漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第19話「両雄邂逅」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝起きて出仕したエスデスは、いつも以上につやつやとしている印象があった。

 

 それもそのはず。何しろ、昨夜は一晩中、タツミを抱き枕代わりにして眠ったのだから。

 

 その快適な寝心地と言ったら、どんな贅を尽くした寝台で眠るよりも気持ちが良かったほどである。

 

 もっともタツミの方はと言えば、その緊張のせいで一睡もできなかったのだが。

 

 そんなエスデスの前に、先日のギョガン湖での戦いの詳細をまとめた報告書を手に、トキハとアスナが立っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・以上です」

 

 報告を終えたアスナは、そう言って、書類を執務机の上に置いた。

 

 報告の内容は主に、トキハとアスナが最後に交戦した二人組。ザザとジョニー・ブラックについてだった。

 

 砦にいた大半の賊は雑魚と称しても良い程度の物でしかなかったが、その中で、2人の存在だけは別格と言っても過言ではなかった。

 

 結局、ザザ達だけは取り逃がしてしまい、今回の大勝利の中で、唯一の心残りとなってしまった。

 

「・・・・・・成程。ラフィン・コフィンか・・・・・・これはまた、随分と大物が掛かってくれたものだな」

「ラフィン・コフィンは、主に南部で活動を続ける組織ですが、それがなぜ、帝都近郊にいたのかが気になる所です」

 

 言いながら、アスナは唇をかみしめる。

 

 あの二人の実力は、アスナと同等か、あるいはそれ以上だった。

 

 自分が戦場に立って、敵を倒しきれなかった事が悔しいのだ。

 

「そう悲嘆するな」

 

 そんなアスナを見て、エスデスは苦笑しながら声を掛ける。

 

「お前達はよくやってくれた。砦にいた賊どもを倒しつくし、強敵の情報も持ち帰ってくれたんだ。それを誇るべきだろう」

「ありがとうございます」

 

 そうは言ったものの、大物を取り逃がしたのは事実であり、先の任務において、画竜点睛を欠いた感があるのは否めなかった

 

 そんなアスナの気持ちを察したのだろう。エスデスはフッと笑み向ける。

 

「今日、この後、タツミ達を連れてフェクマに狩りに行く予定だ。お前達も付いて来い。良い気分転換になるだろう」

「狩り・・・・・・」

 

 エスデスの申し出を聞いて、トキハは低い声で呟く。

 

 確かに、良い考えかもしれない。狩りに行けば獲物を追って身体を動かす事ができる為、淀んだ思考を追い払う事ができるかもしれなかった。

 

「判りました。ご一緒させてもらいます・・・・・・・・・・・・ところで隊長、一つだけ、お尋ねしても良いですか?」

「うん、何だ? 何でも聞いてくれ」

 

 訝るように尋ねてくるアスナに、エスデスは視線を向ける。

 

「『フェクマ』って、何ですか?」

「『フェ』イ『クマ』ウンテンの事だ。それくらい、常識だろう」

 

 と、ドヤ顔で説明するエスデス。どうやら、本人的には上手い事を言ったつもりらしい。

 

 が、

 

 トキハとアスナが、揃って微妙な顔をしたのは言うまでも無い事である。

 

 そして、

 

「・・・・・・そんな事言ってるの、エスデスだけだと思う」

 

 ボソッとツッコむトキハ。

 

 これに関しては、アスナも全くの同感だった。

 

 

 

 

 

 エスデスへの報告を終え、トキハとアスナがイェーガーズの詰所に戻ると、ちょうど、それに続く形でタツミが部屋の中に入って来た。

 

 まだ朝であるせいか、出仕しているメンバーは少ない。

 

 トキハ、アスナ、タツミの他には、特にする事に無いウェイブと、只管お菓子を食いまくっているクロメがいるだけだった。

 

「よう、昨日はよく眠れ・・・・・・なかったみたいだな」

「ま、まあな」

 

 入ってきたタツミに声を掛けようとしたウェイブが、顔面に大きな隈を作った少年の顔を見て、苦笑気味の同情を寄せる。

 

 エスデス程の美人と、一晩ベッドを共にするなど、本来なら望外の幸せと言っても良いだろう。

 

 しかし、男女関係における経験が少ないタツミには、刺激が大きすぎるシチュエーションであった事だけは間違いない。

 

 結局、昨夜は何も無かったのだが、それでも純情な少年にとってはある意味、戦場よりも過酷な一夜であった。

 

