1
「安寧道」とは、帝国内で広く信奉されている宗教団体である。
帝都の遥か東にある大都市キョロクに本拠地を持ち、信徒は数万にも達する一大宗教組織で、善行の積み重ねが長寿へと繋がると言う教義の元、多くの人々が安寧道に身を寄せている。
その背景には、帝国による圧政がある事は、もはや言うまでも無いだろう。
相次ぐ重税と苦難の日々に嫌気がさし、救いを求めて入信するものが大半なのである。
まさに、現在の帝国の縮図と言えるだろう。
安寧道の方もまた、救いを求めて訪れる人々を拒む事無く広く受け入れ、それが勢力的に膨張する要因となっていた。
そして今日もまた教主は、救いを求める多くの信徒達を前にして壇上に立ち、教義を行っていた。
割れんばかりの歓声の中、進み出た教主は、まだ若い青年である。恐らく、20代ほどであろう。危険種の骨で作ったと思われる禍々しい仮面を頭にかぶっている。
長い髪を下ろした、美しい顔立ちの青年である。
皆の前に立ち、スッと右手を掲げる教主。
それと同時に、歓声はピタッと収まった。
「・・・・・・この世界は今、大いなる悲しみに満ちています」
静かな、
しかし、よく響く声で、教主は語る。
「皆も、飢餓や貧困で苦しんでいる事でしょう・・・・・・しかし、こんな時だからこそ、心を乱してはいけないのです。善行を積みなさい。それは必ずや、自分に返ってきます」
誰もが教主の言葉を虚心に聞き入っている。
そんな中、
1人の男が、涙を流しながら教主の前へと進み出た。
「でも教主様!!」
男は、まるで何かに縋るかのように、教主を見上げる。
「いくら善行を積んでも・・・・・・死んだら・・・・・・死んじまったら、何にも・・・・・・」
後は、言葉にならなず、その場に泣き崩れる。
周囲の他の信徒達が、寄り添うように男を支えている。
そんな男を見下ろしながら、教主はいたわるように口を開く。
「もし命を落としてしまっても、魂は死にません。それはただ、肉体の終わりに過ぎないのです。その者は必ずや神の国へと行き、幸せであるでしょう」
そして、教主は男を真っ直ぐに見返しながら続ける。
「昨日、獣に追われた弟を庇った兄が、神の国へと旅立ちました。彼の名はヨアヒム。私はその英雄の名前を一生忘れません。そして彼も神の国で『俺は弟を救った男だ』と、胸を張って言えるでしょう」
「教主様・・・・・・兄貴の名を・・・・・・」
ヨアヒム。
それは間違いなく昨日、命を落とした男の兄の名前だった。
こんな事、あり得るはずがない。何しろ、兄は教主と話した事すら無いのだから。
だが、教主の方は、それがまるで当然の事であるように、彼の兄の名を知っていたのだ。
教主には、普通ならあり得ない、何か特別な力がある。
その力によって教主は今まで、ささやかだが数多くの奇跡を起こし、多くの人々の心を救ってきたのだ。
「名や記憶は残ります。それはある意味、神の国だけでなく、現世でも生き続けると言えるでしょう。死んだら、それで終わる訳ではないのです」
優しく響く教主の言葉に、誰もが歓声を上げる。
皆が皆、教主を慕い、彼に救いを求めている。
ただ不思議な力がある、というだけではない。教主には、皆から慕われるだけの大きなカリスマ性と、圧倒的とも言える慈愛の心が備わっているのだ。
皆が皆、教主の存在に熱を上げる。
そんな中、
この状況を、冷ややかに見つめる視線がある事には、教主も、そして誰も気付いてはいなかった。
2
帝都の経済を預かる財政官ゲバゼは、上機嫌にグラスを傾けながら、眼下に見える光景に薄ら笑いを浮かべていた。
「家畜・・・・・・家畜・・・・・・家畜・・・・・・どいつもこいつも良い顔をしおる。搾取されるだけのブタ共め」
