修行二日目。俺は早くも筋肉痛で動けないでいた。
だって夜も修行があるんだぜ?しかも昼の倍の修行量。部長曰く「夜の住人である私達には夜には夜の修行がある」とは訊いてはいたがこれは酷い。いくら夜が悪魔の世界だからって限度がある。
しかも当分動けないなと思ってたら、アーシアの『聖母の微笑』で見事に回復した。そういえば筋肉痛は筋組織の損傷が原因の一つとも言われていた気がするし、治癒の力で治るっていうのはわかる。部長もそれがわかっていたから昇天ギリギリの修行をしてたんだと納得してしまう。死にたくはないが、これも部長と智代の為だと考えると頑張るしかない。
とはいえ、十日間修行し続けるわけではないらしく、二日目の午前中は勉強会だ。
肉体ばかり強くなっても知識が乏しければ意味がない。脳筋はダメって事だろう。
リビングに集まり、俺と智代とアーシアに悪魔の知識を教えてくれているのだが、何やら難しい名前や事柄を脳味噌の中に叩き込まれた。元々勉強はあまり出来る方ではなかったから頭の中がパンクしそうだ。
ある程度教えてもらったところで木場が改めて問題を出してくる。
「僕らの仇敵。神が率いる天使。その天使の最高位の名は?さらにそのメンバーは?」
「えっと『
「正解。次に僕らの王、魔王さま。四大魔王さまを答えてもらおうかな」
「それなら簡単だ。ルシファーさま、ベルゼブブさま、アスモデウスさま、レヴィアタンさまだ」
流石に自分の種族を統べる方の名前くらいは覚えておかないとな。
「じゃあ、最後に堕天使幹部を言ってもらおうかな」
うげ………俺が苦手な堕天使共の名前だ。なんか、幹部が他勢力よりも多いし、名前も複雑なんだよな。
「堕天使中枢組織の名前が『
「ベネムエ、サハリエル、コカビエルだ。半魚人と薬物の名前になってるぞ、イッセー」
「あー、そうだった」
俺の誤った解答に智代が呆れた様子で訂正を入れてきた。ごめんなさい、それっぽい名前言ってみれば当たるかと思ったんです。
『神の子』つまり神器所有者を監視する組織らしい。堕天使は組織を作って神器を研究しているって話だ。有益な神器所有者は招き入れて仲間にするか、神器を奪うか。有害ならばその場で処刑する。俺はそれに該当する。有害だから排除っていうのはわかるが、神器という存在を知らない所有者でさえ殺すのはどうかと思う。俺もそうだったが、訳もわからずに殺されるのは堪ったもんじゃない。
こんな感じに天使、堕天使についつも簡単に教えてもらった後は次にアーシアが俺たちに授業を始める。
「コホン。では、僭越ながら私、アーシア・アルジェントが悪魔祓いの基本をお教えします」
皆の前に出て話を始めるアーシアにパチパチと拍手を送ると途端に赤面する。可愛らしい反応だ。
因みに今回は部長達も教えてもらう側にいる。元シスターのアーシアの方が教会の事について詳しいのは当たり前だしな。
「え、えっとですね。以前、私が属していたところでは、二種類な悪魔祓いがありました。一つはテレビや映画でも出ている悪魔祓いです。神父様が聖書の一節を読み、聖水を使い、人々の体に入り込んだ悪魔を追い払う『表』の悪魔祓いです。そして『裏』が皆さんにとって脅威となります」
裏のエクソシスト………俺が出会ったフリードみたいな奴か。
悪魔だけではなく、悪魔と関わり合いを持った人間さえも無残に切り捨てる。正直二度と会いたくない類の人種だけど…………あいつには少し引っかかる部分があるから、聞きたいことはある。
「では、聖水や聖書の特徴をお教えします。ますは聖水。悪魔が触ると大変なことになります」
「そうね。アーシアも触っちゃダメよ?お肌が大変な事になるわ」
