『本日臨時メンテナンスにつき開放を遅らせます。 ご了承ください』
「......マジかよ」
広大な土地に広がるガラス張りの建造物———グランツ研究所入り口の前でその貼り紙を発見し、項垂れる。 わざわざ高地のてっぺんにそびえ立つこの建物を目指して自転車を漕ぎ三十分もかけて登った結果がこれだと流石にへこむ。
「うがぁ......あちぃ......死ぬぅ......なんで日本ってこんな暑いんだよぉ」
ジリジリと照り付ける太陽の光と日本の環境に文句を言い、建物の影に座り込む。
「ようやくブレイブデュエルで遊べると思った矢先に......不幸だ」
ブレイブデュエル———それは今巷で話題になっている体感型シュミレーションゲーム。 ちょうど一週間前に全国各地で一斉に解禁され、瞬く間に全国の老若男女を虜にした新時代のゲームだ。 もちろん俺もプレイしたい。 グランツ研究所に来たのは家から一番近いブレイブデュエルをプレイする為の装置があるのが此処だけだったからだ。 じゃなければ真夏に此処は訪れたくない。 無駄足になった今回の行動に小さなため息をつき、ショルダーバックから一本のペットボトルを取り出し、中のお茶を喉に流し込んでいると、
「あの、大丈夫ですか?」
いつの間にか隣に金髪の女の子が立っていた。
「げぷっ......大丈夫。 命の水たる麦茶で喉を潤したから」
「は、はあ......あ、わたしはグランツ研究所で博士の助手をしてます、ユーリ・エーベルヴァインです」
ユーリ・エーベルヴァインと名乗った少女は挨拶をしてくれるとぺこりと一礼した。 此方も座りながらぺこりと一礼して名前を名乗る。
「ご丁寧にどうも。 私立天央中学二年生、カイナ・トラバースだよ」
「天央中学ってディアーチェたちと同じ学校の生徒さん......」
「ディアーチェ......ああ、クローディアさんね。 ん? 何でクローディアさんを知ってるの?」
「えっと、わたしはディアーチェたちとグランツ研究所にホームステイしてるんです」
「なるほど、留学生チームの一人だったんだね。 クローディアさんが話してた自慢の友人ってのもたぶんエーベルヴァインちゃんかな」
自慢の友人というフレーズを聞いて「ディアーチェったらもう......うへへ」と幸せそうに笑い始めるエーベルヴァインちゃん。 体全体からクローディアさん大好きオーラを振りまいていたが、十秒ほど経ったころにハッと我に返ったかのように動きを止め、一つ咳払いをする。
「———グランツ研究所に何かご用でしょうか!!」
遠回しに今の事は忘れろと言われている気がしてならない。
「ブレイブデュエルを始めようと意気揚々とグランツ研究所まで登山したんだけど臨時メンテナンスで出来なくてガッカリしてますはい」
「そうでしたか......急なメンテナンスでご迷惑をおかけしました」
「エーベルヴァインちゃんが謝ることはないよ。 ブレイブデュエルって色々と複雑そうなシステム使ってそうだしね。 仕方ないよ」
世界初の高レベル体感型シュミレーションゲームともなればそれを構成するシステムや機材も相当な物を使っているはずだ。 良い物ほどメンテナンスをこまめに行わなわないと劣化や消耗が激しくなる。 稼働から一週間しか経っていないブレイブデュエルならより多くのプレイヤーを集めるためにバグには細心の注意を払わなくてはならない。 初動の今が一番重要な時期なのだから急なメンテナンスも致し方ない。
「ならメンテナンスが終わるのを研究所の中で待ってましょうよ!」
「まだメンテナンス中なのにいいの?」
「ほんとはダメなんですけど......この暑い中を自転車で来てくれた人をそのまま返すのはちょっと......それに学校でのディアーチェたちの話も聞きたいですし」
「それはありがたい! うん、クローディアさんたちの話でよかったら幾らでもするよ!」
と言ってもクローディアさん以外との関わりはあまり深く無いのでエーベルヴァインちゃんが期待するような話を出来るかは分からない。 同じクラスのクローディアさん以外の二人は噂や学校で見かけた行動程度しか知らない。
......いやラッセルさんとは一度、特撮物の話で盛り上がって変なニックネームをつけられた。
