漆黒の剣閃   作:ファルクラム

13 / 30
第13話「船上の激突」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全長が2500キロにも及ぶ大運河。

 

 帝国国内にとって、貴重な水上交通手段であり、国営水運業の中心となっている、いわば帝国の大動脈と言える。

 

 この運河を完成させるに当たって、当時の帝国はのべ100万人とも言われる民衆を労働力として投入、本来なら20年以上はかかるであろう工程を、僅か7年で終わらせている。

 

 当然、その際に生じた民への負担は大きく、帝国への不信感が強まった事は言うまでも無い。

 

 しかし、事は決して悪い面ばかりではない。

 

 運河が帝国にもたらした利益は莫大であり、それによって帝国の経済面が潤ったのも動かしがたい事実である。

 

 長い目で見れば、運河の完成が早かった事は、プラス面の方が大きかったと言えよう。

 

 また、運河がもたらす恩恵は、経済面だけではない。

 

 それは今、波止場に停泊している巨大な船が物語っていた。

 

 龍船と呼ばれる豪華客船は、大運河での運行を目的に建造された巨大船舶である。

 

 それ1隻が、まるで城塞の如き巨大さを誇り、内部には宮殿並みの内装と、最高級のスタッフによるもてなしによって、この世の天国とも言うべき空間が現出している。

 

 その龍船の甲板に今、キリトとタツミは立っていた。

 

「ほんとデカいよな、この船。うわっ 地上からもめっちゃ見られてる」

 

 少し興奮気味になタツミの言葉に、傍らのキリトは苦笑する。

 

 気持ちは判る。田舎から出てきたタツミは、こんな大きな船など見た事は無いだろう。

 

 それについてはキリトにも覚えのある話である。帝都に来るまではせいぜい、釣り船に乗った事がある程度である。故郷の田舎に釣り好きな老人がいて、彼にせがんでよく乗せてもらったのを今でも覚えている。

 

 今回、タツミの設定は地方から出てきた富豪の御坊ちゃま。キリトは、その護衛役の付き人と言う事になっている。

 

 そう考えれば、これくらいはしゃいでいた方がそれっぽく見えるかもしれない。

 

 しかし、

 

「あんまりはしゃいで、落っこちるなよ。その時は助けてやらないからな」

「いや、やらねェよ。て言うか落ちたら普通に死ぬだろ、これ」

「いやいや、やってみないと判らないぞ。じゃあ、早速試して・・・・・・」

「みないし!!」

 

 ギャーギャーと騒ぎ始める少年2人。

 

 と、次の瞬間、

 

 ゴンッ ゴゴンッ

 

「あだッ!?」

「いって・・・・・・」

 

 突然、脳天に奔った衝撃に、仲良く頭を押さえるタツミとキリト。

 

 そんな2人の傍らに、僅かな気配が浮かんだ。

 

「お前達、いくら何でもはしゃぎ過ぎだ。表向きはしゃぐなとは言わんが、敵がどこからくるか判らない以上、常に気は引き締めておけよ」

「あ。兄貴」

「言われなくても判ってるよ。けど、殴る事無いだろう」

 

 軽くコブができた頭を押さえ、口々に言い募るキリトとタツミ。

 

 ブラートは現在、インクルシオの奥の手である透明化機能を使い、キリトたちと共に龍船に潜入している。

 

 これは、ブラートの顔が既に、手配書として出回っている事が原因である。

 

 今回の任務は、そこまでして戦力を投入しなくてはならない程、難易度の高いミッションとなる事が予想されていた。

 

 ことの発端は数日前、アジトで行われた会議の場での事である。

 

 最近、帝と近郊で起こっている、連続文官殺害事件。

 

 その凶行は既に4件目になり、被害者も60名を数えるに至った。

 

 しかも座視できないのが、犯行現場に決まってばらまかれているビラに漆黒の鳥のマークが描かれており、ナイトレイドによる犯行である事が示唆されている点だった。

 

 これは明らかに、大臣側の罠だった。

 

