漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第24話「少年の心、少女の想い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都南方に広がる鉱山地帯。

 

 帝国にとって貴重な財源であり、多くの抗夫達が働いている場所でもある。

 

 坑道内部は迷路のように複雑化しており、全体像を把握している人間は皆無であると言って良い。

 

 まるで地獄の底まで続いているようにも思える坑道の先は、灯り無しでは一歩も進む事ができない闇の世界と化している。

 

 その闇の底から、

 

 「ソレ」は姿を現した。

 

 作業を続ける抗夫達。

 

 そんな彼等の目の前に姿を現したのは、ただただ不気味な存在だった。

 

 手足があり、頭部があり、二足歩行している点は人間と同じである。

 

 だが、その巨体は通常の人間の三倍以上を誇り、更に顔面は子供が泥をこねたように、グロテスクな外見をしている。

 

 まるで泥人形(ゴーレム)のような外見。

 

 その泥のような表皮の下から、ギョロリとした目が抗夫達を睨みつける。

 

「う、ウワァァァァァァ 見た事も無い危険種だァァァァァァ!!」

「逃げろォォォォォォ!!」

 

 道具を放り出して逃げようとする抗夫達。

 

 だが、その行動はすぐに、無駄な努力へと代わる。

 

 逃げようとした彼等を危険種は掴みあげ、そのまま頭から貪って行く。

 

 首を捥がれ、身体を咀嚼されて絶命していく抗夫達。

 

 その様子を、闇の奥から見つめる目が合った。

 

「クックックッ こりゃあ、良い玩具が手に入ったぜ」

 

 食い散らかされる抗夫達を見ながら、笑みを浮かべる男。

 

 闇の中にあって、その姿を伺う事はできない。しかし、不気味に笑う口元だけはくっきりと見て取る事が出来た。

 

 自らが作り上げた惨劇に対し、心の底から愉悦を感じている笑いである。

 

「久しぶりの帝都だ。親父に挨拶する前に、少しばかり楽しませてもらうぜ」

 

 そう呟くと、再び闇の中に溶け込むように消えていく。

 

 後には、抗夫達の断末魔の悲鳴と、生肉を咀嚼し、骨を粉砕する耳障りな音だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 蹴り出したボールが、放物線を描いて宙に舞いあがる。

 

 落下してきた球体を、ウェイブは器用に足で受け止め、更にもう一度、頭上へと上げる。

 

 器用な物だ。

 

 見ていたトキハが、ぼんやりとそんな事を考える。

 

 たちまち、周囲の子供達から起こる拍手喝采。

 

「兄ちゃんすげー!!」

「格好良い!!」

「教えて教えてェ!!」

 

 子供達が群がってきて、ウェイブに縋りついて来る。

 

「こらこら、ちょっと待て、順番に教えてやるから」

 

 群がる子供達に辟易しつつも、笑顔を崩さないウェイブ。どうやら本人も、子供達に慕われてまんざらではない様子だ。

 

 その様子を、傍らでトキハ、アスナ、クロメの3人が眺めていた。

 

「ウェイブさんって、けっこう保父さんとか似合いそうよね」

「て言うか、あれはもう、同レベルだと思う」

 

 感心したように言うアスナに対し、クロメはお菓子をポリポリと食べながら返事をした。

 

 ここは、アスナの知り合いが経営している孤児院である。敷地内には併設された教会も有り、運営は、その教会の方が行っている。

 

 今日は非番だったイェーガーズの4人は、アスナの誘いで、この孤児院に慰問、実質的には遊びに来た訳である。

 

 ここにいる子供達は皆、戦争や夜盗の襲撃で親を亡くした子達ばかりである。

 

 そんな子供達を哀れに思った、アスナは血盟騎士団時代から何度か、時々ひまを見付けては、こうして遊びに来ていたのである。

 

「いつもすみません、アスナさん」

 

 背後から声を掛けられて振り返ると、メガネをかけた大人しそうな女性が歩いて来るのが見えた。

 

 黒いシスター服を着ている所を見ると、どうやら彼女がこの孤児院の責任者であるらしかった。

 

「サーシャさん。また、お邪魔させてもらっています」

「ありがとうございます。おかげで、子供達もあんなに楽しそうで・・・・・・」

 

