銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(新版)   作:甘蜜柑

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第50話:チーム・フィリップス誕生 796年11月下旬~12月20日 パン祭り会場~カフェレストラン~宇宙艦隊総司令部

 帝国の権力抗争がますます激しくなった。現在の焦点は食糧不足の責任問題である。リヒテンラーデ公爵は「卿が後先考えずにテロを仕掛けたせいで、穀物を輸入できなくなった」とブラウンシュヴァイク公爵を批判した。ブラウンシュヴァイク公爵は「農業政策が失敗したからだろうが。私のせいにするな」と言い返す。両者の争いは、宰相府が枢密院議長の弾劾状を発行し、枢密院が宰相に辞職を勧告する事態にまで発展した。

 

 一一月下旬、同盟政府は帝国軍の侵攻がないと判断し、九個艦隊と八個地上軍からなる迎撃軍を解散した。

 

 同じ頃、特殊部隊がエル・ファシル革命政府主席ワンディ・プラモートの殺害に成功した。革命政府のスパイ網はプラモートが個人的な技量によって運営していた。そのため、テロ活動は下火になるものと推測される。また、ヴィリー・ヒルパート総司令官は先月に戦死した。設立から四か月で五大幹部の過半数が死んだことになる。

 

 帝国政治の混乱、革命政府最高指導者の死は、同盟に小康状態をもたらした。対テロ作戦のおかげで、ボナール政権の支持率は六割を超える。国民平和会議(NPC)のお家芸だった内紛が再発する気配はない。最大野党の統一正義党は政府の強硬策に追随している。反戦派は反戦中学生コニー・アブジュを前面に立てて政府批判を展開したが、大多数の支持を得るには至っていない。

 

 地方は雨降って地固まるといったところだ。テロや海賊は著しく減った。星系議会選挙では連立与党が三連勝した。独裁者ガルボアを擁するメルカルト星系、独自の宇宙軍を創設しようとしていたパラトプール星系などの反中央的な星系は鳴りを潜めている。

 

 唯一の懸念材料は財政だろうか。エル・ファシル海賊討伐、対テロ作戦、第七次イゼルローン遠征の結果、財政再建計画が三年遅れた。

 

 臨戦態勢が解除されたのに伴い、同盟軍の再編が始まった。ゲベル・バルカルで失われた地方警備戦力は、予備役兵と新兵で補われた。レグニツァで敗北した四個艦隊のうち、一割を失った第一二艦隊は半年、二割を失った第二艦隊は一年で再建できる見通しだ。

 

 四割を失った第四艦隊と第六艦隊については、二通りの再建計画が最高評議会に提出された。統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥の案は、第四艦隊と第六艦隊を合併して新艦隊「第一三艦隊」を作るというものだ。トリューニヒト国防委員長の案は、第四艦隊と第六艦隊を存続させ、三年かけて再建するという内容である。

 

 国防政策専門家ジセル・サンカン教授によると、シトレ案は正規艦隊を一二個艦隊から一一個艦隊に減らすことで経費節減を狙い、トリューニヒト案は一二個艦隊体制の維持を目指す目的があるとのことだ。

 

 右派と左派の意見ははっきりと分かれた。右派系新聞『シチズンズ・フレンズ』は、シトレ案を「シトレ元帥の軍縮病が再発した。軍人をやめて財政委員会に移籍してはどうか」と批判する。一方、左派系新聞『ソサエティ・タイムズ』は、トリューニヒト案を「指揮官ポストと艦艇の定数を維持したいだけだ。国防族のエゴに過ぎない」と切り捨てた。

 

 凍結されていた人事が動き出した。軍政能力のある第一一艦隊司令官ドーソン中将が第二艦隊司令官に転任し、再建にあたることとなった。第一一艦隊司令官の後任には、艦隊副司令官ルグランジュ少将が昇格した。また、レグニツァで失われた人材の穴埋めとして、元第二艦隊副司令官ホーランド少将、元第三艦隊B分艦隊司令官アップルトン予備役准将らが左遷組が復帰することとなった。第四艦隊と第六艦隊には司令官代行が置かれたが、これは残存戦力の管理者に過ぎない。

 

 エル・ファシルやレグニツァに関わる人事も行われた。パエッタ大将らレグニツァの敗戦責任者に対する査問が始まった。エル・ファシル危機及びシャンプール・ショックの調査が完了し、同盟軍防諜部門や中央情報局の幹部が「スパイの浸透を防げず、テロ予防に失敗した」として根こそぎ処分された。

 

 海賊対処部隊「第一三任務艦隊」の司令官にラップ少将、副司令官にアッテンボロー准将が登用され、レグニツァの英雄が揃い踏みした。第一二艦隊司令官ボロディン中将は大将昇進を打診されたが、「敗戦で大将が生まれるのはよろしくない」と固辞。中将のままで宇宙艦隊副司令長官となり、第一二艦隊司令官を兼ねた。

