億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第二十五話 姉弟喧嘩の先に

ワタシが圭太郎の上から降りて泣き止んだ頃、彼に「みんなにはその顔を見せたくないだろう」と言われたので、心と鼓動を落ち着かせるためにしばらくじっとしている。

圭太郎も体を起こし、ワタシの隣に腰掛けている。

 

涙を拭って、ふと、圭太郎の方を見る。彼の首に紫色の指の跡がついていた。

そしてアレはワタシがやったのだと再認識すると、罪悪感に苛まれた。

 

「ねぇ、圭太郎・・・その・・・ごめんなさい。首に跡が・・・」

 

「ん? あぁ、これね。最初はビックリしたけど今はもう何ともないよ」

 

そう言って彼は自分の首を手で撫でるのだが、そのせいで首の跡がより強調されて、さらに申し訳なくなった。

 

実を言うと、ワタシが圭太郎の首を絞めた事自体は覚えているのだが、それに至るまでの記憶がない。「気づいたら首を絞めていた」。

そして自分が怖くなった。

分からなくなった。

ワタシは衝動に駆られて突発的にあんな事をしてしまう恐ろしい人間なのだと知って、なんて酷い事をしてしまったのだと激しく後悔した。

すると・・・

 

「・・・ごめん」

 

圭太郎から、予想外の言葉が飛び出した。

 

「え・・・? な、なんで圭太郎が謝るの・・・?」

 

「ちょっとさっきの自分は厳しく言いすぎたのかもしれない。エラが怒るのも無理ないよな」

 

そう自嘲するように言って苦笑いしながら頰を掻く。

 

「そ、そんなことないわ! アレはただ、ワタシが幼いせいでカッとなったから・・・あなたの首を・・・」

 

「・・・このままいっても平行線を辿るだろうから、この辺にしておこう。どっちが悪いとかっていう話はここでおしまいだ。ね?」

 

「・・・・・・うん」

 

と返事をしたものの、まだ納得できていなかった。どんなに圭太郎がワタシに厳しい言葉をぶつけていたにしても、暴力を振るったのはワタシで怪我をしたのは圭太郎だ。

 

・・・すっきりしていないけど、圭太郎にやってしまった事への反省の気持ちを心に留めたまま、少しだけ、あぁいう風に言ってくれた圭太郎の優しさに甘えよう。

だから、言うべき事を言っておく。

 

「・・・圭太郎」

 

「ん?」

 

「・・・ありがとう」

 

「・・・あぁ」

 

 

 

 

 

 

自分の目の赤みが引いたかどうか、鏡で何度も確認した。だけど、他の人が見るとまだ赤いのかも・・・

 

「ねぇ圭太郎、ワタシの目、まだ赤いかしら?」

 

「んー? どれどれ・・・」

 

彼はそう言って体をこちらに向け、ワタシの瞳を覗き込む。

 

「・・・フフ」

 

「・・・何か可笑しい?」

 

「何でもないわ」

 

さっきワタシが圭太郎の首を絞めてしまった時の彼の強烈な目とは違って、珍しい物を見つけた子供のような目でこちらを見るから少し笑ってしまった。

 

「そうだなぁ・・・ハンナ姉弟は2人共もとから目が少し赤いから大丈夫じゃないか?」

 

「そう。ありがと」

 

ワタシは立ち上がる。

 

「行くのか?」

 

「えぇ、ダレンに言わなきゃいけないことがあるから。圭太郎が教えてくれたでしょ?」

 

「だな。難しく言おうとしないで、思った事をそのまま伝えれば良いと思うよ」

 

「そうするわ」

 

「んーと、俺も下に降りるとエリーと小春がうるさくなるだろうから、後で行くよ」

 

それは彼の首についた痣の事と、ワタシを思って言ってくれたのだろう。

 

「・・・ごめん」

 

「それはもう無しだって言ったろ? 俺のことは気にしないで、ダレンのところに行ってやりな。・・・あ、そうだ。エリーと小春をこの部屋に呼んでおいてよ。そうすれば2人が騒いでも大丈夫だ」

 

「分かったわ」

 

ワタシは振り返らないで部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

「あ、エラが戻ってきた」

 

「どうだ? 圭太郎に何か言われたのだろう?」

 

「圭太郎が、『エリーと小春の2人で俺の部屋に来て欲しい』って言ってたわ」

 

「・・・。そうか、伝言は確かに受け取った。そら、行くぞエリーよ」

 

「へ? え、ちょっ、私まだエラに聞きたい事が・・・」

 

「そんなもの後で聞けばいい。それとも何だ? 妾を『彼奴の部屋で2人きり』にしてくれるのか?」

 