 ウェイブに遊んでもらっている子供達を微笑ましそうに眺めながら、サーシャはクスクスと笑う。

 

 子供達も、普段はあまり接する事の無い人たちが遊びに来てくれたおかげで、いつも以上にはしゃいでいるのが見て取れた。

 

「本当にありがとうございます。お仕事、忙しいのでしょう?」

「ええ、まあ・・・・・・・・・・・・」

 

 サーシャの言葉に、アスナは苦笑する。

 

 実際、エスデスのドS振りは、仕事の方でも発揮されている。

 

 とにかく賊の情報が入ったら即出撃。一切の仮借なく働かされる物だから、疲労も溜まると言う物だ。

 

 一方で、非番の日はきちっと休みはくれるし、任務後には特別手当も出してくれるので、不満を述べる方が筋違いなのだが。

 

「エスデスの場合、全部、自分基準だから」

「確かに、そうよね」

 

 ボソッとぼやきを吐き出したトキハに、アスナも嘆息交じりの返事を返す。

 

 メリハリをしっかりと付ける良い上司である事は間違いないのだが、いかんせん、エスデスのやり方に他人が付いて行くのは容易な事ではなかった。

 

 幸いにして、イェーガーズの面々は皆、それなりに修羅場をくぐって来た猛者たちばかりなので、この程度の事で根を上げる者はいないのだが。

 

「イェーガーズのご活躍は、私の所にも聞こえてきています。あなた方がいてくれるから、私達が平和に暮らせる事も理解しています」

 

 サーシャはアスナを見ながら、少し憂いを帯びた表情で告げる。

 

「けど、どうか、お体は大事になさってください。アスナさん達に何かあったら、あの子たちも悲しみますから」

「ありがとうございます」

 

 サーシャの気遣いに頭を下げるアスナ。

 

 彼女達のように、日々の生活を一生懸命生きてる人たちを守るためにイェーガーズがある。

 

 そう考えると、わざわざ近衛から出向する形でエスデスの配下になった意味もあると言う物だろう。

 

 視界の中で、リフティングに失敗したウェイブが、顔面にボールを受けてひっくり返っている姿がある。

 

 その様子に笑い転げる子供達。

 

 見ているトキハとクロメも、その様子には笑顔を浮かべている。

 

 一時、戦いを忘れさせてくれる楽しい光景。

 

 その様子に、アスナもまた、釣られるように笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新戦力、特にスサノオの加入は、ナイトレイドにとって大きなプラスとなった。

 

 戦力として大きい事は勿論、日常生活を支える家事スキルは大きい。

 

 これまで家事は分担制。炊事に関してはアカメ(つまみ食い込み)とタツミがほぼ一手に引き受け、ときどきシノンが手伝うくらいである。

 

 だが、そこにスサノオが加わったおかげで、出される料理のレパートリーは飛躍的に多くなった。

 

 戦い続ける上で、休養と言うのは大切である。

 

 美味い物を食べ、充分な休養を取ってこそ、いざ仕事の時には100パーセントの力を発揮できるのだ。

 

「いやー、スーさんの料理は最高だなー 修行の疲れが吹っ飛ぶよ」

「ありがとう、スーさん!!」

 

 いかにも満足、と言った感じのレオーネとアカメ。

 

 今日も修行に狩りにと大忙しだった。

 

 アジトにいた時と違って、買い出し班が街に行って食料を調達してくる訳にもいかないので、1日の狩りの量も増えている。修行も一緒にできて、一石二鳥と言う訳だ。

 

「スーさん、あした稽古しようぜ!!」

 

 タツミは剣を片手にスサノオに話しかけている。

 

 ちなみに「スーさん」と言うのは、いつの間にか定着したスサノオの愛称である。

 

「だから言ったろう、スサノオは凄いと。みんな、判ったか」

 

 タバコをふかしながら自慢げに言うナジェンダ。

 

 断っておくと、すごいのはスサノオであってナジェンダではないのだが、まあ、そこは「すごいスサノオを従えているナジェンダはすごい」と言う事で納得しておこう。

 

「・・・・・・ナジェンダは、昔のマスターに瓜二つんだ」

 

 ふと、スサノオは昔を懐かしむような口調で言った。

 

 帝具として生まれ、1000年の時を生きて来たスサノオ。

 

 昔のマスターと共にあり続けたのが、もうどれほど昔であったのかは想像もつかない。

 