そう言うとゲバゼは、ブクブクと太った腹をゆすって笑う。
彼の眼下には、その日の食べ物にも困って路頭に迷う市民達の姿がある。
そんな彼等を、この場所から眺め下ろすのがゲバセの趣味だった。
「市民どもの税金で飲む酒はうまいのうぅ 来月からは、もっとちょろまかすか」
財政官と言う国家財源を預かる身分を利用して税金を勝手に水増しし、差額分を懐に収めて私腹を肥やすゲバゼ。
元々重い税金が、このゲバゼの「お小遣い」の為に、更に重くなっているのだ。市民が貧困化するのも当然の帰結である。
にも拘らず、ゲバゼはその事実を深く考えもせず、また自分の職責も考えずに私腹を肥やす事のみにまい進している。
市民が貧困にあえいでいる時に美酒美食で肥え太りながら、彼等が苦しむさまを見て楽しんでいるのである。
彼の屋敷も、ちょっとした宮殿並みの豪華さを誇り、内装には節操なく集めた美術品で溢れかえっていた。
正しく、市民の血税で肥え太るブタである。
その時、背後の扉が開き、年若いメイドが入ってくるのが見えた。
「旦那様、マッサージのお時間です」
「おー!! もうそんな時間か」
日に一度、メイドからマッサージをしてもらうのも、ゲバゼの趣味の一つである。
マッサージ専用メイドは年若く、美しい女性に限られる。中には「お手付き」にあった娘も少なくない。勿論、万が一の事が起こった場合には、ゲバゼは強引に説き伏せて措置を施し、後は僅かばかりの手切れ金と共に放逐される事になる。
訴え出ようにも、相手は権力者。握りつぶされるのがオチだった。
軽やかな足取りで近付いて来るメイド。
「今日は『爽やか全身、モミモミコース』じゃ」
その足音を聞きながら、至福の時を待つゲバゼ。
と、
ゲバゼの背後に立ったメイドは、口腔内から何か細長い物を取り出す。
次の瞬間、
一切の無駄ない動作で、取り出した細長い針を、ゲバゼの首横に突き刺した。
針は一瞬で脊椎を貫通。脳と末梢神経の連絡線を破壊して、対象の命を奪い取る。
ゲバゼには、何が起きたのか理解する事はできなかっただろう。悲鳴を上げる時間すら、彼には与えられなかった。
ある意味、この男には贅沢すぎる死に片だったかもしれない。
がっくりと首が前に倒れ、絶命するゲバゼ。
その様子を確認すると、メイドはニヤリと笑みを浮かべた。
同時に、その容姿は一瞬にして変化する。
「仕事完了。それにしても、どんなコースなんだか・・・・・・」
呆れるように姿を現したのはチェルシーだった。
これが、彼女の「殺し」方である。
対象の近しい存在に変身して近付き、一撃で致命傷を与える。戦闘員としては非力なチェルシーが、凄腕の暗殺者たる所以がここにあった。
しかもガイアファンデーションの能力で容姿を変え、さらに、変身対象の仕草や声使いまで似せる事で、チェルシーはある意味、本人以上に本人になりきる事ができる。
彼女に狙われたが最後、逃れる事はほぼ不可能に近い。
ある意味、ナイトレイドの中で最も危険な存在だった。
その時、一階の方から何やらけたたましい物音が聞こえてくるのが判った。
ハッとして振り返るチェルシー。同時に、ベテラン暗殺者としての勘が危険を告げてくる。
とっさにガイアファンデーションを振るうチェルシー。
程無く、足音も荒く入って来たのは、ウェイブとクロメだった。
「特殊警察イェーガーズだッ この家にナイトレイドが現れると言う情報が入った。緊急案件に付き、中に入らせてもらっている!!」
ウェイブはイェーガーズの手帳を掲げながら、ゲバゼの私室へと足を踏み入れる。
捜査を行う上でイェーガーズには特権が与えられている。緊急と判断された場合は、こうして独断で行動する事も許されるのだ。
