「起きろ、イッセー」
「後、五ふ………ん?え?智代?」
定番のボケをかましかけたところで俺は驚愕の事態に飛び起きた。
「智代が俺より先に起きてる⁉︎今、何時だ⁉︎」
其処まで驚くことかと思われるかもしれないが、驚く事なのだ。小学一年生から昨日に至るまで俺が智代に起こされる日など無かった。どんな時であれ、俺が智代を起こしに行くのがデフォルトで、智代の親父さん達からもよろしくと頼まれていた。だというのに、目の前には既に制服を着て用意をしている智代の姿。幼馴染みが朝起こしにくるというのは男子高校生的には素晴らしい事だが、俺としては寝過ごした可能性の方を疑ってしまう。
「安心しろ。何時もより私が起きるのが早いだけで寝過ごしているわけじゃ無い」
俺の心中を察したように智代がそう言う。良かった、遅刻だけは避けたいからな。
「それはそうと体調はどうだ?不調はないか?」
「うーん。そう言われれば今日は怠いような気がする。変な夢を見たせいかもしれないな」
家に帰る途中に美少女に告白されて断ったら、いきなりその子から羽が生えて、光でできた槍で殺されそうになって、そしたら智代が助けに来てくれて、その子をぶっ飛ばしたけど、事もあろうに智代の全力キックを受けた子はピンピンしてて、仕返しに投げつけた槍を庇った俺は腹にどでかい穴を作った。あの時の痛さは夢だというのにものすごく痛かった。全ての音や感触が妙にリアルだった。それに夢で最後に見た智代のあの顔。俺を殺そうとした子よりもずっと底冷えするような表情をしていた。だけど、それと同じくらい哀しさを秘めていた。あんな表情、現実では絶対にして欲しくない。
「その夢の事について、少し話がある。放課後に私と一緒にオカルト研究部に行くぞ」
「オカルト研究部?そんな部活あったか?」
「生徒達には広く知られていない上に部員は足りないし顧問もいないが、ちゃんと存在している」
「それもう部じゃないだろ……」
部員足りないし顧問もいないとか、同好会の間違いじゃないのか?まあオカルト研究なんて今時流行らない部活動に参加しようとする奴なんて普通はいないよな。
「それはそうとさっさと着替えたほうがいいぞ。時間が少し押している」
「うわっ⁉︎もうこんな時間か⁉︎」
智代に指摘されて時計を見ると時刻は八時過ぎを指していた。何時もとは全然状況が違うから時間の感覚がおかしくなってた。
「私は下で待っているから」
「ああ。すぐに準備する!」
夢といい、俺の体調といい、今日の智代といい、何時もと違う事ばかりだ。
何となく嫌な予感を感じる俺だったが、強ち間違いではなかった。
放課後。今朝話していた通り、智代に連れられて俺はオカルト研究部の部室があるらしい旧校舎へと足を運んでいた。
旧校舎というのは本校舎の裏手にある現在使用されていない建物の事だ。
昔は使われていたわけだが今は人気がなく、学園七不思議があるくらいの不気味な佇まいなのだが、どういうわけか古い木造建築なのに壊れている部分はあれど一目ではわからない上に腐っている部分すらない。ガラス窓にいたっても一枚も割れていない。はっきり言って今すぐにでも使えそうな校舎だ。
中に入ってからも廊下は塵一つ落ちていないくらい綺麗で、こういう古い建物にはよくある蜘蛛の巣や積もった埃なんてものも見当たらない。下手をすれば本校舎よりもずっと清潔感がある。
そうこう考えているうちに目的の場所に着いたのか、智代の足が止まり、それにつられて俺の足も止まる。
俺は戸にかけられたプレートを見て驚いた。
『オカルト研究部』
マジであったのかよ………いや、智代を疑っていたわけではないのだが、こうして目の当たりにすると驚かずにはいられない。
「大神だ。イッセーを連れてきた」
ノックをした後、智代がそう言うと中から「入ってちょうだい」という声が返ってきた。てっきり変な輩ばかりかと思っていたら女の子の声が返ってきたからこれまたびっくりした。それにさっきの声何処かで聞いたことあるような…………まあ、同じ学校の人間だし、当然か。
智代が戸を開け、後に続いて入ると中の様子に思わず目を疑った。
室内の至る所に謎の文字が書き込まれていて、床、壁、天井に至るまで見たこともない面妖な文字が記されていた。
そして、一番特徴的なのは教室の大半を埋め尽くす巨大な魔法陣は不気味さと異質さを醸し出していた。
あとはソファーとデスクが幾つか存在するのだが、ソファーには一人の少女と少年が座っていた。
一見すると小学生にも間違えられかねない小柄な体格。いつ見ても眠たそうな感じの無表情。一部の男子に人気が高く、女子の間でも「可愛い!」とマスコット的な存在。その名は塔城小猫ちゃん。
「……ご無沙汰しています、兵藤先輩、大神先輩」
小猫ちゃんは俺の顔を見るとぺこりと頭を下げてきたので、俺も頭を下げた。彼女と会うのは初めてではない。俺自身が好きでやっている事なんだが、軽くお悩み相談室的な事をしている訳で小猫ちゃんはそのうちの一人。内容はプライバシーに関わるので秘密だ。それはそうと智代と小猫ちゃんは何処で知り合ったのだろうか?気になるが今はもう一人の方だな。
