銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(新版)   作:甘蜜柑

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第78話:守るための努力 801年10月18日~10月31日 首都防衛軍司令部~ハイネセンポリス~郊外の墓地~首都防衛軍司令部

 帝国首星オーディンでルドルフ主義革命が発生したのは、一〇月一八日のことである。労働者の暴動に、平民出身の兵士が加わった。精強な装甲擲弾兵や野戦軍は前線で戦っていた。軍事的空白が革命を成功に導いたのだ。

 

 オーディンを掌握した労働者と兵士は選民評議会を結成し、真の選民国家樹立を宣言した。障害者、遺伝病患者、同性愛者を収容所に放り込む。汚職官僚や特権企業家は公開処刑された。一方、平民に対しては一切危害を加えない。

 

「貴族を倒せ!」

「選ばれし者の国を作るぞ!」

 

 革命に共感する民衆が各地で立ち上がり、鎮圧に向かった兵士は上官に銃口を向ける。ルドルフ原理主義の波が帝国全土を飲み込む。

 

 ルドルフ原理主義者は、前軍務尚書ラインハルト・フォン・ローエングラム大元帥に即位を求める使者を送った。

 

 ラインハルトは能力、容姿、人格、功績のすべてにおいて完璧で、徹底した実力主義者である。ルドルフ主義が理想とする「超人」そのものだ。この世界ではルドルフ嫌いは知られていない。うってつけの皇帝候補だったが、彼は即位を承諾しなかった。

 

 レンテンベルク要塞に逃れたオーディン政府は、同盟に軍事支援を求めた。主力部隊を呼び戻したいので、一時的に航路警備を肩代わりしてほしいという。以前は同盟市民を劣等人種呼ばわりしたブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム公爵が、同盟に頭を下げる。

 

 トリューニヒト議長は虫が良すぎる頼みを受け入れた。ルドルフ原理主義者は門閥貴族以上の選民意識を持っている。帝国領内の同盟人捕虜が害されてもおかしくない。

 

 復員支援軍司令官ヤン大将は、同盟軍の直接介入が必要だと提言した。理由を聞かれると、「帝国人であっても、人権侵害は見過ごせない」と答えた。もっとも、ヤン大将が人道的理由だけで動くと思う軍事専門家はいない。恒久講和への布石との見方が有力だ。共通の敵の存在は、同盟と帝国が手を結ぶ契機になる。

 

 ヤン大将を支持する声は大きかったが、トリューニヒト議長は受け入れなかった。恒久講和など彼から見れば論外である。ヤン大将が求めたシヴァ方面艦隊の増援も却下された。

 

 ルドルフ原理主義者がここまで大きくなった理由は三つある。一つは財政問題、一つは貴族に対する不満、一つは政治意識の高揚だ。そのすべてがラグナロック戦役と繋がる。

 

 ラグナロック戦役が始まる直前、帝国と同盟とフェザーンの勢力比は四八:四〇:一二、兵力比は六六:三三:一だった。勢力比はおおむね経済力と比例する。つまり、帝国は同盟の一・二倍の経済力で、二倍の兵力を養っていた。また、帝国の公務員は同盟よりずっと多い。兵士も公務員も半数以上は国民を監視するための人員である。経済力に釣り合わない軍事費と公務員人件費は、専制体制を維持するコストなのだ。

 

 対同盟戦争の経費、貴族領への財政支援、特権企業への補助金も財政を圧迫した。これらも体制を維持するための費用である。どれが欠けても、ゴールデンバウム朝は維持できない。貴族は免税特権を持っているので、平民が体制維持費を負担させられた。不公平な税制が消費や投資に回す金を吸い取り、経済を衰弱させた。

 

 ラグナロック戦役が帝国経済にとどめを差した。国庫には兵士の給与支払いにあてる金すら残っていない。帝国マルクの価値は紙くず同然となり、凄まじいインフレの嵐が帝国領を吹き荒れる。失業率は四〇パーセントを超えた。

 

 帝国政府には有効な手が打てなかった。財務尚書ゲルラッハ子爵は平民への課税強化で乗り切ろうとしたが、全国で増税反対の暴動が起きたために解任された。その次に財務尚書となった開明派のリヒター伯爵は、貴族から税金を取ろうとして辞任に追い込まれた。今の財務尚書シェッツラー子爵は、地位を保つことにのみ熱心だ。

 

 平民の怒りは貴族へと向けられた。武器をとって戦った者には何も与えられず、貴族や将校だけが恩賞にありついた。自分たちが増税で苦しんでいるのに、裕福な貴族は税金を払おうとしない。改革をしなければ国がもたないのに、貴族は既得権益にしがみつこうとする。

 

「貴族は自分のことしか考えていないのか!」

 

 全体主義教育を受けた者にとって、国益よりエゴを優先することほど大きな罪はない。まして貴族は生まれながらのエリートのはずだ。

 

「帝都を取られたのは貴族のせいだ!」

 

