銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(新版)   作:甘蜜柑

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第17話:動揺する基地 宇宙暦794年3月中旬~4月4日 ヴァンフリート四=二基地

 無人衛星にあるヴァンフリート四=二基地の娯楽事情は、有人惑星にある基地と大きく異なっている。軍人が大好きなカジノも売春宿も存在しない。ネットは繋がりにくい。

 

 最も人気のある娯楽は酒だ。軍経営のバーはいつも混み合っている。営内での飲酒は原則として禁止されているが、ほとんどの部隊では黙認状態だ。基地の売店でも堂々と酒が売られている。年度末でもなければ、憲兵隊が営内飲酒を摘発することはまず無い。

 

 二番人気は携帯型ゲーム機だ。いつでもどこでも遊べるところが前線の軍人に好まれる。軍も「酒やギャンブルより良い」と言って、携帯型ゲーム機を奨励する。

 

 酒派でもゲーム派でも無い俺は、仕事を終えてプロテインドリンクを飲み干すと、別の娯楽を楽しむためにエアバイクに乗った。

 

 いつもと同じ時間、いつもと同じ場所に、いつもと同じポーズでイレーシュ・マーリア少佐は立っていた。背筋をまっすぐに伸ばし、両手を腰に当て、両足を肩幅よりやや広めに開いている。いわゆる仁王立ちだ。

 

 淡いブルーのシャツは前のボタンを全開にし、白いタンクトップの胸の部分ははちきれんばかりに膨らみ、細身のデニムが長い足を強調する。形の良い唇は不機嫌そうに結ばれ、切れ長の目は周囲を威圧するような光を放つ。比較的人通りが多い場所なのに、イレーシュ少佐の周囲だけはぽっかり空いている。

 

 俺は笑いながら小さく右手を振った。不機嫌そうだったイレーシュ少佐はたちまち笑顔になり、両手を左右に振る。

 

「どうもお待たせしました」

 

 自分より一二・二一センチ高い位置にあるイレーシュ少佐の顔を軽く見上げた。

 

「今日もきっちり五分前だね。歩幅もいつもと全く同じ」

 

 彼女は右腕に巻いた時計をちらりと見る。

 

「軍隊は五分前行動ですから」

「あー、やだやだ。心にまで軍服着なくてもいいのに」

「冗談ですよ。俺が先に来てると、向こうが負い目に感じるかもしれないでしょう? だからといって遅く来れば相手を待たせてしまう。五分前がちょうどいいんです」

「なるほど、その気配りが好感度アップの秘訣なんだ。さすが、七八九年度から五年連続で『好感度の高い軍人ランキング』の一位になるだけの……」

「それ、調査対象はあなた一人だけでしょう? 行きますよ」

 

 イレーシュ少佐に背を向けてすたすたと歩き出す。

 

「せっかちだなあ、君は。そんなに早く始めたいの?」

 

 俺に追いついたイレーシュ少佐は左側に並んで歩く。長身の彼女と並ぶとチビが目立ってしまうので嫌なのだが、恥ずかしいから口には出さない。

 

「二人きりの時間を大事にしたいんです」

 

 この時間に若い独身の男女が二人きりでいれば、することは一つしかない。そう、トレーニングだ。四=二基地には、大手フィットネスクラブも顔負けのトレーニングセンターがある。これを利用しない手はない。

 

 トレーニングは一人でもできるが、二人一組でやった方がより効率的だ。お互いのフォームをチェックし合えるからだ。伸び悩んだ時も仲間がいれば乗りきれる。

 

 筋トレと有酸素運動を終えた後、射撃練習をした。据銃練習で正しいフォームを身につける。そして、実戦を想定した射撃シミュレーターを使って、どのような状況でも素早く正確に撃てるようにする。シミュレーターにはスコア測定機能と録画機能が備わっているため、練習終了後に他人とスコアを比べ合い、録画されたビデオでお互いのフォームを講評し合う。

 

「ハンドブラスター、ビームライフル、火薬拳銃、火薬ライフルのすべてで連敗記録更新か。悔しいなあ。一度くらい勝てると思ってたのに」

 

 イレーシュ少佐は広い肩をがっくりと落とした。冷たい美貌に不機嫌そうな表情の彼女は、一見すると近寄りがたい雰囲気がある。今年に入ってロングヘアをショートヘアに変えてからは凛々しさも加わった。しかし、実際はとても素直な人だ。

 

「まだやります?」

「いや、いいよ。準特級持ちと一級持ちの差が分かったから。何度やっても多分勝てない」

 

 無念そうに首を振るイレーシュ少佐。こんな顔も可愛らしく思える。

 

「笑わないでよ、ムカつくなあ」

「すいません」

「別にいいよ。君は私の教え子。君の勝ちは私の勝ちだから」

 

 両腕を腰に当ててふんぞり返り、自信満々な顔で俺を見下ろしてくるイレーシュ少佐。実に大人気なかった。

 

