銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(新版)   作:甘蜜柑

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第121話:エリヤ・フィリップスは頂上を目指す 804年4月~5月下旬 惑星シャンプール

 四月中旬、トリューニヒト議長はユリアン・ミンツ宇宙軍准尉を幹部候補生に推薦した。ミンツ准尉の昇進を求める世論に応えたのである。

 

 さすがのユリアンも、同盟軍最高司令官直々の推薦を拒むことはできない。シャンプールの第七幹部候補生養成所に入所することとなった。今年の七月から来年六月まで一般幹部候補生課程で学び、卒業と同時に宇宙軍少尉に任官する予定だ。

 

「第七幹部候補生養成所だって!?」

 

 ユリアン昇進を仕組んだ俺もこれには驚いた。第七幹部候補生養成所は俺の母校で、第一辺境総軍司令部と同じ惑星にある。

 

「やられましたな」

 

 情報部長ハンス・ベッカー少将が苦い顔をした。

 

「最悪だね。俺がミンツ准尉を人質に取ったかのように見える。ヤン派以外の印象も悪くなるぞ」

「誰の差し金でしょうかね」

「わからない。心当たりが多すぎる」

 

 俺は右手を額に当てた。権力を手に入れることは、誰かの権力を奪うことでもある。主張を通すことは、誰かの主張を退けることでもある。敵には事欠かないのだ。

 

「しょうがありません。マスコミに入所先を指定させるわけにもいきませんからな」

「国防委員会に手を回しておけばよかった」

「こんなことで借りを増やすわけにもいかんでしょう」

「でもなあ……」

 

 いったん落ち込むと、果てしなく沈んでいくのが小物である。

 

「まあ、今はミンツを排除できただけで良しとしましょう」

「もっとうまくやりたかったんだけどね」

「今さら悪評を恐れても仕方ありません。権力を取るというのはそういうことです」

 

 ベッカー情報部長の言葉には実感がこもっていた。平民出身とは言え、帝国軍の元エリートである。権力闘争と無関係ではいられない立場だった。

 

「わ、わかっている」

「声が震えていますな」

「まあね。偉くなっても、小心さは治らない」

「構いませんよ。私が尻を叩けば済む話です」

「そうしてもらえると助かる」

「上官をメンタル面で支えるのも幕僚の仕事です。そして……」

 

 ベッカー情報部長の視線が俺から逸れた。俺もつられるように視線を動かした。二つの視線がテーブルの上で交差する。そこにあったのは一つの写真立てだった。

 

「私はあなたがたご夫婦の友人です」

「ありがとう」

 

 俺は彼が言った言葉と言わなかった言葉の双方に対し、感謝を述べた。写真立ての中では、丸顔の女性が両手でピースしながら笑っていた。

 

 四月下旬、第二方面軍司令官アルツール・フォン・シュトライト宇宙軍大将が、要塞軍集団司令官の後任に内定した。シュトライト男爵の弟で、元帝国宇宙軍准将という経歴を持っている。帝国人亡命者が二代続けて対帝国の最前線を担うこととなった。

 

「帝国崩壊に備えるため」

 

 ウォルター・アイランズ国防委員長はそう説明した。帝国崩壊の影響が同盟に波及することを防ぐには、帝国通の実務家が必要だという。

 

 この説明に納得する者は少なかったが、反発する者も少なかった。今や、帝国よりテロリストの方がずっと大きな脅威である。イゼルローン要塞はもはや最前線ではない。対帝国戦しかできない部隊などどうでもいいのだ。

 

 第二方面軍司令官の後任には、イゼルローン要塞事務監ルスラン・セミョーノフ宇宙軍大将が起用された。トリューニヒト派には珍しい清廉潔白の士である。上官や同僚の不正を弾劾し、弱者の権利を擁護し、規律の緩みを引き締め、規則の不備を是正することに情熱を傾けた。決して腐敗しないことから、「黄金の人」の異名をとった。

 

「最悪だ……」

 

 俺は落胆のあまり寝込んでしまった。自分が知る限り、ルスラン・セミョーノフ以上のクズはいない。シュトライト大将の方が一〇〇倍、いや一〇〇億倍マシだった。

 

「うるさい隣人を追い出したら、オフレッサーが引っ越してきたようなもんだね」

 

 見舞いに来た人事部長イレーシュ・マーリア少将が、形の良い眉を寄せた。

 

「ただのオフレッサーじゃありません。エンジェルダストでハイになったオフレッサーです」

「それは言い過ぎじゃないの?」

「セミョーノフはやることなすこと支離滅裂、筋がまったく通っていません。私情とルールの区別すらつかない奴です。犬の方がまだ分別があります」

 

 俺にとって、セミョーノフはどれほど罵っても飽き足らない男だ。シェリル・コレットを「アーサー・リンチの娘」というだけの理由で嫌い、「コレットをハイネセンに近づけるな」という不文律をでっち上げた。そして、その不文律を無視した俺を憎み、事あるごとに足を引っ張ってくる。

