漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第5話「帝国最強」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都警備隊隊長オーガは、その高い剣の実力と賊に対する容赦ない態度から《鬼のオーガ》と呼ばれて恐れられる一方、その強さに魅かれて傘下に加わった部下達からは慕われる存在だった。

 

 しかし、裏では油商人のガマルと結託して賄賂を受け取る傍ら、彼が犯した悪事をもみ消す為に、他の無実の人間を罪人に仕立て上げて処刑場に送る、という非道な行為を繰り返していた。

 

 まさに、帝都の持つ闇を凝縮したような存在である。

 

 その豪胆さとは裏腹に、オーガの性格は慎重と称して良い物であった。

 

 普段の警備任務時には多くの部下を引き連れて歩き、任務が無い時は詰所から出る事は殆ど無い。

 

 唯一、非番の日に宮殿付近のメインストリートにある飲み屋で酒を飲む事だけが、彼の唯一の楽しみであった。

 

 その日もたっぷりと酒を飲み、帰ろうとした時だった。

 

「あの、オーガ様」

「あん?」

 

 声を掛けられて振り返ると、見慣れない少年が愛想笑いを浮かべながら立っていた。

 

 顔はフードで隠しているために判別しづらいが、明らかに十代中盤程の少年である。

 

「誰だ、お前?」

「あの・・・・・・ぜひ、お耳に入れたい事があるのですが」

 

 フードの下にある少年の目が、僅かに光った気がした。

 

 これに似たような状況に見覚えがあるオーガは鼻を鳴らすと、少年を見やる。

 

「何だ、言ってみろ?」

「はい・・・・・・でも、ここじゃちょっと・・・・・・」

 

 そう言うと少年は、チラッと路地裏の方を見やる。要するに、人気のない所で話がしたいと言う事だった。

 

 オーガにとっては面倒くさい話だったが、立場上、受けない訳にはいかない。

 

 仕方なくついて行くと、人気の無い場所で少年は立ち止った。

 

「おら、ここなら良いだろ。話せ」

「はい・・・・・・・・・・・・」

 

 振り返る少年。

 

 そのまま、ガバッと地面に手を突いて頭を下げた。

 

「お願いしますッ 俺を帝都警備隊に入れてください!! 金を稼いで田舎に送らなくちゃいけないんです!!」

 

 少年の言葉に、オーガはため息を吐く。

 

「・・・・・・ハァ やっぱりな。んな事だろうと思ったぜ」

 

 この手の話は珍しくない。この不景気の中で、軍や警備隊は手っ取り早い働き口として人気が高い。何しろ現在は国外からは敵国の侵略があり、国内では反乱軍(革命軍)やナイトレイドと言った内憂を抱えている。人手はいくらあっても足りないくらいだ。

 

 だが、志願者は日々増え続けている上、中にはこうして、オーガの行動パターンを調べて直訴に来る者もいる始末。正直、オーガにとってはうんざりするような現状だった。

 

「正規の手順を踏んで来い、ボケ」

 

 興が冷めた、とばかりにオーガは踵を返す。これ以上話すのは時間の無駄である。街に戻って飲み直そうと思った。

 

「ですが・・・・・・・・・・・・」

 

 少年は俯いたまま、尚も諦めきれない様子で声を上げる。

 

 その体から、何かが立ち上ったような気がした。

 

「この不景気では倍率が高すぎます」

「・・・・・・仕方ねえだろ」

 

 言いながら、オーガは腰の剣に手を伸ばす。

 

「お前が力不足ってこった」

 

 次の瞬間、

 

 振り向き様に剣を抜き放ち、少年へと斬り掛かる。

 

 だが、

 

 その時には既に、剣を構えた少年はオーガの至近に迫っていた。

 

「なッ 速い!?」

 

 少年の動きに、目を見張るオーガ。

 

 オーガは、自らが権力を振るう立場にあり、あらゆる道理を暴力と権力で捻じ曲げてきた。その為いつしか、誰も自分には逆らう事ができない、自分こそが帝都の絶対的な王であると錯誤するようになっていた。

 

 だが、その傲慢さが、彼の足元を掬う形となった。

 

 切り裂かれ、血飛沫と共に地面に倒れ伏すオーガ。

 

「やったぜッ」

 

 倒れたオーガを確認してから、タツミはフードを取って振り返った。

 

 今回の標的は、この帝都警備隊長オーガと油商人ガマルの暗殺。

 

 依頼主は、オーガとガマルによって無実の罪を着せられて処刑された男の婚約者である。

 

 ガマルの方は比較的簡単である。殆ど警戒と言う物をしていない為、接近も暗殺も容易だった。

 

 しかし、先述した通り、オーガは用心深い性格であり、宮殿近辺から単独で出歩く事は殆ど無い。その為、アカメ達のように顔の知られているメンバーでは任務達成は難しい。

 

 そこで、初陣もかねて、顔の知られていないタツミに白羽の矢が立ったわけである。顔が知られていないと言う意味ではシノンも該当するのだが、彼女の場合はまだ、シェキナーへの習熟も含めて調整中である為、今回の出陣は見送られた。

 