 貴族にラグナロックの責任を求める声も出た。同盟軍が攻めてきた時、貴族は主力決戦に使うべき兵力を領地防衛に回した。同盟軍が帝都に迫った時、貴族は内輪もめをやめなかった。貴族のエゴイズムが敗因だとの見解が広まっていく。

 

 解放区民主化支援機構(LDSO)が政治参加を促したことで、知識層でない平民にも政治意識が芽生えた。彼らはルドルフこそが理想の君主だと教えられている。皇室や貴族の堕落を批判し、「真の強者が大帝の理想を実現するのだ」と説くルドルフ原理主義は、政治に目覚めた平民の心を掴んだ。

 

 オーディン政府は選民評議会を「大帝の名を騙る共和主義者だ」と批判する。この解釈はある意味正しい。選民評議会メンバーには、親同盟派の元指導者、同盟軍現地人部隊の元将校、解放区の元首長や元議員が多数含まれていたからだ。

 

「貴族にも民主主義にも幻滅した人の集まりですね」

 

 首都防衛軍参謀長代理チュン・ウー・チェン准将はそう評する。のんびりした声と右手に持った小豆のペースト入りパンでごまかされてしまうが、本質を鋭く突いていた。

 

「微妙な気分だな。彼らに手段を与えたのは俺たちだ」

 

 俺はフェザーンの電子新聞に目を通す。解放区で行政経験を積んだ者が指導し、同盟軍から軍事訓練を受けた者が軍事指揮を取り、同盟軍がばらまいた武器が戦力となっている。

 

「こちらの民主主義は守らないといけませんね」

「まったくだ」

 

 壊すのは容易だが、再建するのは難しい。五〇〇年前は回廊の向こう側も民主主義だった。ルドルフとその子孫が全体主義教育を続けた結果、自由や人権の概念までが失われた。

 

 同盟の民主主義は安定してるとは言えない。最大の不安定要因は経済である。トリューニヒト政権の積極財政は、不満分子に対する懐柔策としては成功したが、景気対策としては失敗した。積極財政を続ければ懐柔する資金が尽きるが、緊縮財政に転じれば懐柔策をやめることになる。尖鋭化した反同盟勢力のテロ、ハイネセン主義者の抗議行動、反ハイネセン主義者の革命運動、帝国人移民のゲルマン至上主義組織、辺境住民の反移民組織も大きな脅威だ。

 

「少しでもかじ取りを誤れば、民主主義は吹き飛びます」

「何が何でも民主主義を守ろう」

 

 俺にとって民主主義と民主国家は不可分だった。自由惑星同盟が滅亡し、民主主義だけが生き残った世界で生きた。だからこそ、自由惑星同盟を守りたいと思う。

 

 前の世界で八〇一年一〇月までに消えたものの多くが、この世界では生き残った。トリューニヒト議長は議長の座にいる。ラインハルトは病死する気配もなく、帝国の重臣として反乱討伐に奔走している。ルビンスキー自治領主は、民主化運動に悩まされつつも健在だ。ブラウンシュヴァイク公爵は帝国首相、リッテンハイム公爵は帝国第一副首相を務める。地球教は自滅的なテロに走ることもなく、ルドルフ原理主義者に対する聖戦を宣言し、義勇兵数百万を帝国軍に提供した。

 

 変えられない歴史はないし、変えられない運命もない。ならば、自由惑星同盟を守ることもできるだろう。焼け野原で再建の苦労を味わうよりは、今ある物を守る方がずっと楽ではないか。

 

 

 

 国家非常事態委員会(SEC)の対クーデター計画は、大詰めを迎えた。誰がクーデターを起こすのかは特定できていないが、蜂起を防ぐ手立ては整った。

 

 最初の会議から二〇日目の一〇月二四日、会議室にメンバー全員が集まった。二名が生身で参加し、一二名は立体画像として席に着く。

 

「まずは首都圏の兵力配置を見てもらいたい」

 

 統合作戦本部次長ドーソン大将がキーボードを操作すると、全員の端末にハイネセンポリス都心部から半径一〇〇キロの範囲の兵力配置図が現れた。この地域が首都圏と呼ばれる。

 

 

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 首都防衛軍配下の首都管区隊が首都圏防衛を担う。二個歩兵師団が陸を固め、一個航空団と一個防空群が空に備え、一個沿岸警備戦隊が海を守る。一個独立警戒隊のレーダー網が陸・空・海を警戒する。鉄壁の守りと言っていい。

 

 その他に首都圏防衛網に組み込まれていない外征部隊が駐留している。宇宙戦力、陸上戦力・航空戦力・水上戦力を合計すると、一八万人に及ぶ。

 

「ワイドボーン中将、進行状況について報告せよ」

「かしこまりました」

 

 統合作戦本部作戦部長ワイドボーン中将が報告を始めた。全員の端末に対策案の文章が映し出される。

 