これもエスデスの権力と剛腕があったればこそだが、それだけ、ナイトレイドをはじめとした殺し屋達の跳梁が著しい事を意味している。
呑気に証拠固めなんぞしていたら、後手後手に回るのは目に見えていた。
だが、
「ウェイブ、これ」
クロメに呼ばれて、振り返るウェイブ。
「・・・・・・・・・・・・遅かったか」
ウェイブは悔しそうに呟く。
そこには既に、この世の住人ではなくなった、屋敷の「元主」が、座り込んでいた。
「・・・・・・て言う訳で罠だったのよ。いやー危なかった」
アジトへ戻って一服したチェルシーは、やれやれと言った感じに仕事の報告をした。
依頼通り、財政官ゲバゼの暗殺に成功した彼女だったが、まさか直後にイェーガーズの襲撃を受けるとは思っても見なかった。
屋敷の出入り口は1階にしか無く、ゲバゼの私室に続く階段は1カ所のみ。逃げようとすれば鉢合わせするのは火を見るよりも明らかであった。
そして、直接的な戦闘力の低いチェルシーが、ウェイブとクロメと対峙して生き残れる道理も無い。
正に、絶体絶命の状況だった。
「その状況で無事とか、あんたしぶといわね」
「飼い猫が2~3匹いたんでね。化けて交じって凌いだのよ」
呆れ気味のマインに、チェルシーはため息交じりに説明してやる。
あらゆる物に変身できるガイアファンデーションだからこそできる芸当である。ウェイブもクロメも歴戦の軍人だが、まさかゲバゼが猫に殺されたとは、つゆとも思っていなかった。
「あたしじゃ、切り抜けるの難しそうだわ。悔しいけど便利ね、その帝具」
そう言って感心するマイン。
もっとも、そもそもからしてマインもパンプキンも潜入工作向けではない。彼女なら彼女なりのやり方で仕事をこなしただろうが。
「確かに、面の割れてるマインじゃ、今回の仕事はきつかったかもね。これからも、私に任せてくれていいのよ」
「チェルシー・・・・・・」
優しく笑い掛けるチェルシーに、マインは柔らかい笑みを返す。
そう、チェルシーは頼もしい仲間だし、基本的に性格が明るくフレンドリーだから、付き合いやす面がある。
少し性格が合わなくて、今まで衝突する事も多かったが、それとてスキンシップの一環みたいな物。今にして思えば、チェルシーなりの気遣いだったのだろう。
これからは、もっと仲良くできるはず。
マインはそう思ってチェルシーを見やる。
そして、次の瞬間、
「だからアジトでしっかり留守番してなさい。補欠」
チェルシーの一言が、全てをぶち壊した。
勿論、意図して言った事は言うまでもない。
ブチッ
一瞬にしてキレるマイン。
「仲間に対して何て侮辱ッ 人として許せないわ!!」
追いかけるマインに対し、笑いながら逃げまくるチェルシー。
何と言うか、両者の力関係をはっきりと表す光景だった。
ギャーギャーと姦しく騒ぐ女子2人は放っておいて、残りの一同は深刻な顔を突き合わせて、今後についての話を進めていた。
「今回の件といい、イェーガーズはいよいよ、本格的に私達を標的にしてきた感じだな」
「新型危険種は全滅させたし、残りのめぼしい賊もナイトレイドだけだからね」
「チェルシーさん、たいへんでしたね」
アカメの言葉に、レオーネとリーファが返す。
今この場には、ナジェンダとシノンを除く、全員が集まっていた。
ナジェンダは順番が来たので風呂に入っており、シノンもそれに付き合っている為、席を外している。
その中で特筆すべきはタツミだろう。
帝具シャンバラの能力によって、はるか南方の無人島に飛ばされたタツミだったが、その翌日、ひょっこりとアジトに戻ってきた。
