漆黒の剣閃   作:ファルクラム

1 / 30
第1話「今宵、紅月の下に参上」

 人が次第に朽ち行くように

 

 

 

 

 

 国もいずれは滅びゆく・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 千年栄えた帝都ですらも、今や腐敗し生き地獄

 

 

 

 

 

 人の形の魑魅魍魎が、我が物顔で跋扈する

 

 

 

 

 

 天が裁けぬその悪を、闇の中で始末する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我ら全員、殺し屋稼業

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1話「今宵、紅月の下に参上」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリトは途方に暮れていた。

 

 黒髪に、やや色白の肌。中性的と言える線の細い顔からは、ため息が漏れる。

 

「ったく、レオーネの奴、どこ行ったんだ?」

 

 待ち合わせの相手が時間になっても、なかなか現れない事で、キリトは完全に待ちぼうけを喰らう羽目になっていた。

 

 相手は同僚で、キリトよりも年上の女性である。

 

 女性の準備は長い、とはよく言うが、

 

「いや、あいつの場合、絶対にそれは無いな・・・・・・・・・・・・」

 

 断じるように、キリトは呟いた。

 

 ため息をこぼす。

 

 場所は帝都の繁華街。

 

 時刻は昼過ぎと言う事もあり、そこらに並ぶ店からは胃袋を刺激するようなにおいが漂ってくる。

 

「いっそ、あいつの事は放っておいて、どこかで飯にしようかな」

 

 割と本気で、そのように考える。

 

 時間的には既に、待ち合わせの時間から1時間以上が経過している。この場を立ち去ったとしても、誰かに咎められる謂れは無いと思い始めていた。

 

 本気でどこかの店に入ろうかと、真剣に検討しようとした時だった。

 

「悪い悪い、キリト、遅くなった」

 

 いかにも呑気な声で背後から声を掛けられ、キリトは不満げな視線で振り返った。

 

 そのキリトの視界に、スタイルの良い女性が歩いて来るのが見えた。

 

 口元に浮かべた笑みや、子供のように輝く瞳など、どこか野性味の溢れる美貌をした女性である。

 

 しかし、

 

 何とも、露出の高い服である。太ももや肩、お腹が丸出しになっている。

 

 本来なら、年頃の少年であるキリトにとっては、目のやり場に困る光景であるのは間違いないのだが、一緒にいる時間が長いせいか、割と見慣れてしまっている感が大きかった。

 

「遅いぞ、何やってたんだよ?」

「だから、ごめんってば」

 

 そう言いながら近寄ってくるレオーネに、キリトは遠慮なく不満をぶつけた。

 

 何しろ1時間も待たされたのだ。それくらいの事はしても許されるだろう。

 

 と、

 

「ほらよ」

「お、おっと」

 

 レオーネが差し出した物を、キリトは反射的に受け取った。

 

 油紙に包まれた一抱えもある荷物の中からは、何やら好ましいにおいが漂ってくる。待ちぼうけを喰らわされたせいで空っぽの腹は、その匂いに晒されて、否が応でも活動を活発化させた。

 

 中を開けてみると、一抱えもありそうな大きな肉だった。

 

「お姉さんからのお土産。待たせてしまったお詫びって事で」

「そりゃ、嬉しいけどさ・・・・・・・・・・・・」

 

 キリトはさっそく肉にくらいつきながら、レオーネに呆れ気味の視線を向ける。

 

「こんな大きな肉、食い切れるわけないだろ。アカメじゃあるまいし」

「文句言うなー。せっかく買って来てやったんだから。て言うか・・・・・・・・・・・・」

 

 レオーネはニヤリと笑うと、キリトの二の腕を、悪戯半分でつつく。

 

「しっかり食べないと、大きくならないぞ~」

「余計なお世話だ。これでも充分鍛えている」

 

 レオーネの手をかわしながら、キリトはふと、思いついた事を口にした。

 

「そう言えばレオーネ。よく、金なんかあったよな。結構高かっただろ、これ?」

「ん、まあ、その辺は臨時収入があったからね」

 

 自慢げなレオーネの言葉に、キリトは首をかしげる。

 

 臨時収入? 何の事だろう?

 

 まあ、奢ってもらっている身で、これ以上の追及は無粋だろう。素直に感謝しておく事にした。

 

「『仕事』までは、もう少し時間があるけど、あまりのんびりと構えてもいられないぞ」

「判ってるよ」

 

 仕事。

 

 その一言が齎された瞬間、キリトとレオーネの間に、僅かな緊張感の上昇が見られた事を、周囲を歩く人間は気付いていない。

 

 やがて、2人の姿は行き交う雑踏の陰へと隠れ、見分ける事が出来なくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノンという少女は、水準的には「美少女」と称して良いレベルであろう。

 

 短く切りそろえた青みかかった髪に、釣り目がちな双眸は、見る者にボーイッシュな印象を与える。

 

 本人が小柄なせいもあってどこか、俊敏な猫を連想させる出で立ちだった。

 

