授業参観のあった日の翌日。
俺達オカルト研究部は旧校舎一階にある『開かずの教室』とされていた部屋の前に立っていた。
先日の授業参観は色々と大変ではあった。
真っ昼間からゼノヴィアが「性交をしよう」などといってくるし、父さんと母さんに智代の体調の事をバレないようにするために授業直前で恒例のアレをしなきゃいけなかったし。おかげで英語の授業での粘土工作じゃ、うっかり智代を創ってしまった。一時オークションになったが、誰にも売らずにちゃんと保存した。本人は恥ずかしがって「今すぐ壊せ」と言ってきたが、我ながらかなりの完成度の高さを誇っていたので、壊すに壊せない。
別の事だが、授業参観には部長のお兄さんとお父さん以外にも会長のお姉さんが来ていた。
その人がまた軽いのなんの。魔法少女のコスプレをして、撮影会をしていた。あまりの軽さに度肝を抜かれそうになったが、それよりもお姉さんのあまりの酷さにあのクールな会長が羞恥に涙を流して走り去っていく姿の方が驚いた。因みにお姉さんの名前はセラフォルー・レヴィアタン様。思わず、それで魔王かよ……と思った俺は全然悪くない。部長曰く、「四大魔王はプライベートだと死ぬほど軽い」らしい。公私の区別がついてるならそれはいいのか?威厳にかかわりそうなものだけど。後のベルゼブブ様とアスモデウス様もまさかブラコン的なオチじゃないよな?そうであってほしい。
話は戻るが、ここに来ているのは昨夜、智代の事で話をしていた俺と部長の元にサーゼクス様がやってきて、「もう一人の僧侶についての話をしよう」と持ちかけてきた。その話の流れでライザーとコカビエルを倒した眷属を持つ部長ならもう扱えるのではないか?という結論の元、封印されているもう一人の僧侶を解き放ってもいいという事になり、今日ここに至った。
『開かずの教室』は外からも厳重に閉められており、中を見る事は叶わなかった。何に使われているのか、一切説明がなかったけど、話ではここにもう一人の僧侶がいるのだとか。
長らく、俺、智代、アーシアにとって謎とされていた部員だ。同じく新参者のゼノヴィアも知らないが、その他のメンバーは全員知っている。
話では、その能力が危険視され、部長の能力では扱いきれないために上から封印をするように言われていたらしい。そんなに危険なやつなのか?おどろおどろしいやつは嫌だな………こう見るだけで呪われそうな見た目してるとか。
「ここにいるの。一日中、ここに住んでいるのよ。一応深夜には術が解けて旧校舎内だけなら部屋から出てもいいのだけれど、中にいる子自身がそれを拒否しているの」
そう言いつつ、部長が手を扉へと向けて手を突き出して魔法陣を展開していた。封印を解いてる?
こんな狭苦しそうなところで半日も封印されてちゃ、俺なら頭おかしくなりそうだ。夜だけ旧校舎内自由ってだけでも喜んで飛びだ日しそうなものだ。
「それより部長。引きこもりって事は何かトラウマでもあるんですか?」
「ええ。私から言うべき事ではないけれど、それなりに事情があるのよ」
「はぁ……」
アーシアや木場もそうだが、どうにも部長の眷属は壮絶な人生を送ってきている人ばかりなんだな。そうなると何時もの様子で部長と共に術式の解除に努めている朱乃さんや後ろで待っている小猫ちゃんも何か特別な事情があるのかもしれない。
「引きこもりですが、中にいる子は眷属の中でも一番の稼ぎ頭だったりするのですよ。パソコンを介して、特殊な契約を人間と執り行っているのです。直接私たちと会いたくない人間というのもいますし、その手のタイプの人間とは別の形で交渉をして、関係を持つのです。それを、パソコンを介して解決しているの。パソコンでの取引率は新鋭悪魔の中でも上位に入るほどの数字を出しているのです」
成る程。ただの引きこもりというわけじゃなく、引きこもりながらもしっかりとした成果を出し続けているのか。そうなると俺は契約という点においてはあまり役立てていないので、引きこもり以下って事か………
「ーーさて、扉を開けるわ」
扉に刻まれていた呪術的な刻印も消え去り、ただの扉となっていた。それを部長が開くとーー
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
とんでもない声量の絶叫が中から発せられてくる。
突然の絶叫に目を白黒させている俺と智代、アーシアとゼノヴィアだったが、部長達は驚く様子もなく、朱乃さん達と共にため息の後、中へと入って行ってしまった。
「御機嫌よう。元気そうで良かったわ」
「な、な、なにごとなんですかぁぁぁ?」
なかでのやり取りが聞こえてくる。声からして高いから女の子っぽいが、近年では男の娘と呼ばれる存在が増加傾向にあるし、そうでなくても声が高いだけの偉丈夫という可能性すらある。もし後者ならミルたんに匹敵する程の悪夢だ。