 と、

 

 そこでふと、タツミはテーブルに座って、一心不乱にお菓子を食べているクロメに目をやった。

 

 切れ長の瞳に、美しく整った顔立ち。細身の体は、まるで人形のようだ。

 

 そして何より、張れるだけ張った食い意地。

 

 タツミの中で、何か繋がる物があるような気がした。

 

 と、そこでタツミの視線に気付いたらしいクロメが、鋭い眼差しを上げる。

 

 そして、

 

「このお菓子はあげない」

 

 そう言って、素早く袋を抱きかかえるクロメ。

 

 その姿に、タツミは確信を抱く。

 

 間違いない。この食い意地は、アカメに通じるなにかだった。

 

 と、そんなタツミの視線を怪訝に思ったのか、クロメは不審そうな眼差しを向けて来た。

 

「て言うか、何? さっきからじろじろと」

「あ、いや、失礼かもしんないけど、手配書のアカメって奴に似てるなって思って」

 

 とっさにごまかすが、嘘は言っていない。実際似ているのは確かなのだから。

 

「あ、それは俺も感じていた。そこのところ、どうなんだよ?」

 

 そこで、ウェイブが意外な援護射撃をしてくれた。と言う事は、タツミの勘違いと言う訳でもないようだ。

 

 対して、

 

 クロメは口元に薄笑いを浮かべて言った。

 

「優等生の身内だよ。帝国を裏切っちゃったけどね。早くもう一度会いたいなぁ。会って、私の手で殺してあげたいの。だって、大好きなお姉ちゃんだもん」

 

 まるで闇の中から這いずり出てくるような声に、聞いていたタツミとウェイブは身を震わせる。

 

 そんな中1人、トキハだけは不思議そうに首をかしげている。

 

「アカメって誰?」

「手配書くらい見ておきなさい。ナイトレイドのエースよ」

 

 ため息交じりに説明してやるアスナ。

 

 ナイトレイドは目下、イェーガーズにとって最重要目標であり、アカメはそのナイトレイドの中で最も危険な人物と目されている。

 

 警察組織にいる以上、当然の如く押さえておくべき情報の筈なのだが、当のトキハはと言えば、アスナの説明に呑気に返事を返している。

 

 どうにもイマイチ、緊張感に欠けていた。

 

 ちょうどその時、扉が開いてエスデスが入ってくるのが見えた。

 

「タツミ、今日から数日、フェクマに狩りに行くぞ。ウェイブとクロメ、トキハとアスナも同行しろ。フェクマは潜伏にはもってこいだ。危険種を狩りつつ賊を探すぞ!!」

 

 狩りで隊員達の技量を見極めつつ、イェーガーズの仕事もこなす。と言うのが、エスデスの考えである。

 

 まあ、それはそれとして、タツミは疑問に思った事を率直に尋ねてみた。

 

「あの、『フェクマ』って、何ですか?」

 

 一同の間に舞い降りる、重苦しい沈黙。

 

 ややあって、トキハがボソッと言った。

 

「ほらね」

 

 

 

 

 

 この時、

 

 一同のやり取りを、物陰に隠れていたスタイリッシュが、怪しげな視線で眺めている事には、

 

 その場の誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 フードを深く被った女性は、周囲に人の目が無い事を確認してから、裏路地へと穿いて行く。

 

 元より、穏行には自信がある。

 

 気配を消し、足音を殺せば、たとえ昼間であっても人の目に付かずに行動できる自信があった。

 

 彼女が《鼠》の異名で呼ばれているゆえんである。

 

 やがて、地下水路へと続く扉の前に立つと、再度、尾行が無い事を確認してから、音も立てずに扉を開いた。

 

「おお、アルゴ、どうだった?」

 

 中へと入ると、待ちわびていたように一組の男女が声を掛けて来た。

 

 キリトとシノン。帝都に残ったナイトレイド2人とは、この場所で落ち合う手はずとなっていた。

 

「タツミ君の行方は?」

「うむ。やはり睨んだ通りだったヨ。タツ坊はエスデスに連れられて、宮殿に連れて行かれていタ」

 

 アルゴの報告に、キリトとシノンは舌打ちするしかない。

 

 流石の2人も、城塞以上の防御力を誇り、ブドー大将軍と彼に鍛えられた精鋭の近衛部隊が自ら守る宮殿に、何の備えも無しに入り込む事は不可能だった。

 

 いずれ、革命決行の時には、ナイトレイドは宮殿に潜入して、大臣とその一派に連なる汚職官僚達を暗殺する任務を帯びる事になるだろう。そのために必要な根回しも、徐々に進められつつある。

 

 だが、今はまだ、宮殿潜入を実行できる段階ではない。準備は全くと言って良い程進んでいないし、ここで無茶をすれば、全ての苦労が水の泡となりかねない。

 

 事実上、タツミを外部から救出する事は不可能と言って良かった。

 

「クソッ どうすれば」

 

 キリトは苛立ったように壁を拳で殴る。

 

 このままでは、タツミにどんな災難が降りかかるか?