「うぅ………そうでした。私、もう聖水を直に触れられません……で、ですが、作り方も後でお教えします。役に立つかはわかりませんけど、幾つか製法があるんです」
確かに知っておいて損はないだろう。俺達は作る機会はまず無いだろうけど、智代は普通に人間だ。悪魔への対抗策になる。
「次に聖書です。小さい頃から毎日読んでいました。今では一節でも読むと頭痛が凄まじいので困っています」
「悪魔だもの」
「悪魔ですもんね」
「……悪魔」
「うふふ、悪魔は大ダメージ」
「昇天コース、まっしぐらだな」
「うぅぅ、私、もう聖書も読めません!ああ、主よ。聖書を読めなくなった罪深き私をお許しーーーあう!」
あ、またお祈りしてダメージ食らってる。まだ悪魔になりたてで、っていうよりは完全に習慣として身についてしまってるから多分やめられないんだろうな。
こうして、午前の勉強会を終え、俺達は午後の修行へと移った。
side out
別荘での夜。
俺は夜遅く、不意に目が覚めた。
山に籠ってから一週間。朝から晩まで修行の毎日で途中で起きる事は無かったが、どういうわけか目が覚めてしまったので、少し外の空気を吸おうと外に出た。
「ふぅ………後三日か」
修行をしている際は其方に必死で特に気にすることは無かったが、いざこうして考える時間が出来ると三日後のゲームの事を考えてしまう。
堕天使をこの手で屠ったあの日、俺はただ暴走する感情に身を任せて力を解放する事で一撃の元に怨敵であるレイナーレを屠った。あの時の冷たい感覚は今でも覚えているし、一度したお蔭か今すぐにでもやろうと思えば可能だ。しかし、あれをもってしてもライザーに勝てるかと訊かれれば、NOと答えざるを得ない。幾ら一撃の元に屠ったとはいえ、中級堕天使のレイナーレと上級悪魔であり不死鳥であるライザーとでは月とすっぽん。比べるまでもない。おまけにライザーは炎と風を司る悪魔だ。氷雪系の攻撃を主とする俺では相性が悪すぎる。ポケモンだったら迷うことなく、違うキャラに変えるところだ。氷タイプで炎タイプに挑むなど愚の骨頂以外の何物でもない。
禁手ーーーバランス・ブレイカーにでもなる事が出来ればその限りではないだろうが、目覚めて間もない、ましてや劇的な変化が起きていない現状ではそれもあり得ないだろう。となると俺に出来ることと言えばやはり俺自身の強化をしつつ、神器の力を高める他ない。ライザーに通じる可能性は限りなく低いが、眷属くらいならなんとかなるだろう。後は部長や朱乃先輩に任せるのが妥当だ。ただ問題は原作よりも強いとはいえ、神器が未だ発現した時のままのイッセーだ。
原作ではレイナーレとの闘いで一段階目の覚醒が起きて、形状が変化し、宝玉に龍の紋様が刻まれた。そして第二段階目の覚醒により宝玉がもう一つ増え、そして神器の能力の一つ『
だが、その覚醒イベントはライザーとのレーティングゲームの最中で起きた出来事なのだ。ただでさえ、一段階目の覚醒イベントを俺が奪ったというのに、原作よりも強いとはいえ、一気に二段階覚醒を望むのは酷だというものだ。
かといって、このまま手をこまねいている訳にはいかないのも確かだ。あわよくば闘いの最中に覚醒してくれる事を祈るばかりだが、確率はかなり低いだろう。
「あれ?智代?」
「ん?イッセーか」
不意に背後から声が聞こえて振り返ってみると其処にはジャージ姿のイッセーが立っていた。ジャージの所々に土汚れが付いているという事は今しがたまで修行をしていたという事だろうか。こんな夜更けまで修行とはスパルタというレベルを超えている気がするな。
「こんな時間まで修行とは、リアス部長も厳しいな」
「ああ、違う違う。変な時間に目が覚めたから個人的に修行してたんだ。ほら、俺弱いし」