 大臣としては、政敵である閣僚を葬ると同時に、それをナイトレイドの仕業に見せかけて悪名を広められるのだから、願っても無い状況と言う訳だ。

 

 加えて、この犯行の裏には、明らかにもう一つの狙いがある事が透けて見える。

 

 すなわち、「本物」をおびき出して狩る事。ナイトレイドがノコノコと現れたところを、万全の態勢で待ち構えた刺客達が葬ると言う訳だ。

 

 まさに一石三鳥。大臣側は、そこまで計算して今回の事件を仕掛けて来たのだ。

 

 利口な人間なら、今回の誘いはスルーする事だろう。敵が万全な体制で待ち構えている所へ、わざわざ飛び込んで行くことほど愚かな事は無い。

 

 だが、ナジェンダはあえて、虎口に飛び込む選択を下した。

 

 勝手に名前を使われた以上、相応の報いを与える。それが殺し屋の掟である。

 

 たとえ相手が誰であろうと、ナイトレイドの名を騙ってタダで済ませる心算は、毛頭無かった。

 

 方針が決まれば、あとは行動あるのみである。

 

 大臣派に狙われる可能性があり、尚且つ、宮殿の外に出る予定のある文官は2人。

 

 そこで、ナイトレイドも部隊を2つに分けて行動する事になった。

 

 今回、マインはセリューと戦った際の傷が完治していない為、出撃は見合わせている。また、レオーネは帝都にいるエスデスの動向を探る任務を帯びて単独行動している為、出撃メンバーは、2人の他にナジェンダを除いた6人となる。

 

 ブラート、キリト、タツミチームは、龍船上でのパーティに出席する人物を、

 

 アカメ、ラバック、シノンチームは、帝都近郊の村に行く人物を、それぞれ護衛する事になった。

 

 勿論、殺し屋が政治家をおおっぴらに護衛する訳にはいかないので、あくまでも密かに潜行する形での護衛となる。

 

 そこで、ブラートはインクルシオの透明化機能を使い、龍船に潜入したと言う訳だ。

 

「でもさ、兄貴」

 

 タツミはチラッと護衛対象の文官に目を向けながら言った。

 

「あの爺さん、あんだけたくさんの護衛に囲まれてんだぜ。そうそう手出しできるとは思えないけど?」

「油断は禁物だ。相手が帝具使いなら、多少の護衛なんぞ、いてもいなくても、大して変わらんしな」

 

 楽観論を述べるタツミに対し、ブラートは透明化したまま窘める。

 

 確かにタツミの言うとおり、文官の老人は常に護衛の兵士を引き連れて歩いている。簡単には手出しできない、と言うのはその通りなのだが。

 

 しかし、それでも不可能を可能にしてしまうのが、帝具の恐ろしい所である。

 

 今回の事件にしたところで、4件目の元大臣チョウリは、30名の護衛と共に殺害されている事を考えれば、油断はできない。

 

 多少の護衛など、紙の壁と同じだった。

 

「了解、そんじゃ、俺は船底の方を見回って来るよ。怪しい奴とかいないかさ」

「おい、キリト。大丈夫かよ、爺さんから離れて」

 

 そう言って踵を返すキリトに対し、タツミは訝るように言う。

 

 いつ、誰が、どこから襲ってくるか判らない以上、護衛対象から離れるのは危険だと思うのだが。

 

 対して、キリトは僅かに振り返って笑みを見せる。

 

「大丈夫だよ。何かあったら、すぐに駆けつけるし。それに、ここに居たら俺、浮いてしまうだろ」

 

 確かに、船上はパーティに華やかなムードに包まれ、タキシードやドレスに身を包んだ男女が、楽しげに語り合っているのが見える。

 

 そこに来て、地味な黒ずくめのコートを羽織り、背中には剣まで背負っているキリトの姿は、明らかに浮いていた。

 

「こっちは任せる。一回りしたら戻って来るよ」

 

 そう言うと、キリトは船底へと繋がる通路の方へと向かった。

 

 華やかな雰囲気に背を向け、キリトの足はタラップを伝って階下へと降りていく。

 