 しかし、あまり積極的に前に出たがる性格ではない為、友人一同の間では、物静かな少女として通っていた。

 

 そのシノンが今、友人の行動にため息をついていた。

 

「アリアも良くやるよね。これで何回目よ?」

「良いじゃない。人の為になる事なんだから」

 

 くせっ毛が可愛らしい雰囲気を出している少女は、そう言ってシノンに笑い返してきた。

 

 シノンに比べると幼い雰囲気が強調された少女だが、可愛らしさではシノンに負けていない。

 

 シノンとアリアは、学校におけるクラスメイトであり、こうしてよく、一緒に居る事が多かった。

 

 今日も学校が休みだった為、シノンはアリアの家へ誘われて、遊びに来たのだ。

 

 そこで、見慣れない男の子がいた事には驚いた。

 

「そっか、お金をだまし取られるなんて、災難だったわね」

「まったくです。でも、アリアさんに助けられて、本当に助かりました」

 

 シノンと同年代くらいの少年は、さわやかさを感じる真っ直ぐな瞳で笑顔を浮かべた。

 

 タツミと名乗ったこの少年は、軍に入る事を志し、友人2人と共に地方の村から出て来たそうだが、途中で野盗の襲撃を受けて、友人達とはぐれてしまったそうだ。

 

 どうにか自力で帝都まで辿りついたのは良かったものの、状況は右も左もわからないと言った有様。

 

 取りあえず、兵士斡旋所に足を向けて入隊申請を行おうとしたものの、不況を理由に断られてしまう始末。

 

 途方に暮れていたところを、声を掛けて来た女性がいたのだとか。

 

 朗らかな性格で、どこか垢抜けた感のある女性と、タツミはすぐに打ち解ける事が出来た。

 

 親身になってタツミの話を聞いてくれた女性は、軍にいる知り合いに口を効いてやると約束し、タツミが賞金稼ぎ等で稼いだ金を手に、先に出て行ってしまった。

 

 そして、

 

 女性は二度と戻って来る事は無かった。

 

 騙されたと気付いたのは、それからだいぶ経ってからの事である。

 

 有り金全てを無くしたタツミは途方に暮れ、野宿を覚悟していたところを、通りかかったアリアに助けられたのだと言う。

 

「世の中には、ひどい人もいた物ね」

 

 アリアは憤懣やるかたない、といった感じに腕を組みながら双眸を吊り上げる。

 

 人を騙し、陥れる。

 

 そんな外道な奴等が、この帝都にのさばっている事が許せないのだ。

 

「でも、ここに居たら安心よ。パパが軍の方に口を効いてくれるって言ってたし、お友達もすぐに見つかると思うわ」

「ありがとうございます」

 

 アリアの言葉に、タツミは感動したように涙を浮かべて礼を言う。

 

 ここに来るまでに辛い目に合う事が多かったのだろう。だからこそ、温かいもてなしを受ける事が嬉しいのだ。

 

 シノンが何か言おうと口を開きかけた時だった。

 

 扉が開き、アリアの両親がリビングに入ってくるのが見えた。

 

「あらパパ、それは何?」

 

 アリアは、父が何やら、細い箱を抱えているのを見て、不思議そうに首をかしげた。

 

 対して、父は丁重に箱をテーブルの上に置くと、包みを解いて開いて見せる。

 

「かねてから欲しかった物が手に入ってね。さっき届いたところなんだよ」

 

 そう言うと、箱の蓋を開く。

 

 次の瞬間、シノンは己の心臓が高鳴るのを感じた。

 

 それは、一振りの弓だった。

 

 スラリとした反りに、持ち手の部分には簡素ながら装飾が施されている。これ一個が、ある種の芸術品のようにさえ思えた。

 

「綺麗・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、うっとりとした表情でシノンは呟いた。

 

 まるで魅入られたように、シノンはその弓に惹き込まれていた。

 

「シノン?」

 

 そんなシノンを、アリアは不思議そうな眼差しで見詰めてくる。どうやら、彼女には、この弓の良さが理解できないようだ。

 

 まあ、それも無理はあるまい。武器の良し悪しを理解できる女子など、そうそう居るはずもない。反応としてはむしろ、アリアの方が妥当であると言えた。

 

「長弓ですね。それも、かなりの業物だ」

 

 タツミが真剣な眼差しで呟いた。

 

 軍に入ろうと志す程に武術を磨いている彼は、やはり武器の種類や特性にも詳しいようだ。

 

「流石だね、タツミ君。これはさる古物商と交渉して手に入れた品でね。何でも、始皇帝が生きていた時代の代物であるらしい」

 

 アリアの父は感心したように言った。

 

 始皇帝とは、その名の通り帝国の初代皇帝であり、周辺各国を制圧し、この帝国を一代で築き上げた、帝国人なら誰でも知っている歴史上の人物である。

 

 その始皇帝が生きていた頃からの代物となると、相当な年代物である事が伺える。

 