 

 一一月三〇日、俺は第三六機動部隊司令官の内示を受けた。この部隊は第一一艦隊D分艦隊を構成する機動部隊の一つで、第三次ティアマト会戦においてゼークト大将を討ち取った精鋭である。

 

 この人事が発令されるのは来年の一月一日。それまでは休暇が続くが、実質的には準備期間と言っていい。俺は幕僚チームの編成に乗り出した。

 

 自由惑星同盟軍の幕僚制度は古代アメリカ式である。准将以上の高級指揮官は、必要な人材を幕僚に登用する権利、不適格な幕僚を解任する権利を持つ。幕僚は指揮官の指揮命令のみに従うものとされ、上位司令部や軍中央の統制は受けない。指揮官が交代すれば幕僚チームも解散する。

 

 一方、銀河帝国軍の幕僚制度は古代ドイツ式だ。幕僚は統帥本部によって選ばれ、指揮官と統帥本部の双方から統制を受ける。元帥のみが幕僚を選ぶ権利を与えられている。

 

 前の世界では、アスターテ会戦における幕僚のイエスマンぶり、帝国領侵攻作戦における作戦参謀フォーク准将の独走などを理由に、同盟軍の幕僚制度は間違いとされた。

 

 八年の軍務経験から言うと、どちらも一長一短だ。同盟軍の制度は指揮官と幕僚が協調しやすいが、馴れ合いや独走が起きやすい。帝国軍の制度は馴れ合いや独走を防げるが、指揮官と幕僚が協調しにくい。同盟軍の長所を活かした幕僚選びをしたいと思う。

 

 一番の要となるのは、首席幕僚でありチームリーダーでもある参謀長だ。どんな人物を選ぶかによって、チームの方向性、ひいては部隊の方向性が決まると言っていい。

 

 参謀長の選び方は大きく分けて二通りある。一つは自分の欠点を補ってくれる参謀長を選ぶ。もう一つは自分の長所を伸ばす参謀長を選ぶ。今の世界ではルーズなロボス司令長官と気配り屋のグリーンヒル総参謀長、前の世界では自由人のヤン司令官と堅物のムライ参謀長が欠点を補う人事の好例だろう。天才用兵家のリン総司令官と処理能力のあるトパロウル総参謀長は、一五六年前に国難を救ったコンビであるが、こちらは長所を伸ばす人事といえる。

 

 俺が選ぶのはもちろん欠点を補ってくれる参謀長である。自分の欠点を数え上げればきりがないが、最大のものは作戦能力だ。よって作戦能力を参謀長の第一条件とするが、天才肌や硬骨漢は避ける。温厚で波風を立てない人がいい。

 

 自分の下で首席幕僚を務めた人物は二人いた。第八一一独立任務戦隊のスラット大佐は意識が低すぎる。エル・ファシル防衛部隊のコクラン准将は兵站の専門家だし、階級が俺と同じだ。どちらも参謀長には成り得ない。

 

 知り合いの宇宙軍大佐を思い浮かべてみる。憲兵隊時代からの付き合いがあるベイ大佐やミューエ大佐は、情報畑の出身で作戦には疎い。ビューフォート大佐はエル・ファシル防衛部隊の次席幕僚だったが、幕僚としての能力はゼロに近い。

 

 行き詰まった俺はダーシャと一緒にパン祭りへと出かけた。パンをせっせと胃袋に詰め込み、栄養をたっぷりと補給する。クリームパン専門店のテントに差し掛かったところで、偶然、いや必然的に士官学校教官チュン・ウー・チェン大佐と出くわした。

 

「――というわけで、ちょうどいい人がいないんです。作戦畑の知り合いがあまりいませんから」

 

 クリームパンをぱくぱく食べながら愚痴る。

 

「彼女では駄目なのかい?」

 

 チュン・ウー・チェン大佐は俺の左隣に視線を向けた。そこには熱いココアにふうふうと息を吹きかけるダーシャがいる。

 

「上官と部下がこういう関係だとまずいでしょう? 周りが気を遣うでしょうし、えこひいきしてると勘ぐられかねません」

「前はただの友達と言ってたが、今はそうではないのか」

「い、いや、今もただの……」

 

 そこまで言いかけたところで、左隣から流れてくる冷気に気づいて言葉を止めた。

 

「と、とにかく困ってるんです!」

「選ぶのは本当に難しい。私も転勤のたびにパン屋選びで苦労する。厚過ぎず薄過ぎない。堅過ぎもなく柔らか過ぎない。そんなパンを買える店は滅多にないもんだ」

 