何でも、待っていたら勝手にゲートが開いて戻ってこれたのだとか。どさくさに紛れて、エスデスも撒く事が出来たらしい。
南の島でエスデスとバカンス(?)を楽しんで帰ってくるとか、なかなか得難い体験をした物である。
「今の俺達じゃ、イェーガーズとまともにぶつかりあうのは、得策じゃないな」
「ああ、特にエスデス。あいつは危険すぎる」
エスデスを直接、間近で目撃した事があるレオーネが、キリトに同調する。
仮に、今のナイトレイド全員が束になって掛かったとしても、エスデスに勝てると言う保証はない。そう言う意味では、戦いのイニシアティブはイェーガーズ側にあると考えるべきだろう。
もっとも、あのナジェンダが、無謀な策をたてるとも思えない。不利な状況を考慮した上で、最善の策を考えてくれるはずだ。
「ここはもう、ひとつ、南の島でバカンスを楽しんできたタツミを差し出して、エスデスには手を引いてもらうしかないんじゃないか?」
「あ、それ良いな。試してみるか?」
冗談交じりに言うレオーネに、悪乗りいして同意するキリト。その傍らでは、リーファが苦笑しているのが見える。
「だから、俺も無理やり巻き込まれたんだって!!」
躍起になって弁明するタツミ。
あの夜の事は何度も説明しているのに、いまだにこうしてからかわれる事が多かった。
「美女と二人っきりとか、別に羨ましくなんかないけどさ・・・・・・・・・・・・羨ましくなんかないぜ・・・・・・いやマジで」
「涙拭けよ、ラバ」
「て言うか、女なら誰でも良いのか、ラバは」
コーヒーをぐりぐりとかき混ぜながら涙を流すラバックに、呆れ気味に突っ込みを入れるレオーネとキリト。
正直キリトなどから言わせれば、エスデスと二人っきりにされる状況など死んでもごめんなのだが、ラバックにとっては、その限りでもないらしかった。
その頃、
風呂場では、女二人、裸の付き合いに興じていた。
湯煙煙る温泉の中で、ナジェンダとシノンは、肩を並べて湯に浸かっている。
チラッと視線を向けるシノン。
ナジェンダの持つ、大人の魅力あふれる肢体が、湯の齎す温もりによって、ほんのり赤く染まっている。
見るからにつややかな光景だ。
だが、
シノンの目は、どうしても「そこ」に行ってしまう。
義手を外したナジェンダの右腕。そこには今、タオルが掛けられて目立たないようにはしているが、否が応でも目が行ってしまう事は避けられなかった。
「あの、ナジェンダさん」
「ん?」
意を決するように、シノンは声を掛けた。
「今日は、どうしたんですか? 一緒にお風呂に入ろうだなんて」
今回、風呂を共にするように言ってきたのはナジェンダの方である。
今まで、そんな事など無かったため、シノンとしてはどうしても訝ってしまうのだった。
「なに、お前とはこれまで、あまりゆっくり話す機会が無かったからな。ちょうどいいと思ったのさ」
「はあ・・・・・・・・・・・・」
ナジェンダの物言いに、何か含みがあるような物を感じ、シノンは生返事を返す。
そんなシノンの様子を察したのか、ナジェンダはすぐに真顔になると、本題へと入った。
「なあ、シノン」
湯を片手で掬い上げるような動作を見せるナジェンダ。
その動作をクッションにするようにしながら、シノンに隻眼の視線を向けた。
「ここが、分岐点だ」
「え?」
言っている意味が分からず聞き返すシノンに、ナジェンダは更に続ける。
「今のお前は、紛れもない私達の仲間だ。それを疑うつもりはない。お前は本当によくやってくれているのは皆が認めている。もちろん私もな」
だが、とナジェンダは続ける。
「本来のお前はただの学生であり、表社会の人間だ。ナイトレイドに入ったきっかけも、我々の仕事にたまたま巻き込まれただけにすぎん」