 

 憎まれること自体は構わない。ろくでもないことをしてきたという自覚はある。意見や立場が異なる相手にも、彼らなりの正当性があることを知っている。アッテンボロー提督に批判されても、ジャスパー提督に罵倒されても仕方がないと思う。彼らには俺を憎むべき理由がある。鬱陶しいけれども納得できる。

 

 だが、セミョーノフの憎悪には、ひとかけらの道理もなかった。シェリル・コレットが気に入らないから排除しようとした。俺が言うことをきかないからむかついた。ただ、それだけである。

 

 コレット少将の件を抜きにしても、セミョーノフはクズだった。独善的な正義感を振り回し、迷惑をまき散らした。都合の悪いルールを無視し、勝手に不文律を付け加え、秩序を破壊した。解放区では貧民や奴隷に一方的に肩入れし、貴族や富裕層を迫害した。復員支援軍では民衆反乱を独断で支援し、帝国が捕虜返還の中止を検討する事態を招いた。

 

「本当、眼鏡委員長が嫌いなんだね」

 

 イレーシュ人事部長は呆れ半分に苦笑した。彼女もセミョーノフに好意を持っていない。「眼鏡委員長」というあだ名には、「学級委員的な正義感を振り回す奴」という意味がある。それでも、俺のセミョーノフ嫌いには辟易したようだ。

 

「嫌いです」

「誰がこんな人事を仕組んだんだろうねえ」

「わかりません。心当たりが多すぎます」

 

 俺はお手上げといった風に両手をあげた。自称ヤン派がセミョーノフに俺の足を引っ張らせようとしたのかもしれない。反ヤン派が俺にセミョーノフを封じ込めさせたいのかもしれない。第三者が俺とセミョーノフを争わせ、漁夫の利を得ようとしたのかもしれない。いずれにせよ、自分には知り得ないことだ。

 

「敵がたくさんいるからね」

「こんなことになるんだったら、第二方面軍司令官の後任も指名するべきでした」

「どうしようもないよ。シュトライトをイゼルローンに押し込むだけで精一杯だったから」

「見通しが甘すぎました。セミョーノフがこっちに来るなんて、想定していませんでした」

「想定できたとしても、結果は同じだよ。そっちに手を回す余裕なんてないし」

「順番を間違えたのかもしれません。セミョーノフを先に飛ばせばよかったんです」

 

 いったん落ち込むと、果てしなく沈んでいくのが小物である。

 

「しょせん、俺は小物……」

 

 愚痴を言い終える前に視界が暗くなり、口に柔らかい感触がした。

 

「わかってるよ。私はわかってる」

 

 六歳年上の恩師は俺の頭を抱えて胸に押し付け、優しく諭すように語り掛ける。

 

「だから、言わなくてもいい。私はわかってるから」

「…………」

「君は一人じゃない。君を決して一人にしない。私はここにいる。君がはぐれてしまっても、絶対に見つける。君が遠くに行っても、絶対に追いかける。だから……」

 

 恩師が俺の頭を強く抱きしめる。

 

「一人で抱え込むんじゃないよ」

「…………」

 

 俺は何も言わずに顎を上下に動かした。顔が恩師の胸とこすれ合う。頭が恩師の胸に深く埋もれる。髪の毛に恩師の指が差し込まれる。すべてを抱え込むつもりだったのに、すべてを抱え込まれた。

 

「いい返事だね」

 

 その一言とともに、イレーシュ人事部長の腕と体が離れた。美しい顔に浮かんだ笑みは果てしなく優しい。

 

「ありがとうございました」

 

 俺はあらためて頭を下げる。心は青空のように澄み切っていた。

 

「ダーシャちゃんが言ったとおりだ」

 

 イレーシュ人事部長が視線を別の方向に向けた。俺もつられるように視線を動かした。二つの視線が台の上で交差する。そこにあったのは一つの写真立てだった。

 

「あの子が言ってたのよ。『エリヤが落ち込んだ時はこうしてあげてほしい。そうしたら落ち着くから』って」

「そうでしたか……」

 

 俺は照れをごまかすように笑う。写真立ての中では、丸顔の女性がにっと笑いながら右手の親指を立てていた。

 

 ダーシャに「胸に顔を埋めさせてほしい」と頼んだことは一度もない。彼女が何も言わずに俺の頭を抱き寄せる、俺は何も言わずに彼女の胸に顔を埋める。それは一と一を足せば二になるのと同じぐらい、当たり前のことだった。

 

「裸だと効果倍増なんだよね」

 

 イレーシュ人事部長は写真立てに向かって声をかける。

 

「そんな話、どこで聞いたんですか!?」

 

