漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第10話「彼女がいない風景」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湯気の立つ湯の中にあって、2人の少女は、初々しい裸身を晒している。

 

 普段はツインテールに纏めているピンク色の髪を、ロングに下ろしたマインは、包帯も痛々しい両腕を湯につけない様に注意しながら、湯船に身を沈めている。

 

 一方、水色の髪をショートヘアにしたシノンは、ネコ科の動物を連想させるする眼差しで、マインを気遣うように見ていた。

 

 先日のセリュー・ユビキタスとの戦闘で両腕を骨折したマインは、日常生活にも支障をきたすようになってしまっている。

 

 その為、回復するまでの間、常に誰かが傍にいて行動を共にするようにしているのだ。

 

「悪いわねシノン。こんな事に付き合わせちゃって」

 

 湯から上がったマインは、少し肩を落としながらシノンに笑い掛ける。

 

 起伏こそ少ないが、よく鍛えたカモシカのような手足がさらけ出される。下ろした髪と相まって、普段とは違うイメージの魅力が溢れている。

 

 シノンもまた、華奢な四肢と言う点ではマインと似通ったスタイルをしており、少女的な青い初々しさを備えているのが判る。特に、背中からお尻に掛けてのラインは、スレンダーな体と相まって、俊足の獣を連想させる引き締まった美が存在していた。

 

 少女達の瑞々しい裸身によってもたらされる入浴姿は、それだけで1枚の絵ような美しさがあった。

 

「気にしないで」

 

 手にしたスポンジに石鹸を付けながら、シノンは微笑を浮かべる。

 

 マインの食事の手伝いは、調理担当のアカメがする事が多いため、入浴の介助は主にシノンの仕事となっているのが暗黙の領海だった。

 

「師匠の手伝いをするのは、弟子の役目でしょ」

 

 冗談めかしたシノンの言葉に、マインは力無く笑いを浮かべる。

 

 じゃれ合うような、少女達の会話。

 

 だが、

 

 そこに確かに存在している空虚感を拭い去る事は、決してできそうになかった。

 

 

 

 

 

 タツミは、珍しい物を見るように、訓練場の中央を眺めていた。

 

 広場の真ん中に立つ少年は、手にした漆黒の剣を、一心不乱に振り続けている。

 

 まるで、そうする事によって、死んだ人間の鎮魂に繋がると信じているかのように。

 

 普段は山の中で一人で修行する事が多いキリトが、どういう訳かここ数日、訓練場で訓練する事が多かった。

 

 まるで、山の中に入る時間も惜しい、と言わんばかりに。

 

 しかも、

 

 今のキリトは、常にエリュシデータの能力を解放状態にしている。

 

 帝具の能力を使えば、その使用者は精神的、肉体的に半端ではない負荷がかかる事になる。当然、使い時が肝心となる訳だが。

 

 しかし今、キリトは数時間にわたって、ぶっ通しでエリュシデータを解放している。

 

 既にキリト、いつ倒れてもおかしくは無い状態だった。その事は、彼の青白く染まり始めた顔を見れば明らかだった。

 

 凄まじい速度で振るわれる剣の圧力が、離れて立っているタツミの場所までも伝わってくるほどだった。

 

 理由は、判っている。

 

 タツミは、先日、アジトに戻ってからのやり取りについて想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 シェーレ殉職、エクスタス鹵獲。

 

 辛うじて帰還したキリトとマインからその報告を受け、ナイトレイドの一同は暗澹たる気持ちに包まれていた。

 

 シェーレは、もういない。

 

 あの優しげな声はもう聞こえない。

 

 あのポケポケした笑顔は、もう見る事ができない。

 

 喪失感は否応無く、一同に襲い掛かった。

 

「・・・・・・・・・・・・やった奴は、どこにいるんだよ?」

 

 低い声で絞り出された言葉は、一瞬、誰の物か判らなかった。

 

 一同の視線が辿る先に立つ少年から、凄惨な殺気を放っている。

 

 タツミは、まるで悪鬼のような形相を顔に張り付け、今にも飛び出していきそうな口調で尋ねる。

 

 そんなタツミの背後から、ナジェンダは殊更に低い声で制した。

 

「待てタツミ。どうする気だ?」

「決まってるだうがッ シェーレの仇討ちだよ!!」

 

 凶暴は歯を噛みしめて、タツミは言い捨てる。

 

 やった奴を、決して許さない。

 

 必ず見つけ出して、代償を支払わせる。

 

 そのどす黒い感情が、少年の全身が迸っているのが判る。

 

 だが、

 

「やめろ。無策に突っ込めば死体が増えるだけだ」

 

