突如、部室に来訪したディオドラに部室にいたメンバーは私を除き、驚きを隠せなかった。
何せ、次のレーティングゲームの対戦相手だ。接触しに来たとなると、何か良からぬことを企んでいるとしか思われない。
しかし、そんな部室内の張り詰めた空気など、特に気にした様子もなく、ディオドラは言う。
「まずは突然の訪問をしに来たことについて、深く謝罪しておきたい。僕も次の試合にはかなり気合を入れて準備しているし、眷属も鍛えているからね。予定を決めて、というわけにはいかなかったんだ」
「自覚があるのなら、構わないわ。このタイミングでここに来た、ということは何か話があるのでしょう?座ったら?」
「お気遣い感謝する。僕のような者にも寛大な対応、流石は情愛に深いグレモリーだ。他者への愛情に満ちている」
「褒めても何も出ないわよ。それよりもここを訪れた理由を聞こうかしら」
「……その前に聞いておかなければならない。この部屋が盗聴ないし、外部に声が漏れる可能性は?」
「ないわ。ここには特殊な結界が張られているから、何かあればすぐに分かるわ」
「それを聞いて安心したよ。……実は、次のアスタロトとグレモリーのレーティングゲーム。そこで旧魔王派が残存勢力を率いて、魔王とその血族を屠ろうと企てている」
『ッ!?』
ディオドラの言葉にオカルト研究部一同に衝撃が走った。
私も別の意味になるが、その言葉に驚きが隠せなかった。
「より正確に言うのなら、観戦しているであろうアザゼル殿、それにミカエル殿もそうだね。大物を一網打尽にしようと画策している」
「待て、ディオドラ・アスタロト。お前さん、なんでそんなことを知っている?近々、禍の団が仕掛けてくるかもしれないってのは、話に上がってたが、明確な襲撃時期はまだ定まってなかった。各勢力のトップが知らない事を、何で知ってる」
「それは僕が、その禍の団に誘われたからです。そして承諾しました」
アザゼルの問いに、ディオドラは淡々と答えた。
その答えに一同が臨戦態勢に入る。当然だ、テロリストに加担したと自ら言ったわけだから。
そこでディオドラはすぐに首を横に振った。
「待ってください。僕は承諾はしましたが、表面上のものです。本気でテロに加担したわけじゃないので、誤解しないでください。事実、僕は旧魔王派の遣いが話した事を話しましたし、その内容についても、皆さんに伝えておきたいとそう思い、ここに来ました」
ディオドラが手をかざすと、そこに映し出されたのは神殿のような場所。確か、原作での禍の団が襲撃をしてきたフィールドだ。
「これが禍の団が用意したフィールドです。なんでも、禍の団内部に神器使いで構成された派閥があるらしく、その者の神器を使って転移魔法に介入、このフィールドに飛ばし、外部からの侵入を遮断するそうです。そしてVIPルームなどにも刺客を送ります」
「成る程な。だが、今度のレーティングゲームの観戦にはオーディンのジジイ以外も来る。たかだか旧魔王派の奴らでどうこうできると思ってんのか?」
「ええ。もちろん、僕もその点は指摘しました。ですが、彼等にはその算段があります。各勢力のトップを一網打尽にする方法が」
そう言って、ディオドラはアーシアを指差した。
「彼女、アーシア・アルジェントの神器『聖母の微笑』はどのような生物も回復させます。それを逆手に取るのです。以前のシトリー戦のように」
「『
「ええ。そこで僕に与えられたのは、それを察知されても逃げられないようにあなた達を閉じ込める役割でした。アーシア・アルジェントの神器の力を高め、反転させる事で神さえも一撃で屠る。効果範囲はフィールドと観戦室にいる者たち。彼等は逃げる算段があるだろうから、直前で撤退して、こちらだけ殺すつもりなんだろうね」
ディオドラの話したものはおおむね原作通りだろう。唯一、違う点があるとすれば、それを今聞いたこと、そしてディオドラ・アスタロトがそれを打ち明けたことだ。
……正直言って、こいつは信用できない。
