「殺された?治してくれたんじゃないんですか?」
リアス・グレモリーの言葉にイッセーは驚きを隠せないでいた。
通常の手段では治せないから人間を辞めてもらった。さっきそういったばかりだというのに殺されているなんて言われれば納得できないのも無理はない。
「ええ。正確に言えば私は貴方を治したのではなく、悪魔として生き返らせたのよ。彼女のーーー大神さんの頼みでね」
リアス・グレモリーの言う通り、昨日イッセーは死んだ。俺が能力で止血こそしたが、そもそも攻撃そのものが致命傷で更に大量に失血した事が決定打となっていた。
それを聞いた時、俺は激しい無力感と絶望に打ちひしがれた。結局原作の事を知りながら俺はイッセーの死を回避する事が出来なかった。回避する方法などいくらでもあったというのに。
其処からは俺の勝手な判断だ。リアス・グレモリーにイッセーを悪魔として生き返らせるかどうかと問われ、悩む事もなく承諾した。ただ、失いたくなかった。兵藤一誠という存在を。私の勝手な都合でイッセーを人ならざるものに変えてしまった。原作であればともかく、この世界のイッセーの命は救えた筈のものだ。今のイッセーに糾弾されたとしても文句は言えない。
「そうですか………智代」
「……何だ?」
次に発せられるイッセーの言葉に思わず身構えたが、帰ってきた言葉は意外なもの……というよりも実にイッセーらしい言葉だった。
「サンキューな」
「え?」
「智代のお蔭で普通に生活が出来てる。人間のままでいられなかったのはちょっと残念だったけど、俺はこうして智代と学園生活を送る事が出来てるんだから、悪魔になったとしても別に良いかなって思うよ」
何だ、こいつは。
これが俺以外の人間だったら、口説かれていると勘違いしてもおかしくない物言いだ。だが俺にはわかる。イッセーは普通にお礼を言ってくれているだけだ。何も出来なかった俺に「ありがとう」と。本当に俺の幼馴染みは底抜けに優しい。
「良い雰囲気の所、悪いのだけれど、話を戻してもいいかしら?」
「……あ、すいません。勝手に話を妨げちゃって。どうしても智代にお礼を言いたくて、つい」
「別に構わないわ。貴方達二人が幼馴染みで仲が良いのはかなり有名だもの」
苦笑しながらリアス・グレモリーはそう言う。かなり有名というのは何処までなのだろうか?まさかとは思うが校内で知らない人間はいないなんてことは無いよな?………そういえば以前告白されて断った時に「やっぱり兵藤と付き合ってるんですか?」と聞かれた事があったな。やっぱりってなんだよとは思ったが、しっかりと否定しておいたはずなんだけどなぁ………その後も俺とイッセーが付き合っているという噂はまことしやかに語られている。
「先程言った話だけど、彼女が貴方に近づこうとしたのは、貴方の身に『神器』と呼ばれるものが付いているかいないかを調査するためだったの。きっと反応が曖昧だったのでしょうね。だから時間をかけてゆっくり調べる為に恋人になろうとしてーーー失敗した。本当なら確定するまで様子を見るものだけど、余程自尊心の高い堕天使だったのでしょうね。曖昧なまま、排除しようとするなんて」
「あの……さっきから言ってる『神器』って何ですか?俺、そんなもの持ってませんよ?」
「それはまだ兵藤くんが目覚めさせていないからだよ。だけど、目覚めていないだけで、君の中には確かに『神器』と呼ばれる規格外の力が宿っている」
「目覚めてはいなくとも、兵藤くん以外にも『神器』を宿す方々はいらっしゃいますわ。その中でも兵藤くんは更に規格外の力を持つ。そう堕天使に判断されたのでしょう」
イッセーの疑問に答えるように木場が口を開き、それに続いて姫島朱乃も口を開いた。規格外の中でも更に規格外の力を持つか。当然だ、イッセーがその身に宿しているのは『
「大半は社会規模でしか機能しないものばかりなのだけれど、中には私達の存在を脅かす程の力を持った『神器』があるわ。イッセー、手をかざしてちょうだい」
「え?あ、はい」
