億万+一々 (おくまん たす いちいち)   作:うぇろっく

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第三十七話 人の心猫の心

猫の体を洗い終えた。猫は大人しくしていたのでさほど時間はかからなかった。そろそろ俺も湯船につかろう。

ちなみに、猫はお湯を張った桶で十分だそうだ。

 

「ふぃー・・・」

 

1日の溜まった疲れを湯に溶かし出す、ような気分で湯船に浸かる。

今日は変な方向に疲れた。エラとダレンの時はめちゃくちゃ焦って疲れたが、今回は『やりにくい』という分野で疲れたのだ。・・・まぁ、どんな逆転生者でも『やりやすい』なんて事は無いが。

 

「ーーー随分と気持ち良さそうに風呂に入るんでやんすね」

 

「そうか? んな事初めて言われたわ」

 

少し考えてみれば、俺が風呂に入っているところを他の誰かに見られた記憶がほとんど無いのだから初めて言われるのは当たり前だろう。両親と一緒に風呂に入った記憶さえ無いのだから。

ちなみに、温泉は滅多に行きません。自宅の閉鎖された空間にある風呂が好きなんですよ。

 

「俺の1日の楽しみであり趣味だからな。これだけは譲れない」

 

譲ることもあるけどね。

 

「風呂が好きなんでやんすか」

 

「あぁ。そりゃあもう大が3個付くくらいには」

 

と、こんな風に猫と他愛のない話をする。もともと全く口を利いてくれなかったわけでではないが、昼間よりも俺の話に文字通り耳を傾けてくれる。

 

今猫はお湯を張った桶の中で体を横にして丸くなっている。サイズがぴったりで良かった。

しかし、その猫の状態を見て1つ『しまった』と、ある事に気付く。

 

「そういえば、お前のその傷・・・染みなかったか?」

 

猫が何も反応を示さないので淡々と洗ったのだが、猫は体に傷を負っている事を今になって思い出した。

もう遅いかもしれないが、聞かずにはいられなかった。

 

「否定すれば嘘になりやすが、この程度は慣れやした。傷が染みたくれぇで痛がってるようじゃ、そいつぁまだまだちんちくりんですぜ」

 

「たくましい事で何よりだ」

 

本人・・・本猫が気にしていないと言うのだから、俺も気にするのをやめることにした。

 

 

 

 

 

 

心配事が1つ減ったので、改めてリラックスしようと目を閉じる。すると、扉の向こう側からダレンの声が聞こえてきた。

 

「圭太郎さん、入浴中すみません。ちょっといいですか?」

 

「どうした?」

 

「さっきから猫の姿が見えないんです。どこに行ったか知りませんか?」

 

知っていますとも。だってここにいるもん。

 

「あぁ、猫なら今風呂場にいるよ」

 

「あ、そこにいたんですか。どうりで見つからないわけですよ」

 

その言い方だと、みんなは猫を探しているのか?

 

「エイブリーさんと小春さんとエラの3人で、猫を探して家中を歩き回ってますよ」

 

かくれんぼ大会絶賛開催中だった。

 

「そうだったのか。んじゃ、その3人にダレンから伝えておいてくれ」

 

つーか、俺も知らんかったし。この猫が何も言わずに入ってくるからこうなったんじゃないか。

 

「俺もそろそろ上がるから」

 

俺がそう言うと、扉越しにゴソゴソという音が聞こえてきた。何をしているのかと一瞬考えたが、おそらくタオルを引っ張り出す音だろう。

 

「その前に、僕が猫の体を拭いておきます」

 

はっきりとは見えないが、そこには確かに、バスタオルを手に持つダレンの姿が。

ーーーってちょっと待って、まさか・・・

 

案の定、脱衣所と風呂場を隔てる扉が開かれた。

 

「ほーら、こっちにおいで。あっちで体を拭こうねー」

 

「・・・」

 

「ウニャァ・・・」

 

猫はダレンに持ち上げられ、脱衣所に広げられたバスタオルの上に乗せられる。

ーーーやはり、このお方はまだお気付きになっていないようだ。

 

「ゴホン、えー・・・ダレン?」

 