 一時間半後、俺達はトレーニングセンターの近くにある軍経営のレストランにいた。汗をかいた後はたっぷり食べてエネルギーを補給する。鍛えるだけでは筋肉は育たない。

 

「ビーフステーキビッグサイズ三枚、イタリアンサラダ二皿、ジェノベーゼパスタ大盛り一皿、チキンピラフ大盛り一皿、ポテトとオニオンのスープ三皿、プロテインミルクを二杯お願いします」

 

 若いウェイターに注文を伝える。

 

「かしこまりました。他には注文はございますか?」

「俺の注文は以上です」

 

 俺がそう答えると同時に、イレーシュ少佐が自分の分を注文し始めた。

 

「ビーフステーキビッグサイズ一枚、生ハムサラダ一皿、トマトリゾット大盛り一皿、ムール貝のオーブン焼き一皿、ほうれん草のソテー一皿、赤ワインのボトル一つ」

「今日も少食ですね」

「誰かさんと違って、これ以上身長を伸ばさなくてもいいから」

 

 イレーシュ少佐の口から放たれた言葉は、鞭となって俺を打ちのめした。

 

「い、以上でよろしいでしょうか……」

 

 なぜかウェイターはたじろぎ気味だ。

 

「結構ですよ」

 

 俺達二人はほぼ同時に答えた。ウェイターは逃げるような足取りでテーブルから離れていく。

 

「クリスチアン中佐に初孫ができるそうですよ」

「あのおじさん、まだ四〇代でしょ」

「中佐も娘さんも早めに結婚なさったんです。だから、孫ができるのも早いと」

「なるほどねえ。孫を見たら、あの悪人面もデレデレになるのかなあ」

 

 イレーシュ少佐と他愛もない話をしながら、料理がやってくるのを待つ。料理が来たら食べながら会話を続ける。何ものにも換えがたいひと時だ。

 

「幹部候補生養成所でマフィンを食べさせてくれた子。薔薇の騎士連隊(ローゼンリッター)のリンツ君だっけ? その子とは会った?」

「なかなか機会が無いです。あっちはあっちの付き合いがあるみたいで」

「そっかあ。あんな事件があったからねえ」

「もともと亡命者ばかりの部隊ですからね。もともと強かった身内意識が、三年前の事件でさらに強くなったみたいです」

「噂をすれば何とやらだね。ほら、薔薇の騎士連隊の名物男」

 

 イレーシュ少佐が視線を向けた先には、男女二人連れがいた。男性はすらっとした長身に彫りの深い顔立ちをした紳士風の美男子。女性は背が高くてきりっとした感じの美人。これほどお似合いのカップルもそうそういないように思われる。

 

「ああ、シェーンコップ中佐ですか」

 

 男性の方は、前の世界の英雄、憲兵にとっては頭痛の種、すなわり薔薇の騎士連隊副連隊長ワルター・フォン・シェーンコップ宇宙軍中佐だった。

 

 女性の方も知っている。幹部候補生養成所時代に同じ班だったヴァレリー・リン・フィッツシモンズ地上軍中尉だ。まさか、シェーンコップ中佐と付き合っているとは思わなかった。

 

 前の世界で読んだ『薔薇の騎士ワルター・フォン・シェーンコップ』によると、シェーンコップは三七年の生涯で一〇〇〇人以上の女性とベッドを共にしたそうだ。名前が残っているだけでも五〇人は軽く超えていて、覚える気にはなれなかった。知り合いがあのシェーンコップの愛人の一人だなんて、微妙な気持ちになる。

 

「一緒にいる人、きれいだね。新しい彼女かな?」

「そうでしょうね」

「美男美女同士のカップルね。まるでドラマみたい」

「俺達もカップルに見えますかね?」

「見えるんじゃないの? 若い男女二人だし」

 

 気の抜けたような会話が続く。いい加減酔いが回っているのか、イレーシュ少佐の肌がほんのりと赤い。

 

「ですよね。あっちの二人と比べると、釣り合わないでしょうけど」

「そうでもないでしょ。君は美男子じゃないし背も低いけど、爽やかだからね。筋肉質でスタイルもいい。誰と一緒でも釣り合うよ。もちろん私とも」

「あくまで仮定の話ですが、俺と付き合うってのもありですか?」

 

 彼女と知り合ってから五年が過ぎた。これだけ長い付き合いで恋愛関係に発展していない以上、脈は無い気もするが、一度聞いてみたかった。

 

「ないね」

 

 即答だった。五パーセント、いや一〇パーセントくらいは期待していたが、見事に外れてしまった。イレーシュ少佐は少し困ったような顔になる。

 

「いや、勘違いしないで欲しいんだけどさ。君の問題じゃなくて私の問題なんだよ、これは」

「とおっしゃいますと?」

「私は過保護でね。付き合った男が何をしても許してしまう。何もしなくても許してしまう。みんなそれで駄目になっちゃった」

「でも、俺とはそんなことは無いじゃないですか」

「それは友達だからだよ。一線を引いてるからね。ちょうどいい距離感が持てる。他人じゃなくなってしまうと、それがわからなくなる」

 