 チュン・ウー・チェン大佐は、潰れたクリームパンをかじりながら語る。そんなにパンにこだわるのなら、ポケットにじかに入れるのはやめた方がいいと思うのだが。

 

「ダーシャとワイドボーン准将から知り合いを紹介してもらおうと思っています。二人とも戦略研究科のエリートですから」

「私からも推薦させてもらっていいかな」

「作戦畑の方ですか?」

「そうだよ」

「勤務歴は?」

「参謀職は艦隊で三年、分艦隊で四年、機動部隊と方面軍でそれぞれ二年。その他は機動部隊副参謀長、士官学校戦略研究科の教官、フェザーン駐在武官をそれぞれ一年ずつ」

「ピカピカの経歴ですね」

 

 ヤン少将やワイドボーン准将あたりと比べるとだいぶ見劣りする経歴だが、それでもかなりのエリートと言っていい。機動部隊副参謀長を経験してるのも魅力的だ。

 

「性格はどうです?」

「そんなに悪くはないと思うが」

「動かせますか?」

 

 俺は一番肝心なことを聞いた。作戦参謀は部隊の頭脳とも言うべき存在。どの部署も手放したくないだろうし、手放したとしたら相応の見返りを要求されるはずだ。

 

「もうすぐ飛ばされる」

「紹介してください!」

 

 俺は身を乗り出して叫ぶ。何事かと驚いた周囲の人が一斉にこちらを見たが、チュン・ウー・チェン大佐はのほほんとカフェオーレに口をつけた。

 

「そんなに慌てなくたっていいだろうに。ここにいるんだから」

「えっ?」

「自薦だよ。私が参謀長なんてどうだ?」

「あ、いや、不足ではありません。むしろ、もったいないと……」

「もったいない? 私はそんな大層なもんじゃないけどな」

 

 チュン・ウー・チェン大佐はそう言うが、俺にとっては大層なものなのだ。前の世界でチュン・ウー・チェンと言えば、アレクサンドル・ビュコック元帥とともに民主主義に殉じた英雄の中の英雄だった。俺ごときが部下にしていいような人ではない。だから、あえて参謀長候補から外した。

 

「い、いえ、でも、本当によろしいのですか?」

 

 冗談であって欲しい。そんな願いを込めて問う。

 

「ミスをしてしまってね。近いうちに飛ばされることになりそうだ」

「どんなミスをなさったんですか?」

「授業終了の挨拶に、『同盟万歳』を付けるのを忘れた」

「そんなことで飛ばされるんですか?」

「二回忘れて教官会議にかけられた。一度はミスだが二度は故意だと言われたよ」

「無茶苦茶ですね」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。レグニツァの悲劇以来、愛国心アピールはどんどんエスカレートしているが、ここまで来ているとは思わなかった。

 

「今の校長はアジュバリス将軍だ」

「ああ、なるほど」

 

 その名前を聞くだけですべてが理解できた。士官学校校長アジュバリス地上軍中将は、保守的と言うより反進歩的な人物である。かつては副校長としてシトレ校長のリベラル教育に抵抗し、現在は校長として愛国教育を推進している。ヤン・ウェンリーと反対の極にいる人物と思えばいい。

 

「長男が小学校に入ったばかりでね。私立なんだよ。単身赴任はしたくないな」

 

 偉大な英雄が転勤を嫌がるサラリーマンみたいなことを言う。

 

「わかりました。参謀長をお願いします」

「ありがとうございます」

 

 チュン・ウー・チェン大佐は、穏やかな笑顔を浮かべて敬礼をする。行儀の悪い人なのに、敬礼は妙に端正だ。

 

「これからよろしく頼む」

 

 俺も敬礼を返す。伝説の英雄を部下にしたという事実に手が震えていた。もったいなさすぎる超大物参謀を得て、提督エリヤ・フィリップスはスタートを切ったのであった。

 

 

 

 臨戦態勢が解除されたことにより、遅まきながらも内輪の提督昇進祝賀会が開かれた。場所はハイネセンポリス副都心のスイーツがおいしいカフェレストラン。出席者は個人的な友人の他、元上官、元同僚、元部下など四三名。

 

 出席者の中で一番付き合いが古いのは、八年前の広報チームメンバーだったルシエンデス准尉、ガウリ曹長の二名だった。そして、一番新しいのは再会したばかりの妹だ。

 

 ハイネセンにいるのに出席してくれなかった人もいた。クリスチアン中佐は未だに拘置中だ。アンドリューは派閥への遠慮からメッセージのみとなった。かつて受験指導チームの一員だったブラッドジョー中佐は、案内状の返事すら寄越してくれない。

 