「あらあら、封印が解けたのですよ?もうお外に出られるのです。さあ、私達と一緒に出ましょう?」
「やですぅぅぅぅ!ここがいいですぅぅぅぅぅぅぅぅ!外に行きたくない!人に会いたくないぃぃぃぃぃ!」
そ、相当重症だぞ、これ。
引き攣った表情で智代の方に向いてみると智代も額に手を当てていて、アーシアやゼノヴィアは疑問符を浮かべていた。
木場と小猫ちゃんは事情を知っているのか、木場は苦笑し、小猫ちゃんは溜め息を吐いていた。
意を決して、部屋を恐る恐る覗いてみる。少しだけ中に足を踏み入れ、部屋の様子に視線を向けた。
カーテンが閉め切られた薄暗い部屋。だが、内装は意外にも可愛らしく、この部分だけ見れば女の子っぽい。智代もこれくらいしてもいいと思う。とても女の子が住んでいるような部屋じゃ……痛。
「今、失礼な事を考えたろう」
智代に小突かれた。やはり我が幼馴染みには敵わない。
もう一度中を見渡すと部屋の一角に外国の葬儀などに用いられる棺桶が一つ。
部長と朱乃さんが奥にいる。その先に『僧侶』がいるのだろうか。
さらに足を踏み入れると、そこに居たのはーー金髪と赤い双眸をした人形のような端整な顔立ちをした美少女………なのか?一応駒王の女子の制服着てるし。床にへたりと力なく座り込み、部長と朱乃さんから逃げようという構えだった。とはいっても、部長と朱乃さんは扉側にいるので何れは追い詰められるけど。
「あの部長。その女の子が?」
「ええ。それとこの子は見た目は可愛いけれど、男の子よ?」
…………なんと、本当にリアル男の娘だったのか。
「何故に女装してるんですか?」
「この子は女装趣味があるのですよ」
さらりと朱乃さんが言ってきた。はいぃぃぃ⁉︎引きこもりで女装趣味?わけわからん。
「な、なんで女装が趣味なの?」
思わず頭を抱えながら聞くと、女装少年は瞳を潤ませながら答えた。
「だ、だ、だって、女の子の服の方が可愛いもん」
もんとか言うなぁぁぁ!それじゃあ女装趣味も通り越して、完全に女の子になりたい人じゃねえか!もう台湾に行ってこいよ!そうでなくても悪魔の力で女の子になっちゃえよ!
「と、ところで、この方は誰ですか?」
女装少年が部長に訊くと部長は俺達を指して言う。
「貴方がここにいる間に増えた眷属と協力者よ。『兵士』の兵藤一誠、『騎士』のゼノヴィア、貴方と同じ『僧侶』のアーシア。そしてイッセーの幼馴染の大神智代」
部長に紹介されたので、取り敢えず挨拶してみるものの、女装少年は悲鳴をあげるだけだった。かなり重症だな。
「お願いだから、外に出ましょう?ね?もう貴方は封印されなくてもいいのよ?」
「嫌ですぅぅぅぅ!僕に外の世界なんて無理なんだぁぁぁぁぁ!怖い!お外怖い!どうせ、僕が出て行っても迷惑をかけるだけなんだよぉぉぉ!」
これは弱ったな。封印は解いたものの、本人が出てくるつもりが全くないし、無理矢理連れ出すわけにもいかない。
そう思っていると智代がすたすたと女装少年の近くに歩いていく。
初めて見る顔が近くまで寄ってきたせいか、女装少年はまた悲鳴をあげるが、智代は全く気にする素振りを見せず、目の前で目線を合わせるように屈みこんだ。
「安心しろ。何故お前が外の世界を恐れるのかはわからないが、私達がいる限り、お前は護ってやる。迷惑をかけるのであれば好きなだけかけるといい。私達はそれを咎めない。それがお前の成長に繋がるのであれば、助力は惜しまない。だから、その前に。一旦外に出よう。何を始めるにも、臆病なままでは始まらない」
優しく。あやすかのように智代は女装少年に語りかける。
その様子は年の離れた姉弟を連想させる。いや、姉妹に見えるな。
女装少年は怯えながらも、小さく頷くと智代はにこりと微笑む。
「私の名は大神智代だ。名前を教えてくれるか?」
「ぼ、僕の名前は………ギャスパー・ヴラディ……で、す」
「ギャスパーか。良い名だな……立てるか?」
智代の差し出した手を恐る恐る取り、ギャスパーは立ち上がる。
その行動に女装少年ーーもといギャスパーの事を知っていたメンツは驚きに目を見開いていた。普段表情の変化に乏しい小猫ちゃんですら、明らかに驚いている。
様子から察するにこれは別にギャスパーの引きこもりが軽かったわけじゃないし、部長達だって、ギャスパーの事を想って、ここから出そうとしてあげていたはずだ。それでもギャスパーは渋っていた。
だが、智代は会ったばかりだというのにあっさりと外に連れ出した。
対人恐怖症の引きこもりに初対面の相手というのは傷口に塩を塗るくらいえげつない行為だ。本当なら言葉を交わすのもかなりの勇気が必要だったろう。
いつも通り、流石は智代!くらい言いたいけど、なんだろう。今回は少しだけ違和感を感じた。