 少し寂しそうなイレーシュ少佐の顔を見て、質問したことを後悔した。しかし、そんな俺の内心に構わず、彼女は言葉を続ける。

 

「君は自信がない。そして、依存心が強い。他人がやってくれるなら、自分はやらなくていいと思ってしまう。私と一緒にいたら、何もできなくなってしまうよ」

 

 それも悪くないんじゃないかとふと思った。こんな美人にずっと尽くされるなら、駄目になってしまってもいい。

 

「それはそれで……」

「いやだよ、私は真面目な君が好きなんだから」

「ちょっと残念ですね」

 

 ちょっとどころではなく残念だった。しかし、そこまで言われては食い下がれない。

 

「たぶん、君は他人に頼れない場面でしか真面目になれないんじゃないかな。周囲が頼りにならない時。他人に尻を叩かれた時。自分が責任を引き受けた時。そんな時に君は真面目になる」

「言われてみれば、そんな気がします」

「君がパートナーに選ぶとしたら、君を引っ張ってくれる子、あるいは君が引っ張らないとどうしようもない子のどちらかを選ぶといいと思うな。私はどっちにもなれないから駄目だ」

 

 イレーシュ少佐は寂しげに笑って、ボトルに残ったワインをすべてグラスに開けた。そして、一気にぐいっと飲み干す。時計を見ると、閉店三分前だった。

 

「そろそろ出よっか」

「ええ」

 

 俺達はほぼ同時に立ち上がり、カウンターへと向かった。こうして安らぎの時は終わりを迎えたのである。

 

 

 

 三月二一日、同盟軍と帝国軍の宇宙艦隊主力は、恒星ヴァンフリートの周辺宙域で戦闘状態に入った。

 

 同盟軍の戦力は、第四艦隊と第一二艦隊を基幹とする二万七〇〇〇隻。帝国軍の戦力は、第二猟騎兵艦隊・第一竜騎兵艦隊・白色槍騎兵艦隊を基幹とする三万二〇〇〇隻。両軍とも二個艦隊がまだ到着しておらず、本格的な衝突は全軍が揃った二日後になると見られる。

 

 前線から一光時(一〇億八〇〇〇万キロメートル)の距離にある四=二基地は、絶対安全圏から後方支援にあたる。

 

 前の世界のヴァンフリート四=二は激戦地となった。七九四年三月末、主戦場から外された帝国軍のグリンメルスハウゼン艦隊が四=二基地を攻撃した。その後、両軍の主力艦隊が四=二宙域に雪崩れ込み、大混戦となった。偶然から始まったこの戦いは、訳のわからないうちに終結した。

 

 この戦いを帝国軍の立場から記した『獅子戦争記 第二巻――混戦のヴァンフリート』は、「これほど必然性を欠いた戦いは戦史でも稀だった」と評する。

 

 だいぶ細部は覚えていないものの、かなり唐突な展開だった印象がある。帝国軍がなぜ同盟軍の勢力圏の奥深くにわざわざ一個艦隊を転進させたのか、帝国軍がなぜすんなりと第四惑星宙域まで辿りつけたのかなど、理屈では説明できないことばかりだったのだ。

 

 第五次イゼルローン攻防戦のような必然性があれば、前の世界と同じ展開をなぞることもあるかもしれない。しかし、偶然まではなぞれないと思う。すべてが同じように進むのならば、俺やラインハルトが「エル・ファシルの英雄」と呼ばれることもなかった。宇宙艦隊主力が敗れでもしない限り、四=二基地は安泰だ。

 

 ヴァンフリート星域の戦いが始まってから三日が過ぎ、三月二四日になった。恒星活動の影響で大規模な電磁波障害が発生し、指揮通信システムの機能が大きく低下した。

 

 迎撃軍司令部は戦力を二分して帝国軍を挟撃しようと考えていた。しかし、通信の混乱が挟撃作戦を完全に破綻させてしまった。第四艦隊と第六艦隊は通信途絶、第一一艦隊は所在不明、通信が繋がるのは第一二艦隊のみ。艦隊司令部と分艦隊司令部の間、分艦隊司令部と機動部隊司令部、機動部隊司令部と戦隊司令部の間も連絡が繋がらないそうだ。

 

 通信の混乱は帝国軍も同様だった。艦隊レベルはおろか機動部隊レベルの統制も取れなくなった両軍は、数十隻から一〇〇隻程度の小部隊に分かれ、連携を欠いたまま目の前の敵と戦った。撤退しようにも連絡手段がなかった。

 

 中央兵站総軍司令部は、バラバラに入ってくる支援要請を整理した。中央輸送軍は小規模な輸送部隊を多数編成して、基地と前線の間を往復させた。中央通信軍と中央工兵軍は、八つの小惑星に仮設の通信基地を作った。中央衛生軍は負傷者を収容し、中央支援軍は損傷艦を収容した。

