銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(新版)   作:甘蜜柑

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第84話:自由万歳! 民主主義万歳! 祖国万歳! エリヤ・フィリップス提督万歳! 801年11月8日~9日 ボーナム総合防災センター~ボーナム総合防災公園

 ボーナム総合防災公園から北西三キロの地点で、再建会議軍第六四〇歩兵師団第一旅団と市民軍ブラボー義勇旅団がぶつかり合った。

 

 光と轟音がメインスクリーンを満たす。敵砲兵が放った大型閃光弾が上空で炸裂したのだ。市民ボランティアは目や耳を押さえてうずくまり、人間の鎖が崩れる。義勇兵はサングラスやインカムを装備しているため、ダメージを受けていない。

 

 光の向こう側から銃撃が飛んできた。ニードルガンから針状の電極が放たれ、火薬銃から催涙弾が飛び出す。市民ボランティアは感電して動けなくなり、催涙ガスを吸い込んでせき込む。義勇兵もガスマスクを着用していない者は行動不能になる。戦闘開始から数分も経たないうちに、ブラボー義勇旅団の戦力は半減した。

 

 敵の歩兵がバリケードに突入し、義勇兵や市民ボランティアを次々と取り押さえた。装甲服を着用しているので、光と音と催涙ガスに満たされた空間でも自由に動けるのだ。

 

 戦力の半数を失ったにも関わらず、ブラボー義勇旅団は果敢に戦う。バリケードの上から義勇兵が銃を放つ。大型車がバリケードと敵兵の間に割り込み、車体で敵を食い止めようとする。荷台に義勇兵を乗せたトラックが火炎瓶をばらまく。無人運転の小型車が敵兵に突っ込む。義勇兵が建物の窓から火炎瓶や瓦礫を敵の頭上に投げ落とす。

 

「やるなあ」

 

 俺はスクリーンに見入っていると、妹が話しかけてきた。

 

「義勇兵が活躍すると盛り上がりますね。エル・ファシル地上戦でもそうでした」

「弱兵の奮戦は、『自分もやれる』という気持ちにさせてくれるんだ」

「私もエル・ファシル義勇旅団の活躍に励まされました」

 

 妹の目がきらきらと光る。エル・ファシル義勇旅団が活躍したと本気で信じているのだ。

 

「ブラボー義勇旅団は第五大隊の活躍に引っ張られていますね」

 

 参謀長代理チュン・ウー・チェン准将が話題を切り替えてくれた。宇宙軍の軍服を着た義勇兵が近接戦闘を繰り広げる様子が、スクリーンに映し出される。

 

「宇宙軍退役軍人の部隊だね。宇宙戦闘の技術は地上では通用しないけど、勇気はどんな場所でも発揮できる」

 

 俺の言葉を何よりも雄弁に証明したのは、ジェフリー・パエッタ予備役少将である。最前列で二メートル近い合金製の警杖を振り回し、電気棍棒を持った敵兵を蹴散らす。屈強な体格と決死の覚悟が拙劣な戦闘技術を補った。かつて宇宙軍屈指の勇将と呼ばれた提督は、地に足を着けた戦いでも勇敢さを示した。

 

 サミュエル・アップルトン予備役准将の戦いぶりは、パエッタ予備役少将に勝るとも劣らない。馬鹿でかい対戦車ビームライフルを槍のように構え、銃床で敵を殴り、銃剣で敵を突き、当たるべからざる勢いだ。

 

「美しいな」

 

 俺はパエッタ予備役少将やアップルトン予備役准将に見とれていた。かつての名提督が再び輝いた。生命力を燃やした光だ。不完全燃焼のまま軍服を脱ぎ、軍人として死ぬために戻ってきた男の光だ。彼らは生き残ろうとは思っていないだろう。死より辛い生があることを俺は知っている。

 

 司令室は粛然とした空気に包まれた。冷静なチュン・ウー・チェン参謀長代理も、血の気が多いアラルコン中将も、生真面目なレベロ議員も、皮肉屋のホワン議員も感嘆の目を向ける。コレット中佐のように涙ぐむ者もいた。

 

「奮戦しているのはあの二人だけじゃないぞ。勇者はどこにいても勇者なんだ」

 

 俺は言い聞かせるように言った。第五大隊は軍艦乗り、単座式戦闘艇乗り、整備員、補給員などの寄せ集めで、民間人義勇兵と同レベルの戦力しか持っていない。それでも、地上戦のプロ相手に奮闘した。

 

 退役軍人が参加した動機は様々だ。死に場所を求める者、理想に命を捧げようとする者、再就職のために実績を作ろうとする者、自己顕示欲や名誉欲を満たしたい者。戦場の匂いを忘れられない者などもいる。他人から見ればくだらなくても、彼らにとっては命を賭けるに値した。

 

 画面が切り替わり、エイブラハム・リンカーン義勇旅団の担当区域が映った。バリケードの前面に放水車五台が並び、大量の水を敵兵に浴びせた。青いシャツを着た義勇兵がビームライフルを乱射し、バリケードと近づこうとする敵を牽制する。

 

「ウィンザー隊も健闘しておりますな。真っ先に逃げ出すと思っていましたが」

 

