漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第23話「兄と、妹と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーグ高地。

 

 帝都から南東へ800キロ離れた僻地にある峻厳な土地である。

 

 峻厳に切り立ったテーブルマウンテンが多数点在している事が特徴であり、その為、周囲には他では見られない、独自の生態系の形成が確認されている。

 

 当然、未知の強力な危険種も多数確認されており、旅人の運行路からは外された、正に帝国の中でも辺境中の辺境であると言える。

 

 このマーグ高地に今、ナイトレイドの各メンバーは集っていた。

 

 先に、ドクター・スタイリッシュ率いる部隊の襲撃を受けたナイトレイド。

 

 結果的にスタイリッシュを含む全ての敵を殲滅。こちらの被害は皆無に等しかったものの、敵にアジトの情報を知られたのは痛かった。

 

 このままでは、いずれ再び敵の襲撃を受ける可能性もある。

 

 もっとも実のところ、その危険性は皆無であり、スタイリッシュは抜け駆けを狙ってナイトレイドを襲撃した為、まだアジトの情報は、イェーガーズを始め他の敵には知られていないのだが。

 

 しかし、やはり万が一の事を考えると安心はできない。加えて、襲撃によってアジト自体も修復不能なダメージを受けてしまった。

 

 そこでナイトレイドは、ほとぼりが冷めるまでの間、このマーグ高地に身を隠す事にしたのだ。

 

 地形が複雑なマーグ高地は潜伏にはうってつけである。

 

 また、危険種の生息も多いため、それらを狩る事で、修行にもなる筈だった。

 

「新しいアジトの場所は、今、革命軍の偵察隊が帝都近辺を探ってくれている。それまで、私達はここでレベルアップだな」

「でも、ここって結構、寒いですね」

 

 そう言って、シノンは自分の両腕を抱くようにして身を震わせた。

 

 今回のマーグ高地行きに際し、シノンは学校の方に休学届を提出して同行してきていた。

 

「標高も結構な物だからな。ここで修行すれば、それは必ずイェーガーズと戦う時の力になる筈だ。

 

 ナジェンダがそう言った時だった。

 

 一同をここまで乗せて来たエアマンタがふわりと浮きあがると、そのまま飛び去って行ってしまった。

 

「あ・・・・・・あれ? 行っちゃったけど、良いの?」

 

 首をかしげたるマイン。

 

 折角、飼いならしているのに、勝手に飛んで行ってしまって良いのだろうか? どうせなら、自分達で使った方が良いと思うのだが。

 

「貴重な乗り物だからな私達が独占する訳にはいかないのさ」

「帰巣本能を利用して、巣のある革命軍本部に帰ったのよ」

 

 ナジェンダの説明に捕捉するように口を開いたのは、革命軍本部からナジェンダがスカウトしてきた新たなメンバーである。

 

 軽くウェイブの掛かった長い髪に、整った顔立ち。スレンダーだが、均整のとれたプロポーションを持つ、モデルのような外見の女性だ。

 

 黙っていれば、完璧な美人である事は間違いない。

 

 しかし、

 

「マインって、そんな事も知らないんだねー アハハハハハハ」

 

 軽い言動が、雰囲気を一気にぶち壊す。

 

 からからと笑う女性に、元々短気なマインのボルテージは、一気に上昇を見せる。何やらのっけから、不穏な空気を垂れ流してくれていた。

 

 そこでふと、タツミが何かを思いついたように声を出した。

 

「もしかしてだけどさ、あれに乗ったまま帝都の宮殿に突入で来たんじゃないかな?」

 

 確かに、発想としては悪くない。

 

 戦いとは、頭上を制した方が圧倒的に有利となる。

 

 空を飛べる帝具の数が少ない以上、空から宮殿へ強襲を仕掛けるのは有効な手段であるように思える。

 

 しかし、

 

「無理だ」

 

 アカメはタツミの言葉を、言下に否定する。

 