 反射的に大声をあげた後、出所が一つしかないということに気付いた。写真立ての中では、ダーシャがにっと笑いながら右手の親指を立てていた。

 

 五月上旬、教育総隊司令官キャリー・ギールグッド宇宙軍上級大将は、勇退する意向を固めた。理由については、「一身上の都合」と語った。

 

「多年の功績に感謝する」

 

 同盟政府はかつての英雄をこれ以上ないほど盛大に送り出した。宇宙軍元帥に名誉昇進させ、トリューニヒト記念賞を授与した。引退セレモニーは最高評議会が主催する国家行事となった。ブローネ会戦があった日を「ギールグッドの日」に定め、宇宙軍の記念日とした。士官学校の寄宿舎、宇宙軍基地などに「キャリー・ギールグッド」の名を与えた。

 

「再戦が叶わなかったのは残念だ。ギールグッド提督の敢闘に改めて敬意を表する。第二の人生での活躍を心より祈りたい」

 

 救国軍事会議議長ラインハルト・フォン・ローエングラム大元帥は、ギールグッド上級大将の引退を惜しんだ。そのためだけに臨時記者会見を開き、肉声でコメントを出すという対応は、極めて異例である。

 

 五年前、ラインハルトが、キャシー・ギールグッドに「貴官の勇戦に敬意を表す。再戦の日まで壮健なれ」という通信文を送ったことは有名だ。彼の天才をもってしても、「不沈艦キャシー」の無敵神話を覆すことはできなかった。戦争を生きがいとする彼にとって、宿敵の引退は痛恨であったろう。

 

「あの女抜きで俺に勝てると思っているのか! 馬鹿にしおって!」

 

 コメントを求められたフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将は、怒声を張り上げた。「反乱軍は自分を舐めている。そうでなければ、あの女が引退するはずがない」と思ったらしい。こういうことを本気で考え、人前で口に出せるメンタリティは尋常ではない。

 

 ウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将らも引退を惜しむコメントを出した。ラインハルト配下の諸将から見れば、二回しか戦っていない「魔術師ヤン」より、何度も戦った「不沈艦キャシー」の方が印象深い敵なのだ。

 

 イゼルローン総軍副司令官エリック・ムライ宇宙軍大将が、教育総隊司令官に内定した。就任と同時に宇宙軍上級大将に昇進する予定だ。この人事は六月一日付で発令される。

 

 ヤン・ウェンリー一二星将から初めて上級大将が誕生したことは、大きな話題を呼んだ。ムライ大将はいずれ上級大将に昇進するものと思われていた。それでも、一二星将初の上級大将誕生は大きなニュースであった。

 

「くくく……」

 

 俺は新聞を見ながら小声で笑った。

 

「ふふふ……」

 

 こらえきれなくなり、声が大きくなる。

 

「はっはっはっ! 計画通りだ!」

 

 笑い声が病室に響いた。

 

「悪人みたいに笑うの、やめようよ」

 

 ベッドの上の人事部長イレーシュ・マーリア少将が突っ込みを入れる。

 

「たまには増長させてください。久しぶりにうまくいったんですから」

「その顔で三段笑いされてもねえ。粋がった子供にしか見えないのよね」

「…………」

 

 俺は即座に悪人笑いをひっこめた。

 

「まあ、気持ちはわかるけどさ。ろくなことがなかったし」

 

 イレーシュ人事部長は右腕をぶらぶらと振った。ギプスの白さが痛々しい。一週間前、司令部庁舎で暴漢に襲撃されて、全治一か月の重傷を負ったのだ。

 

 情報部長ハンス・ベッカー少将も襲撃されて重傷を負い、セミョーノフが正式に着任した。不幸が続く中、ギールグッド上級大将の引退とムライ大将の昇進は久々の朗報だった。

 

「完全勝利ですよ」

 

 俺は目を細めて顔をくしゃっとさせて笑う。童顔にはこんな笑いが似合っている。三六歳という年齢を考えると恥ずかしいが、どうしようもない。

 

「国防委員会にも貸しを作ったしね」

「先生方から感謝の言葉をいただきました」

 

 言うまでもないことだが、ギールグッド上級大将の引退とムライ大将の昇進は、俺が仕掛けた謀略である。

 

 キャリー・ギールグッドが本物の英雄だったのは昔の話である。五年前、総崩れになったヨトゥンヘイム戦線の同盟軍を支えたのは、モートン前衛集団であった。その中で際立った強さを見せたのがギールグッド分艦隊である。その強さは説明不能で、良く言えば「神秘的」、悪く言えば「インチキ」だった。ヨトゥンヘイム撤退戦以前は見るべき功績もなく、ヨトゥンヘイム撤退戦以降も見るべき功績はない。ほんの一か月だけ異常な強さを発揮した提督だった。

 