「?・・・!?」

 

「おぉそうかそうか、やはりエリーは気が効くな。どれ、久しぶりに彼奴と語り合いたいと思っていたところだ。エリーの気遣いに甘えてゆっくりと「ほら、さっさと行くよ!」」

 

小春はエリーに引っ張られながらも、ワタシにアイコンタクトをしてきた。・・・きっとそういうことなんだろう、小春もちゃんと分かってるんだ。

 

「お、お姉ちゃん、圭太郎さんに何か言われてきたの・・・?」

 

「えぇ、キッツイのもらってきたわ」

 

「えっ」

 

「ワタシもね、ダレンに言いたい事があるの。少し時間を貰っていい?」

 

「・・・うん」

 

 

 

 

 

 

小春とエリーが二階・・・圭太郎の部屋に行ったようなので、ワタシもダレンを昨晩寝た部屋に連れてきた。

ワタシは正座の状態から脚をずらして楽に座っているのだが、ダレンは緊張しているのかきっちりと正座している。ワタシは別に怒ろうって訳じゃないのに・・・

 

「えっと、お姉ちゃん。僕に話って・・・何・・・?」

 

ワタシはそうでもないのだけどダレンは緊張しているのか、我慢できずに口を開いた。

本来ならワタシも緊張してガチガチになってたんだろうけど、なんだかさっきの圭太郎との会話で吹っ切れたのかな。心に余裕がある。

 

「あまり強張らないで、ダレン。ワタシはダレンを怒ろうとしているんじゃないわ。むしろ・・・」

 

「・・・」

 

「ワタシはダレンに謝りたいの」

 

「お姉・・・ちゃん・・・?」

 

「まず最初に、今朝の事。ダレンに色々助けてもらったのに何も言ってなかったから、今更だけど・・・『ありがとう』」

 

「そんな、僕はただ・・・」

 

そういえば、ワタシが最後にダレンに対して『ありがとう』って言ったのはいつだったかな・・・ここしばらくは全然言ってなかったし、ましてやワタシがダレンに一方的に話しかけてダレンがそっけない返事をするだけだったから。

そんなワタシの方から『ありがとう』って言われて、きっとビックリしてるんだろうなぁ。

 

「あの時ダレンがワタシを助けてくれなかったら、きっとワタシ、何をすればいいのか分からなくて立ちっぱなしのままだったわ。だからきちんとお礼を言いたかったの」

 

「・・・うん」

 

「まぁ、これも言いたいことだったけど、本命はこっち」

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんは脚を揃えてきちっと座り直したかと思うと、腰を折って頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

お姉ちゃんが、そう言った。

昔、お姉ちゃんが大人達に謝っていた時の姿と重なった。

 

何をすることも、何かを言うことも出来なくて、ただ頭を下げるお姉ちゃんの姿を見るしかなかった。

しばらくして、お姉ちゃんが顔を上げた。

 

「情けない話だけど、さっき圭太郎に言われて初めて気付いたの。ワタシがダレンに酷いことを言ってたんだって」

 

「ダレンの気持ちを知ろうとしないで、聞こうとしないで、ダレンを押し黙らせて好き放題言ってたわ」

 

「実際ダレンはちゃんと物事をこなせるのに、それをワタシが奪って、部屋の中に閉じ込めて、全部ワタシがやろうとしてた。そうしないと、ワタシの立場がなくなっちゃうんじゃないかって・・・」

 

お姉ちゃんが紡ぐ言葉の波にあっけにとられて、何もいえずにただただ聞くだけだった。

 

「いつの間にかダレンを弟扱いして、下に見て、ワタシの方がしっかりしてるんだ。って、自分が姉だと思って疑わなかった」

 

「・・・今更言っても許されることじゃないけど、これだけは言わせて」

 

お姉ちゃんは僕の目を見て、僕はお姉ちゃんの目を見て、視線を逸らせなかった。

 

「ワタシはいつだって、ダレンを守りたかった。結果あなたに酷い事をしていたけど・・・それだけは信じて。それと・・・」

 

「ワタシを守るって言ってくれてありがと。嬉しかった」

 

・・・なんだろう、心がモヤモヤする。胸のあたりで何かが引っかかって、キュウッと縮まる感じがする。・・・このままじゃ駄目だ。

 

「・・・違う」ボソッ

 

「ダレン・・・?」

 

「それじゃ駄目なんだ!」

 

「ど、どうしたの? 落ち着いて・・・」

 

「それだと、お姉ちゃんだけが悪いみたいじゃないか! 僕だって、心のどこかでお姉ちゃんを悪く思ってた。・・・それに圭太郎さんに言われるまで、お姉ちゃんを助けたい、迷惑をかけたくない、守りたいって言いたかったのに、言えなかった! 伝えられなかった!! 怪我をして、傷ついて帰ってくるお姉ちゃんを見て、何も出来なかった!