 アラルコン中将が一台の放水車を指差した。青いシャツを着た細身の女性がルーフの上に立ち、屈強な男性四名とともにホースを振り回し、敵の頭上に水をぶちまけている。リンカーン義勇旅団第三大隊の第五中隊長コーネリア・ウィンザー下院議員だ。

 

「第五中隊は強いね」

 

 俺は嫌悪感を抑え込むと、ウィンザー隊の勇戦を讃えた。嫌いな相手でも評価すべき点は評価する。それができなかったら指揮官は務まらない。正式名称の「第五中隊」と呼んだのはささやかな抵抗だ。

 

 リンカーン義勇旅団第三大隊の第五中隊は、ウィンザー隊の通称で知られる。一〇〇名ほどの隊員はウィンザー議員の支持者を称しているが、練度や装備の充実ぶりを見ると、プロの傭兵であろう。放水車はウィンザー議員が持ち込んだものだ。隊員が着ている青いシャツや放水車には、ウィンザー議員の名前と顔がプリントされていた。これだけのものを用意するには、最低でも一〇〇万ディナールが必要になると思われる。

 

 頭の悪い俺でもウィンザー議員の狙いは理解できた。ホースから放水しているのはウィンザー議員が乗った車だけで、他の四台の放水車は砲塔から放水している。隊長がホースを振り回しているのに、隊員の動きは秩序だっており、プロが指揮を代行している可能性が高い。ウィンザー議員は市民軍の英雄になることで、人気を取り戻そうとしているのだ。

 

「パフォーマンスだとしても大した根性です。メッセージの一つも出さない誰かさんよりは、ずっと評価できます」

 

 アラルコン中将はトリューニヒト議長が出てこないことを皮肉った。「表に出られなくても、メッセージぐらいは出せ」と思っているのだ。

 

「動機は何だっていいんだ。理想のためでも、生活を守るためでも、売名行為でも構わない。人の数だけ動機がある。けれども、大義は一つだ。民主主義には、あらゆる動機を持った人を一つにする力があるんだよ」

 

 俺はトリューニヒト批判の部分を無視し、パフォーマンスを容認するか否かに話題を絞る。ウィンザー議員の動機は不純だが、傭兵一〇〇人と放水車五台を自費で集めた功績は否定できない。役に立ってくれるなら売名したっていいと思う。無償で奉仕を求める方が間違いなのだ。

 

 市民軍には大勢の政治家義勇兵がいる。部隊長となった者もいれば、兵卒となった者もいたが、命知らずという点は共通していた。彼らの戦いぶりは勇敢というより無鉄砲だ。大義のために戦う者もいたが、ほとんどは売名目的である。

 

「もう少し協調してくれたら文句なしです」

 

 妹が冷たい視線をスクリーンに向ける。政治家義勇兵は自分が目立つことを優先するあまり、スタンドプレーに走りがちだった。

 

 同盟は戦争中の国なので、戦功がある人は世間から尊重される。エリート層には、箔をつけるためだけに前線に出る者がそれなりにいた。反戦派が批判する「安全な場所から戦争を煽る奴」は迷惑だが、「戦功欲しさに危ないことをするお坊ちゃん」も迷惑だ。

 

「先頭を切る勇気は大事だよ」

 

 俺はきれいごとでごまかした。無鉄砲さを批判するよりは、積極性を評価した方がいい。寄せ集めに連携プレーなど期待していないのだ。

 

 市民軍は予想以上の健闘を見せた。退役軍人義勇兵は決死の覚悟を示し、政治家義勇兵が蛮勇を振るう。民間人義勇兵は大いに奮い立った。精鋭部隊はプロとしての力を存分に発揮した。建物とバリケードが市民軍を守る。

 

 戦闘開始から一時間後の五時二四分、敵は予備部隊八個師団を投入してきた。また、通常兵器の使用が許可されたらしく、敵はレーザーや硬質セラミック弾を撃ち始めた。味方の善戦は敵の本気を引き出したのである。

 

「犠牲者が出ても構わないというわけか」

 

 背中に冷たい汗が流れた。敵が方針を変えることは予想できた。和睦交渉が失敗した後、ボロディン大将らリベラリストは主導権を失い、再建会議は強硬論に傾いた。スポンサーの金融街や貿易業界は、「何人死んでもいいからさっさと鎮圧しろ」という立場だ。ただ、こんなに早く通常兵器を出してくるとは思わなかった。

 

 ハイネセン記念スタジアムに鎮圧部隊が向かったとの報が入っている。なりふり構わずに反対勢力を制圧するつもりらしい。クリスチアン大佐なら虐殺は起こさないだろうが、万が一ということもある。

 

「いいだろう。来るなら来い。とことんやろうじゃないか」

 

 静かだがはっきりとした声で宣言した。もちろん、内心では震えあがっている。心臓が激しく鼓動し、腹が痛くなり、汗が背中を濡らす。

 

 俺は椅子にどっしりと座り、スクリーンをまっすぐに見据える。司令官の態度は部下に伝染するものだ。司令官が落ち着いていれば、部下は冷静になる。司令官が動揺すれば、部下も動揺する。七年前のヴァンフリートや六年前のティアマト会戦は、司令官の動揺が悪い影響を与えた戦いだった。平常心を保っているように見せるのは司令官の義務だ。