 しかし、弓は細部が風化に晒される事も無く、美しい姿を保ち続けている。

 

 シノンは、その美しい姿に惹き込まれるように、目を逸らせずにいた。

 

 元来、それほど武器が好きと言う訳ではない。と言うか、日常生活上、殆ど接する機会は無い。

 

 そもそも、現在の帝国軍において、飛び道具の主流は大砲や銃火器へ移行している。弓など使っている者は殆どいない。

 

 しかし、それでも尚、目の前の弓はシノンをひどく魅了していた。

 

「もう、お父さん、そんな恐ろしい物、早くしまってよ」

「ああ、すまんすまん」

 

 アリアの言葉に、シノンは我に返る。

 

 どうやら、自分でも気づかない程に見入ってしまっていたらしい。

 

 アリアの父が弓に蓋をすると、そのまま暖炉の上へと持っていく。

 

 その姿を見ながら、シノンは少しだけ残念に思った。せめてもう少しだけ見て居たかったのだが。

 

「さあ、そろそろご飯にしましょう。今日はシノンさんも来てくれたから、腕によりをかけて御馳走を作るわよ」

「あ、私、手伝います、おばさん」

 

 そう言うと、シノンはキッチンへ向かおうとするアリアの母を追いかける。

 

 しかし、

 

 シノンは最後にもう一度、

 

 弓の入った箱をチラッと見ると、そのままリビングを出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「標的は、帝都郊外に住む貴族の親子、そして、住み込みで屋敷を警護している護衛達、か」

 

「侵入経路、及び退避ルートは既に確保済みです」

 

「表向きは善良な性格で人当たりが良い。市民からの受けもよく、皆から慕われている」

 

「しかし、実態は地方から来た人間を言葉巧みに拉致し、敷地内の倉庫に監禁して拷問、殺害するサド一家だね」

 

「夫婦は勿論、拷問に加わっている一人娘も同罪ね」

 

「護衛の連中も、見て見ぬふりをしているんだから同罪だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・葬る・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然浮かび上がった異様な気配に蹴飛ばされるように、タツミはベッドから起き上がった。

 

「何だ、これは・・・・・・・・・・・・」

 

 呻き声を上げる間にも、屋敷全体を覆う殺気は膨らんで行く。

 

 明らかに状況は尋常じゃない。

 

 すぐさま、剣を手にしてベッドを出る。

 

「いったい、何がどうなってるんだ!?」

 

 そのまま廊下へと駆け出る。

 

 その時、

 

「タツミ君!!」

 

 廊下の向こうから、シノンが走ってくるのが見えた。

 

「タツミ君、何か、屋敷の様子が変なんだけど、いったい何があったの!?」

 

 シノンは不安にかられた表情で、タツミに言い募ってくる。

 

 だが、状況の異常さを余所に、タツミはシノンに関心にも似た感情を抱いていた。

 

 シノンは武術に関しては完全に素人である。それは身の運び方や体付きをみればわかる。

 

 しかし、そんなシノンが、この殺気に気付いて起き出して来た事に驚いていた。

 

「タツミ君?」

「あ、す、すいませんッ」

 

 名前を呼ばれて、タツミは我に返る。

 

 とにかく、今はこんな事をしている場合じゃない。一刻も早く、安全な所へ・・・・・・

 

 そう思った時だった。

 

「ヒッ!?」

 

 突然、シノンが悲鳴を上げる。

 

 その視線につられるようにして、タツミも窓の外を見上げる。

 

 そこで、見た。

 

 煌々と輝く紅い月が齎す、血のような夜空の下、

 

 張り巡らされた糸を足場にして立つ、6人の人影を。

 

「あいつらまさか・・・・・・ナイトレイド!?」

「ナイトレイドって・・・・・・あの殺し屋の?」

 

 タツミの言葉に、シノンは声を震わせた。

 

 ナイトレイド

 

 それは帝都を恐怖で震撼させる、殺し屋集団の名前。

 

 政府の重役や大富豪ばかりを狙って暗殺を繰り返す、凶悪な犯罪者達の群れである。

 

 帝都では既に多くの者が、ナイトレイドの凶刃の犠牲となっている。

 

 その為、帝都に住む貴族や重役たちは皆、護衛を雇って守りを固めているが、被害が一向に減らず、むしろ増え続けているのが現状だった。

 

「とにかく、安全な場所へと逃げましょう。俺の後に・・・・・・」

 

 言いかけて、タツミは足を止めた。

 

 同時に、体中の血が逆流しそうな錯覚に捕らわれた。

 

 廊下に、何かが転がっている。

 

 一見すると、床に転がった調度品のようにしか見えないそれは、しかし、視力の良いタツミには正体が判ってしまった。

 

 それは、アリアの母だった。

 

 身体は胴体から真横に真っ二つにされ、そこを中心に赤い液体が廊下を濡らしているのが判る。

 

