1
ベッドから起き出すと、山の冷たい空気が顔を撫でていくのが判る。
「朝、か」
キリトはベッドの上で身を起こすと、大きく体を伸ばした。
ここは帝都郊外にそびえるフェイクマウンテン。その中腹にある施設である。
ナイトレイドは、この人跡未踏の大山を根城にして暗殺活動をしていた。
暗殺活動のシステムは、こうである。
まず依頼者が、帝都に潜むメンバーや、仲介人にコンタクトを取り依頼内容を伝え、同時に依頼料を払う。
そして、依頼内容の真偽を確認した後、待機している仲間を呼び集め、仕事に移る事になる。
メンバーの中には既に帝国に顔が知られている者も何人かいる為、情報収集と依頼人との接触は、必然的に顔が知られていないメンバーが担当していた。
先日の貴族暗殺任務の際も、情報収集はキリトとレオーネが担当したのだ。
「・・・・・・・・・・・・そう言えば」
キリトはふと、あの任務の際に出会った少女の事を思い出した。
シノンと名乗る少女は、成り行き上連れて来てしまったが、結局あれ以来、顔を合わせても殆ど会話らしい会話をする事は無かった。
だが、こうして自分達の顔を見られ、アジトまで連れて来てしまった以上、黙って帰すわけにもいかないのだが。
顔を洗い、廊下に出る。
と、
「あれは・・・・・・・・・・・・」
廊下の外。アジトの前の道を、シノンが歩いて行くのが見えて。
手に何やら抱えて、歩いて行くのが見える。
「あの先って確か、崖だったんじゃ・・・・・・・・・・・・」
言ってから、キリトはハッとした。
ある可能性が、急速に頭の中で形作られていく。
友達だと思っていた人物の真の姿を知り、更にその死を目撃した事で悲壮感を抱えた少女。
その心に負った精神的ダメージが大きい事は、キリトにも判る。きっとシノンの中では、世界が崩壊するほどのショックが見舞われたのではないだろうか?
もし、その心の重みに耐えられなかったのだとしたら・・・・・・・・・・・・
「まさかッ!?」
キリトは、殆ど脱兎の如き勢いで駆け出した。
崖の上にひっそりと立つ2つの墓が、故人の痕跡を示す唯一の証になっている。
その墓の前に座り、タツミは2人との思い出に浸っていた。
サヨとイエヤス。
ともに同じ村で育ち、ともに帝都で出世しようと誓い合った幼馴染たち。
しかし今や、誓った夢が果たされる事は永久に無く、タツミはたった1人になってしまった。
見せ付けられた帝都の闇。
その闇に食われ、犠牲になった親友たち。
全てが狂ってる。
そう思わずにはいられなかった。
「タツミ君」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには花束を手にしたシノンの姿があった。
シノンはタツミの横に腰を下ろすと、花束をサヨとイエヤスの墓の前に置く。
「ごめん。私が、もっと早くアリア達の事に気付いていたら、こんな事には・・・・・・・・・・・・」
「シノンさんのせいじゃないよ」
落ち込むシノンに対し、タツミは僅かに笑みを浮かべながら言葉を返す。
実際、シノンにとってアリアは間違いなく親友だったのだ。身近にいればいる程、相手の本性と言う物は却って見え辛い物である。
まして、アリア一家は狡猾に自分達の正体を隠し、表向きは善良な市民を装っていた。シノンが、一家の正体に気付けなかったのも無理ない話である。
「・・・・・・サヨとイエヤスはさ、俺と同じ村で育った仲間だったんです。イエヤスはお調子者で、でも仲間想いで・・・・・・サヨはみんなのまとめ役で、いつも率先して行動してくれました」
言っている内に、タツミの目に涙が浮かぶ。
「2人とも、俺を残して・・・・・・・・・・・・」
「タツミ君」
そんなタツミを慰めるように、シノンは肩を叩く。
その時だった。
「シノン!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
「「はい?」」
突然の騒音に、思わず顔を上げるシノンとタツミ。