 かつての銀河最強はお荷物に成り下がった。知名度だけで選ばれた人物なのに、お飾りに徹することもできず、不要な口出しを繰り返した。事故の責任を問われても、不適切発言が問題になっても、不倫が発覚しても居直り、市民の怒りを買った。俺が国防委員会に「彼女を引退させるから、後任人事を一任してほしい」と申し出ると、あっさり受け入れられた。

 

「あの人たちも情けないよね。老害を切ることすらできないんだから」

「彼女はあなたの二歳年下じゃないですか。老害というには若すぎます」

「年齢は関係ないよ。自分の経験と知識を絶対視する。新しい知識を学ぼうとしない。過去の栄光にしがみつく。老害そのものじゃん」

「否定はしませんけどね」

「それで済ませちゃうんだ。君だってさんざん迷惑かけられたのに」

「他人事とは思えませんので」

 

 俺はギールグッド上級大将を嫌いになりきれなかった。器量に見合わぬ名声は人間を狂わせる。彼女は否定されることを嫌うようになり、俺は期待に背くことを恐れるようになった。方向性は真逆だが、名声に振り回されたという点では同じだ。

 

「まあ、老害は組織の問題だからね。自浄作用がはたらいてないってことだし」

「だから、“俺たち”が頑張らないといけないんです」

「そうだね。私たちが変えないと」

 

 イレーシュ人事部長は決意を込めて言った。教え子への好意のみで協力しているわけではない。一人の軍人として現状を憂い、何とかしたいと思っていた。

 

「暴行の件もすぐに片を付けます。犯人には相応の報いを受けてもらいます」

 

 そう約束して、俺は病室を後にした。人を騙すのはしんどいものだ。相手が恩師ならなおさらである。

 

 俺の真の目的は、「ラインハルト・フォン・ローエングラムとの決戦に備える」というものだ。しかし、それでは最も身近な人間ですら動かせない。だから、「同盟軍の粛正」という大義名分を掲げた。仲間たちは粛軍のためだと信じ、権力闘争に協力してくれた。

 

「せめて約束は守ろう」

 

 俺はオフィスに戻り、分厚いファイルを開いた。イレーシュ人事部長襲撃事件に関する情報が記されている。

 

 将官が司令部の中で襲われるなど、前代未聞の事態だった。防犯カメラの映像は消されていた。侵入者検知センサーが反応しなかった。証拠品はいつのまにか保管庫から消えた。どう見ても内部の人間の犯行だ。

 

 四月に入ってから、各地で軍人が襲撃される事件が相次いでいる。犯行のほとんどが軍用地の中で行われた。六週間で一四一名が負傷し、三名が死亡した。

 

 これほど大規模な事件にも関わらず、犯人は一人も捕まっていなかった。目撃情報も物証も極端に乏しい。防犯カメラの画像は消去されているか、ダミー映像に差し替えられていた。被害者には軍人という以外の共通項がなく、動機から絞り込むこともできない。

 

「こりゃ難航するわけだ」

 

 俺は呆れ顔でファイルを眺めた。目撃情報も物証は「現場判断」で握り潰されていた。疑わしい人物は紛争地帯に配置換えされたり、「急病」で入院したりしたため、追及できなくなった。現場責任者が捜査を妨害していたのだ。

 

 報告書には「組織的な揉み消しではない」と記されていた。部隊長や基地司令の独断が積み重なり、結果として揉み消しが全国に広がったそうだ。犯人が内部の人間だとわかったら困るので、事件を迷宮入りさせようとしたらしい。

 

 俺の昇給率は三年連続で〇パーセントだった。事件や事故を包み隠さず報告した結果、「管理能力に問題あり」と評価されたのだ。相当な額の各種手当を受け取っているし、扶養家族がいないので、昇給しなくても困らない。点数を稼ぐだけでは元帥になれないので、上級大将にとっての昇級点はあってないようなものだ。だから、人事評価など無視できる。

 

 しかし、ほとんどの軍人はエリヤ・フィリップスではなかった。昇給しないと困る。昇級点を稼がないと昇進できない。揉み消しが横行するのはやむを得ないことだった。

 

「気持ちはわかるけど、見逃すわけにはいかない」

 

 俺は揉み消し犯を告発する決意を固めた。将校数百人が何の連絡もなしに証拠を揉み消し、事件の捜査を妨害した。同盟軍全体が隠蔽体質に染まっているのだ。処罰しなければ、上に情報を上げないことが正解になってしまう。

 

 事なかれ主義の行きつく果てはヴィンターシェンケ事件だ。スタウ・タッツィーとアリオ・プセントは、悪事が露見するたびに「全部公開してやる。お前の責任になるぞ」と居直った。上位者は責任を追及されることを恐れ、揉み消しに協力した。第四五方面軍司令官や解放区担当国防副委員長ですら屈服し、虐殺者の下僕になり下がった。最初に事態を把握した人物が軟弱でなければ、七九八年五月の時点で解決できる事件だった。