何となくシノンは、ナジェンダが何を言わんとしているのか察する事が出来たような気がする。
そして、その予想は外れてはいなかった。
「除隊するなら、今が最後のチャンスだと思ってくれ」
ナジェンダは固い口調で語りかけた。
「これからの戦い、ますます激しくなるだろう。エスデスはいよいよ、私達を標的に定めた節がある。恐らく待っているのは、イェーガーズとの全面戦争だ」
言ってから、ナジェンダは苦い物を噛みしめるように、スッと目を細める。
「エスデスは執念深い女だ。間違いなく、戦いはどちらかが全滅するまで終わらないだろう。そこに引き分け、ドローは存在しない」
「ナジェンダさんは、エスデスの事を知っているんですか?」
尋ねるシノン。
それに対し、ナジェンダは自分の右肩に手をやる。
「かつての同僚だよ。だからこそ、手の内は互いによく判っているのさ」
今は風呂に入る為に義手を外している為、そこに本来ある筈の腕は存在しない。
この腕、そして右目は、反乱軍に入ると決意した際にエスデスにやられた物だ。
以来、エスデスの存在は、ナジェンダにとってのトラウマと化していた。
「奴との戦いは熾烈な物になるだろう。最終的に何人が生き残れるか・・・・・・あるいは、私を含めて、全員が命を落とす事も考えられる」
殺し屋ならば、いつかは自分が死ぬことも覚悟して然るべき。
ナイトレイドもまた、例外ではない。誰もが、いつかは報いを受ける者と考えていた。
湯をかき分けるように、ナジェンダが立ち上がる。
「幸いにして、お前は面が割れていない。今ならまだ、問題無く学生の身分に戻る事もできるだろう。だが、この先、そう言った機会はもう無いかもしれない」
引き締り、均整の取れたプロポーションが、シノンの目に映る。
右腕を失っているとは言え、ナジェンダの美しさは、聊かも損なわれる事は無い。正直、同じ女として羨ましいくらいだった。
「自分が進むべき道を見誤るなよ。ここが、お前にとっての分岐点だ」
そう告げると、ナジェンダは風呂を後にする。
後に残されたシノンは、湯に浸かったまま、呆然と見送るしかなかった。
ナイトレイドを抜ける。
そんな事、今まで考えた事も無かった。
ここで得た仲間達は、みなシノンにとって大切な人たちだ。
アカメ、タツミ、マイン、ラバック、レオーネ、ナジェンダ、スサノオ、チェルシー、リーファ、勿論、死んでいったシェーレとブラートも。
皆、掛け替えのない存在である。
そして、キリト。
いつからだろう、あの調子のいい年上の少年の存在が、シノンの中で大きなものになり始めたのは。
最初のころは、あまり良い印象を持っていなかったのを覚えている。嫌いという程ではないが、あの掴みどころのない性格のせいで、どこか付き合いにくさを覚えていたのだ。
豪胆なようでいて、ある場面では誰よりも繊細な面を見せ、仲間想いでありながら単独で動く事を好む。ふざけているかと思ったら、内面では誰よりも真面目だったりする。
あれほど複雑な人間も、そうはいないだろう。
「キリト・・・・・・・・・・・・」
その名を呼ぶだけで、心の中で何かがざわつくのを避けられない。
思考に僅かなノイズが入る。
「・・・・・・・・・・・・いったい、どうすればいいのよ」
湧き上がる感情を制御しきれずに、弱々しい声を上げるシノン。
その絡まる思考を振りほどくように、少女は湯の中に勢いよく潜り込んだ。
3
風呂から上がったナジェンダは、メンバー達を会議室に集め、今後の作戦についての説明に入った。
南方を拠点とする革命軍は、いよいよ戦力を充実させつつある。物資も大量に集積され、打倒帝国を目指して士気も高い。
革命決行の日は近かった。