 流石、帝国が誇る豪華客船だけあって、内部の構造も広大且つ複雑である。まるで、それ自体が一つの迷宮であるかのようだ。

 

 キリトは事前に知らされていた内部構造を思い出しながら、奥へと足を進めていく。

 

 その時だった。

 

「キリト」

 

 背後から声を掛けられ振り返ると、そこには見慣れたリーゼントが見の男が立っていた。

 

「ブラート、どうしたんだよ? 爺さんの護衛、タツミ1人じゃ荷が重いだろ」

 

 訝るキリト。

 

 タツミの能力を信用していない訳ではないが、相手が帝具使いだったとしたら彼の手に余る。キリトかブラート、どちらかがタツミと一緒にいるべきところである。

 

「インクルシオの透明化機能が限界に来たからな。一旦、解除したところだ」

「なるほどね。帝具の奥の手ってのも、色々と大変だよな」

 

 そう言って肩を竦めるキリト。

 

 帝具を持つと言う事も半端な物ではない。帝具使いは帝具使いなりのリスクがあると言う事だ。

 

 対して、ブラートは何かを探るような視線をキリトへ向けて来た。

 

「な、何だよ?」

「いや、奥の手ね・・・・・・」

 

 訝るキリトに、ブラートは笑みを浮かべた顔で告げる。

 

「お前、俺達に何か隠しているだろ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 意味ありげに言うブラートに対し、キリトは無言のまま視線を返す。

 

 ブラートの質問はあえて主語が省かれているが、その質問の意図について、キリトには心当たりがあったのだ。

 

 秘密主義的なキリトの性格は、ナイトレイドの全員が知っている事である。だからこそブラートは、キリトが何かしら重要な事を、胸の内に秘めていると感じたのだ。

 

「お前の帝具は文献にも載っていなかったほど特別な物だ。恐らく、帝具の中でも後期に造られた物だろう。だからこそ、謎も多い」

 

 現在、帝具の中で、その能力が完全に把握されている物は、実は少ない。殆どの記録が500年前の内戦で失われてしまった為、正確な事が記された文献が少ないのが原因である。

 

 恐らく、現在の帝具使い達でも、自分の帝具を完全に把握できている者は大勢いると思われた。

 

 エリュシデータも、そうした帝具の一つである。

 

 記録らしい記録はほとんど残っておらず、僅かに名称のみが文献の片隅に書かれていただけである。それが無かったら、この黒ずくめの剣が帝具である事すら気付かなかった事だろう。

 

 そんなブラートに対し、

 

「まあ、そう言う事もあるかもな」

 

 キリトはそう言って肩を竦める。

 

 何にせよ、そう簡単に口を割る気は無い、と言う事だろう。秘密主義振りは相変わらず、と言う事か。

 

 もっともブラート自身、先の質問は、明確な答えを期待しての物でもなかったらしい。どうやら、キリトがそう答える事も予想していたようだ。

 

「まあ、良いさ。何にしても、今までお前の判断は間違った事は無いからな」

 

 いざという時に、必ずやキリトは力を発揮してくれる。故にブラートは、キリトの実力を疑ってはいなかった。

 

「それはそうと・・・・・・・・・・・・」

 

 そこで、ブラートは話題を変えるように口を開いた。

 

「お前は、もう大丈夫なんだろうな? この間の事を、まだ引きずってる、なんてことは無いな?」

 

 ブラートの問いかけに対し、

 

 キリトは僅かに、顔を俯かせる。

 

 ブラートが言っているのは、シェーレの死について、キリトが未だに未練を残していないか、と言う事である。

 

 シェーレの死によるショックは、皆の胸に深く刻まれている。

 

 新人のタツミやシノン、相棒だったマインは勿論ショックは大きいが、シェーレの死に間に合わなかったキリトの心の傷も、決して小さなものではない。

 

 だが、

 

 キリトはブラートを見て笑みを浮かべる。

 

「いつまでも、引きずっているようじゃ、この業界じゃやっていけないだろ」

 

