれた。

 

「ローエングラムはトリューニヒトと同じことをやったのじゃよ」

「トリューニヒト議長と同じ? どういうことです?」

「ローエングラムは平民に媚びた。平民は媚びを売られることに慣れておらん。だから、媚びられただけで満足したのだ」

「俺の目には媚びたように見えませんが」

「帝国政界の基準では媚びじゃよ。『平民は愚民である。甘やかしてはならぬ』『平民と交渉するな。要求は無視せよ』『たまには飴をしゃぶらせる必要もあるが、要求が受け入れられたと思わせるな。格別のご慈悲であると思わせろ』というのが、政界の常識じゃからな」

「申し訳ありませんが、俺には理解できません」

「構わぬよ。理解を求めるつもりもないでな」

 

 小物に否定された程度で腹を立てたりしないのが、大物の余裕である。

 

「さらに言うならば、常識が常に正しいわけでもない。キールマンゼクやラングの対応は、『まとも』だった。軍人給与削減や平民への増税は、『正しい』判断じゃ。勅令第六五七号の内容は『完璧』じゃな。だが、現実には通用しなかった」

「ルールが変わったのですね」

「そういうことじゃ。貴族が弱くなり、平民が強くなった」

「今後はどうなるのでしょうか?」

「ローエングラムには二つの道がある。平民に媚びるか、平民と戦うかのいずれかだ」

「彼はどちらを選ぶでしょうか?」

「戦うであろうな。ローエングラムは熱烈な勤王家だ。皇室が平民に譲歩させられる現状を良しとするとは思えぬ」

 

 ファルストロング伯爵は確信を込めて言った。この世界の人はラインハルトを勤王家だと思っている。彼も例外ではなかった。

 

「晴眼帝と同じ道ですね」

 

 ラインハルトを勤王家でないことを知る俺は、話を微妙に逸らした。

 

「皇室にとっては、貴族も平民も弱いというのが理想であるな」

 

 ファルストロング伯爵の表情と声は淡々としていた。貴族と平民の双方から圧制者として恐れられた男の面影はどこにもない。

 

「フェザーンにとっては、帝国も同盟も弱いというのが理想であろう。だが、弱くなりすぎては困る。奴らはしょせん寄生虫だ。帝国と同盟という宿主がなければ存続できぬ」

「帝国の弱体化を阻止する。ローエングラム公とフェザーンの利害は、その点で一致しているのですね」

「常識的に考えればそうなる。フェザーンらしいやり方ではないが」

「おかしいところがあるとは思えませんが」

「フェザーンが汚職捜査に手を貸している。そうでなければ、一か月であれだけの証拠が集まるはずがない。ローエングラムに肩入れし過ぎじゃな」

「それは確かに不自然ですね」

 

 俺もフェザーンのやり方を一般常識として知っていた。彼らが片方の陣営にのみ肩入れすることはない。双方に投資し、どちらが勝っても利益を確保する。勝者に自制を求め、敗者の助命を働きかけ、勢力均衡を図る。ラインハルトの一方的勝利に手を貸すのはおかしい。

 

「フェザーンの常識が変わったのかも知れぬな。あるいは旧世界の亡霊か」

「旧世界の亡霊?」

「つまらん奴らじゃよ」

 

 ファルストロング伯爵の口調は冗談めいていたが、詮索を許さない雰囲気があった。こうして通信は終わった。

 

 旧世界という言葉は四つの意味を持っている。一つは古代地球におけるユーラシア大陸とアフリカ大陸、一つは地球統一政府における太陽系、一つは銀河連邦における旧地球統一政府領、一つは自由惑星同盟におけるオリオン腕である。一般的には、旧地球統一政府領という意味で用いられることが多い。

 

 単純に考えれば、旧世界の亡霊とは地球教であろう。前の世界では、地球教がフェザーンを操っていたことが判明した。この世界のトリューニヒト議長は、地球とフェザーンの関係について語った。ファルストロング伯爵なら、地球教の正体を知っていてもおかしくない。