そこには、砂埃を上げて駆けてくるキリトの姿があった。
「シノン!!」
「え、な、何?」
いきなりキリトに両腕を掴まれ、困惑するシノン。
「シノン、自殺なんかするんじゃない!!」
「・・・・・・は?」
キョトンとするシノン。
言っている意味が分からない。いや、マジで。
だが、キリトはあくまで本気だ。
「君の悲しみは判るッ けどな、自殺なんて最低の人間がする事だぞッ 残された人たちの気持ちも考えろ!!」
「な、何の話? て言うか、近い、顔近いから」
勢い込んで、キリトの顔はシノンの至近にまで近付いていた。
ネコ科の動物を思わせる少女の顔がすぐ間近にある事に気付き、キリトは慌てた調子でシノンの腕を放して後じさった。
「あ、わ、悪いッ」
「て言うか、何なのよいきなり? 何だか、あんたのせいで、いろいろと台無しなんだけど?」
言われて、周囲を振りかえる。
「あれ、タツミ?」
「ども」
状況についていけないタツミが、呆然として2人の様子を眺めている。
見れば、綺麗に整理された墓には、花が添えられているのが見える。そこに、死んだタツミの友人2人が眠っている事は、キリトも知っている。
恐る恐る、と言った感じに、キリトはシノンに振り返った。
「えっと・・・・・・・・・・・・自殺する訳じゃ?」
「だから、何の話よ!?」
シノンは可憐な瞳をキリリと吊り上げて、キリトを睨みつける。
この勘違い野郎が何を考え突撃して来たのか知らないが、先程までの沈んだ空気が払しょくされてしまったのは確かだった。幸か不幸かは知らないが。
その時、
「おーい、キリトー!!」
呼ばれて振り返ると、レオーネが手を振りながらこちらに向かって来るのが見えた。
「ボスが帰って来たぞ。みんな会議室に集まってくれって。てか、3人して、ここで何やってるんだ?」
「わ、判った!!」
ややドモリながら答えると、キリトは傍らの2人に振り返って行った。
「タツミ、シノン、君達も来てくれないか。たぶん、2人の今後の処遇についても話が出ると思うから」
「あ、ああ」
「・・・・・・判ったわ」
キリトの言葉に、2人は頷きを返す。
ただ、
シノンの方は終始、キリトを睨みつけたままだったが。
2
会議室に入ると、既にナイトレイドを構成する全メンバーが集まっていた。
「話はアカメから聞いた」
中央の椅子に座った女性は、静かな口調で言った。
白い髪を短く切り揃え、鋭い眼光からは、長年にわたって戦い続けて来た者のみが発する、ある種の凄味全身から滲んでいた。
氷のような怜悧な印象を見る者に与える女性である。
右目には眼帯が嵌められ、右腕は無骨な義手によって補っている。本人の印象と相まって、その姿はかなり異様だった。
ナイトレイドリーダー、ナジェンダ。
元帝国軍将軍と言う肩書を持つこの女性は、その圧倒的なカリスマ性と実力によって、曲者揃いのメンバーを纏め上げていた。
「タツミ、それにシノン、2人とも、ナイトレイドに来る気は無いか?」
尋ねるナジェンダの言葉に、2人が息を呑むのが判った。
レオーネがタツミを連れて来たのは、彼にある種の才能を感じ、スカウトしようとしたからである。
タツミは、アリアを一瞬の躊躇も無く斬り捨てた。いかに親友を殺した相手とはいえ、一宿一飯の恩義を持つ少女を躊躇いなく斬って捨てたのだ。
標的を殺す際に躊躇を持たない、と言うのは殺し屋にとって必須条件の一つである。
ナイトレイドは少数精鋭主義の機動部隊だが、同時にそれは慢性的な人手不足である事も意味している。
実力のある新メンバーは、即採用と行きたいところである。
「でも、俺は殺し屋なんて・・・・・・・・・・・・」
逡巡を見せるタツミ。
と、
「そもそも、アジトの位置を知った以上、仲間にならないと殺されちゃいますよ」
物騒な事を言ったのは、椅子に座って本を読んでいる、メガネを掛けた髪の長い女性である。
