漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第15話「黒白のジョーカー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギリッ

 

 思わず、キリトは自らの歯を噛み鳴らした。

 

 床には倒れた三獣士たちの姿。

 

 リヴァ、ニャウ、ダイダラ、いずれも致命傷を受けて床に転がっている。

 

 偽ナイトレイドを名乗っていた彼等を撃破し、任務完了しようとした矢先の出来事だった。

 

 ブラートの胸に突き立った一本のナイフが、全ての運命を狂わせた。

 

 とっさに、ナイフが飛んできた方向を見るキリト。

 

 そこには、不気味な影を引く三人の人物が立っていた。

 

「こいつはGood Luckだ。ナイトレイド最強の男を狩れるとは」

 

 口笛交じりに囁かれた言葉に対し、キリトは不愉快そうに眉をしかめた。

 

 三人の男の内の一人。真ん中に立つフードの男に、キリトは嫌という程見覚えがあった。

 

「お前は、あの時の・・・・・・・・・・・・」

 

 それは、あの夜。

 

 シェーレがセリューに殺された時、キリトを邪魔したダガー使いの男だった。

 

「よう、また会ったな、黒の剣士。元気そうで嬉しいぜ」

 

 僅かに見える口元で、笑みを見せる男に対し、キリトはエリュシデータを持ち上げ、警戒するように切っ先を向ける。

 

 だが、そんなキリトの様子など、まるで脅威にならないと言わんばかりに、フード男は肩を竦めて見せる。

 

「できれば、エスデス軍の連中と共倒れになってくれればベストだったんだが、まあ、ここまで痛めつけてくれれば充分だろ。これはこれで、面白い状況だしな」

 

 眉をしかめるキリト。

 

 悔しいが、奴の言うとおりである。スクリームの無気力化演奏に加えて、帝具の能力を利用した強引な戦闘で、既にキリトの体はボロボロに近い。

 

 これ以上の戦闘は、不可能に近かった。

 

 だが、

 

 実際に戦った事のあるフードの男は勿論、初めて見る二人の男も侮れない実力者である事が判る。

 

 1人は目の部分が赤く染まっている髑髏の仮面をかぶり、足元まで覆う外套にすっぽりと身を包んでいる。

 

 もう1人は、こちらは目の部分をくりぬいたズタ袋で顔を隠し、手にはナイフを持っている。

 

 異様な姿の三人から発せられる雰囲気は尋常な物ではない。

 

 対してこちらは、キリトが消耗し、タツミは帝具を持っていないので、事実上、戦いに参加させる事は難しい。

 

 そして、

 

「兄貴、しっかりしろ!!」

 

 悲痛なタツミの声に振り返ると、甲板に膝を突いたブラートが、口から大量の血を吐き出していた。

 

 事態は明らかに尋常ではない。

 

 吐き出される血と共に、ブラートの命が削られて言っているのが判った。

 

「兄貴ッ 何で、こんな浅い傷でッ!?」

「ムダムダムダ~」

 

 焦慮を募らせるタツミを嘲笑うように、ズタ袋の男が、その即席とも言える仮面の下から、せせら笑いを上げる。

 

「そいつが何で苦しんでいるか判るかー? ナイフで刺されたからじゃねえぞ」

「・・・・・・まさかッ!?」

 

 その言葉の真意に気付き、キリトは全身の毛が逆立つ想いだった。

 

 ただナイフで刺されただけにしては、ブラートの状態は重篤すぎる。しかもブラートは、リヴァとの戦いで解除されたインクルシオの他にも、胸部にブレストプレートも付けて防御を固めているのだ。

 

 ナイフは、そのブレストプレートを貫通する形で突き刺さっている。

 

 その技術自体は大したものかもしれないが、同時にブラート自身の傷は鎧の上から受けた為、思っているよりも浅い筈なのだ。

 

 にも拘らず、ブラートの状態は瀕死と言って良い程に悪化している。

 

「まさか、毒・・・・・・・・・・・・」

「ピ~ンポ~ン」

 

 ケラケラと笑うズタ袋の男は、手にしたナイフを掲げて見せる。

 

「毒武器の扱いには慣れてんだよねー、俺。いくら体鍛えてるったって、体の中までは鍛えられないっしょ」

「そう言う事だ。そいつはもう、助からねえよ」

 

 言いながら、外套の男は腰の鞘から例の肉斬り包丁のような大型ダガーを取り出す。

 