 しかし、こうして、記憶に残る程すばらしい人物だったと言う事は間違いない。だからこそ、こうして昔のマスターの面影があるナジェンダの呼びかけに答え、彼女の帝具になったのだろう。

 

「なるほど、さぞかし素敵な人物だったのだろうな」

「いや、ボス。それ自分で言いますか」

 

 自画自賛込みのナジェンダのセリフに対し、ツッコみを入れるタツミ。

 

 元々、ナルシスト的な仕草が多かったナジェンダだが、何やらスサノオを得た事で、さらに磨きがかかった気がした。

 

「ああ」

 

 そんなナジェンダを見て、スサノオは感慨を込めて言い放った。

 

「『彼』は素晴らしい将軍だった!!」

「『彼』!!??」

 

 愕然とするナジェンダ。

 

 描写的には、頭に金ダライでも落とされたほどの衝撃を味わっている。

 

 ナイトレイド・リーダー、ナジェンダ。20代「女性」。

 

 彼女こそ、チーム一の「イケメン」である。

 

 次の瞬間、爆笑が沸き起こる。

 

「男と瓜二つとか!! さすがボス!!」

「ね、姐さん、そんな笑っちゃダメだって!!」

「いや、でも、これはウケるって!!」

 

 笑いまくるレオーネ、タツミ、キリト。

 

 と、

 

 ギリギリギリギリギリギリギリ

 

 わざとらしく、義手の関節を鳴らして見せるナジェンダ。

 

 その様子に、キリト、タツミ、レオーネは揃って顔を青くする。

 

 ナジェンダがわざと義手を鳴らす時は、割と本気で怒っている時である。

 

 やがて、

 

 仲良くナジェンダからゲンコツを貰い、説教を喰らうキリト達。

 

 その様子を、シノンは呆れ気味に見つめる。

 

「何やってんのよ、アンタ達」

 

 相変わらず、漫才のネタには事欠かない職場である。

 

 その横で、ラバックは何やら不機嫌そうに、一同のやり取りを眺めていた。

 

「クッ みんなあっという間にスーさんに懐きやがって。これじゃあ、俺のポジションが取られちまうぜ」

 

 着任直後から、何かとスサノオと張り合う事の多いラバックだが、基本となるスペックが違うので相手になっていないのが現状である。と言うかそもそも、スサノオの方は、なぜラバックが絡んでくるのか判っていない節がある。

 

 つまり、完全にラバックの独り相撲だった。

 

「何怒ってるんですか、ラバックさん?」

「て言うか、ラバは元々、今のお笑いポジションでしょ」

 

 呆れ気味に返事をするリーファとマイン。

 

 こちらは食後のお茶を楽しんでいるところであり、それぞれ手には、スサノオ特製のケーキがある。

 

 その時、扉がわずかに開き、猫のような小動物が入ってくるのが見えた。

 

 毛並みが綺麗なネコ科の危険種は、しかし凶暴さなどかけらも感じさせない愛くるしさで、トコトコと室内に入ってくる。

 

「マーグパンサーの子供だわ。こいつらって、人を恐れないのよね」

 

 そう言っている内に、マーグパンサーはマインにする寄って来ると、甘えるように体を擦り付ける。どうやら、餌をねだっているらしい。

 

 マーグ高地は人跡が少ないせいか、こうして危険種の子供であっても、人を警戒しないのである。

 

「な、何よ、言っとくけど、餌なんてあげないわよ・・・・・・」

 

 素っ気ない態度を取ろうとするマイン。

 

 しかし、あどけない顔で見上げてくるマーグパンサーは、少女の心をくすぐってくる。

 

 見ているだけでも、心が癒される光景である。

 

 そんなマーグパンサーの様子に、マインも鉄の精神を発揮しきる事はできなかった。

 

「し、仕方ないわね。ちょっとだけよ」

 

 そう言って、ケーキを切り分けて与えようとするマイン。

 

 次の瞬間、

 

 子猫のようなマーグパンサーの目が、獰猛に光る。

 

 それは正に、獲物を狩る肉食獣の眼つきだ。

 

 マインが気を逸らした一瞬の隙に跳躍。同時に、少女の手から、ケーキの乗った皿を奪ってしまった。

 

 呆然とするマインを尻目に、着地するマーグパンサー。

 

 その姿は見る見るうちに変化し、可憐な女性の姿になってしまった。

 

「フッフッフ 頂だニャ~ン」

 

 からかうように、チェルシーは、マインを見ながら言った。

 

 先程のマーグパンサーは、彼女の変装だったのだ。

 

「な、何すんのよチェルシー!!