 そう言うと、僅かに口元を引きしめた。

 

「仇は必ず取る。それが、俺がシェーレにしてやれる、唯一の事だよ」

 

 そう告げるキリトの瞳に迷いは無く、真っ直ぐにブラートを見つめ返している。

 

 殺し屋の供養は、ただ相手を殺す事のみ。シェーレを殺した奴には、いずれ必ず報いを受けさせる。

 

 救い難い事だが、それが殺し屋としての掟だった。

 

「そうか、なら良い」

 

 口元に満足げな笑みを浮かべるブラート。

 

 キリトはもう大丈夫だ。ちゃんと立ち直って、前へと進もうとしている。

 

 ならば、これ以上、この話を引っ張るのは野暮と言う物だ。

 

「まあ、辛くなったらいつでも言えよ。俺がいつでも添い寝して慰めてや・・・・・・」

「俺、もう少し下の方見て来るよ」

 

 ブラートが何か言う前に、キリトは足早にその場を後にする。

 

 これ以上、一緒に居たら何を言われるか判った物ではなかった。

 

「まったく、ブラートはあれさえなければいい奴なんだけどな」

 

 キリトは足を勧めながら、ぼやき交じりに呟く。

 

 ブラートはナイトレイド一の強さを持ち、経験ある大人として頼りがいがあるのだが、如何せん、いつもいつもホモ言動を繰り出してくるため始末に負えない。

 

 そんな事を考えながら、キリトは更に下へと向かっていく。

 

 時刻的に見て、そろそろ街区を抜け、陸地からの視線がまばらになってくる頃である。

 

 それはつまり、暗殺者にとって仕事のしやすい地形の場所が近付いていると言う事だ。

 

「敵が仕掛けて来るなら、そろそろだな」

 

 呟いた時だった。

 

 龍船の奏でるエンジン音に紛れて、何かが聞こえてくるのが判った。

 

「何だ?」

 

 訝るように足を止めるキリト。

 

 微かに聞こえてくるのは、機械的な音ではない。もっと心地良い、心にしみわたるような音だ。

 

「これは・・・・・・笛か?」

 

 首をかしげるキリト。

 

 妙な事だ。こんな場所で笛の音が聞こえるなんて。

 

 だが、決して不快ではない。むしろ、聞いているだけで気分が良くなってくる。

 

 何だろう? ずっと聞いて居たくなるような、そんな笛の音。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 思わずキリトは、息をのみながら膝を突く。

 

 突然、全身から力が抜けるような感覚に襲われ、立っている事が出来なくなったのだ。

 

「な、何だ、急に・・・・・・・・・・・・」

 

 立っている事ができず、壁に手を突きながらズルズルと崩れていくキリト。

 

 このままでは、意識を失うのも時間の問題である。

 

「・・・・・・そうかッ あの・・・・・・笛は」

 

 絞り出すように呟くキリトは、先程から聞こえている笛の正体に思い至り舌打ちする。

 

 あれはただの笛の音ではない。恐らく、敵の攻撃だ。

 

 落ちかけている思考をフル回転させ、確か文献にあった帝具の中に、相手の戦意を奪う物があった事を思い出す。

 

 間違いない。偽ナイトレイド達は、シノン達の方では無く、こちらに来たのだ。

 

 だが、

 

 そうしている間にも笛の音は途切れることなく響き、キリトの全身から力が奪われていく。

 

「ま、ずい・・・・・・・・・・・・」

 

 視界が、徐々に暗くなる。

 

 とうとう、意識まで落ち始めたのだ。

 

 全身の力が入らず、視界も暗くなっていく。

 

 闇が支配し始めた視界の中、

 

 キリトは最後の力を振り絞って、背中のエリュシデータに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚愕するタツミ。

 

 彼の目の前で、それまで船上パーティを楽しんでいた出席者たちが、次々と倒れていく光景が見えた。

 

「な、何だよ、これ・・・・・・・・・・・・」

 

 絞り出すように呟くタツミ。

 