「よし、後は報告するだけ・・・・・・・・・・・・」

 

 そこまで言った時だった。

 

 突如、背後から湧き上がる殺気。

 

 タツミはとっさに振り返りながら剣を振るうも、衝撃によって大きく弾かれて吹き飛ばされる。

 

「なッ!?」

 

 目を見張る先。

 

 そこには、傷を負いながらも、執念で立ち上がるオーガの姿があった。

 

「俺が・・・・・・このオーガ様が、テメェみたいなガキに殺られるかよ・・・・・・」

 

 絞り出すような声に、思わず背筋が寒くなるタツミ。

 

「弱者が何を呻こうが関係ねぇ・・・・・・強者が、この街じゃ絶対だ」

 

 言いながら、タツミに斬り掛かるオーガ。

 

「俺が人を裁くんだよ!! 俺が裁かれて堪るかァ!!」

「勝手な事言ってんじゃねえ!!」

 

 タツミは跳躍しながらオーガの攻撃を回避。同時に降下の勢いを上乗せして斬り掛かる。

 

 対して、オーガはタツミの攻撃を剣で受けて弾き、カウンター気味に振り下ろす。

 

 重い一撃。

 

 思わず、タツミは膝をたわませる。

 

 そこでふと、オーガは思い出したように、嫌味な笑みを見せた。

 

「そうか・・・・・・お前さては、噂のナイトレイド一味だな」

 

 ナイトレイドの名は帝都中に知れ渡っている。ましてか、警備隊の隊長ならば、その存在に行き付かない筈が無かった。

 

「いったい誰の依頼だ? 心当たりは山ほどあるが・・・・・・最近だと、この間殺った奴の婚約者か?」

「ッ!?」

 

 図星を突かれ、思わず浮かんだ焦りを顔に出してしまうタツミ。

 

 そのタツミの顔を見て、オーガは笑みを強める。

 

「当たりかァ・・・・・・やっぱ、あの女も殺っておけば良かったな・・・・・・いや、待てよ、今からでも遅くは無いか」

 

 言いながら、オーガはタツミに剣を押し付けるように、更に腕に力を込める。

 

「まず、あの女を探しだし、奴の親兄弟を重罪人に仕立て上げて、女の目の前で皆殺しにしてやる」

 

 まさに悪魔、

 

 否、外道の発想だった。

 

 人間がどれだけ醜悪になれるか、と言う典型的な見本が目の前にあった。

 

「まずは、その前にテメェが死ねェ!!」

 

 更に力を加えるオーガ。そのまま押し切るつもりなのだ。

 

 だが、

 

 タツミはオーガの言葉を聞き、

 

 心は怒りに燃えながらも、頭の中は奇妙なほどに冷え切っていた。

 

 要するに、こいつらはみんな同じだ。手に入れた権力を振り翳し、ただ理不尽に行使する事しか頭に無い。

 

 タツミにとって、こんなクズを生かしておく理由は、世界の果てまで探しても見つかりそうになかった。

 

 次の瞬間、

 

 オーガは急に、自分の腕が軽くなった事に気付く。

 

 そして、驚愕した。

 

 腕が、無い。

 

 オーガの両腕は二本とも、肘の上、上腕の中央辺りから斬られて宙を舞っていた。

 

 そして、斬ったタツミは上方に跳躍しつつ、鋭い目でオーガを睨みつける。

 

 その視線に、

 

 鬼と呼ばれたオーガは、ゾクッと寒気を感じる。

 

 それ程までに、タツミが発する殺気は凄惨で研ぎ澄まされていた。

 

 繰り出される刃。

 

 抵抗する術を奪われたオーガは、そのままタツミの剣によって斬られて地面へと転がった。

 

 倒れ伏したオーガ。

 

 今度こそ、完全に息絶えていた。

 

 それを確認してから、剣を収めるタツミ。

 

 その時、

 

「お見事」

 

 発せられた声に振り返ると、闇の中からにじみ出るように、漆黒のロングコートを羽織り、背中に剣を負った少年が歩み出てきた。

 

「キリト、どうしてここに?」

 

 突然の仲間の出現に、驚くタツミ。

 

 それに対し、キリトは肩をすくめて見せる。

 

「仕事の見届けと、万が一の時の保険だよ」

 

 キリトの言葉に、タツミは僅かに眉を顰める。

 

 万が一、と言う事はつまり、タツミがしくじって返り討ちにあった場合、控えていたキリトがオーガを討つ手はずだったと言う事だ。

 

 作戦は初めから二段構えだったと言う事だ。

 

「やっぱり俺って、まだ信頼されてないのか?」

 

 落ち込むタツミ。

 

 保険が付けられていたと言う事は、つまり皆がタツミが失敗する可能性があったと思っていたと言う事に他ならない。

 

 しかし、そんなタツミの肩を、キリトはポンと叩く。

 

「そう言うなって、初めはみんなそんなもんだよ。俺達の仕事は失敗が許されないからな。因みに、俺の時はブラートが保険に付いたよ」

「え、そうだったの?」

 

 自分だけが特別だったわけじゃないと知り、ホッとするタツミ。

 

 そこでふと、ある事に思い至り、キリトに尋ねる。

 