 ナジェンダは冷静な口調でタツミを窘める。

 

 キリトとマインが、無理せず退いたのは好判断だったとナジェンダは思っている。

 

 状況から察して、あのまま戦っていればキリトとマインも危なかった。最悪、エリュシデータとパンプキンも敵に奪われていた事だろう。

 

 シェーレが死んだことは残念だが、被害は最小限にとどめられたと考えるべきだった。

 

 もっとも、それは言い訳に過ぎない。

 

 シェーレがいなくなったことから来る空虚感は、どうやっても拭える物ではなかった。

 

「仲間がやられたんだぞ、オイ!!」

 

 対照的に、タツミは更に舌鋒鋭く言い募る。

 

 無理も無い。タツミにとって、ナイトレイドに入って初となる、仲間の喪失だ。サヨやイエヤスの事を差し引いても、耐え難い事である事は間違いなかった。

 

「俺はこのまま黙ってるなんて・・・・・・・・・・・・」

 

 最後まで、言いきる事ができなかった。

 

 台詞の途中で割って入ったブラートが、タツミを思いっきり殴り飛ばしたのだ。

 

 大きく吹き飛ばされ、地面に転がるタツミ。

 

 そんなタツミに、殴ったブラートは厳しい眼差しを向けた。

 

「見苦しいぞタツミ!! 取り乱すんじゃない!!」

 

 声を張り上げるブラート。

 

 そこにいるのは、普段の冗談めかしたホモ言動を取ったり、訓練時の面倒見が良い「兄貴」としてのブラートではない。

 

 闇に生きる住人として、そして人生の先輩として、未熟な少年を叱咤する男の姿がそこにあった。

 

「いつ、誰が死んでもおかしくないと言ったろうが!! お前もそれを覚悟して入って来たんじゃないのか!?」

 

 タツミを叱咤するブラートの怒声を聞きながら、シノンは天を仰ぐ。

 

 こぼれ出る涙はとめどなく頬を濡らし、否応なく視界を滲ませていた。

 

 シノンにとって、シェーレと接する機会はそれほど多かったとは言えない。

 

 しかしそれでも、そんな僅かな時間でも、シェーレが齎してくれた物の何と大きかった事か。

 

 優しかったシェーレは、もういない。

 

 そう考えるだけで、涙が途切れることなく零れ落ちる。

 

「シェーレの死は、決して無駄ではない」

 

 ナジェンダは、一同を叱咤するように口を開いた。

 

「帝国も、これで悟ったはずだ。『帝具に対抗するには帝具しかない』と。これからは帝具使い同士の戦いになるだろう。逆を言えば、集めるチャンスと言う訳だ」

 

 ナジェンダの言うとおりだ。

 

 これまでの戦いで完全に任務を達成してきたナイトレイドが、帝具使い同士の戦いで敗れたのだ。敵はこれからの戦いに、帝具使いを大量投入してくることは十分にあり得る話だ。

 

 厳しい戦いになる事が予想される。

 

 しかし、それらを全て撃破してやれば帝国の力は弱体化し、相対的に革命軍の戦力は増大する事になる。

 

 ナジェンダは振り返ると、立ち尽くしているキリトに視線を向ける。

 

「キリト。お前が遭遇したっていう、帝具を持ったフード男の事も、人相風体や特徴について、革命軍本部に問い合わせておく。向こうで、何らかの情報を掴んでくれるはずだ」

「ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 キリトは硬い表情のまま、頷きを返す。

 

 あのフード男。

 

 あいつさえ邪魔しなければ、シェーレを助けられたかもしれない。

 

『いや・・・・・・違う!!』

 

 キリトは頭の中に浮かんだ自分の考えを、即座に強く否定する。

 

 あの男が強かった事が原因ではない。

 

 自分がもっと早く、あの男を倒して駆け付けていたら、こんな事にはならなかった。

 

 つまり、キリトが弱かったから、シェーレを助けに入る事ができなかったのだ。

 

 その事が、キリトの心に強く刻み込まれる。

 

 脳裏に浮かぶのは、フード男の浮かべるふてぶてしい笑み。

 

 その姿が思い浮かぶだけで、キリトは全身の血液が沸騰しそうなほどの怒りに駆られる。

 

 次に会った時は、必ず倒す。

 

 その決意が、キリトの中で静かに燃えていた。

 

 

 

 

 

 鋭い連撃が空を切る。

 

 剣圧が空気を圧倒し、周囲に大気を撹拌する。

 

 漆黒の剣閃は、鋭く空を奔り、切り裂く。

 

 技を撃ちきり、剣を止めるキリト。

 

 同時に、

 