 おかしくなり始めたのは数分前。妙な笛の音が響き始めた頃からだった。

 

 初めは、誰かが余興ついでに笛を吹いているのかと思ったが、程なく出席者たちが糸の切れた人形のように、その場に倒れはじめた時、タツミは異様な事態に気付いた。

 

 周りを見回せば、既にまともに立っている人間は1人もいない。

 

 タツミ自身、先程から極度に疲労したように体が重くなり、今や立っているだけでも精いっぱいの状態である。

 

 その間にも、不思議な笛の調べが聞こえてくる。

 

 不気味な音色だった。

 

 耳を塞いでも、音は脳に直接響いてくる。

 

 こんな事は普通では絶対にありえない。恐らく、敵が何らかの攻撃を仕掛けて来たと推察された。

 

 既に護衛対象の文官や、その護衛達も完全に無力化され、甲板に転がっている。

 

「これは・・・・・・まずい」

 

 そうしている内にも、タツミの体からは徐々に力が抜けていく。このままでは、意識が墜ちるのも時間の問題。

 

 そうなると、護衛対象の文官を守れるものがいなくなってしまう。

 

 背後から床を踏む音が聞こえたのは、その時だった。

 

「ああ、隠れているのは怠かったぜ」

 

 背後からに声に、とっさに振り返るタツミ。

 

 すると、そこには背中に巨大な斧を背負った巨漢の男が、こちらに向かって歩いてくるところだった。

 

 相手もまた、立っているタツミの存在に気付いて顔を上げる。

 

「お、何だ、この状況で、まだ頑張ってるのか?」

 

 船蔵から出てきたダイダラは、演奏を聞いても未だに立っているタツミを見て、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

 キリトやタツミが察した通り、この笛の音はニャウのスクリームによるものである。

 

 船上パーティの会場では、人の目が多すぎて暗殺がやりにくい事は、三獣士たちの方でも予測済みである。

 

 そこで、笛の音によって護衛を眠らせ、その間に文官を殺害してしまおうと言うのが、今回の三獣士たちの作戦だったのだ。

 

 その目的は、既に半ばまで達成された事になる。

 

 何しろ、既に甲板上で立っていられているのはタツミ1人の状態である。あとの者は、文官の護衛役も含めて、全員が寝入ってしまっている。

 

 正に、タツミが最後の砦と言っても過言ではなかった。

 

 そのタツミの前に立ったダイダラは、尚も強い意志を秘めて立つ少年を、面白そうに眺める。

 

「運が無かったな小僧。催眠にかかってりゃ記憶は曖昧。生かしておいてやったものをよ」

「・・・・・・て事は、テメェが偽ナイトレイドか?」

 

 ダイダラが話す内容を聞いて、断定するようにタツミは言った。

 

 この状況で姿を現した、と言う事は、目の前の巨漢が偽ナイトレイドであり、連続文官殺害事件の犯人と言う事で間違いないだろうと考えたのだ。

 

 タツミの質問に対し、ダイダラは口元の不敵な笑みを浮かべる。

 

「と言うと、そっちは本物さんかい? こりゃあ良い」

 

 ダイダラ達からすれば、本物のナイトレイををおびき出して始末する事も任務の内である。こうなる事は想定の範囲内だった。

 

 警戒を強めるタツミ。

 

 対してダイダラは足元に落ちていた剣を拾うと、タツミの方へ投げてよこした。

 

 飛んできた剣を受け取るタツミ。同時に、警戒するような眼つきでダイダラを睨みつける。

 

「・・・・・・・・・・・・何のつもりだ?」

 

 こちらに武器を与えるなど、リスクが高すぎる。いったい、何を考えているのか?