「あのさ、兄貴が保険に付いて・・・・・・その、大丈夫だったのか?」

「・・・・・・言うな。頼むから言わないでくれ」

 

 嫌な記憶を掘り起こされ、キリトは頭を抱える。

 

 ブラートの冗談とも本気ともつかないホモ言動に振り回されていると言う意味では、タツミとキリトは、ある種の「同志」であると言えない事も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国北部に勢力圏を構える北方異民族の存在は、現状の帝国にとって、最も警戒すべき要因である。

 

 《北の勇者》ヌマ・セイカ王子に率いられた軍勢は、猛吹雪を踏み砕く勢いで帝国との国境線を侵犯、既にいくつもの辺境領が陥落し、帝国の国土は異民族によって蹂躙されていた。

 

 勿論、この憂慮すべき事態に、帝国政府も手をこまねいている訳ではない。

 

 既に討伐軍を組織し、この国難に対処しようと試みている。

 

 しかし北方異民族軍の戦闘力は凄まじく、また極寒の地における戦闘は彼等の得意とする所であり、送り込んだ討伐軍は悉く撃退され、雪原の上に無様な屍をさらすに至った。

 

 帝国は苦虫を噛み潰し、北方異民族は凱歌を高らかに上げる。

 

 そんな中、ついに帝国軍は重い腰を上げた。

 

 中途半端な戦力では、何度送っても返り討ちに会うだけである。

 

 そこで、ついに最強戦力の投入が決定されたのだ。

 

 帝国軍内における最強戦力は2つ。

 

 一つはブドー大将軍率いる近衛軍。

 

 自身も帝具を持ち、武人として高い実力を誇る一方、戦略家としても絶大なブドーが率いる近衛軍は、正に最強の名にふさわしく、周辺各国の軍も含めて、この部隊に対抗できる軍は存在しないとさえ言われている。

 

 しかし、同時に近衛軍は、有事の際には帝都と皇帝を守る最後の盾となる。その為、おいそれと動かして良い戦力ではない。

 

 そこで、今回はもう一方の最強部隊が討伐隊の中心となった。

 

 

 

 

 

 その女の姿を見た者は、敵であるなら震え上がり、味方であるなら奮い立つ事だろう。

 

 美しい女である。

 

 長い髪にスラリとした手足。一切の無駄を排しながらも、女性の象徴たる胸は、大きく張り出しているのが服の上からでもわかる。

 

 怜悧ながら整った顔立ちは、まるで戦女神を連想させる。

 

 だが、そんな要素は、女を構成する上で、ほんの些事に過ぎない事はすぐに判る。

 

 全身から発散される気配が尋常ではない。まるで、ただ目の前に立つだけでも、首を絞められているかのような錯覚に捕らわれてしまう。

 

 鋭い眼光は、ただそれだけで全てを焼き尽くすかのようだ。

 

 人の姿こそ取っているが、女が危険種よりも危険な存在である事は間違いなかった。

 

 帝国軍将軍エスデス。

 

 彼女こそがブドー大将軍と並んで、帝国の双璧と謳われる最強の存在である。

 

 エスデス隊は、数こそ近衛軍に劣るものの、その戦闘実力においては全くの互角とさえ言われる精鋭中の精鋭部隊である。

 

 また、先述した通り、帝都近郊の守りを主任務とする近衛軍に対し、エスデス隊の方は自由に動かせる機動戦力として重宝され、紛争が発生した各戦線に投入されるのが常だった。

 

 そのような酷使をされれば、通常の軍隊であれば疲労と士気の低下が目立ち始める所であろう。

 

 だが、エスデス隊に限っては、その常識は当てはまらない。

 

 まず、指揮官であるエスデス自身が何よりも戦を好み、常に戦い続ける事を喜びとしている上、彼女に鍛え上げられた精強な軍隊は、指揮官を慕い、疲れ知らずの戦いぶりを見せていた。

 

「ふむ、成程。なかなかな動きではあるな」

 

 双眼鏡も使わずに敵軍の様子を観察していたエスデスは、納得したように頷く。

 

 雪原の先には、部隊の展開を終えて待ち構える北方異民族軍の姿があり、さらにそのこうほうには、北方異民族が誇る巨大な要塞都市が控えている。

 

 数においては帝国軍7万に対し、異民族軍12万と異民族軍が勝っている。

 

 帝国軍は、最大限動員すれば、40万近い兵力を送り込む事ができるのだが、今は南方の反乱軍(革命軍)や、多方面の異民族への防備強化、更には国内の野党などに対する備えも必要である為、これが精いっぱいの数字だった。

 

 異民族軍の作戦は、帝国軍が雪で足を取られている隙に自分達の得意分野である雪原上の機動戦に持ち込み、帝国軍の陣形を突き崩す、と言う物だ。

 

 万が一、帝国軍が力攻めをして来たら、即座に要塞内部へと全軍を収容し、籠城する構えなのだろう。

 

 もっとも、異民族軍はこれまで連戦連勝である為、後者の可能性は限りなく低いと考えている節があるが。

 

