億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第十五話 告白

十二単などという重い着物を身につけることも、縁起の良い日にしか風呂に入らないことも、局に閉じ込められ屋敷の外には一歩も出られないことも・・・妾は平安貴族の生活に対し、疑念と不満を抱えていた。

 

平安の世では、自分の娘を天皇の妃にして自分は生まれてきた天皇の子供の祖父になり、その子が将来天皇になった時に天皇の補佐である摂政や関白になって政治を動かす、摂関政治が行われていた。

ーーー妾はこのやり方を忌み嫌っていた。娘や子供を自分の出世の為の【道具】としか見ていない。妾の知人も天皇の妃になって子供を産むと、父親の態度が一変したと言っていた。

そして妾もそんな道具の一つでしかなかったと知ったのは、妾が十二の時だった・・・

 

 

 

 

 

 

「嫌だ! 何故妾が好いてもいない者と結ばれないといけないのだ!!」

 

父上との会話の途中で、勢いよく局の扉を開き中へ駆け込む。だが、すぐに父上が後を追って来た。

 

「それに、姉様は姉様が想いを寄せる他の男と結ばれているではないか!!」

 

「いいか小春、これは決定事項だ。長女の春子が他の男と関係を持ち、行為に及んだ以上、処女ではない『傷物(きずもの)』を差し出すわけにはいかない」

 

「傷物・・・だと・・・?」

 

「橘家の長女とはいえ、既に他の男と関係を持った女を天皇の本妻に推すなど言語道断。橘氏の名に深い傷をつけることになる」

 

まるで姉を物の様に言う父上。だが、これだけではなかった。

 

「だから、次女であるお前が今の天皇の本妻になるのだ」

 

「だからと言って! 何故嫁がないといけないんだ! 妾が嫁ぐ必要が本当にあるのか!?」

 

自分でも驚くくらいの剣幕で父上に反論するが、父上はそれ以上だった。

 

「口を慎め!!」

 

「ッ!」

 

「これはお前だけの問題ではない。当家の名誉と存続に関わる問題だ! 『たかが』一人の娘の戯れ言で、由緒ある橘の名を汚すような事は断じて許さん!!」

 

「『たかが』・・・? 父上は妾達姉妹の事をどう思っておるのだ!? 妾達は父上の人形ではない!!」

 

「は、何を言うかと思えばそのような戯言を・・・お前達は俺の人形に決まっているだろう」

 

「な、何だと・・・?」

 

「お前達は雛人形と一緒だ。ただ、持ち手の意思に沿って持ち手の望む場所に座ってさえいれば良い」

 

絶句した。なんて、なんて男だ・・・この男は人間か? いや、物の怪よりも下劣な畜生か・・・? 人を、自分の娘を本当に『人形』としか見ていないのか・・・? 目の前の『コレ』は・・・

 

「話は終わりだ」

 

妾が黙ったのを見て踵を返す父上。

 

「だ、だが!」

 

しかし、呼び止めて振り返った父上は、妾を睨んでいた。

 

「これが最後だ。下がれ」

 

「ッ! 失礼・・・しました・・・」

 

襖が閉まると、妾は泣き崩れた。自分の無力さよりも、どうしようもない理不尽を押し付けられるこの生活、自分の出生を恨んだ。

妾は基本神や仏は信じない。けど、この時だけは、神や仏のせいにでもしないと気がどうにかなってしまいそうだった。

どうか、お願いだから、妾を助けてくれ・・・

 

その後、妾の前に神と名乗る者が現れた・・・

 

 

 

 

 

 

「ま、といった感じだ」

 

なんて小春は軽い口調で言っているけど、目尻から涙がこぼれそうになっているのを私は見逃さない。

 

「・・・」

 

「どうした? あっけらかんとして」

 

「小春は・・・このままもとの時代に帰っても良いの・・・?」

 

「恵里よ。これは良いか悪いか、帰りたいか帰りたくないか、という話ではない。『帰らなければならない』のだ」

 

「それは、そうだけど・・・」

 

「仕方がないのだ。確かに妾は自らの出生を恨んだ。ーーー今でこそ、その時代を、だが」

 

「それにな、妾は当時、それを恨んだところでどうにもならないのを知っていた」

 

小春は諦めているの? 自分がこれから進むであろう辛い日常から、逃げたいとは思わないの? 心の中ではそう思っているが、どうにも口に出す事が出来ない。ーーー怖くて・・・聞けない。また『帰る』と言われたくなくて。

 