「・・・? どうかしましたか?」

 

「お前、自分が女だって忘れてないか?」

 

「ーーーーーーあ」

 

はい。たった今気付いたようです。顔が赤くなられております。

ダレンは自分が女だという事を忘れ、男が入浴中の風呂場に足を踏み入れてしまった。

俺は湯船に浸かっている状態だったのでセーフ。・・・だったのだが、これが『シャワーを浴びていた』なんて状態だったらいかがだろうか? ・・・って、聞くまでもないか。完全にアウトである。イエローカードではなく、レッドカードの一発退場。・・・誰得だよそんな状況。

だから、今はレッドカードではなくイエローカードにしておこう。ここで何も出さなかったら、近い将来に上記のような大事が起きかねない。

 

「ーーー以降、こういう事が無いように」

 

「す、すみませんでした!!」

 

バタン! と、扉が勢い良く閉められた。

 

エラとダレンの性別がそれぞれ逆だったと判明した今でも、この家に住む人間全員+エルフ1名が偶に間違う。現に、こういうことが起きる。

・・・たしか前は、小春が自分の髪を洗うのをエラが手伝おうとして風呂場に入ってしまった、なんて事があったな。

 

当事者達に、少し自覚が足りないんじゃないのか? と言いたくなる、今日この頃。

・・・そろそろのぼせそうだから上がろ。

 

 

 

 

 

 

就寝時間。みんなはそれぞれの寝床へ向かう。俺は2階にある自分の部屋へ、エリーと小春は同じく2階にある両親の部屋へ、エラとダレンは1階にある畳の部屋へ。

 

・・・というのが『以前の』部屋割りだった。

 

前に小春が『男女七歳にして席を同じゅうせず』と言っていたのにならって、寝室も分ける事にした。

女性陣は3人まとめて両親の部屋に寝る事になった。ベッドが2つあるので、一方にエリーと小春が、もう片方にダレンが寝る。

 

ここで問題が発生。エラはどこに寝れば良いのだろうか?

エラだけ1階の畳の部屋で1人っきりで寝させるのはかわいそうだ。かと言って、俺の部屋で俺と2人で寝るのも難しい。俺の部屋のベットはシングルベッドだし、色々と気まずいのだ。

・・・ほら、察してよ。まだみんな慣れてないんだよ。ダレンはエリー・小春と違うベッドだから大丈夫らしいんだけど、俺とエラの睡眠状態を離すのはなかなか難すぃーんだ。なので、俺が引く事にした。

 

「いつも悪いわね」

 

「どうってことないさ」

 

最終的に行き着いたのは、エラは俺のベッドを使って俺はその脇の床に寝る、という方法。遠慮して1階で寝ようとするエラを押し切ってこの形に至る。

俺はベッドでないと寝れないような神経質な人間ではないので、案外簡単にぐっすりと寝れる。それならワタシの方が、とエラが言ってまたもや遠慮して今度は床で寝ようとしたのだが、俺が無理矢理ベッドに寝せた。

 

「ここ最近ずっとそれだけど、身体が痛くなったりしていない?」

 

「大丈夫だ、問題無い」

 

とは言うものの・・・ぶっちゃけ、ベッドで寝たい。けど、エラに迷惑をかけたくない。俺は後者を重んじた。

ちなみに、俺は『エラは男だ』と割り切っているから、変な気を起こす事は絶対に無い。勿論、それが発覚する前も。

 

「そういえば、あの猫はアナタと一緒に風呂場にいたらしいじゃないの。ダレンから聞いたわ」

 

消灯しようと紐に手を伸ばした俺の行動を制止するように、エラが俺に対して唐突に話を振る。

その件については負い目というか、申し訳なく思う気持ちがあったので反射的に謝った。

 

「あぁ。あらかじめ言っていなくてごめんな? 探してたんだろ?」

 

エラと小春とエリーが必死になって猫を探していたであろう姿を想像すると、面白さ半分、申し訳なさ半分の気持ちが込み上げてくる。

 

「そうよ、エリーと小春と私の3人で、家中を探し回ったんだから。それで猫が風呂場にいたっていうんだから、飛んだ無駄手間よ」

 