彼女の名はシェーレ。おっとりしている外見とは裏腹に、いくつもの殺人依頼をこなしてきた凄腕の暗殺者である。先の任務でもメンバーに先んじて屋敷内に侵入し、アリアの母親を惨殺している。
因みに、彼女が読んでいる本のタイトルには「天然ボケを治す100の方法」などと言う怪しげなタイトルが書かれていたりする。
そもそも、天然ボケを治す方法などと言う物が本当にあるのだろうか? あるなら是非ともお目に掛かってみたい物である。
「いや、流石にそれは無いさ。けど、帰すわけにもいかないからな」
「その場合、俺達の味方の工房で、作業員として働いてもらう事になるだろうがな」
ナジェンダの説明を引き継ぐように、メンバーの中で最も大柄な男が口を開いた。
筋骨隆々とした逞しい体躯に、なぜか頭髪をリーゼントに纏めている。
男の名はブラート。こちらもナジェンダ同様に元帝国軍人である。
戦闘時にはインクルシオと言う鎧を着て戦うブラートの実力は、キリト、アカメ等のメンバーをしのぎ、名実ともに隊内最強である。
また、ナイトレイド一熱い性格をしており、皆にとっては頼れる兄貴分のような存在だった。
ナジェンダは次いで、シノンを見た。
「シノン、君もだ」
「私は、殺し屋なんて・・・・・・・・・・・・」
言葉を詰まらせるシノン。
躊躇うのも無理は無い。殺し屋にならないかと言われて、すんなり頷く人間など、少数派だろう。
そこでナジェンダは、自身が座っている椅子に立てかけておいた弓を、シノンに向かって差し出した。
「あ、それッ」
弓を見て、声を上げるシノン。
それは、あの時、シノンが手に取った弓だった。
「帝具、神眼必中『シェキナー』。君が使った帝具だ。文献にも乗っていたから、すぐに特定できた。シノン、この弓を引いた時、何かおかしな事は起こらなかったか?」
「は、はい、急に光の矢が出現しました・・・・・・」
シノンはあの夜、キリトと対峙した時の事を鮮明に覚えていた。
突然出現した光の矢。
まるで、シノンの想いに答えるように、弓が力を貸してくれたようにも思えた。
「恐らく、それがこの弓の能力なのだろう」
ナジェンダは納得したように頷いた。
帝具
それは、ただ1つで戦局を決定づける事も可能な超兵器である。
今から約1000年前、始皇帝は己の内に湧き上がった懸念に悩まずにはいられなかった。
周辺諸国を制圧して大帝国を築き上げた彼も、押し寄せてくる寿命には耐えられない。いずれは天命が尽きる時も来るだろう。
その時、帝国は守りを失い弱体化してしまう。
始皇帝が愛した国が、民が、再び戦火に飲み込まれてしまうのだ。
考えに考え抜いた末、始皇帝は一つの結論に達した。
自分が死んでも国を守って行けるように、最強無比な兵器を作り出せばいいのだ、と。
始皇帝の命令は、ただちに実行に移された。
国の内外から究極の職人たちが集められ、そして伝説級の素材を惜しげも無く投下して作り出されたのが、合計で48の帝具である。
しかし、500年ほど前に帝国内部で大規模な反乱が起こり、その際に帝具の大半も各地に拡散、あるいは紛失してしまったと言う。
「その帝具の一つが、この弓なんですか?」
「そうだ」
シノンの質問に頷きを返すと、ナジェンダは改めて言った。
「シノン、我々は、この弓を使いこなした君にも協力してほしいと思っている。勿論、無理強いはする心算は無い。もし断った場合は、さっきタツミに言った取り、工房で働いてもらう事になる」
「私は・・・・・・・・・・・・」
言い淀むシノン。
あの弓を取った時、確かに自分は戦える気がした。しかし、「戦える」と「戦う」では、天地の開きがある。
自分に人殺しができるかと問われれば、やはり答えは「NO」だった。
「やっぱり、人殺しなんて・・・・・・・・・・・・」
「そうか」
シノンがそう答える事は予想していたのだろう。ナジェンダはあっさりとした調子で頷きを返した。
元より、帝具が使えるとは言え、シノンは普通の少女である。殺し屋稼業に向いていないのは明白だった。
「タツミ、お前はどうする?」