 美味しい夕食を振る舞ってくれた優しそうな女性が、既に事切れているのは火を見るよりも明らかだった。

 

 既に、敵は屋敷の中まで入り込んでいる。

 

「こっちはダメだッ こっちへッ!!」

「え、た、タツミ君!?」

 

 手を引かれながら、未だに事情を理解しきれていないシノンは走る。

 

 このままでは、身を守る事すらできそうにない。

 

 タツミは食事をしたリビングへと飛び込むと、暖炉の上に置いてあった箱を開け、中から弓と、付随して入っていた矢を取り出してシノンに差し出した。

 

「これをッ」

「え? え?」

 

 差し出され弓を、とっさに受け取るシノン。

 

 しかし、すぐに我に返ると、慌てて突き返そうとしてくる。

 

「で、でも私、弓なんて・・・・・・」

「とにかく、持っているだけで威嚇くらいにはなりますからッ」

 

 そう言うと、再びシノンの手を引いて駆け出すタツミ。

 

 その後ろから、弓を手にしたシノンは、遅れないようについて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、アリアの父親は、怪力によって首を絞められ、その体を宙づりにされていた。

 

 目の前にいる人間が女性である事は判る。

 

 だが、その頭部には獣のような耳が生え、腰には尻尾まである。

 

 口元には凄味のある笑みが浮かべられ、まるで本当に肉食の獣であるかのようだ。

 

「ぐ・・・う・・・・・・た、たすけて・・・・・・」

 

 辛うじて、口から声が絞り出される。

 

「む・・・・・・娘が・・・・・・娘がいるんだ・・・・・・どうか、娘、だけは・・・・・・」

 

 愛しいアリアを守らないといけない。

 

 それだけは、何としても。

 

 しかし、返ってきた答えは非情な物だった。

 

「安心しろ。すぐ向こうで会える」

 

 その言葉が、絶望の淵へと叩き落とす。

 

「娘まで・・・・・・情けは無いのか?」

「情け? 意味不明だな」

 

 そう告げると女性は、一切の躊躇も見せず、首の骨をへし折った。

 

 

 

 

 

 漆黒のロングコートを靡かせて中庭へと降り立ったキリトは、手にした黒い剣を掲げるように構えると、目の前に迫った敵を一刀のもとに斬り捨てる。

 

 容赦はしない。

 

 それが任務だからだ。

 

 更に1人を、横なぎに振るった剣で斬り捨てたところで、残った1人が剣を構えて斬り込んでくるのが見えた。

 

 横なぎの一閃が、キリトの視界を銀色に両断する。

 

「速いな」

 

 静かな呟きと共に、しかしキリトは後退しながら余裕で回避して見せる。

 

 相手は恐らく、警護隊の隊長だろう。流石に他の者とは動きが違う。

 

 しかし、

 

 次の瞬間、カウンター気味に放ったキリトの剣が、隊長の体を袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 倒れ伏す隊長。

 

 私兵部隊の隊長程度では、肩慣らしにもならない。

 

 キリトは剣を数回振って血振るいすると、背中の鞘に納める。

 

 その時、

 

 上空から閃光が走り、キリトの顔ギリギリを掠めて飛び去って行く。

 

 次の瞬間、背後で悲鳴が上がり、今にもキリトに斬り掛かろうとしていた兵士の1人が、顔面を撃ち抜かれて倒れていた。

 

「何、気抜いてんのよ。まだ敵は残ってるんだから」

「悪い悪い」

 

 見事な腕前を見せた狙撃手を拝みながら、キリトは苦笑を返した。

 

 その時、背後で豪快な音が鳴り、鎧を着た大柄な男が、手にした槍で兵士を一刀両断にしていた。

 

「お、ブラートも片づけたか」

 

 キリトの声に反応するように、鎧の男は親指を立てて来た。

 

 既に最重要目標3人の内、2人は始末している。

 

「残り、1人か・・・・・・」

 

 呟きと共に、キリトは闇の中を駆けた。

 

 

 

 

 

 アリアの姿を見た瞬間、シノンは思わずホッと溜息をついた。

 

 友人がまだ無事でいてくれた事に、思わず涙が滲んでくる。

 

「アリア!!」

 

 声を掛けると、護衛の兵士とアリアは、弾かれたように振り返った。

 

「シノン、タツミ、無事だったのね、良かった!!」

 

 アリアも駆け寄ってきて、シノンの手を取る。

 

 手に感じる温もりが、互いが無事である事を如実に物語っていた。

 

 しかし、グズグズしてもいられない。既に賊は、至近まで迫っているのだ。

 

「君、我々はこの中に隠れて、警備隊が駆けつけるのを待つ。それまで君は、敵を足止めしてくれ!!」

「えーッ 無理っすよ!!」

 

 兵士の申し出に対し、タツミが首を横に振った時だった。

 

 ザッという草を踏む音と共に、人の気配が舞い降りる。

 

 振り返った一同の目に映ったのは、1人の少女だった。

 