 宇宙部隊は戦争の花形だが、クーデターでは脇役だ。軍制改革によって宇宙部隊と陸戦隊は切り離された。宇宙部隊隊員は地上戦の訓練を受けていないので、地上では一般市民程度の戦闘力しかない。はっきり言うと、宇宙部隊抜きでもクーデターはできる。宇宙部隊が出動する際には、地上から乗員を乗せたシャトルが多数打ち上げられるので、監視するのは容易だ。第一機動集団の五個宇宙戦隊、第一機動軍の二個軌道戦隊の監視には、それほど労力を割かなかった。

 

 クーデターと聞けば、陸上部隊を思い浮かべない者はいないだろう。政府中枢を占拠するには不可欠な存在だ。第一陸戦遠征軍配下の一個陸戦師団、第一機動軍配下の三個師団は厳しく監視された。主だった将校には憲兵が貼りつく。中隊規模の訓練ですら、国防委員会への届け出なしには実施できない。実弾一発や燃料一リットルの増減にも厳しい目が光る。

 

 地上戦の主役である航空部隊は、クーデターでも重要な役割を果たす。制空権を握った者は、外にいる味方部隊をいくらでも首都圏に空輸できるし、敵が首都圏に部隊を空輸することを妨害できる。航空部隊の活躍は勝敗を左右するだろう。第一陸戦遠征軍配下の一個陸戦航空団、第一機動軍配下の二個航空団は、陸上部隊に勝るとも劣らない監視を受けた。

 

 水上部隊はほとんど脅威にならない。水上輸送は輸送力が大きいが時間がかかる。港湾封鎖には陸上部隊を使えばいい。水上封鎖は航空部隊でも可能だ。第一機動軍配下の三個水上戦隊は、宇宙部隊よりも優先度の低い監視対象とされた。

 

 使える人員と予算と時間の点から言って、すべてを厳重監視するのは不可能だ。軍事を知らない人は「すべてを警戒すべき」と言いたがるが、現実的ではない。

 

 元マフィアの国防委員会査閲部長ドワイヤン中将が科学技術本部次長に転出し、トリューニヒト派のシャイデマン中将が査閲部長となった。査閲副部長、査閲部参事官、即応計画課長も入れ替えられた。査閲部さえ押さえておけば、訓練や治安維持の名目で出動した部隊が反乱を起こすことはない。統合作戦本部に対しては、ドーソン大将とワイドボーン中将が押さえとなる。

 

「以上が首都圏における対クーデター作戦の状況です」

 

 ワイドボーン中将が報告を終えると、ドーソン大将が俺と憲兵司令官代理イアシュヴィリ少将に視線を向ける。

 

「軍事に絶対はない。敵は絶えず我々の穴を探している。密かに部隊を動かす可能性はゼロではない。警戒線を潜り抜けて、首都を襲うこともあり得る。針の先程度の小さな穴も見逃すな」

「かしこまりました」

 

 俺とイアシュヴィリ少将は同時に返事をする。首都圏の守りは首都防衛軍と憲兵隊にかかっているのだ。

 

「結構」

 

 ドーソン大将は重々しく頷くと、キーボードを操作して端末画面を切り替えた。

 

「今度はジェファーソン川流域だ」

 

 ジェファーソン川はハイネセン北大陸の中央部を流れる川で、全長は六〇〇〇キロに及ぶ。グエン・キム・ホア率いる長征グループは、この川の河口にハイネセンポリスを作った。現在は準首都圏ともいうべき位置にある。

 

 

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 この地域を管轄するのは首都管区隊だ。三五個警戒隊がレーダー網を張り巡らせ、三個師団・一個航空団・五個防空群が首都圏の外を固める。

 

 ジェファーソン川の北岸には、第二機動集団と第二機動軍の拠点がある。どちらもハイネセンの外に派遣されているので、クーデター対策には関係ない。

 

 問題は南岸の平野部だ。第一機動集団・第一陸戦遠征軍・第一機動軍の主力が分駐していた。ハイネセンポリスを直接攻撃できる距離ではない。だが、クーデター側に味方すれば、首都を救援しようとする反クーデター側部隊を足止めしたり、クーデター側部隊の補給を助けたりするだろう。

 

 ワイドボーン中将が再び報告を始めた。対策は首都圏の駐留部隊に対するものとほとんど変わらない。ただ、投入するリソースが少ないだけだ。首都防衛軍と憲兵隊に加え、特殊作戦総軍、ジェファーソン川流域の南方三〇〇〇キロに駐留する第九機動軍が監視にあたる。

 

 ドーソン大将は特殊作戦総軍副司令官パリー中将、第九機動軍司令官フェーブロム地上軍少将の両名に視線を向けた。

 

「貴官らの役目は首都防衛軍や憲兵隊に勝るとも劣らん。どのような動きも決して見過ごすな。部隊を厳しく統率し、事が起これば即座に介入するのだ」

「お任せあれ」

 

 コンスタント・パリー中将は精悍な顔を引き締める。トリューニヒト派きっての特殊作戦指揮官でも、緊張せずにはいられない。

 

「命にかえても成し遂げて見せましょう!」

 

 エリン・フェーブロム少将はいささか大げさに答えた。四三歳という年齢、金髪碧眼の美人という容貌のおかげでエリートらしく見えるが、二等兵からの叩き上げだ。過剰なほどのアピールで出世のチャンスをつかんできた。