 

 犯罪を揉み消すことも犯罪である。俺は同じ軍服を着る人間を犯罪者にしたくない。だから、揉み消し犯を告発し、揉み消しが割に合わないことを明らかにする。そして、狂った人事システムを改めるよう訴えるのだ。

 

 襲撃犯については、ひとかけらの同情も覚えなかった。イレーシュ人事部長を襲撃したのはゲルマン至上主義結社「北方戦士団」団員、ベッカー情報部長を襲撃したのは反移民組織「本物の同盟人」団員だった。ゲルマン至上主義も反移民主義も好きではないが、信じるだけなら自由だ。しかし、軍人でありながらテロリスト認定された組織に加入し、軍用地の中で暴力事件を起こした。容赦するわけにはいかない。

 

 逮捕命令を出す二時間前、ウォルター・アイランズ国防委員長が通信を入れてきた。普段は何もしないくせに、こういう時だけは動きが早い。

 

「この件は内々で処理する。告発する必要はない」

「未遂も含めて二〇〇件以上の暴行事件。落とし前を付けないと、軍が軽く見られます」

「非合法組織が軍に浸透した。将校が捜査を妨害した。そんなことを公開できるものか」

「公開しなければなりません」

 

 俺はアイランズ委員長の目をまっすぐに見据えた。

 

「軍のイメージがさらに悪くなるぞ」

「こんな連中を野放しにすれば、もっと悪くなります」

「公にはしないが、野放しにするつもりもない。再発防止に全力を尽くす」

「懲戒処分なしなら、依願退職がせいぜいでしょう。野放しも同然です」

「そんなに事を大きくしたいのか!? 誰が責任を取ると思っている!?」

 

 アイランズ委員長は怒鳴り声をあげた。

 

「あなたの功績になります」

 

 俺は落ち着いた口調で応じた。責められたくないなら、自分が先頭に立って責めればいい。テロリストを糾弾し、揉み消し犯を処罰し、事なかれ主義を嘆き、軍首脳の無能を罵る。そうすれば、ウォルター・アイランズは英雄になれる。

 

「馬鹿なことを言うな!」

 

 予想通りの返答が返ってきた。アイランズ委員長は小物だが分をわきまえている。それゆえにトリューニヒト議長から重用された。こんな取引きに応じるはずがない。

 

「内々で処理することになったのだ! 国防委員会の決定だぞ! わかったか!?」

「かしこまりました」

 

 俺には引き下がる以外の選択肢が与えられていなかった。アイランズ委員長はメッセンジャーに過ぎない。決定権のない人間を説得したところで、何の意味もないのだ。ここで述べた意見はアイランズ委員長ではなく、バックにいる人間に向けたものだった。

 

 軍人連続襲撃事件はうやむやのうちに終わった。襲撃犯は依願退職させられた。揉み消し犯は左遷されただけで済んだ。懲戒処分を受けた者は一人もいなかった。

 

 その翌日、複数の国防委員から連絡が入った。国防委員会が今回の件で何らかの埋め合わせをするつもりだという。面子を潰してしまったと判断したのだろう。ヤン元帥が政治不関与を貫いているので、トリューニヒト政権は俺に頼らざるを得ない。

 

 

 

 宇宙暦八〇四年五月二四日は記念すべき日となった。ラインハルト・フォン・ローエングラムが初めて俺の名を口にしたのだ。

 

「エリヤ・フィリップスのごとき愚か者」

 

 それがラインハルトから下された評価であった。

 

 五月中旬、週刊誌がキャリー・ギールグッド引退の真相を報じた。エリヤ・フィリップス上級大将がギールグッド提督の行状を問題視し、引退を促したという内容だ。

 

 この記事が出た背景には、俺と国防委員会の合意がある。俺はギールグッド提督を引退させ、ムライ提督を後任に据えたい。国防委員会はギールグッド提督を引退させたいが、泥をかぶりたくない。両者の思惑が一致した結果、俺が名前を出すことになった。

 

「へえ、そうなのか」

 

 同盟市民は驚かなかった。あの「不沈艦キャリー」が自発的に辞めるはずがない。そして、彼女クラスの大物に引導を渡せるのは、ヤン元帥とフィリップス提督ぐらいのものだ。

 

「何ということだ!」

 

 帝国人は仰天した。あの「不沈艦キャリー」が引退に追い込まれた。最強の盾を自ら投げ捨てたのだ。信じがたいことである。

 

 報道の自由化により、同盟で刊行された新聞や電子が流れ込んだ。同盟情報は激増したが、それを読む者の価値観は変わっていない。週刊誌に記された「ギールグッドの不行状」は、帝国の価値観では罪ではなかった。強いていうなら不倫は罪だが、彼女ほどの強者なら許されてしかるべきであろう。さらに言うならば、民衆が上級大将に謝罪を求めること自体がおかしい。