「宮殿の上空には、帝具で飼い馴らされてる危険種がいる。空から近付けば、そいつらに食われてしまうだけだ」

「・・・・・・本当に、守りだけはガッチガチなんだな」

 

 タツミは呆れるしかなかった。

 

 自分の保身ばかりを最優先に考える連中の考える事は、ある意味、強敵と戦う以上に難儀な事だ。

 

「さて、まずは新メンバーの紹介と行こう。まずは・・・・・・あれ?」

 

 新たに加わった3人のメンバーを、改めて紹介しようとしたナジェンダだが、その姿が見えない

 

 目を転じれば、先ほどマインをからかっていた女性は、今度はアカメを抱きしめるような形でまとわり付き、少女の特徴的な黒髪を撫でていた。

 

「アカメちゃんって近くで見ると、本当に可愛いんだぁ」

「・・・・・・何だ、いきなり?」

 

 鬱陶しそうに女性を見るアカメ。

 

 何となく、過剰なスキンシップをする飼い主と、それを嫌がっている黒猫のような印象がある。

 

「私はチェルシー。同じ殺し屋同士、仲良くしましょう」

 

 そう言うと、ポケットから棒付きの丸飴を取り出し、アカメへ差し出す。

 

「はい、これあげる」

「・・・・・・・・・・・・歓迎するぞ」

 

 あっさりと餌付けされるアカメ。どうやら、長旅でお腹が空いていたようだ。

 

 チェルシーの方でも、アカメの食い意地の事も知っている様子。どうやら、こちらのメンバーの情報も、色々と調べてきているらしい。

 

「でもチェルシー・・・・・・さんはマイン達以上に殺し屋には見えないって言うか・・・・・・」

「見た目で判断するな。アカメと同じくらい暗殺(しごと)を成功させている凄腕だぞ」

 

 タツミの言葉を窘めるナジェンダ。

 

 確かに。

 

 キリトはチェルシーを見ながら考える。

 

 相手を見た目で判断してはいけないのは殺し屋としての鉄則である。たとえ直接的な戦闘能力が低くとも、「殺し」の能力に優れる暗殺者は幾らでもいる。チェルシーも恐らく、そうした能力の持ち主なのだろうと推察された。

 

「そしてこっちが革命軍の本部から譲り受けて来た私の新しい帝具、《電光石火スサノオ》だ」

 

 そう言うとナジェンダは、傍らに立っているスサノオを指し示す。

 

「自動で動く生物型だから負担が少ない。過去の負傷で全力が出せない今の私でも使いこなせるわけだ」

 

 戦闘力については、先の戦いで立証済みである。このスサノオだけでも、頼もしい戦力が加わってくれたものである。

 

 これからますます激化する戦場にあって、その真価を大いに振るってくれることが期待される。

 

「あ、あらためてよろしく」

 

 そう言って、恐る恐る手を差し伸べるタツミ。

 

 だが次の瞬間、スサノオの目がギラリと光った。

 

 何事か、と見守る一同。

 

 次の瞬間スサノオは、まさに「電光石火」のスピードでタツミの足元に屈みこむと、僅かに出ていたシャツを、ズボンの中にしっかりと押し込み、身なりを整えてやった

 

「よしッ!!」

 

 満足そうに頷くスサノオに一同は、ただただ唖然とする。

 

「性格は意外と几帳面だ」

「そう言えば、あたしの髪も直していたわね」

 

 その時の事を思い出し、呆れるマイン。

 

 どうやら、思った以上に面倒くさい性格であるらしい。

 

「で、肝心の能力は何なの? 肉弾戦が強いってだけ?」

 

 レオーネの質問に、ナジェンダはフッと笑みを浮かべる。何となく、その質問を待っていたような雰囲気がある。

 

「フッフッフ・・・・・・では見せてやろう。驚くなよ」

 

 不敵な態度を見せるナジェンダ。

 

 対して、一同はごくりと生唾を飲み込み、次に起こる驚愕の事態に備える。

 

 いったい、何が飛び出すのか?

 

 どんなすごいの力を披露してくれるのか?