 

 全機能をフル稼働させた四=二基地は慌ただしい雰囲気に包まれていたが、全員が忙しかったわけではない。憲兵隊や地上戦闘要員は普段とまったく変わらない。

 

 薔薇の騎士連隊の副連隊長ワルター・フォン・シェーンコップ中佐は、二日に一回くらいの頻度で憲兵隊長室にやって来る。これといった用事があるわけでは無い。俺をからかいつつ、コーヒーを二杯か三杯飲んで帰って行くだけだ。

 

「薔薇の騎士連隊本部と憲兵隊本部って逆方向ですよね? こちらにお越しになるのも大変じゃないですか?」

「隊長代理殿との約束を果たさねばなりませんからな」

「小官との約束ですか?」

「憲兵隊にも愛人がいましてね。なかなかいい女なのですが、困ったことに嫉妬深いのです」

「はあ……」

「このワルター・フォン・シェーンコップに二言はありません。女を嫉妬させないようにアフターケアをしっかりするとの約束を果たすため、せっせと足を運んでおります」

 

 真面目くさった顔のシェーンコップ中佐。俺は呆気にとられた。

 

「冗談ですよ。あなたは小官の冗談をいつも真に受けてくださる。そういうところが結構気に入っているのです」

「ど、どうも……、ありがとうございます」

「それにコーヒーもうまいですしな。小官は女とコーヒーには妥協できない性質ですので」

 

 シェーンコップ中佐は俺がいれたコーヒーをとてもうまそうに飲む。ちょっと嬉しくなった。

 

「コーヒーにはこだわっているんですよ。コーヒーショップでアルバイトしてましたから」

「アルバイト? 隊長代理殿は中学時代からアルバイトをなさってたのですか?」

「いえ、高校を出てからです。就職先が無くて、徴兵されるまでアルバイトで暮らしていました」

「それは存じませんでした。幹部候補生出身と聞いておりましたから、てっきり専科学校を出られたものとばかり」

「士官学校を卒業したと勘違いされることも多いですよ。六年前のエル・ファシルの時は一等兵だったんですけどね」

「まあ、他人の事情など知る必要もありませんからな。小官は元連隊長に五年仕えましたが、出身地も家族構成も知りません。しかし、そんなのはどうでもいいことです」

 

 不意にシェーンコップ中佐の表情から冗談の成分が消えた。彼が五年仕えた元連隊長とは、帝国に逆亡命したリューネブルク元大佐のことだ。

 

 この間見た人事資料によると、シェーンコップ中佐はリューネブルク元大佐が連隊長だった頃の腹心だったそうだ。そんな相手の事情に興味がないというあたりに、彼の人間性の一端が垣間見えた気がする。

 

 このようにほんの少しだけ本音が見えることもあるが、何を考えて俺のところに顔を出すのかはわからずじまいだった。

 

 三月二六日から通信状態が悪化した。前線からの連絡がほとんど入ってこなくなり、支援要請も受け取れなくなった。

 

「通信が一時的に途絶えるなど、前線では珍しくもないぞ。敵の妨害電波、恒星風、恒星フレア。阻害要因はいくらでもある」

 

 歴戦のクリスチアン中佐はそう言った。

 

「話では聞いていますが、いざ直面すると不安です。エル・ファシル地上戦では、通信が繋がらないなんてことはなかったですし」

「それは我が軍の通信力が圧倒的に優位だったからだ。そんな戦いは一〇に一つと思え」

「わかりました」

 

 これも戦場の一幕だということを頭では理解した。しかし、心がそれを受け入れようとしない。明日になれば回復しているだろうと、何の根拠もない希望を抱きながら仕事をした。

 

「エリヤ、砂糖が多すぎるぞ。俺はお前さんと違って、砂糖でどろどろになったコーヒーを飲む趣味はないんだからな」

 

 薔薇の騎士連隊のカスパー・リンツ大尉は、コーヒーカップをテーブルに置いて苦笑した。

 

「ああ、ごめん」

 

 長い間疎遠だった幹部候補生時代の友人が訪ねてきたというのに、コーヒーに入れる砂糖の量を間違えた。

 

「しっかりしろよ」

 

 リンツは俺の右肩を強く叩いた。砂糖の量を間違えた理由を理解している。長いこと会ってなかったとはいえ、さすがは友人だ。

 

 俺以外の者も動揺していた。将兵が寄り集まって不安そうな顔で語り合う光景が、四=二基地の各所で見られる。

 

 事態を重く見た四=二基地司令部は、昼から主要指揮官及び主要幕僚を集めて会議を開いた。俺も基地憲兵隊の代表として末席に座った。実戦経験の少ない出席者が多いせいか、会議は悲観論に終始した。

 

「フィリップス少佐、貴官は陸戦の専門家だ。この状況をどう見る?」

 