「………そうか。どうだ?神器の方は?」
「ぜーんぜん。本当に部長の言う神滅具っていうやつなのか、疑うレベ……あ」
イッセーはそこでしまったという顔になる。相変わらず嘘がつけない性格だ。
何故イッセーがそういう表情になったかというと、この合宿中、イッセーは神器の使用は禁止されているからだ。もちろん、修行中であるかどうかにかかわらずだ。おそらくそうする事で修行前と後の変化を感じさせる為なのだろう。だが、イッセーとしては自分の変化云々よりも『本当に自身が警戒されるほどの力を持っているのか?』という疑問の方が大きかったのだろう。仕方がないといえば仕方がない。
「安心しろ、部長には言わない」
「サンキュー。レーティングゲームまで生きてるか心配するところだったぜ」
………知らぬ間にイッセーの中でリアス部長の立ち位置が凄いことになってる。これは二人がくっつく事になっても、原作以上に難関そうだな。
「神器は所有者の思いに応える。イッセーが望むなら、赤龍帝の籠手もそれに応じるだろう」
「智代はそうだったのか?」
「………ああ。到底、褒められるような事では無かったがな」
負の感情を爆発させて力を増大させる行為は諸刃の剣だ。驚異的な力を発揮出来るが、事と次第によっては所有者の生命力も削りかねない。特にイッセーはそれが酷いと『覇』の力に目覚めかねない。
「そっか。ところで智代はどうしてここに?」
「イッセーと同じだ。変な時間に目が覚めてしまったんだ。だからこうして外の空気を吸いに来たら………」
「俺と出くわしたと」
「そういう事だ。全く、幾ら幼馴染みとはいえ、ここまで行動パターンが被っているとまるで狙っているかのようだな」
「狙っても早々出来る芸当じゃないけどな。第一、それだと俺がストーカーになる」
「確かにな…………なあ、イッセー」
「どうした?智代」
「三日後のゲーム。私達は勝てると思うか?」
特に深い意味はなかった。なんとなく、俺以外の意見を聞いてみたかっただけに過ぎないが、それでもやはり、俺には不安や焦燥があったのかもしれない。そのせいで声が少しだけ震えたものになってしまった。
「木場曰く合宿開始時で二割、終了時には半々までもっていくって言ってたけど、俺はそうは思わないんだ。相手は不死鳥だし、経験も豊富だって言ってた。あの種まきだって結構強いし、十日の修行で同じレベルまで持っていくのは無理だと思う………けどな、智代。俺は例え勝てる見込みが一パーセントしか無くても、こう言うぜ。絶対勝つ!ってな。それに俺と智代が一緒にいて、今まで出来なかった事なんて無いだろ?」
そう言ってイッセーはポンと俺の頭の上に手を置いてきた。むぅ、イッセーは何時もギャグキャラに近い立ち位置だというのにこういう時に限って行動が一々イケメンなんだよな。一瞬ときめきかけた。これが主人公補正というやつか………イッセー、恐ろしい子!
「第一、負けたら智代も部長もあの種まきの物になっちまうんだろ?手足の一本無くなったところで負けを認める訳にはいかねえよ。どんな手を使ってでも勝つよ。だから弱気になるなよ、智代。お前だけは絶対に俺が守るから」
「あ、ああ……ありがとう……」
くっ……二段攻撃だと⁉︎幾ら精神が未だ男の方が強いとはいえ、別に根っからの男ではない以上、今の二段攻撃は精神ダメージがデカかった。ドキッとした。
「さ、さあ、明日も朝から早い。私は眠るぞ」
「おう……っていうか、顔赤いぞ?大丈夫か?」
「だだだだ大丈夫だ。イッセーも程々にして寝るのだぞ!」
俺はイッセーから逃げるようにその場を離れ、自室へと帰った。何故だかイッセーに対する敗北感が半端なかったです。まる。