 長い黒髪に赤い双眸を持つ、整った顔立ちの少女だ。

 

 しかし、纏った気配は「死神」とでも称すべき剣呑な物であり、手にした刀が、その雰囲気に拍車を掛けている。

 

「葬る・・・・・・」

 

 少女は短い呟きと共に跳躍。剣を構えるタツミの頭上を飛び越えると、その背後にいた兵士に斬り掛かった。

 

 一閃。

 

 それだけで、兵士は袈裟懸けに斬られて地面に転がった。

 

 その間、少女は全く表情を動かす事無く、まるでごみを処理するかのように淡々と、兵士を斬り捨てていた。

 

 震え上がるシノンとアリア。

 

 そこへ、

 

「これで、ジ・エンドだ」

 

 更にもう1人、警備隊を片付けたキリトも場に姿を現した。

 

 敵は2人。対してこちらは最早、戦えるのはタツミ1人だけとなった。

 

「アカメ、標的以外の人もいるみたいだけど?」

「知らん」

 

 キリトの問いかけに、アカメと呼ばれた少女は素っ気なく答えた。

 

 その反応に、キリトは苦笑を漏らす。相変わらず、無駄な事を省く性格である。

 

「それじゃ、さっさと終わらせるとするか」

「うん」

 

 キリトの言葉に、アカメが頷いた時だった。

 

「やらせるかよ!!」

 

 タツミは剣を下段に構え、アカメへと斬り掛かってきた。

 

 どうやら、先に兵士を斬った時の動きから、アカメの方が脅威であると判断したらしい。

 

 斬り掛かるタツミの剣を、アカメは刀で冷静に弾きながら、反撃の一手を刻もうと構え直す。

 

 だが、タツミも負けていない。

 

 すぐさま崩れた体勢を立て直し、視線は鋭くアカメを睨む。

 

「お前等、どうせ金目当てかなんかなんだろッ なら、あの娘たちは見逃してやれよ!!」

 

 逆袈裟に振るわれたタツミの斬撃。

 

 対して、アカメは余裕の動きで後退して回避する。

 

「罪も無い女の子を殺すなよな!!」

 

 そこへ、タツミは更に追撃を掛けた。

 

 2人が斬り合う様子を、置いてけぼりを喰らった形のキリトは遠目で眺めている。

 

「ありゃ、振られちゃったか」

 

 交戦を開始するアカメとタツミを横に、キリトは頭をガリガリと掻きながら振り返った。

 

「それじゃあ、俺はその間に、仕事でもしますか」

「「ッ!?」」

 

 キリトのその言葉に、少女2人は思わず震え上がった。

 

 もはや、自分達を守る物は誰もいない。凶悪な殺人者を相手にして、無力な少女は、ただ震えて、最後の時を待っている事しかできない。

 

 シノンはギュッと、自身と抱き合っているアリアを見詰める。

 

 可哀そうに、恐怖に震えきっている。

 

 しかも、

 

 シノンは「ある可能性」を思い浮かべ、更に絶望感を増す。

 

 この場にアリアの両親は現れない。と言う事は、既に2人の命が失われている可能性が高いと思わざるを得なかった。

 

 シノンにも、とても優しくしてくれたアリアの両親。

 

 その2人の命が既に失われていると思うと、暗澹たる気持ちは否が応でも増してくる。

 

 しかし、

 

 シノンは眦を上げる。

 

 その状況を作り出したのは他でもない、目の前にいる殺し屋達なのだ。

 

 多くの人を殺し、さらに多くの人々を不幸にし、帝都中を恐怖に陥れた外道な殺し屋達。

 

 そんな奴等に、自分達が殺される事への理不尽さに、全身の血が沸騰しそうな思いに駆られる。

 

 こんな事許されない。

 

 許して良い筈がない。

 

「・・・・・・・・・・・・逃げて、アリア」

「シノン?」

 

 震えるアリアの肩を叩き、シノンは前へと出る。

 

 同時にシノンは手にした弓の把手に手を掛けると、慣れない手つきで矢を番え、鏃をキリトへと向けた

 

 驚いたのはキリトである。まさか、どう見ても素人にしか見えない少女が、自分に向かってくるとは思っても見なかったのだ。

 

 しかも、相手は自分と同年代である。

 

「よせ、あんたは標的じゃない。あんたを斬る心算は無い」

「問答、無用よ!!」

 

 張れるだけ張った虚勢で、シノンは大地を踏みしめる。そうしないと、恐怖のせいで今にも倒れてしまいそうだった。

 

 大丈夫。

 

 大丈夫と言い聞かせる。

 

 こんな事は大したことではない。

 

 そう・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アノトキニクラベレバ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 変化は起こった。

 

 番えていた筈の矢が消失し、代わって、引き絞った弦に一本の光の矢が出現する。

 

 あり得ない光景。

 

 その様は、まるで神話の御世にある、必中必殺の狩人であるかのようだ。

 