 中央工兵軍司令官シュラール技術少将が話しかけてきた。不毛な議論がピタリと止まり、すべての出席者が俺を見る。

 

 まずいことになった。俺は世間から陸戦の専門家と思われている。言うまでもなくエル・ファシル義勇旅団のせいだ。実際は一兵も指揮していないのだが、ここにいる人は事実を知らない。

 

「小官にもわかりません」

「若いからといって遠慮することはない。言ってみなさい」

「そうですね。戦闘になる可能性があると思います」

 

 前の世界の知識を借用して話した。何月何日何時何分に何が起きたなんて細かいことは覚えていないが、この時期にヴァンフリート四=二で地上戦が起きたこと、薔薇の騎士連隊が活躍したことは覚えている。戦闘が起きる可能性があると、注意を促すだけでも無駄では無いと思った。

 

「どうしてそう思うのだ? ここは絶対安全圏だぞ?」

「ええと、それは……」

 

 合理的な説明が思いつかない。ヴァンフリートの戦いの数十年後に書かれた『獅子戦争記』でも「分からない」と言っていた。俺に分かるはずもない。

 

「戦いに絶対はありません。敵軍が突破してくる可能性も考えられます」

 

 適当な言葉でお茶を濁した途端、会議室が騒然となった。

 

「いや、まさか、そんなことはあるまい。ここは同盟軍の勢力圏のど真ん中ではないか」

「前線の艦隊が健在ならそうだ。しかし、負けていたら話は変わってくる」

「開戦からまだ五日だ。決着するには早過ぎるだろう」

「敵が先に通信システムを建て直したらどうだ? さすがのロボス元帥でも、通信が混乱したまま攻撃を受けたらどうしようもない」

「それはまずいぞ!」

「どうすればいいんだ……」

「いっそ、基地を放棄しようか……」

「逃げている最中に襲われたらどうする? 地上でじっとしている方が安全だと思うがな」

 

 出席者は勝手にネガティブな想像を膨らませていく。

 

「ですから、今のうちから戦闘に備えて……」

 

 俺はどうにか出席者を落ち着かせようとした。だが、沸騰する悲観論を止めることはできない。

 

「備えれば勝てるのか!? ここにいるのは八〇万人の後方要員と二万人の戦闘要員だけだ! それで七五〇万の帝国軍に勝てるのか!? エル・ファシルとは違うんだぞ! 無責任なことを言うな!」

 

 こう怒鳴りつけられると、返す言葉もないのである。戦闘に備えるどころではなかった。俺の不用意な発言が悲観論に火を付けたのだ。

 

 基地司令部の会議が終わった後、急いで基地憲兵隊本部に戻り、大尉以上の階級を持つ憲兵隊員を招集して緊急会議を開いた。憲兵には帝国軍に勝つ方法は分からないが、パニックを抑える方法は分かっている。こうなった以上、悲観論の伝染を防ぐ以外の手立ては無い。

 

「味方との通信が完全に途絶えて今日で二日目だ。基地から撤収する場合、敵が基地に攻めてきた場合の対応を検討したい。活発な討議を期待する」

 

 俺は議長役に徹して意見を言わなかった。トラビ副隊長らベテラン憲兵の経験に頼った方がいいと判断したのだ。

 

 対応ガイドラインができあがったところで、会議を終了した。最初からきっちり決めすぎるのは良くない。原則を確立するだけで十分だ。

 

 居室に戻った俺は、一人で監視計画の修正プラン作成に取り掛かった。撤収時と交戦時、それぞれのプランを用意する。完成した時には夜が明けていた。

 

 

 

 三月二七日一〇時、総司令部から二日ぶりに通信が入った。不安を落ち着かせるどころか、煽り立てる内容だ。

 

「一万隻を越える敵艦隊がヴァンフリート四=二に進軍中。二六日の午後から二七日の午前の間に到着すると推測される。注意されたし」

 

 注意する以前の問題だった。二六日の午後から二七日の午前の間ということは、とっくに帝国軍はヴァンフリート四=二のどこかに到着している。

 

「ここは後方のはずじゃなかったのか? 敵が来るなんておかしいだろう!」

「一万隻を素通りさせるなんて! 宇宙艦隊は何をやっていた!?」

「味方が負けたから、敵がここまで来たんだ! そうに違いない!」

「もう逃げられないぞ! みんな捕虜になっちまう!」

 

 四=二基地は混乱状態に陥った。後方支援要員は軍人とはいえ、仕事内容は民間の事務職や技術者とほとんど同じだ。こんな状況には弱い。

 

「嘘だろ……」

 

 俺は他の人々と違う意味で混乱した。もしかしたら、この世界はあらかじめ決められたシナリオに沿っているだけではないか。そんな非論理的な考えが頭をよぎる。

 

「敵の意図は明らかだ。四=二基地を占拠もしくは破壊し、自分たちの基地を作る。そのために一個艦隊もの大軍を動かしたのだ」

 