 ベストメンバーとはいかなかったものの、古い仲間と新しい仲間が入り乱れて楽しんだ。コズヴォフスキ退役少佐と妹がプロベースボール選手の移籍の是非について話したり、ベイ大佐とスコット准将が恐妻家同士で共感し合ったりしているのを見ると、とても気持ちが和む。

 

「まさか、君が来てくれるとはなあ」

 

 俺はにこにこしながら、薔薇の騎士連隊(ローゼンリッター)副隊長カスパー・リンツ中佐の肩を叩く。

 

「当分は暇だからな」

「対テロ作戦に参加しないのか?」

「薔薇の騎士がテロリストや海賊ごときに出張ることもないさ。第八強襲空挺連隊に任せときゃいい」

 

 リンツがそう言うと、妹の目に殺気がこもった。薔薇の騎士連隊と第八強襲空挺連隊の不仲ぶりは有名だ。俺は素知らぬふりをして会話を続ける。

 

「帝国との戦いがあるまで英気を養ってるってわけか」

「あいつら相手でないと思い切り戦えないからな」

「なるほどな」

 

 納得がいった。テロリストや海賊は曲がりなりにも同盟市民である。亡命者部隊を同盟市民にぶつけるのはイメージが悪い。薔薇の騎士連隊の複雑な立場を改めて確認させられる。

 

「また同じ部隊だな! よろしく頼むぞ!」

 

 第一一艦隊司令官ルグランジュ中将が笑いながら俺の肩を叩く。

 

「こちらこそよろしくお願いします」

「ストークスが残念がっておったぞ。『フィリップス准将を部下として使いたかったのに』と」

「俺も残念ですよ。ストークス提督は比類ない猛将。一度指揮を受けてみたいと思っていたのですが」

 

 第一一艦隊D分艦隊司令官のレヴィ・ストークス少将は、第三次ティアマト会戦において帝国軍のゼークト大将を討ち取ったことで名高い。来年から第一一艦隊副司令官に昇格する。

 

「そうか。ストークスに伝えておこう」

「ありがとうございます。それにしても、誰が次のD分艦隊司令官になるのでしょう?」

「それは貴官の方が詳しいんじゃないか? 私は派閥に入ってないからな。人事絡みの情報がまったく流れてこない」

「何人か候補はいるみたいですよ。ヤン少将、ホーランド少将、アラルコン少将……」

 

 俺は名前があがってる人物を指折り数えた。

 

「面倒くさいのばかりじゃないか。勘弁してくれ」

 

 ルグランジュ中将は広い肩を縮こまらせた。強面なのに妙に愛嬌のある人だ。

 

「幕僚チームを編成なさる際はぜひ声を掛けてください! 宇宙の果てにいたとしても、必ずや馳せ参じます!」

 

 第八一一独立任務戦隊の元後方主任ノーマン中佐は、瞳をきらきらと輝かせる。

 

「ああ、考えておく」

「ありがとうございます! 閣下の御下で戦えるなんて光栄の至りです!」

「ははは、そうか」

 

 俺は笑ってごまかした。実のところ、ノーマン中佐を幕僚チームに加えるつもりはない。彼とは個人的な友人だ。しかし、やる気をアピールするのにばかり熱心で、仕事には熱心でない。部下としては使いたくなかった。

 

「もうちょっと仕事ができたら、私も閣下のお力になれたのですが」

 

 第八一一独立任務戦隊の元人事主任オズデミル少佐が、寂しそうに笑う。

 

「その気持ちだけで十分だよ」

「ありがとうございます」

「できないなら、これからできるようになればいい。君は若いんだからな」

 

 俺は優しく言った。彼女は絶対に登用するつもりだ。仕事はできないが、忠実で努力家だ。年齢も二六歳と若い。これから伸びる人材だと思っている。

 

 この場では起用するともしないともはっきり言わない。起用しないと言われた人が気を悪くするだろうし、起用するかしないか決めてない人もいるからだ。

 

 司令官にとって、元同僚や元部下は最も身近な幕僚候補である。士官学校卒業者の場合は、士官学校の同期・先輩・後輩がそれに加わる。幕僚業務はチームワークが命。気心の知れた者の中から選ぶのは、ごく自然なことなのだ。

 

 他人が推薦された幕僚候補もいる。恩師である第二艦隊司令官ドーソン中将からは、手書きの候補者リストを渡された。

 

「好きなだけ連れて行くといい」

「ご厚意に感謝いたします」

 

 気持ちは嬉しいけれども微妙な気分だった。リストに並ぶのは、何でもそつなくこなすが自主性の無い人物か、そうでなければ律儀だが機転の利かない人物ばかり。ドーソン中将の好みが露骨に反映されている。

 

 他のトリューニヒト派からも人材を紹介された。国防委員会事務局次長ロックウェル中将など有力将官、カプラン下院議員など国防族議員から次々と推薦状が送られてくる。

 