 

 今度は惑星ハイネセンの全体地図が端末に映し出された。ジェファーソン川流域以外は、クーデターと直接絡む可能性は低い。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ジェファーソン川流域を除く北大陸はハイネセン北部軍配下の三個管区隊、東大陸はハイネセン東部軍配下の二個管区隊、南大陸はハイネセン南部軍配下の二個管区隊が管轄する。また、中央大陸と三つの海は、ハイネセン太洋艦隊配下の一個管区隊及び三個分艦隊の管轄だ。各軍と太洋艦隊は軍級地上軍部隊、各管区隊と各分艦隊は軍団級地上部隊であった。小規模方面軍に匹敵する部隊が、一惑星に四つも置かれているのは、人口一〇億を擁する惑星ハイネセンの特異性だろう。

 

 大気圏の外はハイネセン宇宙軍の管轄だ。宇宙防衛管制部隊が迎撃衛星や警戒衛星など軍事衛星群を運用し、宇宙警備部隊の艦艇が周辺宙域を巡回する。宇宙軍は分艦隊級宇宙軍部隊、宇宙防衛管制部隊と宇宙警備部隊は機動部隊級部隊であった。

 

 これらの部隊には、各地に駐留する外征部隊の牽制が期待された。一五個機動集団・九個陸戦遠征軍・一二個機動軍のうち、八個機動集団・四個陸戦遠征軍・四個機動軍がハイネセンに残っている。中間派の第九陸戦遠征軍参謀長エベンス准将、過激派の第七機動軍司令官ファルスキー中将、良識派の第六陸戦遠征軍司令官ビョルクセン少将には、特に注意が必要だ。

 

 ハイネセンにいない部隊にも気を配った。来月の初めにストークス中将の第四機動集団と、ラッソ中将の第五機動軍が戻ってくる。宇宙からハイネセンを攻撃されてはたまらない。しかも、お祭り好きのトリューニヒト議長が、「第五機動軍に凱旋パレードをさせたい」と言い出した。首都に大軍を招き入れることになるのだ。帰還部隊が変な気を起こさないように警戒する必要があった。

 

 次の議題は要人の動向だ。憲兵隊が監視する一三名のうち、宇宙艦隊司令長官ビュコック大将、宇宙艦隊総参謀長クブルスリー大将、地上軍総監ベネット大将、支援総隊司令官コーネフ大将、統合作戦本部次長ブロンズ大将、情報部長ギースラー中将、教育総隊副司令官アラルコン中将の七名に怪しい動きが見られる。だが、確証は掴めていないという。

 

「尾行者の正体は掴めたかね?」

 

 ネグロポンティ国防委員長が、イアシュヴィリ少将に問う。二週間前から何者かが俺やドーソン大将らを尾行していた。

 

「ようやく判明しました」

「随分時間がかかったな」

「申し訳ありません。人手が足りないもので」

「わかっとる。で、誰の仕業だ?」

「宇宙艦隊作戦情報隊でした」

 

 イアシュヴィリ少将は調査資料を全員の端末に送付する。

 

「やはり、ビュコックがクーデターを企んでいたのだ!」

 

 ドーソン大将の口ひげが逆立つ。宇宙艦隊作戦情報隊といえば、トリューニヒト派の仇敵ビュコック大将指揮下の情報部隊である。

 

「クーデターとは限りませんよ」

 

 そう言ったのはフェーブロム少将である。

 

「だったら、何だ!?」

「我が派のスキャンダルを探っているのでしょう」

「そういうことか! 老害め! 足を引っ張ることしか頭にないのか!」

「ビュコック提督は今年で七五歳。痴呆が始まってもおかしくない年ですよ」

 

 フェーブロム少将は言葉の毒を注ぎ込む。叩き上げで出世した人は、追従的で上から気に入られるタイプ、剛直で上から一目置かれるタイプ、実直で上から愛されるタイプの三つに分かれる。賄賂や肉体まで使って出世した彼女にとって、叩き上げなのに正反対のビュコック大将は目障りだ。

 

「つまらん爺だ! 定年まで大人しくしていられんのか!」

 

 ドーソン大将の中では既成事実と化した。フェーブロム少将がさらに毒を追加し、ロックウェル中将やワイドボーン中将もつられたように怒り、ネグロポンティ国防委員長ら政治家が便乗する。日頃の怒りが溜まっているのだ。

 

 もっとも、全員が怒っているわけではない。パリー中将と警察官僚三名は傍観している。発端となったイアシュヴィリ少将は、困ったようにあたりを見回す。

 

「しかし、ビュコック大将が命令したとは限らないでしょう。副司令長官にも作戦情報隊の指揮権があります。作戦情報隊司令官の独断の可能性も……」

 

 俺はみんなをなだめようとしたが、怒声で中断された。

 

「黙れ! 黙れ! 黙れ! 貴官はビュコックの肩を持つのか!?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「だったら何だ!? どういうつもりだ!? 言ってみろ!」