やはり、少々御立腹のようだ。もし俺がエラと同じ立場になったとしたら、同じ様に小言を言うかもしれない。

 

「そんな事言ったって、しょうがないじょのいこ。あの猫が勝手に入ってきたんだよ」

 

若干言い訳がましいが、本当の事だ。

 

「へぇー・・・勝手に?」

 

「あぁ」

 

エラは俺の言葉に引っ掛かる所があったようなのだが、彼女ーーーじゃなくて彼は、意外なことを言ってきた。

 

「アナタ、なんだかんだであの猫に1番懐かれているんじゃない?」

 

「まさか」

 

思いもよらない事を言われたので少々驚いたが、否定の意味を込めて返答した。

 

「夕飯を食べ終わった後もアナタの後をついて2階に上がっていったし、嫌っているって事は無いと思うけど」

 

「・・・む」

 

猫と意思疎通をした俺だからこそ、『猫は俺に懐いていない』と、それなりの自信を持って断言できるが、今のエラが言うように客観的に見てみれば、あながちそう見えるのかもしれない。ーーー見えるだけだが。

 

「それだけ。だからってワタシが嫉妬したりするわけじゃないから、気にしなくていいわよ」

 

「ーーーエリーと小春はどうだか知らないけど」

 

「覚えておくよ」

 

こうして、ぬこたんが我が家にやってきてからの1日目は終了した。

この時俺は猫が今どこにいるのかを把握していなかったが、それを気にするよりも眠気が優ってしまい、そのまま目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

ーーーかゆい。何故か鼻の頭がムズムズする。俺は花粉症ではないし、鼻炎でもない。

 

「ーーーはっ・・・」

 

断続的に痒みが鼻を襲い、遂に・・・

 

「クシュン!」

 

朦朧としていた意識がはっきりと目覚めた。何事かと思い少し起き上がって部屋の中を見回すと、ちょうど、部屋から出ていく猫の後ろ姿が見えた。

 

「んー・・・っ」

 

くしゃみで目がさめるなんて、俺が覚えている限りでは初めてだった。身体を伸ばして活動のスイッチを入れる。

 

「ハァー・・・ん、んぅ・・・?」

 

ベットの方から、エラが欠伸をして変な声を漏らした。どうやら俺のくしゃみの音で起こしてしまったらしい。エラが寝ぼけた顔でこちらを見た。まだぼーっとしているようだ。

 

「おはよう」

 

「ふあ・・・は、おはよう」

 

エラは2回目の欠伸をした後、赤い目をこすりながら起き上がった。

 

「ごめんな? 俺のくしゃみで起こしてしまったみたいで」

 

「・・・? あぁ、アナタのくしゃみだったの」

 

「気にしないで。少し前からちょっとだけ起きてたから」

 

「あ、そうだった?」

 

布団を片付けながら、たわいのない話を交わす。が、何故かエラは部屋をキョロキョロと見回し、何かを探すようなそぶりを見せる。

 

「どうかした?」

 

「この部屋に猫がいなかった?」

 

何故知っているのか気になったが、とりあえずそれは置いておくことにした。

 

「俺が起きてすぐに、部屋から出ていくのを見たぞ」

 

「あ、そうだったの」

 

「なんで猫がこの部屋にいたことを知ってるんだ?」

 

「だって、昨日の夜に入ってきてそのままだったから」

 

「え?」

 

昨日の夜に? ということは、俺が寝た後か。

 

「アナタはもう寝ていたみたいだったから起こさなかったけど、夜遅くに扉の隙間からスーッと入ってきて・・・そう、ちょうどその辺に・・・」

 

エラはそう言いながら俺の枕元を指す。

 

「そこで丸くなってたわよ」

 

枕から10cm程離れた場所に、凹んだ箇所があった。手を当ててみると、少し暖かかった。

 

「ーーーここに?」

 

「そう。そこだったわ」

 

少し寝返りをすれば鼻先が当たるような位置。つまり・・・

 

「ーーーしてやられたな」

 

「やっぱり、懐かれてるじゃない」

 

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