「すぐ開けますね!」とエーベルヴァインちゃんは張り紙の貼ってある入り口のドアに向かい、首にかけてあったカードを近くの機械にかざす。 ピピッと電子音がなり、閉ざされていた扉がゆっくりと開いた。
「どうぞ!」
体の気怠さを振り切って立ち上がり、エーベルヴァインちゃんに続いて研究所の中に入る。
「———おぉぉぉぉぉ......」
デカイ。 ただ、デカかった。
外から見てもかなり大きな建物だと思ったけど、中に入ってみると改めてその巨大さに驚かされる。 天井も床も階段も照明も、その全てが一般家庭のサイズとは段違いで、新しい。 世間で騒がれてる円板状の自動掃除機を鼻で笑えそうなドラム缶状の自動掃除機、空中を飛び回る謎のロボット......このテクノロジーだけで食っていけそうな気もする。
「お茶持ってきますから、そこの椅子に座っててください」
側の椅子に座るように言ってからエーベルヴァインちゃんは急ぎ足で研究所の奥へと消える。
うちの金髪もあれくらいだったらいいのに......。
「ったく、ゼーゲブレヒト家のお嬢様がなんであんなぐうたら娘になるんだよ......」
「堅苦しい家から解放されたからじゃないの? お嬢様とかってけっこうそういう傾向があるんだってさー」
「なるほど、言われてみればそうかもな———あ?」
「ん? なになにどうしたの?」
ただの独り言が会話として成り立っていた。 顔を横に向けてみると僅か十センチほどしか離れてない距離にエーベルヴァインちゃんとは別の女の子の顔があった。 鮮やかなパープルの双眸とスカイブルーのツインテール。 ハツラツとした印象を与えるその容姿の該当者はおそらく暁町でもただ一人。
「ら、ラッセルさん!?」
「おいーっす。 トラにゃん元気?」
「トラにゃんじゃなくて俺の名前はトラバース!!」
———レヴィ・ラッセル。 容姿だけでなく俺をトラにゃんと呼ぶのもおそらく暁町でこの人だけだ。 天真爛漫を体現した性格で学校の男女問わず人気が高く、特に”男女間特有の壁がなく気軽に話せる”という理由で男子からの人気は絶大だ。 おまけに成績優秀、スポーツ万能、ボディタッチ率の高さから無意識のうちに勘違いさせる小悪魔スキルも持ち合わせている。 ラッセルさんパネぇ。
「まあまあ気にしないでよそんなの。 それよりトラにゃんはグランツ研究所になにしに来たの?」
「気にするんだけど......。 まあグランツ研究所に来た理由は一つしかないでしょ。 ブレイブデュエルだよ、ブレイブデュエル」
「ついにトラにゃんもブレイブデュエル始めるんだ!」
「最近は忙しくてスタートダッシュに乗り遅れた感があるけどね。 ここからガッツリと遊んで目指せ最強! なんて———」
「そうと決まれば急がば回れだよ! さっそくブレイブデュエルしようよ!!」
可愛らしいウインクとガッツポーズをされ椅子から強引に引っ張り上げられる。 細腕からは想像もつかない強さの力に驚いているとそのうちにズルズルと奥へと引っ張られる。
「ちょちょっ!? 待ってよラッセルさん! 俺はエーベルヴァインちゃんにお茶に誘われて......あとそれを言うなら善は急げとかじゃないの!?」
「ちょうどメンテナンスが終わったんだよ! 王サマもいるからトラにゃんにバッチリ指導してあげる!!」
「は、話を聞いてーーー!?」
◇◇◇
「———じゃ、さっそく僕と王サマが説明しちゃうよ!」
「......すまんなトラバース。 許してやってくれ」
「あはは......大丈夫だよ気にしてないから」
テンションを上げて説明を始めるラッセルさんの隣で王様———ディアーチェ・K・クローディアさんが半ば呆れながら謝ってくる。 ラッセルさんの暴走に歯止めをかける役を担うだけあって今回の暴走についても素早く適応して一緒にブレイブデュエルの説明をしてくれるとのこと。 普段は気が強く少し口調の荒い女の子のイメージが強いが、礼儀正しく根は優しいとの評判も納得だ。
「ブレイブホルダーとデータカードリッジの説明は行く途中にしたから大丈夫かな? ブレイブホルダーは自分のデッキを収納しておくカードホルダーで最大十八枚までの収納ができるんだ......実際に使うのは六枚だけどね。 データカードリッジは自分のアバターとか身体データを保存する端末。 これを無くすとす〜っごく困っちゃうから気をつけて!!」