 

 副官代理ユリエ・ハラボフ少佐が指揮卓に大きな皿を置き、その上でマフィンの箱をひっくり返す。マフィンの山ができた。砂糖とクリームでドロドロになったコーヒーも用意してある。準備は整った。

 

 俺は全力で落ち着いているように見せた。張りのある落ち着いた声を出す。迷っていても迷っていないように見せる。不利になっても顔色を変えない。心が折れかけたら素早く糖分を補充する。作戦はアブダラ副参謀長や妹ら地上戦の専門家に任せ、部隊を掌握することに専念した。

 

 敵の戦術は堅実をきわめた。最初に閃光弾と催涙弾と電気針を撃ち込み、防護装備を持たない者を戦闘不能に追い込む。装甲服と電気棍棒を装備した歩兵が突撃し、戦闘車両と連携しながら残った者を排除する。それでも排除できない者に対しては、レーザーや対人弾を撃ち込んだ。砲兵はバリケードや建物に砲撃を加える。空挺部隊の強襲降下、特殊部隊の奇襲は大きな脅威だ。

 

 市民軍は練度でも装備でも大きく劣っていた。予備兵力も残っていない。精神力と希望だけを頼りに戦う。

 

 無名の人々が英雄的精神を発揮した。ある者は敵中に飛び込んで味方を救った。ある者は味方を逃がすために体を張った。ある者は奇策を使って敵を苦しめた。ある者は人間離れした勇気で敵を震え上がらせた。ほんの数時間で数百人が英雄となったのだ。

 

 褐色のハイネセンでは宗教右派の活動が盛んで、立てこもっている義勇兵の二割が信徒だ。信徒義勇兵は団結力があり、褐色のハイネセンの地理に詳しいこともあって、普通の義勇兵よりも強い。宗教右派系列の傭兵企業は正規軍に匹敵する戦いぶりを見せた。

 

 宗教右派の中でも、地球教団は飛び抜けて強かった。地球教徒の義勇兵は祈りながら銃を撃ち、賛美歌を歌いながら火炎瓶を投げ、強敵に遭遇しても恐れる色を見せない。信仰心に加え、軍隊経験者が多いことが地球教徒義勇兵を強くした。

 

「地球教徒は人の形をした城壁だ!」

 

 どこからともなくそんな声があがる。地球教徒の堅固さは、歴戦の軍人ですら舌を巻くほどだ。

 

「ESSがまた勝った!」

 

 地球教団系傭兵企業アース・セキュリティサービス(ESS)は、少人数に分かれて奇襲を繰り返し、敵の進軍を妨げた。

 

「極右も頑張っているぞ」

 

 敵兵に向かって突っ込む屈強な集団が映った。白マスクにオリーブ色の戦闘服は憂国騎士団、黒い山岳帽とジャンパーは正義の盾、ヘルメットをかぶりサングラスとマスクで顔を覆っているのは銀河赤旗戦線である。三大極右民兵が肩を並べて戦っている。信じられない光景だ。

 

「軍人も負けていない」

 

 ある幕僚がサブスクリーンの一つを指差す。宇宙軍の軍服を着た部隊がバリケードに陣取り、押し寄せてくる敵兵と激闘を繰り広げる。薄闇の中に人参色の旗がそびえ立つ。

 

「さすがはエリヤ・フィリップス戦隊だ!」

 

 司令室の宇宙軍軍人たちが歓声をあげた。

 

「先頭に立っているのはカプラン少佐ですか。さすがはフィリップス提督門下の人材だ。戦いを楽しんでいるように見えます」

 

 アラルコン中将が最前列で戦う長身の男性を凝視した。戦隊副司令エリオット・カプラン少佐である。司令部幕僚となったコレット中佐に代わって戦隊を指揮していた。

 

「彼は指揮官になるために生まれた男なんだ」

「フィリップス提督は人事の達人だと聞いておりましたが、これほどとは思いませんでした」

「偶然だよ」

 

 これは謙遜でも何でもない。指揮官向きというのは、カプラン少佐を司令部から追い出すための口実だった。ところが、コレット中佐が真に受けてしまい、エリヤ・フィリップス戦隊を結成する時に声を掛けたのだ。

 

「フィリップス閣下は謙遜なさっているだけです」

 

 コレット中佐が誇らしげに胸を張った。身長と胸がものすごく大きいので、有無を言わせぬ迫力がある。

 

「言われんでもわかっとる」

 

 アラルコン中将の口調はぞんざいだが目は笑っていた。性格的にも思想的にも面倒な人だが、素直な若者には甘い。

 

 カプラン少佐以外の元部下も頑張っている。空母フィン・マックール、ヴァンフリート四=二憲兵隊、第八一一独立任務戦隊、エル・ファシル防衛部隊、第三六機動部隊、ホーランド機動集団前方展開部隊にいた者たちは、俺の下にいた時以上に奮戦した。

 