 

 訝るタツミに対し、ダイダラは笑いながら告げる。

 

「俺はさ、戦って経験値が欲しいんだよ。最強になるためにな」

 

 言いながら、ベルヴァーグを抜いて構えるダイダラ。

 

 どうせ戦うなら、相手が強い方が殺し甲斐もある。

 

 戦って戦って、経験値を上げ、そしてやがては高みへと上り詰める。それこそがダイダラの目標である。

 

 その為なら、多少のリスクを背負うくらい、ダイダラにとっては当然の事だった。

 

 対して、タツミも剣を持って構えを取る。

 

「掛かって来いよ。この位置なら、人も倒れていないし、やりやすいだろ」

「・・・・・・あ、そ」

 

 挑発するダイダラに対し、タツミは低い声で言いながら、剣を鞘から抜く。

 

 相手の目的がどうあれ、掛かってこいと言うなら躊躇うつもりはない。何より、偽ナイトレイドを見逃す気は毛頭無かった。

 

「じゃあ、良い経験させてやる」

 

 鞘を払うと同時に跳躍。勢いをそのままに斬り掛かる。

 

「地獄めぐりだ!!」

 

 疾風の如く、ダイダラへ斬り掛かるタツミ。

 

 対して、

 

「良いゼェ、その威勢の良さ!!」

 

 迎え撃つダイダラは、真っ向から大きくベルヴァークを振り翳す。

 

「すっげェ ぶっ壊し甲斐がある!!」

「ッ!?」

 

 ダイダラの凄味のある笑みに、一瞬呑まれるタツミ。

 

 一瞬、突撃の速度が鈍る。

 

 そこへ、勢いの付いた斧が、動きを鈍らせたタツミに襲い掛かった。

 

 とっさに手を床について突撃にブレーキをかけ、攻撃をキャンセルするタツミ。

 

 そこへ、大斧が容赦なく振り下ろされる。

 

 直撃を受け、粉砕される甲板の床板。

 

 だが、タツミはとっさに突撃を止めた為、間一髪のところで攻撃を逃れる。

 

「な、なんて威力だッ!?」

 

 背筋が寒くなるタツミ。

 

 もし、判断が一瞬でも遅かったら、タツミの体は真っ二つにされていた事だろう。

 

 対照的に、ダイダラは面白そうに、顔面に笑みを刻む。

 

「音にやられた体で、よくよけたじゃねェか。なら・・・・・・」

 

 言いながらベルヴァークを中央から分離、片方を大きく振りかぶる。

 

「これはどうだッ オラッ!!」

 

 一閃された腕から放たれたベルヴァークの片割れは、旋回しながらタツミに向かって飛翔していく。

 

「そんな物、当たるかよォ!!」

 

 とっさに、身を沈めて回避するタツミ。

 

 ベルヴァークは、回避したタツミに命中せず、そのまま旋回しながら後方へと飛んでいく。

 

 だが次の瞬間、

 

「何っ!?」

 

 驚愕に、目を見開くタツミ。

 

 タツミの視界の中で、通り過ぎた筈のベルヴァークが旋回して戻ってくるのが見えた。

 

 帝具《二挺大斧ベルヴァーク》は、勢いが続く限り標的の追尾を続ける能力がある。その為、いったん回避に成功したとしても油断できないのだ。

 

 飛んできた斧に腹部を、僅かに斬り裂かれるタツミ。

 

 とっさの事だったが、タツミはどうにか後方に跳躍して回避する事に成功したのだ。

 

 だが、ベルヴァークは尚も勢いを失わず、更にタツミへと迫ってくる。

 

 甲板に膝を突いた状態のタツミには、もう一度回避するだけの余裕は無い。

 

 その刃が至近距離まで迫り、

 

 次の瞬間、

 

 振り上げられた漆黒の剣が、飛んできたベルヴァークを切り払った。

 

 そのまま勢いを削がれ、ダイダラの手の中へと戻る斧。

 

 タツミもまた、どうにか体勢を立て直して立ち上がる。

 

 そんな中、

 

「間に合ったか・・・・・・・・・・・・」

 

 タツミを守るように現れた少年は、漆黒のロングコートを靡かせ、剣を携えた少年が立っていた。

 

「キリト!!」

「悪いタツミ、ちょっと遅くなった」

 

 苦笑交じりに言ってから、キリトは視線をダイダラへと向ける。

 