守られてばかりで守れなかった僕がお姉ちゃんに『ごめんなさい』って言われたら、僕は・・・僕は・・・!」

 

言っている途中で涙が滲んで視界がぼやけるのも気にせずに、心の内をぶつける。ついに喋るのも辛くなり、呼吸がしづらくて苦しくなった時、顔があたたかいなにかに包まれた。

 

「・・・ダレン、ありがと。もういいの、あなたの気持ちはしっかり受け取ったから・・・」

 

お姉ちゃんが、僕を抱きしめていた。

前は痩せて冷えきった体の感触が悲しかったのに、今のお姉ちゃんはとってもあたたかい。心まであたたまっていく。

 

「・・・ワタシ達、今日からやり直さない? 今度は2人共対等な関係で、お互い助け合って・・・それとね」

 

「・・・うん」

 

「ワタシ、これからも昨日の夜みたいに『エラ』って呼んでもらいたいな」

 

「・・・でも、僕にとってお姉ちゃんはお姉ちゃんだし・・・」

 

「うーん、ワタシをお姉ちゃんだと思うのは構わないから、どっちが偉いとかっていうのをナシにしたいの。この世でたった1人の『家族』で『姉弟』で『兄妹』で『双子』なんだから、2人共一緒がいいな」

 

「・・・うん、分かった」

 

「何よ、そんなムスッとした顔で返事して。そんなふうにしてると今度はワタシがダレンを『お兄ちゃん』って呼ぶわよ?」

 

「そ、それは・・・」

 

「今朝のダレンは頼り甲斐があったし、それはそれで良いかも・・・」

 

「わ、分かった! 分かったからそれは勘弁して・・・」

 

「それで良し。・・・またこれからよろしくね、ダレン」

 

「うん。僕からもよろしく、『エラ』」

 

心は決まった。

大切な姉であり妹であるエラを、これから守っていくんだ。

どんな人からも、どんな事からも、2人が幸せになるまで・・・

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る

 

「圭太郎さーん、来ましたよー」

 

「あ、入っていいよ」

 

「うむ、邪魔するぞ」

 

「何か用事が・・・って、その首はどうしたんですか!?」

 

「何だエリー、大きな声を立てて・・・ってその痣は何事だ!?」

 

(そらみろ、やっぱりこうなった・・・)

 

「あ、これ? 相手に締め技をかけられた時の解き方の練習を・・・「言い訳をするならもっとマシなのにして下さい!!」」

 

「先程の大声から察するに・・・エラか?」

 

「・・・フ、フフフ、そっかぁ・・・そうなんだぁ・・・」ユラァ

 

「え、あの、ちょっと・・・エイブリーさん・・・?」

 

「すみません圭太郎さん。私ちょっとエラを○○○○して▲▲▲で■■■■■のあと✖️✖️しなきゃいけなくなりまして・・・」

 

「止めろ! エリーのキャラが崩壊しかねない放送禁止用語を連発するのは! 小春! 小春からも何とか言ってやってくれ!!」

 

「・・・ん? すまない、今エラを○○○○○○○○しようと考えていて聞いていなかった」

 

「お前もかよ! ていうか○の数多いよ一体何考えてたんだ!?」

 

「私・・・行かなきゃ・・・」

 

「ストオォォォップ!」

 

「圭太郎さん、離して下さい。エラの所に行けないじゃないですか」

 

「くっそ、俺だけじゃ保たない! 小春! 小春も手伝っt「行かねば・・・行かねば・・・」ってまたお前もかあぁぁぁい! もうそのネタはいいよ!!」

 

「駄目だ、片手で2人づつ抑えるとか無理にも程が・・・」

 

「行かなきゃ・・・行かなきゃ・・・」ユラァ

 

「行かねば・・・行かねば・・・・」ユラァ

 

「くそ! おい2人共! 今エラとダレンが大切な話をしてるって分かるだろ! それを邪魔するなんて俺がゆ"る"さ"ん"! それに、この首の事は謝ってもらったからもういいんだ! 早く正気に戻れ!!」

 

「「・・・ハッ」」

 

「あれ・・・私は何を・・・」

 

「ううむ、強い何かに突き動かされて・・・」

 

「よ、良かった! 正気に戻ってくれたのか!!」

 

〈・・・何ですかこの茶番は〉

 

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