 先程から一言もしゃべらない髑髏仮面の男の存在も、不気味な異彩を放っている。

 

「覚えておけ。俺達の名は《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。俺達には帝国も革命軍も関係ねえッ お前ら全員ぶっ殺し、地べたに這わせる事だけが、俺達の願いだ!!」

 

 そう言って、高笑いを上げるフード男。

 

 ラフィン・コフィン。

 

 初めて聞くその名前に、キリトは戦慄を覚える。

 

 キリト達自身、自分達のしている事がまっとうだと思った事は一度も無い。

 

 どれだけ取り繕ったところで、やっている事は人殺しだし、そこに正義などありはしない。

 

 しかし、その根底には常に、圧政に虐げられてきた民を想う心があり、そんな彼等の為に、いつか国が変わるその時まで、戦い続けようと言う意思があった。

 

 だが、目の前の連中は違う。

 

 こいつらはただ、混乱しきった今の状況を楽しみ、火に油を注ぐ事だけを目的にしている。

 

 人がもがき苦しみ、死の淵へと落ちていくのが楽しくて仕方がないのだ。

 

 そんな奴等がいるとは。

 

 キリトは、剣を構えて前へ出ようとする。

 

 だが、

 

「おっと、勘違いするなよ」

 

 恐らくリーダー格と思われる外套の男は、前へと出ようとするキリトに対し、片手をあげて制する。

 

 同時に、ダガーを持った手を大きく水平に掲げた。

 

「今日のお前の相手は俺達じゃねえ。こいつだ」

 

 そう言うと、背中に向けた刃を、掻き斬るように横一線に引く。

 

 何をッ と思った瞬間。

 

 驚くべき事が起こった。

 

 切り裂かれた軌跡をたどるように、

 

 空間が真っ二つに斬り裂かれたのだ。

 

 避けた空間からは、何か黒い煙のような物がにじみ出ているのが見える。

 

 明らかに、尋常な光景ではなかった。

 

 驚いて見守る中、ラフィン・コフィンの3人は、危険を回避するようにその場から飛び退く。

 

 一体何が起こるのか?

 

 固唾をのむようにして見守る中、

 

 空間の裂け目に手を掛けるようにして、

 

 《それ》は、姿を現した。

 

 人間に数倍する巨体に、ヤギのような顔を持つ青黒い姿の巨人。

 

 手には無骨な剣まで握っている。

 

「き、危険種?」

 

 タツミの驚愕する声が聞こえてくる。

 

 キリトもまた、あまりにも現実離れした光景に、声も出せないでいる。

 

 あのフード男。

 

 あいつの帝具は、危険種を自在に召喚する事ができると言うのか?

 

 そこで、キリトはある事を思い出して、ハッと我に返る。

 

「まずいッ!?」

 

 振り返れば、未だに甲板上にはスクリームの影響で起き上がる事ができないでいる乗客たちが転がっている。

 

 彼ら全員を今から起こし、あの危険種が暴れ出す前に全員を逃がす事は不可能だ。何より、ここは運河を航行する豪華客船の上。逃げ場など端から存在しない。

 

「こいつは西方で暴れまわっていた超級危険種の一体、グリームアイズだ。なかなか捕まえるのに苦労した逸品だぜ」

 

 フード男はニヤリと笑うと、両手を大きく広げて見せた

 

「さあ、イッツ・ショウーターイム!!」

 

 まるで謳い上げるように、高らかに宣言する。

 

「民を守るのがナイトレイドなんだろ!! なら、そこに無様に転がってる愚図共を、全員コイツから守って見せろよ、黒の剣士!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最悪の戦いが、幕をあげようとしていた。

 

 グリームアイズと呼ばれる危険種は、目の前に転がる獲物の群れに歓喜するように咆哮を上げ、今にも襲い掛かってきそうな気配を見せている。

 

 ラフィン・コフィンの作戦は正に、「最悪」の一言に尽きる。

 

 彼等は危険種をけしかけ、自分達は高みの見物を決め込むつもりなのだ。

 

「クソッ」

 

 舌打ちするキリト。

 

 相手は超級危険種。

 

 対して、こちらは手負いのキリト1人だけ。ブラートは既に、瀕死の重傷を負って動ける状況ではない。

 

 だが、それでも、

 

「やるしか、ない・・・・・・・・・・・・」

 