「マインって、あまりにも隙多すぎでしょ」

 

 激昂するマインを余所に、さっさとケーキを平らげてしまうチェルシー。まったく悪びれた様子は無い。

 

 一方で、見ている一同は、面白い帝具の登場に、興味がそそられている。

 

「けっこう便利だな、それ」

「でしょ。好きな物に何でも変装できるからね」

 

 そう言うとチェルシーは、傍らに置いておいた化粧箱を取り出して見せる。

 

「化粧箱型の帝具《変身自在ガイアファンデーション》。私の帝具よ」

 

 効果はたった今見せた通り、容積の大小に問わず、何にでも変身する事が出来、その能力を模倣する事も可能になる。例えば、鳥に変身すれば、空を飛ぶ事もできる。

 

 ただし、相応に負担も掛かる為、無理な変身はあまりできないらしいが。

 

 当初、キリトが睨んだ通り、やはりチェルシーは戦闘要員では無く、暗殺専門だった。この帝具を使って標的の近親者に化けて接近し、油断したところを一撃で葬り去るのが、彼女の「殺し」のやり方と言う訳だ。

 

「マインはもっと隙無くさないと、次の殉職者になっちゃうわよ」

「何よッ あんたの帝具だってばれたら終わりでしょうが!!」

 

 食って掛かるマインと、それを適当に居なすチェルシー。

 

 傍から見ると何やら、姉妹みたいで微笑ましい光景だった。もっとも、やる方はともかく、やられる方は不本意極まりない事だろうが。

 

 

 

 

 

 先述した通り、マーグ高地に拠点を移したナイトレイドは、日々の修行も兼ねた狩猟の日々に明け暮れていた。

 

 人跡未踏の高地には、群れで活動している危険種も多く存在している。つまり、それだけ食材が豊富に存在していると言う事だった。

 

 勿論、少しでも油断すれば、自分自身が「食材」になりかねないのだが。

 

 その緊張感が、心身の修養に繋がる訳だ。

 

 シノンもまた、毎日のようにシェキナーを片手に狩りへと出かけていた。

 

 わざわざ学校に休学届を出してまで、今回のマーグ高地行きに同行した彼女である。慣れない土地で惰眠をむさぼる心算は無かった。

 

 元より、新規加入者で、他のメンバーに比べて戦闘力に長けているとは言い難い。一日でも早く皆に追いつく為に、努力は欠かさなかった。

 

 意識を集中して、弓を引き絞る。

 

 息を殺し、気配を殺し、辿る視線の先には、食事をむさぼるネコ科の危険種の姿がある。

 

 更に、意識を絞り込むシノン。

 

 相手は、茂みに身を顰めるシノンの存在に気付いていない。

 

 次の瞬間、指が自然と矢を放す。

 

 一瞬の飛翔。

 

 光の矢は真っ直ぐに飛び、

 

 そして、標的を見事に刺し貫いた。

 

「よしッ」

 

 手ごたえを感じ、喝采を上げるシノン。

 

 あとでレオーネかスサノオ辺りに連絡して、獲物を回収してもらおう。小動物程度の大きさならシノン1人で運べない事も無いが、流石に大型危険種を1人で運ぶ事はできなかった。

 

 その時、頭上で一瞬、日が陰った。

 

 振り仰ぐシノン。

 

 そこで思わず、目を見張った。

 

 妖精が、いる。

 

 背中に薄い羽根を4枚広げ、上空を舞う姿は、まさしく可憐な妖精そのものである。

 

「・・・・・・リーファ?」

 

 見入っていたシノンは、そこで相手の正体に気が付き呟いた。

 

 妖精はリーファである。

 

 長い金髪を風になびかせ、手にした長剣で逃げる危険種を追いかけている。

 

「やァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 すれ違う一瞬、

 

 手にした剣を横なぎに振るう。

 

 そのあまりの剣速に、シノンは一瞬、リーファの姿を見失ってしまった程である。

 

 翼を斬られ、落下していく危険種。

 