ナジェンダは、改めてタツミに向き直って尋ねた。
シノンと違い、タツミは元々軍人になる為に村を出て来たのだ。脈はあると踏んでいるのだが。
「さっき言った通り、断っても死にはせん。それを踏まえた上で、どうだ?」
「俺は・・・・・・・・・・・・」
ナジェンダの誘いに対し、タツミは重い物を持ち上げるようにゆっくりと口を開いた。
「帝都に出て出世して、貧困に苦しむ村を救うつもりだったんだ。ところが、帝都まで腐りきってるじゃないか・・・・・・・・・・・・」
地方の村に居れば、帝都の様子など伝わってこないのだろう。
だからこそ、華やかな帝都に憧れ、立身出世を目指す人間も珍しくない。
だが、そうやって帝都に出てきた人間も、やがては現実を知る事になる。自分達が夢見ていた物は、全てまやかしに過ぎなかったと言う事を。
帝都の華やかさは全て、地方を始め、多くの人々を踏み躙った上で成り立っているのだ。
「中央が腐っているから、地方が貧乏で辛いんだよ」
壁に寄り掛かっていたブラートが、笑みを浮かべながら言った。
「その腐った根源を取っ払いたくねぇか? 男として。俺達の仕事は帝都の悪人を始末する事だからな。腐った連中の元で働くよりも、ずっと気分が良いぜ」
「でも・・・・・・・・・」
ブラートの言葉を聞いても、尚も逡巡を見せるタツミ。
と、
「ああ、もうじれったい!!」
声を上げたのは、豊かな髪をツインテールに結った少女である。
まだ幼さの残る顔立ちと、フリフリとした衣装が、可愛らしい雰囲気を出しているが、反面、今にも噛みつきそうな雰囲気が少女の気の強さを物語っている。
少女の名はマイン。可愛らしい外見をしているが、こう見えてナイトレイド随一の狙撃手である。自称「射撃の天才」だが、その言葉は決して誇張ではない。
「男ならビシッと決めなさいビシッと!! やるならやるッ やらないならやらない!!」
「いや、ビシッとって・・・・・・・・・・・・」
激昂するマインに、たじろくタツミ。まるで、そのままタツミに噛みつきそうな勢いである。
そんな2人の様子を見ながら、キリトは苦笑する。
「いや、落ち着けよ、マイン。タツミを食っても美味くは無いと思うぞ」
「食う分けないでしょッ あんた、あたしを何だと思ってるのよキリト!!」
揶揄するようにキリト。
それに対しマインは、豊かなツインテールを振り立てながら矛先を変える。
喧々諤々と言い合いを始めるキリトとマインは放っておいて、ナジェンダは改めてタツミに向き直った。
「お前の言い分は判った。しかしならば、余計にナイトレイドはピッタリだぞ」
「何でそうなるんだ?」
キョトンとするタツミ。
殺し屋をやる事と、村を救う事が、どうしてもタツミの中で符合しないのだ。
それに対し、ナジェンダは身を乗り出すようにしてナイトレイドの仕組みについて説明した。
現在、帝国は内戦状態にある。
南部一帯には反帝国を掲げる「革命軍」が拠点を構え、その勢力を拡大しつつある。
結成当初は規模が小さかった革命軍だが、日に日に募る民の不満を吸収するようにして規模を拡大し、今は一大勢力と化して帝国を脅かすまでになっている。
「だが、勢力が拡大すれば必然的に、情報の収集や暗殺など、日の当たらない仕事をする必要が出てくる。それが我々、ナイトレイドだ」
つまり、ナイトレイドは単なる犯罪者集団ではない。帝国を真に憂い、外から作り変えようとする革命軍の先鋒部隊と言う訳である。
「今は帝都のダニを対峙しているが、革命軍が決起した際には、混乱に乗じて腐敗の根源を断つ」
「腐敗の、根源?」
「大臣だ」
口を開いたのは、それまで黙っていたアカメだった。
現大臣オネストは自身の持つ絶大な政治力を駆使し、先の後継者争いに勝利、幼い皇帝を擁立した策謀家である。
しかし大臣は、皇帝の持つ権力を背景に国政を好き勝手壟断していると言う。
まさに、現在の帝国を腐らせている、元凶そのものだった。
「革命軍の攻撃に合わせて、私達は宮殿に突入、大臣を葬る。それが最終的な目標だ」