そして、革命軍の進撃支援の為に、ナイトレイドもまた、独自の作戦を展開しようとしていた。
「今回の案件は、『安寧道』と呼ばれる、広く民衆に信仰された宗教団体だ」
「あ、それ知ってる。俺の村でも広まってたぜ」
ナジェンダの言葉を聞いて、タツミは思い出したように言う。
善行の積み重ねが幸福や長寿に繋がると言う教えを広める安寧道の存在は、今の末期的な帝国の中にあって、広く受け入れられているのだ。
タツミの村でも信仰されており、旅立ちの前に村長が御神体の像をお守りとして渡してくれた。
因みに、タツミが初めてナイトレイドと接触してアカメと対峙した時、村雨の刃を受けているのだが、その際、切っ先がこの御神体に当たった為に難を逃れている。偶然か奇跡かは知らないが、しっかりと御利益はあった訳だ。
「安寧道は、ここ10年で信者を増やし、帝都の東側で大きな勢力となっている。その安寧道が近々、武装蜂起、つまり宗教反乱を起こす。私達はこれを利用するつもりだ」
「ちょっと待ってくれ!!」
遮ったのはタツミである。
今のナジェンダの説明に、どうしても納得のできない事があり、少年は声を上げたのだ。
「そんな反乱が起きたら、いったいどれだけの民が死ぬんだ!? むしろ俺達は、反乱を止める為に動くべきなんじゃないのか!?」
正論である。
誰だって乱なんて起こしたくないし、そのせいで民に犠牲を強いるなど言語道断である。
だが、今回は事情が異なった。
「手遅れなんだ、タツミ」
「キリト、手遅れって何だよ?」
発言したキリトに向き直るタツミ。その表情には、やはり納得できないと言った表情が浮かべられている。
「今ここで安寧道の反乱を押さえたとしても、火の手はまた別の所で上がる事になるだろう。事態は、もうそこまで末期的なんだ」
今の帝国は、民の不満によって膨らむだけ膨らんだ風船のような物だ。あとはちょっとした拍子で破裂してしまう。
いわば、安寧道はきっかけに過ぎなかった。
「どうあっても・・・・・・犠牲は避けられないってのかよ・・・・・・」
悔しそうに、タツミが呟きを漏らす。
気持ちは痛い程に判る。
だが、同じ犠牲なら、最小限にできるようリスクを軽減してコントロールすべきだった。
「安寧道の武装蜂起と合わせて、革命軍と協力関係にある西の異民族に攻め込んでもらう。既に西方の領土割譲を条件に、協調体制は確立済みだ。元々、あの辺りは彼等の土地だったからな。それを取り戻せると判ったら、喜んで協力してくれたよ」
ナジェンダの説明を聞いていたマインが、僅かに表情を動かすのが見えた。
彼女は西の異民族とのハーフであり、その事を理由に、幼いころから差別や迫害を受けて育ったと言う過去がある。その西の異民族が参戦すると知り、気持ちも穏やかではいられないのだろう。
「安寧道の蜂起と西の異民族の侵攻。いわば、帝国の内と外から火の手を上げる訳だが、それでも帝国は持ち堪えるだろう。いくら大半が骨抜きにされているとは言え帝国軍は強大だ。加えてエスデスの存在もある。一息に潰すと言う訳にはいかないだろう」
「そこで、革命軍の出番って訳ですね」
リーファが勢い込んで尋ねる。
安寧道と西の異民族。双方に兵力を出せば、いかに帝国軍といえども、その防衛線は薄くならざるを得ない。
そこで革命軍が、南方で挙兵する事になる。
「なるほど。兵力を分散させて飽和状態を引き起こす訳か。これで、中央を守る戦力は局限されるな」
キリトが納得したように頷く。
帝国は、あちこちで起こった火を消すためにきりきり舞いになった所を、本命を突くように革命軍が侵攻を開始する訳だ。
「帝国は
ナジェンダは不敵な笑みを浮かべて続ける。