 見事な剣の腕前である。兄と比較しても遜色無いかもしれない。

 

 と、

 

 そこで、リーファの方がシノンの存在に気付き、手を振って来た。

 

「シノンさーん!!」

 

 そのまま高度を落とし、シノンの元へとやってくる。

 

 その姿に、思わず目を奪われるシノン。

 

 元々、リーファは水準をはるかに上回る美少女である。それが背中の羽根と相まって、まるで本当に、絵本の中の妖精が飛び出して来たかのようだ。

 

「それが、リーファの帝具なの?」

「はい。《妖精舞踏フェアリー・ダンス》です」

 

 それは文献でも見つかっておらず、たまたま遺跡を発掘調査をしていた革命軍の調査隊が発見した帝具である。

 

 イェーガーズのランが持つ「万里飛翔マスティマ」同様、数少ない飛行型帝具である。

 

 高速巡航が可能で、それ自体が射撃系武装であるマスティマと違い、武器としては使用できず、飛行速度も一歩譲るものの、低高度域に機動性に優れ、接近戦に長ける者が使用すれば、自在な空中戦が可能となる。

 

 航空戦力と言う意味ではイェーガーズに劣るナイトレイドだが、これで制空権を無条件で奪われる心配はなくなった訳だ。

 

「あの、シノンさん、ちょっと聞いても良いですか?」

「ん、何?」

 

 突然質問してきたリーファに、怪訝な顔で尋ねるシノン。

 

 深刻な顔をしているリーファ。何か深刻な質問があるのかもしれない。

 

「その・・・・・・お兄ちゃんの事なんですけど」

「キリトが、どうかした?」

 

 予想された質問だった。

 

 妹としては、自分が知らない間、兄がどのような生活をしていたかが気になる所だろう。

 

「心配なんです。お兄ちゃん、無茶する事が多いし」

「それは、確かにね」

 

 シノンも納得したように頷く。

 

 今までのキリトの行動を見ると、明らかに無謀と思える行動を何度かしてきている。それを考えれば、リーファの心配はもっともだと言えた。

 

「前に、お兄ちゃんの仲間だった人たちが全員殺されちゃって、それでお兄ちゃん1人が生き残った時は、本当にひどくて・・・・・・・・・・・・」

「ちょっと待って」

 

 リーファの言葉を遮るシノン。

 

「どういう事、キリトの昔の仲間が全員殺されたって?」

「え、お兄ちゃん、話してないんですか?」

 

 今度はリーファが驚く番だった。

 

 キリトの秘密主義は、とことんまで徹底していたらしい。

 

「お兄ちゃん、昔はナイトレイドとは違う、地方を回りながら、世直しみたいなことをする小規模なチームに所属していたんです。名前は確か・・・・・・そう『月夜の黒猫団』だったかな?」

 

 正直、聞いてて微妙なセンスの名前だな、とシノンは思ったが、そこはつつましく口をつぐんでおいた。

 

「それで、一体何があったの?」

「それが、お兄ちゃん、詳しい事は全然話してくれなくて・・・・・・・・・・・・」

 

 ただ、リーファは今でも覚えている。

 

 身を打つように降りしきる雨の中、1人で村へ戻ってきたキリトの姿は、忘れられる物ではなかった。

 

 ずぶ濡れになり、沈み切ったキリト。

 

 見ていたリーファは、もしかしたら、そのままキリトも死んでしまうのではないかと思った程である。

 

 その後、キリトの噂を聞いてスカウトに来たナジェンダに誘われる形で、革命軍に入り、暗殺者としてナイトレイドになった訳である。

 

「そんな事が・・・・・・・・・・・・」

 

 仲間達の死が、キリトを暗殺者としての道へ向かわせた。

 

 だとすれば、それはとても悲しい事のように、シノンには思えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孤児院からの帰り道。

 

 トキハとアスナは、並んで寮へと向かう道を歩いていた。

 

 ウェイブとクロメは、この後夜勤が入っている為、一足先に詰所の方へと行っていた。

 

 トキハは同年代の少年としてはやや小柄な部類に入る為、並んでみると若干ながらアスナの方が背が高いのが判る。

 

 そんな二人が地面に落とした影も同様に、アスナの方が若干ながら長く描かれていた。

 

「ねえ、アスナ」

 

 そんな時、不意にトキハの方からアスナに声を掛けて来た。

 