 悲壮な決意と共に、キリトはエリュシデータを構え直す。

 

 せっかく偽ナイトレイドから守り抜いた文官や、その他の民達を、こんな形で殺させる訳にはいかなかった。

 

 と、

 

「加勢するぜ、キリト!!」

 

 そんなキリトの傍らに、剣を構えたタツミが並ぶ。

 

 帝具を持たないタツミだが、この状況下では間違いなく貴重な戦力である。

 

 その勇ましい姿は、今のキリトにとって何よりも頼もしかった。

 

「頼りにしてるぜ」

 

 互いに笑みを交わす、キリトとタツミ。

 

 次の瞬間、

 

 雄たけびをあげて、グリームアイズが突っ込んで来た。

 

 強烈な突撃と共に、手にした大剣を振り翳すヤギ頭の悪魔。

 

 対して、

 

「おォォォォォォ!!」

 

 エリュシデータの能力によってアシストを得たキリトは、真っ向から振り下ろされる刃に対抗する。

 

 振り上げられた剣。

 

 激突の一瞬、

 

「グッ!?」

 

 キリトの腕に、へし折られそうなほどの衝撃が襲い掛かり、少年の体は僅かにノックバックする。

 

 靴底の鋲で甲板を噛みながら、衝撃を堪えるキリト。

 

 鋭く斬り上げられた剣は、辛うじて悪魔の大剣を弾き飛ばす事に成功する。

 

 だが、

 

「クソッ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず飛びそうになる意識を、どうにか首を振って引き戻す。

 

 先の戦闘におけるダメージは、確実にキリトをむしばんでいる。

 

 既にエリュシデータの能力補正無しでは、まともに戦う事はできない状態である。

 

 対して、

 

 キリトに剣を弾かれたグリームアイズは、僅かに後退したものの、体勢を崩すことなくその場に立っている。

 

 互いの質量差がありすぎる為、並みの攻撃では体勢を崩す事すらできないのだ。

 

 そこへ

 

「こっちだ、デカブツ!!」

 

 剣を構えたタツミが、背後からグリームアイズに襲い掛かる。

 

 身軽なタツミは壁を使った跳躍で悪魔の頭の高さまで到達すると、同時に剣を横なぎに振るう。

 

 鋭い一閃。

 

 しかし次の瞬間、タツミが振るった剣は、グリームアイズの強固な表皮に阻まれ、僅かに表面に傷をつけただけで弾かれてしまう。

 

「何っ!?」

 

 驚愕と共に、反動で弾かれるタツミ。

 

 対して、グリームアイズはタツミの存在に気付き、振り向き様に拳を振るってくる。

 

 旋回する剛腕。

 

 大気を粉砕するような一撃を前にして、

 

「クソッ!?」

 

 とっさに空中で体勢を入れ替えたタツミは、グリームアイズの一撃を回避。そのまま甲板に着地する。

 

「こいつ、随分と硬いぜ!!」

「危険種だけの事はあるって事だな」

 

 タツミの声に頷きながら、キリトは攻撃の動作へと入る。

 

 剣を担ぐように構えると、同時に大きく跳躍。グリームアイズの肩の高さまで飛び上がる。

 

「ヴァーチカルアーク!!」

 

 Vの字に放たれる剣閃。

 

 普通の人間が相手ならば、致命傷を与える事すら不可能ではない威力を秘めている。

 

 しかし、

 

 剣はまたも、空しく弾かれる。

 

 キリトの体は、反動を受け、空中で錐揉みする。

 

 剣が当たった場所に目を向けると、僅かに表皮を斬り裂いた跡は見られるが、それだけである。致命傷どころか、掠り傷と言うにすら遠かった。

 

 能力アシストを得た攻撃ですら、グリームアイズにろくなダメージを与えられないのだ。

 

「何か、弱点でもあればッ・・・・・・」

 

 着地と同時にグリームアイズの攻撃を回避しながら、キリトは焦慮に駆られたように呟く。

 

 視界の端では、タツミが連続して剣を振るい攻撃を仕掛けているが、芳しい戦果を挙げているとは言い難い。

 

 やはり、並みの攻撃ではダメージを与える事は難しい。

 

 何か、決定的な一撃を与える事ができなければ、この場での全滅すらあり得た。

 

 

 

 

 

 一方、タツミは数度にわたって行った攻撃を全て弾かれ、舌打ちしながら後退する事を余儀なくされていた。

 