 

 一同の期待の視線が集中する中、

 

「やれ、スサノオ!!」

 

 ナジェンダが凛とした声で号令と共に、鋭く腕を振るう。

 

「・・・・・・判った」

 

 低い声で頷きを返すスサノオ。

 

 次の瞬間、スサノオは動いた。

 

 

 

 

 

 手始めに斧を取り出して木を切って来ると、削り出した材木を基に、頑丈な住居を手早く立てていく。

 

 それが終わったら、今度は、皆の溜まった衣類を川で洗濯する。

 

 更に、取って来た食材で、手の込んだ料理を作り始めた。

 

 

 

 

 

「や、何か凄いんだけどさ、何すか、これ?」

「家事をしているようにしか見えないんだが?」

「その通り!!」

 

 呆れ気味に尋ねるラバックとタツミに対し、ナジェンダは昂然と胸を逸らす。

 

「スサノオは元々、要人警護用に造られた帝具だ!! 戦闘力は勿論、付きっきりで守れるように、家事スキルが完備されている!! 炊事洗濯、何でもござれ!! 作れる料理のレパートリーは、1000種類にも及ぶ!!」

 

 ずれている。

 

 と、ツッコみたいのはシノンだけではないはずだった。

 

 さんざん期待を持たせておいて、出て来たのがコレかい!!

 

 誰もが、思わず心の中で叫んでいた。

 

「戦闘と何も関係無いでしょうが!!」

「いやいや、すごく便利だぞ、これは。それに、ちゃんと戦闘用の切り札もあるし。な?」

「ああ」

 

 激しく突っ込むマインに、そう言って頷き合うナジェンダとスサノオ。

 

 何にしても、心強い新たな仲間達の存在に、タツミの心は期待で高鳴って行く。

 

 これからの戦い、きっと頼れる力になってくれるだろう。

 

 タツミは、そう確信する。

 

 しかし、

 

「やーい、貧乳~ チビ~ チッパイチッパイ」

「キシャー!!」

「料理ができてイケメンでも帝具でしょ。やーッ 負ける気しないね」

「?」

 

 マインをからかうチェルシーの傍らで、ラバックがスサノオ相手に無駄な見栄を張っている。

 

 何と言うか、今後のチームワークに激しく不安を覚える光景だった。

 

 そんな中、

 

 シノンは、ふと、一連の騒ぎに加わらずにいた2人に目を向けた。

 

 キリトとリーファ。

 

 先の戦いの後、劇的な再会を果たした兄妹だったが、その様子は明らかなぎこちなさが見て取れる。

 

 否、一方的にぎこちない雰囲気を出しているのは、キリトの方だ。

 

 リーファの方は、何とかコミニケーションを取ろうとアプローチを仕掛けているが、キリトの方が拒絶している感じである。

 

 そんな2人の様子を見て、嘆息するシノン。

 

 どうやら、チームワークに難があるのは、何処も同じであるらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シリカは、恐縮した体でテーブルについていた。

 

 目の前には、随分と豪勢な料理が並べられ、手を出す事さえ憚られてしまう。

 

「さあ、シリカちゃん。遠慮はいらないからね。食べて食べて」

 

 そう言って明るい声で食事を勧めてくるのは、彼女の同僚であるボルスである。

 

 イェーガーズの最年少であり、南部から出て来たばかりのシリカを、1人で官舎に泊まらせるのは忍びないと感じたボルスは、自分の家に下宿させる事を提案したのだ。

 

 シリカも、最初は断った。

 

 ボルスの申し出は、実際のところシリカにとってもありがたい事だったが、自分1人の為に、そのような手間を取らせてしまうのは申し訳なかったのだ。

 

 だが結局、ボルスだけではなく、面倒見の良いウェイブやアスナ、果てはエスデスにまで説得され、こうしてボルス家の厄介になっていた。

 

 ボルスとしては他にも、トキハや、帝都で一人暮らしをしているアスナの事も引き取って良いと申し出たのだが、そこは2人から丁重に断られてしまった。

 