「たしかに、あの要塞に逃げ込まれたら、厄介ですな。単純な力攻めでは損害が増すばかりでしょう」

 

 言ったのは、エスデスの背後に控えている3人の男の内の一人だった。

 

 三獣士と呼ばれるこの3人は、エスデスの側近中の側近であり、3人とも帝具使いとして優れた武人でもある。

 

 今、発言した壮年の男はリヴァ。

 

 元は南方戦線で活躍した将軍だったが、現大臣オネストに賄賂を贈らなかった事で無実の罪を着せられ、処刑されそうになった所をエスデスに救われた過去がある。

 

 以来、三獣士の筆頭としてエスデスに忠誠を誓い、事実上、エスデス軍副将の立場にある。

 

「でも、それは普通にやった場合だよね」

「俺等に掛かれば、あの程度の連中、ゴミクズみたいなもんさ」

 

 三獣士の残る2人、子供のような外見の男と、熊のように大柄な男も意気込んで言い放つ。

 

 子供のような外見の人物はニャウ。まだあどけない外見の人物ではあるが、残虐さと言う意味では他の2人よりも抜きん出ている。

 

 大柄の男はダイダラ。こちらは単純な脳筋男であり、戦う際も力任せの攻撃が多いが、それだけに単純明快な強さを誇っている。

 

「・・・・・・・・・・・・できれば、あいつ等にも、今回の戦いに参戦してもらいたかったところだがな」

「あいつらと言いますと・・・・・・ああ、成程」

 

 主の言わんとしている事を察し、リヴァは頷きを返す。

 

 エスデスの脳裏には今、ある一軍の姿が思い浮かべられていた。

 

 帝国最強と言えばエスデス軍とブドー大将軍直属の近衛軍だが、その近衛軍の中にも、特に精鋭と呼ばれる一団がある。

 

 リーダーにはブドーが絶大な信頼を寄せる将軍が就任し、近衛軍の中でも特に精鋭が集められている。

 

 既にいくつかの戦いにも参戦している彼等は、期待に違わぬ力を発揮し、味方を勝利に導いていた。

 

 強者を好むエスデスとしては、ひじょうに興味のそそられる存在である事は間違いない。

 

 今回の戦いには、彼等にも参陣してもらいたいところだった。

 

 無論、これはエスデスの弱気から出た発言ではない。そもそも彼女に「弱気」などと言う要素は皆無以下である。

 

 エスデスは単純に、噂の精鋭部隊の実力を見てみたいと思っていたのだ。

 

 残念ながら、今回の戦いに、彼等の参陣は無かったのだが。

 

「仕方がないさ・・・・・・」

 

 言ってから、エスデスは僅かに視線を巡らせる。

 

「その代り、お前には働いてもらうぞ」

 

 三獣士たちの背後で、膝を抱えるようにして座っている人物に声を掛ける。

 

 先日、異民族兵達に襲われているところをエスデスが拾った旅人だが、今は帝国へ入国する事を条件に、客員将軍としてエスデスに協力している。

 

 エスデスとしては、異民族兵数名を1人で難なく蹴散らして見せた腕前に興味があって、手元に置いてみたのだった。

 

 エスデスの言葉に対し、相手が頷きを返した時だった。

 

「伝令!!」

 

 馬に乗った兵士が、本陣へ駈け込んで来た。

 

「敵軍に動き有りッ 我が方へ向けて進軍を開始しました!!」

 

 その報告に、エスデスは口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。

 

 いよいよ、決戦の始まりである。

 

「さて、では行くぞ」

 

 立ち上がり、エスデスは三獣士を従えて歩き出す。

 

 これより先は、彼女にとって最も至高の快楽を得る事の出来る舞台。

 

 エスデスと言う女は、戦場においてこそ最も輝きを放つ大輪の花であると言えた。

 

 勿論、美しい花には棘があるように、彼女が咲き誇る場所には、常に血風が絶えず吹き荒れていた。

 

 

 

 

 

 一方、進軍を開始した北方異民族軍の先頭に立つ、《北の勇者》ことヌマ・セイカは、展開する帝国軍の様子を冷静な眼差しで眺めていた。

 

「なるほど。流石は音に聞こえた、帝国軍最強部隊。動きに無駄が無いな」

 

 放つ言葉に気負った様子は無い。いたって冷静に、ヌマ・セイカは帝国軍の様子を観察している。

 

 今度の敵は、今までのような二線級の部隊ではない。紛れも無く帝国の主力軍だ。

 

 だが、恐れる事は無い。向こうが精鋭なら、こちらも精鋭。しかもこちらは、極寒の地における実戦経験が豊富にあり、数においても勝っている。

 

 負ける要素は全く無かった。

 

「エスデス如き、何するものぞ、ですな殿下」

「我らの武勇を持ってすれば、帝国を滅ぼす日も近いでしょう」

 

 傍らに控えた2人の男が、勇ましい言葉をヌマ・セイカに掛ける。

 

 手に槍を持った細身の男は、コオルド。

 

 大剣を持った巨漢の男はアバランチ。

 

 いずれも、ヌマ・セイカが絶大な信頼を置く将であり、これまでの戦いにおいて共に戦ってきた仲間達である。

 