 そのあまりの出来事にキリトも、そして他ならぬシノン自身も驚きに目を見開いた。

 

 一体、何が起きているのか、理解が追いつかない。

 

 だが、これだけは理解できた。

 

 武器が、戦えと言っている事を。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!!」

 

 短く吐き出した息と共に、シノンは矢を放つ。

 

 真っ直ぐに飛翔する光の矢。

 

 その鏃は、狙い違わずキリトの眉間を目指す。

 

「クッ!?」

 

 絶句するキリト。

 

 だが、とっさに背中の剣を抜き放つと、飛んできた矢を切り払う事に成功した。

 

 同時に、キリトは背中に冷や汗が流れるのを感じる。

 

 今の攻撃。狙いの正確さが、却ってキリトの命を救った感がある。これが僅かでも狙いが逸れていたら、逆に危なかった。

 

 そう思わせるには充分なほど、速度と威力が乗った攻撃だった。

 

 対して、シノンは自分でも驚いていた。

 

 まさか、自分がこのような事をするとは、思っても見なかったのだ。

 

 いったいなぜ、こんな事ができるのか? それは判らない。

 

 しかし、今その事は重要じゃなかった。

 

 体勢を立て直したキリトへ、更なる追撃を掛けるシノン。

 

 再び放たれる光の矢が、キリトを狙って襲い掛かる。

 

 その鋭い攻撃速度に、キリトは唸った。

 

「その弓・・・・・・まさか帝具か!?」

 

 シノンが放つ光の矢を剣で弾きながら、キリトの鋭い視線は流麗な弓へと向けられる。

 

 構わず、更に光矢を繰り出そうとするシノン。

 

 だが、

 

 照準の為に、シノンが僅かに動きを鈍らせた隙を、キリトは見逃さなかった。

 

「今だッ」

 

 短い呟きと共に、下段から、振り上げるように繰り出される漆黒の剣。

 

 シノンがとっさに矢を放つが、慌てて撃った為、照準が甘い。

 

 矢はキリトの顔の脇を掠め、遥か後方へと飛び去って行った。

 

 その瞬間、キリトは勝負を決するべく動く。

 

 慌てて再攻撃を仕掛けようとするシノンに先んじて、キリトは剣の切っ先を少女の喉元へと突きつけた。

 

「動くな・・・・・・もう、じっとしていてくれ。君を斬りたくないんだ」

 

 静かに告げるキリト。

 

 本当に斬る気は無い。そもそも、この戦闘だってキリトにとっては不本意極まりない展開だったのだ。

 

 アカメなら問答無用で斬る所だろうが、キリトとしては、シノンがこのまま大人しくしていてくれるなら、これ以上の危害を加える気は無かった。

 

 しかし、

 

 シノンは真っ直ぐにキリトを見据えて逸らさない。その手には、未だに弓をしっかりと握ったままである。

 

 キリトが一瞬でも隙を見せれば、その瞬間には反撃に転じる構えなのだ。

 

 対して、キリトは対応する術に迷い、僅かに突きつけた剣閃を震わせる。

 

 どうする?

 

 まさか、本当に、一般人を殺すわけにもいかないし。さりとて、放っておけば、また弓で反撃してくるだろう。

 

 既に先の交戦で、シノンの動きをキリトは把握している。仮に攻撃を受けたとしても対応は充分に可能なのだが、やはり大人しくしていてもらった方が都合がいいのも確かである。

 

 その時だった。

 

「は~い、そこまで~」

 

 妙に気が抜ける声と共に、手を鳴らしながらやって来たのは、当主を始末して来たレオーネだった。

 

 その背後にはアカメと、なぜか彼女と交戦していたタツミを従えている。

 

 と言うか、キリトは少し驚いていた。

 

 まさか、アカメと交戦して、タツミがまだ生き残っているとは思っても見なかったのだ。

 

 アカメはナイトレイドでも屈指の実力者であり、彼女の持つ刀型帝具「一斬必殺 村雨」と合わせて、切り札的な存在である。

 

 そのアカメと戦って尚、生き残っているとは。

 

「どうしたんだよ?」

「いやね、この少年には借りがあってさ。ちょっと返してやろうと思ってね」

 

 借り?

 

 何の事だろう? と思っていると、レオーネは立ち尽くしているアリアを横目に見ながら、倉庫へと歩み寄った。

 

「少年、君はさっき、罪も無い女の子を殺すなって言ってたよな。けど、これを見てもまだ、そんな事が言えるかな?」

 

 言いながらレオーネは扉の前に立つと、錠前のかかった扉を勢いよく蹴り上げて打ち破る。

 

 轟音と共に、開かれる闇の世界。

 

「見ろ、これが帝都の闇だ」

 

 促されるままに、中を覗き込むタツミ。

 

 

 

 

 

 そこに、

 

 

 

 

 

 地獄があった。

 

 

 

 

 

 闇の中から聞こえてくる無数の呻き声。

 