 

 サジタリウス腕から流れてくる情報によると、エリヤ・フィリップスという男は兵卒から叩き上げた提督で、民衆受けが良いらしい。海賊やテロリスト相手の武勲など、奴隷が奴隷に勝っただけのことだ。ラグナロックでの武勲は、ウィレム・ホーランドに従ったおかげだろう。最大の功績とされるクーデター鎮圧にしても、クーデター軍が無能すぎた。第九次イゼルローン攻防戦では、大軍を擁しながらイゼルローンに引きこもった。要するに媚び諂いの輩だ。

 

 エリヤ・フィリップスの人格を疑う声は、サジタリウス腕でも小さくないらしい。ちょっと調べれば、フィリップス批判の記事がザクザク出てくる。

 

「反乱軍最高の名将がつまらぬ男に陥れられた!」

 

 帝国人はそう決めつけた。自国の名将が陥れられたかのように憤り、敵国の愚将を罵った。

 

「エリヤ・フィリップスのごとき愚か者」

 

 ラインハルトの怒りはひときわ大きく、エリヤ・フィリップスを激しく批判した。レベルの低い人間に関心を持たない彼が、敵将を名指しで批判するのは異例のことだ。

 

「なにもわかってない!」

 

 憤慨したのは俺ではなく、シェリル・コレット少将であった。

 

「言わせておけ」

「放置なさるのですか!?」

「敵に軽く見られても困らないよ。むしろありがたいぐらいだ」

 

 この言葉は強がりでも何でもなかった。敵が強ければ強いほど燃える男と戦うのなら、小物と思われた方がいい。

 

 獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くすという。小物相手だとしても、ラインハルトは全力で戦うだろう。だが、それは作戦レベルの話だ。戦略レベルにおいては、ラインハルトは最も強い敵を意識した戦略を立てる。小物と思われたら動きやすくなる。

 

 ラインハルトに褒められるのは、大物だけに許された特権である。小物は小物らしくちまちま戦い、「くだらぬ奴」と言われればいいのだ。

 

 ギールグッド擁護論とフィリップス批判論はオリオン腕を席巻し、フェザーン回廊を通過し、サジタリウス腕に流れ込んだ。何かと外国を引き合いに出す連中が、「ギールグッド提督を引退させるべきではなかった」と言い出した。反フィリップス派がこの動きに便乗した。

 

「なにもわかってない!」

 

 憤慨したのは俺ではなく、シェリル・コレット少将であった。

 

「言わせておけ」

「放置なさるのですか!?」

「何をしたって反対する人間はいるんだ。いちいち腹を立てることでもない」

 

 この言葉は虚勢でも何でもなかった。自分のやることは絶対善ではない。正しくないと思う人や不利益を被る人から批判されるのは当然だ。

 

 かつて、トリューニヒト議長は「大きなものは大きいがゆえに憎まれる」と語った。大きなものはその影響力ゆえに多くの人々を巻き込み、運命を捻じ曲げる。俺の影響力は同盟軍人数千万とその家族の運命を左右しうる水準に達した。政治家や軍需企業も俺の顔色を窺っている。思想や利害が相反する人間にとっては、エリヤ・フィリップスは存在するだけで迷惑なのだ。

 

 俺はコレット少将の顔を見た。年齢差は五歳差であり、兄と妹と同じようなものだ。外見は俺が極端な童顔、彼女が年齢相応に色っぽい。しかし、関係においては親子に等しい。

 

 敵は周囲の人間を狙ってくるだろう。マスコミを総動員しても、エリヤ・フィリップスを潰すことはできない。ならば、側近を一人一人潰し、孤立させるのが上策というものだ。真っ先に狙われるのはコレット少将だろう。

 

「メディアに出演する予定はあるか?」

「ガーディアン八月号の美男美女特集に出ます」

「表紙か?」

「はい」

「そうか……」

 

 俺は心の中で舌打ちした。ガーディアンは同盟軍の広報誌で、大手月刊誌並みの部数を誇る。その表紙を飾るのは名誉なことだが目立ちすぎる。

 

 シェリル・コレット少将はアーサー・リンチ元少将の実の娘である。父親がエル・ファシルで醜態を晒した後、母親は離婚して旧姓を名乗った。この時、彼女と妹は姓をリンチからコレットに改めた。

 

 この事実を知る者は少ない。チーム・フィリップスでは俺一人だけだ。本人が隠しているものを勝手に言いふらすのもどうかと思い、口を閉ざしてきた。自分以外で確実に知っていると言えるのはセミョーノフのみである。彼女が士官学校に在籍していた頃の生徒や教官なら、知っていてもおかしくはない。セミョーノフのように仕事上の理由で知った者もいるはずだ。

 