 レグニツァの悲劇の後、パエッタ大将などトリューニヒト派指揮官一五名が責任を問われて更迭された。これは一五の幕僚チームが解散し、数百人の幕僚が失職したことを意味する。そういった者を引き取って欲しいと頼まれた。

 

 トリューニヒト派以外からも人材を推薦された。第二〇方面軍司令官シンクレア・セレブレッゼ中将が通信を入れてきた。二年前にヴァンフリート四=二で危急を救って以来、細々ながら親交を重ねてきた間柄である。

 

「おう、久しぶりだな」

「ご無沙汰しております」

「ブレツェリ君は元気かね」

「新しいポストが決まりそうです。明日が三次面接ですよ」

「三次面接? 私でも二次面接までしかやらんかったぞ。人気司令官なのか?」

「よそからは来ないんですが、元部下がこぞって志願してくるんです。統合作戦本部の課長職を放り投げてくる人とか、休暇をとってアスターテから面接に来る人とかがいるそうで」

「ああ、あいつか」

「ええ、あの人です」

 

 俺とセレブレッゼ中将は苦笑を交わしあう。

 

「君のところも志願者が多いんじゃないか?」

「おかげさまで。選ぶのに困っています」

「チームを作るのは難しいだろう?」

「難しいですね」

 

 俺は複雑な気持ちになった。セレブレッゼ中将はヴァンフリート四=二で手塩にかけたチームを失った。どんな気持ちでこの質問をしたのかを想像するだけで胸が痛む。

 

「私が最初にチームを作ったのは一七年前だ。苦労したものだ。私も幕僚もみんな未熟だった。最高といえる人材はいなかった。見切り発車だったな」

「閣下のチームは最強だったじゃないですか」

「最初から最強だったわけではない。私もチームも一緒に成長した。チームは育つものなのだ」

 

 経験者の言葉には重みがある。チームを築き上げるまでの苦労、それが崩壊した時の絶望までを目の前の人は味わったのだ。

 

「そんなに暗い顔をするんじゃない」

「申し訳ありません」

「一つだけ偉そうにアドバイスをするとしたら、最初から完全なメンバーを揃えようとは思わんことだな。一緒に成長したいと思える仲間を選ぶのだ。一歩ずつ完全に近づいていけばいい」

「一緒に成長したい仲間ですか?」

「そうだ。八年前の君は兵卒だった。二年前の君は少佐だった。それが今や提督ではないか。君が成長したように他人も成長する。第二のエリヤ・フィリップスがいないとは限るまい。誰と一緒に成長していきたいか、誰となら未来を共に出来るか。考えてみるといい」

 

 一緒に成長していきたい仲間、未来を共にしたい仲間。セレブレッゼ中将の言葉が頭の中をぐるぐる巡る。俺にとって、誰がそのような仲間なのだろう?

 

「ありがとうございます。ゆっくり考えてみます」

「どうだね、私のチームにいた者を使ってみる気はないか?」

「あのチームのメンバーを、ですか!?」

「私の配下は中央から追い出された。落ち着き先が見つかったが、そうでない者もいる。閑職で腐らせたくはない」

「よろしいのですか? 部下があちこちに散らばっていては、再起なさる時に困るでしょう?」

「構わんよ。後方部門はヴァシリーシンとキャゼルヌのラインで固まっとる。私が復帰できる余地などない。予備役編入まで残り一年。配下の落ち着き先を見つけてやるのを、最後の仕事にしようと思っとる」

 

 セレブレッゼ中将の髪やひげには白いものが混じっていた。同盟軍きってのやり手だった人が、旧部下の就職斡旋を「最後の仕事」と言う。それがとても切ない。

 

「お引き受けしましょう」

 

 ここまで言われては断れない。旧セレブレッゼ派の苦境を救いたいという気持ちもあった。ダーシャ・ブレツェリという実例が身近にいるからだ。

 

 この会談の結果、かつて同盟軍最高の後方支援チームのメンバーだった人々が候補者リストに加わった。本来は軍中央で勤務するような人材が、一機動部隊の幕僚になる。なんとも贅沢な話だった。

 

 その他、チュン・ウー・チェン参謀長に頼んで、有能な二〇代・三〇代の士官をリストアップしてもらった。俺は分厚い候補者リストの中から、人材を選べるという幸運に恵まれたのである。

 

 

 

 俺とチュン・ウー・チェン参謀長は宇宙艦隊総司令部の一室で、山盛りのパンを食べながら、幕僚選びの方針について話し合った。

 

「最初に副官を決めてしまいましょう。我々だけでは事務作業が大変ですから」

「そうだな」

 