勿論、それだけで国が良くなるわけじゃない。
大臣を打倒し、帝国の枠組みを破壊した後、次にやってくる再生の時を乗り越えなければ、真の意味で革命が成功したとは言えないだろう。
しかし、そこを考えるのはナイトレイドでは無く、革命軍上層部の役割である。
「アカメが言った通り、最終的な目標は大臣の暗殺にある」
ナジェンダは、アカメの言葉を引き継いで言う。
「革命軍決起の時については、まだ言えないが、勝つための策は用意してある。その時が来れば、確実にこの国は変わる」
確信を込めて言うナジェンダ。
それに対し、タツミはゴクリと喉を鳴らした。
「その新しい国は、ちゃんと民にも優しいんだろうな?」
「無論だ」
確信を込めて頷くナジェンダ。
革命軍は志の高い者達の集まりである。彼等は必ずや、革命後の国を立て直してくれることだろう。
「なるほど、スゲェ・・・・・・・・・・・・」
タツミはため息を吐くように言った。
「じゃあ、今の殺しも、悪い奴等を狙ってゴミ掃除をしてる、つまり、正義の殺し屋って奴だな!!」
顔面を紅潮させて、タツミは言った。
悪い奴等を倒し、新しい国を創る為に戦う。確かに、それだけ見れば、ナイトレイドは正義の味方に見える事だろう。
だが、
次の瞬間、
一同から一斉に笑い声が起こった。
マインに至っては、露骨に指差して大笑いしている。なかなか、失礼である
「タツミ」
レオーネが、静かに声を掛ける。
「どんなお題目を付けようが、やってることは殺しなんだよ」
その表情は暗く冷めており、普段の明朗さが完全に塗り替えられているようだった。声音はゾッとするほどに冷え切っているのが判る。
「そこに正義なんて無いんですよ」
「ここにいる全員、いつ報いを受けてもおかしくは無いんだぜ」
シェーレとブラートもまた、レオーネに追随するように告げる。
場の空気は、完全に張りつめ、触れただけで肌が斬り裂かれそうな雰囲気がある。
誰もが、先程までの和気あいあいとした雰囲気を脱ぎ去り、完全に殺し屋の目と化しているのが判る。
勿論、キリトもである。
正義か悪か、と言う問題は、キリトの念頭には無い。
勿論、戦う理由ならキリトにもある。だが、その理由を免罪符にして、自分を肯定化しようとは思っていなかった。
殺しは殺し、罪は罪。
いつか、その報いを受ける日が来るかもしれない、と言う想いは常に胸の中にあった。
「戦う理由は人それぞれだが、皆覚悟はできている。それでも意見は変わらないか?」
タツミに最後の確認の為、問いかけるナジェンダ。
自分達は正義の味方ではない。革命が成功しても民から賞賛を受ける事も無い。
それでも尚、命を投げ打って悪を討つと言う覚悟がある者だけが、ナイトレイドに加わる資格があるのだった。
「・・・・・・報酬は、貰えるんだろうな?」
「ああ、しっかり働いていれば、故郷の一つは救えるだろう」
タツミは考え込む。
元々、帝国に仕官するのは村を救うためである。
だが帝国の内情が腐りきっているなら、そこに仕官する意味はハッキリ言って無い。
むしろ、ナイトレイドの在り方に深い共感を覚えるのだった。
「だったら、やる。俺をナイトレイドに入れてくれ!!」
タツミは決断する。
自ら修羅の道に飛び込むと。
「そう言う大きな目的の為なら、サヨもイエヤスも、きっとそうしてる!!」
「村には大手を振って帰れなくなるかもよ」
マインが鋭い視線で尋ねる。
「いいさ、それで村が幸せになるのなら」
だが、タツミの決意は揺らぐ事無く答えた。
目的があり、そして村を救えると言うのなら、タツミに否やは無かった。
「決まりだな、修羅の道へようこそ、タツミ」
義手の右手を差し出すナジェンダ。
ここにまた、1人のナイトレイドが誕生した。
その時、
メンバーの1人、ラバックが何かに弾かれたように動いた。
「侵入者だ、ナジェンダさん!!」
その特性故に施設の警備を担当しているラバックは、どうやらアジトに侵入している存在を感知したらしい。