原作知識のあるこちらとしては、ひょっとしたら、今話していることもフェイクで、私達を騙して、アーシアを奪おうとしているのではないか、と。そう思ってしまう。
だから、こいつの事は半信半疑だ。本当ならここで氷漬けにしておきたいところなのだが……。
「ここからが本題です。今回のレーティングゲームで旧魔王派を一網打尽にするために、この話は聞かなかったことにしてほしい」
ディオドラの言葉にリアス部長が眉をしかめる。
「……それはつまり、わかっているにもかかわらず、相手の策に嵌れ、という事かしら?」
「そうなるね。ただ、何も対策をしないわけじゃない、アザゼル殿には各勢力のトップにその旨を極秘裏に伝えてほしいのです。あくまでも僕らは囮役として、無知を貫きます」
「囮役を買うのは結構だがな。そうなると、一番危険なのはアーシアじゃないのか?」
口を挟まずにはいられなかった。
このままいけば、アーシアが危険な目にあうのはわかっている。そういう風になったのだから。
ディオドラに視線が集まると、ディオドラは重たい口調で言う。
「……はい。おそらく、いえ。確実に、アーシア・アルジェントが一番危ないでしょう」
「ちょっと待ってくれ!なんでアーシアが「僕も!」」
「僕も他の方法は探した!一番の理想は僕以外の者を危険に晒さないことだ!これ以外に彼等をここで潰す方法はないんだ!ましてや、彼女だけは……」
何かを言いかけて、ディオドラは言葉を飲み込んだ。
そして一度大きく息を吐くと、ディオドラは先程のように冷静な様子で話しを再開する。
「……安心してください。彼女には多少辛いことかもしれませんが、僕が生きてさえいれば、死ぬことはまずありません。怪我もしないでしょう」
「……それはどういう意味かしら?」
「少し失礼します」
ディオドラは席を立つと、アーシアへと近づいていく。
やはり何かする気か。
何もさせまいとディオドラの前に立ちはだかろうとしたが、その時、ぐいっと腕を引っ張られた。
「……なんのつもりだ、イッセー」
腕を引いたのはイッセーだった。
私の問いかけに、イッセーは静かに言う。
「あいつ……凄い真剣なんだ。さっきの、多分本気だと思う」
「それがどうしたんだ。もしかしたら、あいつが裏切る可能性も……」
「あるかもしれない。けど、少し信用してやってあげられないか?なんか、あいつ見てると、ものすごく親近感がわくっていうかさ、匙や俺に通じるものがある気がするんだ」
そういうイッセーの目は真剣そのものだった。
言っていることはなんだか、酷く曖昧で、私を説得するには色々と物足りない。元のディオドラ・アスタロトを知っているだけに、直感にも近いその答えでは私が退くには説得力がなさすぎるわけだが……。
「……わかった。今は退く」
「サンキュー。智代」
前例がありすぎるのもまた事実だ。フリード然り、コカビエル然り。あの辺の下衆い奴らが軒並みいい奴になっていた事もある。信用は出来ないが、可能性を考えてもいいだろう。
「あ、あの……」
「大丈夫。君はじっとしていてくれ」
ディオドラがアーシアへ手をかざすと、その身体を淡い光が包む。
だが、それらはすぐに消えて、今度はディオドラに現れ、また消えた。
「今のは?」
「僕が作った術式でね。全ての傷を僕が肩代わり出来るようにした。外部からも内部からも、どちらの攻撃にも対応したものだ。解除するには僕が解除するか、死ぬかの二択。そのどちらかをするまでは僕が彼女の全てを肩代わりしよう。疑わしいなら、試しに誰か何かしてみるといい」
「では、私がしよう」
手を挙げたのはゼノヴィア。
ゼノヴィアはアーシアに近づいていくと、前髪を左手であげ、右手でデコピンをした。
「あうっ……あれ?痛くありません」
「本当か、アーシア?少し手加減をし損ねたから、やってしまったと思ったのだが、我慢はしていないか?」
「はい、大丈夫です。おでこに何か当たったのはわかったんですけど、他は特に何も」