「だが既に、我々はいくつもの太守や領主に内応を取り付け、革命軍蜂起の際には協力してもらう手はずになっている。彼等の大半は、帝都でまじめに働いていたのに、不正の責任を押し付けられたりして左遷されられてきたケースが大半だったからな。話は通しやすかったよ」
こんな所にも帝都の腐敗ぶりが反映されている訳だが、今回はそれが良い方向に働いた形である。
もっとも、帝国側からすれば、自分達で首を絞めたような形だが。
「帝国の奴等は驚くだろうな。はるか南方にいた筈の革命軍が、恐ろしいスピードで迫ってくるのだから」
「けど、それだけじゃ、帝都は陥とせないだろ」
ナジェンダの言葉に水を差すように、キリトは言う。
ナジェンダの説明には一つ、最も重要な事が抜けていた。
対して、判っている。という風に頷くと、ナジェンダは再び口を開いた。
「仮にすべての防衛線を突破したとしても、帝都にはまだ、ブドー大将軍率いる近衛軍が存在している。革命軍の戦力では、近衛兵をどうにかできたとしても、ブドーと、その副将であるヒースクリフを倒す事は難しい
ブドー、ヒースクリフ。
この両名に関して言えば「一騎当千」という言葉すら生ぬるい。エスデスと同等か、それ以上に危険な存在であると見るべきだった。
「だが、近衛軍が前線に出れば、確実に宮殿の守りは薄くなる。そこで、私達の出番と言う訳だ」
アカメが、村雨を掲げながら言った。
「私達が宮殿に突入し、大臣を葬る。帝都を中から切り崩すんだ」
勿論、大臣も馬鹿ではない。そうなったら、先頭切って真っ先に逃げ出す事は想像に難くない。
だが、それを許す程、こちらも間抜けではなかった。
「帝国が崩壊し悪法が無くなれば、民の怒りも収まるだろう。迅速に帝都陥落まで事が運べば、流れる血も少なくて済むだろう。今回の作戦は、その第一段階であると思ってくれ」
説明を終えてから、ナジェンダは改めてタツミを見た。
「納得いったか、タツミ?」
「ああ、途中で突っかかってごめん」
素直に謝るタツミ。
どうせ犠牲が避けられないのなら、せめて最小限で納めるべき、というナジェンダの考えには、タツミも同意せざるを得なかった。
「全てのカギを握るのは安寧道の武装蜂起なんだが、どうやら、これが一筋縄ではいかないらしい」
「何か問題でもあるんですか?」
尋ねるリーファに、ナジェンダは説明する。
安寧道は、絶大なカリスマを誇る教主を頂点に頂いているが、事実上のナンバー2に相当するボリックが巨大な権力を手中におさめ、教団内部を掌握しつつあるのだ。
そして、ここのボリックこそが、教団掌握の為にオネスト大臣が送り込んだスパイだった。
「そこら辺が、大臣の腹黒い所よね。表だって弾圧せず、内部から掌握しようってんだから」
チェルシーは、舌打ち交じりに言った。
無理に弾圧を勧めれば、却って安寧道信者を結束させることになりかねない。それよりも、ボリックが実権を握る一方で教主を暗殺して本当の「神」に仕立て上げる事ができれば、教壇その物を、そっくり形骸化させる事ができると言う訳だ。そうなると、安寧道の存在は、もはや帝国にとって脅威ではなくなる。
「教団内部に情報を渡して、粛清させる事はできないのかよ?」
「ボリック派は、既に大きな力を持っている。それに帝国のバックアップがあるから、難しいだろう」
内部粛清をするには、相手の力が大きすぎると言う事だ。
下手に内部工作を仕掛ければ、却って藪蛇になって状況を悪化させかねなかった。
「そこで、今回の任務だ。我々は安寧道の本部まで行き、ボリックを討つ。奴は一部の信者の食事に薬を混ぜて中毒にして、自分に忠実な操り人形に仕立てているらしい。遠慮はいらんぞ」