「よう、木場。まさかお前が文化部に所属してるなんて知らなかったぜ」
「諸事情でね。まあこれから一緒にやっていく訳だからよろしくお願いするよ」
爽やかスマイルを振りまくこのイケメンの名前は木場祐斗。頭も良くて、運動も出来て、イケメンなんて何処の漫画の主人公だよと言いたいところだが、こと女子に限ってはうちの三大お姉様方全員当てはまるのでなんとも言えない。何時だって世の中は不公平だよ、チクショウ。こいつの身体能力的には運動部に所属しているかと思ったが、オカルト研究部なんて怪しい部活動に入っていたとは意外だった。
そして一番大きいデスクに座っている人物とその隣に付き添うようにして立っている人物の存在には更に度肝を抜かれた。
片方は黒髪のポニーテール。何時も笑顔を絶やさないニコニコスマイルに和風感漂う佇まい。大和撫子を体現しているかのような我が校の三大お姉様の一人、姫島朱乃先輩。
「あらあら。初めまして、私、姫島朱乃と申します。どうぞ、以後、お見知り置きを」
「こ、これはご丁寧にどうも。兵藤一誠です。よろしくお願いします」
もう片方はストロベリーブロンドよりも鮮やかな紅の髪に雪のように白い肌。何処か人間離れした美しさを感じさせるのは三大お姉様最後の一人、リアス・グレモリー先輩だった。
学園のマスコット、王子、三大お姉様のお二人って、この部やばすぎるだろ⁉︎まるでアイドルの巣窟じゃないか。わからないものだ。皆、こんな怪しい部活動なんかに入らなくても運動部で輝かしい成績を残せる方々ばかりだ。さっき木場のやつは諸事情で、なんて言っていたが、他の皆もそうなのかな。
リアス先輩は俺と姫島先輩のやり取りを見るとうんと頷く。
「これで全員揃ったわね。兵藤一誠くん。大神智代さん。私達、オカルト研究部は貴方達を歓迎するわーーー悪魔としてね」
「は、はい?悪魔?」
「ええ。そうよ」
思わず聞き間違いかと思って聞き返してみるが、返ってきたのは肯定の返事。何がどうなってるんだ?意味がわからないぞ。
「立ち話もなんでしょうから、座ってお話ししましょう」
リアス先輩に促され、俺と智代はソファーに座ると、リアス先輩は向かいのソファーに座り、姫島先輩はリアス先輩の隣に座った。
「信じる信じないはさておいて、単刀直入に言えば私達は悪魔なの。そして兵藤一誠くん。いえ、イッセー。貴方もその悪魔よ」
唐突に意味不明な事を連発して言われて、脳味噌がパンクしてきた。だっていきなり「私達は悪魔で、お前も悪魔だ」なんてファンタジーここに極まるみたいな話信じられるわけないだろ?
「昨日、黒い翼の女に襲われたでしょう?あれは堕天使と呼ばれる存在で、元々は神に仕えていた天使だったんだけれど、邪な感情を持っていた為、地獄に堕ちてしまった者達なの。そしてそれは私達悪魔の敵でもあるわ。私達悪魔は堕天使と太古の昔から冥界ーーー人間界でいうと地獄の覇権を巡って争っているわ。地獄は悪魔と堕天使の領土で二分割しているの。悪魔は人間と契約し、代価を得る事で力を蓄え、堕天使は人間を操り悪魔を滅ぼそうとする。そこに神の命を受けて悪魔と堕天使を問答無用で滅ぼしに来る天使も含めると三竦み。それを大昔から繰り広げているのよ」
随分と壮大な話になったが、気になるのは其処じゃない。昨日のあれは夢じゃなくて天野さんが堕天使?確かに黒い羽を生やしてはいたが、それ以外に確証はない。第一、もし昨日の事が夢じゃないのなら俺は………
「先輩。百歩譲って、貴方の話が本当だとして、何で俺は生きてるんですか?あんな傷、どう考えたって助かるわけ無いのに」
「そうね。人間の常識で考えればあれはもうどうしようもなかったわ。私の力でも傷は治せてもそれまでに失った血の量が多すぎて助けられなかった………通常の手段ではね。だから貴方には残念だけれど人間を止めてもらったわ」
「悪魔になったと?だからその確固たる証拠がーーー」
幾ら何でも話にならな過ぎる。そう思って、立ち上がった俺だったが、その直後背中から何かの感触が生まれる。背中越しにそれを見てみれば、天野さんの物とはまた違う。黒い翼が生えていた……おいおい、マジかよ。
「これで私の話は納得してくれた?」
「………俺も其処まで馬鹿じゃありません。昨日のリアルな出来事にこんな訳のわからない羽まで生やしてたら自分を騙す方が難しいです………けど、一つ聞いてもいいですか?」
「貴方が堕天使に狙われた理由……かしら?」
まるで俺の考えを見透かしたかのようにリアス先輩はそう言う。全くもってその通りだ。
何の変哲も無い。ただ完璧超人な美少女を幼馴染みに持っているだけの高校生が何故堕天使なんていうメルヘンでファンタジーな存在に命を狙わなければいけないのか。全くもって検討もつかない。
「それはね。貴方が、というより貴方達二人が宿している力ーーー『