 どろっとした空気の中からは、怨嗟の如き光景がにじみ出てくる。

 

 天井から吊るされた無数の人間。奥の牢にもたくさんの人間が、まるでゴミのように押し込まれている。

 

 そこら中に置いてある無数の拷問器具には、まだ人間が「設置」されている状態で放置されていた。

 

 その中に、五体満足でいられている者は殆どいない。

 

 手足を切り取られた者、目玉を抉られた者、腹を裂かれ内臓を引きずり出された者、首を切られた者。

 

 床は、彼等の血によって赤い池と化している。

 

 まさしくそこは、地獄だった。

 

 呻き声は、まだ死にきれていない者達の口から漏れ出ているのだ。

 

「な、何だよ・・・・・・これ?」

「地方から出てきた身元不明の者達を、己の趣味である拷問にかけて死ぬまで弄ぶ。それが、この家の人間の本性だ」

 

 レオーネが堅い声で告げる。

 

 殺し屋としていくつもの修羅場を見て来た彼女にとっても、この光景には気分が悪くなるらしい。

 

「アリア、これって・・・・・・・・・・・・」

「ッ!?」

 

 タツミ同様に戦慄を禁じ得ないシノンは、傍らの友人に語りかける。

 

 しかし、当のアリアは、少女の声には答えず、ただ地面を向いて俯いてる。

 

 その時、

 

 暗がりを覗き込んでいたタツミは、

 

 見付けた。

 

 「それ」を、

 

 見つけて、しまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・サヨ?・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天井から吊るされている人物の1人。

 

 長い黒髪をした、タツミと同年代くらいの少女に、嫌と言う程見覚えがあった。

 

 サヨだ。

 

 ともに同じ村で生まれ、共に生きてきた親友を見間違う筈がない。

 

「サヨッ サヨォ!!」

 

 呼びかけるタツミの声に、しかしサヨは反応しない。

 

 見れば、右足は既に、付け根から無く、全身から流れ出た血によって、体中が赤黒く染まっている。

 

 村で一番の美人で、勇敢だった少女は、変わり果てた姿で吊るされていた。

 

 呼び声に反応が無い事から見ても、既に事切れているのは明らかである。

 

 その時、

 

「おっと、逃げようってのは虫が良すぎないか、嬢ちゃん?」

 

 混乱に乗じて逃げようとしていたアリアの襟首を、レオーネが捕まえて引き留める。

 

 対して、タツミはそちらを見る事無く、呟くように口を開いた。

 

「この家の人間がやったのか?」

「そうだ。護衛達も黙っていたので同罪だ」

 

 厳格に告げるレオーネ。

 

 だが、

 

「う、嘘よ!!」

 

 アリアは必死に声を上げた。

 

「私はこんな場所があるなんて知らなかったわッ タツミもシノンも、私と、こんな犯罪者たちのどっちを信じるの!?」

「アリア・・・・・・・・・・・・」

「信じてタツミッ お願いよ、シノン!!」

 

 シノンは、どう声を掛ければいいのか判らなかった。

 

 アリアの事は信じたい。

 

 だが、現実に目にしてしまった闇を前にして、自身の価値観がガラガラと音を立てて崩れて行くようだった。

 

 そう、

 

 まるで「あの時」のように。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・タツミ? ・・・・・・その声、タツミだろ? 俺だ・・・・・・」

 

 不意に、暗がりの中から声を掛けられて、タツミは振り返る。

 

 目を凝らす闇の先。

 

 そこにある格子の中から、手を伸ばす少年の姿が目に入った。

 

 その姿に、更なる衝撃がタツミを襲う。

 

「イエヤスッ!?」

 

 それは、タツミ、サヨと共に村を出て帝都での出世を夢見た、もう1人の親友だった。

 

 しかし、その姿は尋常ではない。

 

 かつては明朗快活な性格で、仲間内のムードメーカーだったイエヤスの姿は完全にやつれきり、そして体中に不可解な黒い斑点が浮かんでいる。

 

 まるで疫病に掛かって死ぬ直前のようなありさまだ。

 

「その女だ!!」

 

 全身の力を振り絞るようにして、イエヤスはアリアを指差して叫んだ。

 

「俺とサヨは、その女に声を掛けられて・・・・・・飯を食ったら意識が遠くなって、気が付いたらここにいたんだ・・・・・・その女が、サヨをイジメ殺しやがった!!」

 

 叫びながら、イエヤスは涙を流す。

 

 悔しかったろう。

 

 サヨもイエヤスも、タツミと並んで村で屈指の武術の使い手である。サヨは弓を使わせれば百発百中。イエヤスは格闘戦ならタツミにも引けを取らない実力者である。

 

 それが、こんな形で最期を迎える事になるとは。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・何が悪いって言うのよ」

 

 ボソッと、アリアは呟くと、レオーネの手を振り払う。

 

 振り返った顔には、既に先程までの可憐で愛くるしい表情は無く。少女の幼い顔に醜悪な欲望を張り付けた不気味な存在があるだけだった。

 