 地上軍の英雄アマラ・ムルティ大佐は単独で行動し、野戦指揮所の指揮端末をピンポイントで撃ち抜き、数キロ先から敵将校が手にする携帯指揮端末に風穴を開けた。銀河広しといえど、このような芸当ができる者は五人もいない。

 

 この時、誰もが英雄だった。有名人も一般人も心を一つにして戦った。動機は様々であったが、一つの目標のために団結した。

 

 だが、勇気と献身をもってしても、敵の攻勢を止めることはできなかった。巧妙な戦術が勇敢だが未熟な義勇兵を翻弄した。物量が正規兵や傭兵を飲み込んだ。六時の時点で市民軍は二〇〇〇名が死亡し、七万名が捕虜となった。

 

 希望は残されていた。首都管区隊への切り崩しが成功し、一部部隊が「市民軍には協力できないが、再建会議にも協力しない」と確約してくれた。これによって首都圏防空網に穴が生じた。調整の結果、第七陸戦遠征軍がハイネセンポリスに向かうこととなった。

 

「到着は九時前後か。先は長いな」

 

 俺が六個目のマフィンを口にした時、緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響いた。

 

「ウェスト・セブンが突破されました! 敵の二個旅団が都道一〇号線を北上しています!」

 

 オペレーターはボーナム市防衛線の一角が崩れたことを伝えた。

 

「金羊義勇旅団が三個旅団に包囲されています!」

「ハンマー・アンド・シックル義勇旅団は損耗甚だしく、戦闘継続が困難です!」

「ウェスト・トゥエルヴに敵の大部隊が出現しました!」

「ドーリア星民義勇旅団が交戦状態に入りました!」

 

 ボーナム周辺の部隊から次々と報告が入ってくる。

 

「ここが勝敗の分かれ目だ! 諸君の奮闘に期待する!」

 

 俺は自らボーナム防衛の指揮をとった。手持ちの兵力は三万二〇〇〇人で、その大半は各地から撤退してきた敗残兵だ。

 

「司令部警備隊、総員出撃せよ!」

 

 総合防災公園を守る正規軍二個大隊と義勇兵二個大隊を投入した。もはや予備を残しておける段階ではない。妹、コレット中佐ら司令部幕僚の一部も前線に出た。

 

「司令部防空隊、砲撃開始!」

 

 フィッツシモンズ少佐率いる司令部防空隊の対空砲火が始まった。ビームとミサイルがボーナム上空を乱舞し、航空部隊の接近を阻む。

 

 七時一九分、ボーナム防衛戦が始まった。敵は遠慮なしに通常兵器を使ってくる。一〇〇〇名以上が戦死したが、市民軍の士気が衰える気配はない。

 

 妹はムルティ大佐や特殊部隊隊員一二名とともに突撃した。じぐざぐに走りながらレーザーをかわし、炭素クリスタル製の棍棒で敵兵を殴り倒す。本来、特殊部隊は目立つ戦い方はしない。しかし、空気の読める妹は士気高揚を優先し、あえて蛮勇を振るった。勇名高いムルティ大佐を同行したのも味方を盛り上げるためだ。

 

「戦斧が一番苦手なんて嘘だろう」

 

 俺は誰にも聞こえないように呟いた。軍用棍棒は戦斧から斧頭を取り除いたもので、戦斧と同じ要領で使う。装甲服を着た敵を一撃で倒すなんて、達人にしかできない業だ。

 

 コレット中佐は最も銃撃が激しい場所に飛び込み、最も狙われそうな場所に立ち、強引に突破口を切り開く。その後をカプラン少佐らエリヤ・フィリップス戦隊の兵士たちが駆け抜ける。妹たちを戦闘機械とすると、コレット中佐らは狂戦士だ。軍艦乗りや単座式戦闘艇乗りの部隊なのに、陸戦隊員よりも迫力がある。

 

「戦い方があなたとそっくりですな」

 

 アラルコン中将が俺とスクリーンを見比べる。

 

「彼女の方がずっと凄いだろう」

「そっくりです。迫力はあなたの方がずっと上ですが」

「知名度の違いだよ。みんなが凄いと言っていたら、それだけで凄く見える」

 

 勇者とは評判によって作られるものだ。小物の俺でも勇者という看板があれば、味方は勝手に安心するし、敵は勝手に恐れる。今ならマフィンを食べるだけでも、勇者らしく見えるだろう。

 

 八時二二分、ハイネセンポリスとボーナム市を隔てるクインサー橋が突破された。他の拠点もことごとく陥落し、四方向から敵が雪崩れ込んできた。

 

 司令室に重苦しい空気が流れる。アイランズ議員は小声で「おしまいだ」などと呟くが、他の人は何も言わなかった。こんな時に明るい顔をするなんて無理だろう。暗いのは困るが、取り乱すよりはありがたい。

 

「迎撃に出るぞ! 公園が最後の決戦場だ!」

 

 俺はとっさに指示を出した。勝てる見込みはまったくない。迎撃に出た兵士はほとんど戻ってこなかった。総合防災公園はバリケードで囲まれているが、平地のど真ん中に立っているので防御に向いていない。それでも諦めることはできなかった。

 

 

 