 

 否、こうしている間にも、タツミの身に危険が迫っているかもしれないのだ。

 

 いっそ、無理を承知で宮殿に突入するか?

 

 いや、それでは結局、袋小路に入ってしまうに等しい。失敗したら無論の事、仮に成功したとしても、宮殿内の警戒レベルを上げてしまう事になり、いざ革命決行の段階になって、宮殿の防備を固められてしまう事になる。

 

「キリト」

 

 迷うキリトに対し、シノンがそっと肩を叩いて話しかけた。

 

「焦らないで。今はタイミングを待ちましょう」

「シノン・・・・・・・・・・・・」

 

 シノンの言葉に、キリトは高ぶった心が落ち着きを取り戻していくのが判った。

 

 同時に、不思議な思いにも捉われていた。

 

 ついこの間、殺し屋になったばかりのシノンの言葉で、自分がこんなにも落ち着いていると言う事に驚く。

 

 シノンがナイトレイドに入って以来、共に行動する時間が長かったのはキリトだが、それ故に彼女の言葉は心に沁み渡るようだった。

 

「シノッチの言うとおりダゼ。ここは焦るべきじゃナイ」

 

 2人の様子を見ながら、アルゴも口を開いた。

 

「それに、俺っちの調べでは、ちょっと気になる情報があるんダ」

「気になる情報?」

 

 アルゴの言葉に、キリトとシノンは身を乗り出す。

 

 どんな些細な事でも構わない。今はほんの少しでも情報が欲しい所だった。

 

「先日、ギョガン湖の砦をイェーガーズが壊滅させたのは知っているダロウ?」

「ああ、あの盗賊やら、追剥やらの巣窟だろ。それがどうしたんだ?」

 

 ギョガン湖の砦の件はナイトレイドの方でも情報を掴んでいた。

 

 元々、あの砦に集っていたのは、革命軍とは何のつながりも無く、ただ力の無い民を狙って悪事を働く外道たちだったのだ。

 

 もし討伐の依頼が入れば、ナイトレイドが彼等を殲滅していただろう。

 

 それだけに、イェーガーズが動いてくれたのは、手間が省けたとも言える。

 

「その時に、タツ坊らしき人物が、イェーガーズと一緒に行動していたって話ダヨ」

「どういう事だよ?」

 

 首をかしげるキリト。

 

 タツミがイェーガーズに捕まったのなら、外に連れ出されるのはおかしい。

 

 そもそも今回の一件、初めから判らない事だらけである。

 

 なぜ、エスデスはタツミを連れ去ったのか? そこからして理由が判然としない。

 

 タツミがナイトレイドである事がばれたと言うなら、理由としては理解できるのだが、どうも状況を考えるに、そうではない気がする。

 

 もしエスデスがタツミを捕縛以外の目的で連れ去ったのだとしたら、救出する望みは充分にあるだろう。

 

 もっとも、

 

 まさか《帝国最強》のエスデスが、タツミを恋人にするために連れ去ったなどとは、

 

 流石のキリトでも、そこまでは考えが及ばないのだった。

 

「それから、これは未確定情報なんだガ」

 

 身を乗り出すキリトとシノンに、アルゴは説明する。

 

 何でも、今日から数日、エスデスはフェイクマウンテン周辺で狩りをする為に宮殿を空けるのだとか。

 

 その情報を聞いて、キリトは考え込む。

 

「チャンスかもな」

 

 もしタツミを連れて外に出て来るなら、救出のチャンスはあるかもしれない。勿論、エスデスやイェーガーズの存在は脅威だが、それでも宮殿内から連れ出すよりも、ずっとチャンスは増えるはずだった。

 

「アルゴ、悪いがこの情報、アジトにいるアカメたちにも伝えてくれ」

「判っタ」

 

 頷くアルゴ。

 

 次いで、キリトはシノンを見やる。

 