 硬すぎる。

 

 タツミの攻撃では全て弾かれ、グリームアイズに対し決定打を与える事はできなかった。

 

「クソッ このままじゃッ」

 

 タツミは剣を構え直しながら、チラッと背後を見やる。

 

 そこには、甲板に転がっているたくさんの人々の姿がある。

 

 今はまだグリームアイズは、張り付くように自身の周りを飛び交っているキリトとタツミの存在に引きずられるように、足を止めて応戦しているが、いずれ、その牙の矛先を転がっている人々に向けるであろう事は、想像に難くない。

 

 それだけは、何としても阻止しないといけないのに。

 

 しかし、タツミの攻撃力ではいかんともしがたい。

 

 そもそも、帝具を使ったキリトの攻撃ですら、掠り傷を負わせるので精いっぱいなのだ。タツミの力では足止めするのがせいぜいだった。

 

 その時、

 

「タツミ・・・・・・・・・・・・」

 

 かすかな声で呼ばれ、タツミは振り返る。

 

 するとそこには、床に転がった状態でこちらを見ているブラートの姿があった。

 

「兄貴、意識が戻ったのか!?」

 

 慌てて駆け寄るタツミ。

 

 それに対し、ブラートはうっすらと開けた瞳で、弟分を見やる。

 

「状況は・・・・・・どうなってる?」

 

 こうやって口を開けて言葉を発するだけでも、既にブラートにとっては大儀であるようだ。掠れるような言葉は、ふとすれば聞き漏らしてしまいそうである。

 

「デカい危険種が暴れているよ。今はキリトが何とか抑えているけど、ちょっとまずい状況だ」

「・・・・・・・・・・・・そうか」

 

 ブラートは、首を傾けて戦うキリトを見やる。

 

 今もキリトは、グリームアイズが振り下ろした巨大な剣を、エリュシデータで切り払っている。

 

 通常では不可能な芸当だ。そもそも、キリトとグリームアイズとでは、身長で5倍以上、全体の大きさとしては10倍近い差がある。質量差を考えれば、差はさらに広がるだろう。

 

 それでもキリトが拮抗していられるのは、能力アシストによって得られた剣速と威力、状況を正確無比に見極めるキリトの戦術眼。そして帝具の強度が重なり合っているからに他ならない。

 

 だが、それがいかに危険な状況であるか、ブラートにはよく判っていた。

 

 今の拮抗は、奇跡的に全ての要素が調和した結果に過ぎない。キリトがちょっとでも受けるタイミングを見誤れば、その瞬間、グリームアイズの剣はキリトを斬り裂くだろう。

 

 そうなる前に、手を打たないと。

 

 しかしもう、ブラートは全身に毒が回り、体を動かす事すらできなくなっている。

 

 そんな自分に、まだできる事があるとすれば・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・タツミ」

「兄貴、どうした?」

 

 意を決して、ブラートは弟分に声を掛けた。

 

 

 

 

 

 振り下ろされた大剣の一撃を、キリトは辛うじて弾く事に成功していた。

 

 だが、勢いまでは殺しきれず、甲板上を大きく吹き飛ばされて後退する。

 

「クソッ!?」

 

 エリュシデータの切っ先を甲板に突き立ててブレーキを掛けつつ、どうにか戦闘態勢を維持する。

 

 その視界の中で、グリームアイズが高らかに咆哮を上げるのが見えた。

 

「・・・・・・良い気になりやがって」

 

 舌打ちしつつ立ち上がると、再びエリュシデータの切っ先を悪魔に向ける。

 

 どうあれ、ここで退く事は許されない。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 跳躍。

 

 同時に、突進の勢いそのままに、上段から剣を繰り出す。

 

 振り下ろされるグリームアイズの剣を掻い潜りながら、更に一撃。続けて一撃。

 

 立て続けに三連撃をくらわし、更に鋭い斬り上げを行う。

 

 苦悶するように雄たけびをあげるグリームアイズ。

 

 トドメとばかりに、剣を斬り下ろすキリト。

 

 そこで、ようやく僅かに、グリームアイズが後退した。

 

 怒涛の五連撃。

 

 この技は本来、完璧に決まれば八連撃が可能になるのだが、今のキリトではこれが精いっぱいだった。

 

 しかし、

 

 荒い息を吐き出しながら顔を上げるキリト。

 