しかし、まさかフェイクマウンテンの中にあるアジトを嗅ぎつけて来るとは。
「人数と場所は?」
「俺の結界の反応からすると、恐らく10人!! 全員、アジトに付近まで侵入しています!!」
ラバックの結界は完璧であり、今まで接近を図った敵は、アジトから離れた地点で捕捉、撃退する事に成功してきた。
しかし今回、アジト近辺にまで接近を許したとなると、それだけで尋常ではない。
帝国軍に所属する部隊の大半は腐敗政治の齎す甘い汁に浸かりきっている。その為、一部を除いて碌な戦力にはなりえない。
それを考えると、侵入者が帝国軍である可能性が低いだろう。
恐らく、密かに異民族の傭兵を雇った可能性が高い。
異民族と言えば帝国と敵対していると言うイメージが強いが、中には傭兵として帝国に雇われる者も少なくは無い。中には、密偵活動に優れた者達もいるだろう。そうした手合いに嗅ぎつけられた可能性が高い。
帝国からすれば、自分達の懐を痛くする事無く、賊を狩れるとなれば安い物だろう。
「仕方ない」
葉巻を取り出して、火を付けるナジェンダ。
同時に、その隻眼が鋭く吊り上る。
「全員、生かして帰すな。行けッ!!」
その言葉を受け、ナイトレイド達が動き出した。
その素早い動きに、シノンとタツミは置いて行かれた形である。
「何をしている」
「いてっ」
いきなりナジェンダに頭を殴られるタツミ。
そのタツミに、ナジェンダは凄味ある笑いを向ける。
「初陣だ、始末して来い」
「は、はいッ」
慌てて駆け出すタツミ。
その新たに誕生した漆黒の翼を、シノンは悲しげな瞳で見送っていた。
3
褐色の肌に、上半身を肌蹴た民族衣装を着た一団が、川沿いを駆け抜けていく。
その動きには一切の無駄が無く、駆ける音すらほとんどしない。
南方民族の暗殺者集団である彼等は、帝国政府から雇われる形で反政府的な賊を狩り続けている。
そんな彼等の今回の標的は、帝都を騒がす最強の暗殺者集団ナイトレイド。
これまでの情報を統合して、ナイトレイドのアジトがフェイクマウンテンのどこかにある可能性が高い、というところまでは突き止めている。
そこまで判れば、後は簡単な話だった。
川沿いから侵入を図ろうとするのは、手段としては常套的であると言えるだろう。
どんな人間であろうと、水が無ければ生きていけない。その為、このような僻地であればある程、施設は水の傍に造られるのが定石だ。
その考えを肯定するように、彼等の前に人影が姿を現した。
細い体に、手には一振りの刀を携えている少女。
その顔には、暗殺者たちも見覚えがあった。何しろ帝都には、彼女の手配書が嫌と言う程に張り出されている。
「いたぞッ 手配書にあったアカメだ」
「やはり、アジトはこの近くのようだな」
暗殺者たちはアカメの姿を見て、にやりと笑う。
「それにしても可愛い女だな」
「殺った後も楽しめそうだ。なるべく、体は傷付けるなよ」
言いながら、下品な笑みを口元に浮かべる。
次の瞬間
ザンッ
一瞬の踏み込み。
誰もが抜刀した瞬間はおろか、アカメの体の動きすら、確認できなかった。
「・・・・・・お前達、敵地で余裕持ち過ぎだ」
静かに響く、アカメの声。
気付いた時には、全員が喉を斬り裂かれていた。
その間、一瞬未満。
誰も、反応する事すらできなかった。
3人中、2人が致命傷を負って崩れ落ちる中、残った1人が尚も反撃しようとアカメに振り返る。
「せめて、相打ちにッ」
言った瞬間、
何の前触れも無く、男の心臓は鼓動を止めた。
刀を鞘に納めるアカメ。
それを待っていたように、最後の1人も崩れ落ちた。
見上げると、キリトの頭上を閃光が駆け抜け、次いで遠方で大きな音が鳴り響いた。
その様子から、標的の1人が命を落としたのを悟る。
「今のは、マインのパンプキンか。これで一人仕留めたな。」
冷静に言いながら、キリトはロングコートの背中に背負った漆黒の剣を抜き放つ。
帝具には、それぞれ固有の特殊能力がある。