 自分達は勝つ。

 

 勝って同胞たちの新たな世界を切り開くのだ。

 

 自分達ならそれができると、ヌマ・セイカを始め、異民族軍の誰もが堅く信じていた。

 

「よし、全軍、突撃開始!!」

 

 ヌマ・セイカの号令を受け、突撃を開始する異民族軍。

 

 真っ白な雪原の上を、怒涛の如く駆け抜けていく。

 

 目指すは帝国軍本陣。

 

 狙うは敵将エスデスの首一つ。

 

 帝国軍を一気に粉砕すべく、異民族軍突撃していく。

 

 程無く、剣戟がぶつかりあう、けたたましい音が聞こえてきた。

 

 両軍の激突が始まったのだ。

 

「戦況はどうなっている?」

「ハッ 現在、一進一退の攻防が続いており、双方ともにこう着状態が続いております」

 

 兵士からの報告を受けて、コオルドは顎に手を当てて考え込んだ。

 

「意外に粘りますな。流石は帝国軍最強部隊と言ったところでしょうか。今までの連中なら、たいていは一当てすれば綻びが見え始めていたのですが」

 

 相手は雪原に不慣れな帝国軍。雪の上にある限り、自分達の方が圧倒的に有利だと思ったのだが。

 

「ですが、程なく戦況は我が方に傾く事でしょう。殿下、今しばらくのご猶予を」

「うむ。皆には苦労を掛けるが、ここが踏ん張りどころだ。頼むぞ」

 

 アバランチに頷きを返しながら、ヌマ・セイカは曇りの無い瞳で最前線を眺め渡す。

 

 確かに敵は強い。

 

 だが、自分達は北の異民族全ての希望と未来を背負って戦っている。

 

 決して負けるはずが無かった。

 

 その時だった、

 

「で、で、伝令!!」

 

 慌てた調子で駆け込んで来た兵士の姿に、思わず誰もが目を疑った。

 

 その兵士は全身に傷を負い、流れ出た血によって雪原を濡らしている。

 

 まさに、息も絶え絶えと言った有様で、ようやくたどり着いた感じだ。

 

「ど、どうしたのだッ その姿は一体!?」

 

 仰天して尋ねるコオルドに対し、兵士は崩れ落ちそうな体を必死に支えながら顔を上げる。

 

「右翼部隊、壊滅ッ 敵軍は凄まじい攻撃力を持っています!!」

 

 動揺が走る。

 

 馬鹿な!?

 

 今まで多くの帝国軍を撃破してきた自分達が破られるとは。

 

 否、それ以前に、あまりにも早すぎる。戦闘開始からわずか数刻で部隊が壊滅状態に陥るとは。

 

 常識では考えられない。

 

 更に、悲報は続く。

 

「申し上げます!! 左翼部隊、損害大に付き、全軍潰走状態に陥りつつありますッ 至急、増援を乞うとの事!!」

「馬鹿なッ いったい何が起きているのだ!?」

 

 常勝無敗を誇り、数々の敵を蹴散らしてきた精強な軍隊が、あっという間に壊滅させられていく。

 

 まさに、悪夢のような光景だった。

 

 

 

 

 

 帝国軍右翼を受け持つダイダラは、全軍の先頭に立って、巨大な斧を振り翳していた。

 

「行くぞッ 俺に続け!!」

 

 豪快に言い放つと同時に、突撃。

 

 立ち尽くす事しかできないでいる異民族兵達を、次々と斧で薙ぎ払っていく。

 

 その豪快な突撃は、まるでダイダラ自身が1発の砲弾であるかのようだ。

 

「そら、まだまだァ!!」

 

 ダイダラは更に、斧を中心から2つに分離すると、片方を勢いよく投げつける。

 

 旋回しながら飛翔する斧。

 

 その凶悪な刃は、次々と異民族兵を斬り裂き、なぎ倒していく。

 

 帝具《二挺大斧ベルヴァーグ》

 

 通常は巨大な両刃斧としての形状をしており、接近戦時に強力な攻撃力を発揮する一方、分離して投げつければ、勢いを失わない限り標的を追尾しつづける特性を持つ。

 

 ダイダラに続いて突撃を開始する帝国軍。

 

 その勢いに、異民族軍は完全に圧倒されていた。

 

 

 

 

 

 一方、左翼の指揮を取るニャウは、口元に当てた縦笛を吹き鳴らしながら、ゆっくりと戦場を歩いている。

 

 一見すると優雅な光景。

 

 しかし、その音色を聞いた異民族兵士達は、次々と武器を地面に落とし、膝を屈していく。

 

 《軍楽夢想スクリーム》

 

 縦笛型の帝具は、その音色を奏でる事によって、相手の気力を奪い、士気を挫く能力がある。

 

 音色を聞いた異民族の兵士達は、次々と地面に倒れていく。

 

 やがて、ニャウが演奏を止めた時、見渡す限り、起きている異民族兵士は1人も存在しなかった。

 

「これで良しっと、さあ、さっさと片付けちゃって。まだ後がつかえてるからね」

 

 ニャウの合図を受けて、帝国軍兵士達は一斉に突撃。倒れている異民族兵達を、次々と血祭りに上げていく。

 