 俺は参謀長が用意した副官候補リストをペラペラとめくる。しかし、これはという人物がなかなか見付からない。

 

 副官に求めるものは、記憶力、機転、気配り、そして忠誠心だ。できれば戦闘力も欲しい。五か月前、テロリストのルチエ・ハッセルに殺されかけた。今もエル・ファシル革命政府軍が俺の命を狙っているはずだ。護衛もできる人が望ましい。

 

「彼女なんていかがですか?」

 

 チュン・ウー・チェン参謀長が一枚の写真を指さす。ヘイゼル色の瞳と金褐色の髪を持つ美人。名前はフレデリカ・グリーンヒル。階級は宇宙軍中尉。

 

「凄いな」

 

 俺は目を見張った。グリーンヒル中尉の経歴は素晴らしいの一言に尽きる。士官学校戦略研究科を二年前に次席で卒業した秀才。抜群の頭脳を持ち、性格は真面目で協調性があり、将来の提督候補である。戦技は射撃が特級、徒手格闘と戦斧とナイフが準特級。宇宙艦隊総参謀長ドワイト・グリーンヒル大将の一人娘で、コネにも期待できる。すべてにおいて申し分のない人材であろう。

 

「いや、やめておこう」

 

 俺はさっさとページをめくった。前の世界での彼女は天才ヤン・ウェンリーの副官であり、妻でもあった。俺のような小物が副官にするなど不遜もいいところだ。それに彼女はバーラト自治政府主席として「戦犯追及法」を制定した。いろんな意味でやりにくい。

 

「ちょうどいい人材がいないな」

「私から見たらみんなちょうどいいですがね」

「副官には妥協したくないんだよ」

「自分を基準にしてはいけません。あなた並みの副官なんて、簡単には見つからないでしょうに」

「みんな俺より頭がいい。性格も戦技の腕もいい。だけど、それだけじゃ足りない。いざという時に守ってくれる人じゃないと」

 

 理想の副官は妹だった。能力、性格、戦闘力のすべてにおいて並外れている。しかし、血縁者だし地上軍だから副官にはできない。血縁でない宇宙軍軍人なら、妹と顔が似てる元憲兵司令部副官ハラボフ大尉がいるが、今頃は佐官になってるだろうし、俺とは仲が良くない。

 

「忠誠心ならこの二人になるかと」

「そうだな」

 

 俺は二枚の資料を見比べた。片方はウルミラ・マヘシュ大尉、もう片方はシェリル・コレット大尉。二人ともエル・ファシルでは良く尽くしてくれた。

 

「だけど、能力的には微妙だぞ」

 

 彼女らには真面目な劣等生という言葉が当てはまる。俺と同じで要領が悪い。幕僚チームの一員としては必要だけれども、大きな仕事は任せられない。

 

「能力と忠誠心のどちらを取るかですね」

「難しい判断だ」

 

 さんざん迷った挙句、殺されたら元も子もないという理由から忠誠心を取った。

 

「コレット大尉にしよう。優秀な下士官を副官付にする。若いんだから伸びる余地もあるんじゃないか」

 

 五か月前、彼女は身を挺して俺を守った。次に襲われた時もきっと守ってくれるだろう。妹と和解したおかげで、風船のような外見も気にならない。

 

 さっそくコレット大尉を呼び寄せようとしたところ、想像もしなかったところからクレームがついた。

 

 国防委員会人事部参事官ルスラン・セミョーノフ宇宙軍准将。地方勤めが長かったが、兵站支援の功績がトリューニヒト国防委員長の目に止まり、中央入りを果たした人物だ。

 

「コレットをハイネセンから半径二〇〇〇光年以内で働かせてはならない。そういう決まりになっているのだよ」

「どういうことですか?」

 

 俺は目を丸くした。よほど軍上層部に嫌われでもしない限り、そんな仕打ちを受けることはないのに。

 

「奴の父親はリンチなのだ」

「リンチとは、エル・ファシル警備司令官だったアーサー・リンチ少将のことですか?」

「そうだ。市民を見捨てて逃げ出した恥知らずのことだ」

 

 セミョーノフ准将の瞳が眼鏡の奥で冷たく光る。

 

「そうでしたか……」

 

 俺は軽くうつむいた。なぜコレット大尉があんなに陰気だったのかが分かったからだ。八年前、リンチ少将とその家族は凄まじいバッシングを受けた。自分の経験に照らしてみると、コレット大尉が酷い目にあったのは想像に難くない。

 

「ショックだろう? そうとは知らずに卑劣漢の娘を用いるところだったのだからな」

「そういうことではありません」

「どういうことだ?」

「彼女が軍務に精励する理由がわかったからです」

「なるほど。その程度で償える不名誉でもあるまいに。馬鹿なことをするものだ」

 