「どうかしたの?」

「さっきの子達・・・・・・・・・・・・」

 

 トキハは、先ほどの孤児院での事を思い出しながら言った。

 

 あの後、トキハやアスナもウェイブと共に加わり、子供達を交えてゲームなどをして楽しんだ。

 

 クロメはその横で、相変わらずお菓子を独占して食いまくっていたが、そんな彼女も、子供達が遊ぶ様子を見て、心なしか楽しそうにしていたのを覚えている。

 

「あの子たちに、親はいないの?」

「うん。みんな戦争で焼け出されたり、夜盗に襲われたりしてね」

 

 このようなご時世である。親を失った子供に待つ過酷な運命は、想像に難くない。

 

 親戚に引き取られるのは、最良の部類だろう。大半は奴隷として売り飛ばされるか、浮浪児に身をやつすかといったところである。あるいは、そのまま野垂れ地ぬ可能性だってある。

 

 だが、あそこにいた子供達は皆、幸せそうに笑っていたのが、トキハには印象的だった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「どうかしたの、トキハ君?」

 

 怪訝な面持ちで、トキハを見るアスナ。

 

 僅かな沈黙の後、トキハは口を開いた。

 

「幸せだね、みんな。アスナや、シスターたちがいて・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言って、トキハは再び口を閉じた。

 

 そこでアスナは、前にエスデスから聞かされた、トキハの身の上の事を想いだいた。

 

 トキハの両親は家に押し入った盗賊に襲われ、トキハを残して殺されたと言う。そしてトキハ自身は、その仇の消息を追って、この帝国まで来たのだとか。

 

 いわば、あの孤児院の子供達とトキハは、境遇が似ている事になる。

 

 イェーガーズとして、そして復讐者として戦い続けるトキハ。

 

 彼の強さは、危うく脆い。

 

 きっと、誰かが支えてやらなければ、いつか倒れてしまうかもしれない。

 

「・・・・・・・・・・・・トキハ君」

 

 そんなトキハの背中を、アスナは悲しげに見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 修行込みで狩りをしていても、日課だけは欠かす事ができない者である。

 

 キリトは右手にエリュシデータ、左手にダークリパルサーを構え、剣閃を繰り出す。

 

 複雑な軌跡を描く、二振りの刃。

 

 その一撃一撃を、指先から切っ先に至るまで、寸分の狂いなくコントロールする。

 

 いかに帝具としてのアシストがあるとはいえ、それのみに頼り切って戦うのは愚の骨頂である。

 

 万が一、帝具を無力化された時に備え、いつでも戦えるように準備しておくのも重要だった。

 

「・・・・・・・・・・・・何か用かよ?」

 

 剣を振り切った状態で動きを止めたキリトは、振り返らずに背後へと声を掛ける。

 

 低く張りつめた声に導かれるように、草を踏む音が聞こえる。

 

「気づいてたんだ。相変わらず、勘が鋭いわね」

 

 嘆息気味に立つシノン。

 

 キリトは両手の剣を一振りすると、それぞれの鞘へと戻す。

 

「それで、俺に何か話でも?」

 

 尋ねてくるキリトに対し、シノンは少し躊躇ったようなそぶりを見せる。

 

 正直、ここから先を聞いても良いのか、と言う想いはある。

 

 だが、やはりどうしても聞いてみたかった。

 

 キリトの過去。

 

 彼が如何にして、今この場に立っているのかを。

 

 意を決して、シノンは口を開いた。

 

「聞いたわよ、昔のアンタの仲間の話」

「リーファか、余計な事を・・・・・・・・・・・・」

 

 舌打ち交じりに吐き捨てるキリト。

 

 何やら、昔の古傷に触れられたようで、あまり気分の良い事ではない。

 

「アンタの事が心配なのよリーファも・・・・・・・・・・・・」

 

 ややあって、シノンは付け加える。

 

「その・・・・・・私も、ね」

 

 その言葉を聞きながら、キリトは嘆息する。

 

 秘密主義も、度を過ぎれば却って回りが迷惑と言う事である。

 

「ねえ、キリト。いったい何があったの? あんたと、あんたの昔の仲間に・・・・・・」

 

 尋ねるシノン。

 

 ややあって、キリトは重々しく口を開いた。

 

