コカビエル襲撃の翌日。
俺と木場、そして匙はオカルト研究部部室でオカ研部員と生徒会メンバーの皆に見守られる中、正座させられていた。
智代はここにはいない。
コカビエルを倒した直後から、ずっと眠っているままだ。
かくいう俺も部長たちがあの場所に現れて以降の記憶が全くない。多分前みたいにぶっ倒れたのだと思うが、そういうこともあってか、お説教タイムは今日へと持ち越しになったらしい。
「イッセー。私が言いたいことはわかるわよね?」
「......はい」
怒り心頭の様子で部長は問いかけてくる。
それもそうだ。
今回の一件。下手をすれば何度も死んでいたし、コカビエルが良い人だったから、良かったものの、もしも本当に戦争を起こす気があったのなら、戦争が起きていた可能性もあった。
「サジ。あなたはまた勝手な事をしていたのですね。困った子です」
そういって冷たい表情で匙に詰め寄る会長。
だが、匙はそれに対して顔色を変えずに会長のほうを見つめたままだった。
「今までもこういうことは多々ありました。その度、反省するようにいってきましたが、今回はわけが違います。サジ。何か言いたい事はありますか?」
いきなり処刑宣告だった!?
そういえば、後でキツイお仕置きを喰らうのを承知で匙は手伝ってくれてたんだよな!
匙は会長から視線を外さず、意志の篭った言葉で答える。
「会長。俺は反省もしてますし、会長や他の皆にも迷惑をかけたことも悪いと思ってる。でも、後悔はしてませんし、これから同じような事があって、ダチに助けを求められたとしたら、俺は迷うことなく手を貸します。そのせいで、これからも会長には迷惑をいっぱいかけるかもしれませんけど、ダチを見捨てるのだけは死んでも嫌なんで。この生き方だけは変えられません。それだけです。煮るなり焼くなり、好きにしてください」
会長と匙の視線がぶつかる。
おもわず目をそらしてしまいかねないほどの冷たい視線を匙は真っ向から見据えていた。
そして数秒後、根負けしたのはなんと会長の方だった。
「はぁ......サジ。あなたならきっとそういうだろうと思っていましたよ。出会った時からあなたはそういう人間でしたね。仕方ありません。そういう人間だとわかっていながら、あなたの考えを察せず、止められなかった私にも責任はあります。今回の一件は不問としましょう。但し、皆に迷惑をかけた以上、何時も以上に生徒会の雑務に励んでもらいます。いいですね」
「はい」
「それと......よく無事で帰って来ました」
一呼吸おいた後、先ほどとは打って変わって優しげな微笑を浮かべて、会長は労いの言葉を匙へとかけた。
なんとなく、冷たい印象があるけど、やっぱり会長も凄くいいお方なんだ。
さて、あっちはあっちで綺麗に締められたけど、俺の方は全く話は進んでいない。
部長は一つ溜め息を吐き、口を開いた。
「今回の一件は私達悪魔は手を出すなと言い出したのはあちらのはずなのに、どうしてイッセー達の手を借りることをよしと考えたのかはわからないけれど、さっきソーナが言ったように、今回は事と次第によればこうして叱る程度では済まなかった。それはイッセー。貴方もわかっていたはずよ?何故智代に提案された時点で止めなかったの?」
「それは……」
部長の言う通り。
今回の一件。大事になれば俺達では収束できる事態じゃなかった。
コカビエルの目的を知っているからこそ、戦争になる事はほぼなかったと言えるけど、それを知らない者達からすればあの場は小規模ながら三大勢力の入り混じった戦場にしか見えない。
ましてや、秘密裏に悪魔と悪魔祓いが手を組んでいたと知れれば、あちらはよくて追放。悪ければその場で断罪されていただろうし、俺達も部長に多大な迷惑をかけていただろう。
「すみません……」
だからこの場は素直に謝るのが普通だろう。悪い事をしたのは俺で智代を止められなかったのは俺だから。
「でも……俺も匙と一緒です。反省も謝罪もします。けど、後悔はしてません。俺は……身体の半分はドラゴンになったけど……木場はこうして一緒に怒られてるし、あの人をーーーコカビエルをただの大罪人のままにしなくて済んだんです。智代もまだ寝てますけど、きっと俺と同じ事を言ったと思います」
例え、俺達が倒そうが倒せまいが結局コカビエルがしようとしたことは戦争が起きるキッカケを作ろうとした事で、その裏に戦争を二度と起きないようにする為の意図があったとしても、それが下々の者にまで届く事はないだろう。
でも、それでも。
今、俺達はコカビエルがそうした意図を持って動いた事を知った。
木場の復讐も想いを遂げ、そして全員死んだと思っていたはずの同志の一人であるフリードと再会を果たせた。
これは俺達が介入しなければ知りえない事実だったのかもしれないし、そうでなくとも知り得たのかもしれない。