「そんな、私なんかの為に、勿体ないですよ、こんなにたくさん」

 

 並べられた料理を前にして、かえって恐縮した体で縮こまるシリカ。同僚とは言え、他人の家に上がり込んで、このような歓待を受けては悪い気がした。

 

 そんな少女の肩を、優しい手が包み込んだ。

 

「遠慮しなくて良いのよ。うちの人が家に同僚の人を連れて来るなんてめったにない事なんですから、我が家だと思って、くつろいでねシリカちゃん」

 

 そう言って笑い掛ける女性は、ボルスの妻である。

 

 太もも付近まである長い髪をストレートに下ろし、やや切れ長な瞳は、しかし優しそうな微笑を浮かべている。

 

 成程、真面目なボルスが皆の前でのろけるだけの事はある。ちょっと、そこらではお目に掛かれない程の美人だった。

 

 ボルスとは恋愛結婚だったらしく、近所でも評判のおしどり夫婦である。見ているシリカも羨むほどの熱愛振りを見せていた。

 

 更に、

 

「ねえねえ、お姉ちゃん!! あとで一緒に遊ぼうよ!!」

「キュアー!!」

 

 ピナを胸に抱いた小さな少女が、嬉しそうな笑顔を満面に浮かべてシリカに駆け寄ってくる。

 

 母親に面立ちが似た少女は、ボルスの娘のローグである。

 

 どうやら物怖じしない性格であるらしく、初めて会ったシリカとも打ち解け、ピナともさっそく友達になってしまっていた。

 

 そのピナも、ローグの胸に抱かれ、心なしか楽しそうな顔をしているように思える。

 

「ほら、ローグ。お姉ちゃんが困っているでしょ。遊ぶのは、ご飯を食べてからよ」

「はぁい」

 

 たしなめる母親の言葉に、素直に従うローグ。どうやら、教育もキッチリと行き届いているらしい。

 

 やがて、4人はテーブルを囲み、楽しい食事が始まった。

 

 ボルスの妻は美人なだけではなく料理も上手で、シリカはこれまでめったに食べた事も無いような食事に目を丸くしては、ボルス達を和ませていた。

 

 それは、長く戦場に身を置き、こう言った「家族の語らい」を久しく忘れていたシリカにとっては、とても楽しいひと時だった。

 

 

 

 

 

「良い子ね」

 

 ベッドの上で、抱き合うような格好で並んで眠るシリカとローグに毛布を掛けてやりながら、ボルスの妻は慈しむように、2人の少女を見据える。

 

 遊び疲れたのだろう。2人は静かな寝息をたてながら目を閉じている。

 

 ピナもまた、2人の枕もとで丸くなり、共に眠りに落ちていた。

 

「こんな小さな子が軍にいるなんて。いったい、何があったのかしら?」

「うん。悲しい事だね」

 

 憂うような妻の言葉に、ボルスも頷きを返す。

 

 シリカは10代前半。本来なら学校へ行き、友達と楽しく遊んでいる事が許される年れだ。

 

 しかし彼女は軍人として戦い続けて功績を上げたからこそ、今はイェーガーズに所属している。

 

 その辿って来た道が、平坦である筈が無かった。

 

 自分達の任務は過酷だ。

 

 ボルスは、つい先日の事を思い出す。

 

 エスデスの指示を受け、ボルスはラン、ウェイブ、トキハ等と共に、スタイリッシュ研究室の家宅捜索を行った。

 

 スタイリッシュの連絡途絶を聞いた時は、イェーガーズの一同にも不安が広がった物だが、そこでボルス達は更に驚愕する事になる。

 

 研究室内部には、高価な研究機材や貴重な資料が、そのまま手つかずで残されていたと言うのに、内部には人の気配が全くしなかったのだ。

 

 まるで、研究室はそのままに、中の人間だけが、そっくりそのまま神隠しにでもあったような感じである。

 

 スタイリッシュの研究室では、長年にわたって違法な人体実験が連日のように行われ、犠牲者の数も3ケタでは効かないとさえ言われている。

 