 ボーナム総合防災公園は大海に浮かぶ小石のようだった。周囲には第一六六歩兵師団配下の二個旅団八〇〇〇人が隙間なく配置されている。市内には第一六六歩兵師団の他に、第一九空挺師団と第一〇三歩兵師団も入っており、分厚い包囲網が作られた。

 

「どうすりゃいいんだ」

 

 早くも俺の心は折れかけていた。公園の中は、市民一〇万人と義勇兵四〇〇〇人と正規兵一〇〇〇人がぎゅうぎゅう詰めだ。兵士は逃げてきたばかりで、武器を持たない者も少なくない。

 

 目線を周囲に向ける。左隣にはハラボフ少佐、右隣にはチュン・ウー・チェン参謀長代理が控える。脇を固める妹、イレーシュ大佐、コレット中佐、アラルコン中将ら一五名は、身を挺して盾になる覚悟だ。

 

 少し離れた場所にレベロ議員、ホワン議員ら文民メンバーがいた。当初は総合防災センターに残ってもらう予定だった。しかし、レベロ議員は「市民が危険を冒しているのだ。代表者たる議員が隠れるわけにはいかない」と言い張った。ホワン議員は「この事態を招いたのは私だ。責任は取らねばなるまい」と呟いた。彼ら以外の政治家や役人も残ることを潔しとしなかった。ただ、アイランズ議員は「腹が痛くなった」と言って、トイレにこもってしまった。

 

 許されるものなら俺もトイレにこもりたい。緊張で腹が痛む。自分よりこの場にふさわしい人がいると思う。なぜジョアン・レベロでなくて俺なのか? なぜホワン・ルイでなくて俺なのか? なぜチュン・ウー・チェンでなくて俺なのか?

 

 敵はすぐには仕掛けてこないはずだ。密集した群衆はちょっとしたことでパニックを起こす。催涙弾を打ち込んだら、直撃で相当数の死者が出るし、将棋倒しの危険もある。閃光弾や電気針もパニックを誘発する可能性が高い。説得して降伏させるか、数千人を殺す覚悟で攻撃を仕掛けるかの二択を強いるのが妹の作戦だった。

 

 バリケードから一〇メートルほど離れた場所に、長身に端整な顔立ちの若い男性が現れた。指揮通信車の上に立ち、拡声器を手にしている。再建会議事務局長ファイフェル准将だ。

 

「市民諸君! 五人以上の政治集会は再建会議布告第三号に違反している! 即刻解散せよ!」

 

 張りのある声が広大な総合防災公園に響き渡る。

 

「我々はフィリップス中将を逮捕するために来た! 諸君の責任を問うつもりはない! 捕虜となった者はじきに釈放される! 負傷した者は病院で治療を受けている! 亡くなった者の遺族に対しては、再建会議より弔慰金が支払われるだろう! 市民軍に加わったことで諸君が不利な扱いを受けることはない! 重ねて言う! 即刻解散せよ!」

 

 巧妙な呼び掛けであった。捕らえられた者が人道的な扱いを受けていること、死んだ者に配慮する意思があることを示し、市民軍メンバーを政治集会の参加者として扱う。降伏への心理的ハードルは大きく下がった。疲れ切った群衆は降伏を選ぶだろう。さすがは再建会議の知恵袋だ。アメとムチの使い方がわかっている。

 

 敗北感が胸の中を侵食し始めた。膝ががくがくと震えた。心臓が激しく鼓動した。腹の痛みがひどくなった。吐き気がこみ上げてきた。

 

「構うものか。一人になっても戦ってやる」

 

 誰にも聞こえないように呟いた。俺は勇者ではない。期待に背くのが怖かっただけだ。ここにいる人もいない人も、勇者エリヤ・フィリップスを信じてくれた。ならば、最後まで勇者を演じようではないか。

 

「俺はフィリップス提督に付いていくぞ!」

 

 背後から大きな声が飛んできた。驚いて振り返ると、公衆トイレの屋根の上に人が集まっているのが見えた。

 

「こいつを見ろ! 俺はラグナロックで両足を失くした!」

 

 軍服を着た三〇台前半の男性は右手で拡声器を持ち、左手で自分の足を指差す。膝までまくり上げたズボンから覗く両足は義足だった。

 

「命がけで戦ったんだ! それなのにお払い箱さ! 年金は飯代にもなりゃしねえ! 技術を使える仕事はさせてもらえねえ! あんたらお偉いさんは兵隊を金食い虫と思ってやがる! フィリップス提督だけが兵隊のために頑張ってくれたんだ!」

 

 退役軍人はファイフェル准将に怒りのこもった眼差しを向ける。群衆は「いいぞ!」「よく言った!」と叫ぶ。

 

 次に拡声器を手にしたのは五〇代に見える中年男性だ。脂ぎった顔に無精ひげを生やし、作業服はしわだらけで、清潔感がまったくない。エリート風のファイフェル准将とは真逆の人種である。

 

「てめえらは『トリューニヒトに投票するのは馬鹿だ』と言ってるけどな! 馬鹿言ってんじゃねえよ! 面倒見の悪い政治家に投票する方が馬鹿だろうがよ! 仕事を欲しがるのが悪いか!? 年金欲しがるのが悪いか!? 貧乏人を舐めるんじゃねえ! 馬鹿野郎!」