 戦意を失い、動く事すらできない兵士を狩り尽くす事など、赤子の手を捻るよりも簡単な事だった。

 

 

 

 

 

「今だ。左右両翼は崩れたッ 全軍、突撃せよ!!」

 

 中央で戦況を見守っていたリヴァが、鋭く手を振り下ろす。

 

 それを受けて、待機していた帝国軍中央本隊が突撃を開始する。

 

 元将軍であり、南方戦線で活躍したリヴァの指揮能力は、エスデスにも匹敵するものがある。それ故、中央軍の指揮を委ねられているのだ。

 

 そのリヴァの右手の中指には、奇妙な形の指輪が光っている。

 

 《水龍憑依ブラックマリン》

 

 使用者が触れた事がある水ならば、如何様にも操る事ができる。

 

 リヴァ自身、帝具使いとして高い能力を有しているが、今は大部隊同士の会戦の真っ最中である。

 

 前線の方はダイダラ、ニャウの同僚2人に任せ、リヴァ自身は一戦士として戦うよりも指揮官としての立場を優先していた。

 

 整然と陣形を整えて突撃していく帝国軍に対し、異民族軍の方は明らかに動揺と焦りが見え始めている。

 

 既に戦況が自分達にとって不利になりつつある事が伝わっているのだ。

 

 やがて、左右両翼を壊滅させたダイダラ隊、ニャウ隊も左右から襲い掛かるに至り、ついに異民族軍の戦線は崩壊し始めた。

 

 

 

 

 

「馬鹿な・・・・・・こんなはずでは・・・・・・・・・・・・」

 

 呆然と呟くヌマ・セイカ。

 

 彼の同胞が、

 

 精強無敵を誇った軍隊が、

 

 今まさに、目の前で壊滅して行こうとしている。

 

 リヴァ、ダイダラ、ニャウと言う三獣士を筆頭とし、更にエスデス自らが徹底的に鍛え上げたエスデス隊の戦闘力は凄まじく、たかだかいくつかの地方軍を破った程度で意気を上げていた北方異民族軍は、瞬く間に打ち砕かれていった。

 

「で、殿下ッ このままでは!!」

「どうか、御指示を!!」

 

 コオルドとアバランチが、焦った様子でヌマ・セイカを見やってくる。

 

 彼等もまさかの事態に、焦りを禁じ得ないのだ。

 

 ヌマ・セイカは決断する。

 

 このままでは、全滅するのも時間の問題だ。そうなる前に、何とか体勢を立て直さないと。

 

「全軍、一時撤退ッ!! 要塞内部にこもり、籠城戦に備えろ!!」

 

 要塞内に入れば、帝国軍と言えども簡単には手出しできなくなる。その間に部隊を再編するのだ。

 

 長い距離を進軍してきた帝国軍は兵站にも無理がある。長期間の対陣には耐えられない筈。

 

 時間さえかければ、北方異民族軍の勝利は動かなかった。

 

「行くぞコオルド!! アバランチ!! 味方が逃げる時間を稼ぐ!!」

「ハッ」

「了解であります!!」

 

 そう言うとヌマ・セイカは、愛用の槍を構え、側近2人と共に戦場へと飛び出して行った。

 

 ヌマ・セイカの指示は直ちに全軍に通達され、北方異民族軍は、反撃を行いつつ後退を開始する。

 

 流石の帝国軍も、雪の中で自在に動ける北方異民族軍を追うのは容易な事ではない。

 

 更にヌマ・セイカ直率の部隊が殿軍に立ち、帝国軍の追撃を断ちきりに掛かっている。

 

 流石は《北の勇者》と言うべきか、並みの兵士程度では相手にならず、帝国軍の足も鈍り始めていた。

 

 既に北方異民族軍の兵士達は、全体の6割強が要塞内部へと収容されつつある。

 

 要塞内部に入ってしまえば、如何に帝国軍と言えども感嘆には手出しできない筈。

 

「みんな、もう少しだッ もう少しだけ頑張ってくれ!!」

 

 ヌマ・セイカの鼓舞を受けて、なえ掛けけていた士気が、辛うじて保たれる。

 

 そうだ、いかに戦況が不利な状況であっても、自分達には王子がいる。

 

 《北の勇者》ヌマ・セイカがいる限り、自分達が負ける事は決してない筈だ。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 帝国軍の後方で戦況を見守っていたエスデスは、口元に酷薄な笑みを浮かべていた。

 

「そろそろ頃合、と言ったところか」

 

 状況はエスデスの思い描いた通りに進んでいる。

 

 彼女には見えていた、全て。

 

 初戦の戦闘で、自軍が異民族軍を撃破する事も。

 

 危機に陥った敵が、要塞内部へ逃げ込む事も。

 

 そして、ここからが総仕上げだった。

 

「ここまで予定通りだと、拍子抜け過ぎて詰まらんな」

 

 ため息交じりに呟くと、目を閉じて腕を交差させる。

 

 意識を集中させ、己の中に「ある物」を、存分に解放させる。

 

 高まる闘気。

 

 張りつめる存在感。

 