 セミョーノフ准将は冷笑を浮かべる。自分に向けられたわけでもないのにぞっとした。

 

「帝国ならいざ知らず、子が親の罪を背負わねばならぬ決まりなど、我が国にはありません」

「貴官は若いな。そんなのは建前に過ぎんよ」

「手本を見せるのも上に立つ者の役目です。自分は建前を守りましょう」

「貴官の名に傷が付くぞ」

「彼女は身を捨てて小官を守りました。このような部下を持つことこそ、名誉でありましょう」

「リンチがどれほど我が軍の名誉を傷つけたか、貴官は忘れたのか?」

「親は親、子は子です。コレット大尉が傷つけたわけではありません」

 

 俺は不快感を隠すのに苦労した。将官ともあろう者が「子が親の罪を背負うのは当然」と広言する。世も末ではないか。

 

「杓子定規と公平の意味を取り違えるべきではない。融通を利かせるのも大事ではないかね」

「小官は軍人としてのあり方をドーソン提督から学びました」

 

 ドーソン中将の名前を出して牽制した。嫌らしいやり方ではあるが、セミョーノフ准将のような人種には効くだろう。

 

「ドーソン提督も貴官の頑固さには苦労したのだろうな」

「辛抱強くご指導いただき、ありがたいと思っております」

「誰もがドーソン提督ほど寛容とは思わんことだ」

「心得ております」

「謙虚なのはいいが、度を過ぎると嫌味だな」

 

 セミョーノフ准将の眼鏡が再び冷たく光る。今度は自分に向けられたのだとわかった。

 

「お気遣いいただき、ありがとうございました」

 

 これ以上はまずいと思い、さっさと話を打ち切った。普段なら聞き流せる嫌味だが、エル・ファシルの件が絡むと平常心ではいられない。マフィンを食べて不快感を打ち消す。

 

「凡人集団と言っても、あんなのまで仲間にすることはないだろうに」

 

 つい愚痴が出た。セミョーノフ准将が無能でないのはわかる。しかし、もう少し人間性も考慮してはもらえないだろうか。

 

 発足当初のトリューニヒト派には、真面目だが胆力や機転に欠けるタイプの凡人が多かった。しかし、最近になって、無責任、むやみに威張る、公私の区別がつかない、人の悪口を言って取り入ろうとするなど、不真面目な凡人が増えた。

 

「文句を言ってもしょうがないな。せめて俺の部隊だけはトリューニヒト派らしくしよう」

 

 コレット大尉の副官起用をその第一弾としよう。人事は万事という。この人事によって、トリューニヒト派が忠誠と勤勉を重んじる派閥だと明らかにしようではないか。

 

 人事部にコレット大尉を配属させるよう頼んだところ、あっさり通ってしまった。コネを使う必要もなかった。セミョーノフ准将が言った「そういう決まり」とは、彼自身か前任者が勝手にでっち上げた不文律だったのだろう。官僚組織には良くあることだ。

 

 数日後、俺の前に長身でそこそこ太めの女性が現れた。髪の色は白髪まじりの茶髪ではなく、きれいなアッシュブロンド。肌は病人のような青白い肌でなく、普通の白い肌。

 

「君はコレット大尉だよな」

「はい」

 

 そこそこ太めの女性は明瞭な答えを返す。俺の知ってるコレット大尉はもっとぼそぼそ喋るはずだったが。

 

「それにしても、ずいぶん変わったな」

「鍛え直しました」

「鍛えたって?」

「不測の事態に備えるよう、閣下より命じられましたので」

「そうか」

 

 そんな命令を出した覚えはない。しかし、体を鍛えるのは結構なことだ。こうして、俺のチームに副官が加わった。

 

 俺、チュン・ウー・チェン参謀長、コレット大尉の三人で選考作業を進め、一二月二〇日に幕僚チームの編成が終了した。召集命令を出し、宇宙艦隊総司令部の一室において初顔合わせを行う。遠くにいる者はテレビを通して参加した。

 

 議長席には俺、その右前方には参謀長チュン・ウー・チェン大佐が座る。赤毛のチビとのんびりしたおじさん。ビジュアル的に締まらない取り合わせである。

 

 俺の左前方には、旧友の副参謀長イレーシュ・マーリア中佐が深々と腰を下ろし、大きな胸の上で両腕を組む。冷たい美貌、鋭い目つき、一八〇センチを超える長身と相まって、圧倒的な威圧感を醸し出す。俺や参謀長にない威厳を持つ彼女には、引き締め役を頼んだ。

 

 チュン・ウー・チェン参謀長の右隣には、俺と同い年の作戦部長サンジャイ・ラオ少佐が浅く腰掛ける。俺の前任の憲兵司令部副官で、レグニツァの悲劇まではパエッタ大将の作戦参謀だった。前の世界では名将ダスティ・アッテンボローの片腕として活躍した実績もある。平時においては部隊訓練、戦時においては作戦立案や部隊運用の責任者となり、参謀長とともに作戦を主導する。