「わかってくれたかな。兄には敵わないけど、僕もこういうものは得意だからね。ただ、デュランダル使いの君。本当に手加減し損ねたんだね……」
少しだけ痛そうにディオドラはおでこをさすっていた。待て、ゼノヴィア。いったいどんな力を込めて、デコピンをしたんだ。効果がなければ、普通にアーシアはたんこぶとかできてたやつじゃないのか。
「僕の提案に乗るか否かは君達が好きにしてくれればいい。下僕を何よりも愛するグレモリーの次期当主にこんな話を持ちかけた以上、拒否されることは重々承知しているからね」
「……少し、考えさせてもらうわね。私だけならともかく、下僕達を危険な目にあわせたくはないから。それに、まだあなたの話を信用するわけにもいかないわ」
「賢明な判断だ。僕もここで君が提案に乗る、なんて言い出したら困っていたところだよ。では、失ーー」
「あ、あの……!」
ディオドラが去ろうとした時、不意にアーシアが声をあげ、その反応にディオドラが足を止める。
「どうしたの、アーシア?」
「あ、すみません、部長さん。急に大声を出してしまって……少し、ディオドラさんに聞きたいことがあるんです」
「……何かな?」
「以前……何処かでお会いした事がありませんか……?」
「若手悪魔同士の顔合わせの時にお互いに顔は見たと思うけど?」
「それはそうですけど……それよりもずっと前に会った事がある気がするんです。もしかしてーー」
「人違いじゃないかな。グレモリーの『僧侶』。君のような美しい女性を一目でも見れば忘れるはずがない。では」
そう言い残すと、ディオドラは転移魔法によって、来た時と同じように去っていく。
ディオドラが去ると、皆が一様に張り詰めていた緊張の糸を解く。なんだかんだで、ディオドラが自分か旧魔王派を潰すためにあえて禍の団に加担しているとカミングアウトした時から、皆は何時でも戦えるようにしていた。ゼノヴィアが手加減をし損ねたのも、それが大きいだろう。
「……これで正当なレーティングゲームを行う事は出来なくなってしまったわね」
「ディオドラ・アスタロトが話した事を信じるにはまだ確固たる証拠がないわけだが……仮にその話が百パーセント真実であると仮定した時、奴が提示した以上の案はないな」
「だが、それを容認するわけにはいかないだろう。アーシアを危険に晒す事を肯定しているんだぞ。仮にディオドラ・アスタロトの術式で身代わりにできたとしても、たった一度だ。私たちの手の届かない所にアーシアを送られでもしたら、その瞬間にこの計画は破綻するぞ」
「……確かに智代ちゃんの言う通りかもしれませんね。この計画は実行するにしても、あまりにリスクが高すぎる気がします。旧魔王派を叩く機会は逸してしまうかもしれませんが、今回は見送るべきかと」
私の意見に朱乃先輩が賛同する。
当然と言えば当然のことだ。この作戦はことアーシアのリスクが大きすぎる。
ハイリスクハイリターンといってしまえば、それまでの話であるが。
「……私も今回の作戦は危険だと思います。アーシア先輩に何かあったら……私は嫌です」
「私もだ。仮にアーシアを守れる場に私達がいるのならまだしも、アーシア1人を危険にさらすのは親友として見過ごせない。何もアーシアが危険な目にあう必要はないはずだ」
小猫も、ゼノヴィアも賛同した。
ディオドラの提案は確かに魅力的ではある。だが、同意するとなった時、非戦闘員のアーシアをあえて連れ去られるような状況に持ち込まなくてはならない。それにディオドラのあの顔が、表面的なだけのものであったとしたら、私達はまんまとディオドラにアーシアを献上する羽目になる。
……何故、アーシアに自分の素性を話さないのかは気になるが。
「僕もアーシアさんが危険を冒す必要はないと思います……でも、ディオドラ・アスタロトの提案した策も、とても魅力的だと思います。いつも受け身であるこちら側が対策を立てて反撃に出ることができるわけですから」