「データが無くなるとアバターデータ及び補助AI———デバイスのデータが飛ぶというわけだ。 ああ、デバイスというのは......説明より先に試した方がよいか。 まずそこのカードローダーに自身のデータを入力するとよい」
クローディアさんに言われた通りに近くのカードローダーにデータを入力する。 身長、体重、性別とたった三項目の入力でデータの登録は終わり、次にスクリーンに現れたのはスタイル選択という項目。 ベルカ、ミッド、インダストリーと三種類が表示ざれている。
「クローディアさん、これは......」
「スタイル入力か。 簡単に言うなら自身の戦闘手段を大雑把に決めるものだ。 遠中距離のミッド、近距離のベルカ、少々変わっているが全距離対応のインダストリーに分かれている。 初心者にはまずミッドを勧めているが......好きに選ぶといい」
「人口が一番少ないスタイルってなに?」
「ぶっちぎりでインダストリーだな。 全距離対応は聞こえは良いがいざ扱うとなればこれほど難しいものはない。 因みに”最強”のチームである我々ダークマテリアルズはこのインダストリースタイルを使いこなし圧倒的な強さを———」
「インダストリーっと」
難しい説明をスルーして取り敢えず珍しいインダストリーに決定する。 同時にカードローダーから四枚のカードが排出され、それを手に取る。 一番上のカードの絵柄は身長に近いサイズの機械化された重剣と槍を一つにしたような武器を手にした俺だった。 残りのは同じカードが一枚と”スキルカード”と書かれたカードが二枚。 全てのカードはおそらく最低ランクのNランクのようだ。
「よぉしっ! カードを手に入れたならさっそく......あれ?トラにゃんのそのデバイス......見たことないなぁ。 ねえ王サマ、トラにゃんの武器見たことある?」
「そこで我らはチビ雛を薙ぎ倒し———ん? 何か言ったかレヴィ」
「トラにゃんのデバイスって見たことないなーって思って。 王サマは?」
「どれ貸してみろ。 ......ふむ、ここまで機械化されたデバイスは初めて見るな。 見たところ重剣か突撃槍か。 面白そうな構造をしておるではないか」
......異性に自分の描かれたカードをジッと見られるのは何だか小恥ずかしい。
「あの、そろそろ次のステップに行きたいかなぁって......」
「......そうだな。 ちょうどいい、そのデバイスの詳細を調べるには実際にプレイするのが一番だ。 トラバース、そこのシュミレーターに入れ。 レヴィも準備を頼むぞ」
「あいあいさーーーっ!!」
指示通りに巨大なポッド型のシュミレーターに足を踏み入れる。 空調が効いているのかそういう仕様なのか、中は冷たい空気で満たされていた。 隣に視線を向けるとクローディアさんが薄暗いシュミレーターの底から発せられる淡い光に照らされている姿が見える。 慣れだろうか、この独特な空気に緊張する様子もない。
『二人とも準備はいいかなーーー!?』
「問題ないぞ」
「準備おっけーだよ」
準備完了のサインとして両腕で丸を作ると、ラッセルさんは満足そうに頷き手元のキーボードを叩き始めた。 その作業は数十秒で完了し、ラッセルさんの叩いてたキーボードの横から怪しい赤いボタンが一つ現れる。
『じゃあ! 夢と希望と遊び心のいーっぱい盛り込まれたブレイブデュエル世界へ———レッツゴーッッ!!』
ボタンが押され、
「———ッ!!」
体全体がジェットコースターがコースを一気に下る瞬間のような浮遊感に包まれる。 思わず瞼を閉じる。
「ほれ、着いたぞ。 目を開けてみるといい」
瞼を閉じてから最初に聞こえたのはクローディアさんの声。 本日何度目かの指示に従ってゆっくりと瞼を開く。
———上手く言葉が出なかった。
真っ先に視界映ったのは”青”だ。 何処までも、どこまでも青一色。 見下ろせば大海原、見上げれば雲一つない大空。 海風が髪を揺らし、特有の塩の香りが鼻をさし、ここがまるで現実世界であるかのように錯覚させる。 自分が空に浮いている非常識的なことも頭の隅に追いやられ、ただ、この広がる世界を見つめていた。