 基地司令官シンクレア・セレブレッゼ宇宙軍中将は、推論に推論を重ねてそう結論づけた。そして、薔薇の騎士連隊長ヴァーンシャッフェ大佐に情報収集を命じた。

 

「偵察部隊を出したら、かえって敵に我が軍の所在を知らせてしまうかもしれません。また、我が軍の兵力は敵に比して劣弱です。仮に敵を発見したとしても、打ち破ることはできません。いたずらに焦って無駄な動きをしては、敵軍に付け入る隙を与えます」

 

 一部にはこのような慎重論もあった。

 

「貴官らの意見は、言語化された退嬰、怠惰の正当化に過ぎん。敵は既にこの衛星全域の偵察を開始しているはずだ。早かれ遅かれ基地の所在は敵に知れる。今のうちに敵の情報を集め、攻勢に備えるべきだ」

 

 セレブレッゼ中将は推論をもとに慎重論をはねつけた。何の根拠もない推論ではあるが、敵の動きを論理的に説明できる唯一の説だったため、誰も反論できなかった。

 

「司令官閣下のおっしゃる通りです」

 

 俺も反論しなかった。いや、できなかった。セレブレッゼ中将の言うことがもっともに思えたからだ。

 

 事態が前の世界と同じように推移するなら、帝国軍が衛星全域の偵察に乗り出すはずだ。進駐してきたのが前の世界と同じグリンメルスハウゼン艦隊とは限らないし、有能なリューネブルクやミューゼルが従軍しているとも限らないが、敵だって無能者ばかりではないだろう。偵察は行われると考えた方がいい。そういう理由から同意した。

 

 

 一〇時一五分、四=二基地司令部は警戒レベルをグリーンからイエローに引き上げた。すべての部隊に待機命令が下り、通信規制が開始された。

 

 一二時三〇分、ヴァーンシャッフェ大佐は、六台の装甲車と三五名の兵士からなる偵察部隊を率いて四=二基地を出発した。連隊長自身の出馬は多少の物議を醸した。

 

「偵察隊の指揮など、せいぜい中隊長レベルの仕事ではないか。ヴァーンシャッフェ連隊長は功を焦っているのか?」

「将官になりたいんだろうよ。最近はお偉方に気に入られようと必死だしな」

「敵に寝返ろうとしているのかもしれんぞ。ヴァーンシャッフェ家も元は門閥貴族だったと聞く。前任者に倣って御家再興を考えたとしても無理は無い」

 

 薔薇の騎士連隊は三年前から白い目で見られてきた。何かあるたびにいろいろ言われるのだ。

 

「憲兵隊はガイドライン通りに対処しろ! 混乱を抑えるんだ!」

 

 俺は憲兵隊を率いて混乱収拾に乗り出した。巡回を強化する一方で、パニックを煽り立てる者を営倉に放り込み、夕方までに四=二基地は落ち着きを取り戻した。俺だけの力ではない。トラビ副隊長らベテラン憲兵の経験に大きく助けられた。

 

 二〇時四五分、ヴァーンシャッフェ大佐の偵察隊からの連絡が途絶えた。その三〇分後に副連隊長シェーンコップ中佐とその直属の部下が偵察隊を捜索するために出動した。

 

 二八日には、シェーンコップ中佐との連絡も通じなくなった。彼らを捜索するための部隊を出そうという案も出たが、「いくつも出したら敵に見つかりやすくなる」という理由で却下された。

 

 二九日になっても、シェーンコップ中佐からの連絡は途絶えたままだ。不安がどんどん膨らんでいく。

 

「戦場では見えない敵こそ一番恐ろしい。どこにいるかもいつ襲ってくるかもわからない。そんな敵を待ち受けていると、敵と出会うのが待ち遠しくなる。死ぬのがわかっているのに突撃する者もいる。敵を待つことに比べたら、戦闘など楽なものだな」

 

 歴戦のクリスチアン中佐は、俺の不安の正体を教えてくれた。やはり、俺には実戦経験が決定的に足りない。

 

 三〇日の一七時、シェーンコップ中佐から通信が入った。昨日の八時頃にヴァーンシャッフェ大佐の偵察隊と合流したものの、敵の大部隊から追撃を受けている最中だという。一日以上も連絡を寄越さなかったのは、退路を遮断される恐れがあったためらしい。

 

 セレブレッゼ中将は第二三陸戦遠征隊三八〇〇人を救援に派遣した。四=二基地から二七〇キロの地点で、第二三陸戦遠征隊はシェーンコップ中佐らを収容し、三一日の午前二時に帰還した。

 

 午前七時、四=二基地は重苦しい空気に包まれていた。基地憲兵隊本部の士官食堂でも、みんなが憂鬱そうな顔でぼそぼそと話している。

 

「偵察部隊は装甲車と兵員の半数を失ったそうだ」

「基地病院に運び込まれたヴァーンシャッフェ連隊長も先刻亡くなった」

「薔薇の騎士連隊がこうも簡単にやられてしまうとは……」

「敵はよほどの精鋭に違いない。魔弾(フライクーゲル)連隊か鉄血(アイゼン・ウント・ブルット)連隊が参加しているのかも」

「まさか……」

 