「……ぼ、僕もアーシア先輩には、危険な目にあってほしくありませんけど……あ、あのディオドラ・アスタロトさんの事も、信じてあげてほしいですぅ」
と、ここで思わぬところからディオドラへの援護射撃が出た。
基本的な意見は私達と変わらないが、二人はディオドラに対して肯定的らしい。
……まあ、原作と違って、張りぼて感MAXの外面ではないから、本当であれ、嘘であれ、そう思うのはなんらおかしいことではない。
意見が割れ、残るはイッセーだけになった時、アザゼルの携帯が鳴り、幾つか応答した後に言った。
「ま、最終的な判断はリアスがする。一応俺らは俺らで準備は進めとくぜ。飲むにしろ、蹴るにしろ、対策しておいて損はねえからな。ゲームは五日後だ。それまでに意志を固めておけ」
結局、あの話の事もあり、今日はそのまま解散となってしまった。
リアス部長も、アーシアもじっくり考えるべきだし、当然と言えば当然だ。
考える……という点で言えば、今現在も黙り込んでいるイッセーもだが。
「イッセー。ディオドラが言ったことで悩んでいるのはわかるが、別に無理に答えを出す必要はないのだぞ。あの時、私達が言ったことはあくまでも仲間としてのーー」
「わかってる。皆、本当にアーシアを大切に思ってるから、ああ言ったんだって。俺も同じだ。アーシアには危険な目にあってほしくない」
イッセーはこちらに向かず、歩みを止めずに真剣な表情で話す。
「でも、あいつの……ディオドラの事もわかるんだ。あの時も言っただろ?あいつは俺や匙に似てる気がするって」
「そう言ったな。嘘だという可能性もあるが」
「嘘じゃないと思う。ああいうのって、隠してても嘘か本気かわかるんだ。意志の強さっていうか、信念っていうかさ。絶対にこれだけは譲れないっていうのが、見てて伝わってくるんだ。どんなものかわからないけど、きっとディオドラもアーシアが傷つくのは嫌だと思うんだ。理由はわからないけど、あいつもああ見えて、凄く熱いやつなんだと思うぜ」
理由か……あるとすれば、あの二人が初めて邂逅した時になるが………あれは確かディオドラが意図して起こした事案だ。アーシアを孤独に追いやって、そこを自らが救い、希望を持ったところで真実を話して絶望させる。そういう下卑た行いが堪らなく好きなのが原作ディオドラだ。結果は因果応報というか、旧魔王派の悪魔に裏切られて殺されるわけだ。何の同情もわかないどころか、いっそ清々しかった。
しかし、もしもだ。
もしも、あの二人の出会いが偶然のものだとしたら。
ディオドラ・アスタロトがアーシア・アルジェントに目をつけ、教会を追放されるように仕向けたのではなく、偶然彼女が悪魔を治療している様を目撃した信徒が顛末を話したことで追われただけだったとしたら。
このディオドラ・アスタロトが、アーシア・アルジェントに真に恩義を感じ、彼女を護りたいと心の底から願っているのだとしたら。
……いや、所詮は憶測からくる話だ。そんなたらればの話で信用するわけにはいかない。それは愚かな行為だ。疑わしきは罰せずではなく罰せよが私の心情だ。憂の芽は早めに断つに限る。
だが……。
「……そうだな。お前が言うのなら、そうなのかもしれんな」
ディオドラの事は信用する事ができないが、イッセーの言うことなら信用してもいいだろう。人が良すぎるのが困りものだが、人を見る目はある。実際、コカビエルの時はその嘘を誰よりも早く見抜いた。こいつが騙されるのなら、自分すらも欺けるような大嘘つきか、息を吐くように嘘を吐ける人間のどちらかだ。仮にディオドラがそんな奴だとしたら、完全にこちらの敗北ということだ。
いずれにせよ、たらればの話で悩むのなら、私は私の信用できる部分でその答えを出せばいい。私が誰よりも信頼する人間の出した答えだ。それが正しくても、誤っていても、私が信じた人間の出した答えなんだ。間違いなどではない。
「それにもしも悪い奴なら、俺がぶっ飛ばすだけさ」
……まあ、単純なだけかもしれないが。余計に悩むよりかはマシか。