 その視界の中で、尚もこちらに向かってくるグリームアイズの姿がある。その体には、僅かに傷を負った様子があるが、それだけである。

 

 キリトの渾身の攻撃を持ってしても、大ダメージを与えるには至らなかったのだ。

 

「クソッ」

 

 舌打ちするキリト。

 

 このままでは、キリトの体力の方が先に尽きてしまう。

 

 どうにか、反撃の一手を打たないと。

 

 

 

 

 

 そう思った時だった。

 

 

 

 

 

 突如、白い尾を引く流星がキリトの後方から飛来し、グリームアイズの胸部を直撃した。

 

 吹き飛ぶ悪魔。

 

 そのまま、甲板の上にあおむけに倒れ込む。

 

 あまりの威力に、その巨体は上甲板を突き破り、中甲板まで落下するほどであった。

 

「なッ!?」

 

 あまりの光景に、思わず絶句するキリト。

 

 自分がどうあっても倒せなかったグリームアイズを、ここまで吹き飛ばすとは。

 

 その視界の中で、

 

 ゆっくりと立ち上がる人物。

 

 龍を模した鎧を着込んだ人物は、キリトに振り返った。

 

「インクルシオ・・・・・・ブラートか・・・・・・いや・・・・・・」

 

 フルフェイスマスクに、鋭角的な装甲は、確かにインクルシオの物である。

 

 だが、ブラートが装着していた物とは、いくつかの違いがある。

 

 まず、ブラートが装着するときは、ロングコート状の外套を上から羽織るが、目の前のインクルシオは、体全体を覆うマントを羽織っている。腰回りの装甲も、前は無かった物だ。

 

 全体的にマッシブだったブラートの物とは違い、こちらはややスマートの印象がある。

 

「お前まさか・・・・・・タツミ、か?」

「ああ」

 

 キリトの問いかけに果たして、インクルシオは頷きを返した。

 

 自分がもはや戦えない事を悟ったブラートは、自身の相棒とも言うべきインクルシオを、次代の担い手に託したのだ。

 

 インクルシオは元々、タイラントと呼ばれる龍型超級危険種の体を素材として使っている。

 

 タイラントはその凶暴性故にあらゆる生命を喰らい尽くす、厄災の化身として恐れられている。

 

 特徴的な生態として、灼熱の砂漠であろうが、永久凍土であろうが適応する能力があり、一時、始皇帝が差し向けた討伐部隊に狙われた個体は、危険を回避する為にステルス能力を身に着けたと言う。それが今日の、インクルシオの透明化機能に繋がっていると思われている。

 

 鎧の形を取ってはいるものの、インクルシオの元になった龍はまだ生きて進化を続けていると言う。

 

 そのインクルシオが、タツミの特性に合わせて自身を進化させたのだ。

 

 キリトは、とっさにブラートに目を向ける。

 

 すると、

 

 床に転がったまま、ブラートは笑みを向けて来た。

 

 その顔は、既に毒が回っているとは思えない程、清々しい物である。

 

 自身の魂を継いで戦ってくれる人間がいる。それだけでも、戦士としては最上の幸福なのだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 視線を交わす、キリトとブラート。

 

 キリトの脳裏には今、戦闘前にブラートに言われた事が思い出されていた。

 

『何にしても、お前の判断が間違った事は無いからな』

 

 そう、キリトは今まで、常に自分で最良と思える選択肢を取って来た。

 

 ならば、と考える。

 

 今この状況で、取るべき「最良」とは何か?

 

 そんな物は決まっている。

 

『躊躇うなよ、キリト』

 

 ブラートの視線は、そう語っている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 意を決する。

 

 事ここに至った以上、キリトの持てる全力でもって立ち向かう以外に選択肢は無かった。

 

「タツミ、10秒、時間を稼いでくれ!!」

「キリトッ!?」

 

 言い置くと同時に、後退するキリト。

 

 それとほぼ時を同じくして、甲板に空いた穴から、再びグリームアイズが這い上がってくるのが見えた。

 

 先程のタツミの一撃は、強烈だったが致命傷を与えるには至らなかったのだ。

 

 雄たけびをあげて突撃してくるグリームアイズ。

 

 振り上げた剣が、真っ向からタツミへと振り下ろされる。

 

 だが、

 

 今度は、タツミも吹き飛ばされる事は無い。

 