けど、俺はこうした事に一切の後悔はない。あるとすれば、今もまだ眠ってしまったままの智代に命の駆け引きをさせてしまったこと。
俺がもっと強ければ、智代を危険な目に遭わせることはなかった。
俺にもっと力があれば……
「つまり、貴方も匙くんと同じで、自分がやった事をわかった上で、それでも後悔はないからどんな罰でも受ける。と言いたいのね?」
「はい。あ、でも出来れば、これを治してもらってからでいいですが?」
俺が指さすのはドラゴン化が戻った自分の半身。
実は俺のこのドラゴン化した半身は今まで通りの方法で治しても僅か一時間足らずでドラゴンに戻る。
今までなら数時間は持ったのに。おそらく代償にしたものが大きすぎたせいだろう。
「はぁ……困ったわね、ソーナ。私のところも貴女のところも一癖ある子を眷属にしてしまったみたいね」
「ですが、それが彼等の良いところでもあります。ある意味では大物になる器を秘めていると思いますよ」
「それまで気苦労が絶えなさそうね……イッセー。そのドラゴン化した半身を戻すついでに貴方には罰を与えるわ」
「はい。どんな罰でも受ける覚悟はできています」
痛いのには慣れっこだ。流石に小猫ちゃんのボディブローを受け続けろとかなら死ねる自信はあるが、今回はそれくらいが来てもおかしくないかもしれないな。した事がした事だし。
「それじゃあ早速飛んでもらうわね」
「はい?」
ニコリと満面の笑みでそう告げる部長に俺は首をかしげるが、次の瞬間俺の身体は光に包まれた。
「あ、あれ?」
光が収まると視界に映っていたのは部室ではなく、毎朝見る光景ーー智代の部屋だった。
な、なんで智代の部屋に?俺の半身は?罰はどうなったんですか?
「さて、イッセー。今から罰の内容を説明するわね」
飛んできたのは俺だけじゃないらしく、隣には部長がいた。
「罰?ここでですか?」
「そうよ」
何でここで?部長が考えている事がよくわからないが、罰だし、受けるって言ったから聞くだけ無駄だけど。
「じゃあ先ずは智代の隣に寝てもらえるかしら?所謂添い寝というものよ」
「は、はい?」
智代と……添い寝ェェェェ⁉︎
「ちょっ⁉︎部長‼︎何考えてんですか!何がどうなったらそういう罰に……」
「言ったでしょう?貴方のドラゴン化を治しつつ、罰を受けさせるって」
「確かにそうは言いましたけど………」
それとこれとは違くないですか、部長。
「左腕の時は吸い出したり、手で散らすことも出来たのだけれど、身体半分ともなると規模が大きすぎるわ。早い話が貴方のそれを治すには今まで通りの手法は取れないということね」
「はぁ………それが添い寝とどう言う繋がりに?」
「本当なら私が主として治してあげるべきなのだけれど、今回の事で色々としなければならないことがあるから、私や朱乃が付きっきりでというわけにもいかないの。そうなるとドラゴンの気の散らし方を知っているのは智代だけなのだけれど、智代は眠っているでしょう?だから彼女に任せるのも少し気がひけるけれど、イッセーと智代は今回の件で罰を与えなければいけないから、ちょうどいいというわけ」
「いや、ですから部長。それと添い寝がどういう関係になるのかをですね」
「話は最後まで聞きなさい……そのドラゴンの気を散らすのは付きっきりで、しかも身体を密着させて行わないとあまり効果がないの。つまり、全身を使って半身を包み込んでから一度体に取り入れて放出させるということ」
「………つまり、智代の抱き枕になれと?」
「端的に言うとそうなるわね。因みに散らす方は意識があってもなくても魔法力の蓄積量の高いものなら自動で行えるから起きていても寝ていても関係ないわよ」
「あの……それ、もし智代が起きたら俺殺される可能性が……」
「それも含めて罰よ。…………もっとも、智代はそんな事しないと思うけれどね」
あ、ある意味壮絶な罰だった……
智代と添い寝とか理性が音を立てて削れる上に起きたら命が削られる。
しかも、変な誤解を生んで口をきかないなんて言われた日には俺は死んでしまうかもしれない。今の今まで築き上げてきた信頼が瓦解する上に下手すりゃ強姦魔扱いされかねない。
「ぶ、部長……それだけはご勘弁を……」
「あら?貴方はどんな罰でも受けると言ったはずよ」
最後の頼みはあえなく俺の数分前の言葉で玉砕された。
グッバイ、俺の平穏。
自らの言動で自らの首を絞める形となった俺は甘い誘惑とすぐ目の前にある死に板挟みになりながら治療を受けるのだった。
生きてる内で一番キツかったのは言うまでもない。
エクスカリバー事件から数日後ーーー。
放課後の部室に顔を出した俺と智代とアーシアはソファーに座る外国人の女の子に驚いていた。
「やあ、赤龍帝」
そこに座っていたのはなんと駒王の制服を身に纏っているゼノヴィアだった。
「な、なんでお前がここに⁉︎」
俺が動揺を隠せないでいるとゼノヴィアの背中から黒い翼が生えた。