 

 ドーソン大将は顔を真っ赤にして怒鳴る。ネグロポンティ国防委員長らも非難がましい目を向けてきた。こうなると小物は弱い。

 

「申し訳ありません。不見識な発言でした」

「わかればよろしい!」

 

 それから三分ほどビュコック大将の悪口が乱れ飛んだ。権力に媚びない老雄は、権力の側にいる者にとっては不快極まりないのである。

 

 悪口がひと段落したところで、ネグロポンティ国防委員長は、同盟警察副長官チャン警視監に声をかけた。

 

「チャン警視監、貴官が前に持ってきた画像をみんなに見せてくれんか」

「ああ、これですか」

 

 チャン警視監が全員の端末に一枚の画像を送る。防犯カメラに映っていたもので、公園のベンチで三名の人物が話し合っている。

 

「説明してくれ」

「これは八月一六日二一時頃の映像です。短い白髪に口ひげを生やした老人は宇宙艦隊司令長官ビュコック大将、ぼさぼさの黒髪の男は復員支援軍司令官ヤン大将、亜麻色の髪の少年は復員支援軍司令部副官付のミンツ准尉と判明しました。帰還兵歓迎式典の出席者に聞き込みをしたところ、一〇名以上が『この三名は途中で会場から姿を消した』と証言しております」

「やはりな。思った通りだ」

 

 ネグロポンティ国防委員長は画像を睨む。

 

「なるほど」

 

 ドーソン大将が何かに納得したような声を出す。

 

「ビュコックとヤンはクーデターの相談をしていた。国防委員長閣下はそうお考えなのですな」

「その通りだ。一時的に前線から戻ったヤンが、ビュコックと示し合わせたように姿を消し、人目に付かない場所で密談をする。怪しいとは思わんか?」

「小官も同意いたします」

 

 とんでもないことになった。前の世界の英雄二人がクーデターを企んでいるという方向に、話が進みつつある。

 

 俺はどうすればいいかわからなかった。否定したいが、この場にいるメンバーが聞いてくれるとは思えない。ヤン艦隊の会議で憂国騎士団を擁護するようなものだ。しかし、このままでは、クーデター捜査が見当違いの方向に進んでしまう。

 

「考え過ぎではありませんか?」

 

 俺の心の声をパリー中将が言葉にしてくれた。

 

「国防委員長閣下が間違っているというのか!?」

「物証がありません」

「ビュコックが我々に尾行を付けた! ビュコックとヤンが面会した! 状況証拠はある!」

「尾行を付けたのがビュコック大将とは限りませんぞ。ルグランジュ大将かもしれませんし、作戦情報隊が勝手に動いているだけかもしれません。もっと調査しましょう」

「調べるまでもない! ビュコックだ!」

 

 一度熱くなると見境がなくなるのが、ドーソン大将の悪いところだ。私情が絡んでいない時は名将なのだが。

 

 この時、俺の頭の中には一つの可能性が浮かんだ。前の世界の戦記によると、ヤン大将はビュコック大将と密談して、クーデター対策を依頼した。この世界でも起き得ることだ。ビュコック大将がトリューニヒト派を疑うのは、自然な成り行きだろう。

 

 だが、この考えを口にするには俺は小心すぎた。ドーソン大将はますます熱くなり、ネグロポンティ国防委員長らも同調している。怒りを買っても諫言を続けるなんて真似は、小物にはできなかった。

 

 

 

 最近、クーデター絡みの噂が急増した。すべてを信じるならば、二〇を超えるクーデター計画が進行中ということになる。前の世界でクーデターを起こしたグリーンヒル大将、ブロンズ大将、ルグランジュ大将、エベンス准将の四人を首謀者とする噂は、その一つに過ぎない。

 

 俺を首謀者とする噂も複数出回っていた。その中には、「フィリップス提督がルグランジュ提督と旧第一一艦隊を、クーデターに引き込もうとしている」というものもあった。

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

 俺はマフィンを食べて不快感を中和した。勘違いにもほどがある。ルグランジュ大将や旧第一一艦隊幹部と頻繁に会ってるのは事実だ。しかし、それは道を誤らせないためであって、悪巧みなどしていない。

 

「エル・ファシルを思い出しますなあ。あの時もたくさんデマが流れておりました」

 

 アブダラ副参謀長が緑茶をすする。

 

「あれは酷かった。スパイリストが大量に出回ったおかげで、星系政府は分裂状態になった」

「信じたら刺客を送り込まれる。信じなければ疑心暗鬼で自滅する。謀略戦など二度とやりたくないですな」

「まったくだ」

 

 俺は本心をそのまま口に出し、二個目のマフィンを食べる。最近はマフィンを食べる量が倍増した。

 

「事が近づくにつれてノイズも増えるものです。そう遠くないうちに始まりますよ」

 

 ベッカー情報部長が断言する。元帝国軍情報将校の言葉には重みがあった。帝国は謀略においては先進国だ。

 