 衝撃を真っ向から受け止め、そして押し返す。

 

 よろけるように、グリームアイズは数歩後退する。

 

 同じ超級危険種として、格下の相手に負けるわけにはいかない。

 

 まるで、インクルシオ自身が、そう言っているかのような光景だった。

 

 そこへすかさず、タツミが追撃を掛ける。

 

「ウォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 跳躍と同時に、拳を振り上げて襲い掛かるタツミ。

 

 インクルシオもまた、タツミの能力を底上げしてアシストする。

 

 だが、グリームアイズの方でも、自らに向かってくる不遜な存在を叩き潰すべく向かってくる。

 

 死闘を繰り広げるタツミとグリームアイズ。

 

 その戦いを見ながら、

 

 キリトは意識を集中していく。

 

 

 

 

 

 心の中で呼びかける。

 

 

 

 

 

 自分の中にある存在へ。

 

 

 

 

 

 解き放つべきは、今だった。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 背中に新たな重みが加わるのを、キリトは感じた。

 

 その感触を確かめる間も無く、キリトは甲板を蹴って前に出る。

 

「良いぞ、タツミ!!」

 

 言い放つと同時に、キリトは跳躍。右手に持ったエリュシデータで斬り掛かる。

 

 対抗するように剣を振り下ろすグリームアイズ。

 

 互いの剣が接触した瞬間、キリトは力強く剣を振り抜く。

 

 その衝撃の重さに、グリームアイズはたたらを踏むように後退した。

 

「ここだッ!!」

 

 その一瞬の隙を逃さず、キリトは仕掛けた。

 

 左手を背中に回し、そこに現れた柄を握る。

 

 抜き放たれる、もう一本の剣。

 

 それは、流麗な剣だった。

 

 エリュシデータとは対照的に、切っ先から柄尻に至るまで全てが純白になっており、先端部分の身幅に僅かな膨らみがある。

 

 漆黒の刀身で、無骨な印象のあるエリュシデータとは対照的な、美しい剣である。

 

 《白翼聖剣ダークリパルサー》

 

 これもまた、帝具の一つである。

 

 帝具は一人に付き一つ。これは鉄則である。使用する際に、半端ではない負荷がかかる為、二つ以上の帝具を持つ事は、事実上不可能なのだ。

 

 だが、その常識を覆す光景が、そこにあった。

 

 エリュシデータとダークリパルサー。

 

 二つの帝具を手に、キリトは駆ける。

 

 そして、これこそがキリトの奥の手《二刀流》だった。

 

 エリュシデータの元となった伝説の剣豪。

 

 彼が最も得意とし、戦場において数多の敵を斬り伏せて来た最強の剣技。

 

 それこそが、この二刀流である。

 

 二刀一対の帝具を手に、キリトは駆ける。

 

 バランスを崩したグリームアイズに、左手のダークリパルサーを横なぎに一閃する。

 

 斬り裂かれる巨体。

 

 悪魔は、その一撃を前に苦悶の声を上げる。

 

 ここに至るまでに決定打を奪えなかったキリトだが、ようやくクリティカルヒットを放ったのだ。

 

 キリトは更に追撃を掛ける。

 

 手にした左右の剣を大きく広げる。

 

 その様は、まるで黒白の翼を雄々しく広げたような印象がある。

 

 身体の回転に合わせて繰り出される剣が、グリームアイズを大きく斬り裂く。

 

 甲板に降り立つキリト。

 

「これで・・・・・・決めるッ!!」

 

 二刀を構え、一気に駆け抜ける。

 

 鋭く振るわれる剣。

 

 まるで、流星が一斉に流れるような軌跡は狙い違わず、全方位から悪魔に殺到する。

 

「スターバースト・ストリーム!!」

 

 キリトの剣が閃光を刻むたび、確実にグリームアイズは斬り裂かれていく。

 

 そして、

 

 キリトが最後の一撃を放った瞬間、

 

 グリームアイズは大きく方向を上げて、身体を硬直させる。

 

 その巨体は大きく後方にのけぞると、そのまま背後へと倒れ、やがて甲板の縁から運河へと落下していく。

 

 巨大な水柱を上げて、悪魔は水面下に没する。

 

 その様を、

 

 キリトは、手にした黒白の剣を掲げ、見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 龍船のすぐ脇から立ち上った巨大な水柱。

 

 その有様を、やや離れた岸辺に立ったラフィン・コフィンの3人も見ていた。

 