「・・・・・・エスデス軍三獣士の一人、ダイダラか。予想が大当たりだな」

 

 三獣士の存在はあまりに有名である為、キリトも要注意人物として頭に叩き込んでいる。

 

 つまり、こいつらが一連の事件の犯人と言う訳だ。

 

 エスデスが今回の事件に絡んでいる事を予想していたキリトだったが、その予想が正に的中した形である。

 

 そして、

 

「こいつは手間が省けたな。犯人の方からノコノコ出て来てくれるとは」

 

 声に導かれるように振り返ると、ブラートが引き締まった巨体で甲板に立っていた。

 

「エスデスの部下が犯人だったか。俺達の名を騙って暗殺とは、随分と姑息な手を使うじゃねえか。そんなんじゃ、帝国最強の名が泣くぜ」

「ハッ エスデス様がこんな回りくどい手を使うかよッ 全ては大臣の差し金さ」

 

 挑発するようなブラートの言葉に、ダイダラはあっさりと事実を語る。

 

 話しても問題無いと思っているのか、それとも単純に考え無しなのか。いずれにしてもこれで、ホシ確定である。

 

「それにしてもテメェ等、よく動けるな。無気力化の演奏を聞いてるはずなのに」

「ああ、そう言う演奏だったのか」

 

 訝るようなダイダラの言葉を聞いて、ニヤリと笑みを見せるブラート。

 

「だったら、効かないはずだぜ。俺の中の熱い魂は、他人に鎮められる物じゃないからな」

 

 不敵に言い放つブラート。

 

 堂々としたその姿からは、演奏によって腑抜けている様を見てとる事はできなかった。

 

 だが、ダイダラは気付いた。ブラートの右の太腿が、赤い血に染まっている事に。

 

 聞こえてきた笛の音が、帝具による広域攻撃であるととっさに判断したブラートは、自ら太腿を大きく抉り、その痛みを持って洗脳を打ち破ったのだ。

 

 かなり危険な賭けであったことは間違いない。一歩間違えば、自ら戦闘力を落としてしまう可能性すらあった。

 

 しかし、そこで躊躇う事無く実行するからこそ、ブラートはナイトレイド最強足り得るのだ。

 

「キリト、お前は大丈夫なのかよ?」

「まあな、ちょっとした裏技って奴だよ」

 

 尋ねてくるタツミに、そう言って手に持ったエリュシデータを掲げて見せるキリト。

 

 その時、

 

 ダイダラの両脇を挟むように、二人の人物が甲板に降り立った。

 

 三獣士の残る二人、リヴァとニャウである。

 

 ニャウの演奏で船全体を無気力化したが、甲板上での戦闘音を聞き付け駆け付けて来たのだ。

 

「やはり、ナイトレイドが来ていたか」

「予定通りだね」

 

 ナイトレイドをおびき寄せて狩る。それは三獣士たちの作戦の一環。

 

 これで、全ての罪をナイトレイドにかぶせる事ができる。キリトたちを殺し、彼等の首を下手人として晒せば、誰もが一連の犯行をナイトレイドの仕業として疑わないだろう。

 

 勿論、むざむざと殺される気は、キリトたちには毛頭ない訳だが。

 

「役者が揃ったな」

 

 静かな声と共に、エリュシデータの切っ先を持ち上げるキリト。

 

 おびき出されてノコノコ現れた、と言う意味では、三獣士たちも同様である。キリトたちも万全の態勢で今回の戦いに臨んでいるのだ。

 

 ここまでは双方ともに予定通り。ナイトレイド、三獣士共に揃い踏みした形である。

 

 対峙する両者。

 

 その中で、

 

「あなたは・・・・・・・・・・・・」

 

 1人、ブラートは驚愕に包まれた表情で、リヴァを見ていた。

 

 対するリヴァもまた、険しい表情をしてブラートを見ている。

 

「兄貴、どうしたんだよ?」

 

 尋ねるタツミにも、ブラートは答えない。

 

 そんな中、

 

「・・・・・・・・・・・・久しいな、ブラート」

 