 

 イレーシュ副参謀長の左隣には、気楽な兄ちゃんといった感じの情報部長ハンス・ベッカー少佐がいる。元帝国軍の情報将校であり、第二国防病院に入院した時からの友人だ。一言多いところはあるけど裏表は無い。作戦情報の収集・分析にあたり、目や耳の役割を果たす。

 

 作戦部長の右隣に座るエリート風の青年は、後方部長アルフレッド・サンバーグ少佐。士官学校経理研究科を卒業した秀才だが、セレブレッゼ中将の副官だったために左遷された。兵站計画の立案・運用を担当し、物資の面から部隊を支える。

 

 情報部長の左隣に座るごつい壮年男性は、スコット准将から推薦された人事部長セルゲイ・ニコルスキー中佐。人員の補充・配置を担当し、人的資源の面から部隊を支える。

 

 四人の参謀部門の長の下座に、専門幕僚部門と呼ばれる通信部・総務部・法務部・衛生部・監察官室の長が顔を連ねる。

 

 作業服を着た女性が通信部長マー・シャオイェン技術少佐である。幹部候補生養成所を受験した人物で、民間の通信技術者から予備士官課程を経て軍人になった。通信部門の責任者として通信力の充実に力を尽くす。通信速度は命令伝達速度、ひいては部隊の機動力に大きく影響する。その重要性は参謀部門に勝るとも劣らない。

 

 総務部長シビーユ・ボルデ少佐は、セレブレッゼ中将から推薦された事務のプロ。衛生部長アルタ・リンドヴァル軍医少佐は、第八一一独立任務戦隊の衛生主任だった精神科医。法務部長フェルナンド・バルラガン少佐は、ドーソン中将が士官学校教官だった頃の教え子。首席監察官リリー・レトガー少佐は憲兵隊時代の同僚で、サイオキシンマフィア捜査チームの一員。みんな優秀な人材である。

 

 俺の側に控える長身の女性は、副官シェリル・コレット大尉。以前の倍は早く動いているように感じる。体重と能力が反比例してるのかもしれない。

 

 二〇代から三〇代の幕僚が並ぶ中、一人だけ五〇過ぎの女性がいる。彼女は部隊最先任下士官ポレン・カヤラル准尉。最初の勤務先フィン・マックールで支えてくれた人の力を再び借りた。部隊最先任下士官とは下士官から登用される幕僚で、下士官・兵卒の人事・訓練などに関わる。下士官・兵卒を代表する立場であり、部隊掌握の要と言っていい。階級的には最下位だが、軍の規則では参謀長と同格の扱いを受ける。

 

 フィン・マックールの部下から幕僚となったのはカヤラル准尉のみだが、事務要員としては、アルネ・フェーリン少尉、シャリファー・バダヴィ曹長、ミシェル・カイエ伍長など一二名を登用した。

 

 その他の幕僚で目を引く人物は、二四歳の作戦参謀エドモンド・メッサースミス大尉。士官学校戦略研究科を二八位の優等で卒業したエリートである。宇宙艦隊総参謀長ドワイト・グリーンヒル大将の推薦でやってきた。グリーンヒル大将が三回しか会ったことのない俺に、こんな人材を回してくれた理由は良くわからない。

 

 エル・ファシルで戦隊司令部付士官を務めたセウダ・オズデミル少佐は人事副部長、ウルミラ・マヘシュ大尉は次席監察官となった。この二人とコレット大尉は初めて自分の裁量で取り立てた部下。ゆくゆくは腹心になってほしいと思う。

 

 会議室を眺めるだけで満足できる人事だったが、一〇〇パーセント思い通りになったわけでもない。不本意な人事もあった。

 

 就任依頼を断られた人がいる。第一一艦隊後方部での部下だったジェレミー・ウノ中佐には「先約がある」、恩師の一人レスリー・ブラッドジョー中佐には「あんたの下では働きたくない」と言われた。どちらもヤン少将と士官学校同期の友人である。何かの偶然だろうか?

 

 様々なしがらみから幕僚に加えた人がいる。特に不本意だったのが人事参謀エリオット・カプラン大尉。勤務成績も勤務態度も悪く、伯父であるアンブローズ・カプラン議員の七光だけが取り柄だ。大物国防族のカプラン議員には世話になっているため、断りきれなかった。

 

 こうして、俺の幕僚チーム「チーム・フィリップス」が誕生した。本格始動は来年の一月一日。最強のチームになるか、ごく平凡なチームに終わるかは、これからの努力次第だろう。


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