 そのような場所であるだけに、戦慄を禁じ得なかった。

 

 だが、冷静になり分析を進めるにつれ、今回の一件はオカルトの類では無く、人為的に引き起こされた物であると言う推測が建てられた。

 

 恐らくスタイリッシュは、敵のアジトを発見し、強化兵達を率いて強襲を掛けたものの、返り討ちに会って全滅。スタイリッシュ自身も討ち死にした。

 

 それが、エスデスの見解だった。

 

 恐らく、スタイリッシュはもう、この世にはいないだろう。

 

 そして同時に、正しく「明日は我が身」である。

 

 ボルス自身、いつ命を落とすかは判らないし、その覚悟もできている。

 

 しかし、

 

 愛する家族を残していく事だけは、辛かった。

 

 それに、シリカのような小さな子に、そんな過酷な運命を背負わせるのも苦しかった。

 

 そんな夫の苦悩を悟ったのか、妻はそっと、肩に手を置いて来る。

 

「どうか、無茶はしないでね。あなたも、シリカちゃんも」

「うん、判ってるよ」

 

 そう言うとボルスは、愛おしそうに妻の手を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なるほど、これは修行になるな。

 

 危険種の群れに囲まれながら、キリトは心の中でそう呟く。

 

 キリトは今、修行を兼ねた狩りを行う為、山の中腹辺りまで下りてきていた。

 

 帝都近郊に比べて危険種の種類が違う。その為、知識にある奴等に比べると行動パターンも異なり、動きを先読みする事が難しい。

 

 少しでも油断しようものなら、こちらが鋭い爪や牙の餌食になりかねない。

 

 加えて、マーグ高地は標高が高く酸素が薄いため、常の身体能力を発揮する事が難しい。

 

 標高の高い場所で生まれ育った人間は、標高の低い場所で生活している人間よりも、遥かに高い身体能力を発揮すると言う。

 

 これらの要素が帝都に戻った時に、キリトたちの能力を飛躍的に高めてくれるはずだった。

 

 キリトを獲物と見定めて突っ込んでくる危険種。

 

 巨大なクマのような姿をした凶悪な外見は、それだけで威嚇効果は抜群であり、竦み上がりそうな迫力がある。

 

 だが、キリトはスッと目を細めて熊型危険種を見定めると、右手に持ったエリュシデータを、弓を引くように構え、切っ先を相手に定める。

 

 解き放たれる剣閃。

 

 ヴォーパル・ストライクの一撃が、熊の体の中央に真っ直ぐ突き刺さる。

 

 悲鳴のような咆哮を上げて、地面に倒れ伏す熊。

 

 間髪入れず、キリトは振り返る。

 

 その時には既に、背後から別の危険種が迫ってきていた。

 

 だが、慌てる必要は無い。

 

 その事を見越して、既に能力は発動済みだった。

 

 身体を動かそうとして、腕や足に僅かな鈍りを感じる。

 

「ッ!?」

 

 息を吐きながら、しかし頭の中は冷静さを保ちつつ、次の動きへとつなげる。

 

 身体がいつもより動かないなら、いつも以上に索敵に意識を向け、敵の動きを先読みするのだ。

 

 勿論、相手に先んじて行動を起こすのも重要である。

 

 迫る敵に対し、振り向き様に横一閃を繰り出すキリト。

 

 その一撃が、背後から迫った危険種の胴を、一刀両断にしてのけた。

 

 キリトによって斬られた巨体が、轟音を上げて地面に転がる。

 

 危険種を仕留め、動きを止めるキリト。

 

 既に周りには、キリトが倒した危険種の屍が、地面を埋め尽くすほどに転がっている。

 

 これで、当面の食糧には問題無いだろうと、普通なら思うところであるが、ナイトレイドには欠食児童(アカメとかアカメとかアカメとか)が多いため、安心はできない。この程度なら3日で食い尽くされてしまうだろう。

 

「仕方ない。もう一働きするか」

 