side out
ふぅ。案外簡単に出てきたな。
自分の後ろに引っ付いている引きこもり女装少年ことギャスパー・ヴラディを見て、俺は思った。
原作だともう少し出てくるのに手間取ったし、その際は神器も発動させたりしたのだが、説得してみると存外ものわかりのいい性格だったのかもしれん。
さて、この辺でギャスパー・ヴラディの事について軽く説明。
吸血鬼と妾の人間との間に生まれたハーフヴァンパイア。
視界内に収めた対象を停止させる神器『
出てきた当初は神器の力を恐れたヴァンパイア達によって幽閉されていたとなっていたが、実はそれ以上に危険な存在である魔人の意識が断片的に宿っていて、その呪いによって実母は死んでいる。サイラオーグ辺りは一番危険なのはギャスパーだとも言っていた。
とはいえ、あの時は凄まじいショックによる覚醒。その後は恩人を守れなかった後悔からその力を覚醒したわけだから、今の時点で覚醒することはまずない。ヘタレだし。
「本当に驚いたわ。まさか、この子が初対面の相手にこうまで懐くなんて」
リアス部長が感心げに話す。俺もまさかこんなあっさりとしているとは思わなかったが、ギャスパー本人も本当はなんとかしたいと思っていたに違いない。
とはいえ、外には出たものの、先程から後ろに引っ付いたまま、動こうとしない。正確に言えば、時折顔を出しては目が合い、顔を隠しているという状況。これが女の子なら可愛いで済ませられるものの、こいつはあくまでも男の娘なので、あまり可愛くない。
「えーと、ギャスパーだっけ?俺は兵藤一誠。イッセーって呼んでくれ。これからよろしく頼むな」
俺の後ろに隠れているギャスパーのところに回り、イッセーは人当たりの良い笑顔でそういった。
こうやって自然にこんな表情を浮かべられるから、こいつはモテるんだろうな。頭良いし、運動だって出来る。おまけに二枚目のイケメンで人当たりも良いと来たもんだ。非の打ち所がなさ過ぎる。なのに何故誰とも付き合わないのだろうか。それだけは謎だ。
しかし、イッセーのその対応をもってしても、ギャスパーは悲鳴をあげるだけだった。それに対してイッセーはあからさまにショックを受けた表情で膝をついていた。
「気にするな、イッセー。仕方のないことだ」
「わかってる。わかってるけど、幼馴染みとの差を見せつけられてる気がして、泣けてきた」
トホホ……などと言いながら、イッセーは落ち込んでいた。
むぅ、俺で大丈夫だというのに、何故イッセーで駄目なのか。理由がわからない。
「あ、あの、ギャスパーさん!わ、私はアーシア・アルジェントと言います!よ、よろしくお願いしますっ!」
緊張を誤魔化すためか、語尾を強めて自己紹介をするアーシア。
だが、それはギャスパーにとっては悪い影響が与えられるだけで、終いにはギャスパーは俺に抱きついてきた。
「あうぅ……目も合わせてもらえませんでした……」
「対人恐怖症には目を合わせるのは酷だ。こちらも仕方のないことだ。アーシア」
俺なんて対人恐怖症でもないのに人と目を合わせることが出来なかったからな!対人恐怖症ともなると余計に酷いだろう。
しかし、イッセーもアーシアも無理か………となると本格的何故俺が大丈夫だったのかわからないな。
「ギャスパー」
「は、はい」
「私は怖くないのか?」
「あ、う、その………こ、怖いです……」
怖いのか………。
自分で聞いておいて地味にショックを受けていると、ギャスパーは続ける。
「で、でも、何だか……近くにいると……心が落ち着くんです」
「?どういう事だ?」
「わ、わからないんです。だけど、理由はわからないのに…………安心するんです」
「………それはわかるような気がします」
ギャスパーの言っていることに首を傾げていると雲をつかむようなその発言に小猫が賛同した。
「……失礼します」
今度は小猫が前から抱きついてきた。
ロリとショタに挟まれているというのはなかなかシュールな光景だな。二次元でもそうそう見られる光景じゃないぞ。
「やはり落ち着きます。智代先輩の近くにいると」
「小猫にも理由はわからないのか?」
「……はい」
ふむ。ロリとショタを引き寄せる体質か。何だか保育士に向いてそうな体質だな。ついでに男だったら犯罪者扱いされる体質。
「というか、イッセー。落ち込み過ぎだ」
俺の時のあの根性はどうした。
「いや、もう大丈夫な事には大丈夫なんだけど………」
「じゃあ、何故体育座りしたままなんだ?」
「………いや、やっぱり何でもない。多分、まだ凹んでただけだ」
「変な奴だな」
気になるだろ。言いたい事があるなら、ちゃんと言えばいいのに。今更何を遠慮する必要性があるのか。
それはそうといい加減離れてくれないかな、このロリショタコンビ。