 情勢が緊迫する中、俺は自分にできる最善を尽くした。首都防衛軍の幹部たちと面談し、味方に付きそうな将校に協力を求め、クーデターを起こしそうな将校にやんわりと釘を刺す。要するに人と会いまくった。目立たないように護衛を付け、身の安全に万全を期する。

 

 対クーデター計画の下敷きになった「午睡計画」は、三四年前に首都防衛軍が作った対クーデター計画である。しかし、本当に重要なのは本文の三倍にのぼる作戦評価書だった。

 

 作成者たちが書き込んだ反省点の中に、「有能さはリスクである」という一文があった。頭の良い指揮官は、上層部の無能に不満を抱きやすい。高潔な指揮官は、上層部の腐敗に怒りやすい。独創的な指揮官は、自分の構想を実現できないことに不満を持ちやすい。人望のある指揮官が非合法な行動を起こせば、部下は犯罪者になるのを承知で付いてくる。だからこそ、有能な指揮官ほどクーデターのリスクが高いのだそうだ。

 

 一方、無能な指揮官はクーデターを防ぐ側にとっては、歓迎すべき存在だという。無能な指揮官が参加すれば、失敗して計画を台無しにするし、まともな軍人はクーデター軍を敬遠する。人望のない指揮官が非合法な行動を起こせば、部下は犯罪者になるのが嫌で逃げ出す。午睡計画責任者のアルバネーゼ退役大将は、「無能な敵一人は有能な味方二〇人より頼もしい」と記している。

 

 簡単に言うとこういうことだ。クリスチアン大佐のような優れた指揮官は、警戒すべきである。逆に前の世界において、スタジアムの虐殺を起こしたクリスティだかクリステだかいうチンピラ軍人みたいな指揮官は、敵に回ってもらった方がありがたい。

 

 輸送総軍司令官代理シンクレア・セレブレッゼ中将と旧セレブレッゼ派軍人は、最優先で味方にしたかった。彼らが掌握する支援部隊は、対クーデター作戦では決定的な力を発揮する。

 

 幸いなことに俺と旧セレブレッゼ派の関係は良好だった。ヴァンフリート四=二で縁が生まれ、幕僚チームに旧セレブレッゼ派を迎え入れ、軍縮の時に再就職先を斡旋した。ダーシャはかつてセレブレッゼ中将の幕僚だった。こうした関係から、シロン出身者を除く旧セレブレッゼ派は、丸ごとトリューニヒト派に加わったのだ。

 

「いつでも声をかけてくれ」

 

 セレブレッゼ中将は胸を叩いて請け合った。だいぶ白髪が増えたが、それでも気力は衰えていない。

 

「心強いです」

「命令してくれたっていい。私も部下もフィリップス派だ」

「ご冗談をおっしゃらないでください」

 

 俺は肩をすくめた。大先輩に命令するなど、恐れ多いにもほどがある。ともかく、同盟軍トップクラスの支援部隊が味方に付いてくれた。

 

 宇宙艦隊副司令長官フィリップ・ルグランジュ大将は要注意人物だ。前の世界ではクーデターに加わり、この世界では故ウランフ元帥の抗命行為に賛同した。理由があれば造反を辞さない人だ。第一一艦隊系のストークス中将が来月初めに戻ってくるので、事を起こす機会もある。同盟軍人としての生涯をまっとうしてほしいと思い、必死で説得した。

 

「またクーデターの話か」

 

 うんざりした顔でルグランジュ大将は枝豆をつまむ。

 

「はい。旧第一一艦隊は俺にとって思い出の部隊です。一兵たりとも、クーデターに加わってほしくないのです。閣下からも軽々しく動かないように言ってください」

「騒がしい時は何も起きないもんだ。安心した時にドーンとくるんだぞ」

「騒ぎと言うものは世相を反映しております。備えないわけにはいかないのです」

「わかったわかった! きっちり言ってやる! だから安心して食え!」

 

 ルグランジュ大将が差し出したのはチキンの骨だった。すっかり酔っているらしい。俺は骨を受け取った後、大きなフライドチキンを皿から取ってかぶりつく。

 

「本音を言うとだな、娘を嫁にやりたくないんだ! わかるか!?」

「わかります」

「息子なら良かったんだ! こうして一緒に酒も飲めるしな!」

「俺は飲まないですよ」

「細かいことを言うな! だから貴官は背が伸びんのだ!」

 

 もうめちゃくちゃである。数百万の敵軍を恐れぬ闘将でも、娘を嫁に出すことは恐ろしいようだった。

 

 妹のアルマは連隊長を解任されたとかで、暇そうにしていた。納得がいかないらしく、パンケーキをもりもり食べながら愚痴を言い続ける。クーデターの事を話すと、妹は「起こすなら一言言ってね! 止めるから!」と言って、身長のわりに小さな拳をぐっと握った。

 

 クリスチアン大佐は秋季新兵教育の仕上げ、ベイ大佐は事件の捜査で忙しく、面会の約束を取り付けることはできなかった。彼らがクーデターに参加するとは思えない。だが、敵に回ったら一大事なので、いざという時は味方してくれるよう通信で頼んだ。