 苦笑しながら呟いた、次の瞬間、

 

 背中を向けているキリトに、背後から狼型の危険種が襲い掛かってくる。

 

 跳躍と同時に鋭い牙を剥き、キリトへと迫る狼。

 

 キリトはとっさにエリュシデータを持ち上げ、狼型危険種を迎え撃とうとする。

 

 次の瞬間、

 

 大気を斬り裂いて飛来した光矢が、今まさにキリトに襲い掛かろうとしていた狼の頭部を撃ち抜いた。

 

 突進の勢いを一撃で吹き飛ばされ、絶命し地面に転がる狼。

 

 そこで、キリトは振り返り、自身の獲物を横取りした相手を見やる。

 

「相変わらずのボッチプレイ? あんたも大概よね」

 

 呆れ気味に言ったのは、茂みから出てきたシノンだった。どうやら、彼女も狩りに来ていたらしい。

 

 と言っても、前衛担当のキリトと違い、狙撃手のシノンとでは修行の内容も異なる為、当然ながらやり方も違ってくるのだが。

 

 こちらに向かって歩いて来るシノンの様子を見て嘆息すると、キリトはエリュシデータを背中の鞘へ納める。

 

「・・・・・・別に手出ししなくても、今のは倒せたんだけどな」

 

 気配を探っても、既に周囲に危険種が近付いて来る様子はない。どうやら、ここら辺の連中は全て狩り尽くしたらしかった。

 

 獲物の数が多いので、後で誰かに運ぶのを手伝ってもらわないといけないが。

 

 そんな事を考えながら、キリトはシノンに向き直る。

 

「それで、どうかしたのか? わざわざこんな所まで来て?」

 

 マーグ高地は難所である為、移動には困難を擁する。

 

 キリト自身、この狩場に来るのにはそれなりの時間がかかっている。身体能力に劣るシノンなら、尚の事だろう。

 

 それでも追って来たと言う事は、それなりの理由があっての事なのだろうと思った。

 

 対して、シノンはムッと眉をしかめて見せる。

 

「どうした、じゃないでしょ。あんた、リーファの事はどうする心算なのよ?」

「・・・・・・・・・・・・それは」

 

 その指摘は予想していなかったらしく、キリトは言葉を詰まらせる。

 

 確かに、ここに来てからキリトは、リーファと碌に話していない。声を掛けられれば、生返事を返す程度である。

 

「このままじゃ、こっちの気まで滅入って来るわ。何とかしなさい」

「いや、何とかって・・・・・・・・・・・・」

 

 強引な物言いに、キリトは呆れたような声を出す。

 

 そんなキリトの様子を見ながら、シノンは今度は少し声のトーンを落として尋ねる。

 

「あんた、リーファの事嫌いなの?」

「そんなはずないだろ」

 

 そこは即座に否定するキリト。

 

 確かに素っ気ない態度を取っていたのは事実だが、実の妹を嫌うほど落ちぶれた心算は無かった。

 

「ただ・・・・・・」

「ただ?」

 

 詰め寄ってくるシノンに、キリトは少したじろいたように後じさる。

 

 どうやら、事情を話さない事には、許してくれそうになかった。

 

「・・・・・・・・・・・・ずっとリーファは、故郷で幸せに暮らしていると思っていたんだ」

 

 ややあって、キリトは観念したように口を開き、己の胸の内を語り出す。。

 

「それが、俺も知らないうちに革命軍に入ってて、いきなり目の前に現れれば、そりゃ、驚くだろ」

「何か理由があるんじゃないの? それを聞かないと話にならないでしょ」

 

 腰に手を当てて、呆れたような口調で言うシノン。

 

 シノンの指摘はいちいちもっともであると言える。

 

 故郷で暮らしていた筈のリーファ

 

 そのリーファが、なぜ革命軍に入ったのか。それを知る必要がキリトにはある。そうしないと、話は進まなかった。

 

 と、その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・村がね、帝国軍の攻撃を受けたの」

 

 憂いの色を帯びた声が、風に乗って聞こえてくる。

 