アカメの持つ刀型帝具「一斬必殺 村雨」は、刃が僅かでも標的を斬れば、傷口から絶対致死の呪毒が流れ込み死に至らしめる。
レオーネのベルト型帝具「百獣王化ライオネル」は発動すると、獅子のような尻尾や耳が出現。五感が上昇すると同時に身体能力も飛躍的に強化される。
マインの銃型帝具「浪漫砲台パンプキン」は、精神エネルギーを弾丸の代わりにして撃ち放つ銃。ピンチになればなる程、その威力は増大する。
シェーレの大型鋏型の帝具「万物両断エクスタス」は、この世のあらゆる物を斬り裂く。これには奥の手があり、刃の部分を強烈に発光させて、相手の目を晦ませる事ができる。
ブラートの鎧帝具は「悪鬼纏身インクルシオ」。鎧型の帝具であり、鉄壁の防御力を誇り、纏った人間の能力を引き上げてくれる特性を持つ。ただし、使用者が完全に鎧に適合しないと自滅してしまう。
ラバックの糸型帝具は「千変万化クローステール」糸の帝具であり、その名の通り、糸を縫い、絡め、巻き付ける等、様々な使い道がある。このクローステールをアジト周辺に展開する事で、ラバックは敵対者の侵入を察知しているのだ。
そして、
剣の切っ先を真っ直ぐに向けるキリト。
これが、キリトの帝具。片手直剣型帝具「黒翼魔剣エリュシデータ」である。
そのキリトの目の前に、褐色の肌に民族衣装を着込んだ男が2人、飛び込んできた。
「悪いが、ここは行き止まりだ」
まったく気負った様子も無く、口元に笑みを浮かべて告げるキリト。
男達は一瞬、顔を見合わせたが、すぐに相手が1人だと判り、それぞれ腰にある剣を抜いて襲い掛かってくる。
「その剣にその姿、やっぱ異民族。それも、南方の蛮族あたりの出身ってところでいいのかな?」
問いかけるキリトの声にこたえる事無く、男達は動いた。
素早い動きで迫ってくる敵。
その手に持った刃が、怪しい輝きを放つ。
その動きを冷静に見据え、
キリトはエリュシデータを右手に持ち、体を半身にして構えると、一気に地面を蹴って駆けた。
その圧倒的な加速力により、間合いは一気にゼロとなる。
男達は、キリトの動きに追随しようとする。
しかし、
「遅いぜ」
静かな声と共に、水平に振り抜かれる漆黒の刃。
次の瞬間、2人の男達は同時に斬り捨てられ、地面に倒れ伏した。
「アンタ達、運が無かったな」
エリュシデータを一振りして、背中の鞘へと納めると、キリトはそれ以上、倒れている死体に目をくれる事無く去って行った。
戦況は、完全にナイトレイド優位に傾いていた。
身体能力に優れた異民族の暗殺者達だったが、ナイトレイド達は皆、一騎当千のつわもの達である。侵入を気取られた時点で、既に彼等に勝ち目は無かった。
既に刺客の大半は撃破され、人跡未踏の山中に屍を晒すに至っている。
彼等の死体はやがて獣に食われ、大地に消えていく事だろう。
そんな中、シノンは1人、宛がわれた自室に籠って膝を抱えていた。
これで良かったのだ。自分は何も間違っていない。
確かに、ナジェンダの言葉には心動かされる物があった。ナイトレイドが巷で言われているような外道の集団ではなく、一定の目的を持って行動している事も理解した。
しかし、それでも、殺し屋など勢いでなるような物じゃないと思う。
だが、タツミはどうだろう?
彼は親友の死と言う悲しい出来事を乗り越え、その上でこの国の現状を変える為に、あえて修羅の道へと突き進んだ。
翻って自分は、その現実から背を向けて逃げようとしている。
「・・・・・・・・・・・・あの時と、同じ」
ポツリと呟く脳裡
そこに思い浮かべられる、自身の過去。
視界一面に広がるのは、
一面の赤、
赤
赤
そして、
そこに佇む人影が、ゆっくりと振り返り、
「ッ!?」
込み上げる感情が、無理やりシノンを現実へと引き戻した。
また、繰り返すのか?
また、自分はただ、怯えて震えている事しかできないのか?
たとえ修羅の道と判っていても、自ら突き進むと決めたタツミの方が、よほど立派である。
彼が男で、自分が女だから?