「お前達は何の取り柄も無い、地方の田舎者でしょ!! 家畜と同じ!! それをどう扱おうがあたしの勝手じゃない!! だいたいその女ッ 家畜のくせに髪サラサラで生意気過ぎ!! 私がこんなクセっ毛で悩んでいるのに!! だから念入りに責めてあげたのよ!! むしろこんなに目を掛けてもらって感謝すべきだわ!!」

 

 完全に狂気をむき出しにした外道が、そこにいた。

 

 アリアは更に、シノンへと向き直る。

 

「シノン、アンタもよ!!」

「アリア・・・・・・・・・・・・」

 

 親友だと思っていた少女の、思っても見なかったどす黒い内面を聞いたシノンは、もはや立っている事も出来ないとばかりに膝を突く。

 

「いい機会だから教えてあげるけどね、今日こいつらが来なかったら、あんたもタツミと一緒に、ここに放り込んでやるつもりだったのよッ そのムカつく顔がぐしゃぐしゃになるまで、さんざん犯し抜いてやるつもりだったのにッ あーあ、残念!!」

 

 その言葉を聞いて、レオーネはため息を吐く。

 

 もうこれ以上、一秒たりとも喋らせる気にはなれなかった。

 

「善人の皮を被ったサド家族か。邪魔して悪かったな、キリト」

「ああ」

 

 促され、キリトが剣を構えようとした時だった。

 

「待て」

 

 それまで黙ってうつむいていたタツミが、顔を上げて言った。

 

 動きを止めて、振り返るキリト。

 

「何だよ? まさか、まだこいつを庇う気か?」

「・・・・・・いや」

 

 キリトの言葉を否定するタツミ。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が斬る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背中の剣を抜刀。

 

 同時に振り向きざまに振るわれた白刃が、アリアの体を袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 一刀両断されたアリアは、何が起こったのかさえ判らないまま、上半身と下半身が分断され、地面に転がる。

 

 なおも口からはヒューヒューと息が漏れ聞こえていたが、やがてそれすらも聞こえなくなっていった。

 

 憎い相手とは言え、躊躇わず斬り捨てたタツミ。

 

 その姿に、キリトとレオーネは、同時に興味が湧いてきた。

 

「へへ、流石はタツミ。スカッとしたぜ」

 

 牢の中で一部始終を見ていたイエヤスも、楽しそうに笑う。

 

 だが次の瞬間、口元から赤黒い液体が迸った。

 

「イエヤス!!」

 

 慌てて牢に駆け寄るタツミ。

 

 キリトが剣で格子を斬り裂くと、タツミは急いでイエヤスを牢から引きずり出す。

 

 しかし、イエヤスは既に起き上がる力すら無いらしく、タツミの腕の中でぐったりとしていた。

 

「ルボラ病の末期だ。ここの婦人は人間を薬漬けにして、その様子を日記に書いて楽しむ趣向があった、そいつは、もう助からない」

 

 アカメの声が、淡々と絶望の真実を告げる。

 

 死の淵にあるイエヤス。

 

 だが、親友の腕に抱かれ、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「タツミ、サヨはさ・・・・・・あのクソ女に最後まで屈しなかった。格好良かったぜ・・・・・・だからこの・・・・・・イエヤス様も・・・・・・最後は・・・・・・かっこ、よく・・・・・・・・・・・・」

 

 それが、最後だった。

 

 伸ばした手は、地面に落ちる。

 

 帝都に夢を見て、地方の田舎からはるばるやって来た少年は、今、理不尽な運命に耐え抜き、親友に看取られながら天に召されたのだ。

 

「どうなってんだよ・・・・・・帝都は・・・・・・」

 

 残されたタツミは、悲しみにくれながらただ呆然とするしかない。

 

 そんなタツミの

 

 襟首を、レオーネがグイッと掴んだ。

 

「な、何すんだッ!?」

「その辺の諸々の事は、着いて来れば教えてやるよ。あ、2人の遺体は、あとで私がアジトまで運んでやるから安心しな。そこで墓でも作ってやるんだね」

 

 そう言うと、タツミの体を軽々と抱え上げるレオーネ。

 

 その後から、アカメも続いて離脱する。

 

「さ、君も」

 

 差し出したキリトの手。

 

 その手を、

 

 シノンはゆっくりと握ろうとして、

 

 すぐに引っ込めた。

 

 自分がどうすべきか?

 

 これから先、どうなってしまうのか?

 

 その想いが、シノンの足を止めてしまう。

 

 逡巡するシノン。

 

 そのシノンの手を、キリトは強引に掴んだ。

 

「あッ!?」

「さあ、行こうぜ」

 

 そう言うと、キリトはシノンの手を引く形で跳躍する。

 

 疾走する浮遊感。

 

 その心地よい感触が、シノンを優しく包み込んで行った。

 

 

 

 

 

第1話「今宵、紅月の下に参上」      終わり

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。