「でも、小春の気持ちを『しょうがない』で大切にしないのは間違ってると思う」

 

「ははは、ありがとう、恵里。そう言ってもらえると助かる」

 

「やめてよ! 私はそんな、乾いた作り笑いなんて見たくない!!」

 

「恵里・・・」

 

「逃げてもいいじゃん! 誤魔化してもいいじゃん! 嫌な事から逃げるのは間違ってるの!?」

 

「恵里よ、少し落ち着け。恵里が妾の為にそれ程熱くなってくれるのは嬉しいが・・・」

 

「あ、ご、ごめん・・・」

 

「やはり、守らなければならないものは守らなければならない。規則はものを守る為にある、それは分かってくれ」

 

「・・・」

 

どうしよう、このままじゃ本当に小春が元の世界に帰っちゃう・・・それだけは何としても・・・!! 

ーーーでも、どうやって? 私の時はもう頼れる身内もいなくなってしまったからだけど、小春には帰る場所がある。帰りたくなくても、帰らなければならない場所が・・・

 

自分の頭の中で同じことを何度も反復した。小春の理不尽をなんとかする方法を・・・

 

そんな困窮の中で、引っかかるものがあった。『理不尽』という言葉に、小春の話と重なって何か大きな意味を感じられた。

 

ーーーもしかして、小春の抱えてる心の闇は・・・

 

「ーーー小春、話を聞かせてくれてありがとう。そろそろ夕飯が出来上がる頃だと思うから、これくらいにしよう」

 

「? そうか、恵里がそう言うならそうしようか」

 

 

 

 

 

 

昨日と同じように夕食を済ませた俺達はしばらくリビングでくつろいでいる。

俺と小春が家で作ったきゅうりの浅漬けを食べていると、エリーが俺に向かってチョイチョイと手招きしている。何か話でもあるのだろうか? とりあえず、小春にきゅうりを全部食べないように言ってからエリーの元へと行く。

 

「どうしたのさ、エリー」

 

「あのですね、私、分かったかもしれないんです、小春の抱えている心の闇が」

 

「! そうか、少し場所を移そう」

 

 

 

 

 

 

「・・・と、こんな事があったそうなんです」

 

エリーから、先程話していたというベランダでの会話の内容を10分程で教えられた。

 

「そっか、そんな事が・・・」

 

「小春は『しょうがない』って言っていたんですけど、やっぱり帰りたくないんだと思います。だって、自分の話をしている時に辛い生活を思い出して涙ぐんでいたんですもん。ホームシックになってたという考え方もあるかもしれませんが、それは絶対に違います。信じてください」

 

「エリーがそこまで言うのなら疑う余地は無いな。続けてくれ」

 

「小春は絶望しながら毎日生活していたんです。そしてこの世界に来てからは『帰りたくないけど帰らなければならない』というジレンマに陥っているんだと思います。この時代に来たことで自分の望んでいた生活を知って、いっそう帰りたくないんでしょうね」

 

「成程。どうしようもないと悟ってしまった事での『絶望』と、『ジレンマ』が小春の心の闇だったのか」

 

理不尽を黙って受け入れるのが動物の運命だって言う人もいるけど、俺はそう思わない。どうしようもない状況で走って、叫んで、足掻いて、そうやって醜く何かにすがる。それが人間の素直な生き方だと、俺は思う。

 

「それで、エリーはどうしたいの?」

 

「ーーー小春を・・・元の時代に返したくないです」

 

「でも、神様に言われた事を覚えているだろう? 転生者は基本、この世界に3日しかいられないって」

 

そう。偶々かどうかは分からないけど、エリーの時はもう帰る場所も無くて、そのまま元の世界に返しても生きていくことが出来ないと、神様が判断した結果だった。単に、俺の仕事を手伝うという理由だけでこの世界に留まることは難しいそうだ。なんでも神様曰く、他の神様から白い目で見られるんだと。

 

「分かってるんです。それがルール違反なのも、どうしようもない事も、規則を守らなきゃいけないってことも・・・小春も、規則は守らなきゃいけないって言っていました」

 

「ま、その通りだね。けど、聞いてくれエリー」

 

俺は腰を屈めて顔をエリーの顔の高さに合わせる。

 

「確かに、ルールや規則は色々な物を守るためにある。それを破った人は悪い人だと言われる。・・・けど、時にはルールや規則より守らなきゃいけないものがあるんだ。ーーー例えば、『友達』とかね」

 

「圭太郎さん・・・!」

 