『ブレイブデュエル世界へようこそ!』
やべぇ。
「歓迎するぞ、新たなデュエリストよ」
———最高にワクワクしてきた。
〈ブレイブデュエルの世界へようこそ〉
「......うわっ!? なんじゃこりゃっ!? てか喋った!?」
感動に身を震わせていて気付かなかったが、自分の体に意識を戻すと両腕に装着された手甲のうち左の手甲にはカードに描かれていた巨大な武器がジョイントされていた。 加えてそれが喋り出したので素っ頓狂な声を上げてしまった。
〈初めましてマスター。 私は武装端末『CW-AEC02X-Strike Cannon』と申します〉
「ストライクカノン......?」
〈はい。 あなたの行動をサポートさせていただく補助AIとお考えてください。 データを削除しない限り私はあなたと共にいます〉
武装端末なんて物騒な名前してるがつまりはデバイスにあたるもののようだ。 名称が違うだけでプレイヤーを補助するAI機能を持った武器に変わりはないというわけだ。
せっかくの武器なので試しにストライクカノンを大振りに振り下ろしてみる。 大型の武器にしては案外軽い......軽過ぎるくらいだ。 いくらステータスの補正があるにしてもこの軽さは異常だった。
「ほほう、大した怪力だな」
一見かなりの重量を持つように見えるストライクカノンを軽々と振り回す俺を見てクローディアさんは感心したような声を出す。 それは違うと答えようとすると、先にストライクカノンが答えた。
〈私を筆頭とするCWXシリーズはプレイヤーを補助するシステムを豊富に兼ね備えています。 マスターが私を軽々と振り回せているのは慣性制御システムと呼ばれる重量補助が働いているからですね〉
「CWXシリーズ......はて、何かの資料で見たような、そうでないような......」
クローディアさんは顎に手を置き何やらブツブツと独り言を言っている。 よく聴き取れない部分もあったが、ストライクカノンについての事だとは予想がついた。
『ねえ王サマ。 早いとこ基本動作とか教えてあげないと他のお客さんが来ちゃうよ? 歳が近くて研究所に近い場所に住んでるって条件を満たしてるトラにゃんの実力を自分の目で確かめたいんでしょ?』
......条件? 実力を確かめる? ラッセルさんは何を言ってるんだろう。
「そうだな......トラバースよ。 少々駆け足になるがブレイブデュエルの基本動作を———」
黒い杖と黒い本を構え、基本動作についての説明の言葉を発しようとしたであろうその瞬間、
———目の前の空間にホロウィンドウと共に赤い警告の文字が出現する。
『HERE COME NEW DUELIST!!』
〈このコールは......〉
「え、なんなのこの警告文みたいなの」
突如出現した謎の警告文らしき表示。 誰に言ったわけでもない俺の問いに、ストライクカノンは淡々とした電子音で答える。
〈———乱入者です〉
空間が歪み一筋の光が上空から落ち、閃光を撒き散らす。 強烈な光が収まると赤いドレスを纏い、ストライクカノンほどではないが体格に見合わない巨大なハンマーを持った姿が出現する。 見るに歳は三つは下であろう幼い少女。 だが、ホロウィンドウに映し出されたデータは少女が相当の実力者であることを示していた。
「Rランクカード......鉄槌の騎士ヴィータ......?」
「......レヴィめ、設定を間違えよったな。 これは訓練モードではなく乱入モードではないか」
「———あん? 誰かと思えばディアーチェじゃねーか......お、誰だソイツ?」
まさかの初見でソイツ呼ばわりである。
「天央中に通う我らと同じ留学生の......”ショッププレイヤー”候補の一人とでも言っておこう。 よしトラバース、予定を変更するぞ」
「あ、う、うん......」
ショッププレイヤーという新しい単語の意味を理解する暇も与えず、クローディアさんは堂々と言い放つ。
「習うより慣れよだ。 本来なら我一人でも十分だが......今回は特別だ———”二人で”あやつを倒すぞ」
「......え、えぇっ!?」
そう言い放ったクローディアさんの顔は完全な悪役顔になっていた。
目指せ週一投稿。