「グッ・・・・・・・・・・・・」

 

 とんでもない疲労感が襲い掛かり、思わず息を詰まらせた。

 

 既に何時間にもわたり帝具の能力の行使状態を維持し、体を酷使し続けたのだ。精神的、肉体的な疲労は、ピークを通り過ぎている。

 

 命がすり減る程の鍛錬を続けて、疲労を感じない筈が無かった。

 

 全身を襲う、強烈なまでの虚脱感。

 

「ッ!!」

 

 しかしそれでも尚、疲弊した体にムチ打って技を放とうと、エリュシデータを振り翳すキリト。

 

 次の瞬間、

 

 ビシッ

 

「グッ!?」

 

 突然、手首に放たれた衝撃に、キリトは思わず動きを止めてエリュシデータを取り落とした。

 

 とっさに振り返るキリト。

 

 そこには、リーゼント頭の大柄な男が、厳しい顔つきで立っていた。

 

 ブラートである。どうやら、いつに無く激しい訓練をしているキリトを気遣って、近付いてきたようだ。

 

 その傍らには、同じく心配そうな顔をしているタツミの姿もある。

 

「何すんだよ、ブラート!?」

「それくらいにしとけ」

 

 言ってから、ブラートは先ほどキリトの手首を打った訓練用の棒で、地面に落ちたエリュシデータを差す。

 

「ちょっとの衝撃を喰らっただけで、剣も握れなくなるくらい疲れてんだ。これ以上はやっても効率が悪くなるだけだぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ブラートの指摘に、キリトは無言のままそっぽを向く。

 

 訓練はただ闇雲にやれば良い、と言う訳ではない。疲労を押してやっても効率は下がる一方である。

 

 それは、キリト自身が誰よりも判っている。普段のキリトなら、このような真似は決してしないだろう。

 

 だが、脳裏の浮かぶシェーレの最後の光景が、キリトの心を無理やり前に進ませようとする。

 

 シェーレを救えなかった。

 

 その事実を前に、キリトもまた、ジッとしている事ができなかった。

 

 そんなキリトに対し、ブラートは口調を改めて諭す。

 

「シェーレの事は、お前のせいじゃねえ。そんな事は誰も、それこそシェーレ自身だって思っちゃいねえよ」

「でもッ」

 

 言い募るキリト。

 

 それに対して、ブラートは足元のエリュシデータを拾って差し出す。

 

「とにかく、少し休め。いざって時に役に立たないようじゃ、それこそ、様にならんだろ」

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 不承不承と言った感じ頷くと、キリトは受け取ったエリュシデータを鞘へと戻す。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 突然、キリトの視界の中で、世界が斜めに傾いだ。

 

 傾いているのは世界では無く、自分自身だ。

 

 そう思い至った時には、キリトの体は地面に横倒しになっていた。

 

 タツミが、必死になって呼びかける声が聞こえてくる。

 

 だが、それに答える気力は、キリトには残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村が、炎に包まれようとしていた。

 

 人々の悲鳴が交錯し、振り下ろされる刃は、無慈悲に命を奪っていく。

 

 奪える物は根こそぎ奪う。そんな印象が思い浮かぶ光景である。

 

 野党に襲われて村が全滅するのは、今の時代の帝国において、さほど珍しい話であるとは言えない。

 

 この不況により職を失った者達が野党と化し、他の村を襲って住民達を虐殺する。そして生き残った住人が、その日の食い扶持を求めて野党と化す例も珍しくは無い。

 

 まさに負の連鎖である。

 

 村に強力な自警団があれば、それでもまだ、襲撃を防ぐ事はできる。

 

 しかし、そのような存在がいない場合、徹底的な蹂躙と略奪を許す事になる。

 

 1人の少女が、炎の中から転がり出るようにして駆け出してくる。

 

 その背後から、凶悪な顔付をした野党が、手にした剣を振り翳して少女を追いかけてきた。

 

「そーら、逃げろ逃げろー!!」

 

 少女をいたぶるように、下卑た笑みを浮かべる野党。

 

 少女が逃げられないのは、野党にも判っている。判っていて、嬲り者にしているのだ。

 

 やがて、少女は、地面に足を取られて転倒する。

 

「どうしたのかなー? もう逃げないのかなー?」

「鬼ゴッコは終わりかい? おじさんたち、それじゃあつまらないんだけどなー」

 

 口々に勝手な事を言いながら、少女に迫って来る野党達。

 

 その刃がギラギラと、不気味な輝きを放ち、恐怖に歪んだ少女の泣き顔を照らし出す。

 

「それじゃあ、そろそろバイバイ」

 

 振りかざされる刃。

 