「さぁ、いよいよ大詰めだ。エリーは小春に『本当の思い』を聞いて、本人に口で言わせるんだ」

 

「はい! やってみます!」

 

さ、正念場だな。今はエリーが上手くやってくれるのを待とう。

 

 

 

 

 

 

「おぉ、帰ってきたか。遅かったではないか、何をしていたのだ?」

 

「ちょっとね。・・・小春、さっきの話の続きなんだけど」

 

「何だ、妾にはもう話す事など無い。妾は元の時代へ帰らなければならないと言ったであろう」

 

さっきの話を出したせいか、少し小春の表情が曇る。

 

「ううん、まだあるよ。小春の『本心』を聞いてない」

 

「ーーー何だと?」

 

「帰りたくないけど帰らなきゃいけないとか、そういうのじゃなくて小春がどうしたいかをまだ聞いてないよ」

 

「それを聞いてどうにかなるのか?」

 

「言ったでしょ? 私と圭太郎さんは小春を助けるって」

 

「それだ、そなた等は妾の事を助ける助けると言っているが、一体何から妾を助けるというのだ?」

 

と、嘲笑混じりで言ってくる。だけど、こっちも引けない。

 

「ーーー小春を苦しめる『理不尽』から」

 

「ははは! どうしようもないから『理不尽』だというのに、それを何とか出来るとでもいうのか!!」

 

「出来る! 圭太郎さんなら・・・あの人なら出来る!!」

 

「あやつか・・・本人曰く、ただの一般人だそうだがーーーあやつに何が出来るというのだ」

 

「ーーー耳で聞くよりも、目で見た方が早いよね」

 

そう言って、私は気を緩める。

 

「な・・・その耳は・・・!!」

 

「今まで騙してごめん、小春。私、『人間じゃないんだ』」

 

 

 

 

 

 

私は小春に全てを打ち明けた。私もこの世界に転生してきたこと、どうしてこの世界で暮らすことになったか、私の本名も含めて全てを話した。

 

「そして、そんな私を助けてくれたのが圭太郎さんと神様だった」

 

「先程から驚きの連続だな、まだ頭の中の整理がつかぬわ」

 

「確かに圭太郎さんはただの一般人かもしれないけど、私たちの為に本気になってくれるし、絶対に何とかしてくれる。そう信じてる」

 

「・・・」

 

「どうなの? 小春の心を聞かせてほしいな」

 

「それは・・・」

 

「ねぇ、正直に聞かせて? どうしようもないからって、あきらめないで?」

 

「小春が気持ちを押し込めてつらくなってると、私もつらいの」

 

そしてーーー私が圭太郎さんに助けられたように、小春を『それ』から助けてあげたいから。

 

「妾は・・・帰りたくない。例え神との約束を破っても、この時代で『圭太郎』と『エリー』と一緒に過ごしたい・・・!」

 

「小春・・・!」

 

私は喋りながら泣き崩れそうになっていた小春を堪らず抱きしめた。

 

「しかし、どうやって神に話をつけるのだ・・・? まさか、もとの時代に帰りたくないからこのままで、等と言えん・・・」

 

「大丈夫。それなら、圭太郎さんが・・・」

 

 

 

 

 

 

「つー訳で、小春をこの世界に留めておきたいんだ」

 

〈ーーー随分と簡単そうに言いますね。3日間の内は元の世界では何の進展もないとはいえ、そんな事をしてしまっては歴史が変わってしまいます〉

 

「けど、歴史を変えてでもターゲットの心の闇を取り払わなければいけない。ーーー違う? じゃなかったら、そんなのとっくにそのクロノスっていう神様が解決してるはずだからな」

 

〈まぁ、それはそうですが・・・〉

 

「小春の心の闇を取り払うには、小春がこの世界に留まることがどうしても必要なんだ! この通りだ!!」

 

そう言って頭を下げる。いつぶりだろうか、神様に頭を下げるのは。

 

〈ーーー確かに、それはもっともですね。ですが・・・もっと、小春さんをこの世界に留めておける要素が必要です〉

 

「なんだ、そんなの簡単じゃないか」

 

〈はい・・・?〉

 

「人様の家の娘さんを貰うんだ。なら、やる事は決まってるだろう?」

 

〈貴方まさか・・・! いえ、そんなの無茶苦茶です!〉

 

「そうさ、俺は無茶苦茶なんだよ」

 

そう、娘さんを引き取るんだから、ちゃ~んと『ご挨拶』しないとね。

 

少年の顔は清々しい程に、ニヒルに笑っていた。

 

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