 リヴァは重々しく口を開いた。

 

 ブラートとリヴァ。

 

 互いに交わされる視線には、敵意の他に確かな回顧の念が混じっているのが判る。

 

「兄貴、あいつ知っているのか?」

「ああ。良く知っているよ。お互い、敵じゃなかったら酒を酌み交わしたくなるほどにな」

 

 硬い表情でリヴァを睨んだまま、ブラートは頷きを返す。

 

 その緊迫した表情から、キリトも思い出したように口を開いた。

 

「・・・・・・元帝国陸軍、南方討伐軍所属リヴァ隊副将。それが、帝国軍時代のブラートの肩書きだったな」

 

 数年前、帝国南方に勢力圏を持つ異民族のバン族が、帝国の圧政に対して反旗を翻した。

 

 当初、帝国軍はバン族討伐に12万もの大軍を動員したのに対し、バン族軍は僅か1万。戦いは、帝国軍の圧倒的勝利に終わると思われていた。

 

 しかし、南方特有の疫病や害獣、大型危険種が討伐軍を次々と襲い、帝国兵達は戦うどころか、軍としての秩序を維持する事すら不可能になった。

 

 そこへ、地の利のあるバン族が奇襲を仕掛けて来た事で、帝国軍の戦線は崩壊。戦いは泥沼化の様相を見せていった。

 

 結局、戦いは最終的に、最強部隊であるエスデス隊が投入された事で一気に勝敗が決し、帝国軍の勝利に終わる事になる。

 

 そんな中、リヴァ隊は戦争初期に戦線投入された部隊の一つである。

 

 優れた指揮官と、よく訓練された精強の兵達によって構成されたリヴァ隊は、士気の低下した帝国軍内にあって、ほとんど唯一の気を吐いた部隊である。リヴァ隊がいなかったら、帝国軍はエスデス隊の到着前に全面潰走していたとさえ言われている。

 

 だが、それほどの活躍を見せたリヴァ隊だが、その活躍に見合った評価はされなかった。

 

 南方作戦中に帝国中央で政変が起こり、現大臣オネストが政権を掌握した事が原因である。

 

 オネストは軍の高官に至るまで、全員に賄賂を強要し、それに応じない者を皆、罪を着せて処罰していったのだ。

 

 リヴァも、そうして罷免された1人である。

 

 清廉潔白なリヴァは、賄賂を強要するオネストのやり方に従う事ができなかったのだ。

 

「リヴァ将軍、あなたが、なぜ・・・・・・・・・・・・」

「私はもう、将軍ではない。エスデス様に拾われてからは、あの方の忠実な僕だ」

 

 呟くように言うと、リヴァは右手の白手袋を取り去る。

 

 その中指に怪しく光る指輪は帝具《水龍憑依ブラックマリン》である。

 

 ブラート。

 

 そしてリヴァ。

 

 かつて共に戦った仲間であり、そしてまた立場を越えた友でもあった2人が今や敵同士となり、避け得ぬ戦いの場にて対峙していた。

 

 同時に、キリト、ニャウ、ダイダラの3人も身構える。

 

「タツミは下がってろ」

 

 低い声で、キリトは言う。

 

 ここから先は帝具戦になる。帝具を持たないタツミでは、三獣士に対抗するのは難しいだろう。

 

 しかし、

 

「もし、俺達がやられたら、その時はタツミ、お前が最後の切り札になる。頼んだぜ」

「ああ、気を付けろよキリト」

 

 キリトの言葉に、頷きを返すタツミ。

 

 確かに、キリトの言うとおりだ。帝具を持たない自分では足を引っ張る可能性が高い。ここは素直に従っておくのが得策だろう。

 

 だが、

 

 タツミは手にした剣を握り締める。

 

 万が一の時は、迷わず割って入る。その為の準備は怠る心算は無かった。

 

 次の瞬間、

 

 ナイトレイドと三獣士。

 

 双方は弾けるように、互いの敵目がけて襲い掛かった。

 

 

 

 

 

第13話「船上の激突」      終わり

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。