 次の瞬間、

 

 銃声と共に放たれた弾丸が、男の頭部を捉えて吹き飛ばした。

 

 鮮血を撒き散らして倒れる夜盗。

 

 誰もが驚き、驚愕に目を見開く中、

 

 炎の彼方に、整然と風を受けてはためく、無数の旗が翻った。

 

「ゲェッ あいつらは!?」

 

 野党の1人が、驚愕の声を上げる。

 

 白地に赤い十字架を染め抜いた一団。

 

 それは、近辺の野党たちにとって、恐怖の対象でもある。

 

「こちらは、帝国近衛軍特別機動部隊『血盟騎士団』!!」

 

 部隊の戦闘に立つ少女は、茶色の髪を風になびかせ、凛とした口調で言い放つ。

 

「これより、戦闘に介入ッ 野党たちを殲滅し、残った村人たちを救出します!!」

 

 少女は言い放つと同時に、腰に突っ立鞘から剣を抜き放つ。

 

 細い刀身に鋭い切っ先。

 

 レイピアと呼ばれる剣を掲げ、少女は突撃する。

 

 それと同時に、鎧を着込んだ兵士達も次々と突撃を開始した。

 

 血盟騎士団。

 

 それは、相次ぐ野党の跳梁を憂慮した大将軍ブドーが、自身の率いる近衛軍の中から、選りすぐりの精鋭を選抜して結成した部隊である。

 

 突撃を開始した騎士たちは、たちまち白い怒涛となって斬り込んで行く。

 

 怯む野党達。

 

 それまで我が物顔で村を蹂躙していた彼等は、一転して自分達が狩られる側へと転落していた。

 

 帝国最強の近衛軍の中にあって、特に最強部隊と言っても良い血盟騎士団の存在は、無法を働く野党達にとっては悪魔にも等しい事だろう。

 

 否、この場合は悪魔を狩る為に現れた天使の軍勢、とでも言うべきか?

 

 騎士達は、野党達を1人も逃がすまいと、次々と剣を振るって打ち倒していく。

 

 そんな中、

 

 どうにか村を抜け、逃走に成功しようとしていた一団がある。

 

 彼等は、迫りくる恐怖から逃れられた安堵から、一瞬、笑みを浮かべる。

 

 だが次の瞬間、

 

 その笑みは凍り付いた。

 

 彼等の目の前に、指揮官の少女がレイピアを携えて佇んでいる。

 

 その鋭い双眸は、まるで光線のように不届きな野党達を睨み据えていた。

 

「逃がすと思っているの?」

 

 可憐な唇から、低い声で死刑宣告が放たれる。

 

 だが、

 

 その姿を見て、野党達は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 

 相手は近衛兵とは言え、たかが小娘1人。自分達が一斉に掛かれば、仕留める事など造作も無い筈。

 

 そんな事を考えた時だった。

 

 少女の手が、霞む勢いで放たれる。

 

 殆どノーモーションで放たれる剣の一閃。

 

 その一撃が、野党の1人の心臓を容赦なく貫く。

 

「なッ!?」

 

 傍らで見ていた者は、何が起きたのかすら判らなかった。

 

 ただ、気付いた時には、少女の剣が仲間の体を貫いていた状態である。

 

 少女は、間髪入れずに動く。

 

 銀光と共に剣を返すと、残った敵も切り払う。

 

 一瞬、放たれた閃光が周囲を斬り裂いた。

 

 ややあって、少女はレイピアの血を払い、鞘へと戻す。

 

 それを待っていたように、斬られた男達は、音を立ててその場に崩れ落ちた。

 

 誰も、斬られた瞬間は愚か、少女が剣を振るった姿すら見ていない。

 

 正に《閃光》と称すべき姿である。

 

「副団長!!」

 

 そこへ、部隊を指揮していた兵士が、駆け寄ってくるのが見えた。

 

「村内の様子は?」

「ハッ 夜盗の殲滅は完了しました。しかし、家屋の被害や人的被害は意外に多く・・・・・・」

 

 無念そうに、騎士は言葉を詰まらせた。

 

 やはり、犠牲は避けられなかった。

 

 報告受けた副団長の少女も、唇を強く噛み締める。

 

 自分達がもっと早く行動を起こしていたら、と思うが、それも結果論に過ぎない。

 

「状況を団長に報告。生存者の救出と、受け入れ先の準備をした後、私達も帝都に戻ります」

「ハッ」

 

 少女の指示に、騎士は首を垂れて駆けていく。

 

 その背中を見送りながら、少女は深々と溜息をつく。

 

 今回の戦い、結果的に夜盗を殲滅し、生存者も救う事が出来た。

 

 だが、決して少ない犠牲ではなかったのは事実である。

 

 いかに最強の戦力を揃え、最高の部隊を率いたとしても、ままなら無い物と言うのは往々にして存在する。

 

 騎士の少女、アスナはそのように考え、深くため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 どれ程の間、眠っていた事だろう?