 薔薇の騎士連隊の忠誠心は全く信用されていないが、その強さは信頼されている。ヴァーンシャッフェ大佐の戦傷死は大きな衝撃を与えた。

 

 八時三〇分、セレブレッゼ中将は四=二基地のすべての将兵に向けて放送を行った。

 

「薔薇の騎士連隊の調査により、帝国軍がこの衛星の北半球にいることが確認できた。部隊章などから、進駐してきたのは白色槍騎兵艦隊と見られる。具体的な戦力規模は不明だが、大軍であることは疑いない」

 

 血の気が引いていく。どこまで前の世界の展開をトレースするのか? 必然性があることならともかく、偶然までトレースするのか?

 

「そうだ、まだ希望はある」

 

 手元の端末を開き、軍の帝国情報データベースにアクセスした。白色槍騎兵艦隊の司令官がグリンメルスハウゼンでなければ、一連の出来事が単なる偶然だとわかる。

 

「白色槍騎兵艦隊司令官 リヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼン宇宙軍中将」

 

 頭がクラクラした。ここまで一致したら、あのラインハルト・フォン・ミューゼルも従軍しているのではないか。

 

 前の世界通りに事態が進行したら、四=二基地は陥落し、戦死者も大勢出る。前の世界で生き残ったリンツは大丈夫だろうが、俺やイレーシュ少佐やクリスチアン中佐のように歴史に名が残らなかった者はどうなるかわからない。

 

 いや、前の世界よりまずい展開だ。ヴァンフリート四=二基地を救援した第五艦隊司令官ビュコック中将は、この世界ではヴァンフリート星域にいない。

 

 ヴァンフリート星域にいる四人の艦隊司令官のうち、前の世界で有名だったのは、第一二艦隊司令官ボロディン中将のみ。第四艦隊司令官ヴィテルマンス中将、第六艦隊司令官シャフラン中将、第一一艦隊司令官ファルツォーネ中将は、今の世界では実力者だが、前の世界では名前すら残っていなかった。

 

「敵は我が軍の捕獲車両からこの基地の位置情報を入手した可能性が高い。また、敵部隊の中にリューネブルク元大佐の姿が確認されている。そう遠くないうちに総攻撃を仕掛けてくるはずだ」

 

 スクリーンから流れてくる声が右耳から左耳へと抜けていく。圧倒的な絶望感が胸を覆い尽くした。

 

 

 

 セレブレッゼ中将の放送は俺を絶望の淵に叩き込んだが、他の人々には活気を与えた。敵の存在がはっきりしたせいかもしれない。

 

 中央兵站総軍は迎撃準備を急ピッチで進めた。中央工兵軍が堅固な防御陣地を築く。中央通信軍が基地司令部と陣地を結ぶ通信網を構築する。中央衛生軍が負傷者の救護体制を整える。中央支援軍が武器弾薬を整える。中央輸送軍が輸送支援にあたる。

 

 四=二基地にいるすべての後方支援要員に気密服と軽火器が配られ、臨時陸戦隊一六三個旅団が編成された。数だけならかなりの大軍だが、そのほとんどは戦闘訓練を受けておらず、しかも全員が歩兵だ。

 

 迎撃戦の中心になるのは、何と言っても二万四〇〇〇人の地上戦闘要員だろう。彼らは実戦経験が豊かで、戦闘車両、自走砲、航空機なども持っている。練度・装備において、帝国軍の装甲擲弾兵に対抗しうる唯一の存在だ。しかし、指揮系統に問題があった。

 

 地上戦闘要員二万四〇〇〇人のうち、五〇〇〇人が中央兵站総軍配下の基地警備要員、残りの一万九〇〇〇人が予備戦力として待機している地上戦闘要員だ。すべて連隊級や大隊級の雑多な部隊の集まりである。どういうわけか、これらの部隊を統一指揮する基地警備司令官及び警備副司令官は空席だった。

 

 四=二基地の地上戦闘要員の最高位は、一名の陸戦遠征隊長たる宇宙軍大佐、二名の戦闘団長たる地上軍大佐だ。陸戦遠征隊とは陸戦連隊と陸戦航空群を中核とする諸兵科連合部隊、戦闘団とは陸上連隊と航空群を中核とする諸兵科連合部隊で、いずれも旅団級部隊とされる。二個師団相当の兵力を率いるには格が低すぎた。

 

 結局、最高位者のセレブレッゼ中将が指揮することになった。戦闘準備で発揮された彼のリーダーシップは、作戦計画においてはまったく発揮されず、戦闘部隊の指揮官達は主導権を争って対立した。中央兵站総軍の幕僚には、宇宙戦闘の専門家はいても、地上戦闘の専門家はいない。地上戦に長けた参謀の不在が、基地司令部のリーダーシップを阻害した。