「俺達は、フェイクマウンテンに先回りして、襲撃できるポイントを探そう。場合によっては、力づくでタツミを取り戻す必要もあるからな」

「判ったわ」

 

 シノンは頷きを返すと、シェキナーを強く握る。

 

 状況によっては、エスデスとの交戦もあり得る。

 

 現状のシノンでは、帝国最強を相手には手も足も出ないだろう事は、火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらず、うっそうとしたところだ。

 

 フェイクマウンテンの中を駆けまわりながら、キリトは周囲に警戒の気を配る。

 

 アルゴからの情報通り、エスデスを含むイェーガーズ数名が、このフェイクマウンテンに入って行くのは確認している。

 

 その中に、タツミの無事な姿を見付ける事が出来た時は、思わず胸をなでおろした物である。

 

 だが、やはりと言うべきか、エスデスも一緒になって出てきた。

 

 どうにかして、エスデスとタツミを引き離し、その間にタツミを連れ出さなくてはならない。

 

 その算段について考えていた時、更なる僥倖が起こった。

 

 イェーガーズは三班に分かれ、それぞれ別行動を取ったのだ。

 

 エスデスと黒いセーラー服を来た少女は山の西側へ、黒い軍服の少年と、白い軍服を着た少女は山の東側へ、そしてタツミと最後の1人は山頂の方向へと向かった。

 

 これはチャンスである。

 

 万が一戦闘になったとしても、タツミと2人で掛かれば押し切れる筈。

 

 そう判断したキリトは、いったんシノンと別れて、単独でタツミ達を追いかける道を選んだ。

 

 尾行しながらフェイクマウンテンを歩くなら、単独で身軽の方が得策であると考えたのだ。

 

 暫く物陰に身を隠しながら様子を伺っていると、危険種の群れと交戦を開始した隙に、タツミが密かにインクルシオを着装して戦線離脱するのが見えた。

 

 そこで、今はキリトも、タツミを追いかけている所である。

 

 それにしても、

 

「速いな、タツミの奴。もう見失っちまったぞ」

 

 走りながら、ため息交じりに呟くキリト。

 

 恐らくインクルシオの能力で脚力を底上げしているのだろうが、まさか自分が追いつけない程だとは思わなかった。

 

 もう少し、スピードを上げようか?

 

 そう思った時だった。

 

 突如、

 

「ッ!?」

 

 木立の陰から殺気が浮かび上がったのを、キリトは見逃さなかった。

 

 次の瞬間、

 

 緑の生い茂るスクリーンを、

 

 銀色の閃光が斜めに両断した。

 

 とっさに身を翻すキリト。

 

 前髪が一房、斬り裂かれて宙に舞う。

 

「なッ!?」

 

 錐揉みする視界の中、

 

 キリトは見た。

 

 斬り裂かれた木立の間を割るように、

 

 茫洋とした瞳の少年が、刀を構えて向かってくるところを。

 

『こいつ、イェーガーズの!?』

 

 確か、エスデスやタツミと一緒にいるのを見かけた少年である。

 

 年の頃は、キリトと同じくらいか、それよりも少し下くらい。

 

 あどけなさの残る幼い顔立ちの中で、光の薄い瞳が、真っ直ぐにキリトを見据えて斬り掛かってきた。

 

 愕然とするキリト。

 

 迂闊だった。まさか、すぐ間近に接近されるまで、相手の存在に気付かなかったとは。殺し屋にあるまじき失態である。

 

 タツミの方に集中するあまり、他の要素に気が回っていなかったのだ。

 

 否、

 

 それ以前に、目の前の少年の技量が、かなり高い事が伺える。

 

 すぐ近くに接近するまで気配を悟らせなかったのは、それだけ穏行に優れている証しだた。

 

「・・・・・・・・・・・・危険種かと思った」

 

 着地しながら、トキハは第一声でそう言った。

 

 同時に、手にした玉梓の切っ先を、キリトへと向ける。

 

「えっと・・・・・・・・・・・・そうそう、特殊警察イェーガーズ・・・・・・て言っても、できたばっかりだから判らないか」

 

 取ってつけたような名乗りをするトキハ。

 

 それに対し、妙にずれた事を言う奴だな、とキリトは内心で苦笑する。

 

 何だか、慣れていない子供が、警察ごっこをしているような印象さえある。

 

 だが、油断はできない。

 

 警戒がおろそかになっていたとは言え、間合いに入られるまでキリトが接近に気付かなかったほどの相手だ。相当な使い手である事が判る。

 