いや、違う。
そんな単純な理由じゃない。
これはきっと、覚悟の差だ。
タツミには、たとえ己の命を差し出してでも、成し遂げたい事がある。
それに対し、自分にはそんな物は無い。だからこうして、ウジウジと生き悩んでいる。
「・・・・・・・・・・・・あいつにも、それがあるのかな?」
ふと、シノンの脳裏に、キリトの事が浮かんだ。
あの夜、アリアの家で対峙した少年。
一見すると線が細く、飄々としてとらえどころがないキリト。
しかし、そんな彼も、ナイトレイドとして暗殺者に名を連ねている。
ならば彼にも、譲れない何かがあると言う事だ。
チラッと、机の上に置いてある弓を見る。
シェキナーは、一応、護身の為に持っておくようナジェンダに言われた為、部屋に持って来た。
帝具には相性があり、合致する人間でなければ使いこなす事はできないと言う。
ならば、シノンがシェキナーを使いこなせると言う事は、彼女自身もまた、戦う事を運命付けられていると考える事もできる。
「私も、戦う事ができるのかな?」
キリトのように・・・・・・
なぜか自然と、そのように考えてしまう。
その時だった。
カタッ
廊下の方で微かな音が聞こえた気がして、シノンは顔を上げた。
「誰? ナジェンダさん?」
何の気も無しにシェキナーを手に取ると、廊下に出てみる。
次の瞬間、
突然、湧き上がった気配が、背後から迫って来るのに気付いた。
「ッ!?」
掴み掛ってくる腕。
とっさにシノンは、床へと転がる事で、伸びてきた腕をかわす。
しかし、
その視界の中で、褐色の肌に民族衣装を着た男が、手にした刃をチラつかせながら、ゆっくりとシノンに近付いてきた。
「ヒュー、こいつはツイてるぜ。まさか、ナイトレイドにこんな良い女がいるとはな」
「違ッ 私は・・・・・・・・・・・・」
とっさに否定しようとするシノンだが、男は聞いていない風で近付いて来る。
どうやら、ナイトレイド側の交戦域を避ける形で侵入を果たしたらしかった。他の戦闘員が出払っている状態だった為、辛うじて侵入する事に成功したのだ。
手にした刃が光りに反射して、怪しげな輝きを放ち、シノンの恐怖心を煽る。
「安心しな。今はまだ殺しゃしねぇよ。ただし、全部終わった後に、たっぷりと楽しませてもらうがな」
男は下卑た笑みを浮かべながら、なぶるようにゆっくりとシノンに近付いて来る。
剥き出しの悪意がにじみ出る。
同じだ。
あの時、
追い詰められて本性を顕にしたアリア。
そのアリアがシノンに向けた、純粋な悪意。
あの時と、全く同じだった。
こんな奴等が帝都にはたくさんいて、そのせいでタツミのように苦しんでいる人たちがいる。
そして、ナイトレイドはそんな者達を狩る為に戦い続けている。たとえ、自分達が汚名を蒙ろうとも、革命の先に新しい国がある事を信じて。
戦う理由があるとすれば、それで充分な気がした。
手は、自然とシェキナーの把取を握る。
「お?」
男が驚いて動きを止める中、シノンは弦を引き絞る。
その姿を見て、男は口元に笑みを浮かべた。
「おいおい、弓ってのは、矢が無いと何にも出来ないんだぜ?」
シノンを小馬鹿にするような口調で言いながら、更に距離を詰めようとする男。
武器の使い方も知らない小娘。
今の男の目には、シノンはそのように映っている事だろう。
それが自分にとっての死刑宣告であるとも知らずに。
次の瞬間、
シノンの手元に、光の矢が出現した。
警戒に当たっていたラバックから、敵の1人がアジト内に侵入した事を告げられ、キリトは取る物も取りあえず、引き返してきた。
気になるのは、シノンの安全である。
ナジェンダは元将軍である。過去の負傷のせいで全盛期に比べれば衰えたとは言え、未だに高い戦闘力は健在である為、心配はいらないだろう。
だがシノンは帝具が使えるとは言え、彼女自身はただの学生に過ぎない。敵に襲われたらひとたまりもないのは言うまでも無いだろう。
焦燥に背中を押されるようにして廊下を駆け、シノンの部屋の前までやって来た。
「シノン!!」
叫んだ瞬間、
キリトは見た。
少女が放った光矢が、真っ直ぐに飛翔し、敵の体を貫くさまを。
その速さたるや、キリトですら目で追うのが精いっぱいだった。
光の矢は、狙い違わず暗殺者の心臓を刺し貫く。
信じられない、と言ったように目を見開きながら倒れ伏す敵。
その姿を確認してから、
シノンも、糸が切れたように、その場に崩れ落ちる。
とっさに駆け寄って、少女の華奢な体を抱き留めるキリト。
その腕の中で、シノンはぐったりとしたまま、その可憐な双眸を閉じ続けていた。
第2話「問われる覚悟」 終わり