 

 中年男性がファイフェル准将を指差し、馬鹿という言葉を連呼する。歓声がいっそう大きくなった。

 

「俺にも言わせろ!」

 

 群衆は先を争うようにトイレの屋根に上がり、交代交代で拡声器を手にする。

 

「帝国と講和するなんて不可能に決まってんだろ! 現実見ろよ!」

「クーデター起こして民主主義を再建するってなんだよ! わけわからんぞ!」

「同胞と仲良くできない奴が外国と仲良くできるもんか!」

「金融街からいくらもらってるんだ!?」

「クーデターのせいで旅行に行けなくなった! 金返せ!」

 

 下品だが素朴な叫びだった。追い詰められたことで、反再建会議感情が燃え上がったように思われた。

 

 人間は捨てたもんじゃないでしょと彼女がささやいた。

 

「自分勝手だけどな」

 

 ここにいる人は好きでエリヤを選んだのよと彼女は笑う。

 

「言われてみるとそうだ。自分勝手な連中がみんな戦う気でいるんだ」

 

 彼女は私が言った通りでしょと自慢げになる。

 

「そうだな。人間は俺が思っているよりずっと強かった」

 

 もっと信じなさいよと彼女は笑った。

 

「そうするか」

 

 俺は微笑んだ。公園を取り囲む完全武装の兵士も、こちらに銃口を向ける戦闘車両も、颯爽としたファイフェル准将も怖くないように思えた。丸顔の彼女は俺の味方なのだから。

 

 誰かが俺の左肩を軽く叩いた。左を向くと、ハラボフ少佐が拡声器を差し出してきた。俺が受け取ると、ハラボフ少佐の口元がわずかに綻んだように見えた。

 

「ありがとう」

 

 俺は礼を言って拡声器を握り締めた。そこで重要なことに気づいた。ここに出てからの計画が何もないということだ。

 

「チュン・ウー・チェン参謀長代理」

 

 顔を右隣に向けた。最も信頼できる助言者がそこにいる。

 

「わかりません」

 

 チュン・ウー・チェン参謀長代理が苦笑いを浮かべた。

 

「君もわからないのか?」

「戦略戦術でどうにかなる状況ではありませんから」

「何でもいい。思いついたことを言ってくれ」

「時間を稼いでください。どんな方法でも構いません。一秒引き伸ばせば、援軍が一秒近づきます」

「やってみよう」

 

 俺は力強く頷き、一歩前に進み出た。左手で拡声器をしっかりと構え、敵兵に視線を向ける。

 

「第一六六歩兵師団の戦友諸君。私は諸君を待っていた。私の気持ちを諸君に伝えたいと願っていた。その機会が訪れたことを嬉しく思う」

 

 はっきりした声でゆっくりと語りかけた。顔には優しい表情を浮かべる。

 

「フィリップス中将! 悪あがきはやめるんだ! これ以上の戦いは無益だ! 我々は平和的解決を望んでいる! 貴官がそれを妨げている! 苦しむのは貴官でも我々でもない! 市民が苦しむのだぞ!」

 

 ファイフェル准将は真っ向から正論を唱えるが、俺は何も言わずにブラスターを抜いた。空気が少し緊張した。

 

「これは私の銃だ」

 

 俺は右手を上にまっすぐ伸ばし、ブラスターを高々と掲げる。

 

「私は諸君に向ける銃を持たない」

 

 右手をぱっと開く。ブラスターは足元に落ち、乾いた音を立てる。

 

「私は二〇〇回以上の戦いを経験した。軍艦に乗って宇宙で戦った。装甲服を着て地上で戦った。国内でも国外でも戦った。帝国軍と戦った。海賊と戦った。テロリストと戦った。ゲリラと戦った。あらゆる場所であらゆる敵と戦った。しかし、一つだけ共通することがある。祖国と民主主義を守るための戦いだということだ。私の銃は諸君を撃つための銃ではない」

 

 俺は敵と味方の双方に語りかけた。群衆は拍手をもって同意を示す。敵兵は何の反応も見せない。

 

「これは私のボディーアーマーだ」

 

 軍服のジャケットを脱ぎ、その下のボディーアーマーを外して右手で掲げる。

 

「私は諸君の銃を恐れない」

 

 ボディーアーマーは手から離れ、ブラスターの上にかぶさった。

 

「諸君はあらゆる場所で戦った。街で戦った。野原で戦った。丘で戦った。森で戦った。山で戦った。砂嵐の中で戦った。ブリザードの中で戦った。豪雨の中で戦った。どこにいても祖国と民主主義を守るために戦ってきた。ならば、諸君が私に銃を向けることはない」

 

 俺は確信を込めて言い切った。群衆が手を叩く音がさらに大きくなった。敵兵は不動の姿勢を崩さない。

 

「私は戦うためにここにいる。公園にいる一〇万五〇〇〇人も同じだ。みんな、独裁と戦うために集まった。

 

 では、諸君は何のためにここに来た? 祖国と民主主義を守るためか? ならば、諸君の敵はここにはいない。我々は祖国と民主主義を守ろうとしている。同胞を守るためか? ならば、諸君の敵はここにはいない。我々は同胞を守るために立ち上がった。自衛のためか? ならば、諸君の敵はここにはいない。我々は攻撃されたら抵抗するが、無用の争いは望まない。