 

 覚醒する意識の中、キリトはぼんやりと考えを巡らせる。

 

 えっと、自分はどうしたんだったっけ?

 

 確か、訓練場で剣を振るっていた時に、ブラートとタツミがやってきて・・・・・・

 

 そこでブラートに諭される形で剣を収めたところまでは覚えている。

 

 しかし、その先がどうしても頭の中に浮かんでこなかった。

 

 どうやら、そこで気を失ったらしい。

 

「前から思っていたけど、あんたってホントは馬鹿よね」

 

 呆れの混じった言葉に引かれる様に首を回すと、椅子に座ったシノンが、頬杖を付くようにしてキリトを睨んできていた。

 

 ネコ科の動物を連想させる吊り上った瞳は、今はジト目になってキリトを睨みつけていた。

 

「ぶっ倒れるまで訓練する奴はいないわよ。普通は」

「なら、俺が普通じゃないって事だろ」

「・・・・・・何でそこで嬉しそうなのよ、あんた」

 

 最前までノびてたくせに、いきなり軽口を叩けるキリトに、シノンは呆れ声でツッコミを入れる。

 

 まったく、緊張感の無い事この上なかった。

 

「他の人間とは違う道を行くのが俺のモットーなんだよ。ところで、何でシノンが俺の部屋に?」

「あんたがバカやってぶっ倒れたから、見ててやってくれってブラートさんに頼まれたのよ」

 

 言ってから、シノンは盛大に溜息をついた。

 

「まったく、マインのお世話ならともかく、何で私があんたの面倒まで見なきゃいけないのよ」

「えらい、すんません」

 

 一応、迷惑を掛けていると言う自覚はあるらしいキリト。バツが悪そうに、苦笑いを浮かべてシノンを見やる。

 

 そんなキリトをジト目で見ながら、シノンはやれやれと肩を竦めた。

 

 まあ、冗談を言う程度には元気があるようだし、心配する必要は無いだろう。放っておいても、明日にはケロッとした顔で起きて居そうである。

 

 だが、

 

 シノンにとっては、ちょっと意外な気がした。キリトが、倒れるまで訓練に没頭するなど。

 

 普段は飄々と斜に構えており、どこか「実態」と言う物を掴ませない言動をする事が多いキリト。

 

 そんなキリトが、必死になる姿と言うのが、シノンにはどうしても想像できなかったのだ。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・もう、たくさんだと思ったんだけどな」

「え?」

 

 突然、口を開いたキリトに、シノンは驚いて顔を向ける。

 

 ベッドに横になったまま天井を見ているキリトは、静かな眼差しのまま語る。

 

「仲間を失うのは、もうたくさんだと思っていた」

「キリト、あんた・・・・・・・・・・・」

 

 キリトの言葉に、シノンは掛ける言葉を失って彼を見やる。

 

 まるで、過去に仲間を失った事があるかのような口ぶりだ。

 

 勿論、ナイトレイドは過酷な仕事である。その過程で仲間を失う事は珍しくは無いのかもしれない。

 

 しかし、キリトの言う「仲間」とは、今の仲間達の事を言っているのではない気がした。

 

「けど、シェーレを失って、俺は・・・・・・・・・・・・」

 

 その先を、キリトは続けることができない。

 

 まるで、何かを堪えるように口を紡ぎ、腕を上げて自分の目元を覆う。

 

 泣いている。

 

 キリトが。

 

 その姿に、シノンは軽いショックを感じる。

 

 人前では決して見せる事の無いキリトの姿が、彼の心に負った傷もまた、決して浅くは無い事を物語っていた。

 

 そっと、手を伸ばし、キリトの頭を撫でるシノン。

 

 普段なら、たぶん照れくさくて嫌がるであろう行為。

 

 だが、今のキリトは、シノンの手を払いのけるでもなく、ただされるがままに受け入れていた。

 

 

 

 

 

第10話「彼女がいない風景」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 帝都を望む事ができる北の丘の上に、絶望が降り立とうとしていた。

 

 一頭の飛龍に跨った女性は、ようやく見えてきた懐かしき帝都を見下ろす位置で立ち止まる。

 

「ただいま、帝都」

 

 不敵な笑みと共に呟くエスデス。

 

 それは、新たな戦いの幕開けを告げる、開戦のベルに他ならなかった。

 

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