 導かれるように振り返るキリト。

 

 そこには、いつの間に来たのか、リーファが佇んでいた。

 

 思わずとっさに、キリトはシノンを見やる。

 

 対して、口元にフッと笑みを浮かべて返すシノン。

 

 どうやら、リーファが近くにいるのを知っていて、話題を振ったらしい。

 

 担がれた事を悟り、シノンを睨むキリト。

 

 対して、シノンは内心で喝采を上げる。

 

 普段、割とからかわれる事が多いため、一矢報いた感じである。

 

 とは言え、今問題にすべきはシノンではない。

 

 報復はいずれ然るべき形でするとして、キリトは取り急ぎ、リーファに向き直った。

 

「どういう事なんだリーファ。村が帝国軍の攻撃を受けたって・・・・・・・・・・・・」

 

 キリトの村は、特に特徴らしい特等の無い、ごくごく平和で長閑な村である。

 

 帝国の持つ内戦や侵略とは全くと言って良い程無縁である筈だった。

 

 それがなぜ、帝国軍の攻撃を受けるなどと言う事態に陥るのか?

 

 問われたリーファの顔は、どこか憂いを秘めているようにも見え、流れ出る涙を堪えているのが見える。

 

「・・・・・・お兄ちゃんが、村を出て暫くした頃だった。村の一部の人達が革命軍に協力している事が判って。その事を理由にして、帝国軍が攻めて来たの」

 

 リーファは、今でも覚えている。

 

 交渉も抗弁も許されず、問答無用で攻撃を開始した帝国軍。

 

 敵兵に蹂躙される村の人々。

 

 老人も、女性も、子供でさえ区別なく、皆が殺されていった。

 

 そして、忘れもしない。最後に現れた部隊。

 

「帝国軍焼却部隊。あの人たちが、残った村を全て焼き尽くして行った」

 

 特に脳裏に残るのは、あの不気味なマスクをかぶった焼却部隊の男。

 

 村の殆どは、あの男一人に焼き尽くされたような物である。

 

 そんな中、何とか命からがら村を脱出したリーファは、只管に逃げ続け、そして3日後、街道沿いで力尽きて倒れたところを、革命軍の斥候部隊に拾われたのである。

 

「俺のいない時に、そんな事が・・・・・・・・・・・・」

 

 悔しそうに呟くキリト。

 

 もし、その場に自分がいたら、そんな事にはならなかったのに、とも思う。

 

「みんなみんな、死んでしまったんだよ、お兄ちゃん!!」

 

 泣き崩れるリーファ。

 

 シノンはそんなリーファに駆け寄ると、優しく抱きしめる。

 

「辛かったわね、本当に」

「シノンさん・・・・・・・・・・・・」

 

 リーファもまた、シノンに縋るように、その胸に顔をうずめる。

 

 そこで、シノンは立ち尽くしているキリトを睨みつけた。

 

 妹にこんな思いまでさせておいて、アンタは何もしないのか? シノンの鋭い眼光が、そう語っている。

 

 ややあって、キリトは大きく息を吐く。

 

 今のリーファを、ここまで追い込んでしまったのは自分だ。

 

 ならば、傷ついた妹を救う為に、自分は戦わなくてはならない。

 

「・・・・・・・・・・・・判ったよ」

 

 そう呟くように言うと、キリトもまた、泣きじゃくるリーファに歩み寄る。

 

「俺が悪かった、リーファ。一緒に戦おう・・・・・・いや・・・・・・」

 

 言い直すキリト。

 

「俺と、一緒に戦ってくれ」

「お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・」

「敵は強い。お前の力が必要なんだ」

 

 飛び込んでくる妹を、しっかりと抱きしめるキリト。

 

 離れ離れになり、互いに知らないまま数奇な運命をたどっていた二人の兄妹は、ようやく一つに慣れたのだ。

 

 その様子を、傍らのシノンは微笑ましそうに眺めていた。

 

 

 

 

 

第23話「兄と、妹と」      終わり

 

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