 

 今一度考えてもらいたい。敵はどこにいるのか? 与えられた命令は正当なものなのか? 何のために戦っているのか? 正義に反していないか? 諸君の良心が答えを出すはずだ」

 

 俺は穏やかに問いかけた。人は与えられた答えには納得しない。自分の口で答えを言わせることでわからせる。トリューニヒト議長が習得した一〇八の人心掌握術の一つだ。

 

 群衆が大声で「そうだそうだ!」「ちゃんと考えろ!」と叫ぶ。一〇万五〇〇〇の援護射撃が背中を押してくれる。

 

「フィリップス中将! 見え透いた演技はやめろ! 争いたくないなら降伏すればいい! 市民を野心の……」

 

 ファイフェル准将は俺を厳しく糾弾したが、野次に遮られた。

 

「うるせえ!」

「黙れ!」

「クソして寝てろ!」

 

 群衆は好き勝手に罵倒を浴びせる。

 

「貴官は最悪のマキャベリストだ! 銀河経済を人質に取り、今度は市民一〇万人を……」

「人のせいにしてんじゃねえよ!」

 

 ファイフェル准将が口を開くたびに野次が飛ぶ。自慢の弁舌も聞こえなければ意味がない。流れは完全にこちらに向いた。

 

 俺が演説を続けていると、妹が早足で近づいてきた。

 

「閣下、お耳を」

 

 他の者には聞こえないような小声だ。

 

「どうした?」

「戦闘車両の砲塔がわずかに動いています。おそらくは射撃準備でしょう」

「虐殺者になる覚悟を決めたってわけか」

 

 目線を公園中央の大時計に向けた。八時四九分だった。

 

「一一分足りなかった」

 

 俺は笑顔を浮かべた。失望を隠すために作った笑顔だ。

 

「退避してください。戦いはこれからです」

 

 妹は今まで見たことがないほどに真剣な顔で迫る。

 

「この包囲を突破できるのか?」

「私たち特殊部隊が退路を切り開きましょう」

「死ぬ気か?」

「必要とあれば」

 

 その言葉に嘘がないことは一目でわかった。前の世界で俺を裏切った妹が、この世界では身代わりになろうと願い出た。

 

 他の者も俺のところに集まってきた。そして、妹の提案を受け入れるよう求める。イレーシュ後方部長は「年上が先に死ぬのは道理だから」と爽やかに笑う。コレット中佐は「閣下のために死ねるなら本望です!」と口走る。カプラン少佐は「かっこいいとこ見せますよー」と言って、銃を振る。アラルコン中将は空を見上げ、「死ぬにはいい日和ですなあ」と呟く。チュン・ウー・チェン参謀長代理らは無言で銃を握り締めた。

 

「やめておこう」

 

 俺は首を横に振る。

 

「しかし、勝ち目はありません」

「後ろを見ろ。凄い盛り上がりじゃないか。市民はまだ諦めていないんだ。俺たちが諦めてどうする」

「いくら盛り上がっても、正規軍が攻撃してきたら終わりです」

「勢いはこっちにあるんだ。徹底的に攻めるぞ」

 

 俺は公園の方を向き、一〇万五〇〇〇人に向かって呼びかけた。

 

「第七陸戦遠征軍はすぐそこまで来ている! 国歌を歌おう! 戦友を歓迎するには国歌こそがふさわしい!」

 

 盛り上げるなら歌がいいと何となく思った。半ば自暴自棄である。

 

「総員起立! 国歌斉唱!」

 

 合図とともに、自由惑星同盟国歌『自由の旗、自由の民』がスピーカーから流れ出す。

 

「とーもよー、いつのひかー、あっせいしゃをだとうしー」

 

 俺は歌い始める。一二年間鍛え続けた腹筋と肺活量を解き放つ。音程もリズムも関係なく、ひたすら声を張り上げる。

 

「友よ、いつの日か、圧制者を打倒し

 解放された惑星の上に

 自由の旗をたてよう」

 

 部下、兵士、市民が一斉に唱和した。バリケードの上にいる者も地上にいる者も肩を組み、勇ましいメロディを歌った。

 

「吾ら、現在を戦う、輝く未来のために

 吾ら、今日を戦う、実りある明日のために

 友よ、謳おう、自由の魂を

 友よ、示そう、自由の魂を」

 

 一〇万五〇〇〇人の大合唱がボーナムの空いっぱいに広がる。音程もリズムも声質もバラバラだが、心は一つだ。

 

「専制政治の闇の彼方から

 自由の暁を吾らの手で呼び込もう」

 

 俺は右手をチュン・ウー・チェン参謀長代理の肩にかけ、左手をハラボフ少佐の肩にかけ、肩を組みながら歌った。心と体が歓喜に包まれた。この場にいることが何よりも誇らしく思える。

 

 目前では攻撃の準備が進んでいた。装甲服を着た兵士が銃を構え、戦闘車両がビーム砲の照準をバリケードに向ける。だが、そんなことはどうでもよかった。この瞬間に射殺されたとしても悔いはない。