 俺に反感を持つ者が、コレット少将の素性を暴いたらどうなるか? マスコミがハイエナのように群がるだろう。過去を隅々まで暴き立て、白日のもとにさらけ出し、傷口に塩をすり込む。コレット少将は俺を補佐するどころではなくなる。

 

「どうかいたしましたか?」

「いや、なんでもない」

 

 俺は何事もなかったかのように微笑み、コーヒーに口を付けた。砂糖とクリームとカフェインの力で心を落ち着かせる。

 

 できることなら、「ガーディアンに出るのはやめておけ」と言いたかった。コレット少将なら理由を聞かずに従うだろう。だが、広報部に迷惑をかけてしまう。人気軍人のスケジュールは数か月前からぎっしり詰まっている。彼女の代役を急に立てることは難しい。

 

 結局、これといった手立ては浮かばなかった。俺の人脈は軍関係に偏り過ぎている。マスコミにも伝手はあるが、スキャンダルを潰せるだけの影響力はない。

 

 家に帰った後、俺は端末の前で考え込んだ。一通のメールを何度も何度も読み返し、足りない頭を振り絞る。

 

 差出人はマスコミ関係に強いコネを持つ人物だった。大手新聞社の社長だろうが、イエローペーパーの編集長だろうが、金目当てのブラックジャーナリストだろうが、通信一本で話すことができる。

 

 俺の息がかかった国防委員たちも、あの人物ほどの人脈は持っていない。サリー・マッカラン国防副委員長の一族は、同盟とフェザーンの上流社会に閨閥を張り巡らせている。それでも、あの人物には及ばないのだ。

 

「この人と組んだら、マスコミ対策は万全になる。それはわかっている。わかっているけど……」

 

 俺はメールを隅々まで見つめた。要約すると「一度会いたい」というだけで、一度読めば理解できる内容だ。内容ではなく差出人の名前が俺をためらわせる。

 

 あの人物はあらゆる党派とあらゆる組織に「貸し」を作っている。マスコミ人脈はその一部に過ぎない。彼が差し出した手を掴むだけで、俺は政界、財界、官界、学界、報道界への足がかりを獲得できる。軍部だけでなく、各界を巻き込んだ国防体制建設が可能になるのだ。

 

 理性は「組め」とささやきかける。仲間に相談したところ、半数は「ぜひとも組むべき」、半数は「組むなら反対しない」と答えた。反対者は一人もいない。

 

 感情は「組みたくない」と叫ぶ。最高評議会議長ですら、あの人物にとっては取り換えのきく存在でしかない。彼と比肩しうる権力者は、銀河帝国皇帝、フェザーン自治領主、同盟最高裁長官ぐらいのものだ。強大なパワーを持っていることは認める。だからこそ好きになれない。

 

 あの人物は二〇年以上にわたって権力の中枢にあり、七八〇年代後半に頂点を極めた。最高権力者として、連立政権の内紛、支持率目当ての出兵、パトリオット・シンドローム、ラグナロック戦役、レベロ政権の暴走、ホワン政権とクリップス政権の混乱、トリューニヒト政権の迷走に直面した。それなのに「助言」を与えるだけで、自ら動くことはなかった。力があるのに責任を取ろうとせず、ひたすら事態を傍観したのだ。

 

「なぜ止めなかったのか」

「あなたなら止められたのではないか」

 

 そう問わずにはいられないのである。無能は罪ではない。単に力が及ばなかっただけだ。無為は罪である。力があるのになすべきことをなさなかった。

 

 俺は予言書『銀河未来記』を開いた。生まれ変わってから一六年も経つと、前の世界の記憶が怪しくなってくる。だから、前の世界の歴史を丸写ししたような本を手元に置いている。

 

「七九六年九月  同盟軍が帝国に侵攻するも、焦土作戦の前に苦戦」

「七九六年一〇月 同盟軍、黄金の獅子に大敗。宇宙艦隊の主力を喪失」

「七九七年四月  ハイネセンにおいて緑の人のクーデター発生。同盟は内戦に突入」

「七九八年四月  同盟政府、黒の魔術師を査問にかける」

「七九八年八月  わがまま皇帝、同盟に亡命」

「七九九年五月  小さな狼、ハイネセンに侵攻。自由惑星同盟降伏」

「七九九年七月  同盟政府、黒の魔術師の謀殺を図るも失敗」

 

 これらの出来事は政治の力で止められたはずだ。そして、あの人物は前の世界においても権力の中枢にいたが、適当な「助言」をするだけで、責任から逃げ回った。

 

 個々の事件は大きな流れの中の一場面に過ぎない。前の世界の同盟を滅亡に至らしめたのは、帝国領侵攻作戦「諸惑星の自由」だ。アンドリュー・フォークやラザール・ロボスを抹殺したところで、別の人間が似たような作戦を進めただろう。

 