「そのまま目を閉じて、貴方の中で一番強いと感じる何かを想像してみてちょうだい。そして、その人物が一番強く見える姿を思い浮かべて、真似をするの。それを強く念じなさい」
リアス・グレモリーにそう促され、イッセーは目を閉じてゆっくりと立ち上がる。そして開いた両手を上下に合わせて前へ突き出す格好のまま、声を張り上げて叫んだ。
「ドラゴン波!」
………相変わらずイッセーは空孫悟が好きだな。昔から「漫画の中で誰が最強か?」みたいな話になったら「空孫悟以外あり得ない」って豪語してたっけ。それくらいイッセーのドラグ・ソボールへの愛は強い。知識だって直撃世代に負けていないからな。テレビのクイズ番組にも出演できるレベルだ。
「さあ、目を開けて。この魔力が漂う空間なら『神器』も容易に発現するはずだわ」
イッセーが目を開けると同時にカッ!と左腕が光り出す。
光は次第に形を成していき、左手を覆う。そして光が止んだ時、イッセーの左腕には赤色の籠手が装着されていた。手の甲には丸い宝玉がはめられていて、かなり凝った装飾が施されている。
「な、なんすか……これ」
「それが『神器』。貴方のものよ。一度ちゃんとした発現が出来れば、後は貴方の意志で何処にいても発動可能になるわ」
「これが『神器』?なんか想像してたのと違うなぁ……」
イッセーは籠手を眺めながら呟く。一体どんなものを想像していたのだろうか?というか、思いの外、イッセーのリアクションが少なくて残念だ。
「さて、次は大神さんね」
「え?智代も『神器』を持ってるんですか?」
「ええ。といっても既に発現しているようだから、イッセーのように前置きは必要ないわね。大神さん、貴方の『神器』を見せてもらってもいいかしら?」
「了解した」
とは言ったものの、どうやって発動させれば良いのかわからない。
六年前も昨日も負の感情の昂りに呼応して、あの力が発動しただけで意図して発動した訳ではない。一応やれるだけやってみるか。
目を閉じて深呼吸をする。俺が思い浮かべるのは最強の存在ではなく、殺したい相手。今回に限っていえば堕天使レイナーレ。あいつの顔を想像するだけで自分の中で醜い部分が大きくなっていくのを感じる。あいつだけは絶対にこの手で殺したい。
「ちょっ⁉︎智代ストップストップ‼︎ソファーが凍ってるって!」
「……え?」
イッセーに言われて目を開くとソファーだけではなく、床や机も凍っていた。どうやら自分を追い込みすぎたらしい。
「氷雪系の『神器』なんて珍しいわね。本当、貴方も私の眷属にしたいわ」
「私としても、イッセーを救っていただいたのだからそうするべきなんでしょうが………すみません」
「良いのよ。それに貴方を悪魔にするには今の私では実力が足りないから」
実を言うと俺もイッセーを助けてもらった代償として、リアス・グレモリーの眷属になるはずだった。しかし、彼女が俺を悪魔に転生させるには実力の問題で駒が足りずに俺は今も人間として生きている。だが、もし彼女が俺を転生させられるだけの実力を有した時には俺は甘んじて彼女の眷属になろう。それが俺なりの恩返しだ。今は人間の身でイッセーの恩人である彼女やイッセーの為に尽力しよう。
「神器も確認出来た事だし、改めて紹介をするわね。祐斗」
リアス・グレモリーに促されて、木場が笑みを浮かべる。
「僕は木場祐斗。二人と同じ学年って事はわかっているよね。えーと、僕も悪魔です。よろしく」
「……一年生。……塔城小猫です。よろしくお願いします。………悪魔です」
「三年生、姫島朱乃ですわ。一応、研究部の副部長も兼任しております。今後もよろしくお願いします。これでも悪魔ですわ。うふふ」
木場に続いて小猫、姫島朱乃が頭を下げて挨拶をする。
「そして、私が彼等の主であり、悪魔でもあるグレモリー家のリアス・グレモリーよ。家の爵位は公爵。よろしくね、イッセー、大神さん」
こうしてイッセーは眷属として、俺は恩返しの為にオカルト研究部に入部する事になった。