 

「おお、吾らが自由の民

 吾ら永久に征服されず」

 

 最後の一節を歌い終えると、公園全体から大きな叫び声があがった。

 

「自由万歳! 民主主義万歳! 祖国万歳! エリヤ・フィリップス提督万歳!」

 

 一〇万五〇〇〇人が拳を振り上げ、銃を掲げ、国旗を振る。何度も何度も歓呼を繰り返す。バリケードの中が焼けつくような熱気に満たされた。

 

「自由万歳!」

 

 その叫び声はバリケードの外から聞こえてきた。一人の兵士が銃を地面に叩き付け、装甲服のヘルメットを外し、右手の拳を突き上げる。

 

「自由万歳! 民主主義万歳! 祖国万歳! フィリップス提督万歳!」

 

 兵士は次々と銃を捨ててヘルメットを外し、叫び声をあげた。俺たちの叫びがバリケードの向こう側に届いたのだ。

 

 バリケードに駆け寄ってきた者がいた。他の兵士と同じようにヘルメットを脱ぎ捨てており、興奮気味の顔でこちらを見上げる。

 

「俺をバリケードに上げてくれ!」

「よし、わかった!」

 

 俺は兵士を上に上げると、拡声器を渡した。

 

「好きなように話せ」

「かしこまりました!」

 

 兵士は大袈裟なほどに丁寧な敬礼をした後、群衆に向かって語りかけた。

 

「俺はアマンシオ・バランディン! 地上軍伍長だ! たった今、部隊から脱走した! 一人の市民として戦いたい! 仲間に加えてくれ!」

 

 バランディン伍長が話し終えると、俺は彼の左手を掴んで高々と掲げた。

 

「我々は市民バランディンを歓迎する!」

 

 その瞬間、広場を歓声と拍手の大波が包み込んだ。

 

「俺も歓迎するぞ!」

「市民バランディンは仲間だ!」

 

 人々がバランディン伍長に駆け寄り、握手を求め、抱擁をかわし、頬に口づけし、新しい同志を祝福する。

 

「俺たちも市民だ!」

「仲間に入れてくれ!」

 

 自由の波が再建会議軍を飲み込んだ。歩兵は武器を捨てて走り出し、戦車兵や砲兵が車両から飛び出す。兵士を止めるべき将校もバリケードに向かって走った。ファイフェル准将と第一六六歩兵師団長ルフタサーリ代将は拘束された。一個師団が戦わずして崩壊したのだ。

 

「自由万歳! 民主主義万歳! 祖国万歳! フィリップス提督万歳!」

「自由万歳! 民主主義万歳! 祖国万歳! フィリップス提督万歳!」

 

 バリケードの内と外で同じ歓声が沸き起こった。群衆はバリケードの外へと飛び出し、兵士はバリケードの中に入り、一緒になって歓声をあげる。広大な公園でさえも、彼らの熱気を閉じ込めておくには狭すぎた。

 

 俺のもとにも次々と人がやってきた。賞賛や祝福の言葉を聞き、握手を交わし、抱擁し合い、勝利の喜びを共有する。

 

「民主主義が勝ちました! 先生のおかげです!」

 

 俺は両手でジョアン・レベロ議員の手を握り締める。

 

「違う」

 

 レベロ議員は沈痛そうに首を振る。

 

「エリヤ・フィリップスの勝利だ」

 

 それだけ言うと、レベロ議員は背を向けて歩き出す。呼び止めて真意を聞こうと思ったが、人の波に遮られた。

 

 九時〇三分、第七陸戦遠征軍がボーナムに到着した。航空機と戦闘ヘリが上空を埋め尽くす。歩兵と戦闘車両が地上から雪崩れ込んだ。勝敗は完全に決した。

 

 再建会議軍は撤退を開始した。ボーナムの混乱が波及し、降伏者や脱走者が相次いだため、作戦継続を断念したのだ。

 

 勢いに乗る市民軍は再建会議を崩壊させるべく、都心部への進軍を開始した。抵抗する者はほとんどいなかった。一〇時四四分、ハイネセン都心部西端のメロン・スクエアに到達した。

 

 再建会議は残存部隊をわずかな時間で再編し、強固な防衛線を敷いた。首都圏の兵力は五分の一に減少したが、他地域の部隊は健在であった。第六陸戦遠征軍司令官代理カディオ准将率いる六個師団がまもなく到着する。衛星軌道を掌握しているため、経済的な優位は揺らいでいない。

 

 市民軍はメロン・スクエアで足踏みした。第七機動軍が到着するめどはたったが、他の部隊が到着する見込みはない。防衛線を突破できるだけの戦力がなかった。食糧とエネルギーは二四時間以内に底をつくだろう。完全に決め手を欠いていた。

 

 一三時二七分、復員支援軍がイゼルローン要塞を攻略したとの知らせが入った。司令官メリダ中将は自決し、残りの者は降伏したという。

 

 一三時四〇分、再建会議は市民軍に降伏した。イゼルローン陥落が最後の一押しとなったのである。自由惑星同盟を二分したクーデターは、一〇日目で終焉を迎えた。


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