「放っておいたら、信者はみんな薬漬けか・・・・・・そりゃ、止めないとね」
凄味を効かせて言ったのはレオーネである。
彼女は昔、知り合いを薬漬けにされて廃人にされた経験がある。その為、薬を乱用する輩に対し、抜き身とも言える殺意を抱いているのだ。
だが、
そんな中、別の意味で気勢を上げる者達がいた。
「きっと、女をとっかえひっかえして遊んでいるんだろうなあ」
「食事に薬を盛るとは、食材に対する侮辱でしかない・・・・・・」
ギリッと、歯を噛み鳴らす、ラバックとスサノオ。
「「絶対に許せん!!」」
「お前達、怒るポイントが少しずれていないか?」
ナジェンダのツッコミ無視して、互いに力強い視線を交わす、ラバックとスサノオ。
今ここに、男同士の友情が深まった。
それはさておき、
「最後にイェーガーズだが。あいつらは今、全力で私達を狩ろうとしている。このまま後手後手に回り続けたら、いつか捕まってしまうだろう」
「実際、この前はあたしも危なかったしね」
先の任務を想いだし、チェルシーはやれやれとばかりに頭を掻く。
イェーガーズが本気で攻めてきている以上、こちらも本気で対抗する必要があった。
「だから今回、あえて帝都の外まであいつらをおびき出し、そこで仕掛けようと思う」
つまり、囮を用いて引きずり出す訳だ。
帝都内部にいる限り、地の利はイェーガーズ側にある。その優位性を奪ってしまおうと言うのだ。
「イェーガーズはエスデスが率いている以上、大臣の私兵と変わらん。見知った顔がいても、戦えるな、タツミ?」
以前、成り行きからイェーガーズに潜入していた事もあるタツミに、ナジェンダが問いかける。
確かに、
敵とは言え、タツミはイェーガーズのメンバー達何人かには、憎しみを持ち切れないでいる部分があった。
優しいラン、面倒見のいいアスナ、頼りになるボルス、健気なシリカ、気さくなウェイブ。
皆、できる事なら戦いたくない人たちばかりである。
だが、自分達が戦うとなれば、彼等もまた全力で向かってくるだろう。
ならば、迷う事は許されなかった。
「標的以外でも戦う事になったら全力で行く。迷いはない」
少年らしい、真っ直ぐな瞳で言い放つタツミ。
その瞳に燃える闘志が、少年の決意が本物である事を現している。
「まーた恰好付けてッ チャックが開いているにちまいない!!」
「開いてねえよ!!」
「おーいアカメ、チェック頼むわ!!」
すかさずからかいに入る、ラバックとレオーネ。
この間の「タツミ、チャック全開事件」の余韻は、未だに引きずられていた。
その時、
会議室の扉が開き、少女が入ってくるのが見えた。
「シノン」
心配したように声を掛けるキリト。
この場に姿が無かった事で、何かあったのかと思案していたのだ。
そんなキリトに笑い掛けると、シノンは真っ直ぐにナジェンダへと向き合う。
「答えは、出たんだな?」
「はい」
問いかけるナジェンダに、静かに頷くシノン。
ナイトレイドを抜けるのか、それとも留まるのか。
分岐点に立つ少女は、決意と共に言い放った。
「私は・・・・・・ナイトレイドのシノンです」
その声が、皆の心に響き渡る。
シノンは選んだのだ。
皆と共に戦い続ける道を。
その様子を見て、キリトは笑みを浮かべる。
「行こうぜ、シノン」
手を伸ばすキリト。
その手を、
シノンも、笑顔で握り返した。
人が次第に朽ち行くように、国もいずれは滅びゆく。
新国家誕生を目指す者達と
国を護る者達。
思想、理念、目的、全てを違えた彼等は、避けられぬ運命によって、衝突の日を迎える。
必殺の武具をその身に纏い、己の決意を胸に秘め、
決戦に挑む!!
第27話「戦神のラッパは鳴り渡る」 終わり