 

 ハイネセンにいる友人や元部下にも協力を要請した。カプラン少佐のような軽薄な人は避けた。ブレツェリ代将のような信頼できる人に個別で面会する。コレット中佐は信頼できるが、個別で会うのは怖いのでイレーシュ後方部長と三人で会った。

 

 付き合いの薄い人にも会いに行った。地上軍総監ベネット大将や宇宙艦隊総参謀長クブルスリー大将は、「反トリューニヒト派部隊を監視するために、クーデターの噂を流した」と俺を疑う。支援総隊司令官コーネフ大将は愛想は良かったが、何を言ってものらりくらりとかわされる。第九陸戦遠征軍参謀長エベンス准将には、難解な戦略論を延々と聞かされた。教育総隊副司令官アラルコン中将は、月末まで出張中とのことで会えなかった。

 

 統合作戦本部長ボロディン大将との会見は和やかに進んだ。同盟軍で最も紳士的な提督と言われるだけあって、トリューニヒト派にも丁寧に接してくれる。首都防衛軍は、宇宙艦隊や地上総軍と同格の最高司令官直轄部隊だ。最高司令官は最高評議会議長だが、文民には大軍を運用できないので、最高司令官代理たる統合作戦本部長が実際の指揮を取る。事実上の上官と協力関係を築けたのは大きい。

 

 宇宙艦隊司令長官ビュコック大将にクーデターの話題を振ると、冷たくあしらわれた。スパイをしに来たように思われたらしい。公園の密談や作戦情報隊のことは、SECの外に出せない情報だったので話題には出せなかった。

 

 統合作戦本部次長ブロンズ大将は、笑顔でシロン紅茶のリゾットを出してくれた。俺が何を質問しても、爽やかに笑って「リゾットを食べなさい」と言う。観念してリゾットを平らげると、とても嬉しそうに「ご苦労さん」と言って、俺を応接室から追い出した。イレーシュ後方部長から聞いた「シロン人の紅茶リゾット」は、事実だったのである。

 

 予備役総隊司令官ドワイト・グリーンヒル大将とは、なかなか面会が実現しなかったが、意外な場所で遭遇した。

 

 一〇月三〇日、雨が降る中で事故死した元部下の埋葬式に立ち会った。その帰り、ある墓石の前で傘を持ったまま立っている長身の男性を見付けた。それがグリーンヒル大将だったのである。妻の墓参りとのことだった。

 

「でも、今日は奥様の命日ではないですよね」

「軍務があるからな。なかなか命日には合わせられん。妻には申し訳ないと思うが……」

 

 グリーンヒル大将は軽く目をつぶる。まぶたの裏に何が浮かんでいるのかはわからない。

 

「クーデターの噂はご存知ですか?」

「知っている」

「ご自分の名前が出ているのは?」

「もちろんだ。ルイス君にはいろいろと期待していたからね」

 

 グリーンヒル大将の端整な顔に失望の色が浮かぶ。

 

「どうなさるおつもりですか?」

「何をだね」

「クーデターです」

「君もルイス君と同じように、私が事を起こすと考えているのかね?」

「脅威に備えるのが小官の仕事です。人望あるグリーンヒル提督が事を起こせば、大きな脅威になります」

 

 あえて遠回しな表現を選ぶ。クーデターを起こすと決めつけたら、「証拠はあるのか?」と言われて話が続かなくなるからだ。

 

「人望は評価してもらえるのか。君は私を嫌っていると思っていたが」

「嫌いなわけではありません。ラグナロックの真相について話していただきたいだけです」

「すまないが、今はその時ではない」

「わかりました」

 

 俺はここで一旦引き下がる。今はクーデターについて問う時だ。ラグナロックはすべてが終わってからでいい。

 

「君は私を脅威だと思っている。そう受け取っていいのかな?」

「はい」

「若い者はせっかちでなあ。すぐに『行動、行動』と言いたがる。確かに誤りは正さねばならん。だが、それは時間をかけてやるべきものだ」

「どういうことでしょう?」

「君の心配の種が増えるようなことにはならない。今さら信じてもらえるとは思わないが、できれば信じてほしい。結果は時間が教えてくれるだろう」

 

 グリーンヒル大将の言い回しはあまりに抽象的過ぎた。俺はあの手この手で真意を引き出そうとしたが、上手にかわされてしまう。役者が違うとはまさしくこのことだ。

 

 できることはすべてやった。味方になりそうな人を取り込んだ。敵に回りそうな人を牽制した。対クーデター計画を完成させた。グリーンヒル大将などSECの監視対象外の危険人物には、首都防衛軍の憲兵を貼り付けた。後は時を待つだけだ。

 

 一〇月三一日の朝、昨日とは正反対の快晴だった。首都防衛軍司令部で寝泊まりするようになってから、もうすぐ三週間になる。日当たりの悪い部屋にいつまで寝泊りすれば良いのだろう。写真立ての中のダーシャも少し寂しそうだ。早く日当たりの良い官舎に戻してやりたい。

 