 

 地球教がラインハルトの一人勝ちを望んでいるのだろうか? ラインハルトが強くなっても、彼らのメリットはないはずだ。

 

「わからないな」

 

 俺は現状において最も妥当な答えを出した。わからないものはわからない。わかったところでどうしようもない。地球教をどうこうできる権限など持ち合わせていないのだ。

 

 地球教がフェザーンの背後にいると信じる人は多い。書店には地球陰謀論の本が山積みになっている。ネットで「地球教 フェザーン」と検索したら、陰謀論サイトが大量に出てくる。地球陰謀論はフェザーン建国以前から人気があった。証拠なしに「地球とフェザーンは繋がっている!」と叫んだところで、おかしな陰謀論者と思われるだけである。

 

 一〇月上旬に四六歳で亡くなったポルフィリオ・ルイス元准将は、地球陰謀論にとりつかれていた。陰謀論を公然と口にするだけでなく、証拠もないのに地球教を強制捜査しようとしたり、地球教徒の兵士を軍から追い出そうとしたりした。その他にも問題行動が多かったため、一度は予備役に編入された。「士官学校三位卒業のルイス提督が准将止まりだったのは、地球教の陰謀だ」と騒ぐ人もいるが、大きな間違いだ。自業自得以外の何物でもない。

 

 目に見えない「陰謀」に対処するよりも、目に見える問題の方が今は重要だった。帝国の急激な変化は、同盟にも影響を及ぼさずにはいられない。

 

 一〇月七日に勅令第六五七号が出ると、同盟国内で出兵を求める声が上がった。右翼は全軍をもって帝国を攻めるべきだと考えた。反戦派は帝国に援軍と援助物資を送り、貸しを作った上で休戦交渉再開と虐殺停止を求める案を出した。

 

 トリューニヒト政権は帝国を「非人道的だ」と批判したが、介入することはなかった。政権支持率は高水準を保っている。あえて危ない橋を渡る必要はない。

 

 世論はトリューニヒト政権の判断を支持した。ラグナロック以降、同盟市民は内向き志向を強めた。対帝国戦争は最重要問題ではなくなった。政治意識の高いごく少数の人々以外は、「自分の国さえ良ければそれでいい」と思っている。大衆党支持者の大多数は、「主戦論者トリューニヒト」ではなく、「大きな政府論者トリューニヒト」や「治安に強いトリューニヒト」に投票した人々であった。

 

 軍部では出兵反対論が圧倒的多数を占める。軍の再建は未だ途上にある。大勝したところで意味がないことは、ラグナロックが証明した。軍人の間では安定志向が高まっており、出兵をチャンスだと思う者はいない。

 

 リッキー・コナハン准将ら右翼青年将校グループは、主戦派の高級将官のもとに出兵計画を持ち込み、「ヤン提督やフィリップス提督を出し抜く機会ですぞ」と囁いた。しかし、保身や私欲に凝り固まった将官の耳には届かない。心ある将官を説得しようとすると、出兵などもっての外だと叱られた。

 

 救国軍事会議が政権を掌握すると、民需物資の需要が急速に高まった。フェザーン企業が同盟製の食料品、衣服、毛布、衛生用品、医薬品などを大量に買い付けて、帝国政府に売りつけた。

 

 思わぬ特需は同盟企業に嬉しい悲鳴をあげさせる一方、同盟政府に本物の悲鳴をあげさせた。物価上昇に弾みがついた。供給力の伸びが鈍化しており、需要と供給のバランスが崩れつつある。暴動の影響で、原材料価格が高騰しており、供給面のコストも上昇した。インフレの懸念が強まっている。

 

「やばいぞ、これは。本当にやばい。やばすぎる」

 

 俺の乏しい語彙力では、「やばい」としか言えなかった。同盟経済に危険信号が点灯した。ラインハルトが帝国全土を手中に収めた。想像するだけで腹が痛くなる。


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