 だが、それ以上考えている時間は無かった。

 

「答えないって事は、怪しい・・・・・・・・・・・・」

 

 そう告げた瞬間、

 

 トキハは滑るような動きで、キリトとの間合いを詰めて来た。

 

「ッ!?」

 

 鋭く横なぎに繰り出された斬撃を、後退しつつ回避するキリト。

 

 同時に、手は背中のエリュシデータを抜き放つ。

 

 「怪しきは罰せよ」と言うべきか、どうやら問答無用らしい。

 

 トキハは、自分の質問に答えないキリトを怪しいと判断し、力づくで従わせる方向に切り替えたのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 剣を抜いたキリトに対し、僅かに眉根を上げるトキハ。

 

 明確に抵抗の意志を見せたキリトに対し、こっちも警戒心を強めている様子だ。

 

 一方でキリトの方でも、相手がイェーガーズである以上、手を抜く事はできない。ここからは、命がけの胎児となる。

 

 しかも、今はタツミとの合流が最優先の状況である。

 

 ここは全力でトキハを振り切り、戦線離脱するのが得策だった。

 

「行くぞッ」

 

 短い声とと共に、キリトは仕掛けた。

 

 同時に能力を発動。一気呵成に襲い掛かる。

 

 鋭く繰り出される、垂直4連撃。

 

 バーチカルスクエアの剣閃が、トキハへと迫る。

 

「ッ 速い!?」

 

 対して、キリトの鋭い攻撃に、トキハは思わず目を見張った。

 

 トキハ自身、スピードには自信があるのだが、それでもキリトの剣が繰り出す速度は、思わず反応が遅れる程だった。

 

 ガキンッ

 

 とっさに繰り出した玉梓で、バーチカルスクエアを弾くトキハ。

 

 だが、

 

 キリトの動きはそこでは止まらない。

 

 バーチカルスクエアの技後硬直を抜けると同時に、更にダッシュ。突進の勢いをそのまま剣に乗せて真っ向から斬り込む。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしつつ、さらに後退してキリトの剣を弾く。

 

 戦いはキリトの有利に進んでいる。

 

 奇襲によって先制したトキハだが、完全に巻き返された形である。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ムッとした表情で、キリトを睨むトキハ。

 

 相手が何者かは判っていないが、それでもこのまま押し切られるのは良い気がしない。

 

 一方のキリトは、そろそろ戦闘を切り上げる算段を考え始めていた。

 

 ここで戦闘を長引かせるのは、キリトの本意ではないし、仕事ではない以上、トキハを無理に殺す必要性も無い。

 

 顔を見られたのは痛かったが、キリトの顔は手配書には載っていないので、ナイトレイドとばれる危険性は、今のところはまだ低いだろう。

 

 ならば、この場は離脱してタツミとの合流を急ぐべきだろう。

 

 そこまで考えて、踵を返そうとした時だった。

 

「ッ!?」

 

 ゾクリ、と背中に不穏な寒気を感じ、思わずキリトは足を止める。

 

 振り返る、視線の先。

 

 そこには、玉梓を掲げて立つトキハの姿がある。

 

 だが、

 

 その姿は、キリトの見ている目の前で、みるみる内に変貌していく。

 

 双眸は毒々しいまでの深紅に染まり、髪は不気味な白に変化する。

 

 釣り上がった瞳は、まるで鬼のようにキリトを睨んでいた。

 

「そうか・・・・・・・・・・・・その刀が、お前の帝具だったのか」

 

 言いながら、キリトはエリュシデータを構え直す。

 

 直感で、離脱は困難と判断。ある程度の交戦続行は避けられないと考えたのだ。

 

 次の瞬間、

 

 トキハが仕掛けた。

 

 数メートルの間合いが、一気にゼロになる。

 

「うッ!?」

 

 今度は、キリトが息を飲む番だった。

 

 あまりの攻撃速度を前に、反応がワンテンポ遅れる。

 

 同時に、トキハの紅い双眸が、キリトを睨む。

 

 横なぎに振るわれる玉梓の刃。

 

 その攻撃を、キリトは上空に跳躍する事で回避する。

 

 だが、

 

 次の瞬間、

 

 上昇するキリトを追って、トキハもまた跳躍してきた。

 

 対空砲弾のように駆け上がって来るトキハ。

 

 鋭い斬撃が、再びキリトへ襲い掛かる。

 

「クソッ!?」

 