 個人用端末を開くと、意外な人からメールが届いていた。かつての上官だったウィレム・ホーランド予備役宇宙軍中将だ。今は故郷でリハビリ中だと聞いている。

 

「すごい長文だな」

 

 俺は一旦メールを閉じた。帰ってからじっくり読もう。朝はトレーニングがあるのだ。他の事には時間を割けない。

 

 一通りのトレーニングを終え、朝食を食べてから出勤した。通勤に時間がかからないのは司令部暮らしの数少ない利点だ。

 

「よし、今日も仕事を始めよう」

 

 書類を手に取った。一つは明日予定される民間船の航行統制。ハイネセン入りする第四機動集団六一〇〇隻の通路を確保する目的だ。もう一つは一一月二日に行われるハイネセンポリスの交通統制。第五機動軍の凱旋パレードのためだ。

 

「大軍は出入りするだけでもひと仕事だ。機動集団と機動軍の半分を他の星に移せばいいのに」

 

 勝手なことを言いながら仕事を始めた時、緊急警報が鳴り響いた。

 

「情報回線に異常あり! 情報回線に異常あり! 外部より侵入を受けた模様!」

 

 首都防衛軍司令部に対するサイバー攻撃である。

 

「来たか!」

 

 俺は飛び上がるように席を立つと、執務室を飛び出した。副官代理ハラボフ少佐らと一緒にキックボードを使って廊下を駆ける。

 

 司令室には幕僚全員が集まっていた。オペレーターも全員戦闘配置についている。サイバー攻撃は武力攻撃と同等なのだ。

 

「状況は?」

 

 俺はチュン・ウー・チェン参謀長代理の方を向く。

 

「ネットワーク防護隊が迎撃にあたっています。じきに侵入者が判明するでしょう」

「馬鹿な奴らだ。サイバー戦で首都防衛軍に勝てると思ったか」

 

 俺は落ち着いて指揮を取った。サイバー攻撃は想定の範囲内だ。しかも、数ある中の想定ではかなり甘い部類に入る。首都管区隊の五個師団中、三個師団がクーデターに加担する想定の計画まで立てたのだから。

 

「防壁が次々と突破されています!」

「メインの通信網がダウンしました! 予備の通信網に切り替えます!」

「第一予備電源の制御が奪われました!」

 

 オペレーターは首都防衛軍の劣勢を伝える。

 

「馬鹿な! 首都防衛軍のサイバー防御は完璧なはずだ!」

 

 俺はうろたえた。

 

「外部との回線を遮断しましょう! このままでは防衛システムが乗っ取られます! 侵入者を突き止めるどころではありません!」

 

 マー通信部長が顔色を変えて進言する。

 

「それは駄目だ! 回線を切ったら、外の部隊を指揮できなくなる!」

「今は各軍の司令官に委ねましょう! システムの制御権を死守するのが先決です!」

「わかった! 外部との回線をすべて遮断しろ! 防御に専念するんだ!」

 

 しかし、俺の命令は実施されなかった。正確に言えば、ネットワーク防護隊は命令に従ったが、回線が遮断されてくれなかった。

 

「ネットワーク防護隊! どういうことだ!?」

「強制接続されました。画面に『反乱防止システム作動中』と出ております」

「反乱防止システム!? 統合作戦本部のか!?」

「そうです! 統合作戦本部のネットワーク作戦隊が、首都防衛司令部を接収しようとしているんです!」

「何だって!?」

「いったい何をなさったんですか!? 我々は反乱軍扱いですよ!」

 

 ネットワーク防護隊司令ソローキン技術大佐は取り乱している。反乱防止システムの発動は、首都防衛軍が反乱軍扱いになったことを意味するのだ。

 

「俺が知りたいぐらいだ!」

 

 急いで統合作戦本部との回線を開いた。単なる間違いか、クーデター部隊に占拠されたのかを確かめないといけない。

 

「通信権限がありません」

 

 端末画面に無慈悲な文字が浮かぶ。

 

「エリヤ・フィリップス中将の指揮権は停止されています」

「は?」

 

 俺は間抜け顔で端末を見た。いったい誰が指揮権を停止したのか? トリューニヒト議長以外にはそんな権限はないはずだ。

 

「フィリップス提督!」

 

 司令室に副司令官カウマンス少将が早足で入ってきた。声は上ずり、足取りは乱れ、顔はうろたえがひどく、一目見るだけで動揺しているのがわかる。

 

「これはどういうことです!?」

 

 カウマンス少将がノート型端末を開いた瞬間、俺にも動揺が伝染した。

 

「首都防衛軍司令官代理フェリー・カウマンス地上軍少将に命ず。

 前首都防衛軍司令官エリヤ・フィリップス宇宙軍中将を拘束せよ。

 

 統合作戦本部長代行・同盟軍最高司令官代理 マービン・ブロンズ地上軍大将」

 

 なぜ逮捕命令が出たのか? なぜブロンズ大将が統合作戦本部長代行を称するのか? トリューニヒト議長とボロディン大将はどうなったのか? 事態は想像を完全に超えていた。


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