 あの巨大な水柱。

 

 それは即ち、グリームアイズが敗北した事を表している。

 

「・・・・・・・・・・・・行くぞ」

 

 やがて、リーダー格のフード男は、踵を返して残り二人を促した。

 

 その様子を、髑髏男とズタ袋の男は訝るような視線で見る。

 

「え、ええ!? 帰るんすか、ヘッド?」

「今なら、あいつらを、やれると、思いますが?」

 

 追撃を掛けて、ナイトレイドを全滅させるべきではないか、と二人は言っているのだ。

 

 だが、

 

 フード男は僅かに振り返ると、固い口調で言った。

 

「黒の剣士の奥の手に加えて、新型のインクルシオ。あれは結構な脅威だ。グリームアイズ級のカードは手元に無いし、今仕掛けるのは無謀っつうもんだろ。それに・・・・・・」

「それに?」

 

 フード男は、にやりと笑って続ける。

 

「あんな面白い玩具を見付けたんだぜ。長く楽しまないと損だろうが」

 

 ナイトレイド。

 

 奴等が思っていた以上に面白い連中であると言う事が判った。

 

「これから、もっと面白い事が起きる。連中を狩るのは、それからでも遅くは無いさ」

 

 そう言うと、フード男は2人を引き連れてその場を後にする。

 

 後には、人がいたと言う形跡すら残ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 ブラートは薄れゆく意識の中で、二人の少年を見据えていた。

 

 キリトとタツミ。

 

 このたった2人の少年が、超級危険種を葬って見せたのだ。

 

「はは、スゲェな、お前等・・・・・・・・・・・・」

 

 心からの賞賛を送る。

 

 キリトが見せた奥の手《二刀流》。

 

 何か隠しているとは思っていたが、まさかこれほどの物だったとは。

 

 ハッキリ言って、度肝を抜かれた感じである。

 

 まったく、これ程の物なら、出し惜しみなんかしていないでさっさと使えば良い物を。

 

 身体が動くようなら、絶対に今すぐキリトの頭をドツイている所である。勿論、スキンシップの一環でだが。

 

 そしてタツミ。

 

 自身の帝具であるインクルシオを受け継ぎ、立派に戦った弟分を、ブラートは誇らしく見つめる。

 

 タツミのあの強さ。

 

 キリトですら苦戦した危険種を、たった1人で拮抗したタツミの実力の高さは、ブラートの予想をも上回っていた。

 

 今あれだけ強ければ、いずれは必ずブラートを越え、タツミが「ナイトレイド最強」と呼ばれる日がきっと来るはずである。

 

 キリト

 

 そしてタツミ。

 

 もう、自分は必要無い。

 

 二人がいれば安心だ。

 

 あの二人がいれば、仲間を守り、きっと最後まで戦い抜いてくれることだろう。

 

 ゆっくりと、目を閉じるブラート。

 

 その心は、自分でも驚くほどに澄み切っていた。

 

 後を託せる者がいる。

 

 それだけで、戦士として何と幸福な事か・・・・・・・・・・・・

 

「ああ、でも、そうだな・・・・・・」

 

 一つだけ、心残りがある事を思い出し、フッと笑みを刻む。

 

 それは、あの二人の活躍を、もう傍で見る事ができないと言う事。

 

 できれば、最後まで見守ってやりたかったが、それももう、今更である。

 

「後は頼んだぞ・・・・・・キリト・・・・・・タツミ・・・・・・」

 

 そう呟くと、

 

 ブラートは幸福感に包まれたまま、ゆっくりと意識を落としていった。

 

 

 

 

 

第15話「黒白のジョーカー」      終わり

 




オリジナル帝具

黒翼魔剣エリュシデータ
白翼聖剣ダークリパルサー

使用者:キリト

1000年前の戦争で始皇帝に協力した、とある剣豪の使っていた剣技を記憶した帝具であり、使用者は彼の剣技を模倣する事ができるようになる。
普段は一刀のみを使用するが、奥の手《二刀流》を発動した場合、もう片方の剣が現れて、全力を発揮する事が可能となる。
二刀一対の剣であり、双方が独立した帝具である。その為「帝具は一人に付き一つ」という常識を覆している。
使用者には相当な熟練が必要となる上、本来は不可能に近い二つの帝具仕様を行っている為、使用時の消耗も半端では無い。
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