 諸惑星の自由に至るレールは、ずっと前から敷かれていた。戦記には記されていないが、サンフォード政権の低支持率の原因は慢性的な経済不振である。イゼルローン無血攻略という空前の勝利も、不景気と失業には太刀打ちできない。戦争が唯一の政権浮揚の手段という状況は、ずっと前から続いていた。三〇年近く守勢を強いられてきた同盟市民は、鬱屈を晴らす場を求めていた。事を起こした人間ではなく、事を起こせる状況こそが問題なのだ。

 

 あの人物は二〇年以上にわたって権力の中枢にあり、流れ全体に関わっていた。短くて数か月、長くても二年で交代した最高評議会議長より影響力は大きく、責任は重い。まして、軍人とは比較にならない。

 

 前の世界の戦記によると、ヤン・ウェンリーは「安全な場所に隠れて戦争を賛美し、愛国心や犠牲精神を強調し、他人を戦場に送り出す人間」を何よりも嫌った。要するに主戦派の指導者が嫌いなのだ。

 

 軍人としてはヤン元帥に共感するが、主戦派の一員としては指導者を批判できない。生命の危険がないという点において、指導者は兵士よりずっと安全であろう。ただ、指導者は彼らなりのリスクを負っている。彼らは大勢の人間の期待を背負っており、それに応える義務がある。期待を裏切った瞬間、支持者は牙を剥いてくる。指導者とは玉座に据えられた奴隷にすぎない。真の主人たる支持者からボロクズのように捨てられても、文句は言えないのだ。

 

 それゆえ、俺は政治家やオピニオンリーダーに一定の敬意を払っている。無能さに苛立ちを覚えることもあるし、俗悪さに辟易することもある。それでも、大勢の人間に対する責任を負い、リスクをとっているという点において尊敬できる。

 

 前の世界のヨブ・トリューニヒトは、「保身の怪物」「無責任の権化」と言われる。だが、政治に関わった経験からみると、彼は保身に失敗したし、相応の制裁を受けている。帝国への降伏を強行し、主戦派の期待に背いた時点で政治家として死んだ。「支持者をなくしましたが、生命は残りました」というのは、保身の失敗に他ならない。支持者もスポンサーもブレーンもいない政治家など、凡人にも劣る。だからこそ、官僚や立憲運動家としてソロ活動しなければならなかった。

 

 あの人物はトリューニヒト議長をはるかにしのぐ力を持ちながら、「助言」を与えるだけで丸投げという姿勢に終始し、一切のリスクから逃げ続けた。彼の無責任な態度こそが同盟を滅ぼした。

 

 はっきり言うと、麻薬王ルチオ・アルバネーゼにも劣る人物だと思う。アルバネーゼは悪逆非道の男だが、悪党なりの信念はあったし、リスクを負う覚悟もあった。独善ではあっても最低限の筋は通っていた。

 

 さんざん罵倒してきたが、それでも俺はあの人物と組まねばならないのである。あの人物が動かなかったために同盟は滅びた。逆に考えるならば、あの人物を動かせば同盟を救うことができる。

 

「そんなにうまくいくものか」

「相手は本物の怪物だ。二〇年以上も魑魅魍魎の巣で生き残ってきたんだ。小物の手に負える代物じゃない」

「動かしたつもりが動かされるのがオチさ」

「自分ならうまくやれる。他の連中だってそう思っていたんじゃないか?」

 

 頭の中に警報が鳴り響く。そんなことはわかっている。小物が怪物に勝てるはずがない。取って食われるのがオチだろう。わかっているんだ。

 

「でもな、怪物の一つや二つ、飲み込めないようじゃ勝負にならないんだよ」

 

 小物が不世出の天才ラインハルト・フォン・ローエングラムに挑むのだ。政界の怪物ごときを恐れてどうする。飲み込んで糧にしろ。飲み込めないなら舞台に引っ張り出せ。数世紀に一人の英雄を相手取るなら、それぐらいのことはしてみせろ。

 

 俺は返事を書き上げると、送信ボタンを押した。今年の一一月、クーデター鎮圧三周年を記念する式典に出席するため、首星ハイネセンに出張する。その際にあの人物の家を訪問することになった。

 

「歴代議長の指南役」

「最大最強のフィクサー」

「サジタリウス腕の守護者」

「自由惑星同盟皇帝」

「闇議長」

「全能者にして万能者」

「不滅の人」

「老魔王」

「一三〇億人の師」

「腐敗の元凶」

「八世紀最大の妖怪」

「銀河の四割を支配する男」

「共和制最後の砦」

 

 これらはあの人物を形容する言葉の一部に過ぎない。名前を直接呼ぶのが畏れ多いから、異名をつけたのではないか。

 

「エンリケ・マルチノ・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラ」

 

 サジタリウス腕最大の学閥、国立中央自治大学閥の頂点に立つ男の名には、そう錯覚させるだけの重みがあった。


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