 

「シェーンコップ中佐を作戦参謀に起用されてはいかがでしょうか?」

 

 俺は薔薇の騎士連隊長代理となったシェーンコップ中佐を作戦参謀に推薦した。前の世界でイゼルローン防衛部隊三〇万の采配を振るった彼なら、連隊長代理よりも作戦参謀を任せた方が力を発揮すると考えたのだ。しかし、「薔薇の騎士連隊を統率できるのは彼しかいない」という理由で反対する者が多く、彼自身にも断られたことから、話は立ち消えとなった。

 

「フィリップス少佐こそ作戦参謀に適任です」

 

 中央支援軍車両支援部隊司令官ハリーリー准将がとんでもないことを言い出した。最初に戦闘の可能性を指摘したことではなく、エル・ファシル義勇旅団での経験が推薦理由だ。しかし、実際は一兵も指揮していないし、「同盟軍は帝国軍の大軍に攻められて負けました。司令官は捕まりました」程度の知識など何の役にも立たない。それに果たすべき任務が他にある。引き受けられるはずもなかった。

 

 一方、基地憲兵隊も迎撃計画を立てた。四〇〇〇人の憲兵を中央兵站総軍、中央輸送軍、中央支援軍、中央衛生軍、中央通信軍、中央工兵軍の各司令部に「警護」の名目で分散配備した。各憲兵隊には、司令部の陥落が避けられなくなった段階で、幕僚を全員「保護」して俺のもとに向かうように言い含めている。

 

「憲兵隊は臨時陸戦隊より良い装備を持っています。軽歩兵として集中運用すべきです」

 

 トラビ副隊長は戦力分散に反対した。俺の真の任務はチーム・セレブレッゼの監視及び拘束なのだが、彼はそれを知らない。事情を説明するのも無理だ。結局、物分かりの悪いふりをしてごまかした。

 

 決戦が間近に迫った四月四日の午後、打ち合わせに行った先でフィッツシモンズ中尉とばったり出くわした。

 

「フィリップス少佐、お久しぶり」

 

 フィッツシモンズ中尉はにっこり微笑む。養成所で一度も見たことのなかった笑顔だ。

 

「どうも、お久しぶりです」

「相変わらず堅苦しいのね」

「生まれつきの性格ですから」

「あの美人といた時には、ずっと笑ってたのに」

「気づいていらしたんですか?」

 

 ぎくりとした。シェーンコップ中佐が何も言わなかったから、気づかれてないと思っていた。

 

「そりゃ気づくわよ。昔の同級生と女優みたいな美人が大食い競争してるんだから」

「そんなに大した量は食べてなかったはずですが……。彼女はあまり食べないし」

「大した量は食べてない……?」

 

 一瞬、フィッツシモンズ中尉が目を丸くした。クールな彼女らしからぬ表情だ。

 

「ええ、いつもと変わりないですよ」

「フィリップス少佐は大食いだったのね。ちっとも気付かなかった。養成所では食事の量は決まってるから」

「いや、大食いではないですよ。大食いというのは……」

 

 頭の中に妹の顔が浮かんだ。食べ過ぎでパンパンに膨れ上がった馬鹿でかい顔。少し嫌な気分になった。

 

「すいません、何でもないです」

「なんか面白い」

「え?」

「ワルターが興味持つわけだ。大人しい真面目君だと思ってたのにな。仕事っぷりは強気だし、思ってることがすぐ顔に出るし、ちっこいのに大食いだし、恋愛に興味無さそうなのにちゃっかり美人と付き合ってるし。ほんと面白い」

 

 とても楽しそうにフィッツシモンズ中尉は笑う。反応に困った俺は曖昧に笑い返す。

 

「大人しい真面目君ですよ」

「じゃあ、そういうことにしとくか。戦いが終わったらコーヒー飲ませて。ワルターがお気に入りのと同じコーヒー」

「いいですよ」

「じゃあね」

 

 再会を約束した後、フィッツシモンズ中尉は颯爽と歩き去った。ヴァンフリートの薄暗い陽光がその後ろ姿を照らしだしていた。

 

 それにしても、どうして俺の知っている女性はみんな背が高いのだろうか? イレーシュ少佐は言うまでもない。母も姉も妹も俺より背が高い。フィン・マックール補給科や憲兵隊も背の高い女性が多かった。そして、フィッツシモンズも一七〇センチを優に越える。こうも多いと当てつけに思えてくる。

 

 不毛な考えを頭から振り払い、窓の外に視線を向けた。赤茶けた荒野が広がっている。空はどんよりと暗い。ハイネセンは新緑の季節というのに、この衛星は本当に味気ない。

 

「こんなところでは死にたくないな」

 

 そんなことを呟いた後、戦死の可能性をごく自然に考えていたことに驚いた。今年で軍人になって六年目、士官になって四年目になる。臆病な俺でも、軍人としての心構えができるには十分な期間だった。


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