 目の前の少女は、これまで長く共に戦い続けてきた。

 

 シノンになら、話しても良いと思ったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・俺が昔、地方でナイトレイドみたいな暗殺を請け負うチームにいたのは事実だよ」

 

 口を開くだけで込み上げる、苦い味が胸を侵していくのが判る。

 

 キリトは無意識に自分の胸に手をやりながら、ゆっくりと脳内で思い出す。

 

 その頃の事を。

 

「もう聞いてるかもしれないが、月夜の黒猫団は、俺を含めて6人の小さなチームだった。ナイトレイドみたいに革命軍がバックにいる訳でもなく、活動費だって自分達で稼がなきゃいけなかったくらいだしな」

 

 チームリーダーのケイタを筆頭に、ダッカー、ササマル、テツオ。

 

 そして、チームの紅一点であり、キリトにとっては剣の弟子でもあったサチ。

 

 皆、キリトにとって、掛け替えのない仲間達であった。

 

 幼いころから剣術の才があったキリトは、月夜の黒猫団の一員となって戦う事で、多くの人々を救ったものである。

 

 だが、ある時、とある領主の依頼を受けて仕事を行った月夜の黒猫団は、キリト1人を残して全滅する事になる。

 

「後で知ったんだけど、その依頼は領主の罠だっんだ」

 

 帝国にとって、地方で活動しているとは言え、月夜の黒猫団のような存在は目障りでしかなかった。

 

 そこで、その領主は月夜の黒猫団に依頼すると見せかけて、彼等を帝国軍が待ち伏せしている場所へと誘導し、包囲して襲い掛かった。

 

 罠であると悟った月夜の黒猫団はとっさに応戦しようとするが、数があまりにも違い過ぎた。

 

 次々と討ち取られ、倒れていくメンバー達。

 

 リーダーのケイタは皆を助けようと奮戦したが、やがて多勢に無勢となり、嬲り殺しにされて討ち取られた。

 

 その頃、既にエリュシデータを得て帝具使いになっていたキリトは奮戦し、二ケタに上る敵を斬り捨て、それに倍する敵を圧倒した。

 

 その時、キリトの胸にあったの事は、ただ一つだけ。

 

 残ったサチだけは守る、と言う想いだけだった。

 

 だが、その想いもまた、目の前で踏み躙られる。

 

 兵士の剣で斬られるサチ。

 

 助けようと伸ばしたキリトの手は、空しく空を切った。

 

 最後に、一瞬だけ目が合った時、サチはキリトに対し、優しく微笑みかけていた。

 

「・・・・・・・・・・・・その後、どうやって助かったのか、正直なところ覚えていない。気が付いたら村に居て、リーファの前に立っていた」

 

 胸の内にあったのは、否応の無い虚無感のみ。

 

 なぜ、自分だけが生き残ってしまったのか?

 

 なぜ、あの場で皆と一緒に死ねなかったのか?

 

 エリュシデータの柄を握るたび、キリトはそんな思いに捕らわれる。

 

 思い出されるのは、サチの最後の笑顔。

 

 優しい娘だった。決して、戦いに向いていた訳ではない。だが、彼女は戦い続ける道を選び、キリトに剣を教わっていた。

 

 そんなサチを、いつしかキリトもまた、大切に思うようになっていたのだ。

 

 もっとも、その事に気付いた時は、既に彼女は亡くなった後だったのだが。

 

「サチ達は死に、俺は生き残った。だから俺は、彼女達の意志を背負って、帝国と戦い続けるんだ」

 

 そう呟いたキリトの目には、悲しい決意の光が溢れている。

 

 そのように、シノンには思えた。

 

 想像以上に、壮絶な過去を、この少年が背負って立っている事が判った

 

 そして、その過去こそが、キリトと言う少年の強さの源泉だと言う事も。

 

 しかし、

 

 同時にキリトの持つ強さは、脆く危うい物である。

 

 ふとしたきっかけで、崩れ落ちるかもしれない。

 

 支えてあげたい。

 

 シノンは、心の中で密かに、そう思うのだった。

 

 そして、

 

 それは奇しくも、遥かに離れた帝都で、彼女の親友が、1人の少年に対して抱いた想いと同じであると言う事に、

 

 未だにシノンも、

 

 そしてアスナも、気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

第24話「少年の心、少女の想い」      終わり

 

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