え……えええええええええええ⁉︎
あ、悪魔の翼が生えてる………。
「神がいないと知ったんでね。破れかぶれで悪魔に転生した。リアス・グレモリーから『騎士』の駒をいただいた。デュランダルが凄いだけで私はそこまで凄くなかったらしい。駒一つで済んだみたいだぞ。で、この学園にも編入させてもらった。今日から高校二年の同級生でオカルト研究部所属だそうだ。よろしくね、イッセーくん♪」
「……真顔で可愛い声を出すな」
「イリナの真似をしたのだが、上手くいかないものだな」
とはいえ、デュランダル使いが眷属になったのは良いことなのかもしれない。実際、部長は楽しげだ。細かいところにこだわらないのが部長らしいというか。
「そう、私はもう悪魔だ。後戻りは出来ないーーーーいや、これで良かったのか?うぅむ、しかし、神がいない以上、私の人生は破綻したわけだ。だが、元敵の悪魔に降るというのはどうなのだろうか………。いくら相手が魔王の妹だからといって……」
ゼノヴィアは何やらぶつぶつと呟きながら頭を抱え出した挙句、アーシアみたいに祈ってダメージ受けてる。忙しい子だ。
「ところでイリナは?」
「イリナなら、私のエクスカリバーを合わせた五本とバルパーの遺体を持って本部に帰った。フリードがエクスカリバーを破壊してしまったせいか、『欠片』の状態で回収した。まぁ、奪還の任務に成功したわけだよ。芯があれば錬金術で鍛えて再び聖剣には出来る」
「エクスカリバーを返して良かったのか?教会を裏切って良かったのか?いや、お前の事をどうこう言うつもりはないけど」
「一応あれは返しておかないとマズい。デュランダルと違い、使い手は見繕える。私にはデュランダルがあれば事足りる。あちらへ神の不在を知ったことに関して述べたら、何も言わなくなったよ。私は神の不在を知った異分子になったわけだ。教会は異分子を、異端を酷く嫌う。例え、それがデュランダルの使い手でもな。アーシア・アルジェントの時と同じだな。イリナは真相を知った上で教会に尽くすと決めたそうだ。私以上に信仰心の深かった彼女だが、それ以上の心の支えがあるようだ。私のように自暴自棄になることはなかったよ。ただ、私が悪魔となったことをとても残念がっていたがね。理由が理由だけに割り切っている部分もあるが」
ゼノヴィアはそう言って目を細める。
イリナも戦友が敵側に回ったことはなかなか辛いものがあるだろう…………まぁ、俺の時も大して気にしていない風があったから悪魔になったからっていって嫌いになるなんて事はあり得ないと思うけど。
部員が全員揃った事を確認すると、部長が語り出す。
「教会は今回の事で悪魔側ーーーつまり魔王に打診してきたそうよ。『堕天使の動きが不透明で不誠実の為、遺憾ではあるが連絡を取りたい』と。それとバルパーの件についても過去逃した事に関して自分達にも非があると謝罪してきたわ」
あくまで遺憾なんだ。まあ、基本的に敵同士だもんな。
「イッセー……そろそろ、私は限界……だ」
隣で立っていた智代がそんなことを呟いた。そうか、もう限界なのか。
「部長。そろそろ智代が限界らしいです」
「そうね。そろそろそんな時間ね。イッセーは智代を連れて一回帰宅しなさい。話の続きはまた後でするわ」
「だそうだ………って、もう寝てるし」
既に智代の意識は眠りに落ちていたらしい。俺の肩にもたれかかり、智代は立ったまま寝ていた。器用というかなんというか。ていうか、大丈夫なのだろうか。最近半日以上寝ている気がするけど。
部長は無理な禁手の反動でいつ治るかわからないとか。少し不安だ。
…………正直言って不安だ。
智代の事だから、これを分かった上であの場で使ったんだろうけど。
起きてる時も何処か夢うつつって感じがしているし、当分は神器も使えないって言ってた。俺の禁手と同じだ。
できるだけ、智代にあれは使わせないようにしよう。次はこんなのじゃ済まない可能性だってある。
「……って、なると早いとこちゃんと禁手に至るしかないよな」
未だそれらしい兆候は見えていないけど、智代が無理な禁手をする必要がないように早く至るしかない。
それに俺の宿敵ーー『白い龍』も出てきた。
奴は俺と違って完全な禁手に至っていた。この時点で既に差が開いているが、おまけにあの圧倒的な存在感と覇気。すぐにわかった。今の俺じゃ足元にも及ばないって。
でも、強くならなきゃいけない。他でもない俺自身のために。
その為には今とは比較にならない修行が必要だな。何処まで独学で行けるかわからないけどやるしかない!
原作3巻終了!次は4巻です!
何故智代がこうして眠る時間が増えたのかは後ほど判明します。
コカビーがどうなったのかも会談の時に判明する予定です。
一旦駆け抜けたので、他の作品の方を優先するかもしれませんので、今までよりも遅くなると思います。