 悪態をつきながら、自身もエリュシデータを繰り出して迎え撃つキリト。

 

 互いの刃が、空中で激突。凄まじい金属音が鳴り響く。

 

 次の瞬間、押し勝ったのは、

 

 トキハの方だった。

 

「グッ!?」

 

 空中で錐揉みするキリト。

 

 上空と言う足場の無い場所での激突。しかも、トキハは跳躍の勢いをそのまま攻撃に点火する事が出来た為、キリトに対し完全に有利に立ったのだ。

 

 バランスを崩して落下していくキリト。

 

 それでも、どうにか体勢を立て直して着地する。

 

「クソ、これ程とはな・・・・・・・・・・・・」

 

 舌打ちするキリト。

 

 先程までとは明らかに異なるトキハの攻撃力を前に、完全に状況は逆転していた。

 

 帝具《邪神転生 玉梓》。

 

 その能力は、自身の能力強化にある。

 

 能力を解放する事によってトキハは、脚力、筋力、感覚、反応力、自身の全ての要素を極限まで強化する事ができるのだ。

 

 鋭い斬撃を繰り出すトキハに対し、辛うじてエリュシデータを振るって攻撃を防ぐキリト。

 

 先程までとは状況が逆転し、トキハの攻撃力を前に、キリトは防戦一方に追い込まれていた。

 

 振るわれる斬撃を回避し、或いはエリュシデータで防ぐものの、次の瞬間にはトキハはあり得ない反応速度を見せて次の攻撃につなげてくる。

 

 焦燥を増すキリト。

 

 このままでは離脱どころか、追い込まれてやられてしまう。

 

 どうにかして逆転しないと。

 

 そこへ、再び斬り込んでくるトキハ。

 

 一気に、間合いへと入る。

 

 次の瞬間、

 

 キリトは左手を背中に回す。

 

 そこに現れる、白い柄。

 

 出現したダークリパルサーを、抜き放ち、接近してきたトキハに向かって斬り掛かる。

 

「ッ!?」

 

 これには、トキハも虚を突かれた。

 

 とっさに玉梓を掲げて防御するトキハ。

 

 そこへ、キリトの斬撃が襲い掛かる。

 

 凄まじい速度の剣閃。

 

 威力の高い攻撃を前に、トキハの防御が押し切られる。

 

 吹き飛ばされるトキハ。

 

「グッ!?」

 

 地面に大きく吹き飛ばされながらも、どうにか体勢を立て直して着地する。

 

 しかし、

 

 顔を上げた視線の先に、キリトの姿は無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・逃げた?」

 

 探ってみても、周囲に気配を感じる事は無い。

 

 どうやら、完全に見失ってしまったらしい。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 仕方なく、トキハは高ぶった気を静め、能力を解除する。

 

 程無く、トキハの姿は元の少年の物へと戻って行った。

 

 同時に、そっと胸に手をやって、そこに生じた微かな疼きを押さえる。

 

「・・・・・・大丈夫。これくらいなら」

 

 自分に言い聞かせるように呟いた時だった。

 

 先程の物とは違う気配が近付いて来るのが判った。

 

 ややあって、繁みをかき分けるようにして、アスナが姿を現した。

 

「もう、トキハ君。いつの間にか先に行かないでよ。探すのに苦労したわよ」

 

 言ってから、アスナはトキハを見やる。

 

「ん? 何かあったの?」

「・・・・・・別に」

 

 そう言って、ごまかすトキハ。

 

 結局、あいつが誰だったのか、ここで何をしていたのか、一切わからない以上、どう説明したら良いのかも判らなかった。

 

 まあ、良いか。

 

 トキハは内心で、そう呟く。

 

 あれほどの実力者だ、放っておいても、いずれまた出会う事もあるだろう。正体に関しては、その時にでも改めて聞けばいい。

 

 そんなトキハに、不思議そうな目を向けるアスナ。

 

 だが、トキハはそれ以上、何も語ろうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 一方、戦線離脱に成功したキリトは、安全圏まで来た事を確認してから大きく息を付いた。

 

「・・・・・・随分、手ごわい奴だったな」

 

 まさか、奥の手まで使わされることになるとは思わなかった。

 

 イェーガーズ。

 

 これからの戦いに際し、随分と厄介な奴等が出て来た物である。

 

「気を引き締めないとな」

 

 そう言うとキリトは、タツミ達との合流を急ぐべく、改めて足を速めるのだった。

 

 

 

 

 

第19話「両雄邂逅」      終わり

 

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