 極寒の吹雪を圧して、なお勢力を弱める事の無い圧倒的な凍気。

 

 次の瞬間、

 

 エスデスは目を見開く。

 

「全てが凍れ」

 

 呟きと共に、解き放たれる。

 

 次の瞬間、

 

 現出した光景は圧倒的という言葉ですら、生ぬるいと思える程に全てを超越していた。

 

 彼方に見える北方異民族の要塞。

 

 多くの兵士が逃げ込んだ要塞が、

 

 一瞬にして巨大な氷に覆われてしまったのだ。

 

 その中にいた兵士ごと。

 

 その光景に、誰もが息を呑む。

 

 一瞬、

 

 僅か一瞬にして、何万と言う兵士達が氷漬けの処刑に施されたのだ。

 

 これこそがエスデスの能力。

 

 帝具《魔神顕現デモンズエキス》をその身に宿した、氷の女の能力である。

 

 北方に生息したと言う超級危険種の生血をそのまま帝具にしたデモンズエキスは、飲んだ者に氷を操る能力を与える一方、適合しなければ精神が食いつぶされて発狂すると言う。

 

 本来であればグラス一杯飲むだけでいいところを、エスデスはその生血を甕一杯飲み干し、帝具を完全に自分の支配下に置いている。その為、彼女の能力は想像を絶していると言って良かった。

 

 たった今、都市1つを氷漬けにして何万と言う人間を虐殺したエスデスだったが、それでも尚、余裕を残している。

 

 そして、

 

「さて、行くぞ」

 

 たった今何万人と言う人間の命を屠り尽くした女は、しかし、それが何でもない事のように言うと、旅人の少年を伴って歩き出した。

 

 

 

 

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 ヌマ・セイカには、目の前の光景が信じられなかった。

 

 彼の仲間達が、

 

 何万と言う兵士達が、

 

 僅か一瞬にして分厚い氷に飲み込まれ、恐らくは何が起きたのかすら理解できないまま死んでしまったのだ。

 

 理解が追いつかない。

 

 こんな事が、果たして本当に可能だと言うのか?

 

 戦いは、終結に向かいつつある。

 

 要塞を氷漬けにされたと言う事は、何万もの兵士を一瞬で失うと同時に、残った兵士達も退路を失う事を意味していた。

 

 要塞に逃げ込む事ができず、追いつかれた異民族兵士達は、意気上がる帝国軍に蹂躙され、次々と討ち取られていく。

 

 精強を誇った北方異民族軍は、今まさに壊滅しつつあった。

 

「殿下、このままでは殿下の御身も危なのうございますッ ここは一度戦場を落ち延び、捲土重来を図るべきです!!」

 

 コオルドがそう告げた時だった。

 

 雪を踏む音がすぐそばから聞こえて振り返る。

 

 そこには、凶悪な眼つきをした美女が、口元に笑みを浮かべて立っていた。

 

「お前が《北の勇者》か。何とも名前負けした物だな」

 

 エスデスはヌマ・セイカを小馬鹿にした口調で言い捨てる。

 

 実際、彼の軍隊は僅か数時間の戦闘でエスデス軍に粉砕され、見る影も無くなってしまっていた。

 

 戦場を好むエスデスからすれば、拍子抜けも良い所である。

 

「おのれ・・・・・・・・・・・・」

 

 悔しさに、手にした槍を強く握りしめるヌマ・セイカ。

 

 そのヌマ・セイカに対し、エスデスは勝ち誇ったように告げる。

 

「どうだ、ここらで一発逆転のチャンスに賭けて見ないか?」

「・・・・・・・・・・・・何?」

 

 訝るヌマ・セイカに対し、エスデスは無防備にも両手を広げて見せる。

 

「槍が自慢なんだろ。どうだ、私の首を狙ってみろ。見事に討ち取る事ができればお前の勝ち。この状況を覆せるぞ?」

 

 つまり、大将同士の一騎打ちと言う事だ。

 

 その言葉に、

 

「おのれ、女ギツネ!!」

「そこに直れッ 貴様を殺して、死体を危険種のエサとしてくれる!!」

 

 それぞれの武器を振り翳し、コオルドとアバランチが斬り掛かる。

 

 槍と大剣が、立ち尽くすエスデスへと襲い掛かる。

 

 次の瞬間、

 

 旅装束の外套を跳ね上げ、少年が躍り出る。

 

 その下から現れた、癖のある跳ね気味の髪と、少しあどけなさの残る表情が、幼い印象を見る者へ与える。

 

 しかし、

 

 その鋭い眼差しからは一切の感情が排され、まるで氷のような印象さえ受ける。

 

「エスデスが相手すると言ったのは、お前達の大将だけだ。雑魚は黙れ」

 

 低い呟き。

 

 次の瞬間、凄まじい速度で抜き放たれた刀が、一瞬にしてコオルドとアバランチを斬り捨てた。

 

 着地する少年。

 

 それに対して、エスデスは笑みを向ける。

 

「相変わらず見事な腕だな、トキハ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 声を掛けるエスデスに対し、無言のまま頷きを返すトキハと呼ばれた少年。

 

 その様に、

 

「おのれェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 側近を一瞬にして殺されたヌマ・セイカは、槍を掲げてエスデスへと斬り掛かる。

 

 鋭い突き込みは、全てを粉砕するような勢いで繰り出される。

 

 《北の勇者》《常勝無敗》の呼び名は伊達ではない。

 

 槍を持ったヌマ・セイカに敵う者など、誰もいないのだ。

 

 次の瞬間、

 

 一瞬にして粉砕された。

 

 ヌマ・セイカの槍が。

 

 そして、彼もまた、エスデスの剣に斬られて鮮血を舞わせる。

 

「ん? 今、何かしたか? よく判らなかった。すまんがもう一回頼む」

 

 対して、当のエスデスはと言えば、ヌマ・セイカの攻撃など眼中に無かったかのように、笑みを浮かべながら振り返る。

 

 一瞬と言う言葉すら遠い。

 

 刹那と言う言葉すら生ぬるい。

 

 勝負になるどころか、エスデスにとってはマバタキする間すら必要無かった。

 

「ば、馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 雪原に膝を突くヌマ・セイカ。

 

 常勝無敗の自分の槍が、この《北の勇者》が、

 

 子ども扱いすらされないとは・・・・・・・・・・・・

 

 《帝国最強》

 

 その言葉が持つ意味は、ヌマ・セイカには想像すらできない程だった。

 

 その時、

 

 座り込むヌマ・セイカの耳に、折り重なるような悲鳴が聞こえてきた。

 

 顔を上げるヌマ・セイカ。

 

 そこには、帝国軍の兵士達に蹂躙される、異民族軍の兵士達の姿があった。

 

 槍で貫かれ、銃で撃たれ、あるいは剣で斬られ、ヌマ・セイカが恃みにしてきた仲間達が、次々と殺されていく。

 

 正に、悪夢のような光景だった。

 

「や、やめろ・・・・・・・・・・・・」

 

 震える声で紡ぐ言葉は、しかし降りしきる吹雪にかき消されて消えていく。

 

 その間にも、無力と化した味方が、一方的に殺されていく。

 

「やめろォォォ!! やめてくれェェェェェェ!!」

 

 叫ぶヌマ・セイカ。

 

 だが、もはや彼には何もできない。

 

 軍勢を失い、彼自身も敗れ去った今、ヌマ・セイカにできる事は、こうして座り込み、泣き叫ぶだけだった。

 

 その首元に、エスデスは剣を押し付ける。

 

「降伏しろ。跪いて犬になれ」

 

 呆然とするヌマ・セイカに、エスデスは酷薄に告げる。

 

「そうすれば、私の気分次第で残る連中は、あるいは助かるかもしれんぞ」

 

 見上げるヌマ・セイカ。

 

 そこには、人の形をした絶望が、そびえ立っていた。

 

 

 

 

 

第5話「帝国最強」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白地に赤い十字架が染め抜かれた旗が揺らめくその建物には、他には無い活気によって満ち溢れていた。

 

 ブドー大将軍指揮下にある近衛軍の中にあって、特に精鋭中の精鋭達によって構成された部隊は、規模こそ小さい物の、少数精鋭の機動部隊として多くの戦いに参陣し活躍していた。

 

 リーダーはブドーが右腕とも頼む人物であり、その高い実力と冷静沈着な頭脳は、誰もが認め、信頼を寄せる所であった。

 

「団長」

 

 その執務室に、1人の少女が報告書を携えて入って来た。

 

「たった今、北方戦線に同行していた密偵から報告が上がりました。エスデス将軍が北の異民族軍を撃破。《北の勇者》ヌマ・セイカを捕えたとの事です」

「・・・・・・・・・・・・そうか」

 

 報告に対して団長と呼ばれた男は、書類から顔を上げて頷きを返す。

 

「この事、ブドー閣下には?」

「既に連絡の兵を走らせています。程無く、お耳に入る事かと」

 

 少女の報告は的確であり、更に仕事も早い。ひじょうに頼れる存在であった。

 

 団長と呼ばれた男性は、報告を聞いて考え込む。

 

 味方の勝利は、確かに喜ばしい事である。これで、帝国は最大の脅威を一つ、取り除いた事になるのだ。

 

 しかし、

 

「これから、帝都近郊が騒がしくなるな」

「はい」

 

 頷きを返す少女に対し、団長は顔を上げる。

 

「これからも宜しく頼むぞ」

 

 厳かな声で告げた。

 

「アスナ君」

 




隠れサブタイトルは「カマ・セイヌ」で(爆



オリキャラ紹介



トキハ
15歳     男

備考
帝国に入国する為に遠方からやって来た旅人の少年。高い実力を誇り、それを見出したエスデスによって、彼女の軍に客将として迎えられる。





コオルド
アバランチ

備考
ヌマ・セイカの側近。彼の進軍を支えてたすけて来た仲間でもあるが、トキハによって一瞬にして斬り殺された。





今更ですが、ザンクの元ネタは「御家人斬九郎」だなー と言う事に思い至りました。
渡辺謙さんの演技が格好良かったのを覚えています。今でも好きな時代劇の一つですね。
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